【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.5】

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もとが縦書きなのでラノ推奨 ちなみにパート4とパート5はラノは一緒くたです [[ラノで読む>http://rano.jp/1223]]              9  直は自分の失態に自分が嫌になる。  だが、今は自分を責めている場合ではない。バラッドにまたしても連れて行かれた弥生を助けなければならない。  必ず助ける。直はそう決意していた。 (しかし、奴はどこに行った。廃工場の奥に進んでいったようだが、あっちには逃げ場なんてないのに)  直は崩れた足場に気をつけながら、バラッドを追って進んでいく。  奥に進めば進むほど、なんだか妙な機械やパイプや鉄骨が入り乱れて迷宮のようになっている。ゴチャゴチャしているため、一体どこに自分がいるのかわからなくなる。 「バラッド! どこだ、藤森君を返せ!」  直は辺りを見回しながら叫ぶ。  焦燥。  敵は人の命をなんとも思わない改造人間だ。早くしないと弥生がどうなるかわからない。  直はひたすら走り回る。すると、突然またあの地震が発生した。  直は異能により揺れの影響を受けないが、周りの建造物たちはその激しい揺れにより、次々と音を立てて崩れていく。 「しまった、罠か!」  直はバラッドの思惑に気づく。彼はこの場所に直を誘い込むために弥生を連れ去ったようだ。直に地震攻撃も超高周波振動も通じないため、間接的な攻撃に切り替えたのだ。地震によって崩れ、落ちてくる鉄骨等を直にぶつけるつもりである。  直はそれらの落下物を叩いて防ごうとするが、あまりに数が多い。 「きりが――ない!」  直は落下物を避けながら奥へ進んでいく。 「しつけーんだよデカ女!!」  叫び声と共に、直の目の前に巨大な鉄柱が落ちてきて地面に突き刺さった。幸い直前に気づき、踏みとどまっていたため直撃は避けられたが、もし当たっていたら直と言えど即死だったであろう。  その突き刺さった鉄柱の上に、バラッドは気を失った弥生を抱きながら立っていた。  直は彼を睨みつける。 「バラッド……藤森君に何をした!」 「何もしてねーよ。ちょっとぎゃーぎゃー騒ぐから黙らせただけだ。死んじまったら人質としての価値がなくなるからな」  バラッドはニタニタと笑いながら弥生の顔を撫で回す。 「藤森君を、放せ」 「ふん、お前が俺に大人しく殺されるのならな」 「ぐっ……外道め」  直は悩む。勿論大人しく殺されるつもりはない。しかし、それで弥生が助かるのならば――などと考えてしまう自分が嫌になった。  直は弥生の親友の巣鴨伊万里の言葉を思い出す。 『皆槻先輩、このままだと遠からぬうちに死んじゃいますよ!』  伊万里は初対面の直に対してそう言った。死を見る異能を持つ彼女には自分のようなものは放っておけないのだろう、それ以来彼女は直にちょくちょく絡んでくる。 (今の私に死の予兆は出ているのかな……)  直はそんな弱気をうち消すように拳を握り、バラッドを睨みつける。  弥生は護る。自分の命に代えても。  そして敵を倒す、それだけを今は考えるのだ。  しかしもし本当に死んだりなんかしたら、ミヤにどれだけ怒られるかわからないな――と、苦笑していた。 (だが、実際問題としてどうする。バラッドの手は潰れているから恐らくもうあの超高周波振動は使えないはず。ならばあいつに藤森君を瞬時にどうこうする術はない。武器も持ってはいないようだしな)  直は思考を廻らせる。  どうすべきか、考える。 「おい、どうしたデカ女。観念したか?」 「デカ女か、これでも少しは気にしてるんだけど、ね!」  直は何を思ったか思い切りバラッドが立っている鉄柱をその拳で殴りつけた。  異能の力で増幅されたそのパンチは、一撃太い鉄柱をへし曲げてしまう。鉄柱が折れ曲がり、その上に立っていたバラッドはバランスを崩し鉄柱から落ちる。 「この怪物め、無茶するんじゃねえ! 人質が――」  バラッドは落下しながらもバランスを整え、着地の準備をする。しかし、直は彼が落ちて来る直線状に向かって跳躍をした。素足の状態の彼女の足からワールウィンドの亜空間を開き、そこから空気を圧縮させ、思い切り爆ぜさせたのだ。瞬間的にだが、それがここまでの跳躍を可能にしていた。 「なんだと!」  弥生を抱え、空中では身動きが出来ないバラッドはただ彼女が向かってくるのを黙ってみているしかなかった。 「策を考えるなんて私には向いてないからね、力押しでいかせてもらうよ」  その勢いのままに、直は渾身の一撃をバラッドの顔面にもう一度ぶち込む。今度は手のガードもないため、直接彼女の拳がバラッドの顔面にめりこんでいく。  顔面が破壊される痛みで混乱するバラッドは、弥生を手放してしまう。そのままいけば弥生も落下してしまうが、直はバラッドから弥生が離れた瞬間に手をとり弥生を抱きとめる。  飛ぶ直と落下するバラッドが交差する瞬間、最後に直はバラッドの身体に強烈な回し蹴りを放ち、バラッドを吹き飛ばす。 「まあ、デカイってのも悪いもんじゃないね。こうしてリーチが有効になるんだから」  バラッドは吹き飛びそのままガラクタの山に身体を突っ込んで動かなくなってしまった。直は逆噴射で着地の衝撃を和らげる。  ようやく弥生を取り戻した直は、ほっと胸を撫で下ろす。青い顔で気絶をしているが、どうやら特に怪我はないようだ。 「これで、終わった……のか」  直はガラクタの山に突っ伏しているバラッドに目を向ける。  普通の人間ならばもう動けるはずがない。それだけの攻撃を叩き込んだのだ。  しかし―― 「まだだ、まだ終わっちゃいねえ」  バラッドはぐちゃぐちゃの血だらけの顔を歪ませて不気味に笑う。もはやまともに立てないのか、ふらふらと足が震えている。  いや、震えてるのは彼の身体全体。 「許さねえ……どいつもこいつも殺してやる、殺しつくしてやる!」  バラッドは地面に突っ伏した。しかし、それは体力がなくなり倒れたわけではない。 「しまった、お前まさか!」 「全身全霊を込めた俺の大地震攻撃を食らえ。俺の命を削った、さっきまでの十倍の振動だ。 