【シャイニング!4】

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 『裸の敏明feat.裸の幼女』事件の翌日。敏明は首に痛みを覚えつつ普通に登校していた。  風呂場に突如現れた幼女は、学園からやってきた黒スーツエージェントたちに連れられていった。エージェントといっても、この双葉区においては警察よりも頼りになるかもしれない学園の職員たちだ。  学園では普通の学校とまったく同じカリキュラムの授業が当然ある。  ただ、平常授業はまだ午前のみで、午後は部活動などの紹介が入っていた。  紹介が行われる大講堂へ向かって移動する途中、中学では帰宅部だった敏明は、さてどうしようと悩んでいた。  同じように帰宅部でも良いのだが、この学園都市での生活には、部活で同級生や先輩との繋がりを持つのが、かなり重要なことだと明日羽から言われていた。  埋立地という特殊な立地のうえ、大半の事実が秘匿されているという風変わりな場所である双葉学園では、コミュニティもまた閉鎖的に、強固なものとなる。  それに、単純に仲の良い友達を作っておけば、テストや授業でサポートしあえる。  これまでそういったことはクラスメイト、もしくは巡理に頼りきっていた(特に巡理に頼る比率が高かった)敏明だが、共同生活のために家事などで頼ることが増えるのだから、負担を減らしてやらなければと考えていた。 (センパイと同じ剣道部に……)  ちらりと過ぎった案は、しかし即座に却下する。  運動部、特に格闘技系はついていける自信がない。超人系異能者の中に混じっての練習など想像するだけで恐ろしい。  異能者を含めない一般生徒限定の運動部という枠組みもあるらしいが、残念ながら敏明は異能者なのでそちらには入ることが出来ない。超人系と超能力系での区別などというものはさすがにないらしい。 「よう、双葉。お前はどこ入るか考えてるか?」  そう呼びかけてきたのは敏明と同じ一年A組の大渡だった。  最初のホームルームで定番の自己紹介をしたとき、いきなりセガ信者カミングアウトから入った強者だ。親が筋金入りのセガ信者で、幼稚園のときにやっていたゲームがWiiではなくメガドラだったらしい。  ちなみに敏明は漫画好きカミングアウトという、まだまだカワイ気のある自己紹介をした。  九十年代からのジャンプ漫画網羅というちょっとしたジャブに、クラスから予想外のリアクションが返ってきたのに驚いたが、エロゲ性癖カミングアウトして生徒指導室呼び出し最速記録を打ち立てた本田クンにはとても敵わない。  触手属性仲間として今度、何か差し入れようと敏明は密かに思った。 「いや、文化部にでもしようかなってくらいだ。大渡は?」 「俺はゲーム部あるらしいから決まりだな」 「それってテーブルゲームとか限定じゃないのか?」 「それがよ、コンシューマーはもちろん、アーケードも中古で揃えてるらしいぜ。ハングオンもあるんだってよ! こりゃ行くしかねえってカンジだろ!?」  ハングオンが何かわからない敏明は適当に相槌を打ちつつ手元のパンフレットを見る。  数十もの部活の紹介が載っている冊子は、下手なオンリー即売会のパンフより厚い。 「漫研もあるだろ? 入らないのか?」 「俺読むだけで描かないし」 「んじゃ、そっちの漫画批評部ってのは?」 「うーん……真面目に批評やるような部じゃなきゃ考えるけど」 「そこは普通、真面目にやってるなら入るって言うとこじゃねえのか?」  真面目に漫画批評やってます宣言する連中とはあまり友達になれないのだという宗教上の理由を、セガ信者というネジの締め方間違ってる友人にどう説明したものか。 「……あ、センパイ」  ふとパンフから顔を上げた敏明は、一年生の行進を警護する明日羽の姿を見つけた。