【X-link ハロウィン特別編 Side2009 part2】

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  Xーlink ハロウィン特別編 Side2009 part2 【Destiny’s Play / 少女のいたずらとパパのお菓子】  コーヒーを飲み終わった響はそれをゴミ箱に向けて投擲した。距離はおよそ20メートル以上あるだろうが見事に入れてみせると、ひとつ息をつく。 「さて、パパは少女の悩みをなんとか解決したわけですが。どうやらこれで彼女を送り届けてハッピーエンドとはいかないようですねえ」  笑顔だった響の顔が俄に険しくなる。それは今までの茫洋としていてどこか抜けている所があるお人好しのように見えた響とは明らかに違う、冷徹さをはらんでいた。 「え、どうしたんですか?」 「無粋なお客様がいらっしゃるようです。出て来ていただけませんか? 結構前から私たちの事、つけていますよね? こちらの話は終わったんで、そろそろあなたの問題も片付けたいんですよ」  響は街灯の後ろの暗がりに向かって話しかけるが返事は無い。 「おや、しらばっくれるおつもりなんですかね。ではこちらから挨拶させてもらいましょうか」  そう言うと響はバイクから手袋を取り出すと手に付ける。その手のひらには丸い、ガラスのようなものが埋め込まれているのが目についた。 「では、こんにちはっと!」  響が右手を街灯に向けると、俄にその手が輝きだす。  次の瞬間、その手のひらからエネルギーのようなものが放たれた。発射されたエネルギーは目で追う間もなく街灯を直撃し、街灯の下半分をまるで飴細工のようにとかす。街灯の下半分が無くなった事で支えを失ったその上半分が道路に落ちて、凄まじい音をたてた。 「何、これ、何かのビーム? 電気かしら、でもあの熱量は……まさかプラズマ!?」 「そう、ご明察です。でもあんまり僕の能力を解析しないでくださいね、あちらさんまだご無事のようですから」 「ご無事って、殺すつもりだったんですか!?」 「まあ、必要とあらばそうしますよ。でも彼、いや彼女かもしれませんけど。聞きたい事が色々とありますからね、殺しはしませんよ」  『殺す』という単語を実になんの抑揚もなく普通に話す響に萌絵(?)は戦慄した。例えば子供の喧嘩や脳みそのない不良が脅しで使う『ぶっ殺す』などとは訳が違う。本当に『殺す』という事を実行するであろうその口調。 「でも、あんな攻撃をしたら……」 「いえいえ、それなりに訓練をしている人間ならあの程度は避けられるでしょう。速度もセーブしましたしね。現にまだ結構な殺気が向けられてますからね。まあ殺気をこちらに気取られている時点で2流もいいとこなんですけど。ちょっと舐められてるんですかねえ」  そう響が言った直後、暗がりからパン、パンという乾いた破裂音がして響に銃弾が殺到する。  だが、その銃弾が彼に届く事はなかった。彼の近くまで届いた銃弾はその直前で燃え尽きてしまう。 「銃は効きませんよ。何せプラズマは数万ケルビンの熱がありますからね。ああ、犀川(仮)さんもバイクの影にでも隠れていてください。熱いですよ」  この状況でも響の声の調子も、その表情も殆ど変わらない。相当に場慣れしているように見えた。 「そろそろ出て来てくれませんかねえ。独り言ばかり言っているとまるっきり気持ち悪い男やもめじゃないですか。それじゃパパとしては息子に会わせる顔がないんですよ」  響は暗がりに向かって呼びかけ続けている。どう見てもICレコーダーにぶつぶつと話しかける様は気持ち悪いだろうと萌絵(?)は思ったが状況が状況なので黙っている事にした。 「あれ、砂が……」  萌絵(?)は奇妙なものを見た。砂浜の砂がだんだんと隆起していく。およそ5メートルまで隆起するとその砂から大きな手が生えてきた。それはまるで砂の巨人のように見える。  さらにその砂の巨人の頂上、頭の上には人影が見えた。 「いきなり攻撃をしかけてくるとは無粋だと思わないのか貴様!」  砂の上の人間が大声を出す。一応は聞き取る事ができるが、アクセントがおかしい。どうやら日本人ではないようだ。暗いのでその顔は見えないが、どうやら声からして20代のように思われた。 「あれ、攻撃する前に声はかけましたけどね。聞こえませんでした?えーと……」 「私のコードネームは『砂上楼閣《サンドトリック》』! 偉大なる将軍様から与えられた名前だ! そして私の能力は岩石をこのように自由自在に操る! 命は無いと思えよ!」 「はあ、サンドトリックさんですか。で、僕らに何の用です? 恐らく僕が想定したうちの2つの可能性のうちどちらかだとは思うんですが、今イチ断定する事が……」 「問答無用!」  響の言葉を遮ると砂の巨人がその右腕を大きく振りかぶり、萌絵(?)には捉えられないほどのスピードで響に向かって強烈なストレートを繰り出した。凄まじい轟音とともに砂の拳は響に到達し、アスファルトを粉々にする。響の姿を萌絵(?)は確認する事ができない。まさか、そのまま潰されてしまったのか。 「うわはははは、どうやって銃弾を防いだのかは知らんが、この攻撃、サンドティカ・マグナムを喰らえばひとたまりもないだろう!」 サンドトリックは高らかに勝利の雄叫びをあげる。彼のこの攻撃を正面からまともに受けて無事だったものは今まで一人もいなかった。 「響さん!!」 「はい、なんでしょう? そんな大きな声を出さなくてもちゃんと、聞こえますよ。まだ耳が遠くなるような年じゃありませんしね。ええ、うちの息子が立派に独り立ちするまでは老け込む気はありませんよ。むしろ授業参観などで自慢出来る若くてはつらつとしたパパでいようと日々気を付けていますから」  響は突然、萌絵(?)の頭上に現れ、ふわふわと浮きながら何でもないという風に話している。明らかにはつらつとしていない外見はいつも通りで、傷一つついたようには見えない。一つ先ほどと違うのは彼の靴の裏が光の粒子のようなものを放出している事だろうか。 