【禁域の姉弟、瑠璃色の針 第二話後編】

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[[ラノで読む(推奨)>http://rano.jp/1559]] [[第二話前編へ戻る>【禁域の姉弟、瑠璃色の針 第二話前編】]]  幕間  一日前、双葉学園内生徒指導室  放課後、人が増えてきた学外とは対照的に、生徒が去っていって少し寂しくなった校舎内。その中にある『生徒指導室』に、二人の男女が座っていた。男が生徒、女が教師といった風体である。  学校指定の学ランを着て、扉側に座っている男子には、斯波諒一《しば りょういち》。スーツにファッションメガネという姿をして、窓側に座っている女性には、木津曜子《きづ ようこ》という名前があり、世間的には生徒と担任教師、さらには従姉弟という関係となっている……が、実のところ、二人は科学者集団『オメガサークル』の構成員であり、その名前よりもより強く自身を表すコードネームがある。 「それで、アンダンテ。急な任務って何だ?」 「学内では木津先生って呼べって言ってるでしょ? ここなら大丈夫だけど……任務は、この少女に関することよ」  アンダンテと呼ばれた女が、バッグからホッチキスで挟まれた数枚の書類を投げ渡す。 「三年G組……この三年ってのは、中等部と初等部、どっちだ?」 「高等部よ」  アンダンテの一言で、少年がズッこけた。容姿と実年齢がまったく異なる生徒が、この学園にはそこそこ多い。それを、すっかり忘れていたのだ。 「……で、その『先輩』がどうしたんだ?」 「数日以内に、その少女に『襲撃者』が現れる。襲撃者が何者かを確認するのが、オフビート、あなたの任務よ」  淡々と任務を告げるアンダンテだが、短い指令のなかに、いくつかの疑問点をオフビートと呼ばれた少年は見つける。しかし、それをストレートにぶつけるような事はしなかった。あくまで『任務に必要なこと』と匂わせるように、言葉を選んで質問をする。 「そいつ、他に監視はついてるのか? 他の奴が居たらやりにくいかもしれない」 「居ないわよ。少なくともウチで、私の知ってる限りはね。目標としての優先度はあなたの担当より数段下、聖痕《スティグマ》も狙ってるそぶりは無い」  オフビートの眉間に皺が寄るが、アンダンテにそれを気にする様子はない。次にオフビートが聞いた内容は、少し迂闊だったかもしれない。 「それで、俺にその指令が来た、ってことは、それなりに意味があるんだろ?」 「あなたの顔の広さと、防御力ね。『襲撃者の正体を知る』のが目的だから、過剰な攻撃力は必要ないし、あなた、意外と顔広いでしょう? 襲撃者を見たことがあるかもしれない。もっとも、一番の理由は『一番近くで暇そうな任務してたから』だけど」 「……最後に、その暇そうな任務についてだ。襲撃者ってのは、伊万里を襲う可能性があるか?」 「上のほうに入ってきた『確かな情報』だと、リストの下の方ね。数日中は無いだろうから、安心なさい……あ」  アンダンテが『言わなくていいことを言った』ことに気づいたのはすぐだが、もう後の祭りだ。気を取り直して、言葉を続ける。 「……別にこの子の生死は問わないから、確認したらすぐ撤収していいわよ。肝心なのは、しっかり報告をすることよ。いいわね」  Scene Ⅳ  昼、双葉区住宅街 「……駄目ね、専門でもない事に顔を出しちゃ」  壁を背にして、遊衣は後悔していた。さっきまでの行動は、手落ちが多すぎた。逃げるなら逃げる、向かっていくなら向かっていくで、ハッキリするべきだった。もっとも、相手は異能者なのだから、ここは人影を確認して即逃亡、が最善手だっただろう。そういう所に気が回る、また、そういった事によく巻き込まれていた夫が亡くなって、ここ数年そういった事態が発生しなかったことは言い訳に出来るかもしれない。 (……言い訳しても、どうしようもないけれど)  窓から入ってきたのが少女の味方でなくて良かった、と少しだけ安堵するが、彼女達が巻き込まれている状況自体には、あまり変化が無い。  彼女達の目の前で、異能者同士がぶつかり合っている。遊衣と、その横に居るロスヴァイセには、流れ弾を回避する力すら無いのだ。  少女が、振り下ろしていたミンチドリルを引く。金棒のトゲがいくらか『削られて』いた。あのまま叩きつけていたら、その全てが削られるだけではなく、その巨大なドリル自体が消滅していたかもしれない。そこはオフビートが行った『芸当』の連続使用時間との勝負となるが、それに挑む賭けを、少女は選ばなかった。 「『知ってるかも』とは言われてたけど……アル・フィーネ、お前だったとはな」 「その名前で、私を呼ばないで!!」  アル・フィーネと呼ばれた少女が、ドリルを横薙ぎに振るう。これをオフビートは、今度は異能を使わずに後ろへ跳んで回避した。少女の動き自体は緩慢だが、一度でもそれに触れればタダではすまない、という威圧感がある。 「そこの人!! あんたは『安達凛』じゃないな!?」 「え!? ……娘は今、外出中よ。どこに行ったかは聞いてないし、泊まっていくとも言ってたわ」  オフビートの問いに、遊衣は平然と嘘を混ぜて答える。横でロスヴァイセが驚いた顔をしているが、幸いアル・フィーネはその顔を見ていない。 「と、いう訳だ。目標が居ないのにここで戦い続けるか、街をむやみに探すか、退くか。前二つを選ぶなら、俺は邪魔をする」  オフビートは、暗に撤退をすすめる言葉を少女に放つ。無論、三つ目を選ぶとしたらこっそり後を追うつもりだ。アンダンテの言葉尻をとらえるなら、放置すれば、彼の監視対象兼『恋人』である、巣鴨伊万里《すがも いまり》に危害が及ぶかもしれないのだ。その芽は早いうちに摘んでおきたい。 「なら、目標が帰ってくるまで待ちます」 「……え?」 「私は、恩を返さなきゃいけないんです、私を救ってくれた人に。その邪魔をする酷い人は、みんな死んじゃえばいいんです!!」  思惑の外れたオフビートの頭上に、再び金棒が振り下ろされる。それを両手でなんとか受け止めたオフビートが次に見たのは、ミンチドリルから手を離し、虚空から別の武器……長い柄の先に刃物がついた、長刀《なぎなた》……を取り出した、アル・フィーネの姿だった。 