この後の部活動紹介にも出るのか、彼女は剣道着を身に着けていている。  防具こそつけていないが、制服や私服姿ともまた違った格好が新鮮だった。祖父が電話で言っていたように髪を後ろで結んでいる。  明日羽も敏明に気付き、軽く右手を上げた。しかし、警護任務中だからか、引き締まった表情のまますぐ他所に目を向ける。 「……なあ、敏明くん」 「な、なんで急に名前で呼ぶんだよ」 「今朝、あの先輩と一緒に登校してきただろ」 「メグも一緒だったけどな」 「入学式の後、あの先輩と二人きりで保健室にいただろ」 「ずっと寝てたけどな」 「……」 「……」 「……何があった!? いや、何をした!? 正直に言えば命だけは助けてやろう!!」 「何もしてねえよ! 家がちょっと近所なだけだ!」  本当は一緒に住んでいるわけだが、それは正直に言えば命も危ないと判断する。 「近所だったら一緒に登校するってか? 小学生の集団登校か?」  ボルテージの上がってきたクラスメイトに困惑しながら、敏明はじりじりと後ろに下がった。それと同じだけ詰め寄ってくる大渡。  ふと気付くと、背後や左右にも目を細めた男たちが集まり、敏明を取り囲んでいた。 「お前やっぱアレだろ、なんかやったな? 犯罪的なことやってビデオ撮影してばら撒かれたくなかったら言うこと聞けとか脅迫でもしてるんだろ!」 「エロ本の読みすぎだ! お話と現実をごっちゃにしちゃいけません!」  傍を通り過ぎていくクラスの女子の視線が冷たいのを気にしつつ、強引に大渡を避けて歩き出す。 「センパイとは普通に知り合っただけだ。それ以上の関係とかは何も無いからな!」  その普通に知り合うというのが難しいのだ、という恨みの篭った視線を背中に受けながら、敏明は大急ぎで大講堂に飛び込んだ。 ----  部活動紹介を終えて家に帰ってきた敏明と明日羽は客間に胡坐で向かい合っていた。  ちなみに明日羽は制服から着替えてパンツスタイルなのでチラリとかモロリとかはそんなものは無い。 「そう、そうやって心を落ち着けて」  静かに瞑想するように目を閉じる敏明の両の手を、明日羽はじっと見つめている。  彼女の目には、通常は異能者にすら見ることの出来ない魂源力<<アツィルト>>の流れが、光として映っている。 「そうだ。なかなか上手い」  敏明の手は、常に大量の魂源力を消費する、いわゆる常時発動型<<パッシブタイプ>>だった。  明日羽の魂源力を見る目も、同じような常に効果し続ける異能だ。  だが、明日羽は見えたままでは日常生活の中で邪魔になる魂源力の流れを、見ずにすむような訓練をしていた。  一般的な能動型<<アクティブタイプ>>の異能者生徒が「いかにして異能を使うか」を学ぶのとは逆に「いかにして異能を使わないか」を身につけているのだ。  そしてそれを、早急に敏明へ教えることも、彼女の敏明護衛任務の一部に含まれていた。  学園でも異能に関するレッスンはあるのだが、それを待っている暇が無いのだという。  敏明の手がどのような危険を持っているのか、明日羽はまだ詳しくは教えられていない。  どのような事態が起きても対処するようにとだけ言われている。  そのような曖昧な指示では、本当に敏明の異能が危険なのかという疑問さえ生まれそうなものだが、 (実際に目にしてしまえば、それも納得だな……)  入学式のその日、彼は明日羽の目の前で手を光らせて異能を発動させた。  そのときは光る以外には何の効果も出さずに不発に終わったが、彼女の目にはとんでもない量の魂源力が彼の手元で消耗していく様がはっきりと見えた。  大量の魂源力を一気に使い切ってしまうような異能というだけで、その異常性は感じることが出来た。  その瞬間にはただ驚くばかりだったが、今考えてみればあれはかなり危険な状態だったのではないかだろうかと、今更ながらに明日羽は思う。  