【喫茶アミーガで今日も特訓中】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/1390]]  双葉区、双葉学園、あるいは双葉島と呼ばれる人工島。  喫茶アミーガはその外れ、あまり交通の便が良いとは言えない外周の道沿いに存在する。  しかしそこは、不思議と客足が途絶える事なくいつも決まったメンバーで賑わっていた。  今店に入ってきた胴着姿の男もその一人である。二メートル近い巨体に、整ってはいるが彫りが深くて暑苦しい顔立ち、名前は二階堂《にかいどう》……誰だ?  彼ら二階堂兄妹はこの店の常連で、特に五つ子は一人を除いて見た目だけでの判別が難しい。 「エスプレッソ一つ」  ここでようやく判別したので改めて紹介しよう。彼の名前は二階堂叉武郎《さぶろう》、二階堂兄弟の三男である。  他の兄弟の例に漏れず普段から胴着姿をしているが、これは叉武郎の競技とは関係無い。  貴婦人とのロマンスに憧れ騎士道に傾倒し、将来を期待されていた剣道を捨てフェンシングに転向したのである。  今では立派にフェンシング・サーブル競技部の部長を務めている。  ちなみに胴着にしている黒帯は、柔道で取ったものである。  兄弟の中でブレンド以外を頼むのは、見た目で判別できる次男と彼しかいない。 「俺は、ドリップ式の方が得意なんだけどなんだけどなぁ」  注文を受けるこの店の主、おやっさんは面白くなさそうにエスプレッソマシンを回す。 「はいよ」  何だかんだ言いながら、熟練した動きでカウンターに座った叉武郎に差し出されたエスプレッソは、上質な香りをたたえていた。  受け取った叉武郎はさっと一口含んで、そのコクを楽しむ。おやっさんはドリップにこだわりがあるようだが、エスプレッソそれに劣らずとても味わい深い。 「うん、旨い。小猫ちゃんが運んでくれれば言う事無いんだけどな」  叉武郎は店の奥でテーブルを拭いているウェイトレスの春部《はるべ》里衣《りい》へウインクを投げかける。  一八〇センチ近い長身の里衣を小猫ちゃん呼ばわりするのは、 島内広しと言えど叉武郎しか存在しない。 「ったく、アンタ達兄弟はどうして私達にちょっかいかけて来んのよ」  私達とは、里衣と彼女いわくフィアンセである有葉《あるは》千乃《ちの》の事である。  美しい顔立ちとスラリとした長身にスタイルの良さを兼ね備えた里衣自身はもちろん、普段女装している千乃も一部男子の間でファンクラブが結成されるほど人気がある。叉武郎の弟である志郎と悟郎も、そのメンバーとして活動しているのだ。 「弟のことは俺には無関係だよ。俺はあくまで全ての女性の従僕さ」 「あっそう。アンタ等四人は見分けるのも面倒だし、私にとっては全部一緒だわ」  芝居がかった動作で訴える叉武郎に対し、里衣の反応はにべもなかった。 「連れないなぁ小猫ちゃん」  しかし叉武郎は懲りもせずに、わざとらしく肩をすくめて見せてからカップを口に運んだ。  ここまで自然な動作がいちいち空回りしているのも珍しい。  いつもならこれから叉武郎が延々と、コーヒー一杯でいつまで粘るつもりだと怒られるまで里衣を口説き続けるのだが、今日はそうならなかった。  バイクのエンジン音が近付いて来て止まる、新たな客がやってきたのだ。 「……おやっさん、俺はサスの調整しか頼んでいないはずだが」  入ってきたのは、先ほどから何度か話題になっていた叉武郎の兄弟、その中で唯一すぐに見分けられる次男の侍郎だった。  二メートル近い巨体は変わらないが、細身の体に写真家として芸術を愛する心と唯一バイクの免許を持つ、兄弟の中では比較的に無害な男である。  バイクのメンテナンスはおやっさんに任せているので、こうしてたまにおやっさんのありがた迷惑な改造に文句を言いにやって来る。 「……ハンドルに見慣れないボタンが増えていたが」  普段無口な侍郎もバイクの事となると、口数が多くなる。  侍郎の人格に大きな影響を与えている叔父から譲り受けたバイクなので、それだけこだわりがあるのだ。 「高震動発生装置だ。衝撃に強くなるぞ」  しかしそんな事を一切知らないおやっさんは、得意そうな笑顔を浮かべサムズアップで言う。 「……俺はサスの調整しか頼んでいないはずだが」  侍郎は再び要求を繰り返す。 「わかったよ。ガレージに回してくれ。コーヒー一杯飲んでる間に外してやる、コーヒーもおごりだ」  侍郎の静かな怒りを感じ取ったおやっさんが、しぶしぶといった様子でひとまずコーヒーを入れるため引っ込んでいった。 「……グアテマラを」 「あいよ。いつものな」  侍郎が好んで飲むコーヒーの銘柄も、叔父から影響を受けたものだ。  そのとき、ピピピとアラームのような音が響き渡る。 「おっと、失礼」  発信源は叉武郎の学生用モバイル端末だった。 「叉武郎です。ああ、麻里奈さん」  麻里奈さんは、叉武郎が住む寮の寮母を務める女性である。 「……ええ、もちろんですとも。……はい、それでは」  自分のことをきちんと名前で呼ぶ叉武郎を気に入っており、食事の量など優遇する代わりに、雨戸の修理などちょっとした用事で頼る事も多い。  叉武郎は女性のため、それも普段お世話になっている麻里奈さんのためならどんなことでも喜んで引き受ける。 「すまないが兄さん、寮まで送ってくれないか? 急に呼び出されてしまって」  お願いという形をとっているが、叉武郎の中ではもう決定事項である。  強引なのも、二階堂兄弟に共通した特徴であった。 「ヘルメットが無い」  しかしハヤブサが唯一の友達だと言い張る侍郎が、予備のヘルメットなど用意しているはずもない。 「そんなの変身すれば済む話だろう」  きっぱりと言い切る叉武郎であったが、実際は変身する異能者に合わせた法律など存在しないので違法である事に変わりは無い。 「それともこの俺に女性を待たせるつもりか?」  叉武郎の眼光が鋭さを増す。  反論に口を開くのも面倒という事で、結局侍郎は叉武郎を送っていく事となった。 「決まりだな」  叉武郎は机の下からアタッシュケースを取り出した。  愛犬を両親に取られた梧郎や、昆虫の世話をするつもりが無い志郎以外の兄弟は、自分と合体できる動物を連れている。  叉武郎のこのアタッシュケースも、魚類と合体する彼に合わせて水槽になっていた。照明やエア用の電源に学園の超科学の技術をふんだんに盛り込んだ特別製である。開閉時に九十度傾いてしまう事を除けば、魚にとって理想的な環境を保つことができる。  叉武郎は蓋を外し中に指を入れた。  するとお腹をすかせたピラニアがすかさずそれに噛み付く。  傷が大きくなる前に叉武郎も慌てて変身する。 「合体変身!」  辺りが光に包まれる。 「どうした、何かあったのか?」  突然の光に驚いたおやっさんが、手の中にしっかりとコーヒーを持って現れる。 「すまないな、おやっさん。バイクは今度だ。侍郎兄さんに急用ができた」 「急用って……お前が作ったんだろ、あんまり便利に何でもさせるなよ」  変身した叉武郎の姿については一切触れず、おやっさんは普通に会話を進める。  変身系の異能を持った学生が集うこの喫茶店ならではの光景だった。いろいろと怒られそうな外見やそれなのに胴着姿のままなのも、ここでは最早日常化し過ぎて誰もツッコむことさえしない。 「……バイクは、今度直してもらう」  侍郎はとりあえずおやっさんからコーヒーを受け取ると、一口で飲み干す。