【七の難業 二】

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 踵を返した兇次郎は校舎を回りこむように裏側に向け歩いていった。  校舎と校舎の間に挟まれた狭く細長いそこは、そのために屋台なども存在せず文化祭の喧騒からすっかり切り離された場所である。  そこでは二人の男女が兇次郎を待ち受けていた。 「蛇蝎さん、お帰りなさい!」  大声で嬉しそうに兇次郎を迎え入れる少年は裏醒徒会の一員、工克巳(たくみ かつみ)。研究員待遇の超科学系異能者である。 「零細組織に見合わぬ重役出勤お疲れ様ですわ」  そう皮肉るのは兇次郎の側近である策士、笑乃坂導花(えみのさか みちか)。裏醒徒会設立時からの古参メンバーである。とはいえ現在メンバーは後二人しかいないのだが…。 「奴はまだなのか」 「谷崎はまだ戻って来ておりませんわ、たかがこの程度の距離を戻る程度にこれほどてこずるなんて生きてて恥ずかしくないのかしら」  時間を浪費させられているという状況に苛立っているのか、導花の口調はいつもより刺々しい。こわごわ眺めていた克巳が兇次郎にすがるような視線を向ける。  戻ってきた時あんなに嬉しそうだったのはそのせいか、と兇次郎は納得した。 「遅れてごめーん」  とその場に現れたのは待ち人でなく一人の少年、相島陸(あいじま りく)だった。双葉学園には容姿に似合わぬ年齢の人間も時々いるが、彼はその愛くるしい姿の通りの初等部生である。だが実は彼もまたその容姿に似合わぬ性格と異能を持つ裏醒徒会の一員であった。  もっとも、彼のあどけない姿からその本性、計算高い女たらしの姿を見抜ける人間などそうはありはしないだろう。  ちなみに、裏醒徒会にはもう一人、高等部二年の竹中綾里(たけなか あやり)がおり、現在は裏醒徒会の表向きの顔である野鳥同好会の展示の受付をしている。  もっとも、怠惰をこね合わせて人型にしたような彼女が現在受付と書いて惰眠とルビを振らざるをえない状態となっているであろうことは、明日の太陽がどこから昇るかぐらい容易に想像できることであったのだが。  さて、こうやって裏醒徒会の面々が雁首そろえているのはこれから連れ立って文化祭を楽しむ…ためではない。 「なんでこんなお祭りの日にまでお仕事しなきゃいけないかな、やだなぁ」 「愚痴るな。これも軍資金のためだ」  彼らもまた、七の難業の賞金を狙うものたちだった。十万円といえば万年金欠の裏醒徒会にとっては喉から手が出るほどに重大な金額である。だからこそ楽しむついでに賞金も貰えれば儲けものという軽い気持ちの生徒たちとは心構えから何から違っていた。  その一端として現在、過去の事件で醒徒会に恨みを抱く元ラグビー部部長の谷崎という男とその仲間たちを尖兵として送り込んでいる。  彼らはあくまで情報を得るための偵察役であり、彼らの報告を受けて最終的な戦術を決定する手筈であった。 「あ、来ましたよ」  導花から発せられるピリピリした空気に参っていた克巳がほっとした声を上げる。  ようやく現れた待ち人たち。ニット帽をかぶった体格のいい男、谷崎を先頭とした七人が兇次郎らの方へゆっくりと歩いてきた。  結果は聞くまでもない。彼らからは敗残兵の空気が色濃く漂っていた。 「あの場で何を見たのか、余すところなく語ってもらおうか」  兇次郎にとっては見る必要すらなかった。彼の異能、超演算による未来予測をもってすれば谷崎たちの勝率が限りなく0に近いことはとっくに分かっている。  故に、このやり取りも兇次郎にとってはただの一経過点にしか過ぎない。自分たちに全く期待していないことが露な口調に憤る谷崎だったが、 「はん、どいつもこいつもザコばっかじゃねえか。今から俺が軽くひねってやんよ」  と挑戦前に大言壮語した手前反論もできない。  谷口は苛立たしげに「しゃあねえなあ」と舌打ちし口を開いた。 「俺が当たったのは……………あれ?」  話し始めた途端に話が停止してしまった谷崎は何度か首をひねっていたが、やがて引きつった顔で一言告げた。 