【真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 2-4】

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真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 二節 2-4 お淑やかな撃墜王 「星崎ちゃん、真琴ちゃんが愉快な仲間達と北西地区で大活躍しているようだよ。絨毯爆撃って凄いよねぇ」 「面白いジョークだけど、今話す内容じゃないわね。私達はまず、北東部の掩護に回らなくちゃね」  苦戦が続く北東地区に輸送ヘリで向かっていた大学部の援軍の隊長・討状之威は軽い感じで、副隊長を務める私の姉である美沙に話しかける。 「真琴ちゃん紹介してよ、星崎ちゃん」 「バカだねぇ。そんなことを一言でも言ったら、あの子に鉄扇でぶん殴られるわよ。チャラ男大嫌いなのだから」  場違いな冗談交じりの会話は、緊張を解すためなのと、元々討状が軽く不真面目なためである。姉は分っているので軽く聞き流している。 《討状、星崎、北東地区に間もなく到着。出撃準備を》  輸送ヘリのコックピットより聞こえてくる声を確認すると、流石の討状でも表情を戻して臨戦態勢を取る。 「よし……行くぞ。そうそう、ちょっと言い忘れたけど龍河君に言っておいて。『さっさと前線出でてきなさい』ってね」 《了解》 「北東地区に電文! さぁ行くよ。降下準備は出来ているよねぇ?」  顔は真剣だが言い方が少し軽い言い回しで討状が言うと、ヘリに乗り込んでいる面々にこう伝えた。 ――11時02分 北東地区防衛線。 「うわああっ! 俺は『ダイアンサス』で行動したかった! 畜生、何でこんな事にいぃ!!」 「お前の働きはこの戦線の生死を分けるんだ! もう少し気張れ!!」  悲鳴を上げながらヒット・アンド・アウェイで能力を行使する堂下大丞に、二階堂悟郎は渇を入れる。堂下の異能力『他者強化』はこの一進一退の状況を支えるのに欠かせない為だ。状況に応じて個人の能力を増強出来る能力は、この状況ならば宛ら命綱とも言える。  北東地区の主力は高等部3年全体と1年の約半数が前線を支える布陣ではあったものの、防衛戦開始より苦戦を強いられていた。私のグレネードをテレポートさせて敢行した絨毯爆撃の様な奇策や、千鶴のように門に障壁を張って勢いを止める様な策が無かった事と、哨戒能力の甘さから戦闘開始より勢いを抑えられずに常に戦線が前後している。とは言うものの、この戦線には有能且つ名だたる異能者が居ないのかと言えば決してそうではない。  三年で言うと二階堂兄弟に大道寺天竜、弥坂舞、久留間走子が居るのに加えて、一年は『外道巫女』神楽二礼をはじめとして伝馬京介、氷浦宗麻、姫川哀、堂下大丞と言う総々たる面々である。 「あのクソ教師め……偉そうな事言っておきながら、意図も簡単にやられているじゃねーか!!」 「気持ちは分るが、言っても仕方有るまい……俺たちゃ『そこにある危機』を無くす事が先決だよ」 「専門的な回復手が少なすぎるんだよ。必死に戦わなくちゃ殺されちまうよ」  だが、この場を仕切った教師の判断によりラルヴァ行軍中は『見』に専念した事が、最大の失敗と言える。こうして出遅れ挫かれた戦線は維持するので精一杯にまで追い詰められたのだ。  これだけの人材を抱えている戦線だが、最初に出鼻を挫かれてしまっており、戦線維持に躍起に成らざるを得ない状況は最早ジレンマと言えよう。しかし逆を言えば、これだけの面子が揃っているからこそ、突破されずに維持できているのである。  極めて神頼み的な確率だが神楽二礼の『場』を門に展開できれば多少なりと状況は変っていたのかも知れないが、指示を出した教師は事前諜略をさせなかった。敵勢を甘く見ていたためである。この為雪崩れ込まれたラルヴァの群集を押さえ込む事が難しく、加えてこの指揮した教師は前に出て行って飛行するラルヴァの集中攻撃を浴びて早々に戦場離脱したのだ。  三浦が意図も簡単に蹴散らしているように見えるラルヴァ達だがその実の戦闘力は高く、決して侮れない。敵を攻撃した事だけでモールが壊れたことや、完全に押し切れずに決定的な要素には至っていないのがその証拠だろうか。  更に悪いことに怪我人が時が経過と共に比例するが如く徐々に増え始め、その回復にも全力で勤める必要を有している事だ。成るべく弥坂舞の様に幻を実体化させて戦わせたりして人間の消耗を抑えているが、それにも限界がある。  この為『外道巫女』神楽二礼を前線から下げ、直接戦線に触れない建物を貸し与えて『場』を構築させて回復に当たらせたのだが、人数が多すぎて追いつかないのが現状だった。さらに彼女の使う能力は簡単に言ってしまえば『神頼み』に於して発動する。よって、神が気に入らなければ一切力が出ないという制約がある。  場を仕切った教師が早々に戦線離脱した後、代わりに別の教師が直ぐに戦線に駆けつけたものの、当に一進一退の状況は通信室と神楽二礼の『臨時野戦病院』を往復する事しかできなかった。 「状況はどうだ!?」 「だめっすね、人が多すぎておいつかないっす」  言葉では軽い言い方だが、暗闇でも分るくらい顔中汗に塗れて『能力』を行使している姿が見受けられ、これ以上もっと頑張れ等とはとても言えない状況だった。他にヒーラー(回復手)が居ないことが戦線維持を難しくしている。 「……神楽、無理はするな。ギリギリまで保たせるからな」 「電文です! 大学部からの緊急電文です!」  その最中、 『発 北東地区大学部援軍隊長 宛 北東地区防衛隊隊長 我、防衛線ニ到着セリ 各員戦線ノ維持ニ奮起セヨ』 「おおおおお……大学部の援軍が到着しました! 地獄に仏とはこの事です!!」  大学部からの緊急入電に簡易通信室は援軍の一報に思わず沸く。 「正に待望の援軍だな……隊の編成は分るか?」 「隊長が討状之威殿、副隊長が星崎美沙嬢、以下30名です」  通信室を仕切る教師は険しい表情から、少し安心した表情を思わず浮かべる。 「星崎美沙と言えば『ヒーリング』……これは天の助けですね! 惑う事無きヒーラーが来てくれることは!!」  私の姉である星崎美沙は、意外にも双葉学園に数少ない超能力系能力による回復手で、『ヒーリング』を使いこなすことが出来る異能力者だ。劇的な効果ではないが傷や病気を癒すことと、治癒に関わる目標の纏っている生命的なオーラを感知できる。  現実的に直接的な回復手が少ないこの学園では、姉の様な能力者は引っ張りだこである。姉を知っている者なら、『保健室に行くか、星崎の所に行くか』と考えるのだと言う。 「討状之威に星崎美沙が居るのか……有り難い。討状の支援攻撃と、星崎のヒーリングによるフォローで持ち直せるな……神楽に伝えてやってくれ、星崎に暫く頼んでお前は少し休めと」  これが終わりではなく、未だ安心出来ない事は十二分に承知している。だが少し、微かだが精神的なレベルに於いて多少の余裕は出来たという所だろうか。 「合流次第、星崎美沙に神楽の居る『臨時野戦病院』に向かってくれと指示を出してくれ。討状が居れば現代兵器が十分効くあの連中なら一気に好転できるだろう」 「了解」 「星崎……か。美沙に真琴か、大きくなったな……あの姉弟…いや、『姉妹』だったな。あれがこの学園に来たときの事を思い出させる」   ――11時05分 北西地区防衛線。 (はあっ…はあっ……気が練れないのはまずい。調子に乗って特大の気弾を放ったからだ)  交戦中のラルヴァを除いて数居たラルヴァを殲滅したまでは良かったが、その後に出現した筋肉質で巨大、火を吐くラルヴァに三浦は七転八倒していた。力任せに投げられたが、身体で覚えているのか辛うじてなのかフランケンシュタイナーで切り返せた事は大きかった。  だがこのラルヴァが痛みからの朦朧状態からくる『隙』では、気を練り直すのに十分な時間が取れなかった。気を練り直せぬまま、起き上がり首を回す仕草をする姿に三浦は少々絶望感すら感じる。 「!……蹴り!!」  それでも目を瞑って気を練っていたが、殺気を感じた為目を開けるとラルヴァの中段回し蹴りが飛んでくることに気付く。避ける暇のない三浦はダメージ覚悟で脇腹に受け止めた。かなりの衝撃を覚えた三浦だが、足首を抱えて自分の脇腹に押し付けて固定する。 「……こうなったら意地だな。精一杯抵抗をして、時間を稼いでやるぜ」  ラルヴァを下から睨み付け、吐き捨てるように言うと自ら素早く内側にきりもみ状態で倒れこみながら膝を捻り、ラルヴァを投げる。 「ギャアアアアア!」  プロレスラーである藤波辰爾が本来は繋ぎの技として考案した、蹴りに対するカウンター攻撃として認識されている『ドラゴンスクリュー』で強引に投げられたラルヴァは錐揉み状になって地面に叩付けられると、まるで人間の悲鳴のような声を上げて足首を抱えて悶えてのたうち回った。  正しいこの技の受け流し方なんて知ろう筈もないラルヴァは、下手に抵抗したために脚を、足首を、引いてはその靱帯を強く痛めた。 「はあっはあっ……ざまぁみろだ……それにしてもキツい蹴りだな……」  もんどり打ってのたうち回っているラルヴァに吐き捨てるように言うと、必死に呼吸を整えようとする。 「気が練れるまで後ろに下がって」 「気を練り直せ、ここは私達が繋ぎとしてでも押さえ込むから!」 「待て如月、坂上、菅! 俺はまだ戦える!!」  必死に呼吸を整えている三浦の前に、千鶴に坂上撫子、菅誠司が庇うように立った。 「本当にバカだね! 真琴ちゃん! 三浦を一旦回収して!!」  千鶴は屋上にいる私に向かって言い放つ。呼吸が整わない三浦だが、視線はしっかりラルヴァの方に向いている。このままラルヴァが立ち上がれば臨戦態勢とは程遠い状況で三浦は闘う。恐らく千鶴はそれを加味しているのだろう。 「分った!『他者転移』」  この距離での転移は集中するまでもなく成功、重低音と共に三浦を瞬時に私の目の前に引き寄せる。 「うわああっ! まっ真琴さん!? と言うか、どうして男子用制服を?」 「そんな事を気にしている場合じゃないわ」  行き成り転送されて慌てふためく三浦だが、さすがにレスラー系のファイターだけに観察眼は鋭い。 「それにしても千鶴に言われて引き寄せて正解だったよ。三浦君、個人プレーじゃないんだ。千鶴や坂上さん、菅さんに任せて息を整えて」 「だめだ! 真琴さんアイツ半端じゃない!! 俺をまた飛ばしてくれ!!」 「それは出来ない。息整えて気を練って、戦える状況に戻すのが先決」  私は焦って打って出ようとするこの血の気の多い三浦を、静かに宥めながら言う。彼は息が切れており、はぁはぁと呼吸しながわ私の言葉に耳を傾けている。 「戦っているのは何も貴方だけじゃない。あれだけ暴れたのだから、少しくらい引いて整えても誰も文句は言わないし、言ったらその人を容赦なくプールに叩き落としてあげるわ」 「真琴さんも見たでしょう、俺を軽々と投げられる筋力の持ち主だ! 俺がタンカー(盾役の事。壁役とも言う)になって……」 「お前の気が練れない状況が、足手まといになっているって分らないのか!!」  何時もははっきりと言わないが、緊急時と言うこともあって自分でも信じられない位に三浦に言い放っていた。 「!!……真琴さん……」 「この迎撃戦は恐らくこのまま終結に向かう。東(北東地区)は苦戦しているようだけど、大学部から援軍が向かったわ……西は二年……それに一年に白兵戦得意な連中多いんだ。少し休んで息を整えて……私も千鶴達をフォローするから」  私は三浦にこう言い置くと、建物屋上の端に向かい千鶴達の戦いを見る。千鶴・坂上・菅と言う接近戦得意の三人対ラルヴァという図式で戦っていたが、そこにある戦闘は一進一退の状況だった。ラルヴァは三浦の『ドラゴンスクリュー』で脚を『壊された』為に動きこそぎこちなかったが、あの三人を相手に戦えるだけの力を持ち合わせていると思うと背中がぞっとする。 「如月あいつ炎吐く! 防いで!!」 「了解!! 『氷壁』!」  三浦との一騎打ちを見ていた坂上は、炎を吐くモーションと判断して千鶴に叫ぶ。案の定三浦にも放った火球が口から数個出現し、息を吹きかけるように推進力を付けて千鶴達が集まっている場所に目掛けて飛ばした。 「熱っ! 痛っ!!」 「熱っ!! この火球は爆裂もするのかよ!」  千鶴も反応が早く、素早くしゃがみ込んで地面に手を着けて素早く念じると、瞬時に三浦の背丈ほどの氷壁が現れ火球を打ち払ったが氷壁に当たると同時に火球が爆裂して爆風と熱風が放射状になって拡散する  破裂し四方に飛び跳ねる火の粉などの欠片で間接的な衝撃に千鶴と坂上は思わず声を上げる。 「……如月、ショットガン貸して」  ラルヴァの動きを見つつ、菅は千鶴に手をだしてショットガンを渡せと言う。 「せいちゃん? ……だけど、ショットガンシェルは3発しかないよ」 「効くかどうかも分らないし、引き付けるだけなら十分。私がこれで引き付けるから如月はまず坂上の刀に『氷』の付加しつつ、私が一発撃ったら氷で攻撃、その間を縫って坂上に斬り込んで貰う。私達が不安定になったら星崎にあのラルヴァを転移させて間合いを取って貰えば支えられる」  三人掛かりでも苦戦するこの状況に菅は賭けに出る。 「危険な賭けよ、せいちゃん」 「仕方がない。完璧に抑えられる三浦があの状況だし、これが最善だろ。如月、頼んだよ」  吐き捨てるように菅が言うとショットガンを片手に持って、飛び込み前転で盾になっている千鶴が張った氷壁から飛び出すようにラルヴァの目の前に出ると、銃口を向けて構える。  だが菅は撃たずにじっと構えているだけだった。銃を構えても動かない彼女を見たラルヴァは後退しながら息を吸い込む仕草をして口から火球を吐き出す。 「当たらない」  自分目掛けて飛んでくる火球を待ってましたとばかりに、左右に振る飛び込み前転で回避する。菅の動きは非常に素早く、動きに翻弄されて反応するだけで精一杯だった。姿を晒して攻撃を誘発させつつ、間合いを取って坂上が切り込める状況を作っている菅は飛んでくる火球を軽々と避ける。 「せいちゃんが囮になっている間に……坂上、刀を見せて。魔力付加する」  菅の戦術を見届けながら千鶴が片手に力を集中させると、坂上の刀の刀身を撫でるように触れる。すると刀が派手ではないが青くぼんやりと光り、氷の結晶が刀身の周りを浮遊している。  刀身が青く輝いて周りを氷の結晶が纏っており、相手を攻撃した際に凍てつき凍結させる氷の力を付与させる『氷結武器』と言うテクニックだ。 「劇的な効果では無いだろうけど、異能力じゃないと傷つかない奴にも効くようになるし、炎を基本とする者に大きくダメージを与えるかも知れない」 「十分過ぎるだろう。私は菅が一発撃つのを合図に斬り込むので、如月は私が接敵する前に飛び道具なら一回攻撃できるから撃ち込んで」  千鶴と坂上は2・3言葉を交わしつつ、菅の戦術を見ながら打って出るタイミングを見計らっている。 