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【ジョーカーズ・リテイクⅡ 亡者たちの嘆き:part.1】
「生まれ変わって!
虫になって!
鳥になって!
虫になって!
また二人に戻って恋に落ちて……」
――筋肉少女帯〈カーネーション・リインカーネーション〉
※※※
1
金本玲奈《かなもとれいな》が、数学教師の四谷正治《よつやせいじ》のことを好きになったのは、思春期なら誰でもあるような、はしかみたいなものであっただろう。
憧れ、だけで済めばよかったのだろうが、彼女は四谷と実際に深い関係になっていた。いや、深いと思っているのは玲奈だけで、四谷にとって玲奈はたくさんいる恋人の中の一人といった認識しかなかっただろう。ただの遊びといったところであろう。
それは玲奈自身も理解していた。身体だけの関係。そして、四谷の他の恋人たちも全員生徒で、みんな四谷に心から愛されている少女は一人もいなかったということも全て知っていた。それでも彼女は四谷を嫌いになることができなかった。
つまらない始業式が終わり、翌日彼女は授業で四谷に会えると思い、少し高揚した気分で学園までの並木道を歩いていた。
桜が舞い散り地面を桃色に染めていく。
春というのは出会いの季節だ。恋の季節と言ってもいい。たとえ自分が遊ばれているだけだとしても、それでも彼女は幸せだった。
だが幼い彼女はまだ知らない。
恋と言うものが毒になることがあるのだと。死に至る病は絶望だけではないのだ。愛は甘い狂気であることを、他人を傷つけるものだということを。
「玲奈! おっはよう!!」
玲奈が桜に見蕩れてぼーっと歩いていると、そんな風に大きな声で自分の名前を呼ばれて少し吃驚してしまった。
「ああ、亮子。おはよう」
彼女が振り向くと、そこには天真爛漫な笑顔で話しかけてくる御舟亮子《みふねりょうこ》がそこにいた。可愛らしいくりくりと丸まったショートヘアの赤毛に、太陽のように輝いているその瞳が特徴的で、きっと彼女に悪い印象を持つ人はいないのではないのだろうかと思うほど、動物的な愛らしさがあった。
地味な容姿と内向的な性格の玲奈は、自分とは正反対の彼女のことをいつも眩しく思っていた。しかしそこには嫉妬はなく、純粋な憧れであった。自分も亮子のように明るく、可愛くあれたら、と。
(そうしたらきっと、先生も私だけを……)
思わず四谷の顔を思い浮かべてしまう。自分がもっと綺麗だったら愛する人を自分の物にできるのではないかとそればかりを考えてしまう。
「もう玲奈ってば、何をぼーっとしてるの?」
「ごめんごめん亮子。ははは」
亮子に腕を引かれ、玲奈は我に帰る。
亮子の明るい笑顔を見ていると、自分も少しは明るくなれるな、と玲奈は思い、つられて笑顔になってしまう。
「いつまでも春休み気分だなんて駄目だぞ玲奈」
亮子は玲奈の腕に絡み付いてくる。人一倍人懐っこい亮子は、いつもこうしてスキンシップを玲奈にしているのであった。
「も、もう亮子ってば。恥ずかしいわよ」
「いいじゃん、女同士でもさ。ほれほれ、今日は身体検査もあるしおじさん楽しみだなぁ」
などとふざけながら亮子はベタベタと玲奈の身体に触る。亮子のセクハラに慣れているのか、玲奈も照れながらも笑っていた。
「ほれほれ、胸はどのくらい大きくなったのかにゃー」
「ちょ、ちょっとやめてよ亮子ってば。胸なら亮子のが大きいでしょ」
亮子にセクハラされながら玲奈は亮子の身体を見る。細い体つきでありながら、豊満な胸に、長い足。それはモデルのようでとても綺麗で、野暮ったい自分とは大分違う。何を食べたらこんな風になれるんだろうか、と、自分の成長しない身体を見て玲奈は溜息をついた。
そして何より、亮子には異能があった。
「あ、猫ちゃんだー」
亮子はそう言って桜の木の下で震えている子猫のところに駆け寄っていく。なぜかこの学園都市ではやけに野良猫が多い。そこらじゅうに猫がいるためそんなに珍しいものではないが、亮子は可愛いものを見るとすぐはしゃいでいる。
「もう、亮子ってば猫本当に好きね」
「うん、可愛いもん。あ、この子怪我してる」
しゃがみこんで猫を抱いている亮子がそう言った。玲奈も屈みこんで猫を見てみると、どうやら足が折れているようだ。
「本当だ、痛そう……。医務室に連れてく?」
と、玲奈が心配そうに尋ねると、亮子は首を横に振った。
「ううん、このくらいの傷なら私が――」
亮子はそっと子猫の足に手を添え、意識を集中させている。すると、亮子の掌が光り、猫の折れた足がみるみる回復していく。数秒後猫の足はすっかり治ってしまい、猫は元気よくその場から走り出して逃げてしまった。
「あっ、もう折角直してあげたのにぃ。まぁ、いっか。あれだけ走れれば大丈夫だよね」
そう言って玲奈に笑いかける亮子の顔には疲労が見えた。なんだか急激にやつれたように見える。
「大丈夫亮子? あんたの異能は副作用強いんだからそんなに気軽に使っちゃ駄目だって」
「えへへ大丈夫。これくらいなら明日には元気になるよ」
玲奈はそう笑う彼女を心配そうに見つめる。
亮子の異能“ライフ・チャージャー”は、自分の生命エネルギーを相手に送ることで、相手の治癒力を促進し回復させるというものだ。しかし、使用者である亮子への負担が並大抵ではなく、大怪我を直したりしたならば昏睡状態になりかねないのである。ゆえに彼女は数年前まで“役立たず”の烙印を押されていた。
そんなこともあり、亮子は当時クラスで浮いていたが、同じく友達のいなかった玲奈は亮子と気があったようで、それ以来仲良くしている。
動物にも優しい亮子を友達として誇りに思っている玲奈は、亮子のことを親友だと思っている。きっと亮子もそう思っているのだろうと。二人の友情は永遠に終わることはない、玲奈はそう考えていた。
そんな二人は桜並木を歩いて、学園の門を潜っていく。
向かう教室は高等部一年Z組。昨日から彼女達はお互いこのクラスになり、喜んでいた。膨大な人数のいる生徒の中で、また親友の亮子と同じクラスになれるなんて奇跡のようなものだ。人見知りをする彼女としては、誰も知り合いがいないクラスになんて溶け込める自信はなかった。
(担任の先生が四谷先生ならもっとよかったのに……)
四谷は結局三年の担当になり、その願いが叶うことはなかった。玲奈もそれは仕方ないと考えて席に向かっていく。
しかし、教室の雰囲気がいつもと違う。
妙にざわついていて、落ち着きがない。それに亮子も気づいたようで、どうしたんだろう、と首を捻っていた。
「何かあったのかな?」
「わからないわ……」
玲奈は耳を澄ませて、生徒たちの会話を盗み聞きする。すると、こんな単語が耳に入ってきた。
先生。
資料室。
自殺。
(え――?)