「プラズマ……まさかアークジェットスラスタですか? ということは、響さんの能力は……」 「これだけ見てわかりますか。さすがに頭の回転が早いですねえ。ええ、そのとおりです。まあ解説はおいおいという事で」    傷一つない響に驚愕したサンドトリックがアスファルトに突き立てさせた拳を元に戻すと、そこにはもう何もなかった。あるのは数メートルは抉れたであろうアスファルトのみだ。 「貴様、何故私の攻撃を受けて無事なのだ!?」 「いやあ、流石にあれをまともに受けたら無事じゃあないでしょう。だから避けたんですよ」 「避けた!? 避けただと!? 貴様私の攻撃に反応して避けたとでもいうのか。一体何をした!?」 「これまでの攻撃と浮いてる僕を見てもわからないなら、しょうがありませんね。自分の能力をベラベラ解説してあげる馬鹿がいるわけないですし」  その響の言葉はどこまでも丁寧だが、それは逆に非常に慇懃無礼なものに聞こえる。自分の能力をベラベラ喋った馬鹿こと、サンドトリックは激昂する。 「馬鹿にしやがって! ならばこれはどうだ!!」  サンドトリックの言葉に応じて彼が先ほどの攻撃で砕いた無数のアスファルトの塊が一斉に空中に浮かぶ。  そしてそれらは、弾丸のようなスピードで響に殺到した。 「どうだ、この速度、そしてこの量ならば逃げ切れまい!」 「いや、さっき私に銃弾が効かなかった事忘れたんですか?」  先ほどと同じ事がおこる。響の身体がまるで電球のように白く輝いたかと思うと、次の瞬間には彼に殺到していたアスファルトの塊は一瞬で塵と化した。  響はゆっくりと着地すると、砂の巨人と、その上に立つサンドトリックを見据える。次に両手の手のひらを胸の前で合わせると神経を集中し始めた。手のひらが凄まじいまでの光を放つ。響がゆっくりと手を離すとその間には巨大な光の玉のようなものが現れた。その玉の中は色とりどりの、まるで虹のような光で満ちて、場にそぐわないくらいに美しかった。 「さて、あなたから色々とお話をお聞きしたいのですが、それにはその大きいの邪魔なんで、消しますね」 「馬鹿にするなよ貴様ぁぁぁぁぁ!! 行け、砂巨人! サンドティカ・ファントムだ!」 「そのセンスのないパロディ、好きじゃありませんね」  響は両手の間にある光の玉を砂巨人に向かって解き放ち、砂巨人は左手を振り上げ、今度はその身体ごと響に突進していく。 次の瞬間、光の玉と砂巨人は真っ向から衝突しその周囲は凄まじい光と、そして熱風につつまれた。 「あー、ちょっとやり過ぎましたかねえ、加減を間違えたかなあ」  コートについた埃を払いながら響がのんびりと呟く。彼に突進していた砂巨人は、もはや跡形もなくなっていた。 「あれ、サンドトリックさんは大丈夫ですよね。まさか馬鹿正直にあのデカイのと一緒にこっちに突進してきたわけじゃあ……」 「私を侮るのもいい加減にしろよ!」  響の背後から声がする。サンドトリックの声だった。  響が振り返ると、サンドトリックは萌絵(?)の首を抱きかかえ、そののど元にナイフを突きつけていた。 「迂闊だったな、この子供から目を離すとは! さあ、この娘の命が惜しければとっとと武器を捨てろ!」 「すいません、響さん……」  萌絵(?)が申し訳なさそうに呟く。 「いえ、確かに迂闊でした。あなたの目的を読み違えたのかもしれませんねえ。僕の読み通りだったら、そんな事をするはずがありませんから」 「ぶつぶつと何を言っている! いいからとっとと武器を捨てろ」 「武器なんて持ってませんよ、私」 「その手袋と靴だ! それが貴様の武器だろうが!」 「いや、手袋は指向性を与えてるだけだし、靴はエンジンのようなものだから武器じゃないんですけどねえ」 「ごたくはいい! とっととそれを捨てナイカ!」 「いやです」そう言うと響は手のひらをサンドトリックに向けた。その手のひらが発光している、響は本気だ。 「何だと、貴様! この娘の命が惜しくないのカ!」 「それは惜しいですよ。でもそれとこれとは話が別です」 「どういう事ダ」 「そうですねえ。じゃあ問題を出しましょうか。今、あなたが生きていられているのはなんでだか、わかりますか?」 「それは勿論、我が偉大ナル……」 「その解答は0点ですね。正解は彼女が生きているからです。彼女に危害を加えたらその瞬間にあなたを殺さない理由が無くなります。子供に危害を加えるような人間、僕は迷わず殺しますよ」 「貴様、本当にこの娘を見捨て……」 「いやいや、そんな事はしませんよ。ついでに言うと、それを迷うような状況でもありません。もういいんじゃありませんか、喜多川《きたがわ》博夢《ひろむ》さん」 「はい、わかりました」  言った次の瞬間には、博夢は響の後ろに立っていた。 「しまった! そうか、テレポートが‥‥むぐっ!」  口を開いたサンドトリックだったが、その口はすぐに響の手に塞がれた。  響はその足の裏の装置によって人間離れした速度でサンドトリックに突撃をしかけ、そして彼の顔を掴み、そのまま地面に叩き付けた。さらに叩き付けた彼の胸を右手で押さえつける。  サンドトリックは勿論抵抗したが、響の力は思ったよりも強く、身動きが取れない。 「すいませんね、喜多川さん。怖い思いをさせましたか」 「いえ、大丈夫です」博夢は怖かったが気丈に返答する。最も怖いのはサンドトリックなどではなく、響の方だったが。 「そうですか、ではまだ何があるのかわからないので隠れていてくださいね」 「……はい」  博夢の返答を確認すると響はサンドトリックのほうに顔を向ける、サンドトリックが響の顔を間近で見るのはこれが初めてだったが、その目は氷のように、ぞっとする程冷たかった。 「いや、パパはラッキーでした。ここに来て早々、あなたのような弱くて間抜けな刺客が来るなんて。さあ、色々と吐いてもらいますよ、『根源的混沌招来体《カオスヘッダー》』について」 「知らない、そんなの俺は知らない」 「あなたが末端の構成員で大して情報を持っていない事くらい僕だってわかりますよ。奴等はなかなか尻尾を出しませんからね。