そしてきっちりと、一杯分の金額をテーブルに置いて出て行った。  バイクを直さないのであれば普通の客だという、何とも律儀な侍郎である。  ヘルメットについては、銃で撃たれても平気な状態であれば問題無いだろう。  二人が走り出すと、巨大な影が近づいて来た。いや影ではない。それは光を吸い込む闇であった。二本のタイヤと空気を轟かせるエンジンの爆音から、それがバイクだという事がわかる。  そのバイクは限界ギリギリまでスピードを上げてタイヤを振り回し、ほとんどスピードも落とさずにコーナーへ突っ込んでいく。  常人では決して操る事のできない正真正銘のモンスターマシン、あんなモノを造ってしまう技術を持った人間はこの島には数人いるが、一般車の改造で造ってしまうのは一人しかいない。  あれは間違いなく、おやっさんのバイクだ。  それはかなり後方にいたはずなのに気が付けば、すぐ近くまで迫ってきていた。 「……来る!」  謎のバイクが車体を傾け、二人の乗ったバイクへ体当たりを仕掛ける。元の性能に劣る上に二人乗りの侍郎のバイクでは、避ける術は無い。  侍郎と叉武郎が乗ったバイクは、謎のバイクに押しのけられ道路の外へ転がっていった。 「おやっさんに感謝しないとな」  下が砂浜だった事もあり、変身していた叉武郎はもちろん、侍郎も比較的軽傷であった。  何がどう作用したかはさておき、高震動発生装置も役に立ったらしい。  謎のバイクに乗っていた人影は、悠然と二人を見下ろしている。 「憎い……るさない、恨んでやる」  闇色に揺らめくその背中からは、様々な怨嗟の声が聞こえてくる。  人に近い形をしながらも明らかに人間ではないその異形は、ほんの少しだけ変身した二階堂兄弟を思わせる。  異能者かラルヴァか、どちらにしても友好的な相手ではないのは間違いない。  黒尽くめの何者かは右手を上げ何も無い空間から剣を作り出すと、ゆっくりと砂浜へ降りてきた。  いつの間にか近くに停めてあったバイクが消えている。 「式神!」  異形はまた何も無い空間から札のようなものを取り出し、地面にばら撒いた。  札が落ちた所から、人の形をしたモノが浮き上がってくる。  明らかにラルヴァの仕業だった。人間であるというには、一人につき一系統という絶対的なルールから明らかに逸脱し過ぎている。 「シュン」  侍郎は立ち上がって、唯一の友の名前を叫んだ。  どこからともなく一羽の隼が現れ、侍郎の腕にとまる。 「合体変身!」  光の中から翼をイメージさせる変身後の侍郎が現れる。 「貴様等も命を取り込むのか、面白い」  影が声を発する。背中に背負う怨嗟の声よりもなお、暗く禍々しい響きであった。  侍郎と叉武郎は背中合わせに身構える。 「そういえば、こうして共闘するのは初めてじゃないか?」 「……守備範囲が違う」 「確かにな」  鳥類と合体する侍郎と魚類と合体する叉武郎は、それぞれ得意とする戦場に対応できる能力者が少ないため、同じ作戦に投入される場面は少ない。 「行くぞ!」  雄叫びを上げ、叉武郎は人形《ひとがた》の群れへ突っ込んでいった。  だが十数年の時を一緒に過ごした兄弟同士、お互いのコンビネーションに不安は無い。と思っていたのは叉武郎だけだったようだ。 「……任せた」  侍郎は戦う叉武郎の背中を蹴って、人形の群れを抜け影の前へ飛び出した。 「あ、この!」  仕方なく叉武郎は人形の相手をする。  拳の一発で簡単に崩れ去る。  数は多いが、大した脅威ではない。 「……タァッ!」  隼の狩りと同じく、落下のスピードを利用して蹴りを放つ。 「無駄だ」  しかしそれは虚しく、影を突き抜け派手な砂煙を上げた。 「……エレメントか」 (だが、それならそれでやりようがある)  侍郎は砂煙に乗じて距離を取った。 「フェザーエッジ!」  振りかざした侍郎の腕から黒い影に向かって、鳥の羽の形をした魂源力《アツィルト》の刃が殺到する。 「翻れ鏡界門」  呪文らしきものを口にして、人影が手に持った剣で地面に線を引くと、抉られた地面から漆黒に光る障壁が立ち上った。  それに触れた瞬間刃の羽が反転し、侍郎に襲いかかる。 「……ちぃ」  侍郎はそれを飛び上がってかわす。  しかしそこには、既にラルヴァの黒い影が待ち構えていた。 「……な?」  その手に持った凶刃が侍郎を刺し貫く。 「……ぐぅ」  短い声をあげ、侍郎が地面へ落下していった。 「侍郎兄さん!」  砂浜に叉武郎の声が虚しく響く。 「くそぅ!」  叉武郎は浜辺に転がっているアタッシュケースへ駆け寄った。  さすが学園の技術の粋を集めただけあって傷一つ無い。中を明けて水槽の無事も確認すると、先程と別の水槽に入っている切札へ手を伸ばした。 「移行変身《スライド・フォーム》!」  バチバチと周囲に微弱な電気を放ちながら現れるその姿は、電気ウナギと合体したものだ。 「一〇〇万ボルトの電撃《ミリオン・スパーク》!」  叉武郎は地面に手を叩きつけ電撃を流す。  電気ウナギの電気は、筋肉細胞を変化させた発電板によって作られ、その最高電圧はおよそ八〇〇ボルトにまで達する。  叉武郎の場合、日々の鍛錬と変身によって強化された筋肉から放たれる電撃は百万ボルトにまで達する。  人形は核となる札が焼かれて、砂の塊に戻っていく。 「ちょっと、どうなってるの?」 「小猫ちゃん!? おやっさんも」  上の道からおやっさんと里衣がそれぞれスクーターとバイクでやって来ていた。 「凄い音だったが、大丈夫だったか?」 「すまない二人共、侍郎兄さんを頼む」  叉武郎は倒れている侍郎を指し示した。 「ウソ、アンタ達がやられるなんて……」  人格はともかく、その戦闘力には定評のある二階堂兄弟が倒されている。  その事実に里衣が驚愕する。 「救急車を」  懐を探るおやっさんを、里衣の声が制した。 「私が運んだ方が速いわ」  里衣が倒れている侍郎を抱え上げる。 「させん!」  影が里衣の前に立ちはだかる。 「春人、春人なのか!?」  その姿を見たおやっさんは誰かの名前を呼んだ。  影は応えず、剣を振り上げる。 「そう何人も目の前でやらせるか!」  叉武郎は二人の前に飛び出した。  空中で腕を交差させ、そこにあらん限りの魂源力を電気に変換して流し込む。 「サンダー・クロス!」  百万ボトルに達する電撃を両腕に宿し、相手を×の字に切り裂く、叉武郎の必殺技である。  しかし異形の影は左腕に雷《いかずち》をまとい、叉武郎の放った“電撃を殴り返す”。 「雷神の鎚《ムジョルニア》!」  すさまじい閃光と衝撃が広がり、里衣の口から「きゃ」と短い悲鳴が上がる。  気の毒な事にスカートが捲くれてしまったらしい。  それを見て影が突然苦しみだす。 「ぬぅ、ううぅん……クソ、覚えていろ」  それだけ言うと、霧のように薄れて消えてしまった。 「コラ! 小猫ちゃんのを見て苦しむとは何事だ! イヤなら代われ」 「……最っ低」  里衣が小さく呟いた。  店に戻った後も、重苦しい雰囲気が続いていた。  おやっさんは黙々と豆をひいている。  それを破ったのは、里衣からの電話だった。 「……そうか、ありがとう。小猫ちゃん」 「侍郎は心配無いそうです」  電話は病院まで侍郎を運んでくれた里衣からだった。  あの時変身したままでいられたのが良かったらしい。  侍郎が気を失っても、合体していられたのはシュンの意思であるはずだった。叉武郎は侍郎の小さな親友に感謝した。  