その断片的な、意味不明な言葉を聞いた瞬間に玲奈は固まってしまう。直感で何かが起きていると理解できた。
「おーいお前ら席につけー」
担任の老教師、山岡がざわついている生徒たちをたしなめて、席につかせる。ホームルームが始まるようだ。
クラスメイトたちの言葉が気にはなったが、玲奈は大人しく席につくしかなかった。
山岡はごほん、と咳払いをして、重々しい口調でこう言った。
「えー、皆さんに残念なお知らせがあります。皆もう知ってるかもしれないですが、昨夜三年Y組担任の四谷政治先生が亡くなりました。詳しくはまだ検査が済んでからでしょうが、状況から自殺だろうということです。皆さんご冥福を祈りましょう」
その瞬間玲奈の世界は停止した。
四谷が自殺した、その言葉を聞いて玲奈はただ呆然とするしかなかった。
周りの生徒たちはどうやらみんなある程度は感づいていたようで、口々に「やっぱり」等と言ってざわついている。他のクラスメイトと会話することがなかった玲奈はその情報が入ってこなかったのであろう。
自分の愛する人が死ぬ、それは恐らく世界の終わりの一つとも言えよう。こうして金本玲奈の世界は崩壊した。
※
四谷正治が自殺した。
その言葉を聞いて固まっている玲奈の横で、亮子は笑いをこらえるのに必死であった。
なんという奇跡だ。神はまだ自分を見捨てていなかった。
そう思い亮子の心は躍っていた。なぜ彼女がそんな不謹慎なことを考えているのか、それはおよそ常人には理解できないであろう。
なぜなら彼女は玲奈のことを愛していたからだ。
同性の友人としてでは無く、恋愛対象として、性愛の対象として、玲奈のことを数年間想い続けてきたのであった。
彼女はいわゆるレズビアンである。
そのことを知っているのは本人だけ。周りからは明るく、同性に人気のある健全な少女と思われているが、亮子は女の子だけしか愛せない性質であった。
自分が人とは違うと理解したのは小学生の時。仲の良かった女の子に告白し、「気持ち悪い」と酷く拒絶された時に彼女は自分が異常なのだと理解せざるえなかった。それ以来自分の本当の気持ちを殺し。誰も好きにはならないと心に決めた。
自分の恋は叶うことはないのだと、必ず傷つくだけで終わってしまうのだと、諦めていた。しかし、中学に上がる時に亮子は異能を見出され、双葉学園に入学を果たした。そして出会ってしまったのだ、金本玲奈と。
さらさらとした綺麗な黒髪。いつもどこか寂しさを秘めている物憂げな瞳。華奢で小柄な体躯。申し訳なさそうに少しだけ膨らんでいる胸。
その全てが亮子にとっては愛しいものであった。
転校して友達もおらず、他の異能者たちに囲まれていきなり非日常に来てしまった亮子を救ってくれたのが玲奈の笑顔であった。玲奈は非異能者であるが、子供の頃から学園にいたようだ。彼女は大人しく、あまり友達がいるタイプではなかったので、一人ぼっちでいた亮子と自然に仲良くなっていった。
それから亮子は明るさを取り戻し、クラスの皆からも好かれる少女になっていった。
それでも、亮子には玲奈しか目に入らなかった。可愛く、自分に優しくしてくれる女の子を好きになってしまったのは無理はない。
しかし、中学三年のある日、玲奈と数学の四谷が放課後の教室でキスをしているのを偶然見てしまった。自分の目を疑ってしまった。まさか教師と生徒がそんな関係になるなんて普通ではありえない。いや、あってはならない。
だが、それを見て亮子にはどうすることも出来なかった。
仮に四谷のことを学園に訴えても、問題になれば悲しむのは玲奈だ。そんな玲奈を見たくは無い。そう思い、彼女は何も出来なかった。四谷の悪い噂は聞いていた。何人もの女生徒をたぶらかしているということを。それでも証拠はなく、女生徒からは何の訴えも無かった。
(だけど、だけど四谷は死んだの。これはきっと私の想いが天に届いたんだ!)
四谷の自殺を聞いて、そんな亮子の心は救われた。
もう恋の障害は消えた。これはきっと神の意志。世界の意志なんだ。そう思えるほどに亮子は四谷が死んでくれたことが嬉しかった。
玲奈はきっと四谷が死んで悲しむだろう。悲しみの底に落ちていくだろう。だけど、自分が彼女を慰めれば、きっと玲奈は自分のことを見てくれるに違いない。自分を受け入れてくれるに違いない。自分をきっと愛してくれる。亮子はそう信じていた。
玲奈のあの瞳、あの首筋、あの胸、あの腰、あの足、あの指、その全てが自分の物になる時が来たのだと思うと興奮して授業どころではない。亮子は火照る身体をくねらせ、シャープペンの先を愛おしそうに口に少しだけふくむ。
(きっとこれが運命なんだね。女の子が女の子を好きになっちゃいけないなんて法律ないもの。きっと玲奈も私のことを受け入れてくれるわ)
玲奈に抱かれる幻想を視て、亮子はうっとりと笑った。
※
「四谷正治……いえ、エレ・キーパーが死んだようですね夏子様」
双葉学園の数ある保健室の一室で、二人の制服姿の少女がベッドの上に腰掛けていた。
いや、そのうちの一人は少女ではない。二人とも可愛らしい真っ赤なリボンのついた黒いセーラー服を着ているが、その片方の人物は少年であった。亜麻色の綺麗な長髪、小柄で綺麗な顔をしているため、一見では少女にしか見えないであろう。しかし、その小さな口から発せられるテノールは、紛れもなく少年のそれである。どうやら髪はウィッグのようだ。
「そうみたいね司。まああの女垂らしが死んだところで何の問題はないわ。いえ、むしろ予定通りと言ったところかしら」
司と呼ばれた女装少年の横で、真っ白な長い髪を櫛でといている少女、桜川夏子《さくらがわなつこ》は冷徹な声でそう言った。
その女装少年、木原司《きはらつかさ》は一年Z組の生徒である。普段はごく普通に男子の制服を着て教室に通っているが、保健室で夏子と会う時にはこうして女子の格好をしている。
それは全て夏子の命令によるものだ。
「夏子様、ぼくは一体いつまでこんな格好でここに通わなければならないのですか」
「あら、気に入らないのかしら。私は男の子に興味ないのよ。それでも私があなたにこうして近づくのを許しているのはただ顔が可愛いから。だから私の傍にいる間は少女でいなさい」
夏子はその細く、白い指で司の顔に触れる。柔らかなその頬を愛おしそうに撫で回し、夏子は感嘆の息を零した。夏子の白い肌は紅潮し、恍惚とした表情で顔を司に近づける。二人の距離は息づかいがわかるほどに縮まっている。
「ほんと、女の子じゃないのが残念だわ。ああ、こんなに綺麗なのに」
夏子は司の腹部に手を添え、セーラー服の中に手を侵入させていく。
「や、やめて下さい夏子様……」
「何言ってるのよ今さら。初めてってわけでもないし。あなただって好きでしょ。恥ずかしそうにしていつもちゃんとこんな格好してくるのはご褒美が欲しいからでしょ?」