それと同時に、あのとき見た敏明の後姿は……大量の魂源力の渦を伴い、彼女を庇うように前に出た少年の背中は、そこだけ切り取ってみればとても頼もしかった。  明日羽は刀を手に、最前線で戦うタイプの異能者だ。実戦でそれなりの数のラルヴァを倒してもいる。  そんな中で、男性が盾になって自分より前に出てくれた経験というのが、今までは無かった。  結果は敏明が攻撃を受けて気絶するという情け無いものだったが、少しくらい感謝するのが筋というものだろう。 「センパイ? どうかした?」  明日羽はいつのまにか長いこと思考していたらしく、敏明に問われ慌てて取り繕う。 「あ、いや……飲み込みが早いな、敏明クンは。まだ完全とはいえないが、この調子ならかなり早く制御を身につけられそうだな」 「センパイの教え方がいいんじゃないか?」 「いや、教えるというのは難儀なものだ。私は剣道以外には人に教えたことなど無いからな」 「剣道は教えてたんだ?」 「そうだ、話していなかったね。私の実家は道場だったんだ。そこで自分より小さい子にはちょっとしたコーチをな」 「へぇ……ちなみに何流とかあるの?」 「普通のスポーツの剣道だよ。竜とか虎とか熊とか付くような技があったりはしないからな」 「はは、センパイもそういう漫画とか読むんだね」 「兄弟子たちに勧められてな。少女漫画よりもそっちのほうが読んでいたよ」 「むー、なんか良いフインキー」 「うおっ!」  突如として真後ろから聞こえてきた声に、敏明は思わず振り返りながら飛び退いた。  その時、驚きのせいか彼の手は咄嗟に光を放つ。 「わ」「あ」「ぬ」  突然の出来事に三者三様の声が漏れた。  バランスを崩した敏明が明日羽を押し倒しつつ彼女の胸をしっかりと鷲掴んでいた。 「シッ」  咄嗟の反撃は昨晩四番目のラッキースケベ時と同じく手刀だ。 「うぐ」 「……すまん、またやってしまった」  首筋を打たれた敏明がぐったりと倒れた。明日羽は申し訳なさそうに眉根を寄せた顔で見つつ、届かない謝罪を告げる。  起き上がり、敏明を仰向けに寝かせなおしていると、巡理が唸り声を上げた。 「……むー」 「山崎、どうした?」 「いつのまにとっしーと仲良しになったの?」 「は? 仲良し……に見えたかい?」 「だって今タメ口だったし、下の名前で呼んでるし、なんか和やかな会話が繰り広げられてたけど」 「これから一緒に暮らすわけだからな、普段から堅苦しく過ごすのは息が詰まるだろう」  それ以上の意味は無い、ということを言っても巡理は納得していないようだった。 「それだけかなぁ……」  明日羽は少し迷ってから、表情を改めた。真面目に、少し目元を細めて。 「……君が今までずっと彼の守護者だったというのは、聞いているよ。それなのに急に護衛を増やすことになったというのは、腹立たしいことかもしれない」 「……」  反応は沈黙。肯定はしないが、否定もしない。 「だけど、私は別に君の居場所を取りたいわけじゃない。与えられた任務はこなすし、敏明クンとも仲良くやって行きたいが、君を追い出すようなつもりはないとも」 「……ウン」 「それに、出来れば君とも上手く付き合いたい」  そう言って差し出された明日羽の右手を、巡理はすぐに握り返す。しかし、 「……ずるいなぁ」 「ずるい?」 「センパイって良い人なんだもん」  なんと応えればよいのか困り、明日羽はごにょごにょと小声で、そうかい、と呟く。  和やかな雰囲気が流れ……かけたところで、 「でも負けないからね!」  巡理がややこしいことを言い出す。 「……勝ち負けの話はしていなかったと思うが?」 「とっしーは渡さないんだから!」 「わ、渡さないって、一体何の話だ!?」 