おやっさんは「そうか」と短く応え、コーヒーグラインダーを回す。  店内にはガリガリと豆が砕ける音だけが響く。 「おやっさん、さっきのヤツについて何か知っているんだろう?」  耐え切れなくなった叉武郎は、ついにその一言をおやっさんに投げかけた。  おやっさんは豆を挽くてを止め、店の奥から一枚の写真を持って来た。  この店で女の子の誕生会を開いたときのもののようで、主役らしい女の子を今より少し若いおやっさんやその仲間達が囲んでいる。  どの顔も今は見かけないものばかりだ。  レトロなおやっさんの趣味らしくアナログのフィルムで撮られているそれには、二〇〇九年、十年前の日付が入っていた。 「その写真の右上に写ってるのがそうだ」  そこに写っているのは、写真で見てもわかる程軽薄そうな顔をした少年が写っている。 「真裂《まさき》春人《はると》、またの名を超刃《ちょうじん》ブレイダー。俺のバイクを初めて乗りこなした男だ」  懐かしそうにおやっさんが遠くを見つめる。 「ソイツは今どこへ?」  問いただす叉武郎の語調は自然ときつい物になる。  命に別状はないとはいえ、兄弟を倒された恨みは簡単には消えはしない。 「あの化け物はあいつじゃない! あいつのはずはないんだ……」  一度叫んだあとおやっさんは、力なくつぶやいた。 「何故そう言い切れるんです?」 「ブレイダーは……、真崎春人は、死んだからです」  その質問に答えたのはおやっさんとは、別の声だった。  扉の所に美しい黒髪を腰まで伸ばした、静謐な雰囲気を持つ美人が立っていた。着ているのが高等部の制服でなければ、成人しているといわれても疑わないほど大人びた女性である。 「あなたは?」 「ユリカちゃん……、なのか?」  ほぼ同時に二人の声が重なった。 「はい、ご無沙汰してます。マスター」 「マスターじゃない、おやっさんだ」  二人の間に独特の和やかな雰囲気が流れる。  それだけで、この人もかつてアミーガだった事がうかがい知れた。 「あなたも関係者なんですか?」 「私は天道ユリカ。その写真で誕生日を祝ってもらっているのが私です」  ユリカはカウンターに近付き、写真と自分を順に指差す。 「しかしユリカちゃん、大きくなったな」  おやっさんは写真――というより自分の記憶と目の前のユリカを比べ、感慨深げにつぶやく。 「ええ十年ぶりですから」 「そうか、もうそんなになるのか……、しかしどうして急に」 「彼が……、現れたと聞いて」  答えるユリカの声が重苦しく響く。 「私の能力は少し変わっていて、魔法のアイテムを能力を持っていない人に融合契約させるというモノです」 「融合契約?」  聞きなれない単語に叉武郎が聞き返す。 「丁度おまえさん達兄弟の合体変身みたいなもんだ」  そのおやっさんんの言葉で、叉武郎はあの怪物が変身した兄弟達の基本形に似ていた事を思い出した。 「アイテムと一体化する事によって、疑似的にアイテムの能力を使えるようになるんです」  ユリカは静かに語りだす。 「彼は私の力を狙って襲ってきた敵から、私を庇って斬られてしまっって、助けるには私の力を使うしかなかったんです……」 (そんな重い宿命を背負ってまで、この少年は軽薄な笑みを絶やさなかったのか)  叉武郎はある意味この少年を尊敬した。 「その後も勝手に巻き込んでしまった私を、彼は必死に守ってくれた……」 「そして、ヤツ等のボスと差し違えて死んじまった。だからヤツが春人だっていう事はありえないんだ」  感極まって涙を流すユリカの言葉をおやっさんが継いだ。 「ブレイダーに、突然消えたり、電撃を使うような特殊能力は?」  話を聞く限りあの影のような存在が、真崎春人であるとは考えづらい。あの異能者にしてはデタラメな能力も、ラルヴァであれば説明が付く。 「そんなのは無かった。あいつはいつも、剣一本で戦ってたんだ」 「ブレイダーの元になった剣にも、そんな力はありませんでした」  しかし必ず何か関係があるはずだ。  それを探るためにも、もう一度あれと戦う必要があるのは間違いない。 「おやっさん、どうやら俺はもっと強くならないといけないらしいな」  一〇〇万ボルトの電撃《ミリオン・スパーク》を破られた今、手持ちの技ではあの怪人を打ち倒す術は無い。  だからといって侍郎を倒したあの怪物を、そのままにさせておくつもりは、叉武郎にはもとより無かった。 「……付いて来い」  おやっさんはカウンターを開け、ゆっくりと出入り口へと向かっていく。 「まさか、あそこに?」  何も語らずおやっさんは、店の看板を裏返した。 「ここは?」  叉武郎が連れて来られたのは、人工の埋立地である双葉島に何故か存在する山、その名も双葉山だった。  最近ではプラネタリウムが作られたりして大分整備されてきたが、こちらはそのコースとは裏側で土砂や礎石置き場だった名残を色濃く残している。 「昔ブレイダーの最後の戦いでできた崖です」 「雨が降ったりした日には滝ができて危ないので、水門を作って管理している。今日はその水門を開くぞ」  おやっさんとユリカは崖の上に登っていった。  しばらくして崖の上から水が流れ始め、かなり勢いの強い滝になった。 「よし、そこから登って来い!」  ご丁寧に拡声器を用意していたおやっさんが叫ぶ。 (滝登り――魚で特訓と言えばやっぱりこれしか無いよな)  やはりおやっさんは色々とわかっていた。  叉武郎は目の前の滝に飛び込んでいった。  水の流れが巨大な質量となって叉武郎を襲う。 「どうした? お前の決意はそんなもんか?」  まともな足場さえ無い岩肌で流されそうになりながら、それでも叉武郎は登っていく。  水の流れの力強さを感じながら、それ以上の力を身体の奥底、魂の中から振り絞っていく。  その間もずっとおやっさんの檄が飛んでくる。 「皆殺しだ……許さない……憎い……」  突然おやっさんの声が途切れ、代わりにさっきあの影が背負っていた怨嗟の声が聞こえてきた。 「おやっさん!」  叉武郎が見上げた先には、おやっさんとあの謎の人影が対峙していた。 「春人! 春人は、春人はどうした?」  おやっさんは現れた影につかみかかろうとして、反対側へすり抜けた。  頭では無関係だと思いつつも、やはりその姿を見て動揺を隠しきれないのだろう、春人本人に呼びかけるのと敵対する相手に対する呼びかけが混在していた。 「……真崎春人でも、ブレイダーでもない。私の名は大死霊《だいしりょう》。学園に強制された戦いの犠牲者の集合体だ」  影――大死霊がおやっさんを殴り飛ばす。 (急がなければ!)  叉武郎はこれまで以上に魂源力《ちから》を燃やし、一気に這い上がった。 「待て!」 「現れたな、命を取り込む者」  現われるを待っていたかのように、大死霊は叉武郎へと向き直った。 「貴様等を取り込み、学園の生物全てを生きたまま取り込んでやる! フハハハハハ!」  高笑いして叉武郎に斬りかかる大死霊。 「見える!」  叉武郎はそれを紙一重でかわす。  確かに悟郎の力を手に入れれば、本当に島中の人間を生きたまま取り込む事も可能かもしれない。 (だがそんな事が起こる事は絶対にあり得ない)  叉武郎は確信する。 (今なら出来る、逆流を撥ね退けて身体も魂も登りつめた今なら)  おやっさんに預けてあったアタッシュケースを開き、その中の水槽に手を入れる。  泳いでいるのは、何の変哲も無い鯉だった。 「合体変身!」  