「……非常にワンパターン」  圧倒的な敏捷力で避けられる菅は、遊びは終わりだと言わんばかりにショットガンの有効殺傷射程距離の間合いに入る。近距離に間合いを取って銃を構えると、ラルヴァも同じように息を吸って火球を吐き出す仕草をする。 (モーションが何か違う……だが)  菅は一瞬ラルヴァのモーションの微妙な違いに気付くが、気の迷いなくそのままトリガーを引いた。 「ギャアアアアアアアア!!」  乾いた火薬の破裂音と共にショットガンシェルが破裂し、弾丸が四散する直後にラルヴァの胴体部位に直撃する。だが、 「傷口と口から炎!? くっ!!」  ラルヴァ自身は受けた傷に苦しみ悶えているが、ショットガンで受けた傷と口からおびただしい火と火の粉が勢いよく吹き出し、前面で立っていた菅に激しく襲いかかった。  菅は思い切り地面を蹴って全力でバックステップして危急を乗り切ろうとするが、菅の回避よりも早く火の粉がブレザーにまとわりついて着火する。 「如月! 菅が燃える!!」 「『冷却』!!」  ブレザーに火の粉が降りかかり延焼を始めた菅に、瞬時に素早く集中を切り替えて千鶴は菅の全身に氷の膜を張って火を消し止める。  菅は熱さに少し身を屈めていたが、千鶴の氷の膜によって軽くブレザーを焦がしただけに留まった。 「坂上早く行け!! せいちゃんは私がフォローするから、構わず斬り込め!! ショットガンで悶えている今が絶好のチャンスだ!!」 「ああ、わかった! 行くぞ!! たああああっ!!」  菅の攻撃による隙に一瞬行動が遅れた坂上だが、地面を蹴って氷壁の陰から飛び出し、下段の構えのまま悶えるラルヴァの死角から突撃し斬り込んだ。 「喰らえ!!」 「ギャアア!!」  突撃の勢いと体重の加重任せに打突して刃筋と平行に突き、脇腹に突き刺した。 「え? 何!? キャアアッ!!」  だが坂上の刀は千鶴の魔力付加が付随していたが切っ先までしか突き刺さらず、しかも刀は突き刺さって抜けなかった。よく見れば至近距離からのショットガンにも関わらず、擦り傷程度しか傷つけてはいなかった。  逆に痛みに悶えるラルヴァが激しく左右に体を振り、柄を握りしめていた坂上は体ごと激しく揺さぶられて刀諸共投げ出され、勢い良く地面に叩き付けられてしまった。 「……痛たたあぁ……何て力なのだ……あの三浦を軽々と投げようとしただけの力だ……薄々感じてはいたが……」  坂上は勢い良く体を叩付けられて衝撃と痛みに起き上がるのがやっとだったが、体を震わせながら何とか跪くように起き上がる。 (参ったね……ラルヴァが悶えているお陰で大丈夫だが……まずいな……) 「俺が、ただのオッパイ好きの中華料理店バイトでない所を見せてやる!」 「拍手!?」  痛みに悶えよろめいたラルヴァに『女のバスト大好きの中華料理店のバイト』として有名な拍手敬が、心の叫びとも取れかねない咆哮と共に千鶴・坂上・菅の間合いを縫ってラルヴァに突撃を掛けた!  私は拍手の『能力』を知らなかったのだが、徒手空拳で突撃していく。ようやく息が元に戻ったが気がまだ練りきれない三浦や、ダメージを受けている菅や坂上を考えると妙に頼もしかった。 「俺だって戦うさ! 喰らえっっ!!」 「グオオオッッ!!」  左手の拳に『気』を溜めつつ電光石火の早さで格闘戦の間合いに急速接近、両足を地に着けると掌を伸ばして掌底の形で、アッパー気味にラルヴァの顎辺りを深々と抉った。 「……グヘヘヘ……」 「まだ起きてやがる」  痙攣しつつ仰け反るようにぐらつき、顎に焦げるように煙を立てながら動かない。誰もがこれで終わったかと思ったが、ゆらりと体を戻し口元をニヤリとしながら人差し指を『来い』と示す仕草をする。 「三浦君! なんで拍手君は直ぐ追撃しないのだ!」 「真琴さん、拍手の能力は『発勁』で拳に気や『魂源力』を溜めて攻撃できるのですが、30秒の溜めが必要で追撃できないんです」  何というミステイク、これでは鉄砲勝負ではないか。だが、ラルヴァの硬直時間が長かったお陰か直ぐに二撃目の準備が出来た。 「もう一撃だぜ!!」  素早い腕の動きで繰り出した気を纏った掌底はラルヴァには避けられず、頬に食い込み抉るように命中、口から体液が飛び散り殴られた衝撃に限界まで仰け反って痙攣する。  今度こそ終わったと思った拍手は手をパンパンと叩きながら、吐き捨てるように言い置いた。 「ははは……見てみろ! 俺もやるときはやるんだよ」 「馬鹿野郎、終わってないぞ!! 油断するな拍手! まだ動いているぞ!!」  一部始終を屋上から見ていた三浦は、拍手に絶叫する。 「三浦……? 何!?」  三浦の絶叫に気が付いた拍手はラルヴァの居た方向に向くと、既にラルヴァが足蹴の攻撃態勢に入っていた。三浦や菅、坂上の『攻撃』に既に怒り狂っていたラルヴァは、元々瞳孔のない瞳に更に血走りながら、疾風怒濤に拍手に襲いかかる。 「この態勢では避けきれな……!!」 「『他者転移』!」 「ギャアアアアア!!」  攻撃が拍手に命中する直前に、私は彼を自分の側に引き寄せて攻撃を凌ぐ。攻撃が空を切ったラルヴァの蹴りは、ラルヴァの火球を凌ぐために千鶴が作った氷壁に足を食い込ますように『誤爆』、厚手の氷の堅さとその反撃効果、加えて三浦のドラゴンスクリューで負ったダメージがまるでボディーブローの様に効き、もんどり打ってのたうち回っていた。 「はあっ…はあっ…星崎のテレポーテーションってやつか……助かったあぁ」 「無茶しやがって……良い度胸しているよ」  呆れる様に三浦は言うと、拍手はそれを聞きながらはあはあと呼吸を乱しながらその場に大の字で寝転んでしまった。 「大丈夫か? 拍手君」 「大丈夫、大丈夫、ダメージは無いから。多分疲れたんだ」  私は気になって言ってみると、三浦は手で扇ぐような仕草をしながら言い置いた。 「それより真琴さん、俺もう行けるぜ。気が練れる!」 「分ったよ三浦君。方向感覚を合わさなくてはいけないので離れた場所に飛ばすから……千鶴達を頼むよ」  私はこう言い置くと三浦はニッコリ笑いながら、 「大丈夫ですよ真琴さん。菅も坂上もダメージ受けているけど、如月と真琴さんのフォローがあれば負けはしませんよ」  静かに言い置いた。三浦の言葉を聞くと、私は静かに彼を火を吐くラルヴァと行き成り接敵しない場所に転移させた。  何度か転移されたお陰か三浦は方向感覚を失わずに状況認知を完了し、拍手の一連の流れでのたうち回っているラルヴァの元に走り込んで勢い任せに頭部にストンピングを喰らわす。 「グヘェ!」  ストンピングは倒れている相手を踏みつける本来繋ぎの足技だが、気を纏った三浦のストンピングはラルヴァですら苦悶の唸り声を上げた。  苦悶の悲鳴を上げているラルヴァを三浦はそのまま頭を持って起こし、首根っこを掴んだまま歩かせて千鶴の作った火球を凌ぐために作った氷壁の角にラルヴァの体を振って顔面を叩付ける。 「ようやく気が練れたのか三浦」 「真琴さんの横にいたらよ、直ぐに疲れが取れたぜ」  余りにも直球な言葉に、流石の千鶴も苦笑いを浮かべる。 「下半身の欲望って怖いねぇ……さて、私は坂上のフォローをするので三浦はあのラルヴァを仕留めろ! 立て直し次第そっちに行くから」 「了解。さて、〆くらいきちんとしますか」  二・三言葉を交わすと三浦は意気揚々とラルヴァに接近し、頭を抱えて苦しみ悶えているラルヴァに容赦なくストンピングを落としていった。  