ここ一帯は完全にぶっつぶれるさ! お前一人ならこの攻撃を凌げるだろうが、そんな荷物抱えてどこまでやれるかな! それともその女を捨てていくのか? はははははは!!」  バラッドは狂ったように笑い、振動エネルギーを地面に伝わらせていく。  ほんの刹那の間に、直は凄まじい早さで思考を開始する。  吹き飛ばしたことで距離が出来てしまった。今から攻撃すれば間にあうのか。弥生はどうする。ここに置いておいて、もし自分の攻撃が間に合わなければ弥生は確実にぺしゃんこになってしまう。しかし、彼女を抱えて間に合うほどの距離ではない。どうする、どうする、どうする! 「うおおおおおおおおおお!」  直は走った。弥生を一先ず地面に寝かせ、バラッドのもとへ全力で駆け寄る。もはやこれは賭けだ。自分と相手、どちらが速いのか――  しかし、確実に距離を縮めているのに、バラッドの顔はまだ歪み、笑っていた。 「馬鹿が」  突然直の背後から凄まじい破壊音が轟く。 「しまった、まさか!」  直は足を止める。 「藤森君!」 「ひっかかったな! それだ! その絶望の顔を俺は見たかったんだ!!」  バレッドの言う十倍の地震というのはブラフだったのだ。彼は直を弥生から離れさせるためにはったりを言って、直をおびき寄せたようであった。全ては弥生を死なせ、直を絶望の底へ叩き込むため。  バラッドの思惑通り、直は悲痛に叫ぶしかなかった。  振り向いた時には既にプレート状の地面は陥落し巨大な穴になり、弥生の姿はそこにはもうなかった。  「救えなかったのか、私は――」  直は膝をつき、地面を思い切り拳で殴った。手には血が滲み、それでも直は自分が許せなかった。 「私は、私は――」 「自分を責めることはないよ皆槻直くん。キミは妹を救ってくれていた。それをボクが一番よく知っている」 「――!」  直は突然この絶望の世界に響いた優しい声に驚く。  バラッドもそれは同じで、誰が喋っているのか辺りを見回す。 「だ、誰だ! どこにいる」  雲に隠れていた月が顔を出し、闇を照らす。そして、直は“彼”を見つける。  “彼”は鉄柱の一つの上にまるで曲芸師のようにバランスよく立っていた。そしてその格好はあまりにふざけているものであった。ピエロの帽子のような二つ又がついたフードに、そのフードから伸びる付け襟のついたマント。  まるでそれは道化師のような滑稽な姿である。しかし、それはピエロというには全ての装飾が真っ黒で、まるで蝙蝠や幽霊や死神を思わせる。  しかし、不吉な見た目の彼の手には弥生が抱きかかえられていた。まだ気絶しているようだが、どこか、親しい人間に抱かれて眠っているかのように安らかな顔になっていた。  直はその道化師の、赤いペイントが施された顔を見て言葉を失う。 #ref(挿絵 ジョーカー登場.jpg,,,width=500) 「飛鳥……先輩」  その顔は紛れも無く、昼に出会った弥生の兄の藤森飛鳥であった。  しかし、その顔にあの気弱な雰囲気はなく、凛々しくも優しさに溢れる顔をしていた。  あまりに美しく、あまり雄々しい。  道化師はマントを翻して鉄柱からゆっくりと飛び降り、弥生はそっと地面に寝かせた。  直とバラッドはその美しい一挙一動をただ見ているだけしかできない。  道化師は弥生の頬を優しく撫で、 「弥生……こんなに大きくなったんだな……」  少しだけ寂しそうな声で彼はそう呟いた。 「あなたは飛鳥先輩……? いや、違う、あなたは誰なんですか!?」  直は彼にそう尋ねた。飛鳥の顔をしたその目の前の人物は、明らかに飛鳥ではなかった。鋭い感性を持つ直にはそれがわかった。顔や身体は同じでも、完全に別人だ。 「ボクかい。ボクはジョーカー。世界の可能性、その弊害になるものと戦う存在。そう、ボクは世界を滅ぼそうとする人間たちにとっての鬼札《ジョーカー》だ」  道化師は直と、そしてバラッドの二人を見つめて名乗った。 「ジョーカー……」  どうやらこのジョーカーと名乗る少年は、地面が陥落する寸前に弥生を助けだしていたようだ。彼が何者であれ、弥生が無事であったことに直は安堵する。 「な、何がジョーカーだふざけやがって……」  バラッドは怯えたように後ずさりする。 「古川正行……」  ジョーカーは彼の名前を呼ぶ。真っ直ぐバラッドを見つめながら、ゆっくりと一歩ずつ近づいていく。 「や、やめろ、来るな。寄るんじゃねえ!」 「古川正行、キミは――」 「うう」 「キミは、世界とは何か考えたことがあるかい?」 「う、うあああああああああああああああああ!!」  バラッドは突然奇声を上げて、ボロボロの身体を気にする様子もなく走ってその場から逃げ出していく。またも暗闇の奥へ進んでいく。 「待て、逃がすか――」  バラッドを追いかけようとする直を、ジョーカーは制止する。 「な、なぜ止めるんですか!?」 「皆槻くん。キミは自分自身とても疲弊していることに気づいていないようだ。少し休むといい、それと、ここで弥生を護っていて欲しい」  ジョーカーは気絶している弥生に目を向ける。直はそれにただ頷くしかなかった。 「それに彼を逃がしたりはしないさ。彼はボクの――敵だ」  直はその瞬間に変った彼の瞳を見逃さなかった。  先ほどまでの優しい瞳とは違い、凄まじく冷徹な目、死を宣告する天使のような目をしていた。           ※    バラッドは恐怖した。  直に追い詰められた時とは別種の、次元の違う恐怖。  ただ一目見ただけで“あれ”がまともな存在ではないと気づいた。あれに関わればまともではいられない。命も無いかもしれない。  そう、あれは悪魔だ。  魂を狩り立てようと、冥界からやってきたに違いない。  バラッドはひたすらこの場から離れることだけを考えた。  走る。走る。走る。走る。  逃げ出さずにはいられない。 「もう一度聞こう。古川正行、キミは世界とは何か考えたことがあるかい?」 「ひっ!」  バラッドが真っ直ぐ走り続けていると、突然自分の真後ろからそんな声が聞こえた。その声は間違いなく藤森飛鳥のもの、しかし、その声はあまりに冷たく、とても残酷な雰囲気を漂わせていた。  バラッドは全力で走り続けているのに、そんな声が耳の後ろから聞こえ、もはや恐怖でパニックになっていた。どこまで走っても後ろにある気配は消えない。 「ボクはね、世界というのは個人でもあると考えているんだ」 「う、失せろ悪魔! 近寄るな死神!」 「わかるかい。世界というのは人の数だけある。