【真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 2-5】

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真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 二節 2-5 始末 ――11時17分 北東地区防衛線 『神楽二礼臨時野戦病院』。 「貴女が神楽二礼さんね。私は大学部より派遣された援軍の副隊長、星崎美沙よ」  私の姉である星崎美沙は『二拝二拍手一拝』を素早く行ない(これをしないと束縛されてしまう)、室内中央で治癒に専念している神楽二礼に挨拶した。 「助かったっす、死ぬかと思ったっすよ……ん? 星崎?? もしかして2年の星崎さんの……」 「姉よ、高等部二年の星崎真琴の実姉。貴女は真琴を知っているの?」 「ええ、食事とかご馳走になったことがあるっす」  汗塗れの神楽二礼は思わず微笑みながら美沙に言う。 「そうだったのね。本題に戻すけど神楽さん、ここから回復は私が受け持つので、貴女は私が疲れるまで休んでいてね」 「え? 私は出なくても大丈夫っすか?」 「これだけの怪我人を私一人でやるの? 無理に決まっているじゃない」  神楽にとって意外とも言うべき言葉を発した美沙に、思わずこう返す。だが美沙も神楽の疑問に宛ら即答気味に返答した。 「まぁ本来なら回復が出来る人に遠藤と言うのが居るけど、彼は最初から『指揮官』の一人として北西地区にいるからヒーラーと言うべき人間は実質私一人よ。私が対象一人に使える『ヒーリング』は精々5分に2~3回が限度なの。結局貴女の力も必要になるのよ」  流石の神楽も流れるような美沙のスピーチには何も言い返せなかった。 「それにこれ以上は出る必要ないわ、ここに監視映像やリスニング・ポストにリンクしているモニタがある、見てみると良い」  美沙が神楽に自分の小型モニタを差し出した。暗視モニタモードでよく見えなかったが、門近辺で発破音と同時に何らかの衝撃波と共に次々と吹き飛ばされていくのが分る。 「これは」 「援軍の隊長を務める討状さんが、『異能力』仕込みのスナイパーライフルを使って支援している様よ。5.56㎜弾や.308口径弾でのあの異能力は相性抜群、凄まじいわね」  討状の能力は銃火器で発射した弾丸の着弾時に爆発を熾す能力で、弾丸の口径が大きければ必然的に威力も増す。ましてやアサルトライフルやスナイパーライフルなのだから、その衝撃たるや下手な手榴弾より強力だろう。  しかしながら実際アサルトライフルの有効射程距離はそれ程長くはない為、戦線が上下する事や敵の攻撃範囲に入った場合は味方や自分まで巻き込みかねないのでその都度銃を変える必要がある。 「チャラ男でも、やる時はやるのよね」  美沙は神楽に簡単な解説をすると自分のバックの中を漁りだし、使っていないタオルを神楽に手渡して椅子に荷物を置く。 「さて雑談は此処まで。私達はここからが勝負よ、神楽さんはそのタオルで汗を拭って休みなさい。疲労や時間制限で能力が振り出せなくなったら呼びに行くから」  それだけ言い置くと美沙はブレザーを脱いで椅子に掛け、荷物を椅子の上に置く。 「それなりに怪我を癒せるとは思うけど、期待はしないでね。二回の回復で出来るだけの事はするけど」  美沙は周囲を見渡して意識を集中させると、彼女の視界にいる人間全員から周囲に『気』の様なものが湧き出始める。 「『治癒』は貴方から始めましょうか」  美沙は負傷して横たわっている者や座っている者を見渡すと、そこから一人をピックアップして近くに跪くように座った。 「『治癒』」  そして手を翳すようにして目標の人物に向けると、比較的深い切り傷がみるみる縫付けるように傷が塞がり跡形もなく傷口が消えて、出血した名残の血液だけが後には残る。 「……おお……傷が塞がり痛みが引く……」  周りは一体何が起こっているのかは分らない、現に治癒をされている者も含めて。部屋にいる面子を一瞥して選別し、回復の順序立てをしているのが少々怪訝と感じた。これには状況を眺めていた神楽二礼も不思議がっていた、どうして選別しピックアップして治癒することを。 「星崎さん……どうして、識別を??」 「私は最初に全員の纏っている『オーラ』を見てから治癒を始めるのよ。見た目は平気そうに見えても、見える『オーラ』が弱かったりすれば生命力の低下が分る。それならば、優先順位というのを間違えることもないでしょう?」  次々と治癒をしながら神楽に丁寧に解説する。 「ふふ……何度か言ったけど、神楽さんはモニタでも眺めて休んでなさいな。そう遠くなく貴女の出番が来ますよ」  そして神楽を諭すように優しい物腰で言い置いた。 『発 双学北西地区守備隊星崎真琴 宛 醒徒会本部 我、ラルヴァ群集ヲ殲滅セリ。次ノ指示マデコノ場デ待機スル』  そんな中、私が送った報告が美沙の腕に嵌めている簡易連絡機を通じて流れた。機密性の有る報告ではないため、戦線に立っている教員や大学部の面々には入ってくる。 「何? 北西地区が戦闘を終結させた!?」 「一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったなぁ……」  美沙の通信機から流れた私の緊急報告は負傷していた生徒達の耳にいち早く入り、歓声に近い声が部屋一杯に響き渡る。 「おお、真琴さんの緊急報告っすね……北西区が終結したことは、これで取り敢えず安堵したっす」  神楽も思わず声をだして美沙に言う。だが一人、美沙は『治癒』に集中してこの報告を何も言わずに静かに耳を傾けていた。 「あれ?? 星崎さん嬉しくはないんすか?」 「違うわ、心底では嬉しいけどやっぱり身内だからね、聞き流しているのよ。それに、私達の仕事がそれ程増えなくて安堵しているのよ」  顔色変えずに美沙は言い置く。 「そうだ神楽さん、ウチの真琴に一年で戦えそうなのを適当にピックアップして飛ばしてこいって言ってくれるかしら?」 「はい?? 二年生じゃないんすか?」  急な思いつきにも見える美沙の提案に、疑問符満載の神楽は答えた。 「二年は北西地区の主力で居なくてはいけないけれど、一年は半数毎に東西に分かれているから問題ないの」 「分りました、早速連絡を入れるっす」 「頼んだわよ。北西地区が沈静化したから、あとは数で押せると思う。怪我人も減るでしょう? 一人の負担が減るのだから」 ――11時35分 北西地区ゲート中央建物。 