「ロスヴァイセ、状況は!?」 『男の子が乱入して防いでくれてますが、手数で押されています』 「二階堂さん、そっち右!!」 「おう!!」  ちょうどアミーガに来ていた、おやっさんの知り合い二人が駆るバイクに乗り、家への帰路を急ぐ安達久、凛の姉妹。永劫機の契約者である久は、ロスヴァイセと連絡を取り合い、現状を確認している。 「ここで止めて!! これ以上行くとバイクの音でバレちゃう」 「分かった。何かあったらすぐ連絡してくれ、俺は世界の女性の味方だ」 「そのチャンスがあったらね」  自宅から一ブロックほど離れたところでバイクから降り、後は走りで自宅を目指す。 「けど、姉さんが狙いだなんて……」 「何でだろね? 久《きゅー》くん、ママに聞いて欲しいことがあるんだけど、ロッセを通して聞いてもらってもいい?」 「……?」  オフビートとアル・フィーネの戦いは、膠着していた。  横薙ぎに払われた長刀を、金棒を投げ捨てながら危ういところで回避したオフビートは、その後も色々な武器を虚空から取り出しては振り、無理とみるや叩きつけて別の武器を引っ張り出すその少女に押されっぱなしだった。防御力は人並みのように見えるが、ポケットのナイフを抜いて攻撃にまわる余裕が無い。  一方のアル・フィーネも、色々な攻撃を繰り出し、その悉くを防がれているせいで、精神的に押されていた。何か決め手が無い限り、一気に押し切ることは不可能だ。  互いが互いの異能を知っており、その上で戦闘に突入したが故の千日手。均衡を崩すには、どちらかの体力、もしくは集中力が切れるか、第三者が介入するのを待つしかない。  アル・フィーネの視界に、何かに頷いてから部屋の外へ駆け出すロスヴァイセの姿が映った。追おうとすればオフビートの追撃を受けるのは必至、目で追うだけで、すぐに視線を戦闘相手に戻す。彼女……資料に無かった人物だが……は、抹殺対象には入っていない。 「お前の異能……『F・I・F・O』だったか、そんなに大量の物を格納できたのか?」  攻撃を捌いたつかの間、オフビートがそんな言葉を洩らす。  オフビートは、共同演習で彼女の異能と、その使い方を知っていた。それはアル・フィーネも同様である。  彼が知っているアル・フィーネの異能は、いわば『出る順番が決まっている四次元ポケット』だ。彼女の足元に発生する異次元へのゲートへ物を投げ込んでおくと、それが異次元に格納される。取り出すときは頭上にゲートを発生させることで、落ちてくる。ただし、格納できる物体のサイズ、重量にはかなり厳しい制限があり、取り出す際も、入れた順番でしか出てこないという欠点がある。さらに、オフビートが知っているアル・フィーネは、それほど筋力がある方ではなかった。初めに振り回していたドリルなど、彼が知っている彼女なら持ち上げることすら困難だっただろう。 「私は変わったんです!! どうしようもない世界から私を引き上げてくれた、あの人のお陰で!! そ、その人の邪魔をするひどい人は、みんなみんな死んでください!!」  次に彼女が引っ張り出したのは、鎖つき鉄球。室内ということもあり振り回す半径は小さいが、それでも直撃すればただでは済まない。 「……精神の高揚と、異能強化を同時に行う薬物の投与、かしら?」  遊衣が、アル・フィーネの様子を見て呟く。その様子を、臨戦態勢のまま他の二人が視界に捉えた。 「筋肥大化等の処置は受けてなさそうですし、精神を無理やり高揚させ、実際以上の筋力を発揮、同時に異能も性質はそのままで、スペック強化を実現する……兵器開発局で、そんな薬物の研究をしていたと聞いたことがあります」 「……それって、ヤバいんじゃないのか?」  実感が篭ったオフビートの疑問符に、遊衣が無言で頷く。そんな二人を、アル・フィーネはこちらも無言で睨んでいた。 「私が知っている限り、異能の人為的な強化には少なからぬリスクがある。薬物が切れた途端に、激痛と異能の反動で、という事も……」 「私が弱いのがいけないんです!! 私が弱い異能と弱い身体しかないせいで……!!」  何か逆鱗に触れたかのように叫びだすアル・フィーネだが、それに介せずオフビートが言葉を重ねる。 「それはいいけど……お前、種切れだな?」 「!?」 「ひたすら攻めを継続して、こっちが攻めるチャンスを潰す、みたいな感じでやってたのに、急に攻めが止まった……次に出てくるのが最初に出してたヤツになったか、そうでなくても攻めに使える物じゃない。そんなところだろ?」  横で見ている遊衣には分かりやすいが、アル・フィーネが武器を引き出すときには若干のタイムラグがある。一つ一つの武器を習熟していない彼女は、相手に武器を受け止めさせた隙に新たな武器を引き出す、ひたすらごり押しの戦法を採っていた。つまり『次が武器でない』状況では、迂闊に次を繰り出すことが出来ないのだ。  だが、ここでオフビートは不用意に突っ込めない。彼にもまた、異能を連続で使用した反動が来ていた。頭が痛み、集中を切らしてしまえばその瞬間にも、彼の手の平から出ている高周波の盾は消え去ってしまうだろう。そうなってしまえばやられるのは自分である。  ここで再び、膠着状態が……先ほどまでの動きがあるものではなく、動きが無い、にらみ合いの状態が訪れた。そして二人は、その空間に現れた変化を気づくことができなかった。  その均衡を破ったのは、凛とした叫び声。 「オフビートくん、かわしてよ!!」  部屋の扉の向こう側……アル・フィーネが背にして、オフビートからは丸見えのその位置に、先ほど遊衣が捨てた短機関銃を持った凛が立ちふさがる。総重量が3kg程度のそれは凛でもしっかり持つことが可能であり、その銃口は、新たな弾薬を装填して、背を向けているアル・フィーネをまっすぐ睨みつけていた。  再び、嵐のような叫び声が部屋を埋め尽くす。オフビートは横にジャンプして難を逃れ、一瞬反応が遅れたアル・フィーネも、鉄球を放った反動で跳躍、辛うじて弾丸の雨を回避した。彼女が次に『出せる』ものは、最初に出した鉄板であり、その時と同じように盾として使う方法もあった。だが、床が抜けてしまうほどの重量があるソレを出す危険を冒す事はない。