それぞれがそれぞれの世界を持っているんだ」 「殺されてたまるか、殺されてたまるか……」 「だけどキミは一体何をした。キミは弥生の、皆槻直の、谷川あゆみの、藤森飛鳥の、彼らの世界を滅ぼそうとしたんだ」 「黙れ黙れ黙れ!」 「だからキミはボクの敵だ。キミこそが、世界を滅ぼすものだ!」 「うわアアアアアアああああああああああああああああああ!!」  恐怖が頂点に達したバラッドは、とうとう我慢できず後ろを振り向く、もう殺すしかない。自分の敵を殺すしかない。  しかし、振り向いても夜の闇があるだけで、そこには誰もいない。あれは空耳だったのだろうか、とバラッドは深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとする。 「落ち着いたかい? ならば、さあ、戦おうボクの敵。戦争をしよう」 「うっ……」  またも背後から声がし、バラッドは再び後ろを振り向く。  そして、そこに彼はいた。  そこには禍々しい形をした巨大なナイフを両手に構えたジョーカーが対峙するように立っていたのだ。  そのナイフはまるで死神の鎌のように不気味に尖り、悪魔の羽のようにその二つの刃を広げている。 「藤森……飛鳥……」  バラッドは遂に念願の飛鳥殺害を叶える時が来たというのに、震えるしかなかった。あの女のような綺麗な顔を潰したい、そう思っていたのに、今はあの顔に睨まれるだけで胃液が逆流するような気分。  バラッドは、あれが自分の“天敵”だと確信する。  自分を殺すための存在。  自分をこの世界から抹消する存在。 「ふぅー、ふぅー。藤森、てめえ……殺してやる。殺してやる」  バラッドは覚悟を決めた。オメガサークルにより無理矢理限界まで強化された異能を使いすぎ、もはや彼の身体は異常をきたしていた。頭痛が酷く、いつ頭が割れてもおかしくはない。  それでも、潰れてしまっている両手を構え、ジョーカーに相対する。  それを見て、ジョーカーも頷く。 「よろしい。それでこそボクの敵だ」 「糞が、ぐちゃぐちゃに潰してやる。殺してやる!」  バラッドは駆ける。真っ直ぐに、ジョーカーに全力の振動波を叩き込むために。何の小細工もせず、ただひたすらに力の限りぶつかっていく。それは恐怖心の裏返しかもしれない。それでも彼はこうするしかなかった。  ジョーカーもまるで衝突でもしようというのか、真っ直ぐにバラッドのもとへ駆ける。そしてナイフを構え――  決着は一瞬であった。  お互いの手が交差する。  バラッドの手はジョーカーの顔を掴んでいる。  しかし、パーソナル・バイブレーは発動せず、超振動をジョーカーに与えることはできなかった。 「な、何故だ――」  勝った、と確信したはずなのに、自分の異能が相手に通じない。いや、そもそも発動すらしていない。バラッドはその違和感の正体に気づく。バラッドはゆっくりと視線を落とし、自分の身体を見る。  バラッドの胸にジョーカーのナイフが突き刺さっていた。だが、痛みは無い。血も出ていない。傷は、ない。しかし、まるで魂を削り取られたようにぽっかりとバラッドの身体には何も力は残ってはいなかった。 「な、何をした貴様……」 「これがボクの持つ唯一の力。世界を滅ぼすものたちの“能力《ちから》”を抹消することができる。それが世界からボクに与えられた力だ」 「“異能殺し”だと……実在したというのか。そんなもの、反則じゃねえか……」 「そうだ、これはキミたちだけを倒すための力。異能者のもつ異能の源である魂源力《アツィルト》を打ち消す正反対のエネルギー、そうだね“対魂源力《アンチアツィルト》”とでも呼ぼうか、そのエネルギーを操るのがボクの異能だ。このナイフは対魂源力を結晶化したものだ。だから刺されても痛みも傷も無い。だが、完全にキミの異能を殺すことが出来る」  禍々しい形のナイフが自分の身体を侵食していくのを見て、バラッドはただただ恐怖するしかなかった。まるで自分の存在を全否定されていく感覚。 「そんな、嫌だ。能力を失いたくない……弱い人間になんかなりたくない!」  懇願するバラッドに、ジョーカーは冷たく言い放つ。 「駄目だ。キミは普通の人間に戻るんだ」  ジョーカーは空いている片方の手を掲げ、もう一つのナイフをバラッドの身体全体に向け振り下ろした――              ※      ジョーカーがバラッドを闇の中を追っていき、数分経った。  直は彼が戻ってくるのを待ちながら弥生を見つめていた。自分は彼女を救えたのだろうか。自身は無い。最後の最後で詰めをしくじり、彼女を危険に晒してしまったのは確かだ。誰かを救うためには、もっと、もっと強くならなければならない。  たとえ自分の命を削ってでも。  そう考えずにはいられなかった。彼女のこの自分の命を省みない考えを、改めることになるのは少しだけ先の話。三角狂の殺し屋と、そして自分自身を模した化け物と対峙することになる事件、それが彼女の心を変えることになる。 (しかし、あれは一体何者だったのだろうか。飛鳥先輩であって飛鳥先輩ではない。彼は誰なんだ――)  直はジョーカーのことを思い出す。  ふざけた格好をした道化師姿の藤森飛鳥。人間とは思えぬ雰囲気であったが、ラルヴァとはまた違う。考えても答えは出ないな、そう思い直は彼が何者なのか考えることを止める。 「皆槻くん」  突然自分の名前を呼ばれ、直は驚く。  夜の闇の中から、再び道化師姿の少年が現れた。 「皆槻くん、終わったよ」  その顔には先ほどまでの雰囲気はなく、女の子のような優しい顔がそこにはあった。 「今は、飛鳥先輩なのか……?」  直は確認するように呟く。今はもう、あのジョーカーの鋭い空気は無くなっていた。そこにいるのは明日人の精神を持つジョーカーではなく、正真正銘の藤森飛鳥であった。 「ああ、どうやら“敵”を倒したから引っ込んだみたいだ」 「こ、殺したんですか?」 「いや、彼の能力を消しただけだ。彼はもう二度と異能を使うことはできないよ」 「能力を消した……? あなたは、一体……」 「僕にも何がなんだかさっぱりだよ。でも――」  飛鳥は奇跡的に怪我一つ負っていない弥生を見て、安心したのか膝をがくりと落とす。 「弥生が無事でよかった。本当に……」  直は彼の顔見てまたも驚く。  泣いていた。  涙を流していた。 「よかった、よかったよぅ……」  嗚咽で何を言っているのかわからなくなるほどに泣いていた。