【女子高生彩子の学級日誌】

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 女子高生彩子の学級日誌 ラノhttp://rano.jp/1633  プロローグ 春先のはなし 「私は帰ってきた・・・・・・!」  桜の花びらが流れていく、爽やかな光景を背にして。  六谷彩子は不敵な笑みを浮かべながら、双葉学園の建物群を見渡していた。 「今年からどんなクラスなのか知らないけど」  彩子は竹刀をドスンと地面に突きたてる。そして楽しそうに、高らかにこう宣言した。 「この彩子様がクラスを乗っ取ってやるんだから! クラスのみんなを従えて、ナンバーワンになってやるの! そしてゆくゆくは学園の覇権を握り、私が物語の主役になるの! あはは、あははははははっ!」 「おー、聞き覚えのあるバカな高笑いだなと思ったら、やっぱりお前だったか」 「ゲッ、幸子姉・・・・・・!」  すっかり動揺して、横から近づいてきた女性のほうを向いた。  地味に纏め上げた黒髪。牛乳瓶の底よりも大きくて丸っこい、実にダサい眼鏡。  姉の幸子である。 「九州からはるばる、よう来たな。故郷での修行はどうだったかい?」 「なかなか集中できてよかったわよ? 剣術も昔より磨きがかかってきたし、私の異能――『ファランクス』も使いこなせるようになった」  姉妹は双葉学園・高等部の敷地を歩きながら、これまでの一年について語り合った。  彩子は中等部を出てから一年間、故郷の九州にある六谷本家にて修行を積んできた。これは、十六になる年に姉妹が必ず行ってきたことで、もちろん幸子も例外ではなかった。  勉強はというと、その間は九州にある双葉学園の施設にて、遠隔授業というかたちで単位を取得してきた。 「島のみんなは元気にしてた?」 「元気すぎてウザいぐらいだ。まったく、こいつらときたらくだらない騒ぎばかり起こしやがる。大学生になっても、そういうあたりはちっとも成長しねえ」  ふああと、眠たげに幸子はあくびを見せた。 「ほれ、着いたぞ」  幸子が指を差す。その先には大きな掲示板があり、生徒たちがすでにたくさん集まっていた。  ばっと一面に貼り付けてある紙は、本年度の高等部全クラスを掲示していた。彩子は自分の名前を探した。 「・・・・・・二年C組ね!」  彩子はニンマリ微笑む。彼女のスクールライフが幕を開けた瞬間だった。    その一 二年C組・委員長選出 「ええと、『私は二年C組を楽しいクラスにするために』。・・・・・・うーん、小学生みたいね。  じゃあ、『私は二年C組を双葉学園で最高のクラスにするために』。・・・・・・ちょっと漠然としていて、説得力が無いかしら?」  彩子は部活棟の並ぶ空き地で、一人考え事に興じていた。  この昼休みが終わった後、クラス委員を決める学級会が開かれる。当然、彩子はこれに立候補する気でいた。 「クラスで一番になるには、やっぱりクラス委員長にならないとね!」  六谷彩子は非常にプライドが高く、「ナンバーワン」にこだわる性格であった。  それが学力テストだろうが夏休みの自由研究であろうが、ベルマーク集めの収集個数であろうが、彼女は何でも一番を目指したがる。努力も惜しまない。  彩子は新しいクラスでちやほやされたかった。  異能者としても女子としても、「最強」になりたかった。そんな憧れの延長線上にあるのは、敬愛する長女・純子である。  男以上に男気があって、かつて風紀委員の一員として活躍した純子。並外れたルックスを持ち、羨望の眼差しを一身に集めていた純子。彩子は実妹として、純子のもっとも輝いていた時期を知っている。 「私は絶対に、純子姉みたいな完璧を目指したい!」  そう、ガッと立ち上がって青空に誓ったときだった。  足元から猫の鳴き声が聞えてきたのだ。 「え? げっ、ね、猫・・・・・・!」  彩子は、全身を蕁麻疹が多い尽くすのを感じていた。彼女の大嫌いなものは三つある。「ゴキブリ」「男」、そして「猫」だ。 「あっち行け! 小汚いのはキライなの!」  彼女は容赦なく、竹刀の先でぺちぺちトラ猫を叩いた。トラ猫はにーにー悲しそうに鳴き喚くが、それが余計に彩子の怒りを買った。 「耳障りよッ! 鳴いてないでとっととどっか行きやがれッ!」  ミニスカートから伸びる生足を後ろに振り上げ、蹴っ飛ばしてしまおうとした。  だが。  ゴチンとものすごい音が空き地に響く。 「うごっ・・・・・・!」  彩子はその場で昏倒した。凛とした勇ましい声が「大丈夫か、怪我してないか」と、優しく気遣う台詞を言った。彩子でなく猫に対して。 「・・・・・・峰で殴ったわね、あんたぁ! いきなり何すんのよ!」 「それはこっちの台詞だな。こんな可愛い子に対して、キミは何という奴だ。いきなり何て事をしようとするんだ!」  彩子が見たのは、さらっと真下に流れる美麗な黒髪だった。姉である幸子も美しい髪を持っているが、それ以上に綺麗な人だ。 「あんた、私に暴力振るっておいて、そんな小汚い動物を庇うわけね・・・・・・!」 「小汚いとは何だ。キミは見ない顔だな。あんまりおいたが過ぎると、この私が自らお仕置きをしなければならないな」 「はん! 私と同じ女子学生が何様よ! いいこと? せっかくの機会だから、見知らぬあんたに教えといてあげるわ」  びっと竹刀の先を向けられた黒髪の少女は、一瞬きょとんとした顔を見せてから、呆れた風にため息をついた。 「私はね、六谷彩子。新生二年C組の(脳内)エース。あの火の玉ジュンコの妹なのよ?」 「六谷・・・・・・? まさか、キミはあの風紀委員の先輩の・・・・・・」  相手が驚いたような表情をしたのを見て、彩子は機嫌よさそうに赤いセルフレームの眼鏡に指先を触れた。 「ふふふん♪ さすがのあなたでも、我が敬愛する純子姉のことは知っているみたいねぇ。まるで自分が褒められているようで、ちょー光栄よ」 「そーか、そうか。キミが、六谷先輩から私たちに『面倒よろしくね』と言われていた妹さんか。暴れん坊な問題児の」  突然ニヤリと嫌らしい笑みを見せた彼女に、彩子の顔が真っ赤になった。 「なっ・・・・・・! ちょっ、どーゆーこと、それ!」 「先輩と風紀委員は今でもつながりがあってね。といっても、軽い雑談程度の仲ではあるがな。