でも知ってる事は全て吐いてもらいますよ」 「だから俺は『根源的混沌招来体《カオスヘッダー》』なんて本当に知らないんダ!」 「知らばっくれる気なら取りあえずどこかに監禁して、後で拷問の1つや2つでもして聞き出しましょうかね。喜多川さんを送り届けないとまずいでしょうし、そうでなくても彼女を探してる人たちもそろそろいらっしゃるでしょうからねえ」  まるで休日の予定を考えているかのように『拷問』という言葉を普通の調子で使う響がサンドトリックには恐ろしかった。脅しなどではない真実味がある。 「俺は本当に知らないンダ! 俺はただ、命令でその娘を我が国に連れてこいと言われただけダ!」もはやサンドトリックの声は悲鳴のようだった。 「はあ? ではあなたはその拉致対象の能力も知らずに、しかも人質にとって危害を加えようとしらという事ですか? 私を殺しに来たわけではないと?」 「そうダ……その通りダ。というか、お前は一体何者ダ!?」 「まあ、そうですね。『通りすがりのパパ』ってとこでしょうか。しかし困りましたね、この人どうも嘘を言ってる訳でも無いようだ。さすがに奴等がそんな迂闊なわけがないか。パパ、ガッカリですよ。」  どうやら、サンドトリックの目的は自分の国の諜報機関の命令で『バースナイン』の1人である喜多川博夢を拉致する事だったらしい。アテが外れた事で響は溜息をついた。      **  しばらくすると、博夢を探しに来た学園の管理課が現れた。響は博夢と適当に口裏を合わせて、響の能力を伏せた上で管理課の人間に事情を説明した後、サンドトリックを引き渡し、博夢は響が学園まで送って行く事になった。  今、2人は別れるまでの僅かな間、砂浜で海を見ながら話している。 「尻尾を掴めなかったのは残念でしたけど、まあ学園側に良い印象を与えられただろうし、良しとしますか」 「そういえば、結局の所、響さんの能力は何なのですか? プラズマ関係だと思うんですけど、超科学ですか?」 「いえ、私の能力は魂源力《アツィルト》をプラズマに変換して放出するというものです」 「ではその手袋と靴は」 「プラズマはすぐに減衰してしまうのはご存知ですよね?ですからこの手袋で指向性を与えて、減衰しにくくして放出しているんです。靴は先ほどあなたが推測した通り、アークジェットスラスタを仕込んであります。飛行できて便利ですよ。最も、魂源力《アツィルト》を消費するのでそう長時間は飛べませんけどね。ちなみにこれは昔の友人に作っていただいたものです。こういうのがないと僕の能力は不便ですからね」 「色々と腑に落ちました。では響さん、どうして能力の事、伏せたんですか? あれだけの力があれば、もっと別の道が」 「興味ありませんねえ。僕の目的は『最強の異能者』じゃなくて、『最高のパパ』ですから。それに、裏じゃ僕の能力はそこそこ知られていましてね。広まるとマズいんですよ色々と。あなたも秘密にしてくださいね。」 「はい、それは勿論。……ところで、私の名前と能力、知ってたんですね?」 「ええ、まあ。途中からなんとなくね。ナイフを突きつけられても動じないあたりで確信しました。日本人の『バースナイン』なんてそうはいませんしね」 「そうですか……」  そこまで話して、しばらく2人は沈黙する。博夢は黙って何かを考えていたようだが、やがて響の目を見ると意を決したように口を開いた。 「そうだ、響さん、私やりたい事を見つけました。というか、前から思っていた事を思い出したんです」 「ほう、それはよかった。聞かせていただけますか」 「私が世界に存在している意味を知りたいと思います」 「あなたが世界に存在している意味ですか。確かに生涯をかけて追うのに相応しいテーマかもしれませんね」 「はい。私たち『バースナイン』の存在も、1999年以降異能者が増えたのも、ラルヴァに対する地球のカウンターという意見をよく聞きますが、私はそうは思えないんです」 「まあ確かに、ラルヴァによって我々人類や生態系が危機に瀕していますが、地球という星そのものは人類が死滅しようが生態系が破壊されようがダメージはありませんからね。この戦いに関してこの星はステークホルダーではありません」 「ええ、ラルヴァがなんなのか、ラルヴァに目的があるのかという事自体全くわかっていませんけど」 「そうですね。そもそもラルヴァの定義がだいぶ大雑把なものですからね。もしかしたら彼らは地球に根源的な破滅をもたらすものかもしれないし、単に元からいたものが増えただけなのかもしれない」 「ラルヴァがなんなのか、何故1999年以降増加したのか、異能とは何なのか。そして私たち『バースナイン』とは何なのか。解決すべき問題は山積みです。わくわくします」 「ええ、素敵な研究テーマだと思いますよ。頑張ってくださいね」 「はい、とりあえず、アメリカのボブ教授の所に戻って勉強します」  博夢の言葉を聞いて響は微笑んだ。博夢の話す内容はまるで子供らしさがなかったが、その目の輝きや夢の大きさは未来を生きて行く子供らしいものだと思えた。 「響さん、あれ見てください。花火ですよきっと!」  博夢が突然、響のコートの袖を引っ張り、海の先、千葉県の方を指差した。興奮して喋るその姿は今までで最も年相応に見える。 「ああ、微かにしか見えませんが、なんか花火っぽい光ですね、確かに。位置から考えるとネズミの国かなあ」 「ネズミの国?」 「まあ、僕の口から言うのは憚られるので誰かに聞いてください。ついでに言うとアメリカにもありますよ。というかアメリカが本家です」 「なんだか今日は凄く素敵な経験をした気がします。花火も見られましたし」 「そうですか。それはよかった」 「だから響さんにお礼がしたいんですけど、何がいいですか?」 「お礼ですか!? 子供にお礼をねだるのはさすがに気が引けますけど……。そうですね、2つ程お願いしてもいいですか?」 「はい、なんでしょう?」 「まず1つ目、私が録音したICレコーダーのデータを預かっていただけませんか? それで私の息子にデータをいつか渡して欲しいんです」 「専用のHDDを用意します。