彼女が跳んだ先には、反撃のための武器……異次元に戻さず床に放ったままのミンチドリル……があり、それを目の前に出てきた目標の頭へ振り下ろせば、それで彼女の仕事は完了するのだ。 「おま……!!」 「ごめんなさいっ!! 死んでください、安達凛さん!!」  二人が跳んだ方向は正反対、オフビートがアル・フィーネを取り押さえる前に、彼女の金棒が凛の頭を打ち砕くだろう。  慌てたオフビートが凛の顔を見ると、何かを確信しているかのような自信に満ちた表情で、部屋の奥……否、窓の外を見ていた。  アル・フィーネが扉の目の前に来るのと、弾を撃ち尽くした筈の銃口が再び火を噴くのは、ほぼ同時だった。 「っ……!!」  突然のことに、身体をよじって回避するのがやっとだった。それでも腹部と腕を数発かすめただけで済み……ただ、それに付随する状況の悪化は、それだけでは済まなかった。 「今のうちっ!!」  体勢を整えたオフビートが踏み込み、アル・フィーネの手を蹴り飛ばした。彼女の手からドリルがはじけ飛び、床に転がる。 「痛っ……!?」  床を転がっているソレは、銃を捨てた凛が持ち……いや、持てなかった。両手で持ち上げようとするも、重量に負けてそのまま地面に置いてしまう。 「うわ、これ重い……よく振り回せるよね、こんなの」 「さあ、観念してもらおうか? 出来れば、目的から何まで洗いざらい話して欲しい所だが……」  オフビートがナイフを取り出しつつ、アル・フィーネに迫る。機関銃を鈍器代わりに構える凛が傍らに立ち、逃げ出せそうな隙は見つからない。 「しまった……!!」 「大丈夫そう、かな」 『はい、上手くいって良かった……』  木の上に座って窓を見ている久と、膝をつく体勢をとって出来るだけ目立たないようにしているロスヴァイセ……の、ロボット形態。その能力が発揮される際に発生する『霧』は、単に能力範囲を示すだけであり、空間的に密閉されていても、そしてロスヴァイセからその場所が見えなくても、『時間重複』というその能力を使うのに支障はない。 「……まったく、姉さんもあぶなっかしい事するんだから……」  中の様子を見て、ロスヴァイセの特殊能力を発動させる。『凛が放った銃弾』を再現させ、飛び出してきた襲撃者に、再度の銃弾をぶつけた。それは有効打にはならなかったようだが、助けに来てくれた少年……オフビートがそれに合わせてくれ、なんとか襲撃者を取り押さえることができた。 「……けどこれ、重複の能力さえ使えれば良かったよね」 『元々この身体は、対大型ラルヴァ用ですから……あれ、どうしました?』 「いや……あれ?」  ロスヴァイセと雑談モードに入っていた久だが、唐突に頭の上を見上げ、つられて上を見上げたロスヴァイセと共に、驚愕の声を挙げた。 『あ!? あれって……』 「つつっ……何だ!?」 「オフビートくん、だいじょ……ええ!? あわわ……」  地に伏せたアル・フィーネを守るように、黒い獣が立ちふさがる。窓から飛び込み、目の前のオフビートをはじき飛ばした。庇われた側のアル・フィーネは、不服そうな、しかし何とかなったという表情をしている。 「っ……見て、ました?」  黒い獣は何も言わずにアル・フィーネを咥え、再び窓から飛び出して行ってしまった。その姿には、明らかに何者かが指示をする気配が感じられる。 「待てっ!!……あー、行っちまったか……」 「あ、あいつ確か、この前ママを襲った……」 「……あれ、もしかしてラルヴァではなくて、異能者……?」  何のためらいもなく逃げ出した獣を追いかける隙は無く、オフビートが追いかけようとするも、その時には既に屋根伝いに、はるか遠くへ去って行ってしまっていた。 「姉さん、大丈夫!?」 「あ、久《きゅー》くん。うん、なんとかー……」 「……?」  慌てて部屋に駆け上ってきた久に笑顔で手を振って答える凛。そしてその久を見て、ハテナマークを浮かべたオフビート。 「えっと、オフビートさん。ありがとうございました」 「いや、それは良いんだけど……お前、どこかで会わなかったか?」  オフビートの台詞に一瞬、凛はビックリ顔を見せ、遊衣は顔を背ける。幸い、久はそっちを見ていなかったため、気づかなかった。 「いや、僕は覚えが無いです。おかあさんか姉さん、何か……ん、何か変なこと言った?」 「え、ええ? そんなこと無いよ!?」 「オフビート君、だったわね? 貴方はあの襲撃者について、何か知っている?……いいえ、『どこまで教えられている?』って聞いたほうが良いわね」  自身に向けられた質問はスルーして遊衣が問いかける。凛の反応と共に、あまり触れられたくない様子がバレバレだ。 「せいぜい、そこの子……先輩が狙われてるってのと、同じように狙われてる奴がそこそこ居る、って事ぐらいだな。俺が下っ端中の下っ端ってのは、だいたい予想できるだろ?」 「まあ、ね……あなたが組織側、で大丈夫なのね? さっきの口ぶりなら」 「多分な。『上司』ごと裏切ってたら、流石に分からない」  Scene Ⅴ  夜、双葉区住宅街 「置いてきた荷物は、明日の帰りにでも取りに行った方がいいかなぁ……」  その夜、襲撃者の去った家で、暢気に夕食を食べる四人。ドアは遊衣のツテであっという間に直ってしまった。双葉学園にある何番目かの建築部が行ったものらしいが、凛と久はその人達を知らなかった。 「そうね、流石に今日取りに行くのは危険すぎるわ……連続で襲撃が来るかは分からないけれど」 「…………」  普段はいつも会話の中心にいる凛が俯いているせいで、食べ終わった後も食卓が静かだ。 「……姉さん?」 「ん? あー、何でもないよ、久《きゅー》くんは気にしないで」 「……ごめんなさい、あんな事をさせて」  遊衣が、唐突にそんなことを言う。彼女を戦いに参加させてしまった事か、その際に『人を撃つ』という経験をさせてしまった事か。 「ううん。あいつ、わたしを狙ってたんだから仕方ないよ。それより、ママが無事で良かった」  気丈そうに手を振る凛だが、その顔は冴えない。 「……二人とも、何も聞かないのね」  重そうなため息をついて、遊衣が呟いた。 