今度本学に復学するあの暴れ馬のことを、どうかよろしく頼むなって言われていたんだよ」 「でっち上げも大概にしなさい! もー許さない! この無愛想な可愛げのない黒髪女!」  怒りが頂点に達した彩子は、少女を叩き潰さんとばかりに飛び出した。相手が華奢な女子学生であることにまったく躊躇せず、力のままに竹刀を振り上げた。 「私はね、双葉学園『最強』の剣豪少女なのよッ! 伊達に子どものころから竹刀振ってない!あんたよりもずっとずっとずっと強くてね、異能も並外れて立派なんだから! 覚悟しなさ――――――あぎゃっ!」  黒髪の少女は「黒陽」の峰で、淡々と彩子の脳天を叩きのめす。  彩子は飛び掛る姿勢のままダウンし、その場に倒れこんでしまった。 「・・・・・・ふう、やれやれ」  風紀委員長・逢洲等華は彼女が静かになったのを確認すると、『黒陽』を鞘に収めた。そしてモバイル学生章を取り出し、醒徒会直通の内線番号に繋ぐ。 「あ、醒徒会ですか? いつもお世話になっております、逢洲です。今、部活棟にいるのですが、『体調不良』の女子生徒さんを保健室に運ぶよう、庶務さんに頼んでおいてください。では、授業がありますので失礼します」  その後、彩子は目覚めると保健室のベッドにいた。 「あれ? 私どうしていたんだっけ?」  がばっと起き上がると、隣のベッドの女子生徒と目が合った。  ふわふわの白い髪がとてもかわいい、黒い制服を着た美少女だった。 「あ、どうも・・・・・・」  彩子は軽く会釈をしたあと、はっとして壁掛け時計に目をやった。すでに三時間目は終わっている。  教室に戻った後、二年C組のクラス委員が「笹島輝亥羽」に決定したのを知った。    その二 変態クラスの洗礼  たとえクラス委員になれなくても、私の目が黒いうちはC組のナンバーワンを目指し続けるわ。  六谷彩子は決意も新たに、家で作ってきた弁当をがつがつ頬張っていた。 「やっほー! メッシー! ドラ吉に会いに来ましたよー」  彩子はピンク色の箸を止めた。ドラキチ? ドラゴンズキ×ガイのことだろうか? 「はいはい、わかりましたよっと・・・・・・」  メッシーと呼ばれた青年は堪忍したようにため息をついた後、目を瞑って、何かを強くイメージする。  すると、C組に遊びにきていたちまっこい少女の頭上に、なんともかわいらしい「竜」のマスコットがポンと現れたのだ。 (おお・・・・・・)  彩子はその愛くるしい動物に一瞬で釘付けとなった。  彼女は机に弁当を広げたまま席を立ち上がり、小さな少女に近寄った。 「そ、それが『ドラ吉』なの・・・・・・?」 「そうですよー。この子がドラ吉ですよー!」  少女は瞳をくりくり真上に向けて、頭に座るドラ吉の頭を撫でる。  彩子は腰を低くして少女と目を合わせると、こうきいてみた。 「・・・・・・触っても怒らない?」 「怒らないよ。ドラ吉はとってもいい子なんだよ」 「そう、なら・・・・・・」  恐る恐る、彩子は指先をドラ吉に近づけていった。  ところが。 「あぎゃ!」  ゴーーーと、彩子の顔面に炎が浴びせつけられた。  その哀れな光景を、C組のクラスメートはあんぐりしながら見つめていた。ざわついていたお昼の楽しい雰囲気が、一瞬にして静まり返る。  火炎放射が終わった後、真っ黒になった彩子はひくひくとこめかみの血管を浮かせていた。 「・・・・・・そーかいそーかい。私に対してはそういう態度で接するのかぁ。あはっ、あははっ、あははははっ」  彩子は笑った。あごをくいっと真上に向け、顔面を手のひらで覆い、狂ったように笑い出した。 「くたばれこのクソトカゲがぁ――――――ッ!」  竹刀をぐっと掴んできて、少女の頭目掛けて振り下ろす! 彼女は「きゃあっ」と悲鳴を上げて、横に避けた。 「上等じゃないの! こんなふざけた小動物、ぶっ潰してやる!」 「止めるんだ! 暴力は良くない! 落ち着け!」  召屋正行が彩子を羽交い絞めにする。そのかなりの体格差に彩子は面食らったが、 「触らないで!」  と、その腕を振りほどいた。彼女は「男」が大嫌いなのだ。 「男が私に触るんじゃないっていつも言ってんでしょ! ああもう、汚らわしい! 野蛮で不潔な生き物に触られちゃ、嫁入り前の肌に傷が付くわ!」  などと彩子は大げさに男子たちに喚き散らした。男子たちは「また始まった」とでも言いたげな顔になり、目を逸らす。  彩子は少女をキッと睨みつけ、再び詰め寄ろうとした。 「喧嘩は絶対にしちゃ駄目だ! 落ち着けよ!」  それでも誰か男子が召屋に続き、勇敢にも彩子に飛びつく。それは拍手敬であった。 「きっと、単なるお近づきのしるしなんだよ。かわいい動物のやんちゃだと思って、ここは水に流してやろうぜ!」  それを聞いた彩子は落ち着きを取り戻したか、ぎりぎりと握っていた手を緩め、右腕を垂らした。  背後からしっかり彩子を抑えている柏手は、なおも彼女に話し続ける。 「せっかく新しいクラスになって、新しい日常が始まったんだ。余計な騒ぎを起こしちゃ、あの委員長に何されるかわからないぜ? ここは一つ、大人しく・・・・・・」 「そうね、拍手くん。あなたの言う通りかもしれないわ」 「わかってくれたか、六谷」  ふっと、拍手は穏やかな笑みを見せる。 「でもね、拍手くん」  彩子も拍手に、はにかむような優しい横顔を見せた。 「ドサクサに紛れてオッパイしっかり握ってんじゃねぇ――――――――――――ッ」  彩子の胸を掴んでいた拍手は派手に吹っ飛ばされ、机の列をガタガタ掻き分けていった。  おっぱい狂いの束縛から逃れた彩子は、悪鬼の表情でばっと少女のほうを向く。だが、彼女はすでに忽然と姿を消してしまっていた。逃げたのだ。 「・・・・・・待ちやがれぇーッ!」  彩子はバーンと引き戸を開け放つと、廊下へと駆け出した。  高等部の長い廊下を、二人の女子が追いかけっこをしている。  初等部と見間違えるぐらい小さな背丈をしている女の子は、涙ながらに逃げ惑っていた。それを追い回すのは、竹刀を縦横無尽に振り回す、非常に短気で乱暴者な六谷家の四女であった。 「待てって言ってんでしょうがぁ――ッ」 「いやですー! 来ないでくださいですー!」 「その人を小馬鹿にした小憎らしい小動物を私によこしなさい! 私の異能で消し炭にしてやるんだからぁ!」 「ぶー! 乱暴な人はきらいですー!」  ぶんぶん竹刀を振り回す猛獣の後を、召屋含むC組の男子が追いかけていった。  少女は階段を上へ上へと逃げていく。