「悪い、ド忘れしちまったみたいだ」 「力も駄目、脳も駄目、もう存在価値は無に等しいですわね」  と導花が痛烈に皮肉るが、谷崎にはもはやそれすらも耳に入らぬようで「マジかよ」と呟き続けている。 「お前はどうだ?」  兇次郎はもはやそんな谷崎には構わず仲間への聞き取りを始めていた。だが、誰一人として難業の内容を伝えることのできる者はいない。 「なるほど。わかった、帰っていいぞ」  未だショックを隠し切れない谷崎が仲間に半ば引きずられるようにその場を後にし、後には微妙な雰囲気の裏醒徒会だけが残された。 「ほんっと役に立たないね、あいつら。時間の無駄だったんじゃない?」  可愛らしい声音とは真逆の辛辣な言葉の陸。 「そうでもないさ」  兇次郎は不敵に笑う。 「あれは間違いなく異能で記憶を消したのだろう。そこまでして情報漏洩を防ごうとする過剰な警戒感。そこから浮かび上がるパーソナリティによる首謀者の炙り出し。この過剰さの理由という観点から見ればこれから集める情報もより違った角度から見ることができるだろう。欲していたものとは違うが、ちょっとした情報の塊を吊り上げてくれたよ、奴らは」 「それでは、これからどうします?」  結局のところ、谷崎を使った偵察計画は不発に終わったことにかわりはない。心配げに尋ねる克巳に兇次郎は自信に満ちた口調で、 「体勢を立て直す。今日明日を使って情報を集め、最終日に賞金を頂きに行く」  と宣言した。 「実に暢気なことですわね」 「でも、学園には実力者も山ほどいるしそんなに待ってたら誰かに横取りされるんじゃないんですか?」 「せっかくの文化祭なんだからぼくいっぱい遊びたいんだけど」  三者三様の答えはいずれも兇次郎の言葉を否定している。だが彼は全く動じることなく、 「ランペルスティルツキン」  と一言告げた。 「え?」 「グリム童話の一編のタイトル、そしてそこに出てくる敵役の悪魔ですわね。主人公は色々事情があってこの悪魔の名前を当てるという勝てるはずのないゲームをやる羽目になりましたのよ」  そう解説しながら導花は得心がいったとばかりに何度も頷く。 「ふーん」 「ああ、つまり無理ゲーってことですね」  導花の解説を聞き、俗っぽい用語で例えて納得する克巳。陸の方は理解したのか興味がないのか曖昧な反応である。 「…まあそういうことだ。工、お前も裏醒徒会の一員ならあらゆる方面に興味のアンテナを張ることを怠るな」 「はい!」  素直に頷く克巳。 「話の中では主人公は偶然悪魔の名前を聞くことで事なきを得たのだが、この世界はお伽話の世界ではない。悪魔の名前は自らの手で捜し当てねばならないのだ」  兇次郎はそう話をまとめ、三人に簡潔に指示を下した。 「承りましたわ」 「あーあ、しょうがないなあ」 「分かりました」  今度は肯定の色に揃った三人の答えをうけ、兇次郎は踵を返し三人と別れる。  どこに行くのかと問いただすものはいない。兇次郎の行動に無駄なものなど何一つないと皆良く理解しているのだ。  翌日。文化祭二日目のこの日もは引きも切らないほどの大盛況だった。  修の精神的疲労は昨日昭彦に愚痴をこぼしまくったおかげで随分減少していたが、今度は昭彦の方が幾分グロッキー気味になっていた。  原因はというと勿論異能の過剰な使用だ。嵩志は昭彦の魂源力(アツィルト)の消費も考慮して文言を考えていたのだが、そもそもこんなに何度も連続して異能を使うという経験のなかった昭彦は魂源力よりも早い勢いで精神力が消耗していたのだ。 「昭彦、今日は僕が昼飯をおごるよ」 「サンキュな、修ちゃん。あ、ついでだから他の連中も呼ぼうぜ」  こんな疲労している状態でも周りへのアシストを忘れない、そんな人間だからこそ修は彼をクラスで一番頼りにしていた。修は心の中で昭彦に礼を言い、一瞬思案した後まず直に声をかけた。 「皆槻君、せっかくのこんな機会だし一緒に昼飯にしてみないかな」  直は顎に手を当て少し考えていたが、やがて、 「ああ、構わないよ。ただ、後でミヤとも一緒に昼食を取るつもりだから恐らく途中で抜けることになると思うけど、それでよければ」  といかにも名案を思いついたと言わんばかりの顔で答えた。 (おいおい、昼食のはしごかよ)  と内心突っ込む修と昭彦だったが、そういえばこいつのが一番カロリー使うよなと思い無理やり自分を納得させることにした。何にせよ、四月のころの直の姿、クラスとの間に溝があった頃から比べればこれでも長足の進歩である。 「君もどうだい?」  次いで修はちさとに誘い水を向けてみた。 「ご飯…ある…から…それに…この子…たちと…遊んで…いたい…し」  左手で鞄から菓子パンを出し、右手で机の上に広がったカードの山を混ぜながら断るちさと。  修からしてみれば食をないがしろにしているようなそういう姿は見ていてもどかしいが、かといってここでむやみに突っ込んでも不興を買うだけだ。「食事はちゃんと取った方がいいと思うよ」とだけ伝えて、修はこの場に残るもう一人の番人の方に首を向けた。 「陣台君――」 「勝負師はぬるま湯の関係には馴れ合わないものさ」  言い終わるのを待たずにバッサリと切り捨て、一佐男はそのまま教室を出て行ってしまう。 「また百目鬼とこそこそ何かする気だぜ」  と耳打ちする昭彦。 「いや、今はせっかく集まって過ごすこの時間のことを一番に考えよう」  「無闇矢鱈と人を疑いたくないしね」と続ける修に肩をすくめて応じる昭彦。  今なら昨日の修の気持ちが分かる気がする、と昭彦は疲れた頭でぼんやり考えていた。  放送委員会の突撃娘とのあだ名を持つ高等部一年の高見留花(たかみ るか)は浮かれ気分で道を急いでいた。  何しろ、放送委員長から直々に名指しでの呼び出しがあったのだ。 (ああ、特ダネがあたしを待ちわびてる姿が目に浮かぶみたいだわ)  心は躍り、いつしか留花は自慢のポニーテールを揺らして走りだしていた。  放送委員会の本部に到着した留花は高らかに扉をノックし、委員長室に入る。 「あれ?」  そこには部屋の、そして放送委員会の主である清廉唯笑(せいれん ゆえ)と、そしてもう一人長身の男がいた。 (何、この男)  言葉の力の信奉者である留花はその言葉で場の空気そのものを操る唯笑のことを女神のように崇拝していた。  自然、彼女に近づく男、ましてや非常にうさん臭いオーラが漂うこの男に対する視線は厳しくなる。 「留花ちゃん」 「は、はい!」  たったの一言で留花は頭から男のことを抹消し、直立不動で女神の次なる言葉を待った。 「あなたには二年N組の出し物、七の難業の内容をすっぱ抜いてほしいの」 「はい!え、でもそれっていくら何でも問題があるんじゃ」 「『留花ちゃん、細かいことは気にしなくていいのよ』」 「分かりました!、必ずやスクープをつかんできます!」  と、来た時以上の勢いで走り去って行く留花。  躊躇いを見せていた少女が瞬時に取材対象のことしか見えなくなるその様を見て、その男――兇次郎は小さく鼻を鳴らした。 「相変わらずだな、貴様のその異能は」 「細かいことにこだわってるようじゃ大物にはなれないわよ」  その名の通りの曇りのない笑顔で応じる唯笑。  彼女の異能は声を媒介とした催眠能力である。その力はつい今しがた示されたとおり。あまり表立って動くのを好まないせいで広く知られてはいないが、学園でも有数の強大な異能の使い手であることは間違いないだろう。  やり方次第ではただの一人で学園をひっくり返すことも不可能ではない彼女は、何故か現在裏醒徒会と緩やかな協力関係をとっている。  もっとも、兇次郎は彼の異能を持ってすら読みきれない彼女のことを全く信用していなかった。  決して深入りはせず、深くは立ち入らせず、その一手一手を注視し…その扱いは、傲岸不遜な彼にしては珍しく対等な相手に対するそれに近いものといえるだろう。 「これでよかったかしら」 「ああ」  だから本来ならば向こうがこちらに何か便宜を図ることがあっても、こちらから向こうに何かを頼むなどありえないことだった。  だが、今回に限っては違う。元々彼女にはこの件について会談する必要があり、先程の事はあくまでこのついでだったのだ。 「それではもう一つ用件があるのだが…」  現在N組の教室は受付&挑戦者待機席とクラスの面々の休憩室にパーティションで二分されている。  