光を抜けて現れた叉武郎も、ピラニアの牙も電気ウナギの放電能力も無いただ体力を強化した姿である。 「この前のビリビリの方がまだ魂源力《ちから》を感じたぞ? 諦めたのならさっさと死ね!」  大死霊は周囲の空気中の水分を凍らせて矢を放つと同時に、自身も飛び掛る。 「さっきのように逃げ場は無いぞ!」  本体はもちろん氷の矢も、十分致命傷となりうる凶悪な攻撃だ。どちらか一方を迎撃すれば、もう一方にやられてしまう。  “どちらか一方”がダメなら両方防いでしまえば良い。  叉武郎は前に手を翳した。 「登竜門《ドラゴンズ・ゲート》」  叉武郎の前に光の壁が現れ、大死霊が放った氷の矢を粉砕し大死霊を弾き飛ばす。 「大した力だ。だがそんな防御なんぞ、いくらでもすり抜けて攻撃できるぞ」 「防御? 違うな、登竜門ってのは潜り抜けるモノだ!」  叉武郎は、光へと突っ込んで行った。  激しい抵抗が叉武郎を襲う。 「ぐぅ、うあぁぁぁあぁぁ!」  叉武郎は身体中の魂源力を高めさせ、力ずくで押し進む。  そして壁をくぐり抜けた叉武郎の身体が、再び光り輝いた。  鯉の鱗の緋色だった身体が鮮やかな青色になり、頭部には牙をあしらった意匠が、腕には爪をあしらった手甲が追加されている。  その姿はまるで―― 「龍化形態《ドラゴニック・フォーム》」  そう龍《ドラゴン》であった。 「そんな虚仮威し《こけおどし》が!」  叉武郎の手が大死霊の剣を受け止める。  力任せに押し進めようとするその刃をそらし、実体が無いはずの大死霊の身体を蹴り上げた。 「馬鹿な」  龍化形態とは、鯉が登竜門をくぐって龍と成ったように、特殊な力場をくぐって自らを半魂源力《アツィルト》エネルギー体と化す大技である。  つまりその拳の一つ一つ、蹴りの一つ一つが魂源力《アツィルト》を直接ぶつけるのに等しい。 「ええい、ならこれでどうだ」  大死霊は四方八方から風の刃を飛ばす。  やがてそれは気流を乱し、竜巻となって吹き荒れる。 「お兄ちゃん!」  水門の上から現れたユリカのスカートを捲り上げた。  大人びた印象と裏腹に、淡いエメラルドグリーンの可愛らしいショーツだった。  だがまたしても叉武郎の位置からは見えない。 「ぐ、っぐわぁあぁぁ!」  大死霊は苦しみだし、やがて二つの人影に分かれた。  一方は先程まで背中で揺らめいていた怨嗟の声の塊が人の形をしたモノ、もう一方は黒一色だった身体が赤と青そして銀の三色で彩られた先程までの姿、超刃《ちょうじん》ブレイダーだ。 「お兄ちゃん」  うずくまって苦しむブレイダーにユリカが駆け寄った。 「いつの間にか、そんなに大人っぽい下着を付けるようになったんだな」  ユリカが差し出した手を掴み、立ち上がっての第一声がそれだった。 「もう十年だもん。私、あのときのお兄ちゃんと同い年なんだよ」  十年の月日は、キャラクターがプリントされたパンツを履いていた子供を、レースをあしらったショーツを履く女性に成長させていた。 「そうか、やっぱり綺麗になったな」 「エッチなところは変わらないね、お兄ちゃんよく女子更衣室覗いて停学になってたもの」  涙を浮かべるユリカの頭をブレイダーはそっと撫でる。 「……ねえ、お兄ちゃんはもう死んじゃってるんだよね?」 「ああ……」 「じゃあ、またどこかに行っちゃうの?」  ブレイダーは不安そうに見上げるユリカの髪をグシャグシャにかき乱し、叉武郎に向き直る。 「アイツを倒してからな。サブローっていったか? 剣の心得は?」 「任せておけ、剣道でもフェンシングでも俺は東洋の騎士《オリエンタル・ナイト》と呼ばれた男だ」  叉武郎は胸を張って答える。  東洋の騎士《オリエンタル・ナイト》の二つ名はもちろん自称で叉武郎以外使う人間はいないが、剣の実力は本物だ。 「それは頼もしい」  ブレイダーの姿が光りに包まれる。  それは形を変えていき、光が収束すると剣となっていた。 「……フロッティじゃない?」 「オレの魂が篭った新たな聖剣ブレイダーだ。さあ行くぜドラゴン、オレを使え!!」 「おう!」  聖剣ブレイダーを手にし、叉武郎は未だもがき苦しむ大死霊に向かっていった。 「物理的な強さを失ったとはいえ、まだ取り込んだ魂の能力がある」  膝を突いた体勢のまま、大死霊は氷の矢を放つ。  それは先程の竜巻に飲まれ、勢いを増した上で予測不可能のタイミングで叉武郎に殺到する。  だがそんな小細工など、剣を持った叉武郎の前には全く通用しない。 「ストレートスラッシュ!」   名前の通り、ただまっすぐにブレイダーを振り下ろす。  刀身から放たれた魂源力が氷の矢を両断し、竜巻を切り裂き、大死霊の身体にまで達する。 「が、学園の関係者は皆殺しにしてやる」  大死霊は、周囲へ闇雲にさまざまな能力を撒き散らす。 「俺達がいる限り」 「女性を泣かせるような事はさせないさ」  目の前に迫る闇色の炎を、漆黒の雷を切り伏せ、叉武郎は大死霊に駆け寄って一刀を浴びせる。 「ぐあぁぁ……お、覚えておけ、学園がラルヴァ狩りをし続ける限り……、私のような存在は、け、決して無くなりはしないぞ……ハハハハハハ」  不気味な高笑いと共に、大死霊は消滅した。 「行っちゃうの? お兄ちゃん……」  戦いが終わり、それぞれ変身をといた姿になった叉武郎と春人の元にユリカが声をかける。 「ああ。だが消えやしないさ。オレはコイツと一緒に戦い続ける」  春人は写真と同じ、しまりの無い軽薄そうな笑顔で答えた。 「ユリカを頼むぜ、サブロー」  そして叉武郎に向かって手を差し出す。 「任せておけ」 「じゃあな」  春人は、叉武郎握り返した叉武郎の手に吸い込まれるように消えていった。  戦いの後、叉武郎は滝の上を更に登ったところにある丘に案内された。  小さく土を盛った場所に一振りの剣が立ててある。 「ここに春人さんが……?」 「ええ、形だけ……見つかったのは、これだけだったんです」  ユリカは初めアミーガに訪れたときのどこか陰のある雰囲気ではなく、芯に強さを秘めた柔らかい表情をしていた。 「魂が共になった今ならわかる。春人さんはとても立派な戦士だった」  胸に手を当てて叉武郎が言う。 「でも一つだけ許せない事がある。それは貴女を泣かせた事だ。ユリカさん、俺にこれからも貴女の笑顔を守らせてほしい」 「ごめんなさい」  割と遠回しな告白だったにも関わらず、ユリカは間髪いれずに答えを出した。 「そうですよね、貴女の様な素敵な女《ひと》なら恋人がいても……」 「いえ、そう相手はいないんですけど」  更に続けようとした叉武郎の言葉にかぶせて、ユリカは否定する。  だが叉武郎は動じない、なぜなら兄貴分だった春人に頼まれたのだから。 「じゃあずっと春人さんの事を?」 「いいえ、あの人は本当の兄のような気持ちで」 「ならどうして?」  そっとユリカの肩に手を置き、目と目を合わせる。 「すみません。私、筋肉でゴツい人苦手なんです」  ユリカはその叉武郎の手を払い、逃げるようにその場から駆け出した。 「本当にごめんなさい」  途中で振り返り追い討ちとばかりにもう一度謝ると、今度は本当に去って行った。 「あれ? おかしいな。今日の夕日はやけに目に染みやがる」  目頭を押さえる手が濡れていた。  全ての女性のために戦う男二階堂叉武郎・一八歳。  彼女いない歴イコール年齢の明日はどっちだ。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/1390]]  双葉区、双葉学園、あるいは双葉島と呼ばれる人工島。  