千鶴の凌ぎ用の氷壁にサンドウィッチ状態でストンピングを落とされている状況は、さながら地獄絵図とも言えなくもない。 「グオッ……思いの外重い蹴りだな……まだ余力十分じゃねぇか」  だがラルヴァもサンドバックではない。三浦のストンピングの合間に浴びせ蹴りの要領で脇腹に蹴りを見舞っていく。ドスッドスッと重く鈍い効果音を響かせながら、三浦のストンピングとラルヴァの蹴りの応酬が始まった。 「グオッ! ああ! クソッ面倒くせぇ!」  比較的重い足蹴の応酬は、段々と三浦をイラつかせる。三浦はラルヴァの蹴りを凌ぐと前に前進して首元を捕まえて押さえ込み、エルボーを激しく背中に落としながら屈めさせ、両膝でラルヴァの頭を挟み両腕を相手の胴周りに回してクラッチし、相手の身体を反転させながら自らの頭上まで跳ね上げ、その体勢から自らしゃがみ込みながらラルヴァを背面から千鶴が作った簡易的な氷壁の真上に叩き落とした。  氷壁は真ん中から砕け散り、崩れ去りながらラルヴァの両脇腹に背中に食い込ませて地面に叩付けられた。 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」  ほぼ突起物と言って良い氷壁に勢い良く『パワーボム』で叩き落とされたラルヴァは、海老反りに体を曲げて転げ回りながらのたうち回っている。  一気に決めた大技だったのか、三浦は片足付いて跪くように座っている。 「……ふうっ……やれやれ。それにしてもあの蹴り痛てえ……気を装甲にしてもこの痛みは……」  完璧に決まったパワーボムで三浦も周囲も完全に終わったように見えたのだが、次の瞬間信じられない光景を見る。 「マジで?」  プルプルと振るわせながらもこのラルヴァはゆら~りと立ち上がり、血塗れ泥塗れで立ち上がるその様は三浦でも『引く』位の迫力がある。 「ちょ、ちょっと待てや、菅や坂上に拍手の攻撃を浴びて、パワーボムまともに喰らってまだこれかよ……」  目の前の衝撃的な光景に咄嗟に立ち上がることが出来なかった三浦は完全に後手を取ってしまい、為す術もなく怒りの一撃とも言える太い腕を勢い良くまるでバットのように振ったラルヴァの攻撃を許してしまう。 「うおおおっ!」  反射神経の本能から来る左腕のガードが一寸の僅差で間に合って顔面に直撃することは免れたが、辺りに響き渡った激しい鈍い衝撃音がその激しさを物語る。  何とか防いだは良いが、衝撃の激しさで暫く身動きが取れない三浦は青ざめる。もし次が来たら間違いなく顔面にクリーンヒットするからだ。激しさを身をもって知った三浦は直撃したらどうなるか等、想像に難しくない。 「三浦! 背中を屈めろ!!」  咄嗟に後方から聞こえる声に三浦は力を振り絞って体を前屈みになった刹那、坂上が三浦の背中を踏み台にして乗り上がり、すぐさまラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出した。  プロレスラー武藤敬司発祥の所謂『シャイニングウィザード』だが、少しずれてラルヴァの顔面と頭部に大腿筋が打ち付けて勢い良く突風が通り過ぎるかの如く駆け抜ける。 「グオオッ!!」 「……私も行く!」  間髪開けずに菅も坂上に続いて同じく三浦を踏み台にし、多分見様見真似だろうかラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出した。  膝が鼻と眼球辺りに直撃し、激しく鼻から体液を吹き出しながら仰け反るが倒れるまでには至っていなかった。 「私も行くよ! たあ―――っ!!」  そして立て続けに脚に氷の付加をして、こなれた感じで千鶴も同じように三浦を踏み台にして登り上がり、助走の勢いそのままにラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出す。 「ギャアアアアア!!」  千鶴の膝が鼻から眉間に額にかけて漏れなく網羅し、衝撃でへこみながら額が割れて体液が噴き出し、菅の二撃目のシャイニングウィザードで折れている鼻が更に折れたのか激しく鼻からも体液が噴き出して堪らず地面に叩付けられるように倒れ込んだ。 「三浦! お膳立ては此処までだ、最後に決めろ!!」 「了解!」  最早のたうち回る気力も残っていないのか、ピクピクと痙攣して動かなかったラルヴァを頭を持って無理矢理起こして相手の首に片手を回し、もう一方の片手でラルヴァの肉を掴む。 「……あの体勢……まさか」  三浦は首の辺りを掻き斬る仕草をするとそのまま相手の全身を垂直になるように持ち上げ、勢いを付けて脳天から落とした。  187㎝の高さから垂直落下で脳天から叩き落とされたラルヴァは既に出血している場所から吹き出すように体液が吹き出し、三浦が手を離した頃は血塗れ泥塗れ、最早ピクリとも動かなかった。 「垂直落下式ブレーンバスターか……実際に生で、しかも実戦で見られるとは思わなかった」  一部始終を見ていた他の生徒は思わず漏らす。実戦で垂直落下式ブレーンバスターを放てるのは、やはりそれなりの実力者でもない限り難しいからだ。  またプロレスを生であれ中継であれ、こうやって見られることは珍しい。 「今度こそ終わっただろ……はぁ、拍手の二撃で沈んでくれれば助かったんだがなぁ……他の奴に比べで段違いだな」  倒れて動かなくなったラルヴァを見ながら、三浦は言い置くように呟いた。 「おい三浦、このラルヴァ燃えるぞ」  坂上は思わず漏らす。倒れて息絶えたと思われたラルヴァだが、暫く経つと穴という穴から炎が吹き出して全身を包み、激しい炎となって燃えだした。 「……何だったんだろうな、こいつら」 「さぁね……まぁ、確かな事はこんなに大規模に学園をラルヴァに襲撃されたのは、初めてって事だけよ」  この火を吐くラルヴァを倒したのが最後と認識したのか、溜息と安堵と共にぽつりぽつり雑談をかわす。 「おい、三浦に坂上、如月。雑談は後にしよう……星崎に終結の宣言をさせに行かないと」  菅は至って冷静に言葉を言い置く。 「真琴ちゃん! 簡易通信機から『醒徒会』に通信入れて! 北西地区の戦闘は終結したと」  千鶴は私に叫ぶように言う。と言うか私がやって良いのかなぁ? 「了解! 『発 双学北西地区守備隊星崎真琴 宛 醒徒会本部 我、ラルヴァ群集を殲滅セリ。次ノ指示マデコノ場デ待機スル』」  私は言われたとおりに醒徒会に簡易通信を入れると、どっと歓声が沸くのが分る。 『了解お疲れ様でした、『撃墜王』星崎さん。北西地区は明朝まで待機してください……そうそう、星崎さん。貴女はまず着替えて、成宮君に制服を返してあげて下さい。彼、下着で小さくなっています』  私が簡易通信を入れると、水分は北西地区に向けて通信を入れる。余計な一言を添えて。  一瞬しーんと場が無音状態になり、その刹那まるで衝撃波の如くどっと爆笑が広がった。 「……真琴さんのあの男子制服って、醒徒会の成宮のだったんだ……」  三浦はしみじみという。畜生! そんな事言わなくても良いのに!! 「うっ…うるさいわ水分さん……! ああ……もうっ!!」  私は思いの外狼狽えていた。まぁ私が悪いのだが、顔から火が出る思いというのはこういう事なのだろう。  恥ずかしくて穴を掘って埋まりたい気持ちで一杯だったが、私の横にいる大の字になって寝ていた拍手が目を擦りながら起き出した。 