重たい扉を両手で開けて、屋上に飛び出す。  三百六十度、まっさらな青空。まだまだ冷たい四月の横風が、彼女に殴りつけてきた。  あたふたと逃げ惑っている少女は、「バタン」という扉が閉まる音を後ろに聞いて、背筋をびくっとさせた。 「さー、堪忍しなさい、ドラ吉ちゃん・・・・・・?」 「ドラ吉はぜったいに渡しませんっ! いじめようとするのなら帰ってくださいっ!」 「お仕置きはほんの一瞬で終わるわよー? 六谷家の清らかな炎で、一瞬で楽にしてあげるからぁ・・・・・・」  少女はドラ吉を守るようにして、後ろに下がっていく。それに合わせて彩子もじりじりと距離を詰めていく。  背の高い彩子の影が、少女を覆いつくしてしまった。勝利を確信した彩子はにたにた笑うと、竹刀を両手に持って、後ろに振り上げて、こう吼えた。 「ドラ吉、往生せいやぁ――――――――――――ッ」 「春ちゃん、助けてください――――――――――――ッ」  その瞬間、巨大な太陽を背にした黒い影が、伸びやかに跳躍する。  そいつは彩子を目掛けて飛んできて、後頭部に見るも鮮やかなドロップキックを炸裂させた。  彩子はというと正面からバタンと倒れてしまい、鼻を強く打った。立ち上がることができず、しばらくのあいだ奇声を上げながらじたばたうめいていた。  突然の乱入者は彩子に人差し指を突きつけ、こう怒鳴る。 「あんたぁ! よくも、私の大事な大事な千乃をいじめてくれたわね!」 「あ、鼻血が。・・・・・・って、あんた何者!」 「私? 私はねぇ」  てこてこと近寄ってきた千乃を背後に回すと、彩子に対して堂々とこう言い放った。 「私はこのソゥ・スゥイート、ソゥ・キュート、ソゥ・ラヴリーなマイエンジェル、有葉千乃のフィアンセこと、『春部里衣』よ!」 「は、はぁ?」と彩子は仰天する。「アー・ユー・クレイジぃ? 何よ、そのフィアンセって! どういうことなのよ!」 「どういうことって、言ったとおりのこと。私は千乃が好き。世界で一番愛してる。だから将来は結婚を約束しあった仲なのよぉ! ねー!」  春部が同意を求めるなか、千乃は天真爛漫な笑顔を彩子に向けていた。  非常に生真面目な彩子は、開いた口が塞がらない。同性愛を逸脱としか見ることのできない彼女は、思考の整理がまるで追いつかず、ひたすら当惑するしかなかった。 「こいつはとんでもない変態だ!」と、そのようなことを思い知らされていたのだ。  春部が一歩近寄ると、彩子はたじろいでしまう。自分よりも背丈が一歩高かったからだ。今度は彩子が春部によって追い詰められ、見下ろされる立場となってしまった。  ついでに、お互いのバストがたぷんと衝突する。  春部はにっと微笑んだ。 「私の勝ちね」 「な、なんですって!」  少なからず六谷の女としてスタイルに自信があった彩子は、一瞬にしてプライドをずたずたにされてしまった。 「やはりそうか・・・・・・!」  と、ここで屋上にたどり着いた拍手が言った。 「六谷さんは俺の目測で八十九センチのEカップだ。しかし、春部さんはそれ以上を行っている! サイズは公表していないので何とも言えないがね!」 「ちょっ、ちょっとあんた!」  彩子は慌てて自分の胸を隠す仕草を見せた。何と彼の目測がビンゴだったからだ。 「もちろん彩子さんの胸も張りとか形とかいいものがあると思うぜ! おっぱい!」 「拍手あとでぶっ叩く!」  顔を赤くして涙ぐんでいる彩子に、勝利を確信した春部がじりっと近寄る。彩子を真上から見下ろす。そのとんでもない威圧感に、さすがに気丈な彩子も引き気味となった。 「さぁて、どう懲らしめてやろうかしら? 私の千乃をいじめた罪は重たいんだからね・・・・・・?」  彩子は舌打ちをすると、抵抗のため竹刀を握り締める。しかし、春部の体に異変が起こった。  色の濃い健康的な肌が、体毛で覆われていった。ただでさえ素晴らしいプロポーションが、さらに洗練されていく。彩子はその変貌を、愕然としながら眺めているしかない。  そして、最後に春部の頭から出てきた「耳」を認めた瞬間。彼女はこの上ない嫌悪感をぞわぞわ抱いたのである。 「ウソでしょ・・・・・・あんた・・・・・・『猫』だったの・・・・・・?」  からんからんと、彩子の手から竹刀が零れ落ちた。 「こうなっちゃったらもう手が着けられないわよ? 覚悟なさい?」  春部はますます多きかぶさり、青空をデンと塞いでしまった。じゃきんと右手の爪を首元に突きつける。  まさかの展開だった。大の猫嫌いである自分の目の前に、猫である人間が立塞がっているなんて。春部里衣はまさに、六谷彩子の天敵であると断言してよかった。  ぱくぱくと口を開いていた彩子は、ぺたんとその場に座り込むと・・・・・・。 「うわぁああん・・・・・・。猫はキライなのぉ・・・・・・」  泣き出してしまった。  その弱弱しい姿に、春部含め、屋上に集まっていたC組の面々はぽかんとしてしまう。 「小さい頃に引っかかれたから猫キライなのぉ・・・・・・。私が全部悪かったから、もう許してぇ」  空き地に可愛らしい仔猫が、二匹いた。幼かった彩子はその仔猫を手に取ろうとしたが、隠れていた母猫によってがりっと手の甲を引っかかれてしまったのだ。  ふー、ふーという、母猫の自分に対する激しい敵意。恐ろしい形相。それは彩子のトラウマとなってしまい、現在に至る。 「ふふ、うふふふ。そうなんだ」  春部は彩子を横に倒して寝かすと、その上にどっかり乗っかってぺろぺろ首筋を舐めだした。彩子の肌に、ぶわっと蕁麻疹が沸き立つ。 「ちょ、やだ、気持ち悪い、やめてぇ・・・・・・」  逃れようとする彩子の足に、春部はより長くてすらっとしていて力強い足を絡め、動けなくしてしまう。 「だーめ。千乃やみんなに迷惑かけた罰よ。今後また見境なく暴れだしたら、私がお仕置きしてあげるわ」 「もう許して・・・・・・。モフモフいやぁ・・・・・・。肉球いやぁ・・・・・・」 「もっと仲良くなりましょうよ。あんたみたいのが可愛い顔して泣いてるの見てると、なんかこう、もっともっと虐めたくなっちゃう」  ふさふさの手で、春部は彩子の体を撫で回す。大きな猫によって組みふされ、好き勝手やられるという生き地獄。彩子の瞳から輝きは消えていた。 「嫌よ・・・・・・。あんたのような変態と仲良くなるなんて、こっちから願い下げ・・・・・・」 「六谷さん? この狂った世界はね、変態さんによって守られているのよ?」  