直はそんな彼を見てなんだか逆にほっとした。  きっとこの兄妹はもう大丈夫なのだろう。  まだどこか頼りない飛鳥を見ながら、直はそう思っていた。弱そうで、女の子のような彼に、それでもどこか芯を見て取れるのだ。 「飛鳥先輩。これで藤森君はきっとお兄さんのこと見直しますよ」  直は何気なしにそう言った。しかし飛鳥は、 「ううん。僕のことは弥生には黙っていてくれないか。弥生には、これ以上重荷は必要ないさ。キミが全部助けたことにしてくれ。実際に、弥生を護っていたのはキミだ。僕がいなくても、ジョーカーがいなくても、あいつは倒せただろうし」  そう少し寂しそうに言った。 「飛鳥先輩。それでいいんですか」  直は彼に男の決意というものを感じていた。  飛鳥は涙をマントで拭い、少しだけ精悍な顔になっていた。 「うん。僕は道化師だ。道化でいいんだ。ただ、みんなが笑顔で笑っていてくれたら満足なんだ。そうだろう、明日人」  そう言って彼は笑った。それはとても可愛らしい、嘘のない、心からの笑顔であった。  直はそれに黙って頷き、二人はぼんやりと空に目を向ける。  夜の闇が朝日に照らされ、空は黄金色に輝いている。 「そうか。もう、朝か……」  夜中続いた愚か者たちの宴は終わりを告げ、夜明けがやってくる。  どんなに深い闇が続こうと、終わらない夜は無い。  そんな簡単なことを、飛鳥は初めて知ったのであった。            10    夜明けの光に照らされて、バラッドは身体を引きずりながら歩いていた。  もう廃工場からは逃げ出し、ただひたすらに当てもなく歩いていた。直とジョーカーに敗北し、心を折られ、異能を失い、これからどうすればいいのかわからなかった。もし、それがオメガサークルにバレてしまったなら、きっと自分は消されるであろう。  無価値なものを生かしておくほど機関は甘くはない。  このまま逃げよう。  機関から、学園から、世界から、その全てから逃げるのだ。  負け犬に堕ちた彼は、もはやどう生き延びるかしか考えていなかった。今まで人の命をないがしろにし続けたツケが回ってきたようだ。  静まり返っている明朝の公園に、彼は逃げ込んだ。  少しだけ休憩をしようとベンチに向かう。すると、そこには先客がいた。ベンチの上に、新聞紙を上に被って寝ている。それはホームレスなどではない。そもそもこの学園都市にはその類はいない。  ならば誰が寝ているのか。  バラッドはゆっくりと新聞紙をどかす。  すると、意外なことにそこに寝ていたのは制服を着た少女であった。つまり学園の生徒である。バラッドはその少女の顔に見覚えがあった。 「雨宮……真美……なぜこんなところに」  そう、それは委員長の雨宮真美であった。何故優等生の彼女がこんなところで夜を明かしているのか、疑問はつきない。  だが、これはチャンスだ。  そう、今度は彼女を人質にしてあいつらを追い詰めてやる、そう考えていた。 (俺の異能を消しただけで満足しやがって、甘いんだよ)  好機《チャンス》を得て、バラッドの心に、またも黒いものがふつふつと湧き上がってくる。 「くくく、世界はまだ、俺を見放してはいない!」  バラッドは雨宮の腕を引っ張り、無理矢理起そうとする。 「おい起きろ委員長さんよぉ。こんなところで寝てていいのかよ」 「んん……。あれ、古川くん……」  雨宮は寝ぼけた様子で彼を見つめる。そして、はっ、と何かに気づいたのか、飛び起きてその場から離れようとする。しかし、バラッドは自分の潰れた手で、雨宮を逃がさないように拘束する。 「おいおい、何を逃げ出そうとしてんだよ。いいから俺の言うことを聞け」 「駄目、駄目よ古川くん……」 「大丈夫だっつの。別にお前みたいな地味な女の身体に興味はねえ、ただ――」 「違うの、違うの古川くん。今すぐ私から離れて! じゃないと死んじゃう!」 「おいおい、まだ殺すなんて言ってない――」 「違うのよ、死ぬのはあなたなの、早く離して!!」  バラッドは意味不明なことを突然喚く雨宮に苛立ちを感じていた。 「俺が死ぬ? 何をでたらめ……」  その刹那、バラッドは雨宮と眼が合った。  そして、バラッドは、突然雨宮の手を離し、ふらふらと離れていく。  そのバラッドの表情にもはや感情はなく。どこか眼の焦点は合っていない。 「ああ、やっぱり……やだ、やだ!」  雨宮はそれを見て泣き叫ぶ。  バラッドはぽっかりと胸に穴が開いたような気持ちでそれを見ていた。  なんだか全てがどうでもいい。  しかし、ただ哀しみだけがあった。言葉にできない不安、焦燥、絶望。それらの全ての負の感情が一度にバラッドの心に迫ってきた。  そして心に最後に残るものは、死への渇望。 「死にたい」  バラッドは虚ろな目のままポケットからナイフを取りだし、自分の首に当てる。  自分は飛鳥を殺したかった。世界を破壊したかった。だけど、本当に壊したかったのは自分自身だったのではないかと、彼は思った。 「ああ、そうだ、死こそ、幸福だ――」 「やめて、やめて、いやあああああああああああああああ!!」  雨宮の叫びも虚しく、血が辺りに飛び散り、バラッドの身体はぐらりと揺れ、二度と起き上がることはなくなった。 「いや、いやぁ。もう誰も死ぬのを見たくない……」  雨宮はその場に泣き崩れる。  タナトスの力を覚醒せし死の巫女。  世界を滅ぼすものが新たに一人、ここに誕生した。  宴は終わり、嘆きが始まる。 ――――――――――――〈Fools of party〉End――To Be Continued 【ジョーカーズ・リテイクⅡ 亡者たちの嘆き】へつづく ※補足&蛇足※ [[Mission XXXシリーズ]]からキャラと設定を結構シェアさせていただきました。  この中の時系列はXXX四話の  伊万里が直と出会う。  その中間の日 ← ここがジョーカーズ・リテイク  オクタントの襲撃。  って感じです。わかりづらいかもしれませんけど。  あくまで俺都合時系列なので、XXX本編の時系列とは無関係とお考え下さい。  その他設定借りた作者さま方にお詫びとお礼を。 [[part.4へもどる>【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.4】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]