司はベッドに押し倒され、なすがままにされる。自然司も息が荒くなり、顔は赤くなっていく。夏子にへその当たりを舐められ、なんとも言えない快感が身体を支配する。
いつもこうして夏子に玩具のように扱われながらも、司は抗うという考えを持つことはなかった。夏子という存在は彼にとって神にも等しい、崇めるべき存在であった。
(ああ、ぼくは幸せ者かもしれない。こうして夏子様に永遠に服従することが許されるのなら、ぼくは夏子様と共に聖痕《スティグマ》を裏切っても構わない)
ラルヴァ信仰団体“聖痕《スティグマ》”。司と夏子はその対異能者の殺し屋組織に所属している。双葉学園の潜伏任務ということで、司は夏子の下についたのだ。それ以来司は夏子の命令のままに活動してきた。
司は自分でも理解できないほどに桜川夏子に魅了されていた。
その妖艶な美しさに、逆らうことなど誰にも出来ない。夏子が四谷を見殺しにして、死の巫女たちを覚醒させて、一体夏子が何を企んでいるのか司は知らない。それで組織を、この世界そのものを敵に回すことがあったとしても、司は夏子の隣にいると決めていた。
「こら、あんた達! そんなことをさせるためにこの部屋にいさせてるんじゃないんだよ。乳繰り合うなら他所でやりな」
突然そんなハスキーな声が保健室に響き、司は驚いて身体を起す。
「は、羽里先生!」
「ったく。若いからわかるけど、節度ってもんがあるでしょ」
そこにはタバコを咥えた若い女性が立っていた。
短いタイトスカートに、よれた白衣を着ていて、どこか独特の雰囲気を持っている。そしてその豊満な体つきがまた印象的だ。ソバージュのかかった髪をがしがしと掻いて、司と夏子を睨んでいる。
彼女はこの保健室の主である、臨床心理士《カウンセラー》の羽里由宇《はねざとゆう》であった。
「あら先生。ごきげんよう」
夏子は妙なところを見られたにも関わらず、平気な顔で解きかけたリボンを再び結んでいる。
「ごきげんよう、じゃないわよまったく。木原君、キミもねぇ、そういう趣味が悪いとは言わないけどここは一応学校なのよ」
羽里は溜息を漏らしながら司の女装姿を見つめる。それに気づいた司は、はだけたスカートを抑えて顔を背ける。
「いや、うん。確かに可愛いんだけどね……。嫉妬しちゃうくらい足綺麗だし……むしろあたしが木原君を……」
などと羽里はぶつぶつ言っている。
「すいません羽里先生」
羞恥心のあまりしょんぼりとして、司はそう謝った。すると、羽里はそんな上目遣いで謝る司を見て、顔を赤らめた。どうやらツボに入ったらしい。
「ま、まぁいいけどさ。ここを利用する生徒なんてあんた達だけだしね。他にも保健室や医務室はあるからね」
羽里は咥えていたタバコを指輪に押し付けて火を消し、そのままゴミ箱に捨てる。司は教師がこんな堂々と生徒の前でタバコを吸っていいものなのか、と思ったが、羽里に口答えするのはなんとなく気が引けるので言葉を引っ込めた。
「まあ程々にしときなさいよ。もし他の教師や生徒に見られたら、あたしでもフォローできないからね。保健室通いも禁止されるかもしれないし。カウンセラーのあたしとしてもそれは避けたいしね」
ふぅ、とまた溜息をついて羽里は保健室の自分の机に向かっていく。椅子にどかっと座り、足を組んだりしているので、司はその短いスカートの奥が、ちらちらと気になってしまう。司は気を紛らわせようと、何か話題はないかと考える。
「ああ、そうだ羽里先生。四谷先生って本当に自殺だったんですか?」
司は学園側が何か掴んでいるのではないかと危惧し、四谷のことを聞いてみる。勿論詳しい話を聞けるはずもないだろうが、何らかのリアクションが見られるのではないかと踏んでいた。
「ああ、四谷か。あたしはあいつのことが嫌いだったんだが、まぁ、まさか死ぬとは思わなかったね。一応自殺ってことになってるけど、あたしとしてはあいつが自殺するような玉には見えなかったけどねぇ。特に悩んでる様子もなさそうだったし。あいつはいつも自信ありげでいけすかなかったからね」
羽里は四谷のことを語りながら再びタバコに火をつけた。
どうやら羽里は四谷に対していい印象をもっていなかったようである。夏子もそうだと言っていたし、司も一応は仲間であったエレ・キーパーこと四谷正治のことをあまりよく思ってはいなかった。何人もの女子に手を出していたようだし、男として最低だな、と思っていた。
(まぁ、殺し屋のぼくたちがそんなこと言うのもへんな感じだけど)
と、司は心の中で苦笑した。
「それに、ここだけの話だけど。昨晩は生徒でも自殺した奴がいたらしいよ」
羽里はぼそりとそう言った。
「え?」
司は目を丸め、夏子は冷めた表情で羽里を見る。
(そうか、四谷と同じようにその生徒も雨宮真美の異能の被害を受けたのかな)
司はそう理解した。おそらく自殺というのが死の巫女である雨宮の能力、ならばその被害が他の人たちにいっても不思議ではない。
(だが、そうなると雨宮真美は異能を制御できていないんじゃないか)
「それにね、その生徒はなんと四谷が担任してるクラスの生徒なのよ。しかも他にも二人の女子が昨晩から行方不明ってね。なんか事件に巻き込まれているとしか思えないね」
ふーっとタバコの煙を吐きながら羽里はそう言った。
行方不明の二人の女子、それは恐らく雨宮真美と谷川あゆみのことだろう。
司は谷川あゆみが夏子の異能により、傀儡となっていたことは知っていた。だが、どうやら谷川あゆみとの接続が突然切れた、と、夏子は言っていた。
一体何故そんなことが起きたのか司にはわからない。
そもそも夏子が異能を駆使し、死の巫女たちを目覚めさせ、何をしようとしているのか、それすらも知らない。だが、夏子の計画の障害になるようなものは、自分が排除せねばなるまいと司は思っていた。そのためにも、学園の様々な情報を手に入れる必要があるだろう。
「それで、学園側は何か掴んでいるのかしら、羽里先生」
夏子は閉じていた口を再び開いた。夏子としても自分の行動がどれだけ学園に漏れているかは気になるのだろう。
「いや、末端であるあたしに捜査状況なんてわからないよ。まあ、でも結構学園側も慌しい様子だし、けっこう腰据えて調査してるみたいだね」
「へえ」
夏子は目を細める。
どうやら学園側も動き出したようだ。だが、司には夏子が少しだけ不気味な笑みを浮かべているのを見て、これも計画通りだとでも言いたげであるのを見過ごさなかった。
「さて、と」
羽里は再び灰ガラを捨て、席を立つ。
「一服したし、あたしはちょっと出るよ。もうここでああいうことするんじゃないぞ若僧たちよ」
羽里は人差し指をびしっと突き出し、司たちに言い聞かせるようにして、保健室から出て行こうとする。