でも、私が預かっていいんですか? それは響さんが」 「勿論、そのつもりですし、本当はレコーダーのデータなんて使わずに息子には僕自身の口から僕の体験や思いを伝えたいと思っています。でもいずれ、僕は自分が自由に生きた事に対して責任を取らなければならない時が来ると思います。それがいつかはわかりませんけど、もしもの時のために、ね」 「でも、もう行方不明になってどのくらいなんですか? 息子さんは」 「そうですね、もう4、5年にもなるでしょうか」 「そんなにですか!? それじゃあもしかすると……」 「いえ、生きていますよ。確信してます」 「なんで、そう言い切れるんですか?」 「彼の音が今でも僕の胸に奏《・》で《・》ら《・》れ《・》て《・》るんです。だから彼は生きています。パパにはわかるんですよ」  今までの響らしからぬ論理性の欠片も無い物言いは正直、博夢には理解できなかったが、そう言い切る響の顔は自身に満ちている。博夢にはこれだけ愛されている彼の息子が少し羨ましかった。 「そうですか……わかりました。データは責任をもって預かります。では2つ目は?」 「僕の息子と友達になってください。そして、もし僕の息子が困っていたら、助けてあげてください」 「はあ、でもそれは響さんの利益とは関係ないと思うんですけど」 「いえいえ、息子の利益はパパの利益ですよ」  響は一点の曇りも無い笑顔で言い切った。 「……わかりました。では、響さんの本当の名前と息子さんの名前を聞かせてもらえますか? 名前がわからないとどうしようもないので」 「おや、私が偽名な事にも気づいていましたか」 「偽名じゃないとさっきの能力を隠す話もおかしいですよ、裏で有名なのでしょう? それに、喫茶店で名乗った時に顔をしかめていましたよね? 子供に嘘をつくのが心苦しかったんじゃないですか?」 「はあ、さすがに鋭いというかなんというか。まあどの道、名前はお教えするつもりでしたけどね」  そう言うと響は博夢の耳に顔を近づけて、ボソボソと何事かを囁く。それは彼と彼の息子の名前だった。 「あの……あんまり捻りのない偽名だったんですね」 「はははははは!あんまり捻った偽名だと、呼ばれても反応できないものですから」 「まあ、名前はともかくとして、お礼の方は確かにわかりました。出来る限りの事はします、約束です。」 「ありがとうございます。‥‥パパは君の為に友達を作りましたよ、しかもかなりスペシャルな友達です!」  響はICレコーダーを取り出すとまたぼそぼそと録音し始めた。かなり得意気に見えるが、暗がりで30前後の男が1人喋る姿はやはり不気味だ。 「何度も言いますけど、やっぱりそれ気持ち悪いからやめてもらえません?」 「無理ですね」響はきっぱりと言い切った。 「ああ、それが明日から私の所に届くんですね……まあ内容は聞きませんけど」 「ええ、頼みますよ。そうだ、またこんな事があるかもしれないからこれをあげましょう。手を出してくれますか」  響は懐に手を入れると何かをとりだし、それをバラバラと博夢の手の上に落とした。それは小さいカプセルが5つと大きいものが1つ。どれも透明で不思議な光が封じ込められていた。 「奇麗ですね、コレ、プラズマですか?」 「そう、護身用ですよ。どれも相手にぶつけると炸裂しますから。あ、でも大きいのは人に向けて使わないでくださいね。それはあくまでラルヴァ用です。上級にだっていくらかダメージくらいは与えられますよ」 「はい、大事にします」  博夢はカプセルをバッグにしまうとにっこりと微笑んだ。 「後生大事に持っておく必要もありませんけどね。じゃあそろそろ帰りましょうか。皆さん心配していることでしょうから」  響は博夢にヘルメットを渡すと、自らもヘルメットをかぶりバイクにまたがる。 「あの、響さん」  博夢もヘルメットをかぶりながら話しかける。 「はい、なんでしょう」 「また、会えるでしょうか?」 「そうですねえ、しばらくはこの学園にいる事になるとは思いますけど」 「じゃあ、いつかまた会ってくださいね。約束です」 「約束ですか……。正直、はっきりとは約束できませんけど」 「それでもいいです。私も、響さんとの約束、きっと守りますから」 「わかりました。きっとまた会いましょう、今度は私の息子も入れて、3人でね」 「はい!」  喜多川博夢は満面の笑みで頷いた。彼女はこの2009年のハロウィンに出会った不思議な男の事を、彼の言った事を、そしてその日、自分が思った事を決して忘れる事はないだろうと思う。      **  2016年8月、喜多川博夢は成田空港にいた。彼女は、双葉学園大学の招聘に応じて9月より双葉大学理工学部の教授に就任する事になっている。だが彼女が今まで断り続けた双葉大学に来る事を決めたのは、設備が整えられたからでも金が動いたからでもない。  2016年の初頭くらいから毎日のように、うんざりする程に届いていた響からの音声データが届かなくなっていた。双葉学園に問い合わせると、響は職を辞して姿を消したらしい。博夢も情報を集めようとしたものの、彼に関する手がかりは全くと言っていい程掴めない。  そこで、自ら情報を収集するために、もう少しアメリカで勉強したいという願望はあったものの、博夢は双葉大学に来る事になった。彼女が双葉学園に来る事で、彼女以外の人間が色々と揉めたが彼女を子供の頃から指導してくれた恩師のボブ教授は「そのうち息子をその双葉学園に留学させるヨ!」といって快く送り出してくれた。 (響さん、約束は守ってもらいますよ……)  喜多川博夢は首にかけたネックレスの先を握りしめる。そこにはかつて響にもらったプラズマのカプセルのようなものがついていた。  深呼吸をすると彼女は力強く足を踏み出した。再開の約束を守ってもらう為に、また彼に頼まれた事を守る為に。きっとやらねばならない事は覆いだろう。    再開の約束は果たされる事がなかったが、現在も博夢の胸に響との約束は今でも生き続けている。