【X-link 1話 Part3】

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          X-link 1話【Beggining From Endless】part3   天地奏が双葉学園に入学してから、1週間が経過した。  その1週間で奏がどれだけの騒動を起こしたか、という事に関して音羽繋はもう思い出したくもない。  まずは自己紹介が終わって席についた時だ、奏は隣の席の鳶縞キリが気に入ったらしく、しつこくアプローチしていたが10分もしないうちに強烈な右ストレートを食らい、窓を突き破って飛んで行った。 「想像以上にとんでもない奴だ」鳶縞キリはそんな言葉を残し、翌日からは再び登校しなくなった。次に会うのはテスト期間だろうか。残念だ、もう少し話をしたかったのにと繋は思った。  そこからは、いちいち書く必要もないだろう。天地奏は様々な学園内の美女に声をかけては、その異能をぶつけられた。  奏が編入してから、数日の間は奏の『フルートができるイケメン』という表層的な情報を真に受けた女子生徒が興味本位で奏の元を訪れた。だが、大抵はしばらく話をすると狐に化かされたかのような顔をして奏の元を去って行った。    この1週間で天地奏の評価は『見た目と能力はともかく色々と残念な人』という方向でおおよそ固まった。女子生徒は一部の奇特な人間以外は恋愛対象どころか彼を珍獣と扱い、そのように付き合うようになった。むしろ人気が出たのは男子生徒に対してである。当初はその整った顔立ちとフルートといういかにも女性ウケが良さそうな楽器の演奏という点から男子生徒から快く思われていなかった。しかし奏が女子生徒に声をかけては盛大に吹っ飛ばされる様を見るにつれ『こちら側の人間』と捉えられるようになり、この学園の男子生徒にはすぐに馴染んでいったのである。  音羽繋は奏の世話係として彼が何か騒ぎを起こすたびに場所を問わずに駆けつけ、そして実力を持って奏を沈黙させた。その度に様々体術を使用して奏を黙らせたために繋自身もいつの間にやら『99の技を持つ女』との呼称が付き、本人の望みとは関係なく奏と同様に学園で名が知られるようになった。それと同時に奏とは逆に異性のファンが増えたのだが、これは本人は知らない事である。    そして今日、繋や奏ら双葉学園高等部2−Aのメンバーは実技演習として双葉学園からほど近くにある山の中腹の草原に来ていた。もっとも、実技演習といっても異能者と一般生徒では話にならないので、今回演習に来ているのは本当の一般生徒や繋のような未発現者のみである。 「あーあ、一体なんの意味があるのかしらね、この演習」  演習は引率の体育教師が学園に呼ばれていなくなったために、途中から自習となっていた。真面目に組み手などの訓練をする生徒を見ながら繋は草原の隅で体育座りをしている。彼女はあまり熱心な生徒とは言えなかった。 「またまた、何言っちゃってるのよ『99の技を持つ女』がさ。何か新しい技ないの?」横にいた千香が答える。 「やめてよ、本当に迷惑してるんだからさ、それ。だいたいあたしのキャラじゃないんだよね、そういうの」 「え〜、そんな事ないよ。昔の音羽ちゃんは、もっと、なんというか………」  千香の言う通り、繋はかつては今よりも活発で、目立つ生徒だった。誰よりも熱心に今日のような演習に取り組んでいたし、クラス委員をやるようなリーダーシップを持ち、周囲を引っ張って行くような人間であった。奏に炸裂した数々の技も、それを可能にする身体能力も中学時代に真面目に演習に取り組んでいたが故である。また、彼女はかつては個人的に武道の師範に師事したこともあった。もっとも、こちらは師範がふらりと消えてそれきりだったのだが。  何故、繋が現在のように活発さを失ったかと言えば、それはやはり彼女の異能が目覚めなかった事が原因である。中学の頃は自らの異能の発現と、その異能を用いて人々を救うという理想を持っていた。しかしながら、何年たっても繋の異能は目覚めなかった。次第に彼女の活発さや、やる気はなりを潜め、コンプレックスを隠すように無気力な今の彼女を形成していったのである。かつての彼女を知る千香としては多少歯がゆいものがあった。   「ま、いいじゃないそんな話はさ」繋は話題を変えようと試みる。 「そう?そういえば、天地君は?なんかやけに静かじゃない」 「微妙に話題が変わってない気がするんだけど……。あの馬鹿ならそこらへんで寝てるわよ」そう言うと繋は草原の中心を指差した。  千香が、繋が指を指す方向に目をやると、確かにそこには奏が横になって安らかな寝息を立てていた。脇には大事そうにフルートを抱えている。  記憶喪失のせいかどうかはわからないが、好奇心の固まりのような奏はここに来た当初は目を輝かせ、あちこちを見回していた。演習の方も初めてだったので最初は熱心に取り組んでいた。  しかし、それも長くは続かなかった。  演習にかこつけて彼を痛めつけてやろうと素行の悪い生徒が一方的に絡んできたのである。奏は気にした様子もなく「遊んであげようお坊ちゃん」などと言い、その挑発を受け組み手がはじまった。猛然と襲いかかる相手に対して、奏は突進をひらりとかわすとハイキックを側頭部に決め一撃で沈めてしまった。  普段、女性に一方的にやられているイメージしかない奏に似つかわしくない強さにクラスは言葉を失った。その後、呆然とする周囲をよそに奏は「この天才に演習なぞ不要だ!」と言うと、草原のど真ん中で横になり、寝てしまった。 「本当だ、どうりで静かだと思った。ああしてると普通にカッコイイのにね」 「天地の馬鹿が?まあ、否定はしないけどね」  確かに、静かに寝ている奏の姿は絵になるといってもよいものだった。  繋は奏から目を離し、あたりを見回してみる。しばらくは真面目に演習していた生徒達もさすがに飽きたのか、皆帰ってしまった。今この場にいるのは繋と奏と千香、そして菅誠司だけだった。しかも誠司は唯一人、真面目に演習(一人なので演習というものでは最早無いが)している。化粧っ気がまるでなく、髪もボサボサな彼女はクラスでも変人扱いされ、多少浮いた存在であった。繋もあまり彼女と話をした記憶はない。  この間、奏が「君は磨けば光る原石だ!俺がその原石を磨いてやろう」などと言って絡んだ時の事である。繋が『ライダースティング(繋のファンAが命名)』と呼ばれるパンチを的確に、そして抉り込むように奏の鳩尾に叩き込み、彼を昏倒させた時に少し喋った時に随分久しぶりだと感じたほどだ。  このように、繋は普段殆ど菅誠司と関わることは無かったが、繋は菅誠司にある種の憧憬を抱いていた。菅誠司もまた、繋と同じく異能力が発現していない。しかしながら、彼女は繋のように腐る事も無く努力を続けた。今もこのクラスの中で唯一、愚直なまでに演習を続けている。そればかりか彼女はレスキュー部なるものを立ち上げ、そちらの活動に精を出しているらしい。レスキュー部というものは繋には正直に言って理解は出来なかったが、打ち込むものが有るという事は心の底から羨ましかった。  自分もいい加減、異能の発現などという事は諦めて、何か新しく打ち込むべきものを探す時が来たのかもしれない。  繋がそう考えた時だった。  不意に、景色が歪んだ気がした、そして紫色に染まったように見えた。一瞬の出来事だったが違和感を覚えた繋は目をこすりながら周囲に目を凝らす。誠司も千香も同じらしい困惑しているように見える。穏やかな寝息をたてている男はそのままだったが。    次の瞬間、繋達の周りの空間が突然歪む。そしてラルヴァが出現した。 「きゃああああ!」  千香が悲鳴をあげる。彼女はラルヴァと闘った事は無い、それどころか本物のラルヴァと遭遇した事すらなかった。これは繋も同じだった。彼女達のような戦闘力や戦闘補助の異能も持たない生徒は基本的に戦闘に参加する事も無い。ラルヴァと戦うために全国に派遣される生徒がいる一方で彼女達のようにラルヴァを見た事もない生徒もいるのである。 「なんでここにラルヴァがいるの?双葉区は結界が張られてるんじゃなかったの!?」千香が悲鳴を上げる。 「そんなの私にもわからないわよ!」  繋にとっても初めて見るラルヴァは恐怖そのものだった。まともに思考する事すらままならない。 「とにかく助けを呼ばないと」  繋は混乱する頭で生徒手帳を取り出し、クラスメイトに電話をかける。