あんまりな事実に、彩子は激しいショックを受けた。 「同性愛。ロリコン。おっぱい狂い。変態ばかりの双葉学園に、ようこそ」 「もう許してぇ、話してぇ、誰か助けてぇ」  彩子は、自分がないがしろにしてきた男子たちに助けを請うた。  しかし、男子たちは「いい薬だ」とでも言いたげに無視をしたり、ナイスバディな美女同士の絡みを真剣な目をして見つめていたり、誰も彩子に優しい手を差し伸べようとはしない。 「もう止めてあげて!」  と、ここで有葉千乃が春部を止めにやってくる。  春部は「千乃がそう言うんだったら、しょうがないわね」と呟き、彩子から離れた。  蹂躙の限りを尽くされ、うつ伏せになってしくしく泣いている彩子。千乃はそんな彼女に、優しく話しかけた。 「ドラ吉のことは許してあげて。炎を吐いたのはね、六谷さんが火を使う異能者だってことがわかったから、嬉しかったんだって!」 「そうだったの・・・・・・?」  彩子がそう呟くと、ドラ吉は「あぎゃ!」と肯定する。  拍手の言っていたことは正しかった。彩子は涙を溜めてドラ吉を見つめる。自分は間違っていたと。馬鹿だったと。 「ごめんなさい・・・・・・」  彩子はきちんと、ドラ吉と千乃に謝った。千乃はにっこり微笑むと、汚れた彩子の両手を取った。 「これからはみんな仲良くしようね!」 「あなたに乱暴を働いた私のこと、許してくれるの?」 「うん!」  と、千乃は満面の笑みを見せてくれた。 「ありがとう、ありがとう・・・・・・」  彩子は嬉しかった。  生真面目でプライドが高かった彩子は、いつも自分の周りに高い壁を築いていた。目に見えない壁越しに彩子は周囲を見下し、常に周りよりも優位に立とうとしていた。  だから、友達がなかなかできなかった。  もうクラスで一番になるとか、他人に対してむやみに無愛想でいるのは、金輪際止めよう。彩子は心に誓った。この目の前にいる、心優しい少女の瞳に誓って――。 「ちょっとちょっと。あんまりいい雰囲気になられると、困るんですけどー?」  と、春部がジト目で見下ろしながらそう言った。  彩子はむっとしながらこう言い返す。 「ご、誤解してもらっちゃ困るわよ。私はね、性癖に関してはノーマルなの。あなたのようなレズビアンとは違って、ちゃんと白馬の王子様を永遠に待ち続ける乙女なのですから」 「は? 何を言ってるの?」  春部が彩子の目をまじまじと見る。彩子が焦って、「別に王子様ってのは単なる冗談よ。ただ、ウチの家系、けっこう夢見がちな姉妹が多くて」などと、あたふたまくし立てる。 「そうじゃないわよ。レズビアンって何なのって話よ。私はそんなつもり一切ないんだけど?」 「は? あんたこそ何を言ってるのよ。あんたのような立派な女の子が、こうしていたいけな女の子に屈折した愛情を――」 「千乃は、男の子よ?」  絶句した。  脂汗を大雨のごとく流しながら、彩子はゆっくりと男子たちのほうを見る。 「ああ、やっぱりビックリしてんな」とでも言いたそうな雰囲気で、ただ一人驚愕している彩子のことを眺めていた。どいつもこいつも、目が「ご愁傷様」と言っている。 「お、お、男の子って、じゃあ、千乃さん。それって女装?」 「うん、そうですよー」  にぱっと、女の子と大差ない明るい笑顔を彩子に向けた。  六谷彩子の嫌いなものは、ゴキブリと、猫と、「男」。  つまり、彩子は今、大嫌いである「男性」の手を握っているのだ。  ぞわぞぞわと、おぞましい蕁麻疹が発生する。生真面目な彩子の脳内を、ズンズンガンガン頭痛が揺さぶってくる。それはコンクリートに穴を開けるドリルのごとく、彼女の「常識」や「価値観」を乱暴にぶち壊してしまう。  そして、彼女は、春部の言い放ったあの台詞を反芻した。 (六谷さん。この狂った世界はね、変態さんによって守られているのよ?)  それは、彼女を失神へと誘うのに十分な言葉だった。  この狂った現実に対する理解と受容を拒んだ結果、彩子は気絶することにした。  C組のみんなが、仰向けになって気絶している彩子を囲んでいたときだった。  校舎内に通じる扉がガコンと開く。映えない眼鏡をかけた、地味な女性がやってきた。 「うお、恐らくバスト九十二はあるロケットおっぱい!」  拍手が驚いて、仏頂面の彼女に道を空けてやった。  女性は彩子のもとでかがむと、ぱちんぱちん頬を叩く。彩子は「う~ん」と唸りながら、うっすらと目を開く。 「あ! 幸子姉!」  自分を見つめているのが実の姉だとわかったとたん、彩子は飛び上がるように上体を起こした。 「私気絶していたの? ああもう、聞いてよ幸子姉! サイテーだったんだからぁ! とんでもない化け猫に襲われてね、男の子なんかと手ぇ繋いじゃってね」 「彩子」 「うん? なぁに? 幸子姉」 「いい歳こいて周りに迷惑かけてんじゃねぇこの駄妹が」  ドスッ  彩子の体に、幸子の腹パンがまるまる入った。  無言で前のめりに崩れ落ちていった彩子を、幸子は「よっこらせ」と肩で担いだ。立ち上がったとき、海辺の風が彩子のスカートをひらひら浮かし、大変かわいそうなことになっていた。 「うちのバカ妹が申し訳なかった」 「あ、いえ、とんでもないです」  と、幸子に謝られた召屋は慌ててそう言った。すぐ目の前に彩子のぷりんとした尻があるので、幸子のほうを直視できない。 「彩子はな、生真面目すぎたり男嫌いすぎたり猫嫌いすぎたりで、すぐ暴れだす厄介な子なんだ。多少の粗相は大目に見てやって欲しいが・・・・・・」  幸子は扉の前に来ると、C組のみんなのほうを振り返った。 「また今日みたいに暴れ出したり、危害を加えようとしたりしたら、遠慮なく大学部学生課の六谷幸子を呼んでくれ。じゃあの」  幸子は彩子を運び、校舎の中へと戻っていく。彩子のピンクのパンツを彼らに向けたまま、堂々と道を進んでいった。  バタンと鉄製の扉が閉まったとき、チャイムが鳴る。  彼らに昼休みの終わりを告げたのであった。  その後、彩子は目覚めると保健室のベッドにいた。 「あれ? 私どうしていたんだっけ?」  がばっと起き上がると、隣のベッドの女子生徒と目が合った。  ふわふわの白い髪がとてもかわいい、黒い制服を着た美少女だった。 「あ、どうも・・・・・・」 「また会いましたね」  彩子は彼女にくすっと笑われてしまい、恥ずかしさのあまり頬を赤くしてしまった。