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[ラノで読む>http://rano.jp/1460]]  Xーlink ハロウィン特別編 Side2009 part2 【Destiny’s Play / 少女のいたずらとパパのお菓子】  コーヒーを飲み終わった響はそれをゴミ箱に向けて投擲した。距離はおよそ20メートル以上あるだろうが見事に入れてみせると、ひとつ息をつく。 「さて、パパは少女の悩みをなんとか解決したわけですが。どうやらこれで彼女を送り届けてハッピーエンドとはいかないようですねえ」  笑顔だった響の顔が俄に険しくなる。それは今までの茫洋としていてどこか抜けている所があるお人好しのように見えた響とは明らかに違う、冷徹さをはらんでいた。 「え、どうしたんですか?」 「無粋なお客様がいらっしゃるようです。出て来ていただけませんか? 結構前から私たちの事、つけていますよね? こちらの話は終わったんで、そろそろあなたの問題も片付けたいんですよ」  響は街灯の後ろの暗がりに向かって話しかけるが返事は無い。 「おや、しらばっくれるおつもりなんですかね。ではこちらから挨拶させてもらいましょうか」  そう言うと響はバイクから手袋を取り出すと手に付ける。その手のひらには丸い、ガラスのようなものが埋め込まれているのが目についた。 「では、こんにちはっと!」  響が右手を街灯に向けると、俄にその手が輝きだす。  次の瞬間、その手のひらからエネルギーのようなものが放たれた。発射されたエネルギーは目で追う間もなく街灯を直撃し、街灯の下半分をまるで飴細工のようにとかす。街灯の下半分が無くなった事で支えを失ったその上半分が道路に落ちて、凄まじい音をたてた。 「何、これ、何かのビーム? 電気かしら、でもあの熱量は……まさかプラズマ!?」 「そう、ご明察です。でもあんまり僕の能力を解析しないでくださいね、あちらさんまだご無事のようですから」 「ご無事って、殺すつもりだったんですか!?」 「まあ、必要とあらばそうしますよ。でも彼、いや彼女かもしれませんけど。聞きたい事が色々とありますからね、殺しはしませんよ」  『殺す』という単語を実になんの抑揚もなく普通に話す響に萌絵(?)は戦慄した。例えば子供の喧嘩や脳みそのない不良が脅しで使う『ぶっ殺す』などとは訳が違う。本当に『殺す』という事を実行するであろうその口調。 「でも、あんな攻撃をしたら……」 「いえいえ、それなりに訓練をしている人間ならあの程度は避けられるでしょう。速度もセーブしましたしね。現にまだ結構な殺気が向けられてますからね。まあ殺気をこちらに気取られている時点で2流もいいとこなんですけど。ちょっと舐められてるんですかねえ」  そう響が言った直後、暗がりからパン、パンという乾いた破裂音がして響に銃弾が殺到する。  だが、その銃弾が彼に届く事はなかった。彼の近くまで届いた銃弾はその直前で燃え尽きてしまう。 「銃は効きませんよ。何せプラズマは数万ケルビンの熱がありますからね。ああ、犀川(仮)さんもバイクの影にでも隠れていてください。熱いですよ」  この状況でも響の声の調子も、その表情も殆ど変わらない。相当に場慣れしているように見えた。 「そろそろ出て来てくれませんかねえ。独り言ばかり言っているとまるっきり気持ち悪い男やもめじゃないですか。それじゃパパとしては息子に会わせる顔がないんですよ」  響は暗がりに向かって呼びかけ続けている。どう見てもICレコーダーにぶつぶつと話しかける様は気持ち悪いだろうと萌絵(?)は思ったが状況が状況なので黙っている事にした。 「あれ、砂が……」  萌絵(?)は奇妙なものを見た。砂浜の砂がだんだんと隆起していく。およそ5メートルまで隆起するとその砂から大きな手が生えてきた。それはまるで砂の巨人のように見える。  さらにその砂の巨人の頂上、頭の上には人影が見えた。 「いきなり攻撃をしかけてくるとは無粋だと思わないのか貴様!」  砂の上の人間が大声を出す。一応は聞き取る事ができるが、アクセントがおかしい。どうやら日本人ではないようだ。暗いのでその顔は見えないが、どうやら声からして20代のように思われた。 「あれ、攻撃する前に声はかけましたけどね。聞こえませんでした?えーと……」 「私のコードネームは『砂上楼閣《サンドトリック》』! 偉大なる将軍様から与えられた名前だ! そして私の能力は岩石をこのように自由自在に操る! 命は無いと思えよ!」 「はあ、サンドトリックさんですか。で、僕らに何の用です? 恐らく僕が想定したうちの2つの可能性のうちどちらかだとは思うんですが、今イチ断定する事が……」 「問答無用!」  響の言葉を遮ると砂の巨人がその右腕を大きく振りかぶり、萌絵(?)には捉えられないほどのスピードで響に向かって強烈なストレートを繰り出した。凄まじい轟音とともに砂の拳は響に到達し、アスファルトを粉々にする。響の姿を萌絵(?)は確認する事ができない。まさか、そのまま潰されてしまったのか。 「うわはははは、どうやって銃弾を防いだのかは知らんが、この攻撃、サンドティカ・マグナムを喰らえばひとたまりもないだろう!」 サンドトリックは高らかに勝利の雄叫びをあげる。彼のこの攻撃を正面からまともに受けて無事だったものは今まで一人もいなかった。 「響さん!!」 「はい、なんでしょう? そんな大きな声を出さなくてもちゃんと、聞こえますよ。まだ耳が遠くなるような年じゃありませんしね。ええ、うちの息子が立派に独り立ちするまでは老け込む気はありませんよ。むしろ授業参観などで自慢出来る若くてはつらつとしたパパでいようと日々気を付けていますから」  響は突然、萌絵(?)の頭上に現れ、ふわふわと浮きながら何でもないという風に話している。明らかにはつらつとしていない外見はいつも通りで、傷一つついたようには見えない。一つ先ほどと違うのは彼の靴の裏が光の粒子のようなものを放出している事だろうか。 「プラズマ……まさかアークジェットスラスタですか? ということは、響さんの能力は……」 「これだけ見てわかりますか。