しかし電話はつながらなかった。慌てて別の人間に電話をかけたが、誰にかけても電話が通じる事はなかった。 「電話が繋がらない……」 「どうしてだろう、こっちもつながらないよ」  千香のほうも同様であった。助けを呼べないということだろうか。  二人は慌てて菅誠司に駆け寄るが、彼女も黙って首を振った。どうやら彼女の生徒手帳も通信ができないらしい。  助けを求めるようにこちらに駆け寄る繋と千香とは違い、菅誠司は冷静だった。誠司は冷静に現在の状況を分析する。  生徒手帳が使えない以上、通信をして助けを呼ぶ事はできない。何か燃やすものがあれば狼煙をあげて助けを呼ぶ事もできるかもしれないが、彼女はライターの類を持っていなかった。繋と千香もそのようだ。  助けを呼べない以上はどうにかして、ここを切り抜けなければならない。まずは実力をもってラルヴァを排除するという事だが、これは不可能だろう。今、誠司達を取り囲んでいるラルヴァはおよそ40〜50匹の小鬼である。このラルヴァと誠司は交戦経験があり、その実力は把握している。小鬼は決して強いラルヴァではなく、数が少なければ誠司でも十分に戦える下級ラルヴァだが、ここまで数が多いと対処しきれないだろう。誠司以外にも繋と奏は戦力として期待できるが、千香を庇いながらとなるとこの人数では厳しい。  そうなると手段は一つ。逃げるしか無い。幸いな事に、誠司達を包囲する小鬼達は一斉に襲いかかってくる気配はない。まるでこちらの恐怖を煽るかのようにじわりじわりと、ゆっくり距離を近づけてくるのみだ。恐らくまだ数分の猶予はある。山の麓側のラルヴァに突撃し、その包囲を突破し、そして後は麓に向かって全力で逃げる。包囲を破るだけならば恐らく5、6匹の小鬼を倒すだけで事足りるはずだ。誠司と繋、そして奏が力を合わせればどうにかできない事ではないだろう。  その為には、繋に落ち着きを取り戻してもらわなければならない。 「落ち着いて二人とも、狼狽えてても何も変わらないよ」 「でも、助けも呼べないし、一体どうしたら……」 「皆で力を合わせて包囲を突破するんだ。麓まで逃げれば必ず助けを呼べるから」 「包囲を突破するって、ラルヴァと戦うの!?無理だよそんなの」 「無理じゃない、あのラルヴァは小鬼、下級ラルヴァなんだ。わたしは前に戦ったこともある」 「私たち、ラルヴァと戦った事なんてないんだよ!?」 「でも千香、菅さんの言う通りだよ。助けを呼べない以上、ここでじっとしてても……」  しばらく俯いていた繋も、誠司に賛成した。 「それはそうだけど……」 「大丈夫、音羽さんと天地の力なら奴と十分に戦えるはずだ。なんとかなるよ」 「そうだよ。頑張ろう、千香は私が守るから」  力強く繋は言い切った。千香はそこにかつての彼女の姿を見た気がした。常に回りを引っぱり、希望を振りまいていた頃の彼女の姿を。 「うん、わかった。やってみよう、二人とも。足手まといになるかもしれないけど………」 「二人は失言だぞ千香君!」  突如として奏が声を上げた。いつの間に起きたのだろうかコイツは。あぜんとする3人を意に介する事も無い奏だ。 「で、誠司君。武器は何かあるか?」 「武器?ああ、棍と警棒が………」 「では、警棒を貸してもらえるかな?棍は知らん」 「あんた武器持ってなかったのか?」誠司は驚きを隠せない。誠司君などと馴れ馴れしく呼ぶ事にまで気が回らない。 「ああ、その通りだ」  全く悪びれずに言うと奏は誠司から警棒を受け取った。ポン、ポンと何度か軽く警棒で手のひらを軽く叩き、奏は警棒の感触を確かめる。 「やるべき事は理解している。諸君、この天才の後に続け!」  言うや否や、奏は山の麓側のラルヴァの一角に向かって走って行く。周囲は呆気にとられるより他無い。 「しょうがないみんな、行くよ!」  声を上げ、誠司も渋々その後に続く。繋も誠司が動き出したのを見て駆け出した。つられて千香も駆け出す。最早議論している場合ではない。  走りながら誠司は考える。天地奏の行動は理解に苦しむが、包囲が狭まってきている事を考えれば早めに動くに越した事は無かった。悪いタイミングではなかったかもしれない。  そして先頭を走る奏がまず交戦を開始した。走る勢いのままに近くの小鬼に飛びかかり、警棒を振り下ろす。避ける間もなくその小鬼の頭部に警棒は直撃する。小鬼の頭がひしゃげ、そして消えた。  ラルヴァを一体倒した。この事実は繋と千香に大きな希望を与えた。自分たちでもなんとかなるという言葉が現実を帯びてきたからである。誠司は2人の様子を見てひとまず安堵すると、自らも棍を構え、小鬼に切り込んでいった。           *  同時刻、水分理緒は醒徒会室にいた。今しがたまで執行部役員で会議をしていたために、他のメンバーもそこにいる。  最も、醒徒会長・藤御門御鈴は退屈だと言って相棒の白虎とともに醒徒会室を飛び出していたが。 「ところで、天地奏の様子はどうだ?」エヌRルールが理緒に話しかけてきた。 「どうって、あなたも噂は聞いてるいるでしょう?噂通りですよ」理緒は答える。 「そうじゃない、奴の異能の事だ。天地奏は何か尻尾を出したか?」 「尻尾って……。いえ、天地さんが異能を発現したという事はありません。何かひっかかることでも?」 「いや、具体的に何かがあるというわけではないのだが。君はこの間、天地奏がここで演奏をした際に、何か感じなかったか?」 「素晴らしい演奏だとは思いましたけど………」 「そうじゃない。奴の演奏を聞いた後、魂源力が活性化したとは思わないか?」  エヌRルールが気になっていた点はここである。彼は確かに奏の演奏を聞いた時から、自分の魂源力が活性化するのを感じた。 「俺もなんとなくは感じたけどよ、音楽を聞くと気分が高揚するとか、そういうやつだろ?」横から龍河弾が話に入る。 「ああ、確かにそうかもしれないがな。だが、会長も『あそこまでやる気はなかったのだ』と言っていた。そこがひっかかる」 「そういう異能なら別にいいじゃねーか、こっちの魂源力を活性化させるなんざ大歓迎だぜ」  能天気に言う龍河を見てルールは押し黙る。確かに彼の言う通り、単純に音楽の効用で魂源力が活性化したのかもしれない。さらに、もし天地奏の異能によるものだったとしても、それは自分達や学園にとってメリットが大きいものだ。特に問題はない。  しかし、ルールにはもう一つ気になる事があった。それは奏の持つフルートである。聞いた限りでは、奏の持つフルートは奏とともに流されてきたものらしい。海水にたっぷりと浸かったはずなのに、あのフルートは不具合もないようだ。明らかにおかしい。超科学の産物なのかもしれない、とルールは考えている。  ルールの話を聞いて、理緒も天地奏について考えていた時だった。彼女のスカートで生徒手帳が電話の着信を知らせる音を鳴らした。相手はクラスメイトの一人である。 「もしもし、どうかしたんですか?」 「大した事じゃないかもしれないんだけどさ、演習に行った中で4人が未だに帰って来ないんだよね」 「そうですか、4人というと?」 「菅さんと、音羽に鈴木、あと天地かな。面子が面子だけに一緒にさぼってるとも考えづらいし」  確かにその通りだ。あの菅誠司が他3人と授業をサボって遊びに行くなどとは考えづらい。 「確かに……。引率の先生は?」 「先生は途中で呼び出されて学園に戻ってきてるのよ。で、自習になってたんだって」 「自習ですか………」 「でね、の生徒手帳に電話してみたんだけどさ、全員繋がらないんだよね。おかしくない?」 「それは確かに……」  確かに、4人全員に電話が通じないという事はおかしい。考え難いことである。以前、今日演習が行われている場所に水分も行った事が有ったが、圏外ではなかったと記憶している。 「わかりました。私がそこに行ってみますね」 「そう?じゃあお願いね」  水分はクラスメイトの電話を受けて電話を切った。 「どうしたんだよ、副会長」ただならぬ様子の理緒を見て金太郎が話しかけてきた。 「私のクラスの数人が、急に連絡が取れなくなったそうなんです」 「急に?」 「はい、誰の生徒手帳にも連絡が取れないそうです」  水分は急ぐ為に、あえて誰が連絡をとれないか。具体的には天地奏に連絡が取れないことはあえて言わないでおいた。 「全員となると穏やかじゃないな………」龍河が答える。 「はい、そう言う事ですので私は様子を見てきますね」  醒徒会執行部のメンバーにそう告げると、逸る気持ちを抑えつつ水分理緒は醒徒会室を飛び出した。           *  戦闘開始から20分が経過した。誠司はもちろんだが、奏と繋も千香をかばいながらよく戦い、包囲を突破しつつあった。 「ギヒャアッ」  誠司が棍を脳天に叩き込むと、断末魔の声をあげて小鬼が消える。この小鬼を倒したことで包囲の一部が破られた。  これは間違いなくチャンスだ。というよりも、今しかチャンスはないだろう。 「包囲が破れた!今だよ一気に駆け抜けるんだ!」  横にいる小鬼を押さえ込みながら誠司が叫ぶ。  誠司の呼びかけに応じて3人はうなずくと誠司の横を駆け抜けようとする。    その時だった。走る繋の後ろから小鬼が飛びかかるのが誠司の目に映った。 「まずい、音羽さん!」  誠司が叫ぶのに応じて、奏が駆け出す。繋も振り返るが間に合わない。 「きゃあああ!」  叫ぶ繋。誠司は目の前が真っ暗になる感覚になる。自分の判断が間違っていたのか。  しかし、繋には怪我はなかった。  繋の脇にいた千香がとっさに庇ったからだ。  繋と小鬼の前に立ちふさがった千香の背中に小鬼の爪が深々と刺さる  飛び散る鮮血。  悲鳴。  爪が抜かれると千香はゆっくりと倒れた。 「テメエ何しやがる!」  激昂した奏がバットを振るように千香を刺した小鬼を叩き、小鬼を吹き飛ばした。  繋が千香に駆け寄る。千香は背中から血を流しながら、ピクリとも動かない。 「千香、千香、しっかりしてよ!」  繋が千香を抱き起こす。 「ごめんね、音羽ちゃん。結局足手まといになったちゃった」 「何言ってるのよ。私を庇って……」  千香は微笑んでみせたものの、力ないものだった。  千香の様子を見て誠司は焦燥する。包囲を突破したらあとは山の麓まで全力で逃げる筈だった。小鬼の足ならば、追いつかれる事はないはずだ。しかし、今の千香に走れるはずもない。千香を背負って走っても必ず追いつかれてしまうだろう。だからといって千香を見捨てて行くなどという選択はありえない。  誠司は歯がみした。あの時点ではこの選択肢しか考えられなかったが、自分の考えが甘かったのではないか。もっと他の選択肢があったのでは……。 「何を考えているのかな?誠司君」 「何ってあんた、状況がわかっているのかい?」 「わかっているさ。この天才がわからないはずがないだろう」 「だったら………」 「選択肢は一つしか無いな」 「どういうことだい?」 「おや、わからないのか?俺がココに残って奴らをぶちのめす。その間に君たちは千香君を背負って逃げる、と。完璧なプランだろ?」 「何を言っているんだあんたは!」  誠司は声を荒げた。冗談ではない。確かに奏の言ったプランならば千香は助かるだろうが、奏は確実に死ぬ。いかに奏が強いといっても、あくまで未能力者としては、である。 残る10匹以上の小鬼の相手をできるわけがない。しかも彼もここまでの戦いでいくつか怪我をし、肩で息をしている。体力も余り残っていないだろう。みすみす奏を見殺しにするようなもである。誠司には到底承服できるものではない。 「ほう、では他にどんなプランがあるのかな?奴らが迫って来てるぞ?」  奏の言う通り、麓と反対側の小鬼達がこちらに迫っている。議論をしている余裕はないことは確かだ。しかし……。 「プランならもう一つあるわよ」  繋が凛とした声をあげる。千香の傷口に簡単な止血処理をし、彼女を抱きかかえながら決意を秘めた瞳で繋は奏と誠司を見据える。 「ほう、何かいい案があるのかなお嬢ちゃん。聞かせてもらおうじゃないか?」 「概ねあんたの言う通りだけどね。私も残るわよ」 「何を言っているんだあんたまで!」 「おかしい?1人ならともかく、2人ならなんとかなるかもよ?」 「そんな。だったら私が………」 「それは無理。私ちょっと足を怪我してるから千香を抱えてあんまり速く走れそうにないんだよね」 そう言うと、繋は唇の端をあげて笑う。その決意は固い。 「だからって、天地も何か言いなよ」 「そうか。決意は固いんだな?」 「もちろん」 「これ以上何を言っても無駄なのかな?」 「もちろん」  奏は黙り込み、じっと繋の瞳を覗き込んだ。繋も目線をそらす事なく、真っすぐに見返す。奏は一瞬目をつむり息を吐いた。 「わかった、2人でなんとかしよう。なんとかなるはずだ」 「そんな馬鹿なことを!」 「馬鹿じゃないってちゃんと生き残るからさ、千香をお願いね菅さん」 「そうだな、誠司君。いくらでも時間は稼いであげるから、せいぜい急いでくれたまへ」 「やっぱりおかしいよ、2人を置いて行くくらいならわたしが………」 「それはないだろう、レスキュー部。千香君をレスキューするのが君の本分てもんだろう?」奏はそう言うとニヤリと笑った。 「そうそう、千香をよろしくね。ついでに助けを呼ぶのもよろしく」繋も状況に似つかわしくない晴れやかな笑顔で言った。 「あんたたち………」 誠司はそれだけ言うと、黙り込む。数秒顔を俯けて考えていたが、顔を上げる。 「わかった、わたしが必ず鈴木さんを助けて、助けを呼んでくる。だからそれまで死ぬんじゃないよ」 誠司がそう言う。三人の心がひとつになる。そのとき、不意に繋と奏と誠司、三人の身体が光った。 「なんだこれは?」 奏が言う。何が光ったのか、何が光ったのかは全くわからないが、とにかく身体から力が湧いてくる感じがする。 「なんだいこれは?力が湧いてくるような……」どうやら誠司も同じらしい。 「2人ともどうしたの?私は何も………」 繋だけは別だったようだが、奏にも誠司にも力がみなぎる。闘志がふつふつと湧いてくるのを感じる。 「まあいいだろう。とにかく行くよ」 誠司は千香を受け取り、しっかりと背負う。 「うん、なるべく早く助け呼んでね。私たちも頑張るけどさ」 「ああ、千香君をしっかりとレスキューするんだ。あいつらは俺が爆裂的に鎮圧してやるからな」 相変わらず減らず口を叩く奏だったが、その減らず口が今は妙に頼もしく見える。 「ああ、とにかく私もなるべく早く助けを呼んでくる。それまで無事でいてよ」 三人は力強くうなずき合う。 「音羽ちゃん。ごめんね、私のせいで」千香は誠司の背中から弱々しく言う。 「何言ってるのよ、謝るのは私のほうだって。とにかく、千香の事は菅さんがなんとかしてくれるから安心して」 「音羽ちゃん、絶対死なないでね」 「うん、死なないよ。こないだ生きそびれたカラオケにも行かないとね」 「色々言いたい事はあるだろうけど、そろそろ行くよ」  誠司が口を挟む。確かにすぐそこまで小鬼が迫っている。猶予はない。 「じゃあまた後でね、千香。菅さん、千香よろしくね」 「ああ、わかってるよ。必ず助ける。私はレスキュー部の部長だからね」誠司は笑った。その笑顔は非常に魅力的なものに繋には見えた。 「まったく、この俺を差し置いて盛り上がるなよな」  奏がそう言うと誠司と繋が吹き出した。全く緊張感の無い奴だ。  そして、誠司は麓を向き、繋と奏は小鬼達に相対した。 「行くよ!」 「叩きのめしてやろう、雑魚どもめ」 「2人とも無理しないでよ!」 そして3人は走り出した。           *  菅誠司と鈴木千香と別れてから数分が経過した。  残った繋と奏は残された力を振り絞り戦い続けていた。しかし、小鬼の残りはおおよそ25匹。満身創痍の2人には絶望的な数と言えるだろう。 「ねえ、あんた何匹くらい倒した?」  およそ百メートル先の小鬼達を見据えながら繋が言う。腕や足についた傷が痛々しい。 「さあな、いっぱいだ。」  奏の方も体操服は既にボロボロで、体中に痣や切り傷ができている。体力も最早限界といった風である。 「残りはあと25くらい……かな。せっかくだから勝負しない?」 「勝負?」 「そう、どっちが多く残りの小鬼を倒せるか。負けた方が明日のお昼オゴリね」 「面白いじゃないか。ちなみにこの天才様の舌はあまり安いものはうけつけないぞ」 「何もう買った気でいるのよ。……まあいいわ、勝負だからね」 「ああいだろうお嬢ちゃん、無理しない範囲でせいぜい頑張れよ。辛くなったら俺の後ろで休んでいてもいいんだぞ?」 「誰がそんなこと」  相変わらずやたらと偉そうな発言だが、まさかこいつは自分の事を気遣っているのだろうか。思わず笑みが漏れる。今となってはこの減らず口がやけに頼もしく思えた。この状況で心が折れずにいるのはそのおかげだと言ってもいい。繋にとっては不愉快でしかたのなかった奏だが、今は彼に友情とも似つかぬものを感じていた。  