崇拝する清廉委員長から命令を下された留花はまずこの休憩室に侵入することにした。基本的に誰かがたむろしているここを調査するのは昼飯時の今しかないと判断したからである。  静かに扉を開け、足音を殺し教室に入る留花。教室の外から感じたとおり人の気配は感じ取れない。 「何か資料が入ってたらいいんだけどなぁ」  留花は息を殺し、しかして迅速に机の中を一つ一つチェックする。作業が半分ほど終わり、次の机では椅子から痩せた脚が生えていた。 「あ、ごめんな…!……」  叫びだしそうになるのをギリギリで口をふさぐことでこらえる。留花は中腰になっていた上体をこわごわともたげた。 「…?」  そこでは小柄で痩せぎすな少女が彼女のことなど気付かぬ体で机の上にトランプを広げていた。 「あ、あのー」 「…な…に…」  あからさまに面倒くさそうに答える少女。留花は「今なら見咎められずに帰れる」と思ったが、目の前の少女からは危険な雰囲気は感じることができず、なによりも初めての清廉委員長からの直接の頼みごとを叶えたかった。 「二年N組の生徒さんですよ…ね?そちらのクラスの七の難業について知ってることがあれば何でもいいですから教えてほしいんですけど…?」 「興味…ない…から…知ら…ないわ…私の…難業…の…こと…以外…は」  最初の言葉にがっくりと頭を垂れた留花の頭が最後の言葉にぴこん、と跳ね上がる。 「え?それじゃあなたは番人なんですか?」 「そう…『紙牌の…難業』…の…番人…三墨…ちさと」  最初のアタックでいきなり特ダネの尻尾を掴んだ。この幸運に留花のテンションは最高潮に達していた。 「三墨先輩、『紙牌の難業』って一体なんなんですか?」  それでも痩せても枯れても放送委員、最低限の冷静さは保ち質問を続ける留花。 「ポーカー…よ…」 「ポーカーですか。腕前の自身の程は?」  ちさとは「説明…面倒」と呟くとテーブルに広げたトランプをまとめ、留花に渡した。 「適当に…シャッフル…して…裏向き…で…一枚…づつ…渡して…」  留花は「あ、はい」と頷き、言われたとおりにシャッフルして一番上のカードをちさとに渡す。  ちさとはそのまま表向きにして机に置く。スペードのキング。  留花は次のカードを渡す。ちさとはそれを最初のカードの隣に置いた。クローバーのキング。 「え?」  留花の手の動きがスローモーションをかけたように遅くなる。時限爆弾を持っているかのような慎重な動きで三枚目のカードが渡される。ダイヤのキング。 「別に…好きな…ところ…から…取っても…いいの…よ」  その言葉が留花を重圧から解き放ち、留花は真ん中辺りから一枚抜き取り今度は勢い良くちさとに手渡した。  ちさとは何の気負いもなくそれを受け取り、今までと同じように表返す。ハートのキング。 「ひっ!」  思わず叫んでしまっていた。だが、今の留花にはそれに気付く余裕すらない。 「最後の…まだ」  ちさとが淡々と催促する。四枚のキングが急かすように睨みつける。留花はその声と視線に操られるように適当に取った最後のカードをちさとに差し出した。  並んだ四枚のキングの下に最後のカードが置かれる。ジョーカー。 「これが…私の…異能…〈54(フィフティーフォー)…フェローズ〉…トランプ…の…ゲームに…限り…絶対…勝利の…強運…を…もたらす…力…よ」  気味の悪いニタニタ笑いが留花に向けられる。金縛りにあったように固まりその笑みから顔をそらすことのできない留花からちさとは残りのカードを奪い、机の五枚のカードをそこに戻すや否や諸手を上げて宙に放り投げた。  ひらひらと舞うカードはあるものはそのまま、またあるものは留花やちさとの体に当たって次々と机の上に積もっていく。最後の一枚が机にギリギリ引っかかりつつも滑り落ちたが、そこに一陣の風が吹きそのカードを机の上に押し戻した。 「この…トランプ…の…領域…の中…なら…誰…であろうと…私…には…勝ては…しない…ふふ…うふふ…」  視界の隅でジョーカーの悪魔が一瞬嗤った。真実がどうであれ留花の目にはそう見えたのだ。 「三墨、情報はどんなものであれ絶対に他人に話すなと崇志が厳命していたはずだが?」  