もとが縦書きなのでラノ推奨 ちなみにパート4とパート5はラノは一緒くたです [[ラノで読む>http://rano.jp/1223]]              9  直は自分の失態に自分が嫌になる。  だが、今は自分を責めている場合ではない。バラッドにまたしても連れて行かれた弥生を助けなければならない。  必ず助ける。直はそう決意していた。 (しかし、奴はどこに行った。廃工場の奥に進んでいったようだが、あっちには逃げ場なんてないのに)  直は崩れた足場に気をつけながら、バラッドを追って進んでいく。  奥に進めば進むほど、なんだか妙な機械やパイプや鉄骨が入り乱れて迷宮のようになっている。ゴチャゴチャしているため、一体どこに自分がいるのかわからなくなる。 「バラッド! どこだ、藤森君を返せ!」  直は辺りを見回しながら叫ぶ。  焦燥。  敵は人の命をなんとも思わない改造人間だ。早くしないと弥生がどうなるかわからない。  直はひたすら走り回る。すると、突然またあの地震が発生した。  直は異能により揺れの影響を受けないが、周りの建造物たちはその激しい揺れにより、次々と音を立てて崩れていく。 「しまった、罠か!」  直はバラッドの思惑に気づく。彼はこの場所に直を誘い込むために弥生を連れ去ったようだ。直に地震攻撃も超高周波振動も通じないため、間接的な攻撃に切り替えたのだ。地震によって崩れ、落ちてくる鉄骨等を直にぶつけるつもりである。  直はそれらの落下物を叩いて防ごうとするが、あまりに数が多い。 「きりが――ない!」  直は落下物を避けながら奥へ進んでいく。 「しつけーんだよデカ女!!」  叫び声と共に、直の目の前に巨大な鉄柱が落ちてきて地面に突き刺さった。幸い直前に気づき、踏みとどまっていたため直撃は避けられたが、もし当たっていたら直と言えど即死だったであろう。  その突き刺さった鉄柱の上に、バラッドは気を失った弥生を抱きながら立っていた。  直は彼を睨みつける。 「バラッド……藤森君に何をした!」 「何もしてねーよ。ちょっとぎゃーぎゃー騒ぐから黙らせただけだ。死んじまったら人質としての価値がなくなるからな」  バラッドはニタニタと笑いながら弥生の顔を撫で回す。 「藤森君を、放せ」 「ふん、お前が俺に大人しく殺されるのならな」 「ぐっ……外道め」  直は悩む。勿論大人しく殺されるつもりはない。しかし、それで弥生が助かるのならば――などと考えてしまう自分が嫌になった。  直は弥生の親友の巣鴨伊万里の言葉を思い出す。 『皆槻先輩、このままだと遠からぬうちに死んじゃいますよ!』  伊万里は初対面の直に対してそう言った。死を見る異能を持つ彼女には自分のようなものは放っておけないのだろう、それ以来彼女は直にちょくちょく絡んでくる。 (今の私に死の予兆は出ているのかな……)  直はそんな弱気をうち消すように拳を握り、バラッドを睨みつける。  弥生は護る。自分の命に代えても。  そして敵を倒す、それだけを今は考えるのだ。  しかしもし本当に死んだりなんかしたら、ミヤにどれだけ怒られるかわからないな――と、苦笑していた。 (だが、実際問題としてどうする。バラッドの手は潰れているから恐らくもうあの超高周波振動は使えないはず。ならばあいつに藤森君を瞬時にどうこうする術はない。武器も持ってはいないようだしな)  直は思考を廻らせる。  どうすべきか、考える。 「おい、どうしたデカ女。観念したか?」 「デカ女か、これでも少しは気にしてるんだけど、ね!」  直は何を思ったか思い切りバラッドが立っている鉄柱をその拳で殴りつけた。  異能の力で増幅されたそのパンチは、一撃太い鉄柱をへし曲げてしまう。鉄柱が折れ曲がり、その上に立っていたバラッドはバランスを崩し鉄柱から落ちる。 「この怪物め、無茶するんじゃねえ! 人質が――」  バラッドは落下しながらもバランスを整え、着地の準備をする。しかし、直は彼が落ちて来る直線状に向かって跳躍をした。素足の状態の彼女の足からワールウィンドの亜空間を開き、そこから空気を圧縮させ、思い切り爆ぜさせたのだ。瞬間的にだが、それがここまでの跳躍を可能にしていた。 「なんだと!」  弥生を抱え、空中では身動きが出来ないバラッドはただ彼女が向かってくるのを黙ってみているしかなかった。 「策を考えるなんて私には向いてないからね、力押しでいかせてもらうよ」  その勢いのままに、直は渾身の一撃をバラッドの顔面にもう一度ぶち込む。今度は手のガードもないため、直接彼女の拳がバラッドの顔面にめりこんでいく。  顔面が破壊される痛みで混乱するバラッドは、弥生を手放してしまう。そのままいけば弥生も落下してしまうが、直はバラッドから弥生が離れた瞬間に手をとり弥生を抱きとめる。  飛ぶ直と落下するバラッドが交差する瞬間、最後に直はバラッドの身体に強烈な回し蹴りを放ち、バラッドを吹き飛ばす。 「まあ、デカイってのも悪いもんじゃないね。こうしてリーチが有効になるんだから」  バラッドは吹き飛びそのままガラクタの山に身体を突っ込んで動かなくなってしまった。直は逆噴射で着地の衝撃を和らげる。  ようやく弥生を取り戻した直は、ほっと胸を撫で下ろす。青い顔で気絶をしているが、どうやら特に怪我はないようだ。 「これで、終わった……のか」  直はガラクタの山に突っ伏しているバラッドに目を向ける。  普通の人間ならばもう動けるはずがない。それだけの攻撃を叩き込んだのだ。  しかし―― 「まだだ、まだ終わっちゃいねえ」  バラッドはぐちゃぐちゃの血だらけの顔を歪ませて不気味に笑う。もはやまともに立てないのか、ふらふらと足が震えている。  いや、震えてるのは彼の身体全体。 「許さねえ……どいつもこいつも殺してやる、殺しつくしてやる!」  バラッドは地面に突っ伏した。しかし、それは体力がなくなり倒れたわけではない。 「しまった、お前まさか!」 「全身全霊を込めた俺の大地震攻撃を食らえ。俺の命を削った、さっきまでの十倍の振動だ。 ここ一帯は完全にぶっつぶれるさ! お前一人ならこの攻撃を凌げるだろうが、そんな荷物抱えてどこまでやれるかな! それともその女を捨てていくのか? はははははは!!」  バラッドは狂ったように笑い、振動エネルギーを地面に伝わらせていく。  