呼吸を整えて、手で自分の頬を軽く叩き、気合を入れる。こんな時だというに、やけに気分が高揚している事が可笑しかった。久しく感じていないものを感じているような気がする、と繋は思う。  さあ行こうか、と繋が正面を見据えたその時だった。    再び空間が歪んだ。今度は小鬼と繋達の間、約10メートルといったところか。  繋は緊張する。確かに、小鬼達の出現の仕方を思えば増援があらわれてもおかしくはない。自分の考えが甘かった。  繋の絶望とは裏腹に歪みの向こうから現れたのはたった1体の泥人形だった。 「まずいな、新手か………。なあお嬢ちゃん、あの新しいお客さんの事知ってるか?」 「あれは泥人形。下級もいいとこよ」  泥人形、下級C−2。泥に包まれた下級のラルヴァで、知能も低く鈍重で特殊な能力も無い。捕獲されたものが生徒の練習相手に使われるレベルの、はっきり言って雑魚だ。 「なんであんなの1匹だけ出たのかはわからないけど、問題無いよ。動きも鈍重だし、殴る以外に何もできないし……」 「危ない、お嬢ちゃん!」  繋の話を遮り、奏が彼女を突き飛ばす。  いきなり突き飛ばされた繋は1メートルほど飛び、尻餅をついた。何故いきなりこんな事をされたのか。訳がわからない。  しかし、彼女がいた場所を泥人形が凄まじい早さで通りすぎるのを見て、理解した。  泥人形が突進してきたのだ。しかも数メートルを一瞬で通過するほどの速さで。 「ただの泥人形じゃないの………?」  泥人形が、あんなに俊敏な動きをするわけがない。そんなことはありえないはずだ。繋の頭は混乱する。  そうだ、自分をとっさにかばった奏はいったいどうしたのだろうか。姿が見えない。  奏は繋を突き飛ばしたおかげで、泥人形の突進をまともに受けてし吹っ飛ばされてしまった。  頭から地面に叩き付けられ、微動だにしない。 「天地!しっかりして天地!………奏!」  繋は奏に駆け寄ろうとする。また自分を庇って誰かが築いてしまった。繋の頭は後悔でいっぱいだった。その繋の腕を掴んで、彼女の動きを止めるものがいた。  泥人形だ。 「ニガサンゾ。マズハオマエカラ殺シテヤロウ、女」  そう言うと泥人形は掴んだ繋の腕を引っ張り、地面に叩き付ける。さらに左腕で彼女の首を掴み持ち上げた。元より軽い彼女の体は簡単に持ち上がる。 「ガハッ………」  繋は首を掴まれもはや声もでない。必死に泥人形の腕を引きはがそうとするが、びくともしない。泥人形が喋った事も知能があるような事を言うのもあり得ない事だったがそこまで考える余裕も無い。泥人形は手に力をこめ、彼女の首をじわりじわりと締め上げる。まるで繋が苦しむのを楽しんでいるような動き。  さらに、近づいてくる小鬼を静止すると、泥人形は右手を握る。すると泥人形の右腕が炎につつまれた。泥人形特有の悪臭と、右腕が焼ける嫌な音があたりをつつむ。 「今、楽ニシテヤルゾ、女」  そう言うと、泥人形は右腕を振りかぶる。泥人形に思い切り頭部を殴られたら、恐らく繋はひとたまりもないだろう。繋はぎゅっと目を閉じる。  目を閉じると色んな顔が浮かんで来た。  千香の顔、誠司の顔そして学園生活で出会った様々な顔。  自分を育ててくれた養父母。  そして、幼い頃に亡くした父と母。  もう助からないと思い、繋は覚悟を決めた。  しかし、繋の予感は外れた。 「ふざけた事してんじゃねーぞこの腐れ人形!」  という声が聞こえたかと思うと、急に首を絞めていた腕が解かれた。繋は地面に尻餅をつく。目をあけると、彼女の首を締め上げていた泥人形の腕に警棒が突き刺さっていた。  先ほどの声も、警棒を投げつけたのも、言うまでもなく奏だ。  繋は現状を認識すると、慌てて奏に駆け寄って行く。繋が自分の脇に来たのを確認して、目が合うと奏はニヤリと笑った。 「ありがとう、助かった。でも武器も無くしちゃって………」 「いや、武器はもう必要ない。後で誠司君に怒られるかもしれないが、それはそれだ」 「武器が必要ないってどういうことよ」 「言った通りだ、必要なくなった」 「どうしたの?諦めちゃったの?」 「ばか言うな、この天才の辞書に諦めなんてものはない。他に武器があったんだ」 「武器?」 「これだ」  そう言って奏が取り出したのはいつもの彼のフルートだ。あまりの状況にどうにかしてしまったのだろうか。 「ちょっとあんたそれで殴る気?」 「楽器を武器にする訳がないだろう」 「じゃあ………」 「いいから下がってるんだ。さっき頭をぶつけた時になんとなくは思い出した。でもなんとなくだ。どうなるのかは今イチわからん」  いつになく真剣な面持ちの奏に繋は気圧され、大人しく彼の背後にまわる。それを確認すると奏はフルートを吹く訳でもなく、数個のレバーを操作する。  するとフルートが光を放ち始めた。ぼんやりと、まるで蛍のように光っている。  次に奏はフルートに口をつけ、目を閉じると息を大きく吸い込んだ。  輝きを放つフルートに口をつけ、奏が演奏を始めると今度は奏のまわりが光を放ち始めた。いや、奏のまわりに小さな光の粒が浮かんでいると言った方が正しいのかもしれない。繋はその光を粒を知っているような気がした。ただの光とは違う、魂のかがやき。  (まさか、魂源力?でもそんなはずは………) 魂源力が見える筈はない。だがこの輝きを見ると、何故か天地奏という人間の魂に触れた感じを覚えたし、自分の魂源力が豊かになるような気がした。 <<taransformation sequence start. GOD SPEED YOU>> 「キサマ、何ヲヤッテイル!?」  奏の異変に気がつき泥人形が声を荒げ、その行動を止めようと再び突進をしかけた。  (まずい!)  繋はそう思うのと同時に、泥人形の行動を阻むべく奏の前にでようとする。  しかしそれは杞憂だった。  泥人形が奏に近づいたその瞬間、ぼんやりと輝いていた奏のまわりを囲んでいた光の玉が今度は一斉にまばゆい光を放ったのだ。フラッシュグレネードが炸裂したような、凄まじいまでの光に、繋は視界を奪われた。  そして、繋の視界が元に戻った時、まばゆい光の中から白い鎧を身にまとった戦士が現れた。 <<taransformation sequence compleat. R.I.X standing by>>  光の中から現れた戦士は、白く輝く甲冑のを着込んでいるかのように見えた。特徴的なのはその頭部で金色の角と赤い目が異彩を放つ。さらに腰から胸の部分、さらに左右それぞれの前腕部にフルートのボタンやレバーをかたどったような装飾があるのが目を引いた。 「まさか、奏………?」 「ああそうだ、君の知ってる天地奏サマだぞ」  その白い戦士から、似つかわしくない見知った声がした。いつもこの男には驚かされてばかりだが、今回はその中でも最上級だ。 「ちょっと奏、どうしたのよそれ。あなたの異能なの?」 「それはわからん。あと、こいつの名前は『それ』じゃない。こいつの名前は………えーと………RIX?アールアイエックス………いや違う、『アールイクス』だ」 「そんな事を聞いてるんじゃなくて、どうしたのよそれ」 「ああ、さっき人形に飛ばされて頭打った時にな、なんか思い出したんだよ。こいつ………『アールイクス』が使えるってな」  限りなく胡散臭かったいと思った繋の視界に先ほど光に吹き飛ばされた泥人形が立ち上がるのが見えた。 「ナンだコレハ。光二吹キ飛バサレタトデモ言ウノカ!?」  混乱した様子の泥人形だが、体勢を立て直すと奏に目を向ける。 「ナンダキサマハ!オマエハ一体何者ナンダ?」 「知りたいのならば教えてやろう!俺の名前は天地奏!天と地に俺を音を奏でる男!そしてまたの名をアールイクス!」  奏は待ってましたとばかりにノリノリで答える。 「フザケルナ………フザケルナ!スグニ壊シテヤルゾ『アールイクス』!」  泥人形は激昂し声を荒げると、背後の小鬼達にも指示をだし、奏に向かって走り出した。 「壊してやるのはこっちの台詞だ腐れ人形!人形の分際でふざけた真似しやがって………何が『女から殺してやろう』だこの焼き人形!」  自分に向かって殺到するラルヴァの集団に全く怯む事なく言い返すと、奏はビシッ!と先頭の泥人形を指さした。 「お前の音<<ノイズ>>は耳障りだ!」  高らかに奏が言い放つ。  そして戦いが始まった。 part4に続きます ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