「……あ……オハヨウゴザイマス……」 「……うるさいよ……」 第三節に続く ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 二節 2-4 お淑やかな撃墜王 「星崎ちゃん、真琴ちゃんが愉快な仲間達と北西地区で大活躍しているようだよ。絨毯爆撃って凄いよねぇ」 「面白いジョークだけど、今話す内容じゃないわね。私達はまず、北東部の掩護に回らなくちゃね」  苦戦が続く北東地区に輸送ヘリで向かっていた大学部の援軍の隊長・討状之威は軽い感じで、副隊長を務める私の姉である美沙に話しかける。 「真琴ちゃん紹介してよ、星崎ちゃん」 「バカだねぇ。そんなことを一言でも言ったら、あの子に鉄扇でぶん殴られるわよ。チャラ男大嫌いなのだから」  場違いな冗談交じりの会話は、緊張を解すためなのと、元々討状が軽く不真面目なためである。姉は分っているので軽く聞き流している。 《討状、星崎、北東地区に間もなく到着。出撃準備を》  輸送ヘリのコックピットより聞こえてくる声を確認すると、流石の討状でも表情を戻して臨戦態勢を取る。 「よし……行くぞ。そうそう、ちょっと言い忘れたけど龍河君に言っておいて。『さっさと前線出でてきなさい』ってね」 《了解》 「北東地区に電文! さぁ行くよ。降下準備は出来ているよねぇ?」  顔は真剣だが言い方が少し軽い言い回しで討状が言うと、ヘリに乗り込んでいる面々にこう伝えた。 ――11時02分 北東地区防衛線。 「うわああっ! 俺は『ダイアンサス』で行動したかった! 畜生、何でこんな事にいぃ!!」 「お前の働きはこの戦線の生死を分けるんだ! もう少し気張れ!!」  悲鳴を上げながらヒット・アンド・アウェイで能力を行使する堂下大丞に、二階堂悟郎は渇を入れる。堂下の異能力『他者強化』はこの一進一退の状況を支えるのに欠かせない為だ。状況に応じて個人の能力を増強出来る能力は、この状況ならば宛ら命綱とも言える。  北東地区の主力は高等部3年全体と1年の約半数が前線を支える布陣ではあったものの、防衛戦開始より苦戦を強いられていた。私のグレネードをテレポートさせて敢行した絨毯爆撃の様な奇策や、千鶴のように門に障壁を張って勢いを止める様な策が無かった事と、哨戒能力の甘さから戦闘開始より勢いを抑えられずに常に戦線が前後している。とは言うものの、この戦線には有能且つ名だたる異能者が居ないのかと言えば決してそうではない。  三年で言うと二階堂兄弟に大道寺天竜、弥坂舞、久留間走子が居るのに加えて、一年は『外道巫女』神楽二礼をはじめとして伝馬京介、氷浦宗麻、姫川哀、堂下大丞と言う総々たる面々である。 「あのクソ教師め……偉そうな事言っておきながら、意図も簡単にやられているじゃねーか!!」 「気持ちは分るが、言っても仕方有るまい……俺たちゃ『そこにある危機』を無くす事が先決だよ」 「専門的な回復手が少なすぎるんだよ。必死に戦わなくちゃ殺されちまうよ」  だが、この場を仕切った教師の判断によりラルヴァ行軍中は『見』に専念した事が、最大の失敗と言える。こうして出遅れ挫かれた戦線は維持するので精一杯にまで追い詰められたのだ。  これだけの人材を抱えている戦線だが、最初に出鼻を挫かれてしまっており、戦線維持に躍起に成らざるを得ない状況は最早ジレンマと言えよう。しかし逆を言えば、これだけの面子が揃っているからこそ、突破されずに維持できているのである。  極めて神頼み的な確率だが神楽二礼の『場』を門に展開できれば多少なりと状況は変っていたのかも知れないが、指示を出した教師は事前諜略をさせなかった。敵勢を甘く見ていたためである。この為雪崩れ込まれたラルヴァの群集を押さえ込む事が難しく、加えてこの指揮した教師は前に出て行って飛行するラルヴァの集中攻撃を浴びて早々に戦場離脱したのだ。  三浦が意図も簡単に蹴散らしているように見えるラルヴァ達だがその実の戦闘力は高く、決して侮れない。敵を攻撃した事だけでモールが壊れたことや、完全に押し切れずに決定的な要素には至っていないのがその証拠だろうか。  更に悪いことに怪我人が時が経過と共に比例するが如く徐々に増え始め、その回復にも全力で勤める必要を有している事だ。成るべく弥坂舞の様に幻を実体化させて戦わせたりして人間の消耗を抑えているが、それにも限界がある。  この為『外道巫女』神楽二礼を前線から下げ、直接戦線に触れない建物を貸し与えて『場』を構築させて回復に当たらせたのだが、人数が多すぎて追いつかないのが現状だった。さらに彼女の使う能力は簡単に言ってしまえば『神頼み』に於して発動する。よって、神が気に入らなければ一切力が出ないという制約がある。  場を仕切った教師が早々に戦線離脱した後、代わりに別の教師が直ぐに戦線に駆けつけたものの、当に一進一退の状況は通信室と神楽二礼の『臨時野戦病院』を往復する事しかできなかった。 「状況はどうだ!?」 「だめっすね、人が多すぎておいつかないっす」  言葉では軽い言い方だが、暗闇でも分るくらい顔中汗に塗れて『能力』を行使している姿が見受けられ、これ以上もっと頑張れ等とはとても言えない状況だった。他にヒーラー(回復手)が居ないことが戦線維持を難しくしている。 「……神楽、無理はするな。ギリギリまで保たせるからな」 「電文です! 大学部からの緊急電文です!」  その最中、 『発 北東地区大学部援軍隊長 宛 北東地区防衛隊隊長 我、防衛線ニ到着セリ 各員戦線ノ維持ニ奮起セヨ』 「おおおおお……大学部の援軍が到着しました! 地獄に仏とはこの事です!!」  大学部からの緊急入電に簡易通信室は援軍の一報に思わず沸く。 「正に待望の援軍だな……隊の編成は分るか?」 「隊長が討状之威殿、副隊長が星崎美沙嬢、以下30名です」  通信室を仕切る教師は険しい表情から、少し安心した表情を思わず浮かべる。 「星崎美沙と言えば『ヒーリング』……これは天の助けですね! 惑う事無きヒーラーが来てくれることは!!」  私の姉である星崎美沙は、意外にも双葉学園に数少ない超能力系能力による回復手で、『ヒーリング』を使いこなすことが出来る異能力者だ。劇的な効果ではないが傷や病気を癒すことと、治癒に関わる目標の纏っている生命的なオーラを感知できる。  現実的に直接的な回復手が少ないこの学園では、姉の様な能力者は引っ張りだこである。姉を知っている者なら、『保健室に行くか、星崎の所に行くか』と考えるのだと言う。 「討状之威に星崎美沙が居るのか……有り難い。討状の支援攻撃と、星崎のヒーリングによるフォローで持ち直せるな……神楽に伝えてやってくれ、星崎に暫く頼んでお前は少し休めと」  これが終わりではなく、未だ安心出来ない事は十二分に承知している。だが少し、微かだが精神的なレベルに於いて多少の余裕は出来たという所だろうか。 「合流次第、星崎美沙に神楽の居る『臨時野戦病院』に向かってくれと指示を出してくれ。討状が居れば現代兵器が十分効くあの連中なら一気に好転できるだろう」 「了解」 「星崎……か。美沙に真琴か、大きくなったな……あの姉弟…いや、『姉妹』だったな。あれがこの学園に来たときの事を思い出させる」   ――11時05分 北西地区防衛線。 (はあっ…はあっ……気が練れないのはまずい。調子に乗って特大の気弾を放ったからだ)  交戦中のラルヴァを除いて数居たラルヴァを殲滅したまでは良かったが、その後に出現した筋肉質で巨大、火を吐くラルヴァに三浦は七転八倒していた。