「まーね、知っておきたいなとは思うけど、その時になったら、ママはちゃんと教えてくれるでしょ? なんでへっぽこな異能しかないわたしを狙うのか、とかも」 「さっきの人の話だと、僕の記憶が無い昔に、あの人達も関係してそうだよね……まあ、姉さんと同じ、必要になった時には。それまでには心の準備しておく」 「皆さん、食後のお茶が入りましたよ。ほら、暗くなってちゃいけません」  奥からロスヴァイセが顔を出してきた。あまり話は聞いていなかったようだが、心配そうな様子は十分見て取れた。 「そうね、二人には心配かけるわ……ごめんなさい」 「ママはそんなの気にしなくていーの。悪いのは襲ってくる奴なんだから、これから来たらどうしようとか、そういう事考えよ」 「いざという時は、私がもっと頑張らないといけませんね。頼りにしていてください、長女なんですから」  凛の言葉に呼応するように、両手をぐっ、と握ってロスヴァイセがアピールする。いつの間にか、彼女も家族の一員として、普通に馴染んでいるようだった。  その夜、久は妙な感覚で目を覚ました。さっきまで、どこか別の場所を歩いていた気がする。真っ白くて、何も無い場所を。そして目を覚ましたとき、ここが現実なのかどうか自信がない。少なくともこの三年間、そんな気持ちになった事はなかった。 「……おかしいなぁ……」  眠気が残ったままの久が、部屋を出て台所へ降りようとする……と、すぐ隣、凛の部屋から、まだ光が漏れている事に気づいた。 「……姉さん?」  どうしても気になってしまい、ドアを叩いて中を覗く。 「…………あ、久《きゅー》くん。どうしたの? こんな夜中に。怖い夢、見たとか?」  そちらに気づいた凛が、久に向けて笑顔を向けた。何かを抱えた、難しそうな表情をして。 「夢……あ、そっか。そうだよ、夢だ!!」 「へ、夢?」  一人合点している久に、目を点にしている凛。その凛も、少し経ってようやくその意味を理解した。 「……そっか!! 久《きゅー》くん夢見たの!? それで、どんなのだった?」 「いや、よく覚えてない」 「あらら」  威勢良くコケる素振りを見せた凛に、久が心配そうな声をかける。 「……姉さんは、大丈夫? さっきまで、寝てなかったみたいだけど」 「うん……大丈夫って、ママの前では言ったけどね。やっぱ、キツいかな」  そう話し始める凛の声に、先ほどまでの強い成分はあまり含まれていなかった。 「ユリカちゃん……あ、今日行ったあの喫茶店で逢った友達ね……が狙われてるのは、すぐ近くで見たことあるし、ちょっとした事件に巻き込まれたことはあるけど、わたし自身が狙われるような事って、想像もしたこと無いから。へっぽこな異能しか無いからね、わたしって。だから、これから何が起こったとき、大丈夫なのかな……って」  その縮こまっている様子は、先ほどまでの皆を先導する光を放った、明るい少女のものとは程遠い。母猫に置いていかれて震えている、小さな仔猫のように見えた。  久が凛の枕元に座り、その胸元で組んでいる両手を軽く引っ張って、掴んだ。 「……僕は姉さんみたいに、無責任な『大丈夫』は言えない。けど、姉さんが頑張ってるときに近くに居ることはできるし、姉さんに悪いことが襲い掛かっても、みんなで力をあわせれば、きっと乗り越えられると思う……だから、姉さんには、笑っててほしい。そうすれば、全部が上手くいくと思える」  久を見ていた目の奥に固まっていた不安が、みるみるうちに溶けていくようだった。そして最後には、いつもの、いたずらっぽい表情の凛に戻っていた。 「久《きゅー》くん、どこでそんな言葉覚えたの? 笑っててくれって、まるでくどき文句みたいだよ?……でも、ありがと。ついでにもう一つ、お願いして良いかな?」 「うん、何?」 「『絆』が、欲しいな……わたしと久《きゅー》くんを結ぶ、きょうだい、っていうのとは、別のものが」 「……いや、そういうのはいいから」 「ふえーん、久《きゅー》くんがノッてくれないー……」  いつもどおりの漫才を繰り返しながら、二人の、そして一家の夜は更けていく……  Scene Ⅵ  夜、双葉区某所 「以上、報告終わり。まだ何かあったか?」 『無いわね。お疲れ様、以後通常任務に戻って、別命あるまで待機。以上よ』  通信を終え、オフビートが携帯端末を仕舞う。余計な手出しをした事について、上司であるアンダンテは何も言わなかった。もっとも『何かしてもいい』的なニュアンスを漂わせていたのは向こうが先だったが。  彼女の話では、安達凛を襲った襲撃者……アル・フィーネは、数週間前に上司が何者か、恐らく敵対組織である聖痕《スティグマ》に拠点ごと抹殺されて、本人も行方不明となっていた。状況から見て、誘拐されたか『跡形も無く消された』かのどちらかと見られていたが、その彼女がなぜ現れ、しかもオメガサークルでは監視対象を超える存在ではない『死の巫女』……その名をオフビートが知っているか、知らないかは分からないが……を襲撃したのか。その部分は謎に包まれている。  そして最後に乱入してきた黒い獣、これについてもアンダンテは何かを知っている口ぶりだったが、それをオフビートに洩らすことは無かった。ただ空気を察するに、アル・フィーネと同様『居なくなった筈の者が現れた』といった様子が感じられただけだ。  結果的に想定以上の情報を手に入れたとはいえ、組織から報酬がある訳でもない。オフビートもそれは承知しており、自身が求めるものを手に入れただけ、という印象がある。 (……そうだ、思い出した。安達凛の弟)  本来考えるべきことを脇において、オフビートは昼間に感じた違和感を辿っていた。 (外見で似てるのは髪の色だけで、髪型も、体型も違う、サングラスをかけてる訳でもないし口調も全然違う。でもあいつは……)  彼の中で、安達久と、ある人物のイメージが重なる。 (醒徒会のエヌR・ルールとイメージが被るんだ……けど、なんでそう思うんだ?)  オフビートは、そこで考えを切り上げた。考えても仕方の無いことだし、目下の自分には関係ない事だからだ。  安達凛、そして安達久をめぐる事象の針はまだ回り始めたばかりだが、容易に止められるような物では、なくなっていた。