          X-link 1話【Beggining From Endless】part3   天地奏が双葉学園に入学してから、1週間が経過した。  その1週間で奏がどれだけの騒動を起こしたか、という事に関して音羽繋はもう思い出したくもない。  まずは自己紹介が終わって席についた時だ、奏は隣の席の鳶縞キリが気に入ったらしく、しつこくアプローチしていたが10分もしないうちに強烈な右ストレートを食らい、窓を突き破って飛んで行った。 「想像以上にとんでもない奴だ」鳶縞キリはそんな言葉を残し、翌日からは再び登校しなくなった。次に会うのはテスト期間だろうか。残念だ、もう少し話をしたかったのにと繋は思った。  そこからは、いちいち書く必要もないだろう。天地奏は様々な学園内の美女に声をかけては、その異能をぶつけられた。  奏が編入してから、数日の間は奏の『フルートができるイケメン』という表層的な情報を真に受けた女子生徒が興味本位で奏の元を訪れた。だが、大抵はしばらく話をすると狐に化かされたかのような顔をして奏の元を去って行った。    この1週間で天地奏の評価は『見た目と能力はともかく色々と残念な人』という方向でおおよそ固まった。女子生徒は一部の奇特な人間以外は恋愛対象どころか彼を珍獣と扱い、そのように付き合うようになった。むしろ人気が出たのは男子生徒に対してである。当初はその整った顔立ちとフルートといういかにも女性ウケが良さそうな楽器の演奏という点から男子生徒から快く思われていなかった。しかし奏が女子生徒に声をかけては盛大に吹っ飛ばされる様を見るにつれ『こちら側の人間』と捉えられるようになり、この学園の男子生徒にはすぐに馴染んでいったのである。  音羽繋は奏の世話係として彼が何か騒ぎを起こすたびに場所を問わずに駆けつけ、そして実力を持って奏を沈黙させた。その度に様々体術を使用して奏を黙らせたために繋自身もいつの間にやら『99の技を持つ女』との呼称が付き、本人の望みとは関係なく奏と同様に学園で名が知られるようになった。それと同時に奏とは逆に異性のファンが増えたのだが、これは本人は知らない事である。    そして今日、繋や奏ら双葉学園高等部2−Aのメンバーは実技演習として双葉学園からほど近くにある山の中腹の草原に来ていた。もっとも、実技演習といっても異能者と一般生徒では話にならないので、今回演習に来ているのは本当の一般生徒や繋のような未発現者のみである。 「あーあ、一体なんの意味があるのかしらね、この演習」  演習は引率の体育教師が学園に呼ばれていなくなったために、途中から自習となっていた。真面目に組み手などの訓練をする生徒を見ながら繋は草原の隅で体育座りをしている。彼女はあまり熱心な生徒とは言えなかった。 「またまた、何言っちゃってるのよ『99の技を持つ女』がさ。何か新しい技ないの?」横にいた千香が答える。 「やめてよ、本当に迷惑してるんだからさ、それ。だいたいあたしのキャラじゃないんだよね、そういうの」 「え〜、そんな事ないよ。昔の音羽ちゃんは、もっと、なんというか………」  千香の言う通り、繋はかつては今よりも活発で、目立つ生徒だった。誰よりも熱心に今日のような演習に取り組んでいたし、クラス委員をやるようなリーダーシップを持ち、周囲を引っ張って行くような人間であった。奏に炸裂した数々の技も、それを可能にする身体能力も中学時代に真面目に演習に取り組んでいたが故である。また、彼女はかつては個人的に武道の師範に師事したこともあった。もっとも、こちらは師範がふらりと消えてそれきりだったのだが。  何故、繋が現在のように活発さを失ったかと言えば、それはやはり彼女の異能が目覚めなかった事が原因である。中学の頃は自らの異能の発現と、その異能を用いて人々を救うという理想を持っていた。しかしながら、何年たっても繋の異能は目覚めなかった。次第に彼女の活発さや、やる気はなりを潜め、コンプレックスを隠すように無気力な今の彼女を形成していったのである。かつての彼女を知る千香としては多少歯がゆいものがあった。   「ま、いいじゃないそんな話はさ」繋は話題を変えようと試みる。 「そう?そういえば、天地君は?なんかやけに静かじゃない」 「微妙に話題が変わってない気がするんだけど……。あの馬鹿ならそこらへんで寝てるわよ」そう言うと繋は草原の中心を指差した。  千香が、繋が指を指す方向に目をやると、確かにそこには奏が横になって安らかな寝息を立てていた。脇には大事そうにフルートを抱えている。  記憶喪失のせいかどうかはわからないが、好奇心の固まりのような奏はここに来た当初は目を輝かせ、あちこちを見回していた。演習の方も初めてだったので最初は熱心に取り組んでいた。  しかし、それも長くは続かなかった。  演習にかこつけて彼を痛めつけてやろうと素行の悪い生徒が一方的に絡んできたのである。奏は気にした様子もなく「遊んであげようお坊ちゃん」などと言い、その挑発を受け組み手がはじまった。猛然と襲いかかる相手に対して、奏は突進をひらりとかわすとハイキックを側頭部に決め一撃で沈めてしまった。  普段、女性に一方的にやられているイメージしかない奏に似つかわしくない強さにクラスは言葉を失った。その後、呆然とする周囲をよそに奏は「この天才に演習なぞ不要だ!」と言うと、草原のど真ん中で横になり、寝てしまった。 「本当だ、どうりで静かだと思った。ああしてると普通にカッコイイのにね」 「天地の馬鹿が?まあ、否定はしないけどね」  確かに、静かに寝ている奏の姿は絵になるといってもよいものだった。  繋は奏から目を離し、あたりを見回してみる。しばらくは真面目に演習していた生徒達もさすがに飽きたのか、皆帰ってしまった。今この場にいるのは繋と奏と千香、そして菅誠司だけだった。しかも誠司は唯一人、真面目に演習(一人なので演習というものでは最早無いが)している。化粧っ気がまるでなく、髪もボサボサな彼女はクラスでも変人扱いされ、多少浮いた存在であった。繋もあまり彼女と話をした記憶はない。  この間、奏が「君は磨けば光る原石だ!俺がその原石を磨いてやろう」などと言って絡んだ時の事である。繋が『ライダースティング(繋のファンAが命名)』と呼ばれるパンチを的確に、そして抉り込むように奏の鳩尾に叩き込み、彼を昏倒させた時に少し喋った時に随分久しぶりだと感じたほどだ。  このように、繋は普段殆ど菅誠司と関わることは無かったが、繋は菅誠司にある種の憧憬を抱いていた。菅誠司もまた、繋と同じく異能力が発現していない。しかしながら、彼女は繋のように腐る事も無く努力を続けた。今もこのクラスの中で唯一、愚直なまでに演習を続けている。そればかりか彼女はレスキュー部なるものを立ち上げ、そちらの活動に精を出しているらしい。レスキュー部というものは繋には正直に言って理解は出来なかったが、打ち込むものが有るという事は心の底から羨ましかった。  自分もいい加減、異能の発現などという事は諦めて、何か新しく打ち込むべきものを探す時が来たのかもしれない。  繋がそう考えた時だった。  不意に、景色が歪んだ気がした、そして紫色に染まったように見えた。一瞬の出来事だったが違和感を覚えた繋は目をこすりながら周囲に目を凝らす。誠司も千香も同じらしい困惑しているように見える。穏やかな寝息をたてている男はそのままだったが。    次の瞬間、繋達の周りの空間が突然歪む。そしてラルヴァが出現した。 「きゃああああ!」  千香が悲鳴をあげる。彼女はラルヴァと闘った事は無い、それどころか本物のラルヴァと遭遇した事すらなかった。これは繋も同じだった。彼女達のような戦闘力や戦闘補助の異能も持たない生徒は基本的に戦闘に参加する事も無い。ラルヴァと戦うために全国に派遣される生徒がいる一方で彼女達のようにラルヴァを見た事もない生徒もいるのである。 「なんでここにラルヴァがいるの?双葉区は結界が張られてるんじゃなかったの!?」千香が悲鳴を上げる。 「そんなの私にもわからないわよ!」  繋にとっても初めて見るラルヴァは恐怖そのものだった。まともに思考する事すらままならない。 「とにかく助けを呼ばないと」  繋は混乱する頭で生徒手帳を取り出し、クラスメイトに電話をかける。しかし電話はつながらなかった。慌てて別の人間に電話をかけたが、誰にかけても電話が通じる事はなかった。 