力任せに投げられたが、身体で覚えているのか辛うじてなのかフランケンシュタイナーで切り返せた事は大きかった。  だがこのラルヴァが痛みからの朦朧状態からくる『隙』では、気を練り直すのに十分な時間が取れなかった。気を練り直せぬまま、起き上がり首を回す仕草をする姿に三浦は少々絶望感すら感じる。 「!……蹴り!!」  それでも目を瞑って気を練っていたが、殺気を感じた為目を開けるとラルヴァの中段回し蹴りが飛んでくることに気付く。避ける暇のない三浦はダメージ覚悟で脇腹に受け止めた。かなりの衝撃を覚えた三浦だが、足首を抱えて自分の脇腹に押し付けて固定する。 「……こうなったら意地だな。精一杯抵抗をして、時間を稼いでやるぜ」  ラルヴァを下から睨み付け、吐き捨てるように言うと自ら素早く内側にきりもみ状態で倒れこみながら膝を捻り、ラルヴァを投げる。 「ギャアアアアア!」  プロレスラーである藤波辰爾が本来は繋ぎの技として考案した、蹴りに対するカウンター攻撃として認識されている『ドラゴンスクリュー』で強引に投げられたラルヴァは錐揉み状になって地面に叩付けられると、まるで人間の悲鳴のような声を上げて足首を抱えて悶えてのたうち回った。  正しいこの技の受け流し方なんて知ろう筈もないラルヴァは、下手に抵抗したために脚を、足首を、引いてはその靱帯を強く痛めた。 「はあっはあっ……ざまぁみろだ……それにしてもキツい蹴りだな……」  もんどり打ってのたうち回っているラルヴァに吐き捨てるように言うと、必死に呼吸を整えようとする。 「気が練れるまで後ろに下がって」 「気を練り直せ、ここは私達が繋ぎとしてでも押さえ込むから!」 「待て如月、坂上、菅! 俺はまだ戦える!!」  必死に呼吸を整えている三浦の前に、千鶴に坂上撫子、菅誠司が庇うように立った。 「本当にバカだね! 真琴ちゃん! 三浦を一旦回収して!!」  千鶴は屋上にいる私に向かって言い放つ。呼吸が整わない三浦だが、視線はしっかりラルヴァの方に向いている。このままラルヴァが立ち上がれば臨戦態勢とは程遠い状況で三浦は闘う。恐らく千鶴はそれを加味しているのだろう。 「分った!『他者転移』」  この距離での転移は集中するまでもなく成功、重低音と共に三浦を瞬時に私の目の前に引き寄せる。 「うわああっ! まっ真琴さん!? と言うか、どうして男子用制服を?」 「そんな事を気にしている場合じゃないわ」  行き成り転送されて慌てふためく三浦だが、さすがにレスラー系のファイターだけに観察眼は鋭い。 「それにしても千鶴に言われて引き寄せて正解だったよ。三浦君、個人プレーじゃないんだ。千鶴や坂上さん、菅さんに任せて息を整えて」 「だめだ! 真琴さんアイツ半端じゃない!! 俺をまた飛ばしてくれ!!」 「それは出来ない。息整えて気を練って、戦える状況に戻すのが先決」  私は焦って打って出ようとするこの血の気の多い三浦を、静かに宥めながら言う。彼は息が切れており、はぁはぁと呼吸しながわ私の言葉に耳を傾けている。 「戦っているのは何も貴方だけじゃない。あれだけ暴れたのだから、少しくらい引いて整えても誰も文句は言わないし、言ったらその人を容赦なくプールに叩き落としてあげるわ」 「真琴さんも見たでしょう、俺を軽々と投げられる筋力の持ち主だ! 俺がタンカー(盾役の事。壁役とも言う)になって……」 「お前の気が練れない状況が、足手まといになっているって分らないのか!!」  何時もははっきりと言わないが、緊急時と言うこともあって自分でも信じられない位に三浦に言い放っていた。 「!!……真琴さん……」 「この迎撃戦は恐らくこのまま終結に向かう。東(北東地区)は苦戦しているようだけど、大学部から援軍が向かったわ……西は二年……それに一年に白兵戦得意な連中多いんだ。少し休んで息を整えて……私も千鶴達をフォローするから」  私は三浦にこう言い置くと、建物屋上の端に向かい千鶴達の戦いを見る。千鶴・坂上・菅と言う接近戦得意の三人対ラルヴァという図式で戦っていたが、そこにある戦闘は一進一退の状況だった。ラルヴァは三浦の『ドラゴンスクリュー』で脚を『壊された』為に動きこそぎこちなかったが、あの三人を相手に戦えるだけの力を持ち合わせていると思うと背中がぞっとする。 「如月あいつ炎吐く! 防いで!!」 「了解!! 『氷壁』!」  三浦との一騎打ちを見ていた坂上は、炎を吐くモーションと判断して千鶴に叫ぶ。案の定三浦にも放った火球が口から数個出現し、息を吹きかけるように推進力を付けて千鶴達が集まっている場所に目掛けて飛ばした。 「熱っ! 痛っ!!」 「熱っ!! この火球は爆裂もするのかよ!」  千鶴も反応が早く、素早くしゃがみ込んで地面に手を着けて素早く念じると、瞬時に三浦の背丈ほどの氷壁が現れ火球を打ち払ったが氷壁に当たると同時に火球が爆裂して爆風と熱風が放射状になって拡散する  破裂し四方に飛び跳ねる火の粉などの欠片で間接的な衝撃に千鶴と坂上は思わず声を上げる。 「……如月、ショットガン貸して」  ラルヴァの動きを見つつ、菅は千鶴に手をだしてショットガンを渡せと言う。 「せいちゃん? ……だけど、ショットガンシェルは3発しかないよ」 「効くかどうかも分らないし、引き付けるだけなら十分。私がこれで引き付けるから如月はまず坂上の刀に『氷』の付加しつつ、私が一発撃ったら氷で攻撃、その間を縫って坂上に斬り込んで貰う。私達が不安定になったら星崎にあのラルヴァを転移させて間合いを取って貰えば支えられる」  三人掛かりでも苦戦するこの状況に菅は賭けに出る。 「危険な賭けよ、せいちゃん」 「仕方がない。完璧に抑えられる三浦があの状況だし、これが最善だろ。如月、頼んだよ」  吐き捨てるように菅が言うとショットガンを片手に持って、飛び込み前転で盾になっている千鶴が張った氷壁から飛び出すようにラルヴァの目の前に出ると、銃口を向けて構える。  だが菅は撃たずにじっと構えているだけだった。銃を構えても動かない彼女を見たラルヴァは後退しながら息を吸い込む仕草をして口から火球を吐き出す。 「当たらない」  自分目掛けて飛んでくる火球を待ってましたとばかりに、左右に振る飛び込み前転で回避する。菅の動きは非常に素早く、動きに翻弄されて反応するだけで精一杯だった。姿を晒して攻撃を誘発させつつ、間合いを取って坂上が切り込める状況を作っている菅は飛んでくる火球を軽々と避ける。 「せいちゃんが囮になっている間に……坂上、刀を見せて。魔力付加する」  菅の戦術を見届けながら千鶴が片手に力を集中させると、坂上の刀の刀身を撫でるように触れる。すると刀が派手ではないが青くぼんやりと光り、氷の結晶が刀身の周りを浮遊している。  刀身が青く輝いて周りを氷の結晶が纏っており、相手を攻撃した際に凍てつき凍結させる氷の力を付与させる『氷結武器』と言うテクニックだ。 「劇的な効果では無いだろうけど、異能力じゃないと傷つかない奴にも効くようになるし、炎を基本とする者に大きくダメージを与えるかも知れない」 「十分過ぎるだろう。私は菅が一発撃つのを合図に斬り込むので、如月は私が接敵する前に飛び道具なら一回攻撃できるから撃ち込んで」  千鶴と坂上は2・3言葉を交わしつつ、菅の戦術を見ながら打って出るタイミングを見計らっている。 「……非常にワンパターン」  圧倒的な敏捷力で避けられる菅は、遊びは終わりだと言わんばかりにショットガンの有効殺傷射程距離の間合いに入る。