《……と言うわけで、真琴さんのテレポートで一年を早急にピックアップして適当に送って欲しいそうっす》 「わ…分ったわ……」  私の元に神楽二礼からの連絡が腕輪の簡易通信機を通じて流れてきた。本来ならシリアスに対応するのが当たり前の状況なのだが……。 「ふむぅ、星崎はかなり大人びているな。ガーターベルトストッキングなんて初めて見たよ」 「……大きいブラ」 「黒! 黒はまずいって!」  水分の嫌がらせなのか天然なのかは本人の身体にでも聞いてみないと最早分らないが、緊急放送によって私はすっかり狼狽えていた。  坂上撫子や菅誠司、千鶴が私の“抜け殻”とも言えなくもない制服や下着をまじまじと見つめながら、好き放題言っている。  取り敢えず、三浦が悪乗りしていない事が唯一の救いか? いや、そんな事をしたらどうなるか位、あいつでも理解できるだろうよ。 「だから! 女の子が女の子の下着とか見ても、別段面白くもないでしょ!?」 《ん?? 何かあったっすか、真琴さん?》 「何でもないわ! あ! 委員長…いや、笹島さん!! ごめん、私の下着と制服を預かっていてくれないかな? 袋に入れておくので」 「うあ! ……真琴ちゃんからテレポートで服取り返された……」  私は千鶴達から自分の制服や装備を『他者転移』で取り上げると、鉄扇とM29リヴォルバーだけ取り出して袋に一纏めにして、偶然近くにいた2-Cのクラス委員としても知られている笹島輝亥羽を見つけて声を掛ける。 「そりゃ良いけど……『醒徒会』の成宮君に制服返さなくて良いの?」 「そうなのだけれどその前に、『東』から一年の援軍を送れと言われてしまっていてね。それを済ましたら向かうよ」 「ああ、星崎さんはテレポート使えるからね……分ったわ」  笹島は口うるさいが、こういう事はしっかりやってくれるし、人の下着を晒すような事はしないだろうからある程度安心できる。 「神楽さん、後5分程で何人か送るので姉さんによろしく言っておいてね」 《了解したっす》  神楽と通信を交わした後、私は笹島に袋を渡すとそのまま『自己転移』で建物から出て行こうとした。 「待った星崎」  が、菅が能力を発動させる直前に声を掛ける。 「何? 菅さん?」 「『レスキュー部』に打って付けのが居るから、声を掛けてみよう。星崎はこっち(北西地区)に『御堂 瞬』が居るから探して。彼が居ればテレポーター二人で効率よく出来るはずだから」  菅は私にこれだけ言うと、自分の腕輪型簡易通信機を操作し始めて話し始めた。  御堂とは一年B組に籍を置く男子で、私とは少々差異があるが『テレポート』を用いる異能者だ。所属している『大工部』ではこのテレポートが物資輸送の鍵になっているという。 「御堂……か、話した事は無いけれど顔は見たことあるな。あのベビーフェイスは人気なんだよな……すぐに見つかるだろ」  私は建物の外に出てキョロキョロと周囲を見渡すと、意中の人物は思いの外素早く見つかった。 「御堂さん、私は2-Cの星崎真琴って言うの。貴方は御堂瞬さんで良かったわね?」  戦闘が終わって安堵したのだろうか、建物の縁に座ってペットボトルのお茶を美味しそうに飲んでいる1-Bの御堂瞬を見つける。今現在の状況下ならば、こういった物も無料で開放されている。 「ほっ…星崎さん?? はい、そうです。御堂瞬です」 「何という偶然かしらね、良いところで良い人を見つけたわ。御堂さん、貴方にお願いがあるの」  私がこう言い置くと、御堂は私の顔をまじまじと見ながら固まってしまった。 「ん? 私の顔に何か付いているかな?」 「あ……いや、二年生の星崎さんって人が僕と同じ能力を持っているって聞いたことあったのですが、実際見てみると美人で……」  美人か、悪くない。胸のことを言わない所を見ると、礼儀正しいんだな。 「褒めてくれて有り難うね。早速と話題を変えるけど、貴方と貴方の能力に用事があるの。私と一緒に来てくれるかしら?」 「え? 星崎さんもテレポーターでしょう??」  私のお願いに御堂はポカンとした表情で返す。そりゃそうだろうな。 「いやそうじゃなくて。急遽『北東地区』に戦闘向けの一年を何人も転送する必要があるので私だけでは足りないの。しかも二年は行けないから最後には貴方も送らないといけなくなるし」 「ああ、そうでしたか。そう言う事ならば喜んで」  御堂はそう言い置くと立ち上がり、頭をこくんと頷いた。 「助かったわ、御堂さん。貴方は直接戦闘できそうな一年に声を掛けて、5分後にこの建物に連れてきて。頼んだわよ!」 「了解しました!」 ――11時53分 北西地区ゲート中央建物  おおよそ5分後。 「星崎さん、戻ってきました。三浦さんと星崎さん、如月さんが『大暴れ』したので『焦燥感耐えられない』と結構集まりました」 「星崎、さっき言っておいた打って付けの人材を呼んできたよ」  集合場所に指定した建物に、菅と御堂が男女問わず人を大勢引き連れてやってきた。恐らく50人は下らないだろうか。 「これは凄い……男女合わせて50人は居るな。5分と言う時間で集められるなんて!」 「襲ってきたラルヴァの数は凄まじかったが、星崎や三浦、如月が上手いことやってしまったからな。物足りないのだろう」  私の率直な感想に菅は補足するように言い置く。 「ゆっくりは出来ない。さっと隊長・副隊長を決めて『東』に送ってあげないと」 「それは菅さんにお願いするよ、多分菅さんの方が人選をよく分っていると思うから。私は御堂と転送準備に入るよ」 「ならば私は独断で決めてしまうよ。準備が出来れば言ってくれ」  それだけ言うと、菅は自分が呼んできた何人かに声を掛けて二・三言葉を交わしていた。  私はそれだけ見届けると一つ深呼吸し、精神を整え集中した。 ――11時53分 北東地区防衛線。  防衛戦が開始されて二時間弱が経過した現在、北西部は防衛戦を一応は終結はさせたが北東部は未だ戦闘が続いている。  討状 之威以下30名の大学部からの援軍があり、門を境界としてようやく戦線が下がる事は無くなったが、押し返す決定的な材料には至っていない。襲ってくるラルヴァの数が多く、異能仕込みの.308口径弾はラルヴァを蹴散らすものの、手数と標的が合っていないのだ。  また現在の状況は姉の美沙も含まれている話だが、この援軍は大学部の精鋭をピックアップしている。しかし現実は戦線維持のために混乱した状況を立て直すのに躍起にならざるを得ないのである。 「数が多いねぇ。女の子とチョメチョメしたいんだから、早く終わって欲しいよねぇ」 「先輩、マジでシモネタやめて下さい!」  一言で言ってしまえば激戦だが、そんな中でも討状は涼しい顔をしつつ実に下品極まりないことを言い続けている。  