「だから、とっしーの一番は譲らないよ」 「敏明クンの一番……って、それはまさか」 「……ぅぅ」  二人の叫び声のせいか、敏明が目を覚まして唸った。痛む首をさすりながら起き上がる。 「ご、誤解があるようだ。その話はまた後で」  明日羽は巡理にだけ聞こえるように小声で言うと、そそくさと立ち上がった。 「あー……ごめんなさい」  敏明の謝罪にも小さく頷きを返すだけで客間を出て行く。  その様子は、敏明には怒っているように見えた。 「嫌われちまったか?」 「いきなり胸握られたのを、チョップ一発で済ませるほうがおかしいよね」 「やっぱそうだよな……あー、どうすりゃいいんだ俺」  巡理は何を考えているのか、明日羽の去った後をしばらく見つめていた。 「……おかしいよね」 「ん? どうした?」 「ボクの胸なら揉んでも笑って済ませてあげるよ」 「揉めるほどの大きさはn、ウソごめんなさアッー!」  自室に戻った明日羽は、ベッドに仰向けに倒れるように寝転がった。 「何故、後でなんて言ったんだ、私は」  先ほどの巡理の発言は、勘違いの末の無意味な宣言だ。  明日羽も年頃の娘なので色恋沙汰というのに興味がないわけではない。だから、巡理の言葉の意味がわからないなどという朴念仁なことは無い。  しかし、敏明に対してそういう感情は持っていないので、巡理が奮起するようなことはなにもないのだ。  敏明が目を覚ましたからといって気にせずに、その場でそう説明すれば済んだ話のはずである。  それをせずに話を先延ばしにした上、逃げるように出てきてしまった。  おかしいと思われただろう。巡理だけでなく敏明もどう思っていることか。  なにより彼女は自分で自分の行動をおかしいと思う。 「……どうしたものか」  自分で自分がわからないのに、どうするもなにもない。 「敏明クンの一番、か」  巡理の言っていた言葉を反芻する。  一番ということは二番があるのだろうか。  いや、そんな問題ではない。  別に私は彼の特別な存在になりたいわけでは、いや、護衛する人間という立場で言えば確かに特殊だが。  それに、渡す渡さないなどというのは敏明という一個人の人権を無視した言葉であって……云々かんぬん。  少し見当違いな方向に思考が飛んでいく程度に、明日羽は混乱していた。  入学式で出会ってから二週間ほど、これまでそういった意識をせずに、護衛対象の後輩の男子くらいに見ていた相手。そのはずだ。  だからこそ、同じ家に住むことにも了承したのだ。家賃免除という利点が無いことも無いが。 「そういえば……今日も大講堂で」  入学式のときのように、新入生全員を集めた部活動紹介が行われた。  自分もあの時同様に新入生の列を警護し、その中に敏明の姿を見つけて手を振った。それはいい。  そのすぐあとに聞こえた敏明の声。 『センパイとは普通に知り合っただけだ。それ以上の関係とかは何も無いからな!』  何の話をしていたのだろうというのは気になったが、警護任務に集中していたため、あっさりと聞き流していた。  彼の言っていることには嘘が含まれてはいるが、同居して護衛している関係だなどとクラスメイトに言ってしまえば話がややこしくなるのだろうということはすぐにわかったので構わない。  でも、ただの知り合いだと言われたことを改めて思い返すと、 「……はぁ」  少しガッカリして、溜息を吐いているいる自分に気付いた。  一度、巡理の言葉によって見方を変えさせられてしまうと、どうしても男として気になる。  それは「私の服をお父さんの靴下と一緒に洗濯しないで」的な、年頃の娘ゆえの当たり前の反応なのか。  それとも明日羽という一女子から、敏明という一男子への特別な反応なのか。  そんなことは無い。無いはずだ。ぶっちゃけありえない。無いよね。たぶん。 