 女子高生彩子の学級日誌 ラノhttp://rano.jp/1633  プロローグ 春先のはなし 「私は帰ってきた・・・・・・!」  桜の花びらが流れていく、爽やかな光景を背にして。  六谷彩子は不敵な笑みを浮かべながら、双葉学園の建物群を見渡していた。 「今年からどんなクラスなのか知らないけど」  彩子は竹刀をドスンと地面に突きたてる。そして楽しそうに、高らかにこう宣言した。 「この彩子様がクラスを乗っ取ってやるんだから! クラスのみんなを従えて、ナンバーワンになってやるの! そしてゆくゆくは学園の覇権を握り、私が物語の主役になるの! あはは、あははははははっ!」 「おー、聞き覚えのあるバカな高笑いだなと思ったら、やっぱりお前だったか」 「ゲッ、幸子姉・・・・・・!」  すっかり動揺して、横から近づいてきた女性のほうを向いた。  地味に纏め上げた黒髪。牛乳瓶の底よりも大きくて丸っこい、実にダサい眼鏡。  姉の幸子である。 「九州からはるばる、よう来たな。故郷での修行はどうだったかい?」 「なかなか集中できてよかったわよ? 剣術も昔より磨きがかかってきたし、私の異能――『ファランクス』も使いこなせるようになった」  姉妹は双葉学園・高等部の敷地を歩きながら、これまでの一年について語り合った。  彩子は中等部を出てから一年間、故郷の九州にある六谷本家にて修行を積んできた。これは、十六になる年に姉妹が必ず行ってきたことで、もちろん幸子も例外ではなかった。  勉強はというと、その間は九州にある双葉学園の施設にて、遠隔授業というかたちで単位を取得してきた。 「島のみんなは元気にしてた?」 「元気すぎてウザいぐらいだ。まったく、こいつらときたらくだらない騒ぎばかり起こしやがる。大学生になっても、そういうあたりはちっとも成長しねえ」  ふああと、眠たげに幸子はあくびを見せた。 「ほれ、着いたぞ」  幸子が指を差す。その先には大きな掲示板があり、生徒たちがすでにたくさん集まっていた。  ばっと一面に貼り付けてある紙は、本年度の高等部全クラスを掲示していた。彩子は自分の名前を探した。 「・・・・・・二年C組ね!」  彩子はニンマリ微笑む。彼女のスクールライフが幕を開けた瞬間だった。    その一 二年C組・委員長選出 「ええと、『私は二年C組を楽しいクラスにするために』。・・・・・・うーん、小学生みたいね。  じゃあ、『私は二年C組を双葉学園で最高のクラスにするために』。・・・・・・ちょっと漠然としていて、説得力が無いかしら?」  彩子は部活棟の並ぶ空き地で、一人考え事に興じていた。  この昼休みが終わった後、クラス委員を決める学級会が開かれる。当然、彩子はこれに立候補する気でいた。 「クラスで一番になるには、やっぱりクラス委員長にならないとね!」  六谷彩子は非常にプライドが高く、「ナンバーワン」にこだわる性格であった。  それが学力テストだろうが夏休みの自由研究であろうが、ベルマーク集めの収集個数であろうが、彼女は何でも一番を目指したがる。努力も惜しまない。  彩子は新しいクラスでちやほやされたかった。  異能者としても女子としても、「最強」になりたかった。そんな憧れの延長線上にあるのは、敬愛する長女・純子である。  男以上に男気があって、かつて風紀委員の一員として活躍した純子。並外れたルックスを持ち、羨望の眼差しを一身に集めていた純子。彩子は実妹として、純子のもっとも輝いていた時期を知っている。 「私は絶対に、純子姉みたいな完璧を目指したい!」  そう、ガッと立ち上がって青空に誓ったときだった。  足元から猫の鳴き声が聞えてきたのだ。 「え? げっ、ね、猫・・・・・・!」  彩子は、全身を蕁麻疹が多い尽くすのを感じていた。彼女の大嫌いなものは三つある。「ゴキブリ」「男」、そして「猫」だ。 「あっち行け! 小汚いのはキライなの!」  彼女は容赦なく、竹刀の先でぺちぺちトラ猫を叩いた。トラ猫はにーにー悲しそうに鳴き喚くが、それが余計に彩子の怒りを買った。 「耳障りよッ! 鳴いてないでとっととどっか行きやがれッ!」  ミニスカートから伸びる生足を後ろに振り上げ、蹴っ飛ばしてしまおうとした。  だが。  ゴチンとものすごい音が空き地に響く。 「うごっ・・・・・・!」  彩子はその場で昏倒した。凛とした勇ましい声が「大丈夫か、怪我してないか」と、優しく気遣う台詞を言った。彩子でなく猫に対して。 「・・・・・・峰で殴ったわね、あんたぁ! いきなり何すんのよ!」 「それはこっちの台詞だな。こんな可愛い子に対して、キミは何という奴だ。いきなり何て事をしようとするんだ!」  彩子が見たのは、さらっと真下に流れる美麗な黒髪だった。姉である幸子も美しい髪を持っているが、それ以上に綺麗な人だ。 「あんた、私に暴力振るっておいて、そんな小汚い動物を庇うわけね・・・・・・!」 「小汚いとは何だ。キミは見ない顔だな。あんまりおいたが過ぎると、この私が自らお仕置きをしなければならないな」 「はん! 私と同じ女子学生が何様よ! いいこと? せっかくの機会だから、見知らぬあんたに教えといてあげるわ」  びっと竹刀の先を向けられた黒髪の少女は、一瞬きょとんとした顔を見せてから、呆れた風にため息をついた。 「私はね、六谷彩子。新生二年C組の(脳内)エース。あの火の玉ジュンコの妹なのよ?」 「六谷・・・・・・? まさか、キミはあの風紀委員の先輩の・・・・・・」  相手が驚いたような表情をしたのを見て、彩子は機嫌よさそうに赤いセルフレームの眼鏡に指先を触れた。 「ふふふん♪ さすがのあなたでも、我が敬愛する純子姉のことは知っているみたいねぇ。まるで自分が褒められているようで、ちょー光栄よ」 「そーか、そうか。キミが、六谷先輩から私たちに『面倒よろしくね』と言われていた妹さんか。暴れん坊な問題児の」  突然ニヤリと嫌らしい笑みを見せた彼女に、彩子の顔が真っ赤になった。 「なっ・・・・・・! ちょっ、どーゆーこと、それ!」 「先輩と風紀委員は今でもつながりがあってね。といっても、軽い雑談程度の仲ではあるがな。今度本学に復学するあの暴れ馬のことを、どうかよろしく頼むなって言われていたんだよ」 「でっち上げも大概にしなさい! もー許さない! この無愛想な可愛げのない黒髪女!」  