「は、はい先生」
素直に頷く司と対照的に、
「うふふ。ここじゃなければいいのね」
夏子はそう怪しげに笑った。
※
かつかつとハイヒールを鳴らしながら、保健室を出た羽里由宇は廊下を歩いていた。
(さてさて、なんだか慌しい事件が起こってるわね)
同じ日に教師とそのクラスメイトが自殺し、さらに二人が行方不明となるということは、異常である。なんらかの事件に巻き込まれたと考えるのは普通であろう。
羽里はあくまでカウンセラーとして学園にいる。異能も持っていない彼女は、学園の重要な調査の結果などは知らされることはない。
しかし、彼女は普通ではなかった。
彼女の胸ポケットに入れられていた携帯電話が突然鳴り始めた。羽里はすぐに取り出し、電話を耳に当てる。
「もしもし」
「ハーイ。元気にしてたかしらマルカート」
羽里をマルカートと珍妙な名で呼んだ電話の相手は、若い女の声であった。
「なんだ、あんたかアンダンテ。私用の携帯に電話入れるなんて珍しいわね」
アンダンテと呼ばれた電話主は、少し笑って答える。
「ごめんごめん。ちょっと機関の電話使うの逐一手順がいるし面倒だもん。大した用事は無いしいいでしょ」
「用がないなら電話するなっつの」
「怒んないでよ。どうなの学園の生活は?」
「別に普通よ」
「可愛い男の子はいるかしら?」
「ああ、あんた好みなのが沢山いるよ。あたしは生徒に手を出すつもりは微塵もないけどね」
「へぇ。それは楽しそうね。それで、任務のほうは進んでるのかしら。メメント・モリ計画の被検体たちの監視はどうなの?」
「なんだ、結局仕事の話じゃないの。……まぁそうね。参ったことに被検体の一人の雨宮真美が行方不明よ。桜川夏子は未だにしっぽを見せないし。あまり好調とは言えないね」
「あらあらそれは大変ね。やはりマルカート一人じゃ難しいわね」
「そりゃそうよ。あたしはこんなの専門じゃないしね。誰かパートナーでも機関から送ってもらえないかね」
「ふふ、そう思ってもう既に改造人間を一体そっちに送っておいたわ」
「おおう、手際よすぎるわね。何企んでるのよ」
「別に、愛する友人にプレゼントよ」
「……まぁいいわ。それで、誰を送ってきたのよ」
「会えばわかるわよ。多分都市のカフェテラスにいると思うわ」
「わかったわ。行って来ればいいんでしょ」
羽里は電話を切り、まだ学校の授業は終わっていないのに、学園外のカフェテラスへ向かっていく。都市部は一般人も多いため、白衣さえ脱いでいれば紛れて教員だとはわからないだろう。
お洒落な外装のカフェテラスについた羽里は、きょろきょろとアンダンテの言っていた人物を探す。
「ったく、アンダンテの奴相手の名前も教えないでどう探せって――」
羽里はそうぼやいていたが、そこにいる人物を見て固まってしまった。
「よお、マルカート。いや、ここでは羽里先生って呼んだほうがいいのかな」
その人物は真っ赤なツナギ姿に、サンバイザーを被った金髪の青年であった。そしてさらに印象的なのは、アンプが繋がっていない真っ赤なエレキギター抱えているということである。あまりに珍妙なため、羽里は目を合わせたくはなかった。しかし、そういうわけにもいかないであろう。羽里はうんざりしたように頭に手を置いて溜息をついた。
「ディスコ。あんたその目立つ格好は止めなさいって言ってるでしょ」
「いいじゃないか。これで俺はモチベーションを上げてるんだからよ」
ディスコと呼ばれた男は、エレキギターをじゃあああんと鳴らし、得意げにしている。
彼は違法科学機関“オメガサークル”の改造人間である。
そして、双葉学園のカウンセラーを勤める羽里由宇も、オメガサークルの工作員の一人であった。
※
「そーくん大好き!」
そう言いながら抱きついてくる吾妻千晶《あづまちあき》を愛おしく思いながら、竹本宗司《たけもとそうじ》は平和な昼休みを過ごしていた。
中庭の芝生に千晶が作ってきた弁当を広げ、二人でつついていた。麗らかな春の日差しがとても気持ちいい。本当にこれこそが幸せで、この世に不幸な出来事なんて存在しないのではないかとさえ思える。
宗司はくっついてくる千晶の頭を優しく撫でてやる。
千晶は高校一年にしては小柄なほうで、その幼さを感じさせる体躯がまた愛らしさを強調させている。大きく綺麗な瞳に、ふわっとした少しウェーブのかかった栗色の髪から漂う太陽の匂いが、宗司の心を安らがせる。
(ああ、こんな可愛い彼女がいるなんて、本当に俺は幸せだ)
三年Y組の竹本宗司は平凡な少年であった。異能もなく、容姿は爽やかではあるが、特に突出したものはなく、学力も平均で、喧嘩だってしたこともない。
そんな彼が後輩の、一年Z組の吾妻千晶と付き合い始めたのはちょうど一ヶ月前だ。突然告白され、今まで女の子と遠の無かった宗司は、二つ返事で交際を始めた。
「ちーちゃん……俺も大好きだよ」
「えへへ。嬉しい!」
天使のような無邪気な笑顔をする千晶の頬を撫で、二人は甘いひと時を過ごしていた。
「そういえばそーくん。そーくんの担任の先生死んじゃったんだってね。怖いな……」
「ああ、四谷先生か。あの人よく相談に乗ってくれるいい先生だったんだけどなぁ。なんで自殺しちゃったんだろ。クラスメイトも何人か寮に戻ってきてないらしいし」
「ええ、なんか怖いね……」
「大丈夫だよ、何か事件が起こってるにしたって、俺がちーちゃんを護るからさ」
宗司はかっこつけてそう言った。すると、千晶は、
「本当? やっぱ大好きだよそーくん!」
と言いながらまた腕にしがみついてきた。
そう言いながらも、ほんの少しだけ宗司は不安を抱いていた。自分の担任が死に、クラスメイトが数名行方不明。何か妙なことが起きていることは間違いないだろう。
もし、その何かが千晶に牙を剥くことがあったとして、自分に一体何ができるであろうか。異能もなく、勇気だってあるとは言えない自分。無力な自分がどうやって彼女を護れるというのであろうか。
しかし、宗司は千晶の笑顔を決して曇らせたくはないと決意していた。
この幸福な日常を崩すことなんて絶対にさせない、と。
「さあ、お昼休みももうすぐ終わっちゃうし早く食べちゃおう」
「うん、そうだね――って、あれなんだろう?」
千晶は何かに気づいたのか、ふっと空を見上げている。
いや、見ているのは空ではない、校舎の屋上だ。
そこに、奇妙なことに五人の少年少女が屋上の柵の外に立っていた。
校舎は七階建てほどあるので、ここからではその人影は豆粒のようにも見えるが、それは間違いなく生徒たちであった。
「え、あれ何してるんだ?」
宗司もそれに気づく。それは実におかしな光景。みんなが柵の外に横一列に並んでいる。これは一体何をしているのだろうか。
「ちょ、ちょっとそーくんこれって……」