「……~~っ」  強く否定しきれない自分の思考に、耳まで真っ赤になってベッドの上をゴロゴロと転がる。  その仕種はまるっきり恋する乙女のそれだが、明日羽はまったく気付かず、ベッドから転げ落ちて顔面を強打した。  その時、控えめにドアをノックする音が聞こえてきた。 ----  どすっという、妙な物音が明日羽の部屋から聞こえてきて、敏明はノックしようとしていた手を止めた。  まさかぬいぐるみなどを木刀でしばきたおしている音だろうか、という勝手な想像で回れ右しそうになるが、なんとか思いとどまる。  左手にはお茶と茶菓子を乗せたトレイ。お詫びの品を携えて改めて謝罪をするつもりだった。  そっとドアを二度叩く。 「は、はい!」 「敏明です。お茶を持ってきんだけど、どうかな?」 「あ、わ、す、少し待ってくれ!」  やたらと慌てた返事の後、バサバサと色々な物音が聞こえてきた。やっぱりぬいぐる木刀か。  静かになって、ドアの隙間から明日羽が顔を覗かせる。 「お茶か、いただこう」  いつも通りの様子でそう言って見せるが、 「センパイ、鼻が赤くなって……」 「なんでもない」 「けど」 「なんでもない」 「……おジャマしてもいい?」 「ああ……どうぞ」  明日羽の部屋はその居住まいに相応しく綺麗に整頓されていた。昨日運び込んだばかりのダンボールが折りたたまれて隅に積んであったが、たった一日で荷解きを終えているのがすごい。敏明などは未だにあけていない箱がある。  見回してみても木刀は見当たらない。そうか、素手か。  小さな折りたたみ式のちゃぶ台を挟んで、二つのクッションが向かいになるように置かれていた。  敏明はトレイをちゃぶ台に乗せ、クッションに浅く座る。  明日羽も同じように座ろうとして、何故か少し躊躇ってからクッションに乗らずに畳に直に座った。  なんだろうと思っている敏明の前で、彼女はクッションを拾い上げると、抱くようにして体育座りになる。  その時、敏明に電流走る……! (これはなに? ナンデスカコレハ!?)  まさに『女の子』としか表現できない座り方だった。しかも何故か両手でクッションの端を弄って手遊びをしている。  昨日から同居しているとはいえ、敏明は普段の明日羽の姿をまだほとんど見てはいない。  日頃の言葉遣いや刀捌きなどからは想像も出来ないが、これが彼女の素という可能性もある。  だがあまりにもギャップが大きすぎて、敏明の思考はしばし、ざわ……ざわ……していた。 「あ、あの、センパイ?」 「なんだ?」 「さっきのことなんだけど……」 「さっき?」  聞き返した明日羽は表情を真顔から変化させることなく数秒沈黙し、それから急に頬を紅潮させた。ふいっと敏明から視線を外してそっぽを向き、クッションに火照った頬を埋める。 「気にしてない」 「でも……」 「それ以上その話をしないでくれ!」 「ハイ! スイマセン!」 (話をされるのも嫌なほど怒ってるのか……)  そりゃそうだと納得しつつ、一応謝罪の言葉は口に出来たのでよしとして、敏明は別の話題を考えた。 「……昨日の子供、結局どうなったのかな」  風呂の中に寝ていた幼女は、明日羽が呼んだ学園関係者によって、敏明が気絶している間に連れて行かれた。家出にしろ迷子にしろ、双葉区内のことなら学園に任せれば大体は片付くはずだった。  明日羽はまだ頬を赤く染めたまま、少し眉尻を下げる。 「あれは、ただの子供ではなかった」 「え、どういうこと?」 「……昨晩、あの子供は……君から大量の魂源力を吸い上げていた」 「は?」 「それがどういうことなのかはよくわからないが、異能者なのは間違いないだろう」 「あんな子供が?」 「生まれたばかりの赤ん坊も異能を身に着けていれば皆、異能者だ。