怒りが頂点に達した彩子は、少女を叩き潰さんとばかりに飛び出した。相手が華奢な女子学生であることにまったく躊躇せず、力のままに竹刀を振り上げた。 「私はね、双葉学園『最強』の剣豪少女なのよッ! 伊達に子どものころから竹刀振ってない!あんたよりもずっとずっとずっと強くてね、異能も並外れて立派なんだから! 覚悟しなさ――――――あぎゃっ!」  黒髪の少女は「黒陽」の峰で、淡々と彩子の脳天を叩きのめす。  彩子は飛び掛る姿勢のままダウンし、その場に倒れこんでしまった。 「・・・・・・ふう、やれやれ」  風紀委員長・逢洲等華は彼女が静かになったのを確認すると、『黒陽』を鞘に収めた。そしてモバイル学生章を取り出し、醒徒会直通の内線番号に繋ぐ。 「あ、醒徒会ですか? いつもお世話になっております、逢洲です。今、部活棟にいるのですが、『体調不良』の女子生徒さんを保健室に運ぶよう、庶務さんに頼んでおいてください。では、授業がありますので失礼します」  その後、彩子は目覚めると保健室のベッドにいた。 「あれ? 私どうしていたんだっけ?」  がばっと起き上がると、隣のベッドの女子生徒と目が合った。  ふわふわの白い髪がとてもかわいい、黒い制服を着た美少女だった。 「あ、どうも・・・・・・」  彩子は軽く会釈をしたあと、はっとして壁掛け時計に目をやった。すでに三時間目は終わっている。  教室に戻った後、二年C組のクラス委員が「笹島輝亥羽」に決定したのを知った。    その二 変態クラスの洗礼  たとえクラス委員になれなくても、私の目が黒いうちはC組のナンバーワンを目指し続けるわ。  六谷彩子は決意も新たに、家で作ってきた弁当をがつがつ頬張っていた。 「やっほー! メッシー! ドラ吉に会いに来ましたよー」  彩子はピンク色の箸を止めた。ドラキチ? ドラゴンズキ×ガイのことだろうか? 「はいはい、わかりましたよっと・・・・・・」  メッシーと呼ばれた青年は堪忍したようにため息をついた後、目を瞑って、何かを強くイメージする。  すると、C組に遊びにきていたちまっこい少女の頭上に、なんともかわいらしい「竜」のマスコットがポンと現れたのだ。 (おお・・・・・・)  彩子はその愛くるしい動物に一瞬で釘付けとなった。  彼女は机に弁当を広げたまま席を立ち上がり、小さな少女に近寄った。 「そ、それが『ドラ吉』なの・・・・・・?」 「そうですよー。この子がドラ吉ですよー!」  少女は瞳をくりくり真上に向けて、頭に座るドラ吉の頭を撫でる。  彩子は腰を低くして少女と目を合わせると、こうきいてみた。 「・・・・・・触っても怒らない?」 「怒らないよ。ドラ吉はとってもいい子なんだよ」 「そう、なら・・・・・・」  恐る恐る、彩子は指先をドラ吉に近づけていった。  ところが。 「あぎゃ!」  ゴーーーと、彩子の顔面に炎が浴びせつけられた。  その哀れな光景を、C組のクラスメートはあんぐりしながら見つめていた。ざわついていたお昼の楽しい雰囲気が、一瞬にして静まり返る。  火炎放射が終わった後、真っ黒になった彩子はひくひくとこめかみの血管を浮かせていた。 「・・・・・・そーかいそーかい。私に対してはそういう態度で接するのかぁ。あはっ、あははっ、あははははっ」  彩子は笑った。あごをくいっと真上に向け、顔面を手のひらで覆い、狂ったように笑い出した。 「くたばれこのクソトカゲがぁ――――――ッ!」  竹刀をぐっと掴んできて、少女の頭目掛けて振り下ろす! 彼女は「きゃあっ」と悲鳴を上げて、横に避けた。 「上等じゃないの! こんなふざけた小動物、ぶっ潰してやる!」 「止めるんだ! 暴力は良くない! 落ち着け!」  召屋正行が彩子を羽交い絞めにする。そのかなりの体格差に彩子は面食らったが、 「触らないで!」  と、その腕を振りほどいた。彼女は「男」が大嫌いなのだ。 「男が私に触るんじゃないっていつも言ってんでしょ! ああもう、汚らわしい! 野蛮で不潔な生き物に触られちゃ、嫁入り前の肌に傷が付くわ!」  などと彩子は大げさに男子たちに喚き散らした。男子たちは「また始まった」とでも言いたげな顔になり、目を逸らす。  彩子は少女をキッと睨みつけ、再び詰め寄ろうとした。 「喧嘩は絶対にしちゃ駄目だ! 落ち着けよ!」  それでも誰か男子が召屋に続き、勇敢にも彩子に飛びつく。それは拍手敬であった。 「きっと、単なるお近づきのしるしなんだよ。かわいい動物のやんちゃだと思って、ここは水に流してやろうぜ!」  それを聞いた彩子は落ち着きを取り戻したか、ぎりぎりと握っていた手を緩め、右腕を垂らした。  背後からしっかり彩子を抑えている柏手は、なおも彼女に話し続ける。 「せっかく新しいクラスになって、新しい日常が始まったんだ。余計な騒ぎを起こしちゃ、あの委員長に何されるかわからないぜ? ここは一つ、大人しく・・・・・・」 「そうね、拍手くん。あなたの言う通りかもしれないわ」 「わかってくれたか、六谷」  ふっと、拍手は穏やかな笑みを見せる。 「でもね、拍手くん」  彩子も拍手に、はにかむような優しい横顔を見せた。 「ドサクサに紛れてオッパイしっかり握ってんじゃねぇ――――――――――――ッ」  彩子の胸を掴んでいた拍手は派手に吹っ飛ばされ、机の列をガタガタ掻き分けていった。  おっぱい狂いの束縛から逃れた彩子は、悪鬼の表情でばっと少女のほうを向く。だが、彼女はすでに忽然と姿を消してしまっていた。逃げたのだ。 「・・・・・・待ちやがれぇーッ!」  彩子はバーンと引き戸を開け放つと、廊下へと駆け出した。  高等部の長い廊下を、二人の女子が追いかけっこをしている。  初等部と見間違えるぐらい小さな背丈をしている女の子は、涙ながらに逃げ惑っていた。それを追い回すのは、竹刀を縦横無尽に振り回す、非常に短気で乱暴者な六谷家の四女であった。 「待てって言ってんでしょうがぁ――ッ」 「いやですー! 来ないでくださいですー!」 「その人を小馬鹿にした小憎らしい小動物を私によこしなさい! 私の異能で消し炭にしてやるんだからぁ!」 「ぶー! 乱暴な人はきらいですー!」  ぶんぶん竹刀を振り回す猛獣の後を、召屋含むC組の男子が追いかけていった。  少女は階段を上へ上へと逃げていく。重たい扉を両手で開けて、屋上に飛び出す。  三百六十度、まっさらな青空。まだまだ冷たい四月の横風が、彼女に殴りつけてきた。  