さすがに頭の回転が早いですねえ。ええ、そのとおりです。まあ解説はおいおいという事で」    傷一つない響に驚愕したサンドトリックがアスファルトに突き立てさせた拳を元に戻すと、そこにはもう何もなかった。あるのは数メートルは抉れたであろうアスファルトのみだ。 「貴様、何故私の攻撃を受けて無事なのだ!?」 「いやあ、流石にあれをまともに受けたら無事じゃあないでしょう。だから避けたんですよ」 「避けた!? 避けただと!? 貴様私の攻撃に反応して避けたとでもいうのか。一体何をした!?」 「これまでの攻撃と浮いてる僕を見てもわからないなら、しょうがありませんね。自分の能力をベラベラ解説してあげる馬鹿がいるわけないですし」  その響の言葉はどこまでも丁寧だが、それは逆に非常に慇懃無礼なものに聞こえる。自分の能力をベラベラ喋った馬鹿こと、サンドトリックは激昂する。 「馬鹿にしやがって! ならばこれはどうだ!!」  サンドトリックの言葉に応じて彼が先ほどの攻撃で砕いた無数のアスファルトの塊が一斉に空中に浮かぶ。  そしてそれらは、弾丸のようなスピードで響に殺到した。 「どうだ、この速度、そしてこの量ならば逃げ切れまい!」 「いや、さっき私に銃弾が効かなかった事忘れたんですか?」  先ほどと同じ事がおこる。響の身体がまるで電球のように白く輝いたかと思うと、次の瞬間には彼に殺到していたアスファルトの塊は一瞬で塵と化した。  響はゆっくりと着地すると、砂の巨人と、その上に立つサンドトリックを見据える。次に両手の手のひらを胸の前で合わせると神経を集中し始めた。手のひらが凄まじいまでの光を放つ。響がゆっくりと手を離すとその間には巨大な光の玉のようなものが現れた。その玉の中は色とりどりの、まるで虹のような光で満ちて、場にそぐわないくらいに美しかった。 「さて、あなたから色々とお話をお聞きしたいのですが、それにはその大きいの邪魔なんで、消しますね」 「馬鹿にするなよ貴様ぁぁぁぁぁ!! 行け、砂巨人! サンドティカ・ファントムだ!」 「そのセンスのないパロディ、好きじゃありませんね」  響は両手の間にある光の玉を砂巨人に向かって解き放ち、砂巨人は左手を振り上げ、今度はその身体ごと響に突進していく。 次の瞬間、光の玉と砂巨人は真っ向から衝突しその周囲は凄まじい光と、そして熱風につつまれた。 「あー、ちょっとやり過ぎましたかねえ、加減を間違えたかなあ」  コートについた埃を払いながら響がのんびりと呟く。彼に突進していた砂巨人は、もはや跡形もなくなっていた。 「あれ、サンドトリックさんは大丈夫ですよね。まさか馬鹿正直にあのデカイのと一緒にこっちに突進してきたわけじゃあ……」 「私を侮るのもいい加減にしろよ!」  響の背後から声がする。サンドトリックの声だった。  響が振り返ると、サンドトリックは萌絵(?)の首を抱きかかえ、そののど元にナイフを突きつけていた。 「迂闊だったな、この子供から目を離すとは! さあ、この娘の命が惜しければとっとと武器を捨てろ!」 「すいません、響さん……」  萌絵(?)が申し訳なさそうに呟く。 「いえ、確かに迂闊でした。あなたの目的を読み違えたのかもしれませんねえ。僕の読み通りだったら、そんな事をするはずがありませんから」 「ぶつぶつと何を言っている! いいからとっとと武器を捨てろ」 「武器なんて持ってませんよ、私」 「その手袋と靴だ! それが貴様の武器だろうが!」 「いや、手袋は指向性を与えてるだけだし、靴はエンジンのようなものだから武器じゃないんですけどねえ」 「ごたくはいい! とっととそれを捨てナイカ!」 「いやです」そう言うと響は手のひらをサンドトリックに向けた。その手のひらが発光している、響は本気だ。 「何だと、貴様! この娘の命が惜しくないのカ!」 「それは惜しいですよ。でもそれとこれとは話が別です」 「どういう事ダ」 「そうですねえ。じゃあ問題を出しましょうか。今、あなたが生きていられているのはなんでだか、わかりますか?」 「それは勿論、我が偉大ナル……」 「その解答は0点ですね。正解は彼女が生きているからです。彼女に危害を加えたらその瞬間にあなたを殺さない理由が無くなります。子供に危害を加えるような人間、僕は迷わず殺しますよ」 「貴様、本当にこの娘を見捨て……」 「いやいや、そんな事はしませんよ。ついでに言うと、それを迷うような状況でもありません。もういいんじゃありませんか、喜多川《きたがわ》博夢《ひろむ》さん」 「はい、わかりました」  言った次の瞬間には、博夢は響の後ろに立っていた。 「しまった! そうか、テレポートが‥‥むぐっ!」  口を開いたサンドトリックだったが、その口はすぐに響の手に塞がれた。  響はその足の裏の装置によって人間離れした速度でサンドトリックに突撃をしかけ、そして彼の顔を掴み、そのまま地面に叩き付けた。さらに叩き付けた彼の胸を右手で押さえつける。  サンドトリックは勿論抵抗したが、響の力は思ったよりも強く、身動きが取れない。 「すいませんね、喜多川さん。怖い思いをさせましたか」 「いえ、大丈夫です」博夢は怖かったが気丈に返答する。最も怖いのはサンドトリックなどではなく、響の方だったが。 「そうですか、ではまだ何があるのかわからないので隠れていてくださいね」 「……はい」  博夢の返答を確認すると響はサンドトリックのほうに顔を向ける、サンドトリックが響の顔を間近で見るのはこれが初めてだったが、その目は氷のように、ぞっとする程冷たかった。 「いや、パパはラッキーでした。ここに来て早々、あなたのような弱くて間抜けな刺客が来るなんて。さあ、色々と吐いてもらいますよ、『根源的混沌招来体《カオスヘッダー》』について」 「知らない、そんなの俺は知らない」 「あなたが末端の構成員で大して情報を持っていない事くらい僕だってわかりますよ。奴等はなかなか尻尾を出しませんからね。でも知ってる事は全て吐いてもらいますよ」 「だから俺は『根源的混沌招来体《カオスヘッダー》』なんて本当に知らないんダ!」 