近距離に間合いを取って銃を構えると、ラルヴァも同じように息を吸って火球を吐き出す仕草をする。 (モーションが何か違う……だが)  菅は一瞬ラルヴァのモーションの微妙な違いに気付くが、気の迷いなくそのままトリガーを引いた。 「ギャアアアアアアアア!!」  乾いた火薬の破裂音と共にショットガンシェルが破裂し、弾丸が四散する直後にラルヴァの胴体部位に直撃する。だが、 「傷口と口から炎!? くっ!!」  ラルヴァ自身は受けた傷に苦しみ悶えているが、ショットガンで受けた傷と口からおびただしい火と火の粉が勢いよく吹き出し、前面で立っていた菅に激しく襲いかかった。  菅は思い切り地面を蹴って全力でバックステップして危急を乗り切ろうとするが、菅の回避よりも早く火の粉がブレザーにまとわりついて着火する。 「如月! 菅が燃える!!」 「『冷却』!!」  ブレザーに火の粉が降りかかり延焼を始めた菅に、瞬時に素早く集中を切り替えて千鶴は菅の全身に氷の膜を張って火を消し止める。  菅は熱さに少し身を屈めていたが、千鶴の氷の膜によって軽くブレザーを焦がしただけに留まった。 「坂上早く行け!! せいちゃんは私がフォローするから、構わず斬り込め!! ショットガンで悶えている今が絶好のチャンスだ!!」 「ああ、わかった! 行くぞ!! たああああっ!!」  菅の攻撃による隙に一瞬行動が遅れた坂上だが、地面を蹴って氷壁の陰から飛び出し、下段の構えのまま悶えるラルヴァの死角から突撃し斬り込んだ。 「喰らえ!!」 「ギャアア!!」  突撃の勢いと体重の加重任せに打突して刃筋と平行に突き、脇腹に突き刺した。 「え? 何!? キャアアッ!!」  だが坂上の刀は千鶴の魔力付加が付随していたが切っ先までしか突き刺さらず、しかも刀は突き刺さって抜けなかった。よく見れば至近距離からのショットガンにも関わらず、擦り傷程度しか傷つけてはいなかった。  逆に痛みに悶えるラルヴァが激しく左右に体を振り、柄を握りしめていた坂上は体ごと激しく揺さぶられて刀諸共投げ出され、勢い良く地面に叩き付けられてしまった。 「……痛たたあぁ……何て力なのだ……あの三浦を軽々と投げようとしただけの力だ……薄々感じてはいたが……」  坂上は勢い良く体を叩付けられて衝撃と痛みに起き上がるのがやっとだったが、体を震わせながら何とか跪くように起き上がる。 (参ったね……ラルヴァが悶えているお陰で大丈夫だが……まずいな……) 「俺が、ただのオッパイ好きの中華料理店バイトでない所を見せてやる!」 「拍手!?」  痛みに悶えよろめいたラルヴァに『女のバスト大好きの中華料理店のバイト』として有名な拍手敬が、心の叫びとも取れかねない咆哮と共に千鶴・坂上・菅の間合いを縫ってラルヴァに突撃を掛けた!  私は拍手の『能力』を知らなかったのだが、徒手空拳で突撃していく。ようやく息が元に戻ったが気がまだ練りきれない三浦や、ダメージを受けている菅や坂上を考えると妙に頼もしかった。 「俺だって戦うさ! 喰らえっっ!!」 「グオオオッッ!!」  左手の拳に『気』を溜めつつ電光石火の早さで格闘戦の間合いに急速接近、両足を地に着けると掌を伸ばして掌底の形で、アッパー気味にラルヴァの顎辺りを深々と抉った。 「……グヘヘヘ……」 「まだ起きてやがる」  痙攣しつつ仰け反るようにぐらつき、顎に焦げるように煙を立てながら動かない。誰もがこれで終わったかと思ったが、ゆらりと体を戻し口元をニヤリとしながら人差し指を『来い』と示す仕草をする。 「三浦君! なんで拍手君は直ぐ追撃しないのだ!」 「真琴さん、拍手の能力は『発勁』で拳に気や『魂源力』を溜めて攻撃できるのですが、30秒の溜めが必要で追撃できないんです」  何というミステイク、これでは鉄砲勝負ではないか。だが、ラルヴァの硬直時間が長かったお陰か直ぐに二撃目の準備が出来た。 「もう一撃だぜ!!」  素早い腕の動きで繰り出した気を纏った掌底はラルヴァには避けられず、頬に食い込み抉るように命中、口から体液が飛び散り殴られた衝撃に限界まで仰け反って痙攣する。  今度こそ終わったと思った拍手は手をパンパンと叩きながら、吐き捨てるように言い置いた。 「ははは……見てみろ! 俺もやるときはやるんだよ」 「馬鹿野郎、終わってないぞ!! 油断するな拍手! まだ動いているぞ!!」  一部始終を屋上から見ていた三浦は、拍手に絶叫する。 「三浦……? 何!?」  三浦の絶叫に気が付いた拍手はラルヴァの居た方向に向くと、既にラルヴァが足蹴の攻撃態勢に入っていた。三浦や菅、坂上の『攻撃』に既に怒り狂っていたラルヴァは、元々瞳孔のない瞳に更に血走りながら、疾風怒濤に拍手に襲いかかる。 「この態勢では避けきれな……!!」 「『他者転移』!」 「ギャアアアアア!!」  攻撃が拍手に命中する直前に、私は彼を自分の側に引き寄せて攻撃を凌ぐ。攻撃が空を切ったラルヴァの蹴りは、ラルヴァの火球を凌ぐために千鶴が作った氷壁に足を食い込ますように『誤爆』、厚手の氷の堅さとその反撃効果、加えて三浦のドラゴンスクリューで負ったダメージがまるでボディーブローの様に効き、もんどり打ってのたうち回っていた。 「はあっ…はあっ…星崎のテレポーテーションってやつか……助かったあぁ」 「無茶しやがって……良い度胸しているよ」  呆れる様に三浦は言うと、拍手はそれを聞きながらはあはあと呼吸を乱しながらその場に大の字で寝転んでしまった。 「大丈夫か? 拍手君」 「大丈夫、大丈夫、ダメージは無いから。多分疲れたんだ」  私は気になって言ってみると、三浦は手で扇ぐような仕草をしながら言い置いた。 「それより真琴さん、俺もう行けるぜ。気が練れる!」 「分ったよ三浦君。方向感覚を合わさなくてはいけないので離れた場所に飛ばすから……千鶴達を頼むよ」  私はこう言い置くと三浦はニッコリ笑いながら、 「大丈夫ですよ真琴さん。菅も坂上もダメージ受けているけど、如月と真琴さんのフォローがあれば負けはしませんよ」  静かに言い置いた。三浦の言葉を聞くと、私は静かに彼を火を吐くラルヴァと行き成り接敵しない場所に転移させた。  何度か転移されたお陰か三浦は方向感覚を失わずに状況認知を完了し、拍手の一連の流れでのたうち回っているラルヴァの元に走り込んで勢い任せに頭部にストンピングを喰らわす。 「グヘェ!」  ストンピングは倒れている相手を踏みつける本来繋ぎの足技だが、気を纏った三浦のストンピングはラルヴァですら苦悶の唸り声を上げた。  苦悶の悲鳴を上げているラルヴァを三浦はそのまま頭を持って起こし、首根っこを掴んだまま歩かせて千鶴の作った火球を凌ぐために作った氷壁の角にラルヴァの体を振って顔面を叩付ける。 「ようやく気が練れたのか三浦」 「真琴さんの横にいたらよ、直ぐに疲れが取れたぜ」  余りにも直球な言葉に、流石の千鶴も苦笑いを浮かべる。 「下半身の欲望って怖いねぇ……さて、私は坂上のフォローをするので三浦はあのラルヴァを仕留めろ! 立て直し次第そっちに行くから」 「了解。さて、〆くらいきちんとしますか」  二・三言葉を交わすと三浦は意気揚々とラルヴァに接近し、頭を抱えて苦しみ悶えているラルヴァに容赦なくストンピングを落としていった。  千鶴の凌ぎ用の氷壁にサンドウィッチ状態でストンピングを落とされている状況は、さながら地獄絵図とも言えなくもない。 