喫茶アミーガはその外れ、あまり交通の便が良いとは言えない外周の道沿いに存在する。  しかしそこは、不思議と客足が途絶える事なくいつも決まったメンバーで賑わっていた。  今店に入ってきた胴着姿の男もその一人である。二メートル近い巨体に、整ってはいるが彫りが深くて暑苦しい顔立ち、名前は二階堂《にかいどう》……誰だ?  彼ら二階堂兄妹はこの店の常連で、特に五つ子は一人を除いて見た目だけでの判別が難しい。 「エスプレッソ一つ」  ここでようやく判別したので改めて紹介しよう。彼の名前は二階堂叉武郎《さぶろう》、二階堂兄弟の三男である。  他の兄弟の例に漏れず普段から胴着姿をしているが、これは叉武郎の競技とは関係無い。  貴婦人とのロマンスに憧れ騎士道に傾倒し、将来を期待されていた剣道を捨てフェンシングに転向したのである。  今では立派にフェンシング・サーブル競技部の部長を務めている。  ちなみに胴着にしている黒帯は、柔道で取ったものである。  兄弟の中でブレンド以外を頼むのは、見た目で判別できる次男と彼しかいない。 「俺は、ドリップ式の方が得意なんだけどなんだけどなぁ」  注文を受けるこの店の主、おやっさんは面白くなさそうにエスプレッソマシンを回す。 「はいよ」  何だかんだ言いながら、熟練した動きでカウンターに座った叉武郎に差し出されたエスプレッソは、上質な香りをたたえていた。  受け取った叉武郎はさっと一口含んで、そのコクを楽しむ。おやっさんはドリップにこだわりがあるようだが、エスプレッソそれに劣らずとても味わい深い。 「うん、旨い。小猫ちゃんが運んでくれれば言う事無いんだけどな」  叉武郎は店の奥でテーブルを拭いているウェイトレスの春部《はるべ》里衣《りい》へウインクを投げかける。  一八〇センチ近い長身の里衣を小猫ちゃん呼ばわりするのは、 島内広しと言えど叉武郎しか存在しない。 「ったく、アンタ達兄弟はどうして私達にちょっかいかけて来んのよ」  私達とは、里衣と彼女いわくフィアンセである有葉《あるは》千乃《ちの》の事である。  美しい顔立ちとスラリとした長身にスタイルの良さを兼ね備えた里衣自身はもちろん、普段女装している千乃も一部男子の間でファンクラブが結成されるほど人気がある。叉武郎の弟である志郎と悟郎も、そのメンバーとして活動しているのだ。 「弟のことは俺には無関係だよ。俺はあくまで全ての女性の従僕さ」 「あっそう。アンタ等四人は見分けるのも面倒だし、私にとっては全部一緒だわ」  芝居がかった動作で訴える叉武郎に対し、里衣の反応はにべもなかった。 「連れないなぁ小猫ちゃん」  しかし叉武郎は懲りもせずに、わざとらしく肩をすくめて見せてからカップを口に運んだ。  ここまで自然な動作がいちいち空回りしているのも珍しい。  いつもならこれから叉武郎が延々と、コーヒー一杯でいつまで粘るつもりだと怒られるまで里衣を口説き続けるのだが、今日はそうならなかった。  バイクのエンジン音が近付いて来て止まる、新たな客がやってきたのだ。 「……おやっさん、俺はサスの調整しか頼んでいないはずだが」  入ってきたのは、先ほどから何度か話題になっていた叉武郎の兄弟、その中で唯一すぐに見分けられる次男の侍郎だった。  二メートル近い巨体は変わらないが、細身の体に写真家として芸術を愛する心と唯一バイクの免許を持つ、兄弟の中では比較的に無害な男である。  バイクのメンテナンスはおやっさんに任せているので、こうしてたまにおやっさんのありがた迷惑な改造に文句を言いにやって来る。 「……ハンドルに見慣れないボタンが増えていたが」  普段無口な侍郎もバイクの事となると、口数が多くなる。  侍郎の人格に大きな影響を与えている叔父から譲り受けたバイクなので、それだけこだわりがあるのだ。 「高震動発生装置だ。衝撃に強くなるぞ」  しかしそんな事を一切知らないおやっさんは、得意そうな笑顔を浮かべサムズアップで言う。 「……俺はサスの調整しか頼んでいないはずだが」  侍郎は再び要求を繰り返す。 「わかったよ。ガレージに回してくれ。コーヒー一杯飲んでる間に外してやる、コーヒーもおごりだ」  侍郎の静かな怒りを感じ取ったおやっさんが、しぶしぶといった様子でひとまずコーヒーを入れるため引っ込んでいった。 「……グアテマラを」 「あいよ。いつものな」  侍郎が好んで飲むコーヒーの銘柄も、叔父から影響を受けたものだ。  そのとき、ピピピとアラームのような音が響き渡る。 「おっと、失礼」  発信源は叉武郎の学生用モバイル端末だった。 「叉武郎です。ああ、麻里奈さん」  麻里奈さんは、叉武郎が住む寮の寮母を務める女性である。 「……ええ、もちろんですとも。……はい、それでは」  自分のことをきちんと名前で呼ぶ叉武郎を気に入っており、食事の量など優遇する代わりに、雨戸の修理などちょっとした用事で頼る事も多い。  叉武郎は女性のため、それも普段お世話になっている麻里奈さんのためならどんなことでも喜んで引き受ける。 「すまないが兄さん、寮まで送ってくれないか? 急に呼び出されてしまって」  お願いという形をとっているが、叉武郎の中ではもう決定事項である。  強引なのも、二階堂兄弟に共通した特徴であった。 「ヘルメットが無い」  しかしハヤブサが唯一の友達だと言い張る侍郎が、予備のヘルメットなど用意しているはずもない。 「そんなの変身すれば済む話だろう」  きっぱりと言い切る叉武郎であったが、実際は変身する異能者に合わせた法律など存在しないので違法である事に変わりは無い。 「それともこの俺に女性を待たせるつもりか?」  叉武郎の眼光が鋭さを増す。  反論に口を開くのも面倒という事で、結局侍郎は叉武郎を送っていく事となった。 「決まりだな」  叉武郎は机の下からアタッシュケースを取り出した。  愛犬を両親に取られた梧郎や、昆虫の世話をするつもりが無い志郎以外の兄弟は、自分と合体できる動物を連れている。  叉武郎のこのアタッシュケースも、魚類と合体する彼に合わせて水槽になっていた。照明やエア用の電源に学園の超科学の技術をふんだんに盛り込んだ特別製である。開閉時に九十度傾いてしまう事を除けば、魚にとって理想的な環境を保つことができる。  叉武郎は蓋を外し中に指を入れた。  するとお腹をすかせたピラニアがすかさずそれに噛み付く。  傷が大きくなる前に叉武郎も慌てて変身する。 「合体変身!」  辺りが光に包まれる。 「どうした、何かあったのか?」  突然の光に驚いたおやっさんが、手の中にしっかりとコーヒーを持って現れる。 「すまないな、おやっさん。バイクは今度だ。侍郎兄さんに急用ができた」 「急用って……お前が作ったんだろ、あんまり便利に何でもさせるなよ」  変身した叉武郎の姿については一切触れず、おやっさんは普通に会話を進める。  変身系の異能を持った学生が集うこの喫茶店ならではの光景だった。いろいろと怒られそうな外見やそれなのに胴着姿のままなのも、ここでは最早日常化し過ぎて誰もツッコむことさえしない。 「……バイクは、今度直してもらう」  侍郎はとりあえずおやっさんからコーヒーを受け取ると、一口で飲み干す。そしてきっちりと、一杯分の金額をテーブルに置いて出て行った。  バイクを直さないのであれば普通の客だという、何とも律儀な侍郎である。  