ほんの刹那の間に、直は凄まじい早さで思考を開始する。  吹き飛ばしたことで距離が出来てしまった。今から攻撃すれば間にあうのか。弥生はどうする。ここに置いておいて、もし自分の攻撃が間に合わなければ弥生は確実にぺしゃんこになってしまう。しかし、彼女を抱えて間に合うほどの距離ではない。どうする、どうする、どうする! 「うおおおおおおおおおお!」  直は走った。弥生を一先ず地面に寝かせ、バラッドのもとへ全力で駆け寄る。もはやこれは賭けだ。自分と相手、どちらが速いのか――  しかし、確実に距離を縮めているのに、バラッドの顔はまだ歪み、笑っていた。 「馬鹿が」  突然直の背後から凄まじい破壊音が轟く。 「しまった、まさか!」  直は足を止める。 「藤森君!」 「ひっかかったな! それだ! その絶望の顔を俺は見たかったんだ!!」  バレッドの言う十倍の地震というのはブラフだったのだ。彼は直を弥生から離れさせるためにはったりを言って、直をおびき寄せたようであった。全ては弥生を死なせ、直を絶望の底へ叩き込むため。  バラッドの思惑通り、直は悲痛に叫ぶしかなかった。  振り向いた時には既にプレート状の地面は陥落し巨大な穴になり、弥生の姿はそこにはもうなかった。  「救えなかったのか、私は――」  直は膝をつき、地面を思い切り拳で殴った。手には血が滲み、それでも直は自分が許せなかった。 「私は、私は――」 「自分を責めることはないよ皆槻直くん。キミは妹を救ってくれていた。それをボクが一番よく知っている」 「――!」  直は突然この絶望の世界に響いた優しい声に驚く。  バラッドもそれは同じで、誰が喋っているのか辺りを見回す。 「だ、誰だ! どこにいる」  雲に隠れていた月が顔を出し、闇を照らす。そして、直は“彼”を見つける。  “彼”は鉄柱の一つの上にまるで曲芸師のようにバランスよく立っていた。そしてその格好はあまりにふざけているものであった。ピエロの帽子のような二つ又がついたフードに、そのフードから伸びる付け襟のついたマント。  まるでそれは道化師のような滑稽な姿である。しかし、それはピエロというには全ての装飾が真っ黒で、まるで蝙蝠や幽霊や死神を思わせる。  しかし、不吉な見た目の彼の手には弥生が抱きかかえられていた。まだ気絶しているようだが、どこか、親しい人間に抱かれて眠っているかのように安らかな顔になっていた。  直はその道化師の、赤いペイントが施された顔を見て言葉を失う。 #ref(挿絵 ジョーカー登場.jpg,,,width=500) 「飛鳥……先輩」  その顔は紛れも無く、昼に出会った弥生の兄の藤森飛鳥であった。  しかし、その顔にあの気弱な雰囲気はなく、凛々しくも優しさに溢れる顔をしていた。  あまりに美しく、あまり雄々しい。  道化師はマントを翻して鉄柱からゆっくりと飛び降り、弥生はそっと地面に寝かせた。  直とバラッドはその美しい一挙一動をただ見ているだけしかできない。  道化師は弥生の頬を優しく撫で、 「弥生……こんなに大きくなったんだな……」  少しだけ寂しそうな声で彼はそう呟いた。 「あなたは飛鳥先輩……? いや、違う、あなたは誰なんですか!?」  直は彼にそう尋ねた。飛鳥の顔をしたその目の前の人物は、明らかに飛鳥ではなかった。鋭い感性を持つ直にはそれがわかった。顔や身体は同じでも、完全に別人だ。 「ボクかい。ボクはジョーカー。世界の可能性、その弊害になるものと戦う存在。そう、ボクは世界を滅ぼそうとする人間たちにとっての鬼札《ジョーカー》だ」  道化師は直と、そしてバラッドの二人を見つめて名乗った。 「ジョーカー……」  どうやらこのジョーカーと名乗る少年は、地面が陥落する寸前に弥生を助けだしていたようだ。彼が何者であれ、弥生が無事であったことに直は安堵する。 「な、何がジョーカーだふざけやがって……」  バラッドは怯えたように後ずさりする。 「古川正行……」  ジョーカーは彼の名前を呼ぶ。真っ直ぐバラッドを見つめながら、ゆっくりと一歩ずつ近づいていく。 「や、やめろ、来るな。寄るんじゃねえ!」 「古川正行、キミは――」 「うう」 「キミは、世界とは何か考えたことがあるかい?」 「う、うあああああああああああああああああ!!」  バラッドは突然奇声を上げて、ボロボロの身体を気にする様子もなく走ってその場から逃げ出していく。またも暗闇の奥へ進んでいく。 「待て、逃がすか――」  バラッドを追いかけようとする直を、ジョーカーは制止する。 「な、なぜ止めるんですか!?」 「皆槻くん。キミは自分自身とても疲弊していることに気づいていないようだ。少し休むといい、それと、ここで弥生を護っていて欲しい」  ジョーカーは気絶している弥生に目を向ける。直はそれにただ頷くしかなかった。 「それに彼を逃がしたりはしないさ。彼はボクの――敵だ」  直はその瞬間に変った彼の瞳を見逃さなかった。  先ほどまでの優しい瞳とは違い、凄まじく冷徹な目、死を宣告する天使のような目をしていた。           ※    バラッドは恐怖した。  直に追い詰められた時とは別種の、次元の違う恐怖。  ただ一目見ただけで“あれ”がまともな存在ではないと気づいた。あれに関わればまともではいられない。命も無いかもしれない。  そう、あれは悪魔だ。  魂を狩り立てようと、冥界からやってきたに違いない。  バラッドはひたすらこの場から離れることだけを考えた。  走る。走る。走る。走る。  逃げ出さずにはいられない。 「もう一度聞こう。古川正行、キミは世界とは何か考えたことがあるかい?」 「ひっ!」  バラッドが真っ直ぐ走り続けていると、突然自分の真後ろからそんな声が聞こえた。その声は間違いなく藤森飛鳥のもの、しかし、その声はあまりに冷たく、とても残酷な雰囲気を漂わせていた。  バラッドは全力で走り続けているのに、そんな声が耳の後ろから聞こえ、もはや恐怖でパニックになっていた。どこまで走っても後ろにある気配は消えない。 「ボクはね、世界というのは個人でもあると考えているんだ」 「う、失せろ悪魔! 近寄るな死神!」 「わかるかい。世界というのは人の数だけある。それぞれがそれぞれの世界を持っているんだ」 「殺されてたまるか、殺されてたまるか……」 「だけどキミは一体何をした。