「電話が繋がらない……」 「どうしてだろう、こっちもつながらないよ」  千香のほうも同様であった。助けを呼べないということだろうか。  二人は慌てて菅誠司に駆け寄るが、彼女も黙って首を振った。どうやら彼女の生徒手帳も通信ができないらしい。  助けを求めるようにこちらに駆け寄る繋と千香とは違い、菅誠司は冷静だった。誠司は冷静に現在の状況を分析する。  生徒手帳が使えない以上、通信をして助けを呼ぶ事はできない。何か燃やすものがあれば狼煙をあげて助けを呼ぶ事もできるかもしれないが、彼女はライターの類を持っていなかった。繋と千香もそのようだ。  助けを呼べない以上はどうにかして、ここを切り抜けなければならない。まずは実力をもってラルヴァを排除するという事だが、これは不可能だろう。今、誠司達を取り囲んでいるラルヴァはおよそ40〜50匹の小鬼である。このラルヴァと誠司は交戦経験があり、その実力は把握している。小鬼は決して強いラルヴァではなく、数が少なければ誠司でも十分に戦える下級ラルヴァだが、ここまで数が多いと対処しきれないだろう。誠司以外にも繋と奏は戦力として期待できるが、千香を庇いながらとなるとこの人数では厳しい。  そうなると手段は一つ。逃げるしか無い。幸いな事に、誠司達を包囲する小鬼達は一斉に襲いかかってくる気配はない。まるでこちらの恐怖を煽るかのようにじわりじわりと、ゆっくり距離を近づけてくるのみだ。恐らくまだ数分の猶予はある。山の麓側のラルヴァに突撃し、その包囲を突破し、そして後は麓に向かって全力で逃げる。包囲を破るだけならば恐らく5、6匹の小鬼を倒すだけで事足りるはずだ。誠司と繋、そして奏が力を合わせればどうにかできない事ではないだろう。  その為には、繋に落ち着きを取り戻してもらわなければならない。 「落ち着いて二人とも、狼狽えてても何も変わらないよ」 「でも、助けも呼べないし、一体どうしたら……」 「皆で力を合わせて包囲を突破するんだ。麓まで逃げれば必ず助けを呼べるから」 「包囲を突破するって、ラルヴァと戦うの!?無理だよそんなの」 「無理じゃない、あのラルヴァは小鬼、下級ラルヴァなんだ。わたしは前に戦ったこともある」 「私たち、ラルヴァと戦った事なんてないんだよ!?」 「でも千香、菅さんの言う通りだよ。助けを呼べない以上、ここでじっとしてても……」  しばらく俯いていた繋も、誠司に賛成した。 「それはそうだけど……」 「大丈夫、音羽さんと天地の力なら奴と十分に戦えるはずだ。なんとかなるよ」 「そうだよ。頑張ろう、千香は私が守るから」  力強く繋は言い切った。千香はそこにかつての彼女の姿を見た気がした。常に回りを引っぱり、希望を振りまいていた頃の彼女の姿を。 「うん、わかった。やってみよう、二人とも。足手まといになるかもしれないけど………」 「二人は失言だぞ千香君!」  突如として奏が声を上げた。いつの間に起きたのだろうかコイツは。あぜんとする3人を意に介する事も無い奏だ。 「で、誠司君。武器は何かあるか?」 「武器?ああ、棍と警棒が………」 「では、警棒を貸してもらえるかな?棍は知らん」 「あんた武器持ってなかったのか?」誠司は驚きを隠せない。誠司君などと馴れ馴れしく呼ぶ事にまで気が回らない。 「ああ、その通りだ」  全く悪びれずに言うと奏は誠司から警棒を受け取った。ポン、ポンと何度か軽く警棒で手のひらを軽く叩き、奏は警棒の感触を確かめる。 「やるべき事は理解している。諸君、この天才の後に続け!」  言うや否や、奏は山の麓側のラルヴァの一角に向かって走って行く。周囲は呆気にとられるより他無い。 「しょうがないみんな、行くよ!」  声を上げ、誠司も渋々その後に続く。繋も誠司が動き出したのを見て駆け出した。つられて千香も駆け出す。最早議論している場合ではない。  走りながら誠司は考える。天地奏の行動は理解に苦しむが、包囲が狭まってきている事を考えれば早めに動くに越した事は無かった。悪いタイミングではなかったかもしれない。  そして先頭を走る奏がまず交戦を開始した。走る勢いのままに近くの小鬼に飛びかかり、警棒を振り下ろす。避ける間もなくその小鬼の頭部に警棒は直撃する。小鬼の頭がひしゃげ、そして消えた。  ラルヴァを一体倒した。この事実は繋と千香に大きな希望を与えた。自分たちでもなんとかなるという言葉が現実を帯びてきたからである。誠司は2人の様子を見てひとまず安堵すると、自らも棍を構え、小鬼に切り込んでいった。           *  同時刻、水分理緒は醒徒会室にいた。今しがたまで執行部役員で会議をしていたために、他のメンバーもそこにいる。  最も、醒徒会長・藤御門御鈴は退屈だと言って相棒の白虎とともに醒徒会室を飛び出していたが。 「ところで、天地奏の様子はどうだ?」エヌRルールが理緒に話しかけてきた。 「どうって、あなたも噂は聞いてるいるでしょう?噂通りですよ」理緒は答える。 「そうじゃない、奴の異能の事だ。天地奏は何か尻尾を出したか?」 「尻尾って……。いえ、天地さんが異能を発現したという事はありません。何かひっかかることでも?」 「いや、具体的に何かがあるというわけではないのだが。君はこの間、天地奏がここで演奏をした際に、何か感じなかったか?」 「素晴らしい演奏だとは思いましたけど………」 「そうじゃない。奴の演奏を聞いた後、魂源力が活性化したとは思わないか?」  エヌRルールが気になっていた点はここである。彼は確かに奏の演奏を聞いた時から、自分の魂源力が活性化するのを感じた。 「俺もなんとなくは感じたけどよ、音楽を聞くと気分が高揚するとか、そういうやつだろ?」横から龍河弾が話に入る。 「ああ、確かにそうかもしれないがな。だが、会長も『あそこまでやる気はなかったのだ』と言っていた。そこがひっかかる」 「そういう異能なら別にいいじゃねーか、こっちの魂源力を活性化させるなんざ大歓迎だぜ」  能天気に言う龍河を見てルールは押し黙る。確かに彼の言う通り、単純に音楽の効用で魂源力が活性化したのかもしれない。さらに、もし天地奏の異能によるものだったとしても、それは自分達や学園にとってメリットが大きいものだ。特に問題はない。  しかし、ルールにはもう一つ気になる事があった。それは奏の持つフルートである。聞いた限りでは、奏の持つフルートは奏とともに流されてきたものらしい。海水にたっぷりと浸かったはずなのに、あのフルートは不具合もないようだ。明らかにおかしい。超科学の産物なのかもしれない、とルールは考えている。  ルールの話を聞いて、理緒も天地奏について考えていた時だった。彼女のスカートで生徒手帳が電話の着信を知らせる音を鳴らした。相手はクラスメイトの一人である。 「もしもし、どうかしたんですか?」 「大した事じゃないかもしれないんだけどさ、演習に行った中で4人が未だに帰って来ないんだよね」 「そうですか、4人というと?」 「菅さんと、音羽に鈴木、あと天地かな。面子が面子だけに一緒にさぼってるとも考えづらいし」  確かにその通りだ。あの菅誠司が他3人と授業をサボって遊びに行くなどとは考えづらい。 「確かに……。引率の先生は?」 「先生は途中で呼び出されて学園に戻ってきてるのよ。で、自習になってたんだって」 「自習ですか………」 「でね、の生徒手帳に電話してみたんだけどさ、全員繋がらないんだよね。おかしくない?」 「それは確かに……」  確かに、4人全員に電話が通じないという事はおかしい。考え難いことである。以前、今日演習が行われている場所に水分も行った事が有ったが、圏外ではなかったと記憶している。 「わかりました。私がそこに行ってみますね」 「そう?じゃあお願いね」  水分はクラスメイトの電話を受けて電話を切った。 「どうしたんだよ、副会長」ただならぬ様子の理緒を見て金太郎が話しかけてきた。 「私のクラスの数人が、急に連絡が取れなくなったそうなんです」 「急に?」 「はい、誰の生徒手帳にも連絡が取れないそうです」  水分は急ぐ為に、あえて誰が連絡をとれないか。具体的には天地奏に連絡が取れないことはあえて言わないでおいた。 「全員となると穏やかじゃないな………」龍河が答える。 「はい、そう言う事ですので私は様子を見てきますね」  醒徒会執行部のメンバーにそう告げると、逸る気持ちを抑えつつ水分理緒は醒徒会室を飛び出した。           *  戦闘開始から20分が経過した。