「う、嘘だろ……」
その瞬間、その五名の少年少女は、柵から手を離し、足を空に進め、そして、そして――
落下した。
こうして魔の一週間、後に悪夢の四月と呼ばれる一連の事件の幕が上がったのである。
Part.2へ続く
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金本玲奈《かなもとれいな》が、数学教師の四谷正治《よつやせいじ》のことを好きになったのは、思春期なら誰でもあるような、はしかみたいなものであっただろう。
憧れ、だけで済めばよかったのだろうが、彼女は四谷と実際に深い関係になっていた。いや、深いと思っているのは玲奈だけで、四谷にとって玲奈はたくさんいる恋人の中の一人といった認識しかなかっただろう。ただの遊びといったところであろう。
それは玲奈自身も理解していた。身体だけの関係。そして、四谷の他の恋人たちも全員生徒で、みんな四谷に心から愛されている少女は一人もいなかったということも全て知っていた。それでも彼女は四谷を嫌いになることができなかった。
つまらない始業式が終わり、翌日彼女は授業で四谷に会えると思い、少し高揚した気分で学園までの並木道を歩いていた。
桜が舞い散り地面を桃色に染めていく。
春というのは出会いの季節だ。恋の季節と言ってもいい。たとえ自分が遊ばれているだけだとしても、それでも彼女は幸せだった。
だが幼い彼女はまだ知らない。
恋と言うものが毒になることがあるのだと。死に至る病は絶望だけではないのだ。愛は甘い狂気であることを、他人を傷つけるものだということを。
「玲奈! おっはよう!!」
玲奈が桜に見蕩れてぼーっと歩いていると、そんな風に大きな声で自分の名前を呼ばれて少し吃驚してしまった。
「ああ、亮子。おはよう」
彼女が振り向くと、そこには天真爛漫な笑顔で話しかけてくる御舟亮子《みふねりょうこ》がそこにいた。可愛らしいくりくりと丸まったショートヘアの赤毛に、太陽のように輝いているその瞳が特徴的で、きっと彼女に悪い印象を持つ人はいないのではないのだろうかと思うほど、動物的な愛らしさがあった。
地味な容姿と内向的な性格の玲奈は、自分とは正反対の彼女のことをいつも眩しく思っていた。しかしそこには嫉妬はなく、純粋な憧れであった。自分も亮子のように明るく、可愛くあれたら、と。
(そうしたらきっと、先生も私だけを……)
思わず四谷の顔を思い浮かべてしまう。自分がもっと綺麗だったら愛する人を自分の物にできるのではないかとそればかりを考えてしまう。
「もう玲奈ってば、何をぼーっとしてるの?」
「ごめんごめん亮子。ははは」
亮子に腕を引かれ、玲奈は我に帰る。
亮子の明るい笑顔を見ていると、自分も少しは明るくなれるな、と玲奈は思い、つられて笑顔になってしまう。
「いつまでも春休み気分だなんて駄目だぞ玲奈」
亮子は玲奈の腕に絡み付いてくる。人一倍人懐っこい亮子は、いつもこうしてスキンシップを玲奈にしているのであった。
「も、もう亮子ってば。恥ずかしいわよ」
「いいじゃん、女同士でもさ。ほれほれ、今日は身体検査もあるしおじさん楽しみだなぁ」
などとふざけながら亮子はベタベタと玲奈の身体に触る。亮子のセクハラに慣れているのか、玲奈も照れながらも笑っていた。
「ほれほれ、胸はどのくらい大きくなったのかにゃー」
「ちょ、ちょっとやめてよ亮子ってば。胸なら亮子のが大きいでしょ」
亮子にセクハラされながら玲奈は亮子の身体を見る。細い体つきでありながら、豊満な胸に、長い足。それはモデルのようでとても綺麗で、野暮ったい自分とは大分違う。何を食べたらこんな風になれるんだろうか、と、自分の成長しない身体を見て玲奈は溜息をついた。
そして何より、亮子には異能があった。
「あ、猫ちゃんだー」
亮子はそう言って桜の木の下で震えている子猫のところに駆け寄っていく。なぜかこの学園都市ではやけに野良猫が多い。そこらじゅうに猫がいるためそんなに珍しいものではないが、亮子は可愛いものを見るとすぐはしゃいでいる。
「もう、亮子ってば猫本当に好きね」
「うん、可愛いもん。あ、この子怪我してる」
しゃがみこんで猫を抱いている亮子がそう言った。玲奈も屈みこんで猫を見てみると、どうやら足が折れているようだ。
「本当だ、痛そう……。医務室に連れてく?」
と、玲奈が心配そうに尋ねると、亮子は首を横に振った。
「ううん、このくらいの傷なら私が――」
亮子はそっと子猫の足に手を添え、意識を集中させている。すると、亮子の掌が光り、猫の折れた足がみるみる回復していく。数秒後猫の足はすっかり治ってしまい、猫は元気よくその場から走り出して逃げてしまった。
「あっ、もう折角直してあげたのにぃ。まぁ、いっか。あれだけ走れれば大丈夫だよね」
そう言って玲奈に笑いかける亮子の顔には疲労が見えた。なんだか急激にやつれたように見える。
「大丈夫亮子? あんたの異能は副作用強いんだからそんなに気軽に使っちゃ駄目だって」
「えへへ大丈夫。これくらいなら明日には元気になるよ」
玲奈はそう笑う彼女を心配そうに見つめる。
亮子の異能“ライフ・チャージャー”は、自分の生命エネルギーを相手に送ることで、相手の治癒力を促進し回復させるというものだ。しかし、使用者である亮子への負担が並大抵ではなく、大怪我を直したりしたならば昏睡状態になりかねないのである。ゆえに彼女は数年前まで“役立たず”の烙印を押されていた。
そんなこともあり、亮子は当時クラスで浮いていたが、同じく友達のいなかった玲奈は亮子と気があったようで、それ以来仲良くしている。
動物にも優しい亮子を友達として誇りに思っている玲奈は、亮子のことを親友だと思っている。きっと亮子もそう思っているのだろうと。二人の友情は永遠に終わることはない、玲奈はそう考えていた。
そんな二人は桜並木を歩いて、学園の門を潜っていく。
向かう教室は高等部一年Z組。昨日から彼女達はお互いこのクラスになり、喜んでいた。膨大な人数のいる生徒の中で、また親友の亮子と同じクラスになれるなんて奇跡のようなものだ。人見知りをする彼女としては、誰も知り合いがいないクラスになんて溶け込める自信はなかった。
(担任の先生が四谷先生ならもっとよかったのに……)
四谷は結局三年の担当になり、その願いが叶うことはなかった。玲奈もそれは仕方ないと考えて席に向かっていく。
しかし、教室の雰囲気がいつもと違う。
妙にざわついていて、落ち着きがない。それに亮子も気づいたようで、どうしたんだろう、と首を捻っていた。
「何かあったのかな?」
「わからないわ……」
玲奈は耳を澄ませて、生徒たちの会話を盗み聞きする。すると、こんな単語が耳に入ってきた。
先生。
資料室。
自殺。
(え――?)