これが周囲に対する支援である事は誰の目にも明らかだが、元々の性格の軽さからくる後輩からのツッコミだ。 「三年も一年も優秀なの多いよねぇ。アタッカーもタンカーも実力者が多いから仕事が進むよ」  一言言い置くと討状はスコープで照準を合わせ、戦線よりも少し離れた位置のラルヴァの首元から胸にかけてを打ち抜き、着弾と共に爆発して紙のように吹き飛ばされた。  彼の異能力の強度を考えると、態々ヘッドショットを見舞う必要は無いのだ。 「ねぇ、君は弾丸の残りはどれ位?」 「.308口径弾150発と、10㎜弾200発です。討状先輩は手持ちの弾丸が少ないのですか?」 「.308口径弾が250発、5.56㎜弾が350発、10㎜弾が50発分だよ」  討状の答えに、話しかけられた後輩は一瞬『えっ?』とでも言いたげな表情を浮かべるが、 「もうちょっと肩の力を抜いて狙撃しろって言ってるんだよ、緊張と焦りで強ばっているぜ。気は大きく持たないとね」  こう言うときにまともな事を言う討状に後輩の生徒は驚く。だが少々気が落ち着いたのも束の間、サーチライト上に浮かび上がるおどろおどろしい蝙蝠の翼をもっとグロテスクにしたような翼を纏う空飛ぶラルヴァが、戦線を飛び越えて建物目指して羽ばたいてくる。壁を越えることなど造作もないのだ。  しかもラルヴァの数は一匹二匹というレベルではなく、纏まった10匹~20匹が水平飛行で急速接近を掛けてきたのである。一方のすぐに動ける討状以下の狙撃手は8人程しか居ない。 「討状さん! 11時の方向に空を飛ぶラルヴァが戦線を飛び越えて出現!!」 「11時の方向にラルヴァ急速接近! 狙撃手は対空迎撃用意! 撃ち落とせ!!」  建物の屋上に陣取る狙撃手達は討状の指示と共に、水平に飛ぶ飛行するラルヴァ達の群衆に急速に銃口を向けて身体を向きを変える。  討状はスナイパーライフルを置きアサルトライフルに持ち替え、急いで銃口をラルヴァの飛行する方向に向けて構えた。 「射程に入ったら引き付けようと思わず撃て! 撃て!! 撃て!!」  討状のアサルトライフルによる銃撃がまるで高角砲の対空砲火や、第二次世界大戦時に登場したアメリカの新兵器であるTV信管のように黒煙を上げながらラルヴァを撃墜していく。  他の者の対空砲火も一寸の状況下で壁を越える直前で撃ち落としていく。地上にいる他の生徒も気が付いて対空砲かを掛けるが、攻撃の手数が足りていない。  懸命且つ隙のない弾幕だったが、リロードに一瞬の状況判断の遅れ等の不幸の積み重ねが一匹・二匹と撃ち落とし漏れたラルヴァに壁を越えられてしまった。 「討状さん!! 対空砲火をかい潜って突破されます!!」 「怯むな!! 冷静になって撃ち落とせ!!」  討状が咄嗟に身体の体勢と銃口を共に空に向けてアサルトライフルを速射、5.56㎜弾が胴体部に3発命中する。 「ギャアアアアア!!」  着弾と同時に爆発し、まるで撃墜され落ちていく戦闘機のように黒煙と共に地面に叩付けられる。だが弾幕をかいくぐったラルヴァ一体が水平飛行から急降下、討状達スナイパーの居る建物屋上に向けて攻撃態勢に入る! 「くっ! 総員退避っ!」 「うわああっ!」  討状の叫びと共に全力で退避するスナイパー達だが、女子のスナイパーの一人だ勢いと共に躓き、つんのめって転倒してしまう。 「チッ!! ……悪いな、俺は女の子を殴る趣味はないのだが、緊急事態だ」  火事場のバカ力とでも言うのだろうか、片腕で転んだ女子の右腕を力一杯引っ張り、浮き上がったところを背中にラリアートを浴びせるように突き飛ばす。  だが突き飛ばした直後、討状がラルヴァの攻撃範囲の間合いに入っていることに気が付く。 「討状さん!!」 「……大ピンチなんだけど」  この間合いだと銃を構えるのも難しい。意を決し脚を蹴ってバックステップで切り抜けようとした。 「だめだ、避けきれん!!」  鋭い鉤爪が討状の肩を掠め、討状やスナイパー全員がダメだと諦めた刹那――― 「ギャアアアアアアアアア!!」  討状の断末魔でもなくスナイパー達の悲鳴でもない、これ以上ないラルヴァの悲鳴が辺りを響かせる。 「……間に合った、『醒徒会』龍河推参!」  ノースリーブの、三浦までとは言わないが筋肉質の男である『醒徒会』広報の龍河 弾が片腕を『龍化』させ、ラルヴァを背中から翼も巻き込んでまるで焼き鳥の様に串刺しにした。  龍河の異能は強力な肉体操作だが、服も巻き込むので大方破れないためのノースリーブなのだろう。 「はあっはあっ……助かったけどよ、遅ぇよ全裸君……」  安堵の表情と共に、呆れた表情も垣間見せる討状。 「これでもかなり急いだんですよ、討状さん。星崎が早く来いって緊急入電入れてくるんですから」  少し困惑したように討状に反論する。 「こういう時の醒徒会はさ、紫穏ちゃんと成金君に任せて出てくるのが、今までの常じゃなかったっけかよぅ」 「仕方ないっすよ、初等部以外全員出撃しているんですから、醒徒会を空に出来ないんですよ……そうそう、北西地区が戦闘を終結させましたよ」  討状の嫌味とも愚痴とも言える言葉を躱しつつ、龍河は今の状況を討状に尋ねてみた。 「知っている、緊急入電が入ってきたからねぇ」 『発 北西部一年援軍臨時隊長市原和美 宛 双学北東地区防衛隊隊長 我、北東地区ニ到着セリ。接敵次第戦闘ヲ開始スル』  討状と龍河が二・三言葉を交わしていると、唐突に緊急入電が北東部に入る。 「緊急通信?」 「北西部からだな……さてはこれ、星崎ちゃんの差し金だな。真琴ちゃんに言って送らせたんだろうねぇ」  この入電が天の恵みであることは最早説明する必要もないだろう。異能者の人数が底上げされれば、戦線を一気に押し戻してラルヴァを駆逐するのが容易になる。  二年・三年は防御と警戒の要なので動かせないが、一年なら分割に配置されているため割と柔軟に対応できる。 「よーし、間に合った!! 『北西一年援軍隊長』1-C市原和美推参! みんな行くぞ、突撃!!」  南西方向より一際大きい叫び声と共に、市原和美を筆頭にほぼ50人の生徒達が全力疾走で戦闘の中心に雪崩れ込んでいった。二階堂兄弟等戦線を支えていた面々は一瞬目を丸くするが、直ぐに状況判断力が氷解。 「これだけ援軍が来れば一気に潰せるぜ!」  突然の援軍に勢い付いた北東部戦線は『眠れる獅子』が目を覚まし、その本来の力を発揮し始めた。タンカーやアタッカーとして戦線を支えた二階堂兄弟や伝馬京介が前進しつつ攻勢に転じ、眼前の種類を問わずラルヴァ達を薙ぎ払っていった。  