ヘルメットについては、銃で撃たれても平気な状態であれば問題無いだろう。  二人が走り出すと、巨大な影が近づいて来た。いや影ではない。それは光を吸い込む闇であった。二本のタイヤと空気を轟かせるエンジンの爆音から、それがバイクだという事がわかる。  そのバイクは限界ギリギリまでスピードを上げてタイヤを振り回し、ほとんどスピードも落とさずにコーナーへ突っ込んでいく。  常人では決して操る事のできない正真正銘のモンスターマシン、あんなモノを造ってしまう技術を持った人間はこの島には数人いるが、一般車の改造で造ってしまうのは一人しかいない。  あれは間違いなく、おやっさんのバイクだ。  それはかなり後方にいたはずなのに気が付けば、すぐ近くまで迫ってきていた。 「……来る!」  謎のバイクが車体を傾け、二人の乗ったバイクへ体当たりを仕掛ける。元の性能に劣る上に二人乗りの侍郎のバイクでは、避ける術は無い。  侍郎と叉武郎が乗ったバイクは、謎のバイクに押しのけられ道路の外へ転がっていった。 「おやっさんに感謝しないとな」  下が砂浜だった事もあり、変身していた叉武郎はもちろん、侍郎も比較的軽傷であった。  何がどう作用したかはさておき、高震動発生装置も役に立ったらしい。  謎のバイクに乗っていた人影は、悠然と二人を見下ろしている。 「憎い……るさない、恨んでやる」  闇色に揺らめくその背中からは、様々な怨嗟の声が聞こえてくる。  人に近い形をしながらも明らかに人間ではないその異形は、ほんの少しだけ変身した二階堂兄弟を思わせる。  異能者かラルヴァか、どちらにしても友好的な相手ではないのは間違いない。  黒尽くめの何者かは右手を上げ何も無い空間から剣を作り出すと、ゆっくりと砂浜へ降りてきた。  いつの間にか近くに停めてあったバイクが消えている。 「式神!」  異形はまた何も無い空間から札のようなものを取り出し、地面にばら撒いた。  札が落ちた所から、人の形をしたモノが浮き上がってくる。  明らかにラルヴァの仕業だった。人間であるというには、一人につき一系統という絶対的なルールから明らかに逸脱し過ぎている。 「シュン」  侍郎は立ち上がって、唯一の友の名前を叫んだ。  どこからともなく一羽の隼が現れ、侍郎の腕にとまる。 「合体変身!」  光の中から翼をイメージさせる変身後の侍郎が現れる。 「貴様等も命を取り込むのか、面白い」  影が声を発する。背中に背負う怨嗟の声よりもなお、暗く禍々しい響きであった。  侍郎と叉武郎は背中合わせに身構える。 「そういえば、こうして共闘するのは初めてじゃないか?」 「……守備範囲が違う」 「確かにな」  鳥類と合体する侍郎と魚類と合体する叉武郎は、それぞれ得意とする戦場に対応できる能力者が少ないため、同じ作戦に投入される場面は少ない。 「行くぞ!」  雄叫びを上げ、叉武郎は人形《ひとがた》の群れへ突っ込んでいった。  だが十数年の時を一緒に過ごした兄弟同士、お互いのコンビネーションに不安は無い。と思っていたのは叉武郎だけだったようだ。 「……任せた」  侍郎は戦う叉武郎の背中を蹴って、人形の群れを抜け影の前へ飛び出した。 「あ、この!」  仕方なく叉武郎は人形の相手をする。  拳の一発で簡単に崩れ去る。  数は多いが、大した脅威ではない。 「……タァッ!」  隼の狩りと同じく、落下のスピードを利用して蹴りを放つ。 「無駄だ」  しかしそれは虚しく、影を突き抜け派手な砂煙を上げた。 「……エレメントか」 (だが、それならそれでやりようがある)  侍郎は砂煙に乗じて距離を取った。 「フェザーエッジ!」  振りかざした侍郎の腕から黒い影に向かって、鳥の羽の形をした魂源力《アツィルト》の刃が殺到する。 「翻れ鏡界門」  呪文らしきものを口にして、人影が手に持った剣で地面に線を引くと、抉られた地面から漆黒に光る障壁が立ち上った。  それに触れた瞬間刃の羽が反転し、侍郎に襲いかかる。 「……ちぃ」  侍郎はそれを飛び上がってかわす。  しかしそこには、既にラルヴァの黒い影が待ち構えていた。 「……な?」  その手に持った凶刃が侍郎を刺し貫く。 「……ぐぅ」  短い声をあげ、侍郎が地面へ落下していった。 「侍郎兄さん!」  砂浜に叉武郎の声が虚しく響く。 「くそぅ!」  叉武郎は浜辺に転がっているアタッシュケースへ駆け寄った。  さすが学園の技術の粋を集めただけあって傷一つ無い。中を明けて水槽の無事も確認すると、先程と別の水槽に入っている切札へ手を伸ばした。 「移行変身《スライド・フォーム》!」  バチバチと周囲に微弱な電気を放ちながら現れるその姿は、電気ウナギと合体したものだ。 「一〇〇万ボルトの電撃《ミリオン・スパーク》!」  叉武郎は地面に手を叩きつけ電撃を流す。  電気ウナギの電気は、筋肉細胞を変化させた発電板によって作られ、その最高電圧はおよそ八〇〇ボルトにまで達する。  叉武郎の場合、日々の鍛錬と変身によって強化された筋肉から放たれる電撃は百万ボルトにまで達する。  人形は核となる札が焼かれて、砂の塊に戻っていく。 「ちょっと、どうなってるの?」 「小猫ちゃん!? おやっさんも」  上の道からおやっさんと里衣がそれぞれスクーターとバイクでやって来ていた。 「凄い音だったが、大丈夫だったか?」 「すまない二人共、侍郎兄さんを頼む」  叉武郎は倒れている侍郎を指し示した。 「ウソ、アンタ達がやられるなんて……」  人格はともかく、その戦闘力には定評のある二階堂兄弟が倒されている。  その事実に里衣が驚愕する。 「救急車を」  懐を探るおやっさんを、里衣の声が制した。 「私が運んだ方が速いわ」  里衣が倒れている侍郎を抱え上げる。 「させん!」  影が里衣の前に立ちはだかる。 「春人、春人なのか!?」  その姿を見たおやっさんは誰かの名前を呼んだ。  影は応えず、剣を振り上げる。 「そう何人も目の前でやらせるか!」  叉武郎は二人の前に飛び出した。  空中で腕を交差させ、そこにあらん限りの魂源力を電気に変換して流し込む。 「サンダー・クロス!」  百万ボトルに達する電撃を両腕に宿し、相手を×の字に切り裂く、叉武郎の必殺技である。  しかし異形の影は左腕に雷《いかずち》をまとい、叉武郎の放った“電撃を殴り返す”。 「雷神の鎚《ムジョルニア》!」  すさまじい閃光と衝撃が広がり、里衣の口から「きゃ」と短い悲鳴が上がる。  気の毒な事にスカートが捲くれてしまったらしい。  それを見て影が突然苦しみだす。 「ぬぅ、ううぅん……クソ、覚えていろ」  それだけ言うと、霧のように薄れて消えてしまった。 「コラ! 小猫ちゃんのを見て苦しむとは何事だ! イヤなら代われ」 「……最っ低」  里衣が小さく呟いた。  店に戻った後も、重苦しい雰囲気が続いていた。  おやっさんは黙々と豆をひいている。  それを破ったのは、里衣からの電話だった。 「……そうか、ありがとう。小猫ちゃん」 「侍郎は心配無いそうです」  電話は病院まで侍郎を運んでくれた里衣からだった。  あの時変身したままでいられたのが良かったらしい。  侍郎が気を失っても、合体していられたのはシュンの意思であるはずだった。叉武郎は侍郎の小さな親友に感謝した。  おやっさんは「そうか」と短く応え、コーヒーグラインダーを回す。  店内にはガリガリと豆が砕ける音だけが響く。 「おやっさん、さっきのヤツについて何か知っているんだろう?」  