その力に目覚めるタイミングが少し違うだけでね」 「ふうん……それで、家にはちゃんと帰してもらえたのかな」 「いや、そうならそうと連絡があっていいはずだが、まだ何も言ってこないな」 「まあ、気が付いたらウチにいたわけだし、どこから来たのかわからないからなぁ」  今朝方、敏明の祖父でありこの家の持ち主である双葉管理にも電話で話をしてみたが、まったく心当たりがないということだった。 「すぐに家に帰れることを祈るばかりだ」 「そうだなぁ」  そこで話題が途切れ、二人は同時に湯飲みに手を伸ばす。  一口啜りほうと一息つき、茶菓子のアラレをぽりぽりとよく噛んで味わう。 (……ど、どうしよう)  敏明は何故だか無性に焦りだした。  とりあえず謝らなければと思ってお茶を持ってきたはいいが、それにほぼ失敗した上、これからどんな会話をすればいいのか、まったく思いつかない。  しかもよく考えると、個室で女子と二人きりという状況は、生まれて初めてかもしれない。巡理を除いて。  敏明はちらりと横目で明日羽を見やる。すると同じように明日羽も敏明を上目遣いで見ていた。  二人の視線が絡む。敏明はすぐさま目を逸らした。 (気まずすぎる! なんでもいいから話題! 話題!) 「センパイ」 「な、なんだっ?」  心なしか明日羽の声も裏返っていたようだが、それを気にする余裕も無く咄嗟に思いついた言葉を吐き出す。 「ええと、魂源力って何?」  出てきたのは、色気も何もない疑問だった。 「……難しい質問だな」 「難しい?」  明日羽の一転して低くなった声に、敏明も神妙に聞き返す。 「魂源力や異能というのは、科学的な研究が未発達な分野だ。学術的な意味では、未だに正体不明というのが魂源力に対する結論だね」 「つまり、よくわかってないってことか」 「有体にいえばそうなる。私は魂源力を見ることが出来るが……それでもわからないことも多い」  明日羽の瞳にぼんやりと薄青い光が灯る。  それが彼女の異能が発揮されている合図だと、敏明はすぐに気付いた。 「そこら中に、魂源力はある。薄かったり濃かったり、流れていたり滞っていたり様々だ。異能者やラルヴァが放つこともあるし、吸い取ることもある。たまに、異能とは関係ないような自然物なども魂源力を生み出したりもするが」 「うーん……聞けば聞くほど漠然としていく……」 「考えるな、感じるんだ」 「……はは」 「な、なんだい? その微妙な笑いは」 「ごめん。センパイからそんな古典が出てくるとは思わなくって」 「おかしかったかな……」  そういって苦笑を浮かべる明日羽を見て、敏明はまた声を出さずに笑う。  そうして笑っていると、なぜかさっきまで喉の奥に詰まっていた言葉が自然と流れ出てくる。 「センパイ、漫画読むんだよね? 最近はどんなの読んでるの」 「いや、あまり最近は……そんなに色々と読むほうでもないんだ。金銭的な意味でも厳しいし」 「そうなんだ。俺のオススメでよければ貸そうか?」 「いいのかい? どんなのがあるのかな」 「たくさんあるよ、ジョジョ全巻とか。ハンター×ハンター……は実家に置いてきちゃったか」 「あれは完結したのかい?」 「さあ……たぶん、した……んじゃないかな」  その後、二人は敏明の部屋に移ってしばらく漫画談義に花を咲かせていた。  巡理が夕飯の支度が出来たと呼びに来るまで、二人の話は続いた。 ----  リビングに出ると同時、敏明と明日羽は衝撃に襲われた。  まず鼻を直撃する芳香。そしてテーブルの上の鮮やかな彩り。  そこには麻婆豆腐やエビチリ、チンジャオロースといった日本人に愛されている中華料理が並んでいた。  マーボー豆腐はぷるんとした食感が見た目からも伝わるほどつやめき、山椒の香りが立ち上っている。  エビチリもごろりとした海老によく餡が絡まっていた。  チンジャオロースはプロの技かと思うほど細く刻まれ、ピーマンの鮮やかな緑が油で照り光っている。  