その断片的な、意味不明な言葉を聞いた瞬間に玲奈は固まってしまう。直感で何かが起きていると理解できた。
「おーいお前ら席につけー」
担任の老教師、山岡がざわついている生徒たちをたしなめて、席につかせる。ホームルームが始まるようだ。
クラスメイトたちの言葉が気にはなったが、玲奈は大人しく席につくしかなかった。
山岡はごほん、と咳払いをして、重々しい口調でこう言った。
「えー、皆さんに残念なお知らせがあります。皆もう知ってるかもしれないですが、昨夜三年Y組担任の四谷政治先生が亡くなりました。詳しくはまだ検査が済んでからでしょうが、状況から自殺だろうということです。皆さんご冥福を祈りましょう」
その瞬間玲奈の世界は停止した。
四谷が自殺した、その言葉を聞いて玲奈はただ呆然とするしかなかった。
周りの生徒たちはどうやらみんなある程度は感づいていたようで、口々に「やっぱり」等と言ってざわついている。他のクラスメイトと会話することがなかった玲奈はその情報が入ってこなかったのであろう。
自分の愛する人が死ぬ、それは恐らく世界の終わりの一つとも言えよう。こうして金本玲奈の世界は崩壊した。
※
四谷正治が自殺した。
その言葉を聞いて固まっている玲奈の横で、亮子は笑いをこらえるのに必死であった。
なんという奇跡だ。神はまだ自分を見捨てていなかった。
そう思い亮子の心は躍っていた。なぜ彼女がそんな不謹慎なことを考えているのか、それはおよそ常人には理解できないであろう。
なぜなら彼女は玲奈のことを愛していたからだ。
同性の友人としてでは無く、恋愛対象として、性愛の対象として、玲奈のことを数年間想い続けてきたのであった。
彼女はいわゆるレズビアンである。
そのことを知っているのは本人だけ。周りからは明るく、同性に人気のある健全な少女と思われているが、亮子は女の子だけしか愛せない性質であった。
自分が人とは違うと理解したのは小学生の時。仲の良かった女の子に告白し、「気持ち悪い」と酷く拒絶された時に彼女は自分が異常なのだと理解せざるえなかった。それ以来自分の本当の気持ちを殺し。誰も好きにはならないと心に決めた。
自分の恋は叶うことはないのだと、必ず傷つくだけで終わってしまうのだと、諦めていた。しかし、中学に上がる時に亮子は異能を見出され、双葉学園に入学を果たした。そして出会ってしまったのだ、金本玲奈と。
さらさらとした綺麗な黒髪。いつもどこか寂しさを秘めている物憂げな瞳。華奢で小柄な体躯。申し訳なさそうに少しだけ膨らんでいる胸。
その全てが亮子にとっては愛しいものであった。
転校して友達もおらず、他の異能者たちに囲まれていきなり非日常に来てしまった亮子を救ってくれたのが玲奈の笑顔であった。玲奈は非異能者であるが、子供の頃から学園にいたようだ。彼女は大人しく、あまり友達がいるタイプではなかったので、一人ぼっちでいた亮子と自然に仲良くなっていった。
それから亮子は明るさを取り戻し、クラスの皆からも好かれる少女になっていった。
それでも、亮子には玲奈しか目に入らなかった。可愛く、自分に優しくしてくれる女の子を好きになってしまったのは無理はない。
しかし、中学三年のある日、玲奈と数学の四谷が放課後の教室でキスをしているのを偶然見てしまった。自分の目を疑ってしまった。まさか教師と生徒がそんな関係になるなんて普通ではありえない。いや、あってはならない。
だが、それを見て亮子にはどうすることも出来なかった。
仮に四谷のことを学園に訴えても、問題になれば悲しむのは玲奈だ。そんな玲奈を見たくは無い。そう思い、彼女は何も出来なかった。四谷の悪い噂は聞いていた。何人もの女生徒をたぶらかしているということを。それでも証拠はなく、女生徒からは何の訴えも無かった。
(だけど、だけど四谷は死んだの。これはきっと私の想いが天に届いたんだ!)
四谷の自殺を聞いて、そんな亮子の心は救われた。
もう恋の障害は消えた。これはきっと神の意志。世界の意志なんだ。そう思えるほどに亮子は四谷が死んでくれたことが嬉しかった。
玲奈はきっと四谷が死んで悲しむだろう。悲しみの底に落ちていくだろう。だけど、自分が彼女を慰めれば、きっと玲奈は自分のことを見てくれるに違いない。自分を受け入れてくれるに違いない。自分をきっと愛してくれる。亮子はそう信じていた。
玲奈のあの瞳、あの首筋、あの胸、あの腰、あの足、あの指、その全てが自分の物になる時が来たのだと思うと興奮して授業どころではない。亮子は火照る身体をくねらせ、シャープペンの先を愛おしそうに口に少しだけふくむ。
(きっとこれが運命なんだね。女の子が女の子を好きになっちゃいけないなんて法律ないもの。きっと玲奈も私のことを受け入れてくれるわ)
玲奈に抱かれる幻想を視て、亮子はうっとりと笑った。
※
「四谷正治……いえ、エレ・キーパーが死んだようですね夏子様」
双葉学園の数ある保健室の一室で、二人の制服姿の少女がベッドの上に腰掛けていた。
いや、そのうちの一人は少女ではない。二人とも可愛らしい真っ赤なリボンのついた黒いセーラー服を着ているが、その片方の人物は少年であった。亜麻色の綺麗な長髪、小柄で綺麗な顔をしているため、一見では少女にしか見えないであろう。しかし、その小さな口から発せられるテノールは、紛れもなく少年のそれである。どうやら髪はウィッグのようだ。
「そうみたいね司。まああの女垂らしが死んだところで何の問題はないわ。いえ、むしろ予定通りと言ったところかしら」
司と呼ばれた女装少年の横で、真っ白な長い髪を櫛でといている少女、桜川夏子《さくらがわなつこ》は冷徹な声でそう言った。
その女装少年、木原司《きはらつかさ》は一年Z組の生徒である。普段はごく普通に男子の制服を着て教室に通っているが、保健室で夏子と会う時にはこうして女子の格好をしている。
それは全て夏子の命令によるものだ。
「夏子様、ぼくは一体いつまでこんな格好でここに通わなければならないのですか」
「あら、気に入らないのかしら。私は男の子に興味ないのよ。それでも私があなたにこうして近づくのを許しているのはただ顔が可愛いから。だから私の傍にいる間は少女でいなさい」
夏子はその細く、白い指で司の顔に触れる。柔らかなその頬を愛おしそうに撫で回し、夏子は感嘆の息を零した。夏子の白い肌は紅潮し、恍惚とした表情で顔を司に近づける。二人の距離は息づかいがわかるほどに縮まっている。
「ほんと、女の子じゃないのが残念だわ。ああ、こんなに綺麗なのに」
夏子は司の腹部に手を添え、セーラー服の中に手を侵入させていく。
「や、やめて下さい夏子様……」
「何言ってるのよ今さら。初めてってわけでもないし。あなただって好きでしょ。恥ずかしそうにしていつもちゃんとこんな格好してくるのはご褒美が欲しいからでしょ?」