「グオッ……思いの外重い蹴りだな……まだ余力十分じゃねぇか」  だがラルヴァもサンドバックではない。三浦のストンピングの合間に浴びせ蹴りの要領で脇腹に蹴りを見舞っていく。ドスッドスッと重く鈍い効果音を響かせながら、三浦のストンピングとラルヴァの蹴りの応酬が始まった。 「グオッ! ああ! クソッ面倒くせぇ!」  比較的重い足蹴の応酬は、段々と三浦をイラつかせる。三浦はラルヴァの蹴りを凌ぐと前に前進して首元を捕まえて押さえ込み、エルボーを激しく背中に落としながら屈めさせ、両膝でラルヴァの頭を挟み両腕を相手の胴周りに回してクラッチし、相手の身体を反転させながら自らの頭上まで跳ね上げ、その体勢から自らしゃがみ込みながらラルヴァを背面から千鶴が作った簡易的な氷壁の真上に叩き落とした。  氷壁は真ん中から砕け散り、崩れ去りながらラルヴァの両脇腹に背中に食い込ませて地面に叩付けられた。 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」  ほぼ突起物と言って良い氷壁に勢い良く『パワーボム』で叩き落とされたラルヴァは、海老反りに体を曲げて転げ回りながらのたうち回っている。  一気に決めた大技だったのか、三浦は片足付いて跪くように座っている。 「……ふうっ……やれやれ。それにしてもあの蹴り痛てえ……気を装甲にしてもこの痛みは……」  完璧に決まったパワーボムで三浦も周囲も完全に終わったように見えたのだが、次の瞬間信じられない光景を見る。 「マジで?」  プルプルと振るわせながらもこのラルヴァはゆら~りと立ち上がり、血塗れ泥塗れで立ち上がるその様は三浦でも『引く』位の迫力がある。 「ちょ、ちょっと待てや、菅や坂上に拍手の攻撃を浴びて、パワーボムまともに喰らってまだこれかよ……」  目の前の衝撃的な光景に咄嗟に立ち上がることが出来なかった三浦は完全に後手を取ってしまい、為す術もなく怒りの一撃とも言える太い腕を勢い良くまるでバットのように振ったラルヴァの攻撃を許してしまう。 「うおおおっ!」  反射神経の本能から来る左腕のガードが一寸の僅差で間に合って顔面に直撃することは免れたが、辺りに響き渡った激しい鈍い衝撃音がその激しさを物語る。  何とか防いだは良いが、衝撃の激しさで暫く身動きが取れない三浦は青ざめる。もし次が来たら間違いなく顔面にクリーンヒットするからだ。激しさを身をもって知った三浦は直撃したらどうなるか等、想像に難しくない。 「三浦! 背中を屈めろ!!」  咄嗟に後方から聞こえる声に三浦は力を振り絞って体を前屈みになった刹那、坂上が三浦の背中を踏み台にして乗り上がり、すぐさまラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出した。  プロレスラー武藤敬司発祥の所謂『シャイニングウィザード』だが、少しずれてラルヴァの顔面と頭部に大腿筋が打ち付けて勢い良く突風が通り過ぎるかの如く駆け抜ける。 「グオオッ!!」 「……私も行く!」  間髪開けずに菅も坂上に続いて同じく三浦を踏み台にし、多分見様見真似だろうかラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出した。  膝が鼻と眼球辺りに直撃し、激しく鼻から体液を吹き出しながら仰け反るが倒れるまでには至っていなかった。 「私も行くよ! たあ―――っ!!」  そして立て続けに脚に氷の付加をして、こなれた感じで千鶴も同じように三浦を踏み台にして登り上がり、助走の勢いそのままにラルヴァの頭部・顔面を狙って膝蹴りを繰り出す。 「ギャアアアアア!!」  千鶴の膝が鼻から眉間に額にかけて漏れなく網羅し、衝撃でへこみながら額が割れて体液が噴き出し、菅の二撃目のシャイニングウィザードで折れている鼻が更に折れたのか激しく鼻からも体液が噴き出して堪らず地面に叩付けられるように倒れ込んだ。 「三浦! お膳立ては此処までだ、最後に決めろ!!」 「了解!」  最早のたうち回る気力も残っていないのか、ピクピクと痙攣して動かなかったラルヴァを頭を持って無理矢理起こして相手の首に片手を回し、もう一方の片手でラルヴァの肉を掴む。 「……あの体勢……まさか」  三浦は首の辺りを掻き斬る仕草をするとそのまま相手の全身を垂直になるように持ち上げ、勢いを付けて脳天から落とした。  187㎝の高さから垂直落下で脳天から叩き落とされたラルヴァは既に出血している場所から吹き出すように体液が吹き出し、三浦が手を離した頃は血塗れ泥塗れ、最早ピクリとも動かなかった。 「垂直落下式ブレーンバスターか……実際に生で、しかも実戦で見られるとは思わなかった」  一部始終を見ていた他の生徒は思わず漏らす。実戦で垂直落下式ブレーンバスターを放てるのは、やはりそれなりの実力者でもない限り難しいからだ。  またプロレスを生であれ中継であれ、こうやって見られることは珍しい。 「今度こそ終わっただろ……はぁ、拍手の二撃で沈んでくれれば助かったんだがなぁ……他の奴に比べで段違いだな」  倒れて動かなくなったラルヴァを見ながら、三浦は言い置くように呟いた。 「おい三浦、このラルヴァ燃えるぞ」  坂上は思わず漏らす。倒れて息絶えたと思われたラルヴァだが、暫く経つと穴という穴から炎が吹き出して全身を包み、激しい炎となって燃えだした。 「……何だったんだろうな、こいつら」 「さぁね……まぁ、確かな事はこんなに大規模に学園をラルヴァに襲撃されたのは、初めてって事だけよ」  この火を吐くラルヴァを倒したのが最後と認識したのか、溜息と安堵と共にぽつりぽつり雑談をかわす。 「おい、三浦に坂上、如月。雑談は後にしよう……星崎に終結の宣言をさせに行かないと」  菅は至って冷静に言葉を言い置く。 「真琴ちゃん! 簡易通信機から『醒徒会』に通信入れて! 北西地区の戦闘は終結したと」  千鶴は私に叫ぶように言う。と言うか私がやって良いのかなぁ? 「了解! 『発 双学北西地区守備隊星崎真琴 宛 醒徒会本部 我、ラルヴァ群集を殲滅セリ。次ノ指示マデコノ場デ待機スル』」  私は言われたとおりに醒徒会に簡易通信を入れると、どっと歓声が沸くのが分る。 『了解お疲れ様でした、『撃墜王』星崎さん。北西地区は明朝まで待機してください……そうそう、星崎さん。貴女はまず着替えて、成宮君に制服を返してあげて下さい。彼、下着で小さくなっています』  私が簡易通信を入れると、水分は北西地区に向けて通信を入れる。余計な一言を添えて。  一瞬しーんと場が無音状態になり、その刹那まるで衝撃波の如くどっと爆笑が広がった。 「……真琴さんのあの男子制服って、醒徒会の成宮のだったんだ……」  三浦はしみじみという。畜生! そんな事言わなくても良いのに!! 「うっ…うるさいわ水分さん……! ああ……もうっ!!」  私は思いの外狼狽えていた。まぁ私が悪いのだが、顔から火が出る思いというのはこういう事なのだろう。  恥ずかしくて穴を掘って埋まりたい気持ちで一杯だったが、私の横にいる大の字になって寝ていた拍手が目を擦りながら起き出した。 「……あ……オハヨウゴザイマス……」 「……うるさいよ……」 2-5に続く ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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