どの料理も見た目や香りから、一般家庭でよく使われる丸味屋や味の素の中華料理の素ではないことがわかった。きちんと別個の調味料で巡理が味付けしているのだ。 「なんだ、やけに豪華だな。気合いはいりすぎじゃないか?」 「そんなことないよー」  簡単に言ってのける巡理の額には玉の汗が浮いていた。Tシャツがちょっと汗で張り付いていてセクシーになっていたりするが敏明は気付いただけで特に何も言わずテーブルに向かった。 「今日は何かお祝いかい? 誰かの誕生日とか」 「ううん、普通に作ってみただけだよ。食べ盛りが四人もいるしね」  巡理の言葉に、敏明と明日羽は顔を見合わせた。 「そういえば、昨日また一人来てたな」 「ああ、私もまだ詳しいことは聞いていなかったんだが」 「高田春亜ちゃん、中学一年生だよ」 「ちゅういち!?」  敏明は叫びつつ、昨晩風呂場で出会った女性を思い出す。あの後ろくに話をする間もなく気絶し、朝になったら春亜はすでに家を出た後だった。  記憶に残っているのは金髪と見事なおっぱいだけだ。 「……なに、トッシー?」  つい巡理の胸元を見ていると、低い声で訊ねられ、なんでもないとだけ答えた。  やっぱ犯罪になんのかなぁと思いつつ、三歳下の少女に護衛される自分ってなんだろうという疑問についてしばし思考を巡らせる。 「もう帰ってきてるのか?」 「うん、さっきお風呂あがってきたからすぐ来ると思うよ」  と、そのとき廊下から鼻歌と足音が近付いてきた。 「ごっはん、ごはーん♪」 「噂をすればなんとやらだな」  みんなが注目する中リビングに現れた春亜は、バスタオル一枚巻いただけの姿だった。 「なっ」 「お、おいしそー。何? 今日ってパーティ? ひょっとしてアタシの歓迎会とか?」 「……あの、高田さん?」 「さん付けってなんかやだなぁ」 「……高田、服をちゃんと着てこい」 「えー、いーじゃんべっつにぃ。子供にヨクジョウするような変態さんがいるんならアレだけど」  春亜の言葉に敏明は反論しづらい。どんな言葉を使ったとしても、自分が変態だから危ないと言うようなものだ。  それを見かねたのか、単に気に入らなかったのか、明日羽が代わりに窘める。 「高田。女の子がそんな格好ではしたないぞ。食事のときにはきちんと服を着るものだ」 「むー、しょうがないなぁ」  言いつつ、いきなり体からバスタオルを剥ぎ取る春亜。 「なっ!」  瞬間、 「目が! 目があ!」  敏明の右目を明日羽の手が、左目を巡理の手が見事に塞いでいた。どちらも勢い余って指先が少し目潰し入っている。 「おおお……二度ネタもダメだと思う……」 「あっはっはっは、何してるのおネエちゃんたち」  苦しむ敏明を見ながらケラケラと笑う春亜は、チューブトップにホットパンツといういでたちだった。バスタオルの下にちゃんと服を着ていたのだ。 「紛らわしいことを……」 「いやぁ、面白いね。気に入っちゃったよ、とっしーのこと」 「とっしー言うな。つか危ないから自重してくれ、いろんな意味で」 「ジチョウってなに? おいしい?」  がっくりとうなだれる敏明を尻目に、春亜はさっさと席に座る。 「いただきま~す」  勢い良くおかずを頬張り、白米をぱくぱくと口に放りこんでいく。  その食べっぷりに毒気を抜かれた敏明たちは、同じように食卓に座っていただきますと唱和した。  夕餉の味は抜群だった。 ---- なんかラルヴァとか異能とかどんどん遠ざかってるような……次あたりバトらないかんかな。 [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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