司はベッドに押し倒され、なすがままにされる。自然司も息が荒くなり、顔は赤くなっていく。夏子にへその当たりを舐められ、なんとも言えない快感が身体を支配する。
いつもこうして夏子に玩具のように扱われながらも、司は抗うという考えを持つことはなかった。夏子という存在は彼にとって神にも等しい、崇めるべき存在であった。
(ああ、ぼくは幸せ者かもしれない。こうして夏子様に永遠に服従することが許されるのなら、ぼくは夏子様と共に聖痕《スティグマ》を裏切っても構わない)
ラルヴァ信仰団体“聖痕《スティグマ》”。司と夏子はその対異能者の殺し屋組織に所属している。双葉学園の潜伏任務ということで、司は夏子の下についたのだ。それ以来司は夏子の命令のままに活動してきた。
司は自分でも理解できないほどに桜川夏子に魅了されていた。
その妖艶な美しさに、逆らうことなど誰にも出来ない。夏子が四谷を見殺しにして、死の巫女たちを覚醒させて、一体夏子が何を企んでいるのか司は知らない。それで組織を、この世界そのものを敵に回すことがあったとしても、司は夏子の隣にいると決めていた。
「こら、あんた達! そんなことをさせるためにこの部屋にいさせてるんじゃないんだよ。乳繰り合うなら他所でやりな」
突然そんなハスキーな声が保健室に響き、司は驚いて身体を起す。
「は、羽里先生!」
「ったく。若いからわかるけど、節度ってもんがあるでしょ」
そこにはタバコを咥えた若い女性が立っていた。
短いタイトスカートに、よれた白衣を着ていて、どこか独特の雰囲気を持っている。そしてその豊満な体つきがまた印象的だ。ソバージュのかかった髪をがしがしと掻いて、司と夏子を睨んでいる。
彼女はこの保健室の主である、臨床心理士《カウンセラー》の羽里由宇《はねざとゆう》であった。
「あら先生。ごきげんよう」
夏子は妙なところを見られたにも関わらず、平気な顔で解きかけたリボンを再び結んでいる。
「ごきげんよう、じゃないわよまったく。木原君、キミもねぇ、そういう趣味が悪いとは言わないけどここは一応学校なのよ」
羽里は溜息を漏らしながら司の女装姿を見つめる。それに気づいた司は、はだけたスカートを抑えて顔を背ける。
「いや、うん。確かに可愛いんだけどね……。嫉妬しちゃうくらい足綺麗だし……むしろあたしが木原君を……」
などと羽里はぶつぶつ言っている。
「すいません羽里先生」
羞恥心のあまりしょんぼりとして、司はそう謝った。すると、羽里はそんな上目遣いで謝る司を見て、顔を赤らめた。どうやらツボに入ったらしい。
「ま、まぁいいけどさ。ここを利用する生徒なんてあんた達だけだしね。他にも保健室や医務室はあるからね」
羽里は咥えていたタバコを指輪に押し付けて火を消し、そのままゴミ箱に捨てる。司は教師がこんな堂々と生徒の前でタバコを吸っていいものなのか、と思ったが、羽里に口答えするのはなんとなく気が引けるので言葉を引っ込めた。
「まあ程々にしときなさいよ。もし他の教師や生徒に見られたら、あたしでもフォローできないからね。保健室通いも禁止されるかもしれないし。カウンセラーのあたしとしてもそれは避けたいしね」
ふぅ、とまた溜息をついて羽里は保健室の自分の机に向かっていく。椅子にどかっと座り、足を組んだりしているので、司はその短いスカートの奥が、ちらちらと気になってしまう。司は気を紛らわせようと、何か話題はないかと考える。
「ああ、そうだ羽里先生。四谷先生って本当に自殺だったんですか?」
司は学園側が何か掴んでいるのではないかと危惧し、四谷のことを聞いてみる。勿論詳しい話を聞けるはずもないだろうが、何らかのリアクションが見られるのではないかと踏んでいた。
「ああ、四谷か。あたしはあいつのことが嫌いだったんだが、まぁ、まさか死ぬとは思わなかったね。一応自殺ってことになってるけど、あたしとしてはあいつが自殺するような玉には見えなかったけどねぇ。特に悩んでる様子もなさそうだったし。あいつはいつも自信ありげでいけすかなかったからね」
羽里は四谷のことを語りながら再びタバコに火をつけた。
どうやら羽里は四谷に対していい印象をもっていなかったようである。夏子もそうだと言っていたし、司も一応は仲間であったエレ・キーパーこと四谷正治のことをあまりよく思ってはいなかった。何人もの女子に手を出していたようだし、男として最低だな、と思っていた。
(まぁ、殺し屋のぼくたちがそんなこと言うのもへんな感じだけど)
と、司は心の中で苦笑した。
「それに、ここだけの話だけど。昨晩は生徒でも自殺した奴がいたらしいよ」
羽里はぼそりとそう言った。
「え?」
司は目を丸め、夏子は冷めた表情で羽里を見る。
(そうか、四谷と同じようにその生徒も雨宮真美の異能の被害を受けたのかな)
司はそう理解した。おそらく自殺というのが死の巫女である雨宮の能力、ならばその被害が他の人たちにいっても不思議ではない。
(だが、そうなると雨宮真美は異能を制御できていないんじゃないか)
「それにね、その生徒はなんと四谷が担任してるクラスの生徒なのよ。しかも他にも二人の女子が昨晩から行方不明ってね。なんか事件に巻き込まれているとしか思えないね」
ふーっとタバコの煙を吐きながら羽里はそう言った。
行方不明の二人の女子、それは恐らく雨宮真美と谷川あゆみのことだろう。
司は谷川あゆみが夏子の異能により、傀儡となっていたことは知っていた。だが、どうやら谷川あゆみとの接続が突然切れた、と、夏子は言っていた。
一体何故そんなことが起きたのか司にはわからない。
そもそも夏子が異能を駆使し、死の巫女たちを目覚めさせ、何をしようとしているのか、それすらも知らない。だが、夏子の計画の障害になるようなものは、自分が排除せねばなるまいと司は思っていた。そのためにも、学園の様々な情報を手に入れる必要があるだろう。
「それで、学園側は何か掴んでいるのかしら、羽里先生」
夏子は閉じていた口を再び開いた。夏子としても自分の行動がどれだけ学園に漏れているかは気になるのだろう。
「いや、末端であるあたしに捜査状況なんてわからないよ。まあ、でも結構学園側も慌しい様子だし、けっこう腰据えて調査してるみたいだね」
「へえ」
夏子は目を細める。
どうやら学園側も動き出したようだ。だが、司には夏子が少しだけ不気味な笑みを浮かべているのを見て、これも計画通りだとでも言いたげであるのを見過ごさなかった。
「さて、と」
羽里は再び灰ガラを捨て、席を立つ。
「一服したし、あたしはちょっと出るよ。もうここでああいうことするんじゃないぞ若僧たちよ」
羽里は人差し指をびしっと突き出し、司たちに言い聞かせるようにして、保健室から出て行こうとする。
「は、はい先生」
素直に頷く司と対照的に、
「うふふ。ここじゃなければいいのね」
夏子はそう怪しげに笑った。
※
かつかつとハイヒールを鳴らしながら、保健室を出た羽里由宇は廊下を歩いていた。
(さてさて、なんだか慌しい事件が起こってるわね)