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む(推奨)>http://rano.jp/1559]] [[第二話前編へ戻る>【禁域の姉弟、瑠璃色の針 第二話前編】]]  幕間  一日前、双葉学園内生徒指導室  放課後、人が増えてきた学外とは対照的に、生徒が去っていって少し寂しくなった校舎内。その中にある『生徒指導室』に、二人の男女が座っていた。男が生徒、女が教師といった風体である。  学校指定の学ランを着て、扉側に座っている男子には、斯波諒一《しば りょういち》。スーツにファッションメガネという姿をして、窓側に座っている女性には、木津曜子《きづ ようこ》という名前があり、世間的には生徒と担任教師、さらには従姉弟という関係となっている……が、実のところ、二人は科学者集団『オメガサークル』の構成員であり、その名前よりもより強く自身を表すコードネームがある。 「それで、アンダンテ。急な任務って何だ?」 「学内では木津先生って呼べって言ってるでしょ? ここなら大丈夫だけど……任務は、この少女に関することよ」  アンダンテと呼ばれた女が、バッグからホッチキスで挟まれた数枚の書類を投げ渡す。 「三年G組……この三年ってのは、中等部と初等部、どっちだ?」 「高等部よ」  アンダンテの一言で、少年がズッこけた。容姿と実年齢がまったく異なる生徒が、この学園にはそこそこ多い。それを、すっかり忘れていたのだ。 「……で、その『先輩』がどうしたんだ?」 「数日以内に、その少女に『襲撃者』が現れる。襲撃者が何者かを確認するのが、オフビート、あなたの任務よ」  淡々と任務を告げるアンダンテだが、短い指令のなかに、いくつかの疑問点をオフビートと呼ばれた少年は見つける。しかし、それをストレートにぶつけるような事はしなかった。あくまで『任務に必要なこと』と匂わせるように、言葉を選んで質問をする。 「そいつ、他に監視はついてるのか? 他の奴が居たらやりにくいかもしれない」 「居ないわよ。少なくともウチで、私の知ってる限りはね。目標としての優先度はあなたの担当より数段下、聖痕《スティグマ》も狙ってるそぶりは無い」  オフビートの眉間に皺が寄るが、アンダンテにそれを気にする様子はない。次にオフビートが聞いた内容は、少し迂闊だったかもしれない。 「それで、俺にその指令が来た、ってことは、それなりに意味があるんだろ?」 「あなたの顔の広さと、防御力ね。『襲撃者の正体を知る』のが目的だから、過剰な攻撃力は必要ないし、あなた、意外と顔広いでしょう? 襲撃者を見たことがあるかもしれない。もっとも、一番の理由は『一番近くで暇そうな任務してたから』だけど」 「……最後に、その暇そうな任務についてだ。襲撃者ってのは、伊万里を襲う可能性があるか?」 「上のほうに入ってきた『確かな情報』だと、リストの下の方ね。数日中は無いだろうから、安心なさい……あ」  アンダンテが『言わなくていいことを言った』ことに気づいたのはすぐだが、もう後の祭りだ。気を取り直して、言葉を続ける。 「……別にこの子の生死は問わないから、確認したらすぐ撤収していいわよ。肝心なのは、しっかり報告をすることよ。いいわね」  Scene Ⅳ  昼、双葉区住宅街 「……駄目ね、専門でもない事に顔を出しちゃ」  壁を背にして、遊衣は後悔していた。さっきまでの行動は、手落ちが多すぎた。逃げるなら逃げる、向かっていくなら向かっていくで、ハッキリするべきだった。もっとも、相手は異能者なのだから、ここは人影を確認して即逃亡、が最善手だっただろう。そういう所に気が回る、また、そういった事によく巻き込まれていた夫が亡くなって、ここ数年そういった事態が発生しなかったことは言い訳に出来るかもしれない。 (……言い訳しても、どうしようもないけれど)  窓から入ってきたのが少女の味方でなくて良かった、と少しだけ安堵するが、彼女達が巻き込まれている状況自体には、あまり変化が無い。  彼女達の目の前で、異能者同士がぶつかり合っている。遊衣と、その横に居るロスヴァイセには、流れ弾を回避する力すら無いのだ。  少女が、振り下ろしていたミンチドリルを引く。金棒のトゲがいくらか『削られて』いた。あのまま叩きつけていたら、その全てが削られるだけではなく、その巨大なドリル自体が消滅していたかもしれない。そこはオフビートが行った『芸当』の連続使用時間との勝負となるが、それに挑む賭けを、少女は選ばなかった。 「『知ってるかも』とは言われてたけど……アル・フィーネ、お前だったとはな」 「その名前で、私を呼ばないで!!」  アル・フィーネと呼ばれた少女が、ドリルを横薙ぎに振るう。これをオフビートは、今度は異能を使わずに後ろへ跳んで回避した。少女の動き自体は緩慢だが、一度でもそれに触れればタダではすまない、という威圧感がある。 「そこの人!! あんたは『安達凛』じゃないな!?」 「え!? ……娘は今、外出中よ。どこに行ったかは聞いてないし、泊まっていくとも言ってたわ」  オフビートの問いに、遊衣は平然と嘘を混ぜて答える。横でロスヴァイセが驚いた顔をしているが、幸いアル・フィーネはその顔を見ていない。 「と、いう訳だ。目標が居ないのにここで戦い続けるか、街をむやみに探すか、退くか。前二つを選ぶなら、俺は邪魔をする」  オフビートは、暗に撤退をすすめる言葉を少女に放つ。無論、三つ目を選ぶとしたらこっそり後を追うつもりだ。アンダンテの言葉尻をとらえるなら、放置すれば、彼の監視対象兼『恋人』である、巣鴨伊万里《すがも いまり》に危害が及ぶかもしれないのだ。その芽は早いうちに摘んでおきたい。 「なら、目標が帰ってくるまで待ちます」 「……え?」 「私は、恩を返さなきゃいけないんです、私を救ってくれた人に。その邪魔をする酷い人は、みんな死んじゃえばいいんです!!」  思惑の外れたオフビートの頭上に、再び金棒が振り下ろされる。それを両手でなんとか受け止めたオフビートが次に見たのは、ミンチドリルから手を離し、虚空から別の武器……長い柄の先に刃物がついた、長刀《なぎなた》……を取り出した、アル・フィーネの姿だった。 「ロスヴァイセ、状況は!?」 『男の子が乱入して防いでくれてますが、手数で押されています』 「二階堂さん、そっち右!!」 