耐え切れなくなった叉武郎は、ついにその一言をおやっさんに投げかけた。  おやっさんは豆を挽くてを止め、店の奥から一枚の写真を持って来た。  この店で女の子の誕生会を開いたときのもののようで、主役らしい女の子を今より少し若いおやっさんやその仲間達が囲んでいる。  どの顔も今は見かけないものばかりだ。  レトロなおやっさんの趣味らしくアナログのフィルムで撮られているそれには、二〇〇九年、十年前の日付が入っていた。 「その写真の右上に写ってるのがそうだ」  そこに写っているのは、写真で見てもわかる程軽薄そうな顔をした少年が写っている。 「真裂《まさき》春人《はると》、またの名を超刃《ちょうじん》ブレイダー。俺のバイクを初めて乗りこなした男だ」  懐かしそうにおやっさんが遠くを見つめる。 「ソイツは今どこへ?」  問いただす叉武郎の語調は自然ときつい物になる。  命に別状はないとはいえ、兄弟を倒された恨みは簡単には消えはしない。 「あの化け物はあいつじゃない! あいつのはずはないんだ……」  一度叫んだあとおやっさんは、力なくつぶやいた。 「何故そう言い切れるんです?」 「ブレイダーは……、真崎春人は、死んだからです」  その質問に答えたのはおやっさんとは、別の声だった。  扉の所に美しい黒髪を腰まで伸ばした、静謐な雰囲気を持つ美人が立っていた。着ているのが高等部の制服でなければ、成人しているといわれても疑わないほど大人びた女性である。 「あなたは?」 「ユリカちゃん……、なのか?」  ほぼ同時に二人の声が重なった。 「はい、ご無沙汰してます。マスター」 「マスターじゃない、おやっさんだ」  二人の間に独特の和やかな雰囲気が流れる。  それだけで、この人もかつてアミーガだった事がうかがい知れた。 「あなたも関係者なんですか?」 「私は天道ユリカ。その写真で誕生日を祝ってもらっているのが私です」  ユリカはカウンターに近付き、写真と自分を順に指差す。 「しかしユリカちゃん、大きくなったな」  おやっさんは写真――というより自分の記憶と目の前のユリカを比べ、感慨深げにつぶやく。 「ええ十年ぶりですから」 「そうか、もうそんなになるのか……、しかしどうして急に」 「彼が……、現れたと聞いて」  答えるユリカの声が重苦しく響く。 「私の能力は少し変わっていて、魔法のアイテムを能力を持っていない人に融合契約させるというモノです」 「融合契約?」  聞きなれない単語に叉武郎が聞き返す。 「丁度おまえさん達兄弟の合体変身みたいなもんだ」  そのおやっさんんの言葉で、叉武郎はあの怪物が変身した兄弟達の基本形に似ていた事を思い出した。 「アイテムと一体化する事によって、疑似的にアイテムの能力を使えるようになるんです」  ユリカは静かに語りだす。 「彼は私の力を狙って襲ってきた敵から、私を庇って斬られてしまっって、助けるには私の力を使うしかなかったんです……」 (そんな重い宿命を背負ってまで、この少年は軽薄な笑みを絶やさなかったのか)  叉武郎はある意味この少年を尊敬した。 「その後も勝手に巻き込んでしまった私を、彼は必死に守ってくれた……」 「そして、ヤツ等のボスと差し違えて死んじまった。だからヤツが春人だっていう事はありえないんだ」  感極まって涙を流すユリカの言葉をおやっさんが継いだ。 「ブレイダーに、突然消えたり、電撃を使うような特殊能力は?」  話を聞く限りあの影のような存在が、真崎春人であるとは考えづらい。あの異能者にしてはデタラメな能力も、ラルヴァであれば説明が付く。 「そんなのは無かった。あいつはいつも、剣一本で戦ってたんだ」 「ブレイダーの元になった剣にも、そんな力はありませんでした」  しかし必ず何か関係があるはずだ。  それを探るためにも、もう一度あれと戦う必要があるのは間違いない。 「おやっさん、どうやら俺はもっと強くならないといけないらしいな」  一〇〇万ボルトの電撃《ミリオン・スパーク》を破られた今、手持ちの技ではあの怪人を打ち倒す術は無い。  だからといって侍郎を倒したあの怪物を、そのままにさせておくつもりは、叉武郎にはもとより無かった。 「……付いて来い」  おやっさんはカウンターを開け、ゆっくりと出入り口へと向かっていく。 「まさか、あそこに?」  何も語らずおやっさんは、店の看板を裏返した。 「ここは?」  叉武郎が連れて来られたのは、人工の埋立地である双葉島に何故か存在する山、その名も双葉山だった。  最近ではプラネタリウムが作られたりして大分整備されてきたが、こちらはそのコースとは裏側で土砂や礎石置き場だった名残を色濃く残している。 「昔ブレイダーの最後の戦いでできた崖です」 「雨が降ったりした日には滝ができて危ないので、水門を作って管理している。今日はその水門を開くぞ」  おやっさんとユリカは崖の上に登っていった。  しばらくして崖の上から水が流れ始め、かなり勢いの強い滝になった。 「よし、そこから登って来い!」  ご丁寧に拡声器を用意していたおやっさんが叫ぶ。 (滝登り――魚で特訓と言えばやっぱりこれしか無いよな)  やはりおやっさんは色々とわかっていた。  叉武郎は目の前の滝に飛び込んでいった。  水の流れが巨大な質量となって叉武郎を襲う。 「どうした? お前の決意はそんなもんか?」  まともな足場さえ無い岩肌で流されそうになりながら、それでも叉武郎は登っていく。  水の流れの力強さを感じながら、それ以上の力を身体の奥底、魂の中から振り絞っていく。  その間もずっとおやっさんの檄が飛んでくる。 「皆殺しだ……許さない……憎い……」  突然おやっさんの声が途切れ、代わりにさっきあの影が背負っていた怨嗟の声が聞こえてきた。 「おやっさん!」  叉武郎が見上げた先には、おやっさんとあの謎の人影が対峙していた。 「春人! 春人は、春人はどうした?」  おやっさんは現れた影につかみかかろうとして、反対側へすり抜けた。  頭では無関係だと思いつつも、やはりその姿を見て動揺を隠しきれないのだろう、春人本人に呼びかけるのと敵対する相手に対する呼びかけが混在していた。 「……真崎春人でも、ブレイダーでもない。私の名は大死霊《だいしりょう》。学園に強制された戦いの犠牲者の集合体だ」  影――大死霊がおやっさんを殴り飛ばす。 (急がなければ!)  叉武郎はこれまで以上に魂源力《ちから》を燃やし、一気に這い上がった。 「待て!」 「現れたな、命を取り込む者」  現われるを待っていたかのように、大死霊は叉武郎へと向き直った。 「貴様等を取り込み、学園の生物全てを生きたまま取り込んでやる! フハハハハハ!」  高笑いして叉武郎に斬りかかる大死霊。 「見える!」  叉武郎はそれを紙一重でかわす。  確かに悟郎の力を手に入れれば、本当に島中の人間を生きたまま取り込む事も可能かもしれない。 (だがそんな事が起こる事は絶対にあり得ない)  叉武郎は確信する。 (今なら出来る、逆流を撥ね退けて身体も魂も登りつめた今なら)  おやっさんに預けてあったアタッシュケースを開き、その中の水槽に手を入れる。  泳いでいるのは、何の変哲も無い鯉だった。 「合体変身!」  光を抜けて現れた叉武郎も、ピラニアの牙も電気ウナギの放電能力も無いただ体力を強化した姿である。 「この前のビリビリの方がまだ魂源力《ちから》を感じたぞ? 諦めたのならさっさと死ね!」  