一度何処かが突破すると、最早決壊したダムの如く一気に均衡が破られる。最早勢いの付いた北東部の防衛戦線を、勢いを削がれたラルヴァの群集に抑えきれるほどの力は持ち合わせてはいなかった。 「おお、高等部一年元気だねぇ。全裸君、勢いに乗って暴れてこいよ。あれに負けちゃったら、大学部の面子ってものがないでしょう?」 「そうっすね、討状さん」  最早戦線が瓦解したラルヴァの群集を見据えた討状と龍河は示し合わせると、龍河は勢い良く建物を飛び降りて勢い付いた北東地区戦線に身を投じていった。  龍河が身を投じた頃には顔の均整の崩れたラルヴァ達を始めとして徐々に敗走を始め、最早逃げ惑うことに必死になっていた。完全に勝敗が決した瞬間である。  討状は勝利を確信し、腕に嵌めている小型簡易通信機から『醒徒会』に通信を入れた。 「醒徒会、此方は討状。北東地区のラルヴァ群集は戦線を瓦解、北東地区戦線はこれより追撃戦に突入する」 《討状さん水分です、襲ってきたラルヴァを一匹でも捕獲する事は出来ますか!? もしくは発信器を付けるだけでも良いですから!》  だが、醒徒会の水分からはこんな通信が返ってきた。 「いや、どうだろうなぁ……勢いに乗ってしまったからなぁ」 《戦闘は続いているのですよね!? 異能研からの依頼でそうして欲しいそうです! この後の事を考えて捕獲か、発信器を付けてくれれば良いです》  剣幕というか、必死とも思える普段の水分理緒とは思えない叫びに、討状は折れて了解する。 「取り敢えず、やれるだけの事はやってみる……何を企んでいるのかは分らないが」 《お願いします。このような規模の襲撃は初めてです、この後の事を鑑みれば調査も必要なのです》 「分った、分ったよ理緒ちゃん。急いで乗り出すけど、出来なくても恨みっこ無しよ?」  討状は通信を切ると、通信のチャンネルを急いで切り替えて生徒全員の通信機に届くようにセットする。 《こちら北東地区大学部援軍隊長討状之威、速やかに一年は門を固めて三年は追撃戦を開始せよ。ただし、捕獲を最優先にせよ。繰り返す、出来る限り捕獲を最優先にせよ》  通信からも分る疑問符が多数飛来する、ざわめきを感じる。 《こちら、三年の二階堂 侍郎。討状さん、殲滅ではなく捕獲ですか?》 「そう。異能研が醒徒会に依頼でもしたんだろうねぇ、理緒ちゃんがそうしてくれと連絡を入れてきたのだ。ただし状況次第で切り替え、適当に暴れたら引き返してね。無理に殲滅しなくても良い」 《了解》  討状はそれだけ伝えると通信を切り、ゲート中央の建物の屋上から戦闘の推移を静かに見守った。 ――0時25分 北東地区防衛線 『神楽二礼臨時野戦病院』。 「星崎さん、真琴さんが援軍を送って戦線が勢い付いたそうっす」 「そう、それは良かった。多分じきに終わるわね。これで私達は何も考えずに仕事に専念できるというものよ」  美沙は神楽からの言葉を聞いて大きく深呼吸をしつつ、返答の代わりに一言言い置く。 「ふぅ、一段落付いた。私は疲れてしまったから10分程休むので、神楽さんは『場』を再構築して回復に努めて」 「分りましたっす」  大怪我を負った者に対する治療を粗方済ますと、美沙は神楽に言付けをして椅子に深々と座る。 「はぁっ……久しぶりだね、こんな大勢に『治癒』するのは。ちょっとクラクラしちゃう」  言葉尻は平気そうに見えるが、仄かに息遣いが荒い事と顔中汗が流れており、見ただけで疲弊していることに神楽は気が付いた。 「星崎さん、一つ聞いてもいいっすか?」 「うーん……まぁ、答えられる事ならねー」  少し天を仰ぐように顔を上に向け、少し目を瞑ると神楽の問い合わせに了承する返答をした。 「素朴な疑問なのですけど、前に私は真琴さんに奢って貰いましたっす。でも、食べる量が男の子並で……それでもあのスタイルを維持できるのは凄いなって」 「ああ、その事か……真琴は元々食欲旺盛なのと、私達姉妹の持つ『異能』の所為よ」  美沙は腕と脚を垂直に伸ばして身体を伸ばしながら、一つ一つゆっくりと神楽の疑問に答えた。 「異能っすか?」 「そうよ。私達姉妹は能力を発動するのに『魂源力』を磨り減らさない。代わりに直接的な体力を必要にしている。私達姉妹の能力の構造はね、消費されるエネルギーで『魂源力』に働きかけて『異能』を発揮する構造の、まぁ車みたいな異能者なの」  美沙はバックからタオルを取り出して顔を拭きながら、神楽の疑問に答えていく。 「つまり能力を使えば疲労するわけだけど、疲れ切ってしまったら上手く『魂源力』を働かせて能力を発動する事ができなくなってしまう。そこで疲れを取るのに寝るか、食うか、肩の力を抜いて休むかの方法をとるわけ」  拍手をからかう時のような様子は微塵もなく、大人しく美沙の話に神楽は聞き入っていた。 「その為には三食食べるのは不可欠で、しかも疲労度消費は真琴の方が大きいの。まぁ、それでエネルギーを使いまくるので太らないし、あの子はああ見えて毎日腹筋とスクワットを欠かさないからね」  神楽は目を大きくするような仕草を見せる。いくら食べても太らないことと、何よりも簡単に発動しているように見えるテレポートのコストが大きかったことの意外さに。 「だから、そう何度も何度も真琴をタクシーみたいに使わないのよ。そんな所かしらね、理由は。そうそう、神楽さんは確か実家は神社なのよね。今度巫女衣装着た姿見せてよ」 「え? あ……ははは……」  そんな美沙の言葉に神楽はらしくない苦笑いを見せる。まさか美沙の口からこんな事を聞くとは思わなかったからだ。 「それにしても貴女は可愛いわね。そう言えば真琴が言っていたのを思い出したけど、妹みたくて可愛いって、ね?」  神楽はこの一言にどきっとする。因みに八月のある一時に本当に着させられるハメになるのだが、それはまた別の話。 「さて雑談はこれまでにしましょうか、私はもう少し休むよ。明日は長い一日になるからねー。どうせ今夜はここで寝ることになるから」 「了解したっす」  それだけ言うと美沙は椅子を浅く座って腕を頭の後ろに回し、身体を伸ばしてリラックスするように寄りかかって軽く目を瞑る。神楽もそれを確認した後で精神を集中し直した。勿論『場』を消去した訳ではなく、単に精神を集中し直しただけであるが。  双葉学園北東地区の戦闘は終結に向かいつつあり、今回のラルヴァの群集襲撃は幕を閉じかけている。しかし、状況や空気的な感覚では今迎えつつある勝利の喜びよりも、今回の迎撃戦に関わった生徒達は、釈然としていない気持ちの方が遥かに大きかった。 