「ああ、分かった」  ちょうどアミーガに来ていたおやっさんの知り合いと、おやっさんとバイクの話をしていた高等部の少女……が足代わりに使っていた青年の二人が駆るバイクに乗り、家への帰路を急ぐ安達久、凛の姉妹。永劫機の契約者である久は、ロスヴァイセと連絡を取り合い、現状を確認している。二台のバイクが連れ立って走っている場面は、そのバイクの巨体も相まって、日本とは思えない。 「ここで止めて!! これ以上行くとバイクの音でバレちゃう」 「ああ、何か手伝える事はあるか?」 「いえ、大丈夫です。家のことですから」  自宅から一ブロックほど離れたところでバイクから降り、後は走りで自宅を目指す。 「けど、姉さんが狙いだなんて……」 「何でだろね? 久《きゅー》くん、ママに聞いて欲しいことがあるんだけど、ロッセを通して聞いてもらってもいい?」 「……?」  オフビートとアル・フィーネの戦いは、膠着していた。  横薙ぎに払われた長刀を、金棒を投げ捨てながら危ういところで回避したオフビートは、その後も色々な武器を虚空から取り出しては振り、無理とみるや叩きつけて別の武器を引っ張り出すその少女に押されっぱなしだった。防御力は人並みのように見えるが、ポケットのナイフを抜いて攻撃にまわる余裕が無い。  一方のアル・フィーネも、色々な攻撃を繰り出し、その悉くを防がれているせいで、精神的に押されていた。何か決め手が無い限り、一気に押し切ることは不可能だ。  互いが互いの異能を知っており、その上で戦闘に突入したが故の千日手。均衡を崩すには、どちらかの体力、もしくは集中力が切れるか、第三者が介入するのを待つしかない。  アル・フィーネの視界に、何かに頷いてから部屋の外へ駆け出すロスヴァイセの姿が映った。追おうとすればオフビートの追撃を受けるのは必至、目で追うだけで、すぐに視線を戦闘相手に戻す。彼女……資料に無かった人物だが……は、抹殺対象には入っていない。 「お前の異能……『F・I・F・O』だったか、そんなに大量の物を格納できたのか?」  攻撃を捌いたつかの間、オフビートがそんな言葉を洩らす。  オフビートは、共同演習で彼女の異能と、その使い方を知っていた。それはアル・フィーネも同様である。  彼が知っているアル・フィーネの異能は、いわば『出る順番が決まっている四次元ポケット』だ。彼女の足元に発生する異次元へのゲートへ物を投げ込んでおくと、それが異次元に格納される。取り出すときは頭上にゲートを発生させることで、落ちてくる。ただし、格納できる物体のサイズ、重量にはかなり厳しい制限があり、取り出す際も、入れた順番でしか出てこないという欠点がある。さらに、オフビートが知っているアル・フィーネは、それほど筋力がある方ではなかった。初めに振り回していたドリルなど、彼が知っている彼女なら持ち上げることすら困難だっただろう。 「私は変わったんです!! どうしようもない世界から私を引き上げてくれた、あの人のお陰で!! そ、その人の邪魔をするひどい人は、みんなみんな死んでください!!」  次に彼女が引っ張り出したのは、鎖つき鉄球。室内ということもあり振り回す半径は小さいが、それでも直撃すればただでは済まない。 「……精神の高揚と、異能強化を同時に行う薬物の投与、かしら?」  遊衣が、アル・フィーネの様子を見て呟く。その様子を、臨戦態勢のまま他の二人が視界に捉えた。 「筋肥大化等の処置は受けてなさそうですし、精神を無理やり高揚させ、実際以上の筋力を発揮、同時に異能も性質はそのままで、スペック強化を実現する……兵器開発局で、そんな薬物の研究をしていたと聞いたことがあります」 「……それって、ヤバいんじゃないのか?」  実感が篭ったオフビートの疑問符に、遊衣が無言で頷く。そんな二人を、アル・フィーネはこちらも無言で睨んでいた。 「私が知っている限り、異能の人為的な強化には少なからぬリスクがある。薬物が切れた途端に、激痛と異能の反動で、という事も……」 「私が弱いのがいけないんです!! 私が弱い異能と弱い身体しかないせいで……!!」  何か逆鱗に触れたかのように叫びだすアル・フィーネだが、それに介せずオフビートが言葉を重ねる。 「それはいいけど……お前、種切れだな?」 「!?」 「ひたすら攻めを継続して、こっちが攻めるチャンスを潰す、みたいな感じでやってたのに、急に攻めが止まった……次に出てくるのが最初に出してたヤツになったか、そうでなくても攻めに使える物じゃない。そんなところだろ?」  横で見ている遊衣には分かりやすいが、アル・フィーネが武器を引き出すときには若干のタイムラグがある。一つ一つの武器を習熟していない彼女は、相手に武器を受け止めさせた隙に新たな武器を引き出す、ひたすらごり押しの戦法を採っていた。つまり『次が武器でない』状況では、迂闊に次を繰り出すことが出来ないのだ。  だが、ここでオフビートは不用意に突っ込めない。彼にもまた、異能を連続で使用した反動が来ていた。頭が痛み、集中を切らしてしまえばその瞬間にも、彼の手の平から出ている高周波の盾は消え去ってしまうだろう。そうなってしまえばやられるのは自分である。  ここで再び、膠着状態が……先ほどまでの動きがあるものではなく、動きが無い、にらみ合いの状態が訪れた。そして二人は、その空間に現れた変化を気づくことができなかった。  その均衡を破ったのは、凛とした叫び声。 「オフビートくん、かわしてよ!!」  部屋の扉の向こう側……アル・フィーネが背にして、オフビートからは丸見えのその位置に、先ほど遊衣が捨てた短機関銃を持った凛が立ちふさがる。総重量が3kg程度のそれは凛でもしっかり持つことが可能であり、その銃口は、新たな弾薬を装填して、背を向けているアル・フィーネをまっすぐ睨みつけていた。  再び、嵐のような叫び声が部屋を埋め尽くす。オフビートは横にジャンプして難を逃れ、一瞬反応が遅れたアル・フィーネも、鉄球を放った反動で跳躍、辛うじて弾丸の雨を回避した。彼女が次に『出せる』ものは、最初に出した鉄板であり、その時と同じように盾として使う方法もあった。だが、床が抜けてしまうほどの重量があるソレを出す危険を冒す事はない。