誠司はもちろんだが、奏と繋も千香をかばいながらよく戦い、包囲を突破しつつあった。 「ギヒャアッ」  誠司が棍を脳天に叩き込むと、断末魔の声をあげて小鬼が消える。この小鬼を倒したことで包囲の一部が破られた。  これは間違いなくチャンスだ。というよりも、今しかチャンスはないだろう。 「包囲が破れた!今だよ一気に駆け抜けるんだ!」  横にいる小鬼を押さえ込みながら誠司が叫ぶ。  誠司の呼びかけに応じて3人はうなずくと誠司の横を駆け抜けようとする。    その時だった。走る繋の後ろから小鬼が飛びかかるのが誠司の目に映った。 「まずい、音羽さん!」  誠司が叫ぶのに応じて、奏が駆け出す。繋も振り返るが間に合わない。 「きゃあああ!」  叫ぶ繋。誠司は目の前が真っ暗になる感覚になる。自分の判断が間違っていたのか。  しかし、繋には怪我はなかった。  繋の脇にいた千香がとっさに庇ったからだ。  繋と小鬼の前に立ちふさがった千香の背中に小鬼の爪が深々と刺さる  飛び散る鮮血。  悲鳴。  爪が抜かれると千香はゆっくりと倒れた。 「テメエ何しやがる!」  激昂した奏がバットを振るように千香を刺した小鬼を叩き、小鬼を吹き飛ばした。  繋が千香に駆け寄る。千香は背中から血を流しながら、ピクリとも動かない。 「千香、千香、しっかりしてよ!」  繋が千香を抱き起こす。 「ごめんね、音羽ちゃん。結局足手まといになったちゃった」 「何言ってるのよ。私を庇って……」  千香は微笑んでみせたものの、力ないものだった。  千香の様子を見て誠司は焦燥する。包囲を突破したらあとは山の麓まで全力で逃げる筈だった。小鬼の足ならば、追いつかれる事はないはずだ。しかし、今の千香に走れるはずもない。千香を背負って走っても必ず追いつかれてしまうだろう。だからといって千香を見捨てて行くなどという選択はありえない。  誠司は歯がみした。あの時点ではこの選択肢しか考えられなかったが、自分の考えが甘かったのではないか。もっと他の選択肢があったのでは……。 「何を考えているのかな?誠司君」 「何ってあんた、状況がわかっているのかい?」 「わかっているさ。この天才がわからないはずがないだろう」 「だったら………」 「選択肢は一つしか無いな」 「どういうことだい?」 「おや、わからないのか?俺がココに残って奴らをぶちのめす。その間に君たちは千香君を背負って逃げる、と。完璧なプランだろ?」 「何を言っているんだあんたは!」  誠司は声を荒げた。冗談ではない。確かに奏の言ったプランならば千香は助かるだろうが、奏は確実に死ぬ。いかに奏が強いといっても、あくまで未能力者としては、である。 残る10匹以上の小鬼の相手をできるわけがない。しかも彼もここまでの戦いでいくつか怪我をし、肩で息をしている。体力も余り残っていないだろう。みすみす奏を見殺しにするようなもである。誠司には到底承服できるものではない。 「ほう、では他にどんなプランがあるのかな?奴らが迫って来てるぞ?」  奏の言う通り、麓と反対側の小鬼達がこちらに迫っている。議論をしている余裕はないことは確かだ。しかし……。 「プランならもう一つあるわよ」  繋が凛とした声をあげる。千香の傷口に簡単な止血処理をし、彼女を抱きかかえながら決意を秘めた瞳で繋は奏と誠司を見据える。 「ほう、何かいい案があるのかなお嬢ちゃん。聞かせてもらおうじゃないか?」 「概ねあんたの言う通りだけどね。私も残るわよ」 「何を言っているんだあんたまで!」 「おかしい?1人ならともかく、2人ならなんとかなるかもよ?」 「そんな。だったら私が………」 「それは無理。私ちょっと足を怪我してるから千香を抱えてあんまり速く走れそうにないんだよね」 そう言うと、繋は唇の端をあげて笑う。その決意は固い。 「だからって、天地も何か言いなよ」 「そうか。決意は固いんだな?」 「もちろん」 「これ以上何を言っても無駄なのかな?」 「もちろん」  奏は黙り込み、じっと繋の瞳を覗き込んだ。繋も目線をそらす事なく、真っすぐに見返す。奏は一瞬目をつむり息を吐いた。 「わかった、2人でなんとかしよう。なんとかなるはずだ」 「そんな馬鹿なことを!」 「馬鹿じゃないってちゃんと生き残るからさ、千香をお願いね菅さん」 「そうだな、誠司君。いくらでも時間は稼いであげるから、せいぜい急いでくれたまへ」 「やっぱりおかしいよ、2人を置いて行くくらいならわたしが………」 「それはないだろう、レスキュー部。千香君をレスキューするのが君の本分てもんだろう?」奏はそう言うとニヤリと笑った。 「そうそう、千香をよろしくね。ついでに助けを呼ぶのもよろしく」繋も状況に似つかわしくない晴れやかな笑顔で言った。 「あんたたち………」 誠司はそれだけ言うと、黙り込む。数秒顔を俯けて考えていたが、顔を上げる。 「わかった、わたしが必ず鈴木さんを助けて、助けを呼んでくる。だからそれまで死ぬんじゃないよ」 誠司がそう言う。三人の心がひとつになる。そのとき、不意に繋と奏と誠司、三人の身体が光った。 「なんだこれは?」 奏が言う。何が光ったのか、何が光ったのかは全くわからないが、とにかく身体から力が湧いてくる感じがする。 「なんだいこれは?力が湧いてくるような……」どうやら誠司も同じらしい。 「2人ともどうしたの?私は何も………」 繋だけは別だったようだが、奏にも誠司にも力がみなぎる。闘志がふつふつと湧いてくるのを感じる。 「まあいいだろう。とにかく行くよ」 誠司は千香を受け取り、しっかりと背負う。 「うん、なるべく早く助け呼んでね。私たちも頑張るけどさ」 「ああ、千香君をしっかりとレスキューするんだ。あいつらは俺が爆裂的に鎮圧してやるからな」 相変わらず減らず口を叩く奏だったが、その減らず口が今は妙に頼もしく見える。 「ああ、とにかく私もなるべく早く助けを呼んでくる。それまで無事でいてよ」 三人は力強くうなずき合う。 「音羽ちゃん。ごめんね、私のせいで」千香は誠司の背中から弱々しく言う。 「何言ってるのよ、謝るのは私のほうだって。とにかく、千香の事は菅さんがなんとかしてくれるから安心して」 「音羽ちゃん、絶対死なないでね」 「うん、死なないよ。こないだ生きそびれたカラオケにも行かないとね」 「色々言いたい事はあるだろうけど、そろそろ行くよ」  誠司が口を挟む。確かにすぐそこまで小鬼が迫っている。猶予はない。 「じゃあまた後でね、千香。菅さん、千香よろしくね」 「ああ、わかってるよ。必ず助ける。私はレスキュー部の部長だからね」誠司は笑った。その笑顔は非常に魅力的なものに繋には見えた。 「まったく、この俺を差し置いて盛り上がるなよな」  奏がそう言うと誠司と繋が吹き出した。全く緊張感の無い奴だ。  そして、誠司は麓を向き、繋と奏は小鬼達に相対した。 「行くよ!」 「叩きのめしてやろう、雑魚どもめ」 「2人とも無理しないでよ!」 そして3人は走り出した。           *  菅誠司と鈴木千香と別れてから数分が経過した。  残った繋と奏は残された力を振り絞り戦い続けていた。しかし、小鬼の残りはおおよそ25匹。満身創痍の2人には絶望的な数と言えるだろう。 「ねえ、あんた何匹くらい倒した?」  およそ百メートル先の小鬼達を見据えながら繋が言う。腕や足についた傷が痛々しい。 「さあな、いっぱいだ。」  奏の方も体操服は既にボロボロで、体中に痣や切り傷ができている。体力も最早限界といった風である。 「残りはあと25くらい……かな。せっかくだから勝負しない?」 「勝負?」 「そう、どっちが多く残りの小鬼を倒せるか。負けた方が明日のお昼オゴリね」 「面白いじゃないか。ちなみにこの天才様の舌はあまり安いものはうけつけないぞ」 「何もう買った気でいるのよ。……まあいいわ、勝負だからね」 「ああいだろうお嬢ちゃん、無理しない範囲でせいぜい頑張れよ。辛くなったら俺の後ろで休んでいてもいいんだぞ?」 「誰がそんなこと」  相変わらずやたらと偉そうな発言だが、まさかこいつは自分の事を気遣っているのだろうか。思わず笑みが漏れる。今となってはこの減らず口がやけに頼もしく思えた。この状況で心が折れずにいるのはそのおかげだと言ってもいい。繋にとっては不愉快でしかたのなかった奏だが、今は彼に友情とも似つかぬものを感じていた。  呼吸を整えて、手で自分の頬を軽く叩き、気合を入れる。こんな時だというに、やけに気分が高揚している事が可笑しかった。