同じ日に教師とそのクラスメイトが自殺し、さらに二人が行方不明となるということは、異常である。なんらかの事件に巻き込まれたと考えるのは普通であろう。
羽里はあくまでカウンセラーとして学園にいる。異能も持っていない彼女は、学園の重要な調査の結果などは知らされることはない。
しかし、彼女は普通ではなかった。
彼女の胸ポケットに入れられていた携帯電話が突然鳴り始めた。羽里はすぐに取り出し、電話を耳に当てる。
「もしもし」
「ハーイ。元気にしてたかしらマルカート」
羽里をマルカートと珍妙な名で呼んだ電話の相手は、若い女の声であった。
「なんだ、あんたかアンダンテ。私用の携帯に電話入れるなんて珍しいわね」
アンダンテと呼ばれた電話主は、少し笑って答える。
「ごめんごめん。ちょっと機関の電話使うの逐一手順がいるし面倒だもん。大した用事は無いしいいでしょ」
「用がないなら電話するなっつの」
「怒んないでよ。どうなの学園の生活は?」
「別に普通よ」
「可愛い男の子はいるかしら?」
「ああ、あんた好みなのが沢山いるよ。あたしは生徒に手を出すつもりは微塵もないけどね」
「へぇ。それは楽しそうね。それで、任務のほうは進んでるのかしら。メメント・モリ計画の被検体たちの監視はどうなの?」
「なんだ、結局仕事の話じゃないの。……まぁそうね。参ったことに被検体の一人の雨宮真美が行方不明よ。桜川夏子は未だにしっぽを見せないし。あまり好調とは言えないね」
「あらあらそれは大変ね。やはりマルカート一人じゃ難しいわね」
「そりゃそうよ。あたしはこんなの専門じゃないしね。誰かパートナーでも機関から送ってもらえないかね」
「ふふ、そう思ってもう既に改造人間を一体そっちに送っておいたわ」
「おおう、手際よすぎるわね。何企んでるのよ」
「別に、愛する友人にプレゼントよ」
「……まぁいいわ。それで、誰を送ってきたのよ」
「会えばわかるわよ。多分都市のカフェテラスにいると思うわ」
「わかったわ。行って来ればいいんでしょ」
羽里は電話を切り、まだ学校の授業は終わっていないのに、学園外のカフェテラスへ向かっていく。都市部は一般人も多いため、白衣さえ脱いでいれば紛れて教員だとはわからないだろう。
お洒落な外装のカフェテラスについた羽里は、きょろきょろとアンダンテの言っていた人物を探す。
「ったく、アンダンテの奴相手の名前も教えないでどう探せって――」
羽里はそうぼやいていたが、そこにいる人物を見て固まってしまった。
「よお、マルカート。いや、ここでは羽里先生って呼んだほうがいいのかな」
その人物は真っ赤なツナギ姿に、サンバイザーを被った金髪の青年であった。そしてさらに印象的なのは、アンプが繋がっていない真っ赤なエレキギター抱えているということである。あまりに珍妙なため、羽里は目を合わせたくはなかった。しかし、そういうわけにもいかないであろう。羽里はうんざりしたように頭に手を置いて溜息をついた。
#ref(挿絵 ディスコ.jpg,,,width=400)
「ディスコ。あんたその目立つ格好は止めなさいって言ってるでしょ」
「いいじゃないか。これで俺はモチベーションを上げてるんだからよ」
ディスコと呼ばれた男は、エレキギターをじゃあああんと鳴らし、得意げにしている。
彼は違法科学機関“オメガサークル”の改造人間である。
そして、双葉学園のカウンセラーを勤める羽里由宇も、オメガサークルの工作員の一人であった。
※
「そーくん大好き!」
そう言いながら抱きついてくる吾妻千晶《あづまちあき》を愛おしく思いながら、竹本宗司《たけもとそうじ》は平和な昼休みを過ごしていた。
中庭の芝生に千晶が作ってきた弁当を広げ、二人でつついていた。麗らかな春の日差しがとても気持ちいい。本当にこれこそが幸せで、この世に不幸な出来事なんて存在しないのではないかとさえ思える。
宗司はくっついてくる千晶の頭を優しく撫でてやる。
千晶は高校一年にしては小柄なほうで、その幼さを感じさせる体躯がまた愛らしさを強調させている。大きく綺麗な瞳に、ふわっとした少しウェーブのかかった栗色の髪から漂う太陽の匂いが、宗司の心を安らがせる。
(ああ、こんな可愛い彼女がいるなんて、本当に俺は幸せだ)
三年Y組の竹本宗司は平凡な少年であった。異能もなく、容姿は爽やかではあるが、特に突出したものはなく、学力も平均で、喧嘩だってしたこともない。
そんな彼が後輩の、一年Z組の吾妻千晶と付き合い始めたのはちょうど一ヶ月前だ。突然告白され、今まで女の子と遠の無かった宗司は、二つ返事で交際を始めた。
「ちーちゃん……俺も大好きだよ」
「えへへ。嬉しい!」
天使のような無邪気な笑顔をする千晶の頬を撫で、二人は甘いひと時を過ごしていた。
「そういえばそーくん。そーくんの担任の先生死んじゃったんだってね。怖いな……」
「ああ、四谷先生か。あの人よく相談に乗ってくれるいい先生だったんだけどなぁ。なんで自殺しちゃったんだろ。クラスメイトも何人か寮に戻ってきてないらしいし」
「ええ、なんか怖いね……」
「大丈夫だよ、何か事件が起こってるにしたって、俺がちーちゃんを護るからさ」
宗司はかっこつけてそう言った。すると、千晶は、
「本当? やっぱ大好きだよそーくん!」
と言いながらまた腕にしがみついてきた。
そう言いながらも、ほんの少しだけ宗司は不安を抱いていた。自分の担任が死に、クラスメイトが数名行方不明。何か妙なことが起きていることは間違いないだろう。
もし、その何かが千晶に牙を剥くことがあったとして、自分に一体何ができるであろうか。異能もなく、勇気だってあるとは言えない自分。無力な自分がどうやって彼女を護れるというのであろうか。
しかし、宗司は千晶の笑顔を決して曇らせたくはないと決意していた。
この幸福な日常を崩すことなんて絶対にさせない、と。
「さあ、お昼休みももうすぐ終わっちゃうし早く食べちゃおう」
「うん、そうだね――って、あれなんだろう?」
千晶は何かに気づいたのか、ふっと空を見上げている。
いや、見ているのは空ではない、校舎の屋上だ。
そこに、奇妙なことに五人の少年少女が屋上の柵の外に立っていた。
校舎は七階建てほどあるので、ここからではその人影は豆粒のようにも見えるが、それは間違いなく生徒たちであった。
「え、あれ何してるんだ?」
宗司もそれに気づく。それは実におかしな光景。みんなが柵の外に横一列に並んでいる。これは一体何をしているのだろうか。
「ちょ、ちょっとそーくんこれって……」
「う、嘘だろ……」
その瞬間、その五名の少年少女は、柵から手を離し、足を空に進め、そして、そして――
落下した。
こうして魔の一週間、後に悪夢の四月と呼ばれる一連の事件の幕が上がったのである。
Part.2へ続く
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