彼女が跳んだ先には、反撃のための武器……異次元に戻さず床に放ったままのミンチドリル……があり、それを目の前に出てきた目標の頭へ振り下ろせば、それで彼女の仕事は完了するのだ。 「おま……!!」 「ごめんなさいっ!! 死んでください、安達凛さん!!」  二人が跳んだ方向は正反対、オフビートがアル・フィーネを取り押さえる前に、彼女の金棒が凛の頭を打ち砕くだろう。  慌てたオフビートが凛の顔を見ると、何かを確信しているかのような自信に満ちた表情で、部屋の奥……否、窓の外を見ていた。  アル・フィーネが扉の目の前に来るのと、弾を撃ち尽くした筈の銃口が再び火を噴くのは、ほぼ同時だった。 「っ……!!」  突然のことに、身体をよじって回避するのがやっとだった。それでも腹部と腕を数発かすめただけで済み……ただ、それに付随する状況の悪化は、それだけでは済まなかった。 「今のうちっ!!」  体勢を整えたオフビートが踏み込み、アル・フィーネの手を蹴り飛ばした。彼女の手からドリルがはじけ飛び、床に転がる。 「痛っ……!?」  床を転がっているソレは、銃を捨てた凛が持ち……いや、持てなかった。両手で持ち上げようとするも、重量に負けてそのまま地面に置いてしまう。 「うわ、これ重い……よく振り回せるよね、こんなの」 「さあ、観念してもらおうか? 出来れば、目的から何まで洗いざらい話して欲しい所だが……」  オフビートがナイフを取り出しつつ、アル・フィーネに迫る。機関銃を鈍器代わりに構える凛が傍らに立ち、逃げ出せそうな隙は見つからない。 「しまった……!!」 「大丈夫そう、かな」 『はい、上手くいって良かった……』  木の上に座って窓を見ている久と、膝をつく体勢をとって出来るだけ目立たないようにしているロスヴァイセ……の、ロボット形態。その能力が発揮される際に発生する『霧』は、単に能力範囲を示すだけであり、空間的に密閉されていても、そしてロスヴァイセからその場所が見えなくても、『時間重複』というその能力を使うのに支障はない。 「……まったく、姉さんもあぶなっかしい事するんだから……」  中の様子を見て、ロスヴァイセの特殊能力を発動させる。『凛が放った銃弾』を再現させ、飛び出してきた襲撃者に、再度の銃弾をぶつけた。それは有効打にはならなかったようだが、助けに来てくれた少年……オフビートがそれに合わせてくれ、なんとか襲撃者を取り押さえることができた。 「……けどこれ、重複の能力さえ使えれば良かったよね」 『元々この身体は、対大型ラルヴァ用ですから……あれ、どうしました?』 「いや……あれ?」  ロスヴァイセと雑談モードに入っていた久だが、唐突に頭の上を見上げ、つられて上を見上げたロスヴァイセと共に、驚愕の声を挙げた。 『あ!? あれって……』 「つつっ……何だ!?」 「オフビートくん、だいじょ……ええ!? あわわ……」  地に伏せたアル・フィーネを守るように、黒い獣が立ちふさがる。窓から飛び込み、目の前のオフビートをはじき飛ばした。庇われた側のアル・フィーネは、不服そうな、しかし何とかなったという表情をしている。 「っ……見て、ました?」  黒い獣は何も言わずにアル・フィーネを咥え、再び窓から飛び出して行ってしまった。その姿には、明らかに何者かが指示をする気配が感じられる。 「待てっ!!……あー、行っちまったか……」 「あ、あいつ確か、この前ママを襲った……」 「……あれ、もしかしてラルヴァではなくて、異能者……?」  何のためらいもなく逃げ出した獣を追いかける隙は無く、オフビートが追いかけようとするも、その時には既に屋根伝いに、はるか遠くへ去って行ってしまっていた。 「姉さん、大丈夫!?」 「あ、久《きゅー》くん。うん、なんとかー……」 「……?」  慌てて部屋に駆け上ってきた久に笑顔で手を振って答える凛。そしてその久を見て、ハテナマークを浮かべたオフビート。 「えっと、オフビートさん。ありがとうございました」 「いや、それは良いんだけど……お前、どこかで会わなかったか?」  オフビートの台詞に一瞬、凛はビックリ顔を見せ、遊衣は顔を背ける。幸い、久はそっちを見ていなかったため、気づかなかった。 「いや、僕は覚えが無いです。おかあさんか姉さん、何か……ん、何か変なこと言った?」 「え、ええ? そんなこと無いよ!?」 「オフビート君、だったわね? 貴方はあの襲撃者について、何か知っている?……いいえ、『どこまで教えられている?』って聞いたほうが良いわね」  自身に向けられた質問はスルーして遊衣が問いかける。凛の反応と共に、あまり触れられたくない様子がバレバレだ。 「せいぜい、そこの子……先輩が狙われてるってのと、同じように狙われてる奴がそこそこ居る、って事ぐらいだな。俺が下っ端中の下っ端ってのは、だいたい予想できるだろ?」 「まあ、ね……あなたが組織側、で大丈夫なのね? さっきの口ぶりなら」 「多分な。『上司』ごと裏切ってたら、流石に分からない」  Scene Ⅴ  夜、双葉区住宅街 「置いてきた荷物は、明日の帰りにでも取りに行った方がいいかなぁ……」  その夜、襲撃者の去った家で、暢気に夕食を食べる四人。ドアは遊衣のツテであっという間に直ってしまった。双葉学園にある何番目かの建築部が行ったものらしいが、凛と久はその人達を知らなかった。 「そうね、流石に今日取りに行くのは危険すぎるわ……連続で襲撃が来るかは分からないけれど」 「…………」  普段はいつも会話の中心にいる凛が俯いているせいで、食べ終わった後も食卓が静かだ。 「……姉さん?」 「ん? あー、何でもないよ、久《きゅー》くんは気にしないで」 「……ごめんなさい、あんな事をさせて」  遊衣が、唐突にそんなことを言う。彼女を戦いに参加させてしまった事か、その際に『人を撃つ』という経験をさせてしまった事か。 「ううん。あいつ、わたしを狙ってたんだから仕方ないよ。それより、ママが無事で良かった」  気丈そうに手を振る凛だが、その顔は冴えない。 「……二人とも、何も聞かないのね」  重そうなため息をついて、遊衣が呟いた。 「まーね、知っておきたいなとは思うけど、その時になったら、ママはちゃんと教えてくれるでしょ? なんでへっぽこな異能しかないわたしを狙うのか、とかも」 「さっきの人の話だと、僕の記憶が無い昔に、あの人達も関係してそうだよね……まあ、姉さんと同じ、必要になった時には。