第三節に続く ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/1229]] 真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 二節 2-5 始末 ――11時17分 北東地区防衛線 『神楽二礼臨時野戦病院』。 「貴女が神楽二礼さんね。私は大学部より派遣された援軍の副隊長、星崎美沙よ」  私の姉である星崎美沙は『二拝二拍手一拝』を素早く行ない(これをしないと束縛されてしまう)、室内中央で治癒に専念している神楽二礼に挨拶した。 「助かったっす、死ぬかと思ったっすよ……ん? 星崎?? もしかして2年の星崎さんの……」 「姉よ、高等部二年の星崎真琴の実姉。貴女は真琴を知っているの?」 「ええ、食事とかご馳走になったことがあるっす」  汗塗れの神楽二礼は思わず微笑みながら美沙に言う。 「そうだったのね。本題に戻すけど神楽さん、ここから回復は私が受け持つので、貴女は私が疲れるまで休んでいてね」 「え? 私は出なくても大丈夫っすか?」 「これだけの怪我人を私一人でやるの? 無理に決まっているじゃない」  神楽にとって意外とも言うべき言葉を発した美沙に、思わずこう返す。だが美沙も神楽の疑問に宛ら即答気味に返答した。 「まぁ本来なら回復が出来る人に遠藤と言うのが居るけど、彼は最初から『指揮官』の一人として北西地区にいるからヒーラーと言うべき人間は実質私一人よ。私が対象一人に使える『ヒーリング』は精々5分に2~3回が限度なの。結局貴女の力も必要になるのよ」  流石の神楽も流れるような美沙のスピーチには何も言い返せなかった。 「それにこれ以上は出る必要ないわ、ここに監視映像やリスニング・ポストにリンクしているモニタがある、見てみると良い」  美沙が神楽に自分の小型モニタを差し出した。暗視モニタモードでよく見えなかったが、門近辺で発破音と同時に何らかの衝撃波と共に次々と吹き飛ばされていくのが分る。 「これは」 「援軍の隊長を務める討状さんが、『異能力』仕込みのスナイパーライフルを使って支援している様よ。5.56㎜弾や.308口径弾でのあの異能力は相性抜群、凄まじいわね」  討状の能力は銃火器で発射した弾丸の着弾時に爆発を熾す能力で、弾丸の口径が大きければ必然的に威力も増す。ましてやアサルトライフルやスナイパーライフルなのだから、その衝撃たるや下手な手榴弾より強力だろう。  しかしながら実際アサルトライフルの有効射程距離はそれ程長くはない為、戦線が上下する事や敵の攻撃範囲に入った場合は味方や自分まで巻き込みかねないのでその都度銃を変える必要がある。 「チャラ男でも、やる時はやるのよね」  美沙は神楽に簡単な解説をすると自分のバックの中を漁りだし、使っていないタオルを神楽に手渡して椅子に荷物を置く。 「さて雑談は此処まで。私達はここからが勝負よ、神楽さんはそのタオルで汗を拭って休みなさい。疲労や時間制限で能力が振り出せなくなったら呼びに行くから」  それだけ言い置くと美沙はブレザーを脱いで椅子に掛け、荷物を椅子の上に置く。 「それなりに怪我を癒せるとは思うけど、期待はしないでね。二回の回復で出来るだけの事はするけど」  美沙は周囲を見渡して意識を集中させると、彼女の視界にいる人間全員から周囲に『気』の様なものが湧き出始める。 「『治癒』は貴方から始めましょうか」  美沙は負傷して横たわっている者や座っている者を見渡すと、そこから一人をピックアップして近くに跪くように座った。 「『治癒』」  そして手を翳すようにして目標の人物に向けると、比較的深い切り傷がみるみる縫付けるように傷が塞がり跡形もなく傷口が消えて、出血した名残の血液だけが後には残る。 「……おお……傷が塞がり痛みが引く……」  周りは一体何が起こっているのかは分らない、現に治癒をされている者も含めて。部屋にいる面子を一瞥して選別し、回復の順序立てをしているのが少々怪訝と感じた。これには状況を眺めていた神楽二礼も不思議がっていた、どうして選別しピックアップして治癒することを。 「星崎さん……どうして、識別を??」 「私は最初に全員の纏っている『オーラ』を見てから治癒を始めるのよ。見た目は平気そうに見えても、見える『オーラ』が弱かったりすれば生命力の低下が分る。それならば、優先順位というのを間違えることもないでしょう?」  次々と治癒をしながら神楽に丁寧に解説する。 「ふふ……何度か言ったけど、神楽さんはモニタでも眺めて休んでなさいな。そう遠くなく貴女の出番が来ますよ」  そして神楽を諭すように優しい物腰で言い置いた。 『発 双学北西地区守備隊星崎真琴 宛 醒徒会本部 我、ラルヴァ群集ヲ殲滅セリ。次ノ指示マデコノ場デ待機スル』  そんな中、私が送った報告が美沙の腕に嵌めている簡易連絡機を通じて流れた。機密性の有る報告ではないため、戦線に立っている教員や大学部の面々には入ってくる。 「何? 北西地区が戦闘を終結させた!?」 「一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったなぁ……」  美沙の通信機から流れた私の緊急報告は負傷していた生徒達の耳にいち早く入り、歓声に近い声が部屋一杯に響き渡る。 「おお、真琴さんの緊急報告っすね……北西区が終結したことは、これで取り敢えず安堵したっす」  神楽も思わず声をだして美沙に言う。だが一人、美沙は『治癒』に集中してこの報告を何も言わずに静かに耳を傾けていた。 「あれ?? 星崎さん嬉しくはないんすか?」 「違うわ、心底では嬉しいけどやっぱり身内だからね、聞き流しているのよ。それに、私達の仕事がそれ程増えなくて安堵しているのよ」  顔色変えずに美沙は言い置く。 「そうだ神楽さん、ウチの真琴に一年で戦えそうなのを適当にピックアップして飛ばしてこいって言ってくれるかしら?」 「はい?? 二年生じゃないんすか?」  急な思いつきにも見える美沙の提案に、疑問符満載の神楽は答えた。 「二年は北西地区の主力で居なくてはいけないけれど、一年は半数毎に東西に分かれているから問題ないの」 「分りました、早速連絡を入れるっす」 「頼んだわよ。北西地区が沈静化したから、あとは数で押せると思う。怪我人も減るでしょう? 一人の負担が減るのだから」 ――11時35分 北西地区ゲート中央建物。 《……と言うわけで、真琴さんのテレポートで一年を早急にピックアップして適当に送って欲しいそうっす》 「わ…分ったわ……」  私の元に神楽二礼からの連絡が腕輪の簡易通信機を通じて流れてきた。