あたふたと逃げ惑っている少女は、「バタン」という扉が閉まる音を後ろに聞いて、背筋をびくっとさせた。 「さー、堪忍しなさい、ドラ吉ちゃん・・・・・・?」 「ドラ吉はぜったいに渡しませんっ! いじめようとするのなら帰ってくださいっ!」 「お仕置きはほんの一瞬で終わるわよー? 六谷家の清らかな炎で、一瞬で楽にしてあげるからぁ・・・・・・」  少女はドラ吉を守るようにして、後ろに下がっていく。それに合わせて彩子もじりじりと距離を詰めていく。  背の高い彩子の影が、少女を覆いつくしてしまった。勝利を確信した彩子はにたにた笑うと、竹刀を両手に持って、後ろに振り上げて、こう吼えた。 「ドラ吉、往生せいやぁ――――――――――――ッ」 「春ちゃん、助けてください――――――――――――ッ」  その瞬間、巨大な太陽を背にした黒い影が、伸びやかに跳躍する。  そいつは彩子を目掛けて飛んできて、後頭部に見るも鮮やかなドロップキックを炸裂させた。  彩子はというと正面からバタンと倒れてしまい、鼻を強く打った。立ち上がることができず、しばらくのあいだ奇声を上げながらじたばたうめいていた。  突然の乱入者は彩子に人差し指を突きつけ、こう怒鳴る。 「あんたぁ! よくも、私の大事な大事な千乃をいじめてくれたわね!」 「あ、鼻血が。・・・・・・って、あんた何者!」 「私? 私はねぇ」  てこてこと近寄ってきた千乃を背後に回すと、彩子に対して堂々とこう言い放った。 「私はこのソゥ・スゥイート、ソゥ・キュート、ソゥ・ラヴリーなマイエンジェル、有葉千乃のフィアンセこと、『春部里衣』よ!」 「は、はぁ?」と彩子は仰天する。「アー・ユー・クレイジぃ? 何よ、そのフィアンセって! どういうことなのよ!」 「どういうことって、言ったとおりのこと。私は千乃が好き。世界で一番愛してる。だから将来は結婚を約束しあった仲なのよぉ! ねー!」  春部が同意を求めるなか、千乃は天真爛漫な笑顔を彩子に向けていた。  非常に生真面目な彩子は、開いた口が塞がらない。同性愛を逸脱としか見ることのできない彼女は、思考の整理がまるで追いつかず、ひたすら当惑するしかなかった。 「こいつはとんでもない変態だ!」と、そのようなことを思い知らされていたのだ。  春部が一歩近寄ると、彩子はたじろいでしまう。自分よりも背丈が一歩高かったからだ。今度は彩子が春部によって追い詰められ、見下ろされる立場となってしまった。  ついでに、お互いのバストがたぷんと衝突する。  春部はにっと微笑んだ。 「私の勝ちね」 「な、なんですって!」  少なからず六谷の女としてスタイルに自信があった彩子は、一瞬にしてプライドをずたずたにされてしまった。 「やはりそうか・・・・・・!」  と、ここで屋上にたどり着いた拍手が言った。 「六谷さんは俺の目測で八十九センチのEカップだ。しかし、春部さんはそれ以上を行っている! サイズは公表していないので何とも言えないがね!」 「ちょっ、ちょっとあんた!」  彩子は慌てて自分の胸を隠す仕草を見せた。何と彼の目測がビンゴだったからだ。 「もちろん彩子さんの胸も張りとか形とかいいものがあると思うぜ! おっぱい!」 「拍手あとでぶっ叩く!」  顔を赤くして涙ぐんでいる彩子に、勝利を確信した春部がじりっと近寄る。彩子を真上から見下ろす。そのとんでもない威圧感に、さすがに気丈な彩子も引き気味となった。 「さぁて、どう懲らしめてやろうかしら? 私の千乃をいじめた罪は重たいんだからね・・・・・・?」  彩子は舌打ちをすると、抵抗のため竹刀を握り締める。しかし、春部の体に異変が起こった。  色の濃い健康的な肌が、体毛で覆われていった。ただでさえ素晴らしいプロポーションが、さらに洗練されていく。彩子はその変貌を、愕然としながら眺めているしかない。  そして、最後に春部の頭から出てきた「耳」を認めた瞬間。彼女はこの上ない嫌悪感をぞわぞわ抱いたのである。 「ウソでしょ・・・・・・あんた・・・・・・『猫』だったの・・・・・・?」  からんからんと、彩子の手から竹刀が零れ落ちた。 「こうなっちゃったらもう手が着けられないわよ? 覚悟なさい?」  春部はますます多きかぶさり、青空をデンと塞いでしまった。じゃきんと右手の爪を首元に突きつける。  まさかの展開だった。大の猫嫌いである自分の目の前に、猫である人間が立塞がっているなんて。春部里衣はまさに、六谷彩子の天敵であると断言してよかった。  ぱくぱくと口を開いていた彩子は、ぺたんとその場に座り込むと・・・・・・。 「うわぁああん・・・・・・。猫はキライなのぉ・・・・・・」  泣き出してしまった。  その弱弱しい姿に、春部含め、屋上に集まっていたC組の面々はぽかんとしてしまう。 「小さい頃に引っかかれたから猫キライなのぉ・・・・・・。私が全部悪かったから、もう許してぇ」  空き地に可愛らしい仔猫が、二匹いた。幼かった彩子はその仔猫を手に取ろうとしたが、隠れていた母猫によってがりっと手の甲を引っかかれてしまったのだ。  ふー、ふーという、母猫の自分に対する激しい敵意。恐ろしい形相。それは彩子のトラウマとなってしまい、現在に至る。 「ふふ、うふふふ。そうなんだ」  春部は彩子を横に倒して寝かすと、その上にどっかり乗っかってぺろぺろ首筋を舐めだした。彩子の肌に、ぶわっと蕁麻疹が沸き立つ。 「ちょ、やだ、気持ち悪い、やめてぇ・・・・・・」  逃れようとする彩子の足に、春部はより長くてすらっとしていて力強い足を絡め、動けなくしてしまう。 「だーめ。千乃やみんなに迷惑かけた罰よ。今後また見境なく暴れだしたら、私がお仕置きしてあげるわ」 「もう許して・・・・・・。モフモフいやぁ・・・・・・。肉球いやぁ・・・・・・」 「もっと仲良くなりましょうよ。あんたみたいのが可愛い顔して泣いてるの見てると、なんかこう、もっともっと虐めたくなっちゃう」  ふさふさの手で、春部は彩子の体を撫で回す。大きな猫によって組みふされ、好き勝手やられるという生き地獄。彩子の瞳から輝きは消えていた。 「嫌よ・・・・・・。あんたのような変態と仲良くなるなんて、こっちから願い下げ・・・・・・」 「六谷さん? この狂った世界はね、変態さんによって守られているのよ?」  あんまりな事実に、彩子は激しいショックを受けた。 「同性愛。ロリコン。