キミは弥生の、皆槻直の、谷川あゆみの、藤森飛鳥の、彼らの世界を滅ぼそうとしたんだ」 「黙れ黙れ黙れ!」 「だからキミはボクの敵だ。キミこそが、世界を滅ぼすものだ!」 「うわアアアアアアああああああああああああああああああ!!」  恐怖が頂点に達したバラッドは、とうとう我慢できず後ろを振り向く、もう殺すしかない。自分の敵を殺すしかない。  しかし、振り向いても夜の闇があるだけで、そこには誰もいない。あれは空耳だったのだろうか、とバラッドは深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとする。 「落ち着いたかい? ならば、さあ、戦おうボクの敵。戦争をしよう」 「うっ……」  またも背後から声がし、バラッドは再び後ろを振り向く。  そして、そこに彼はいた。  そこには禍々しい形をした巨大なナイフを両手に構えたジョーカーが対峙するように立っていたのだ。  そのナイフはまるで死神の鎌のように不気味に尖り、悪魔の羽のようにその二つの刃を広げている。 「藤森……飛鳥……」  バラッドは遂に念願の飛鳥殺害を叶える時が来たというのに、震えるしかなかった。あの女のような綺麗な顔を潰したい、そう思っていたのに、今はあの顔に睨まれるだけで胃液が逆流するような気分。  バラッドは、あれが自分の“天敵”だと確信する。  自分を殺すための存在。  自分をこの世界から抹消する存在。 「ふぅー、ふぅー。藤森、てめえ……殺してやる。殺してやる」  バラッドは覚悟を決めた。オメガサークルにより無理矢理限界まで強化された異能を使いすぎ、もはや彼の身体は異常をきたしていた。頭痛が酷く、いつ頭が割れてもおかしくはない。  それでも、潰れてしまっている両手を構え、ジョーカーに相対する。  それを見て、ジョーカーも頷く。 「よろしい。それでこそボクの敵だ」 「糞が、ぐちゃぐちゃに潰してやる。殺してやる!」  バラッドは駆ける。真っ直ぐに、ジョーカーに全力の振動波を叩き込むために。何の小細工もせず、ただひたすらに力の限りぶつかっていく。それは恐怖心の裏返しかもしれない。それでも彼はこうするしかなかった。  ジョーカーもまるで衝突でもしようというのか、真っ直ぐにバラッドのもとへ駆ける。そしてナイフを構え――  決着は一瞬であった。  お互いの手が交差する。  バラッドの手はジョーカーの顔を掴んでいる。  しかし、パーソナル・バイブレーは発動せず、超振動をジョーカーに与えることはできなかった。 「な、何故だ――」  勝った、と確信したはずなのに、自分の異能が相手に通じない。いや、そもそも発動すらしていない。バラッドはその違和感の正体に気づく。バラッドはゆっくりと視線を落とし、自分の身体を見る。  バラッドの胸にジョーカーのナイフが突き刺さっていた。だが、痛みは無い。血も出ていない。傷は、ない。しかし、まるで魂を削り取られたようにぽっかりとバラッドの身体には何も力は残ってはいなかった。 「な、何をした貴様……」 「これがボクの持つ唯一の力。世界を滅ぼすものたちの“能力《ちから》”を抹消することができる。それが世界からボクに与えられた力だ」 「“異能殺し”だと……実在したというのか。そんなもの、反則じゃねえか……」 「そうだ、これはキミたちだけを倒すための力。異能者のもつ異能の源である魂源力《アツィルト》を打ち消す正反対のエネルギー、そうだね“対魂源力《アンチアツィルト》”とでも呼ぼうか、そのエネルギーを操るのがボクの異能だ。このナイフは対魂源力を結晶化したものだ。だから刺されても痛みも傷も無い。だが、完全にキミの異能を殺すことが出来る」  禍々しい形のナイフが自分の身体を侵食していくのを見て、バラッドはただただ恐怖するしかなかった。まるで自分の存在を全否定されていく感覚。 「そんな、嫌だ。能力を失いたくない……弱い人間になんかなりたくない!」  懇願するバラッドに、ジョーカーは冷たく言い放つ。 「駄目だ。キミは普通の人間に戻るんだ」  ジョーカーは空いている片方の手を掲げ、もう一つのナイフをバラッドの身体全体に向け振り下ろした――              ※      ジョーカーがバラッドを闇の中を追っていき、数分経った。  直は彼が戻ってくるのを待ちながら弥生を見つめていた。自分は彼女を救えたのだろうか。自身は無い。最後の最後で詰めをしくじり、彼女を危険に晒してしまったのは確かだ。誰かを救うためには、もっと、もっと強くならなければならない。  たとえ自分の命を削ってでも。  そう考えずにはいられなかった。彼女のこの自分の命を省みない考えを、改めることになるのは少しだけ先の話。三角狂の殺し屋と、そして自分自身を模した化け物と対峙することになる事件、それが彼女の心を変えることになる。 (しかし、あれは一体何者だったのだろうか。飛鳥先輩であって飛鳥先輩ではない。彼は誰なんだ――)  直はジョーカーのことを思い出す。  ふざけた格好をした道化師姿の藤森飛鳥。人間とは思えぬ雰囲気であったが、ラルヴァとはまた違う。考えても答えは出ないな、そう思い直は彼が何者なのか考えることを止める。 「皆槻くん」  突然自分の名前を呼ばれ、直は驚く。  夜の闇の中から、再び道化師姿の少年が現れた。 「皆槻くん、終わったよ」  その顔には先ほどまでの雰囲気はなく、女の子のような優しい顔がそこにはあった。 「今は、飛鳥先輩なのか……?」  直は確認するように呟く。今はもう、あのジョーカーの鋭い空気は無くなっていた。そこにいるのは明日人の精神を持つジョーカーではなく、正真正銘の藤森飛鳥であった。 「ああ、どうやら“敵”を倒したから引っ込んだみたいだ」 「こ、殺したんですか?」 「いや、彼の能力を消しただけだ。彼はもう二度と異能を使うことはできないよ」 「能力を消した……? あなたは、一体……」 「僕にも何がなんだかさっぱりだよ。でも――」  飛鳥は奇跡的に怪我一つ負っていない弥生を見て、安心したのか膝をがくりと落とす。 「弥生が無事でよかった。本当に……」  直は彼の顔見てまたも驚く。  泣いていた。  涙を流していた。 「よかった、よかったよぅ……」  嗚咽で何を言っているのかわからなくなるほどに泣いていた。直はそんな彼を見てなんだか逆にほっとした。  きっとこの兄妹はもう大丈夫なのだろう。  まだどこか頼りない飛鳥を見ながら、直はそう思っていた。