本来ならシリアスに対応するのが当たり前の状況なのだが……。 「ふむぅ、星崎はかなり大人びているな。ガーターベルトストッキングなんて初めて見たよ」 「……大きいブラ」 「黒! 黒はまずいって!」  水分の嫌がらせなのか天然なのかは本人の身体にでも聞いてみないと最早分らないが、緊急放送によって私はすっかり狼狽えていた。  坂上撫子や菅誠司、千鶴が私の“抜け殻”とも言えなくもない制服や下着をまじまじと見つめながら、好き放題言っている。  取り敢えず、三浦が悪乗りしていない事が唯一の救いか? いや、そんな事をしたらどうなるか位、あいつでも理解できるだろうよ。 「だから! 女の子が女の子の下着とか見ても、別段面白くもないでしょ!?」 《ん?? 何かあったっすか、真琴さん?》 「何でもないわ! あ! 委員長…いや、笹島さん!! ごめん、私の下着と制服を預かっていてくれないかな? 袋に入れておくので」 「うあ! ……真琴ちゃんからテレポートで服取り返された……」  私は千鶴達から自分の制服や装備を『他者転移』で取り上げると、鉄扇とM29リヴォルバーだけ取り出して袋に一纏めにして、偶然近くにいた2-Cのクラス委員としても知られている笹島輝亥羽を見つけて声を掛ける。 「そりゃ良いけど……『醒徒会』の成宮君に制服返さなくて良いの?」 「そうなのだけれどその前に、『東』から一年の援軍を送れと言われてしまっていてね。それを済ましたら向かうよ」 「ああ、星崎さんはテレポート使えるからね……分ったわ」  笹島は口うるさいが、こういう事はしっかりやってくれるし、人の下着を晒すような事はしないだろうからある程度安心できる。 「神楽さん、後5分程で何人か送るので姉さんによろしく言っておいてね」 《了解したっす》  神楽と通信を交わした後、私は笹島に袋を渡すとそのまま『自己転移』で建物から出て行こうとした。 「待った星崎」  が、菅が能力を発動させる直前に声を掛ける。 「何? 菅さん?」 「『レスキュー部』に打って付けのが居るから、声を掛けてみよう。星崎はこっち(北西地区)に『御堂 瞬』が居るから探して。彼が居ればテレポーター二人で効率よく出来るはずだから」  菅は私にこれだけ言うと、自分の腕輪型簡易通信機を操作し始めて話し始めた。  御堂とは一年B組に籍を置く男子で、私とは少々差異があるが『テレポート』を用いる異能者だ。所属している『大工部』ではこのテレポートが物資輸送の鍵になっているという。 「御堂……か、話した事は無いけれど顔は見たことあるな。あのベビーフェイスは人気なんだよな……すぐに見つかるだろ」  私は建物の外に出てキョロキョロと周囲を見渡すと、意中の人物は思いの外素早く見つかった。 「御堂さん、私は2-Cの星崎真琴って言うの。貴方は御堂瞬さんで良かったわね?」  戦闘が終わって安堵したのだろうか、建物の縁に座ってペットボトルのお茶を美味しそうに飲んでいる1-Bの御堂瞬を見つける。今現在の状況下ならば、こういった物も無料で開放されている。 「ほっ…星崎さん?? はい、そうです。御堂瞬です」 「何という偶然かしらね、良いところで良い人を見つけたわ。御堂さん、貴方にお願いがあるの」  私がこう言い置くと、御堂は私の顔をまじまじと見ながら固まってしまった。 「ん? 私の顔に何か付いているかな?」 「あ……いや、二年生の星崎さんって人が僕と同じ能力を持っているって聞いたことあったのですが、実際見てみると美人で……」  美人か、悪くない。胸のことを言わない所を見ると、礼儀正しいんだな。 「褒めてくれて有り難うね。早速と話題を変えるけど、貴方と貴方の能力に用事があるの。私と一緒に来てくれるかしら?」 「え? 星崎さんもテレポーターでしょう??」  私のお願いに御堂はポカンとした表情で返す。そりゃそうだろうな。 「いやそうじゃなくて。急遽『北東地区』に戦闘向けの一年を何人も転送する必要があるので私だけでは足りないの。しかも二年は行けないから最後には貴方も送らないといけなくなるし」 「ああ、そうでしたか。そう言う事ならば喜んで」  御堂はそう言い置くと立ち上がり、頭をこくんと頷いた。 「助かったわ、御堂さん。貴方は直接戦闘できそうな一年に声を掛けて、5分後にこの建物に連れてきて。頼んだわよ!」 「了解しました!」 ――11時53分 北西地区ゲート中央建物  おおよそ5分後。 「星崎さん、戻ってきました。三浦さんと星崎さん、如月さんが『大暴れ』したので『焦燥感耐えられない』と結構集まりました」 「星崎、さっき言っておいた打って付けの人材を呼んできたよ」  集合場所に指定した建物に、菅と御堂が男女問わず人を大勢引き連れてやってきた。恐らく50人は下らないだろうか。 「これは凄い……男女合わせて50人は居るな。5分と言う時間で集められるなんて!」 「襲ってきたラルヴァの数は凄まじかったが、星崎や三浦、如月が上手いことやってしまったからな。物足りないのだろう」  私の率直な感想に菅は補足するように言い置く。 「ゆっくりは出来ない。さっと隊長・副隊長を決めて『東』に送ってあげないと」 「それは菅さんにお願いするよ、多分菅さんの方が人選をよく分っていると思うから。私は御堂と転送準備に入るよ」 「ならば私は独断で決めてしまうよ。準備が出来れば言ってくれ」  それだけ言うと、菅は自分が呼んできた何人かに声を掛けて二・三言葉を交わしていた。  私はそれだけ見届けると一つ深呼吸し、精神を整え集中した。 ――11時53分 北東地区防衛線。  防衛戦が開始されて二時間弱が経過した現在、北西部は防衛戦を一応は終結はさせたが北東部は未だ戦闘が続いている。  討状 之威以下30名の大学部からの援軍があり、門を境界としてようやく戦線が下がる事は無くなったが、押し返す決定的な材料には至っていない。襲ってくるラルヴァの数が多く、異能仕込みの.308口径弾はラルヴァを蹴散らすものの、手数と標的が合っていないのだ。  また現在の状況は姉の美沙も含まれている話だが、この援軍は大学部の精鋭をピックアップしている。しかし現実は戦線維持のために混乱した状況を立て直すのに躍起にならざるを得ないのである。 「数が多いねぇ。女の子とチョメチョメしたいんだから、早く終わって欲しいよねぇ」 「先輩、マジでシモネタやめて下さい!」  一言で言ってしまえば激戦だが、そんな中でも討状は涼しい顔をしつつ実に下品極まりないことを言い続けている。  これが周囲に対する支援である事は誰の目にも明らかだが、元々の性格の軽さからくる後輩からのツッコミだ。 