おっぱい狂い。変態ばかりの双葉学園に、ようこそ」 「もう許してぇ、話してぇ、誰か助けてぇ」  彩子は、自分がないがしろにしてきた男子たちに助けを請うた。  しかし、男子たちは「いい薬だ」とでも言いたげに無視をしたり、ナイスバディな美女同士の絡みを真剣な目をして見つめていたり、誰も彩子に優しい手を差し伸べようとはしない。 「もう止めてあげて!」  と、ここで有葉千乃が春部を止めにやってくる。  春部は「千乃がそう言うんだったら、しょうがないわね」と呟き、彩子から離れた。  蹂躙の限りを尽くされ、うつ伏せになってしくしく泣いている彩子。千乃はそんな彼女に、優しく話しかけた。 「ドラ吉のことは許してあげて。炎を吐いたのはね、六谷さんが火を使う異能者だってことがわかったから、嬉しかったんだって!」 「そうだったの・・・・・・?」  彩子がそう呟くと、ドラ吉は「あぎゃ!」と肯定する。  拍手の言っていたことは正しかった。彩子は涙を溜めてドラ吉を見つめる。自分は間違っていたと。馬鹿だったと。 「ごめんなさい・・・・・・」  彩子はきちんと、ドラ吉と千乃に謝った。千乃はにっこり微笑むと、汚れた彩子の両手を取った。 「これからはみんな仲良くしようね!」 「あなたに乱暴を働いた私のこと、許してくれるの?」 「うん!」  と、千乃は満面の笑みを見せてくれた。 「ありがとう、ありがとう・・・・・・」  彩子は嬉しかった。  生真面目でプライドが高かった彩子は、いつも自分の周りに高い壁を築いていた。目に見えない壁越しに彩子は周囲を見下し、常に周りよりも優位に立とうとしていた。  だから、友達がなかなかできなかった。  もうクラスで一番になるとか、他人に対してむやみに無愛想でいるのは、金輪際止めよう。彩子は心に誓った。この目の前にいる、心優しい少女の瞳に誓って――。 「ちょっとちょっと。あんまりいい雰囲気になられると、困るんですけどー?」  と、春部がジト目で見下ろしながらそう言った。  彩子はむっとしながらこう言い返す。 「ご、誤解してもらっちゃ困るわよ。私はね、性癖に関してはノーマルなの。あなたのようなレズビアンとは違って、ちゃんと白馬の王子様を永遠に待ち続ける乙女なのですから」 「は? 何を言ってるの?」  春部が彩子の目をまじまじと見る。彩子が焦って、「別に王子様ってのは単なる冗談よ。ただ、ウチの家系、けっこう夢見がちな姉妹が多くて」などと、あたふたまくし立てる。 「そうじゃないわよ。レズビアンって何なのって話よ。私はそんなつもり一切ないんだけど?」 「は? あんたこそ何を言ってるのよ。あんたのような立派な女の子が、こうしていたいけな女の子に屈折した愛情を――」 「千乃は、男の子よ?」  絶句した。  脂汗を大雨のごとく流しながら、彩子はゆっくりと男子たちのほうを見る。 「ああ、やっぱりビックリしてんな」とでも言いたそうな雰囲気で、ただ一人驚愕している彩子のことを眺めていた。どいつもこいつも、目が「ご愁傷様」と言っている。 「お、お、男の子って、じゃあ、千乃さん。それって女装?」 「うん、そうですよー」  にぱっと、女の子と大差ない明るい笑顔を彩子に向けた。  六谷彩子の嫌いなものは、ゴキブリと、猫と、「男」。  つまり、彩子は今、大嫌いである「男性」の手を握っているのだ。  ぞわぞぞわと、おぞましい蕁麻疹が発生する。生真面目な彩子の脳内を、ズンズンガンガン頭痛が揺さぶってくる。それはコンクリートに穴を開けるドリルのごとく、彼女の「常識」や「価値観」を乱暴にぶち壊してしまう。  そして、彼女は、春部の言い放ったあの台詞を反芻した。 (六谷さん。この狂った世界はね、変態さんによって守られているのよ?)  それは、彼女を失神へと誘うのに十分な言葉だった。  この狂った現実に対する理解と受容を拒んだ結果、彩子は気絶することにした。  C組のみんなが、仰向けになって気絶している彩子を囲んでいたときだった。  校舎内に通じる扉がガコンと開く。映えない眼鏡をかけた、地味な女性がやってきた。 「うお、恐らくバスト九十二はあるロケットおっぱい!」  拍手が驚いて、仏頂面の彼女に道を空けてやった。  女性は彩子のもとでかがむと、ぱちんぱちん頬を叩く。彩子は「う~ん」と唸りながら、うっすらと目を開く。 「あ! 幸子姉!」  自分を見つめているのが実の姉だとわかったとたん、彩子は飛び上がるように上体を起こした。 「私気絶していたの? ああもう、聞いてよ幸子姉! サイテーだったんだからぁ! とんでもない化け猫に襲われてね、男の子なんかと手ぇ繋いじゃってね」 「彩子」 「うん? なぁに? 幸子姉」 「いい歳こいて周りに迷惑かけてんじゃねぇこの駄妹が」  ドスッ  彩子の体に、幸子の腹パンがまるまる入った。  無言で前のめりに崩れ落ちていった彩子を、幸子は「よっこらせ」と肩で担いだ。立ち上がったとき、海辺の風が彩子のスカートをひらひら浮かし、大変かわいそうなことになっていた。 「うちのバカ妹が申し訳なかった」 「あ、いえ、とんでもないです」  と、幸子に謝られた召屋は慌ててそう言った。すぐ目の前に彩子のぷりんとした尻があるので、幸子のほうを直視できない。 「彩子はな、生真面目すぎたり男嫌いすぎたり猫嫌いすぎたりで、すぐ暴れだす厄介な子なんだ。多少の粗相は大目に見てやって欲しいが・・・・・・」  幸子は扉の前に来ると、C組のみんなのほうを振り返った。 「また今日みたいに暴れ出したり、危害を加えようとしたりしたら、遠慮なく大学部学生課の六谷幸子を呼んでくれ。じゃあの」  幸子は彩子を運び、校舎の中へと戻っていく。彩子のピンクのパンツを彼らに向けたまま、堂々と道を進んでいった。  バタンと鉄製の扉が閉まったとき、チャイムが鳴る。  彼らに昼休みの終わりを告げたのであった。  その後、彩子は目覚めると保健室のベッドにいた。 「あれ? 私どうしていたんだっけ?」  がばっと起き上がると、隣のベッドの女子生徒と目が合った。  ふわふわの白い髪がとてもかわいい、黒い制服を着た美少女だった。 「あ、どうも・・・・・・」 「また会いましたね」  彩子は彼女にくすっと笑われてしまい、恥ずかしさのあまり頬を赤くしてしまった。

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