弱そうで、女の子のような彼に、それでもどこか芯を見て取れるのだ。 「飛鳥先輩。これで藤森君はきっとお兄さんのこと見直しますよ」  直は何気なしにそう言った。しかし飛鳥は、 「ううん。僕のことは弥生には黙っていてくれないか。弥生には、これ以上重荷は必要ないさ。キミが全部助けたことにしてくれ。実際に、弥生を護っていたのはキミだ。僕がいなくても、ジョーカーがいなくても、あいつは倒せただろうし」  そう少し寂しそうに言った。 「飛鳥先輩。それでいいんですか」  直は彼に男の決意というものを感じていた。  飛鳥は涙をマントで拭い、少しだけ精悍な顔になっていた。 「うん。僕は道化師だ。道化でいいんだ。ただ、みんなが笑顔で笑っていてくれたら満足なんだ。そうだろう、明日人」  そう言って彼は笑った。それはとても可愛らしい、嘘のない、心からの笑顔であった。  直はそれに黙って頷き、二人はぼんやりと空に目を向ける。  夜の闇が朝日に照らされ、空は黄金色に輝いている。 「そうか。もう、朝か……」  夜中続いた愚か者たちの宴は終わりを告げ、夜明けがやってくる。  どんなに深い闇が続こうと、終わらない夜は無い。  そんな簡単なことを、飛鳥は初めて知ったのであった。            10    夜明けの光に照らされて、バラッドは身体を引きずりながら歩いていた。  もう廃工場からは逃げ出し、ただひたすらに当てもなく歩いていた。直とジョーカーに敗北し、心を折られ、異能を失い、これからどうすればいいのかわからなかった。もし、それがオメガサークルにバレてしまったなら、きっと自分は消されるであろう。  無価値なものを生かしておくほど機関は甘くはない。  このまま逃げよう。  機関から、学園から、世界から、その全てから逃げるのだ。  負け犬に堕ちた彼は、もはやどう生き延びるかしか考えていなかった。今まで人の命をないがしろにし続けたツケが回ってきたようだ。  静まり返っている明朝の公園に、彼は逃げ込んだ。  少しだけ休憩をしようとベンチに向かう。すると、そこには先客がいた。ベンチの上に、新聞紙を上に被って寝ている。それはホームレスなどではない。そもそもこの学園都市にはその類はいない。  ならば誰が寝ているのか。  バラッドはゆっくりと新聞紙をどかす。  すると、意外なことにそこに寝ていたのは制服を着た少女であった。つまり学園の生徒である。バラッドはその少女の顔に見覚えがあった。 「雨宮……真美……なぜこんなところに」  そう、それは委員長の雨宮真美であった。何故優等生の彼女がこんなところで夜を明かしているのか、疑問はつきない。  だが、これはチャンスだ。  そう、今度は彼女を人質にしてあいつらを追い詰めてやる、そう考えていた。 (俺の異能を消しただけで満足しやがって、甘いんだよ)  好機《チャンス》を得て、バラッドの心に、またも黒いものがふつふつと湧き上がってくる。 「くくく、世界はまだ、俺を見放してはいない!」  バラッドは雨宮の腕を引っ張り、無理矢理起そうとする。 「おい起きろ委員長さんよぉ。こんなところで寝てていいのかよ」 「んん……。あれ、古川くん……」  雨宮は寝ぼけた様子で彼を見つめる。そして、はっ、と何かに気づいたのか、飛び起きてその場から離れようとする。しかし、バラッドは自分の潰れた手で、雨宮を逃がさないように拘束する。 「おいおい、何を逃げ出そうとしてんだよ。いいから俺の言うことを聞け」 「駄目、駄目よ古川くん……」 「大丈夫だっつの。別にお前みたいな地味な女の身体に興味はねえ、ただ――」 「違うの、違うの古川くん。今すぐ私から離れて! じゃないと死んじゃう!」 「おいおい、まだ殺すなんて言ってない――」 「違うのよ、死ぬのはあなたなの、早く離して!!」  バラッドは意味不明なことを突然喚く雨宮に苛立ちを感じていた。 「俺が死ぬ? 何をでたらめ……」  その刹那、バラッドは雨宮と眼が合った。  そして、バラッドは、突然雨宮の手を離し、ふらふらと離れていく。  そのバラッドの表情にもはや感情はなく。どこか眼の焦点は合っていない。 「ああ、やっぱり……やだ、やだ!」  雨宮はそれを見て泣き叫ぶ。  バラッドはぽっかりと胸に穴が開いたような気持ちでそれを見ていた。  なんだか全てがどうでもいい。  しかし、ただ哀しみだけがあった。言葉にできない不安、焦燥、絶望。それらの全ての負の感情が一度にバラッドの心に迫ってきた。  そして心に最後に残るものは、死への渇望。 「死にたい」  バラッドは虚ろな目のままポケットからナイフを取りだし、自分の首に当てる。  自分は飛鳥を殺したかった。世界を破壊したかった。だけど、本当に壊したかったのは自分自身だったのではないかと、彼は思った。 「ああ、そうだ、死こそ、幸福だ――」 「やめて、やめて、いやあああああああああああああああ!!」  雨宮の叫びも虚しく、血が辺りに飛び散り、バラッドの身体はぐらりと揺れ、二度と起き上がることはなくなった。 「いや、いやぁ。もう誰も死ぬのを見たくない……」  雨宮はその場に泣き崩れる。  タナトスの力を覚醒せし死の巫女。  世界を滅ぼすものが新たに一人、ここに誕生した。  宴は終わり、嘆きが始まる。 ――――――――――――〈Fools of party〉End――To Be Continued 【ジョーカーズ・リテイクⅡ 亡者たちの嘆き】へつづく ※補足&蛇足※ [[Mission XXXシリーズ]]からキャラと設定を結構シェアさせていただきました。  この中の時系列はXXX四話の  伊万里が直と出会う。  その中間の日 ← ここがジョーカーズ・リテイク  オクタントの襲撃。  って感じです。わかりづらいかもしれませんけど。  あくまで俺都合時系列なので、XXX本編の時系列とは無関係とお考え下さい。  その他設定借りた作者さま方にお詫びとお礼を。 [[part.4へもどる>【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.4】]] ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]

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