「三年も一年も優秀なの多いよねぇ。アタッカーもタンカーも実力者が多いから仕事が進むよ」  一言言い置くと討状はスコープで照準を合わせ、戦線よりも少し離れた位置のラルヴァの首元から胸にかけてを打ち抜き、着弾と共に爆発して紙のように吹き飛ばされた。  彼の異能力の強度を考えると、態々ヘッドショットを見舞う必要は無いのだ。 「ねぇ、君は弾丸の残りはどれ位?」 「.308口径弾150発と、10㎜弾200発です。討状先輩は手持ちの弾丸が少ないのですか?」 「.308口径弾が250発、5.56㎜弾が350発、10㎜弾が50発分だよ」  討状の答えに、話しかけられた後輩は一瞬『えっ?』とでも言いたげな表情を浮かべるが、 「もうちょっと肩の力を抜いて狙撃しろって言ってるんだよ、緊張と焦りで強ばっているぜ。気は大きく持たないとね」  こう言うときにまともな事を言う討状に後輩の生徒は驚く。だが少々気が落ち着いたのも束の間、サーチライト上に浮かび上がるおどろおどろしい蝙蝠の翼をもっとグロテスクにしたような翼を纏う空飛ぶラルヴァが、戦線を飛び越えて建物目指して羽ばたいてくる。壁を越えることなど造作もないのだ。  しかもラルヴァの数は一匹二匹というレベルではなく、纏まった10匹~20匹が水平飛行で急速接近を掛けてきたのである。一方のすぐに動ける討状以下の狙撃手は8人程しか居ない。 「討状さん! 11時の方向に空を飛ぶラルヴァが戦線を飛び越えて出現!!」 「11時の方向にラルヴァ急速接近! 狙撃手は対空迎撃用意! 撃ち落とせ!!」  建物の屋上に陣取る狙撃手達は討状の指示と共に、水平に飛ぶ飛行するラルヴァ達の群衆に急速に銃口を向けて身体を向きを変える。  討状はスナイパーライフルを置きアサルトライフルに持ち替え、急いで銃口をラルヴァの飛行する方向に向けて構えた。 「射程に入ったら引き付けようと思わず撃て! 撃て!! 撃て!!」  討状のアサルトライフルによる銃撃がまるで高角砲の対空砲火や、第二次世界大戦時に登場したアメリカの新兵器であるTV信管のように黒煙を上げながらラルヴァを撃墜していく。  他の者の対空砲火も一寸の状況下で壁を越える直前で撃ち落としていく。地上にいる他の生徒も気が付いて対空砲かを掛けるが、攻撃の手数が足りていない。  懸命且つ隙のない弾幕だったが、リロードに一瞬の状況判断の遅れ等の不幸の積み重ねが一匹・二匹と撃ち落とし漏れたラルヴァに壁を越えられてしまった。 「討状さん!! 対空砲火をかい潜って突破されます!!」 「怯むな!! 冷静になって撃ち落とせ!!」  討状が咄嗟に身体の体勢と銃口を共に空に向けてアサルトライフルを速射、5.56㎜弾が胴体部に3発命中する。 「ギャアアアアア!!」  着弾と同時に爆発し、まるで撃墜され落ちていく戦闘機のように黒煙と共に地面に叩付けられる。だが弾幕をかいくぐったラルヴァ一体が水平飛行から急降下、討状達スナイパーの居る建物屋上に向けて攻撃態勢に入る! 「くっ! 総員退避っ!」 「うわああっ!」  討状の叫びと共に全力で退避するスナイパー達だが、女子のスナイパーの一人だ勢いと共に躓き、つんのめって転倒してしまう。 「チッ!! ……悪いな、俺は女の子を殴る趣味はないのだが、緊急事態だ」  火事場のバカ力とでも言うのだろうか、片腕で転んだ女子の右腕を力一杯引っ張り、浮き上がったところを背中にラリアートを浴びせるように突き飛ばす。  だが突き飛ばした直後、討状がラルヴァの攻撃範囲の間合いに入っていることに気が付く。 「討状さん!!」 「……大ピンチなんだけど」  この間合いだと銃を構えるのも難しい。意を決し脚を蹴ってバックステップで切り抜けようとした。 「だめだ、避けきれん!!」  鋭い鉤爪が討状の肩を掠め、討状やスナイパー全員がダメだと諦めた刹那――― 「ギャアアアアアアアアア!!」  討状の断末魔でもなくスナイパー達の悲鳴でもない、これ以上ないラルヴァの悲鳴が辺りを響かせる。 「……間に合った、『醒徒会』龍河推参!」  ノースリーブの、三浦までとは言わないが筋肉質の男である『醒徒会』広報の龍河 弾が片腕を『龍化』させ、ラルヴァを背中から翼も巻き込んでまるで焼き鳥の様に串刺しにした。  龍河の異能は強力な肉体操作だが、服も巻き込むので大方破れないためのノースリーブなのだろう。 「はあっはあっ……助かったけどよ、遅ぇよ全裸君……」  安堵の表情と共に、呆れた表情も垣間見せる討状。 「これでもかなり急いだんですよ、討状さん。星崎が早く来いって緊急入電入れてくるんですから」  少し困惑したように討状に反論する。 「こういう時の醒徒会はさ、紫穏ちゃんと成金君に任せて出てくるのが、今までの常じゃなかったっけかよぅ」 「仕方ないっすよ、初等部以外全員出撃しているんですから、醒徒会を空に出来ないんですよ……そうそう、北西地区が戦闘を終結させましたよ」  討状の嫌味とも愚痴とも言える言葉を躱しつつ、龍河は今の状況を討状に尋ねてみた。 「知っている、緊急入電が入ってきたからねぇ」 『発 北西部一年援軍臨時隊長市原和美 宛 双学北東地区防衛隊隊長 我、北東地区ニ到着セリ。接敵次第戦闘ヲ開始スル』  討状と龍河が二・三言葉を交わしていると、唐突に緊急入電が北東部に入る。 「緊急通信?」 「北西部からだな……さてはこれ、星崎ちゃんの差し金だな。真琴ちゃんに言って送らせたんだろうねぇ」  この入電が天の恵みであることは最早説明する必要もないだろう。異能者の人数が底上げされれば、戦線を一気に押し戻してラルヴァを駆逐するのが容易になる。  二年・三年は防御と警戒の要なので動かせないが、一年なら分割に配置されているため割と柔軟に対応できる。 「よーし、間に合った!! 『北西一年援軍隊長』1-C市原和美推参! みんな行くぞ、突撃!!」  南西方向より一際大きい叫び声と共に、市原和美を筆頭にほぼ50人の生徒達が全力疾走で戦闘の中心に雪崩れ込んでいった。二階堂兄弟等戦線を支えていた面々は一瞬目を丸くするが、直ぐに状況判断力が氷解。 「これだけ援軍が来れば一気に潰せるぜ!」  突然の援軍に勢い付いた北東部戦線は『眠れる獅子』が目を覚まし、その本来の力を発揮し始めた。タンカーやアタッカーとして戦線を支えた二階堂兄弟や伝馬京介が前進しつつ攻勢に転じ、眼前の種類を問わずラルヴァ達を薙ぎ払っていった。  一度何処かが突破すると、最早決壊したダムの如く一気に均衡が破られる。最早勢いの付いた北東部の防衛戦線を、勢いを削がれたラルヴァの群集に抑えきれるほどの力は持ち合わせてはいなかった。 