「知らばっくれる気なら取りあえずどこかに監禁して、後で拷問の1つや2つでもして聞き出しましょうかね。喜多川さんを送り届けないとまずいでしょうし、そうでなくても彼女を探してる人たちもそろそろいらっしゃるでしょうからねえ」  まるで休日の予定を考えているかのように『拷問』という言葉を普通の調子で使う響がサンドトリックには恐ろしかった。脅しなどではない真実味がある。 「俺は本当に知らないンダ! 俺はただ、命令でその娘を我が国に連れてこいと言われただけダ!」もはやサンドトリックの声は悲鳴のようだった。 「はあ? ではあなたはその拉致対象の能力も知らずに、しかも人質にとって危害を加えようとしらという事ですか? 私を殺しに来たわけではないと?」 「そうダ……その通りダ。というか、お前は一体何者ダ!?」 「まあ、そうですね。『通りすがりのパパ』ってとこでしょうか。しかし困りましたね、この人どうも嘘を言ってる訳でも無いようだ。さすがに奴等がそんな迂闊なわけがないか。パパ、ガッカリですよ。」  どうやら、サンドトリックの目的は自分の国の諜報機関の命令で『バースナイン』の1人である喜多川博夢を拉致する事だったらしい。アテが外れた事で響は溜息をついた。      **  しばらくすると、博夢を探しに来た学園の管理課が現れた。響は博夢と適当に口裏を合わせて、響の能力を伏せた上で管理課の人間に事情を説明した後、サンドトリックを引き渡し、博夢は響が学園まで送って行く事になった。  今、2人は別れるまでの僅かな間、砂浜で海を見ながら話している。 「尻尾を掴めなかったのは残念でしたけど、まあ学園側に良い印象を与えられただろうし、良しとしますか」 「そういえば、結局の所、響さんの能力は何なのですか? プラズマ関係だと思うんですけど、超科学ですか?」 「いえ、私の能力は魂源力《アツィルト》をプラズマに変換して放出するというものです」 「ではその手袋と靴は」 「プラズマはすぐに減衰してしまうのはご存知ですよね?ですからこの手袋で指向性を与えて、減衰しにくくして放出しているんです。靴は先ほどあなたが推測した通り、アークジェットスラスタを仕込んであります。飛行できて便利ですよ。最も、魂源力《アツィルト》を消費するのでそう長時間は飛べませんけどね。ちなみにこれは昔の友人に作っていただいたものです。こういうのがないと僕の能力は不便ですからね」 「色々と腑に落ちました。では響さん、どうして能力の事、伏せたんですか? あれだけの力があれば、もっと別の道が」 「興味ありませんねえ。僕の目的は『最強の異能者』じゃなくて、『最高のパパ』ですから。それに、裏じゃ僕の能力はそこそこ知られていましてね。広まるとマズいんですよ色々と。あなたも秘密にしてくださいね。」 「はい、それは勿論。……ところで、私の名前と能力、知ってたんですね?」 「ええ、まあ。途中からなんとなくね。ナイフを突きつけられても動じないあたりで確信しました。日本人の『バースナイン』なんてそうはいませんしね」 「そうですか……」  そこまで話して、しばらく2人は沈黙する。博夢は黙って何かを考えていたようだが、やがて響の目を見ると意を決したように口を開いた。 「そうだ、響さん、私やりたい事を見つけました。というか、前から思っていた事を思い出したんです」 「ほう、それはよかった。聞かせていただけますか」 「私が世界に存在している意味を知りたいと思います」 「あなたが世界に存在している意味ですか。確かに生涯をかけて追うのに相応しいテーマかもしれませんね」 「はい。私たち『バースナイン』の存在も、1999年以降異能者が増えたのも、ラルヴァに対する地球のカウンターという意見をよく聞きますが、私はそうは思えないんです」 「まあ確かに、ラルヴァによって我々人類や生態系が危機に瀕していますが、地球という星そのものは人類が死滅しようが生態系が破壊されようがダメージはありませんからね。この戦いに関してこの星はステークホルダーではありません」 「ええ、ラルヴァがなんなのか、ラルヴァに目的があるのかという事自体全くわかっていませんけど」 「そうですね。そもそもラルヴァの定義がだいぶ大雑把なものですからね。もしかしたら彼らは地球に根源的な破滅をもたらすものかもしれないし、単に元からいたものが増えただけなのかもしれない」 「ラルヴァがなんなのか、何故1999年以降増加したのか、異能とは何なのか。そして私たち『バースナイン』とは何なのか。解決すべき問題は山積みです。わくわくします」 「ええ、素敵な研究テーマだと思いますよ。頑張ってくださいね」 「はい、とりあえず、アメリカのボブ教授の所に戻って勉強します」  博夢の言葉を聞いて響は微笑んだ。博夢の話す内容はまるで子供らしさがなかったが、その目の輝きや夢の大きさは未来を生きて行く子供らしいものだと思えた。 「響さん、あれ見てください。花火ですよきっと!」  博夢が突然、響のコートの袖を引っ張り、海の先、千葉県の方を指差した。興奮して喋るその姿は今までで最も年相応に見える。 「ああ、微かにしか見えませんが、なんか花火っぽい光ですね、確かに。位置から考えるとネズミの国かなあ」 「ネズミの国?」 「まあ、僕の口から言うのは憚られるので誰かに聞いてください。ついでに言うとアメリカにもありますよ。というかアメリカが本家です」 「なんだか今日は凄く素敵な経験をした気がします。花火も見られましたし」 「そうですか。それはよかった」 「だから響さんにお礼がしたいんですけど、何がいいですか?」 「お礼ですか!? 子供にお礼をねだるのはさすがに気が引けますけど……。そうですね、2つ程お願いしてもいいですか?」 「はい、なんでしょう?」 「まず1つ目、私が録音したICレコーダーのデータを預かっていただけませんか? それで私の息子にデータをいつか渡して欲しいんです」 「専用のHDDを用意します。でも、私が預かっていいんですか? それは響さんが」 「勿論、そのつもりですし、本当はレコーダーのデータなんて使わずに息子には僕自身の口から僕の体験や思いを伝えたいと思っています。