久しく感じていないものを感じているような気がする、と繋は思う。  さあ行こうか、と繋が正面を見据えたその時だった。    再び空間が歪んだ。今度は小鬼と繋達の間、約10メートルといったところか。  繋は緊張する。確かに、小鬼達の出現の仕方を思えば増援があらわれてもおかしくはない。自分の考えが甘かった。  繋の絶望とは裏腹に歪みの向こうから現れたのはたった1体の泥人形だった。 「まずいな、新手か………。なあお嬢ちゃん、あの新しいお客さんの事知ってるか?」 「あれは泥人形。下級もいいとこよ」  泥人形、下級C−2。泥に包まれた下級のラルヴァで、知能も低く鈍重で特殊な能力も無い。捕獲されたものが生徒の練習相手に使われるレベルの、はっきり言って雑魚だ。 「なんであんなの1匹だけ出たのかはわからないけど、問題無いよ。動きも鈍重だし、殴る以外に何もできないし……」 「危ない、お嬢ちゃん!」  繋の話を遮り、奏が彼女を突き飛ばす。  いきなり突き飛ばされた繋は1メートルほど飛び、尻餅をついた。何故いきなりこんな事をされたのか。訳がわからない。  しかし、彼女がいた場所を泥人形が凄まじい早さで通りすぎるのを見て、理解した。  泥人形が突進してきたのだ。しかも数メートルを一瞬で通過するほどの速さで。 「ただの泥人形じゃないの………?」  泥人形が、あんなに俊敏な動きをするわけがない。そんなことはありえないはずだ。繋の頭は混乱する。  そうだ、自分をとっさにかばった奏はいったいどうしたのだろうか。姿が見えない。  奏は繋を突き飛ばしたおかげで、泥人形の突進をまともに受けてし吹っ飛ばされてしまった。  頭から地面に叩き付けられ、微動だにしない。 「天地!しっかりして天地!………奏!」  繋は奏に駆け寄ろうとする。また自分を庇って誰かが築いてしまった。繋の頭は後悔でいっぱいだった。その繋の腕を掴んで、彼女の動きを止めるものがいた。  泥人形だ。 「ニガサンゾ。マズハオマエカラ殺シテヤロウ、女」  そう言うと泥人形は掴んだ繋の腕を引っ張り、地面に叩き付ける。さらに左腕で彼女の首を掴み持ち上げた。元より軽い彼女の体は簡単に持ち上がる。 「ガハッ………」  繋は首を掴まれもはや声もでない。必死に泥人形の腕を引きはがそうとするが、びくともしない。泥人形が喋った事も知能があるような事を言うのもあり得ない事だったがそこまで考える余裕も無い。泥人形は手に力をこめ、彼女の首をじわりじわりと締め上げる。まるで繋が苦しむのを楽しんでいるような動き。  さらに、近づいてくる小鬼を静止すると、泥人形は右手を握る。すると泥人形の右腕が炎につつまれた。泥人形特有の悪臭と、右腕が焼ける嫌な音があたりをつつむ。 「今、楽ニシテヤルゾ、女」  そう言うと、泥人形は右腕を振りかぶる。泥人形に思い切り頭部を殴られたら、恐らく繋はひとたまりもないだろう。繋はぎゅっと目を閉じる。  目を閉じると色んな顔が浮かんで来た。  千香の顔、誠司の顔そして学園生活で出会った様々な顔。  自分を育ててくれた養父母。  そして、幼い頃に亡くした父と母。  もう助からないと思い、繋は覚悟を決めた。  しかし、繋の予感は外れた。 「ふざけた事してんじゃねーぞこの腐れ人形!」  という声が聞こえたかと思うと、急に首を絞めていた腕が解かれた。繋は地面に尻餅をつく。目をあけると、彼女の首を締め上げていた泥人形の腕に警棒が突き刺さっていた。  先ほどの声も、警棒を投げつけたのも、言うまでもなく奏だ。  繋は現状を認識すると、慌てて奏に駆け寄って行く。繋が自分の脇に来たのを確認して、目が合うと奏はニヤリと笑った。 「ありがとう、助かった。でも武器も無くしちゃって………」 「いや、武器はもう必要ない。後で誠司君に怒られるかもしれないが、それはそれだ」 「武器が必要ないってどういうことよ」 「言った通りだ、必要なくなった」 「どうしたの?諦めちゃったの?」 「ばか言うな、この天才の辞書に諦めなんてものはない。他に武器があったんだ」 「武器?」 「これだ」  そう言って奏が取り出したのはいつもの彼のフルートだ。あまりの状況にどうにかしてしまったのだろうか。 「ちょっとあんたそれで殴る気?」 「楽器を武器にする訳がないだろう」 「じゃあ………」 「いいから下がってるんだ。さっき頭をぶつけた時になんとなくは思い出した。でもなんとなくだ。どうなるのかは今イチわからん」  いつになく真剣な面持ちの奏に繋は気圧され、大人しく彼の背後にまわる。それを確認すると奏はフルートを吹く訳でもなく、数個のレバーを操作する。  するとフルートが光を放ち始めた。ぼんやりと、まるで蛍のように光っている。  次に奏はフルートに口をつけ、目を閉じると息を大きく吸い込んだ。  輝きを放つフルートに口をつけ、奏が演奏を始めると今度は奏のまわりが光を放ち始めた。いや、奏のまわりに小さな光の粒が浮かんでいると言った方が正しいのかもしれない。繋はその光を粒を知っているような気がした。ただの光とは違う、魂のかがやき。  (まさか、魂源力?でもそんなはずは………) 魂源力が見える筈はない。だがこの輝きを見ると、何故か天地奏という人間の魂に触れた感じを覚えたし、自分の魂源力が豊かになるような気がした。 <<taransformation sequence start. GOD SPEED YOU>> 「キサマ、何ヲヤッテイル!?」  奏の異変に気がつき泥人形が声を荒げ、その行動を止めようと再び突進をしかけた。  (まずい!)  繋はそう思うのと同時に、泥人形の行動を阻むべく奏の前にでようとする。  しかしそれは杞憂だった。  泥人形が奏に近づいたその瞬間、ぼんやりと輝いていた奏のまわりを囲んでいた光の玉が今度は一斉にまばゆい光を放ったのだ。フラッシュグレネードが炸裂したような、凄まじいまでの光に、繋は視界を奪われた。  そして、繋の視界が元に戻った時、まばゆい光の中から白い鎧を身にまとった戦士が現れた。 <<taransformation sequence compleat. R.I.X standing by>>  光の中から現れた戦士は、白く輝く甲冑のを着込んでいるかのように見えた。特徴的なのはその頭部で金色の角と赤い目が異彩を放つ。さらに腰から胸の部分、さらに左右それぞれの前腕部にフルートのボタンやレバーをかたどったような装飾があるのが目を引いた。 「まさか、奏………?」 「ああそうだ、君の知ってる天地奏サマだぞ」  その白い戦士から、似つかわしくない見知った声がした。いつもこの男には驚かされてばかりだが、今回はその中でも最上級だ。 「ちょっと奏、どうしたのよそれ。あなたの異能なの?」 「それはわからん。あと、こいつの名前は『それ』じゃない。こいつの名前は………えーと………RIX?アールアイエックス………いや違う、『アールイクス』だ」 「そんな事を聞いてるんじゃなくて、どうしたのよそれ」 「ああ、さっき人形に飛ばされて頭打った時にな、なんか思い出したんだよ。こいつ………『アールイクス』が使えるってな」  限りなく胡散臭かったいと思った繋の視界に先ほど光に吹き飛ばされた泥人形が立ち上がるのが見えた。 「ナンだコレハ。光二吹キ飛バサレタトデモ言ウノカ!?」  混乱した様子の泥人形だが、体勢を立て直すと奏に目を向ける。 「ナンダキサマハ!オマエハ一体何者ナンダ?」 「知りたいのならば教えてやろう!俺の名前は天地奏!天と地に俺を音を奏でる男!そしてまたの名をアールイクス!」  奏は待ってましたとばかりにノリノリで答える。 「フザケルナ………フザケルナ!スグニ壊シテヤルゾ『アールイクス』!」  泥人形は激昂し声を荒げると、背後の小鬼達にも指示をだし、奏に向かって走り出した。 「壊してやるのはこっちの台詞だ腐れ人形!人形の分際でふざけた真似しやがって………何が『女から殺してやろう』だこの焼き人形!」  自分に向かって殺到するラルヴァの集団に全く怯む事なく言い返すと、奏はビシッ!と先頭の泥人形を指さした。 「お前の音<<ノイズ>>は耳障りだ!」  高らかに奏が言い放つ。  そして戦いが始まった。 part4に続きます ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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