「おお、高等部一年元気だねぇ。全裸君、勢いに乗って暴れてこいよ。あれに負けちゃったら、大学部の面子ってものがないでしょう?」 「そうっすね、討状さん」  最早戦線が瓦解したラルヴァの群集を見据えた討状と龍河は示し合わせると、龍河は勢い良く建物を飛び降りて勢い付いた北東地区戦線に身を投じていった。  龍河が身を投じた頃には顔の均整の崩れたラルヴァ達を始めとして徐々に敗走を始め、最早逃げ惑うことに必死になっていた。完全に勝敗が決した瞬間である。  討状は勝利を確信し、腕に嵌めている小型簡易通信機から『醒徒会』に通信を入れた。 「醒徒会、此方は討状。北東地区のラルヴァ群集は戦線を瓦解、北東地区戦線はこれより追撃戦に突入する」 《討状さん水分です、襲ってきたラルヴァを一匹でも捕獲する事は出来ますか!? もしくは発信器を付けるだけでも良いですから!》  だが、醒徒会の水分からはこんな通信が返ってきた。 「いや、どうだろうなぁ……勢いに乗ってしまったからなぁ」 《戦闘は続いているのですよね!? 異能研からの依頼でそうして欲しいそうです! この後の事を考えて捕獲か、発信器を付けてくれれば良いです》  剣幕というか、必死とも思える普段の水分理緒とは思えない叫びに、討状は折れて了解する。 「取り敢えず、やれるだけの事はやってみる……何を企んでいるのかは分らないが」 《お願いします。このような規模の襲撃は初めてです、この後の事を鑑みれば調査も必要なのです》 「分った、分ったよ理緒ちゃん。急いで乗り出すけど、出来なくても恨みっこ無しよ?」  討状は通信を切ると、通信のチャンネルを急いで切り替えて生徒全員の通信機に届くようにセットする。 《こちら北東地区大学部援軍隊長討状之威、速やかに一年は門を固めて三年は追撃戦を開始せよ。ただし、捕獲を最優先にせよ。繰り返す、出来る限り捕獲を最優先にせよ》  通信からも分る疑問符が多数飛来する、ざわめきを感じる。 《こちら、三年の二階堂 侍郎。討状さん、殲滅ではなく捕獲ですか?》 「そう。異能研が醒徒会に依頼でもしたんだろうねぇ、理緒ちゃんがそうしてくれと連絡を入れてきたのだ。ただし状況次第で切り替え、適当に暴れたら引き返してね。無理に殲滅しなくても良い」 《了解》  討状はそれだけ伝えると通信を切り、ゲート中央の建物の屋上から戦闘の推移を静かに見守った。 ――0時25分 北東地区防衛線 『神楽二礼臨時野戦病院』。 「星崎さん、真琴さんが援軍を送って戦線が勢い付いたそうっす」 「そう、それは良かった。多分じきに終わるわね。これで私達は何も考えずに仕事に専念できるというものよ」  美沙は神楽からの言葉を聞いて大きく深呼吸をしつつ、返答の代わりに一言言い置く。 「ふぅ、一段落付いた。私は疲れてしまったから10分程休むので、神楽さんは『場』を再構築して回復に努めて」 「分りましたっす」  大怪我を負った者に対する治療を粗方済ますと、美沙は神楽に言付けをして椅子に深々と座る。 「はぁっ……久しぶりだね、こんな大勢に『治癒』するのは。ちょっとクラクラしちゃう」  言葉尻は平気そうに見えるが、仄かに息遣いが荒い事と顔中汗が流れており、見ただけで疲弊していることに神楽は気が付いた。 「星崎さん、一つ聞いてもいいっすか?」 「うーん……まぁ、答えられる事ならねー」  少し天を仰ぐように顔を上に向け、少し目を瞑ると神楽の問い合わせに了承する返答をした。 「素朴な疑問なのですけど、前に私は真琴さんに奢って貰いましたっす。でも、食べる量が男の子並で……それでもあのスタイルを維持できるのは凄いなって」 「ああ、その事か……真琴は元々食欲旺盛なのと、私達姉妹の持つ『異能』の所為よ」  美沙は腕と脚を垂直に伸ばして身体を伸ばしながら、一つ一つゆっくりと神楽の疑問に答えた。 「異能っすか?」 「そうよ。私達姉妹は能力を発動するのに『魂源力』を磨り減らさない。代わりに直接的な体力を必要にしている。私達姉妹の能力の構造はね、消費されるエネルギーで『魂源力』に働きかけて『異能』を発揮する構造の、まぁ車みたいな異能者なの」  美沙はバックからタオルを取り出して顔を拭きながら、神楽の疑問に答えていく。 「つまり能力を使えば疲労するわけだけど、疲れ切ってしまったら上手く『魂源力』を働かせて能力を発動する事ができなくなってしまう。そこで疲れを取るのに寝るか、食うか、肩の力を抜いて休むかの方法をとるわけ」  拍手をからかう時のような様子は微塵もなく、大人しく美沙の話に神楽は聞き入っていた。 「その為には三食食べるのは不可欠で、しかも疲労度消費は真琴の方が大きいの。まぁ、それでエネルギーを使いまくるので太らないし、あの子はああ見えて毎日腹筋とスクワットを欠かさないからね」  神楽は目を大きくするような仕草を見せる。いくら食べても太らないことと、何よりも簡単に発動しているように見えるテレポートのコストが大きかったことの意外さに。 「だから、そう何度も何度も真琴をタクシーみたいに使わないのよ。そんな所かしらね、理由は。そうそう、神楽さんは確か実家は神社なのよね。今度巫女衣装着た姿見せてよ」 「え? あ……ははは……」  そんな美沙の言葉に神楽はらしくない苦笑いを見せる。まさか美沙の口からこんな事を聞くとは思わなかったからだ。 「それにしても貴女は可愛いわね。そう言えば真琴が言っていたのを思い出したけど、妹みたくて可愛いって、ね?」  神楽はこの一言にどきっとする。因みに八月のある一時に本当に着させられるハメになるのだが、それはまた別の話。 「さて雑談はこれまでにしましょうか、私はもう少し休むよ。明日は長い一日になるからねー。どうせ今夜はここで寝ることになるから」 「了解したっす」  それだけ言うと美沙は椅子を浅く座って腕を頭の後ろに回し、身体を伸ばしてリラックスするように寄りかかって軽く目を瞑る。神楽もそれを確認した後で精神を集中し直した。勿論『場』を消去した訳ではなく、単に精神を集中し直しただけであるが。  双葉学園北東地区の戦闘は終結に向かいつつあり、今回のラルヴァの群集襲撃は幕を閉じかけている。しかし、状況や空気的な感覚では今迎えつつある勝利の喜びよりも、今回の迎撃戦に関わった生徒達は、釈然としていない気持ちの方が遥かに大きかった。 第三節に続く ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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