でもいずれ、僕は自分が自由に生きた事に対して責任を取らなければならない時が来ると思います。それがいつかはわかりませんけど、もしもの時のために、ね」 「でも、もう行方不明になってどのくらいなんですか? 息子さんは」 「そうですね、もう4、5年にもなるでしょうか」 「そんなにですか!? それじゃあもしかすると……」 「いえ、生きていますよ。確信してます」 「なんで、そう言い切れるんですか?」 「彼の音が今でも僕の胸に奏《・》で《・》ら《・》れ《・》て《・》るんです。だから彼は生きています。パパにはわかるんですよ」  今までの響らしからぬ論理性の欠片も無い物言いは正直、博夢には理解できなかったが、そう言い切る響の顔は自身に満ちている。博夢にはこれだけ愛されている彼の息子が少し羨ましかった。 「そうですか……わかりました。データは責任をもって預かります。では2つ目は?」 「僕の息子と友達になってください。そして、もし僕の息子が困っていたら、助けてあげてください」 「はあ、でもそれは響さんの利益とは関係ないと思うんですけど」 「いえいえ、息子の利益はパパの利益ですよ」  響は一点の曇りも無い笑顔で言い切った。 「……わかりました。では、響さんの本当の名前と息子さんの名前を聞かせてもらえますか? 名前がわからないとどうしようもないので」 「おや、私が偽名な事にも気づいていましたか」 「偽名じゃないとさっきの能力を隠す話もおかしいですよ、裏で有名なのでしょう? それに、喫茶店で名乗った時に顔をしかめていましたよね? 子供に嘘をつくのが心苦しかったんじゃないですか?」 「はあ、さすがに鋭いというかなんというか。まあどの道、名前はお教えするつもりでしたけどね」  そう言うと響は博夢の耳に顔を近づけて、ボソボソと何事かを囁く。それは彼と彼の息子の名前だった。 「あの……あんまり捻りのない偽名だったんですね」 「はははははは!あんまり捻った偽名だと、呼ばれても反応できないものですから」 「まあ、名前はともかくとして、お礼の方は確かにわかりました。出来る限りの事はします、約束です。」 「ありがとうございます。‥‥パパは君の為に友達を作りましたよ、しかもかなりスペシャルな友達です!」  響はICレコーダーを取り出すとまたぼそぼそと録音し始めた。かなり得意気に見えるが、暗がりで30前後の男が1人喋る姿はやはり不気味だ。 「何度も言いますけど、やっぱりそれ気持ち悪いからやめてもらえません?」 「無理ですね」響はきっぱりと言い切った。 「ああ、それが明日から私の所に届くんですね……まあ内容は聞きませんけど」 「ええ、頼みますよ。そうだ、またこんな事があるかもしれないからこれをあげましょう。手を出してくれますか」  響は懐に手を入れると何かをとりだし、それをバラバラと博夢の手の上に落とした。それは小さいカプセルが5つと大きいものが1つ。どれも透明で不思議な光が封じ込められていた。 「奇麗ですね、コレ、プラズマですか?」 「そう、護身用ですよ。どれも相手にぶつけると炸裂しますから。あ、でも大きいのは人に向けて使わないでくださいね。それはあくまでラルヴァ用です。上級にだっていくらかダメージくらいは与えられますよ」 「はい、大事にします」  博夢はカプセルをバッグにしまうとにっこりと微笑んだ。 「後生大事に持っておく必要もありませんけどね。じゃあそろそろ帰りましょうか。皆さん心配していることでしょうから」  響は博夢にヘルメットを渡すと、自らもヘルメットをかぶりバイクにまたがる。 「あの、響さん」  博夢もヘルメットをかぶりながら話しかける。 「はい、なんでしょう」 「また、会えるでしょうか?」 「そうですねえ、しばらくはこの学園にいる事になるとは思いますけど」 「じゃあ、いつかまた会ってくださいね。約束です」 「約束ですか……。正直、はっきりとは約束できませんけど」 「それでもいいです。私も、響さんとの約束、きっと守りますから」 「わかりました。きっとまた会いましょう、今度は私の息子も入れて、3人でね」 「はい!」  喜多川博夢は満面の笑みで頷いた。彼女はこの2009年のハロウィンに出会った不思議な男の事を、彼の言った事を、そしてその日、自分が思った事を決して忘れる事はないだろうと思う。      **  2016年8月、喜多川博夢は成田空港にいた。彼女は、双葉学園大学の招聘に応じて9月より双葉大学理工学部の教授に就任する事になっている。だが彼女が今まで断り続けた双葉大学に来る事を決めたのは、設備が整えられたからでも金が動いたからでもない。  2016年の初頭くらいから毎日のように、うんざりする程に届いていた響からの音声データが届かなくなっていた。双葉学園に問い合わせると、響は職を辞して姿を消したらしい。博夢も情報を集めようとしたものの、彼に関する手がかりは全くと言っていい程掴めない。  そこで、自ら情報を収集するために、もう少しアメリカで勉強したいという願望はあったものの、博夢は双葉大学に来る事になった。彼女が双葉学園に来る事で、彼女以外の人間が色々と揉めたが彼女を子供の頃から指導してくれた恩師のボブ教授は「そのうち息子をその双葉学園に留学させるヨ!」といって快く送り出してくれた。 (響さん、約束は守ってもらいますよ……)  喜多川博夢は首にかけたネックレスの先を握りしめる。そこにはかつて響にもらったプラズマのカプセルのようなものがついていた。  深呼吸をすると彼女は力強く足を踏み出した。再開の約束を守ってもらう為に、また彼に頼まれた事を守る為に。きっとやらねばならない事は覆いだろう。    再開の約束は果たされる事がなかったが、現在も博夢の胸に響との約束は今でも生き続けている。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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