大死霊は周囲の空気中の水分を凍らせて矢を放つと同時に、自身も飛び掛る。 「さっきのように逃げ場は無いぞ!」  本体はもちろん氷の矢も、十分致命傷となりうる凶悪な攻撃だ。どちらか一方を迎撃すれば、もう一方にやられてしまう。  “どちらか一方”がダメなら両方防いでしまえば良い。  叉武郎は前に手を翳した。 「登竜門《ドラゴンズ・ゲート》」  叉武郎の前に光の壁が現れ、大死霊が放った氷の矢を粉砕し大死霊を弾き飛ばす。 「大した力だ。だがそんな防御なんぞ、いくらでもすり抜けて攻撃できるぞ」 「防御? 違うな、登竜門ってのは潜り抜けるモノだ!」  叉武郎は、光へと突っ込んで行った。  激しい抵抗が叉武郎を襲う。 「ぐぅ、うあぁぁぁあぁぁ!」  叉武郎は身体中の魂源力を高めさせ、力ずくで押し進む。  そして壁をくぐり抜けた叉武郎の身体が、再び光り輝いた。  鯉の鱗の緋色だった身体が鮮やかな青色になり、頭部には牙をあしらった意匠が、腕には爪をあしらった手甲が追加されている。  その姿はまるで―― 「龍化形態《ドラゴニック・フォーム》」  そう龍《ドラゴン》であった。 「そんな虚仮威し《こけおどし》が!」  叉武郎の手が大死霊の剣を受け止める。  力任せに押し進めようとするその刃をそらし、実体が無いはずの大死霊の身体を蹴り上げた。 「馬鹿な」  龍化形態とは、鯉が登竜門をくぐって龍と成ったように、特殊な力場をくぐって自らを半魂源力《アツィルト》エネルギー体と化す大技である。  つまりその拳の一つ一つ、蹴りの一つ一つが魂源力《アツィルト》を直接ぶつけるのに等しい。 「ええい、ならこれでどうだ」  大死霊は四方八方から風の刃を飛ばす。  やがてそれは気流を乱し、竜巻となって吹き荒れる。 「お兄ちゃん!」  水門の上から現れたユリカのスカートを捲り上げた。  大人びた印象と裏腹に、淡いエメラルドグリーンの可愛らしいショーツだった。  だがまたしても叉武郎の位置からは見えない。 「ぐ、っぐわぁあぁぁ!」  大死霊は苦しみだし、やがて二つの人影に分かれた。  一方は先程まで背中で揺らめいていた怨嗟の声の塊が人の形をしたモノ、もう一方は黒一色だった身体が赤と青そして銀の三色で彩られた先程までの姿、超刃《ちょうじん》ブレイダーだ。 「お兄ちゃん」  うずくまって苦しむブレイダーにユリカが駆け寄った。 「いつの間にか、そんなに大人っぽい下着を付けるようになったんだな」  ユリカが差し出した手を掴み、立ち上がっての第一声がそれだった。 「もう十年だもん。私、あのときのお兄ちゃんと同い年なんだよ」  十年の月日は、キャラクターがプリントされたパンツを履いていた子供を、レースをあしらったショーツを履く女性に成長させていた。 「そうか、やっぱり綺麗になったな」 「エッチなところは変わらないね、お兄ちゃんよく女子更衣室覗いて停学になってたもの」  涙を浮かべるユリカの頭をブレイダーはそっと撫でる。 「……ねえ、お兄ちゃんはもう死んじゃってるんだよね?」 「ああ……」 「じゃあ、またどこかに行っちゃうの?」  ブレイダーは不安そうに見上げるユリカの髪をグシャグシャにかき乱し、叉武郎に向き直る。 「アイツを倒してからな。サブローっていったか? 剣の心得は?」 「任せておけ、剣道でもフェンシングでも俺は東洋の騎士《オリエンタル・ナイト》と呼ばれた男だ」  叉武郎は胸を張って答える。  東洋の騎士《オリエンタル・ナイト》の二つ名はもちろん自称で叉武郎以外使う人間はいないが、剣の実力は本物だ。 「それは頼もしい」  ブレイダーの姿が光りに包まれる。  それは形を変えていき、光が収束すると剣となっていた。 「……フロッティじゃない?」 「オレの魂が篭った新たな聖剣ブレイダーだ。さあ行くぜドラゴン、オレを使え!!」 「おう!」  聖剣ブレイダーを手にし、叉武郎は未だもがき苦しむ大死霊に向かっていった。 「物理的な強さを失ったとはいえ、まだ取り込んだ魂の能力がある」  膝を突いた体勢のまま、大死霊は氷の矢を放つ。  それは先程の竜巻に飲まれ、勢いを増した上で予測不可能のタイミングで叉武郎に殺到する。  だがそんな小細工など、剣を持った叉武郎の前には全く通用しない。 「ストレートスラッシュ!」   名前の通り、ただまっすぐにブレイダーを振り下ろす。  刀身から放たれた魂源力が氷の矢を両断し、竜巻を切り裂き、大死霊の身体にまで達する。 「が、学園の関係者は皆殺しにしてやる」  大死霊は、周囲へ闇雲にさまざまな能力を撒き散らす。 「俺達がいる限り」 「女性を泣かせるような事はさせないさ」  目の前に迫る闇色の炎を、漆黒の雷を切り伏せ、叉武郎は大死霊に駆け寄って一刀を浴びせる。 「ぐあぁぁ……お、覚えておけ、学園がラルヴァ狩りをし続ける限り……、私のような存在は、け、決して無くなりはしないぞ……ハハハハハハ」  不気味な高笑いと共に、大死霊は消滅した。 「行っちゃうの? お兄ちゃん……」  戦いが終わり、それぞれ変身をといた姿になった叉武郎と春人の元にユリカが声をかける。 「ああ。だが消えやしないさ。オレはコイツと一緒に戦い続ける」  春人は写真と同じ、しまりの無い軽薄そうな笑顔で答えた。 「ユリカを頼むぜ、サブロー」  そして叉武郎に向かって手を差し出す。 「任せておけ」 「じゃあな」  春人は、叉武郎握り返した叉武郎の手に吸い込まれるように消えていった。  戦いの後、叉武郎は滝の上を更に登ったところにある丘に案内された。  小さく土を盛った場所に一振りの剣が立ててある。 「ここに春人さんが……?」 「ええ、形だけ……見つかったのは、これだけだったんです」  ユリカは初めアミーガに訪れたときのどこか陰のある雰囲気ではなく、芯に強さを秘めた柔らかい表情をしていた。 「魂が共になった今ならわかる。春人さんはとても立派な戦士だった」  胸に手を当てて叉武郎が言う。 「でも一つだけ許せない事がある。それは貴女を泣かせた事だ。ユリカさん、俺にこれからも貴女の笑顔を守らせてほしい」 「ごめんなさい」  割と遠回しな告白だったにも関わらず、ユリカは間髪いれずに答えを出した。 「そうですよね、貴女の様な素敵な女《ひと》なら恋人がいても……」 「いえ、そう相手はいないんですけど」  更に続けようとした叉武郎の言葉にかぶせて、ユリカは否定する。  だが叉武郎は動じない、なぜなら兄貴分だった春人に頼まれたのだから。 「じゃあずっと春人さんの事を?」 「いいえ、あの人は本当の兄のような気持ちで」 「ならどうして?」  そっとユリカの肩に手を置き、目と目を合わせる。 「すみません。私、筋肉でゴツい人苦手なんです」  ユリカはその叉武郎の手を払い、逃げるようにその場から駆け出した。 「本当にごめんなさい」  途中で振り返り追い討ちとばかりにもう一度謝ると、今度は本当に去って行った。 「あれ? おかしいな。今日の夕日はやけに目に染みやがる」  目頭を押さえる手が濡れていた。  全ての女性のために戦う男二階堂叉武郎・一八歳。  彼女いない歴イコール年齢の明日はどっちだ。 ---- [[二階堂シリーズ>二階堂兄弟シリーズ]] [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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