それまでには心の準備しておく」 「皆さん、食後のお茶が入りましたよ。ほら、暗くなってちゃいけません」  奥からロスヴァイセが顔を出してきた。あまり話は聞いていなかったようだが、心配そうな様子は十分見て取れた。 「そうね、二人には心配かけるわ……ごめんなさい」 「ママはそんなの気にしなくていーの。悪いのは襲ってくる奴なんだから、これから来たらどうしようとか、そういう事考えよ」 「いざという時は、私がもっと頑張らないといけませんね。頼りにしていてください、長女なんですから」  凛の言葉に呼応するように、両手をぐっ、と握ってロスヴァイセがアピールする。いつの間にか、彼女も家族の一員として、普通に馴染んでいるようだった。  その夜、久は妙な感覚で目を覚ました。さっきまで、どこか別の場所を歩いていた気がする。真っ白くて、何も無い場所を。そして目を覚ましたとき、ここが現実なのかどうか自信がない。少なくともこの三年間、そんな気持ちになった事はなかった。 「……おかしいなぁ……」  眠気が残ったままの久が、部屋を出て台所へ降りようとする……と、すぐ隣、凛の部屋から、まだ光が漏れている事に気づいた。 「……姉さん?」  どうしても気になってしまい、ドアを叩いて中を覗く。 「…………あ、久《きゅー》くん。どうしたの? こんな夜中に。怖い夢、見たとか?」  そちらに気づいた凛が、久に向けて笑顔を向けた。何かを抱えた、難しそうな表情をして。 「夢……あ、そっか。そうだよ、夢だ!!」 「へ、夢?」  一人合点している久に、目を点にしている凛。その凛も、少し経ってようやくその意味を理解した。 「……そっか!! 久《きゅー》くん夢見たの!? それで、どんなのだった?」 「いや、よく覚えてない」 「あらら」  威勢良くコケる素振りを見せた凛に、久が心配そうな声をかける。 「……姉さんは、大丈夫? さっきまで、寝てなかったみたいだけど」 「うん……大丈夫って、ママの前では言ったけどね。やっぱ、キツいかな」  そう話し始める凛の声に、先ほどまでの強い成分はあまり含まれていなかった。 「ユリカちゃん……あ、今日行ったあの喫茶店で逢った友達ね……が狙われてるのは、すぐ近くで見たことあるし、ちょっとした事件に巻き込まれたことはあるけど、わたし自身が狙われるような事って、想像もしたこと無いから。へっぽこな異能しか無いからね、わたしって。だから、これから何が起こったとき、大丈夫なのかな……って」  その縮こまっている様子は、先ほどまでの皆を先導する光を放った、明るい少女のものとは程遠い。母猫に置いていかれて震えている、小さな仔猫のように見えた。  久が凛の枕元に座り、その胸元で組んでいる両手を軽く引っ張って、掴んだ。 「……僕は姉さんみたいに、無責任な『大丈夫』は言えない。けど、姉さんが頑張ってるときに近くに居ることはできるし、姉さんに悪いことが襲い掛かっても、みんなで力をあわせれば、きっと乗り越えられると思う……だから、姉さんには、笑っててほしい。そうすれば、全部が上手くいくと思える」  久を見ていた目の奥に固まっていた不安が、みるみるうちに溶けていくようだった。そして最後には、いつもの、いたずらっぽい表情の凛に戻っていた。 「久《きゅー》くん、どこでそんな言葉覚えたの? 笑っててくれって、まるでくどき文句みたいだよ?……でも、ありがと。ついでにもう一つ、お願いして良いかな?」 「うん、何?」 「『絆』が、欲しいな……わたしと久《きゅー》くんを結ぶ、きょうだい、っていうのとは、別のものが」 「……いや、そういうのはいいから」 「ふえーん、久《きゅー》くんがノッてくれないー……」  いつもどおりの漫才を繰り返しながら、二人の、そして一家の夜は更けていく……  Scene Ⅵ  夜、双葉区某所 「以上、報告終わり。まだ何かあったか?」 『無いわね。お疲れ様、以後通常任務に戻って、別命あるまで待機。以上よ』  通信を終え、オフビートが携帯端末を仕舞う。余計な手出しをした事について、上司であるアンダンテは何も言わなかった。もっとも『何かしてもいい』的なニュアンスを漂わせていたのは向こうが先だったが。  彼女の話では、安達凛を襲った襲撃者……アル・フィーネは、数週間前に上司が何者か、恐らく敵対組織である聖痕《スティグマ》に拠点ごと抹殺されて、本人も行方不明となっていた。状況から見て、誘拐されたか『跡形も無く消された』かのどちらかと見られていたが、その彼女がなぜ現れ、しかもオメガサークルでは監視対象を超える存在ではない『死の巫女』……その名をオフビートが知っているか、知らないかは分からないが……を襲撃したのか。その部分は謎に包まれている。  そして最後に乱入してきた黒い獣、これについてもアンダンテは何かを知っている口ぶりだったが、それをオフビートに洩らすことは無かった。ただ空気を察するに、アル・フィーネと同様『居なくなった筈の者が現れた』といった様子が感じられただけだ。  結果的に想定以上の情報を手に入れたとはいえ、組織から報酬がある訳でもない。オフビートもそれは承知しており、自身が求めるものを手に入れただけ、という印象がある。 (……そうだ、思い出した。安達凛の弟)  本来考えるべきことを脇において、オフビートは昼間に感じた違和感を辿っていた。 (外見で似てるのは髪の色だけで、髪型も、体型も違う、サングラスをかけてる訳でもないし口調も全然違う。でもあいつは……)  彼の中で、安達久と、ある人物のイメージが重なる。 (醒徒会のエヌR・ルールとイメージが被るんだ……けど、なんでそう思うんだ?)  オフビートは、そこで考えを切り上げた。考えても仕方の無いことだし、目下の自分には関係ない事だからだ。  安達凛、そして安達久をめぐる事象の針はまだ回り始めたばかりだが、容易に止められるような物では、なくなっていた。 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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