突如、留花の背後から彼女を飛び越えてちさとに叱責の声がかけられる。 「知った…こと…では…ないわ…ミステリアス…パートナー…とやら…が…好きに…やってる…の…だから…私も…好きに…させて…もらう…わ」  声の主、一佐男に反駁するちさと。 (これはチャンスだわ)  男の登場で空気が変わり、いつの間にか金縛りは解けていた。この少女と違い後ろの男は確実にこちらに怒りを抱いている。もう逃げるしかないだろう。  抜き足差し足、留花はパーティションの方に移動を始める。受付側への出入り口から脱出するつもりだった。 「おい、お前」  だが、もう少しのところで後ろから鋭い声がかけられる。 「いや、長々とお邪魔して申し訳ありません。もうこれで帰りますので…っと!」  謝罪の言葉を口にしつつ振り返るように見せ、それをフェイントに受付側への出入口に走り出した。  扉を開ける。その向こうには自由が広がっていた。留花はそこに飛び込み… 「え!?」  見えない何かに弾き飛ばされた。  ごろごろと数回転する留花の視界に座禅を組むもう一人の男が写る。 「敵に背を向けるのは士道不覚悟」 「あいつは武士じゃない」  呆れたような突っ込みと共に留花に腕がのばされる。 「…小汚いネズミさ。しっかり駆除しないとな」 「この男、百目鬼崇志と組んで賭け勝負で荒稼ぎしていますわ。決まった勝負はありませんけど、特徴としてどれもチキンゲーム的な要素がありますわね」  兇次郎が情報収集を指令してから約一日が過ぎ、徐々に情報が集まりつつあった。  今兇次郎はTV画面を食い入るように見つめながら耳だけで導花の報告を把握している。 「言われた通りゲットしてきたけど、面白いの、これ?」  何度も何度も同じ箇所を再生し続ける兇次郎を見て陸は呆れたように言った。  画面に流れているのは七の難業の受付の映像。文化祭の各出し物は最終的に何らかの形で活動報告を行う必要があり、撮影した映像を多少加工するだけでそれなりの形になる動画形式が好まれていた。N組でもその方式が取られており、陸は撮影係の一人の女生徒をたらしこんで映像素材のコピーを入手したのだ。 「面白いかどうかは関係ない。勝利のための絶対条件として必要なだけだ」  そう、兇次郎が注視していたのは対戦相手を決定するルーレットだった。それぞれの難業に最適な相手を振り分けることができなければ如何に戦略を立てようが全くの無意味なのだ。 「ふう」  動画を停止し、椅子にもたれて兇次郎は軽く息をつく。必要十分な情報が出揃ったことで異能の超演算が光さえ追い抜かんばかりの勢いで展開され、あっという間に解答を導き出す。 「良くやった、相島」  そして、ルーレットの動きは完全に掌握された。 「じゃあノルマは果たしたってことで遊びに行っていい?」 「夕方にはミーティングがある。遅れたらお前の取り分は剥奪だ」 「ちぇっ」  一体何をやろうと思っていたのかむくれて舌打ちした陸だったが、すぐに機嫌を取り戻すと、 「じゃあいってきまーす」  と鼻歌を歌いながら飛び出していった。 「子供にはお優しいですわね。王に相応しい歪んだ性嗜好ですわ」 「飴と鞭を使い分けているだけだ」  出会いがしらの挨拶のような気安さで放たれる毒舌。だが、とっくの昔に慣れきっていた兇次郎は軽く受け流す。 「蛇蝎さん、分かりましたよ!」  とそこに克巳が嬉しそうに飛び込んできた。直の『颶風の難業』は小型の体育館の一つを丸々借り切って行っており、それゆえにこういう施設を管理する体育委員なら何か知っているのではないかと考えた克巳はかつての手下のつてを頼りに調査の手を伸ばしていたのだ。 「皆槻直の『颶風の難業』はビーチフラッグスです!」 「違いますわね」  集まった情報が書き込まれたルーズリーフに視線をやり、導花は克巳の言葉をばっさりと否定した。 「い、いえ、複数ルートから情報は確認しています」  言葉も性格も抜き身の刃と言うに相応しい導花のことを克巳は半ば恐れていた。 「そういうことではありませんわ。ビーチフラッグスはそもそも相手の妨害は禁止されていますの。対して『颶風の難業』は但書で完全無制限、異能による直接攻撃を含めて何をやってもよいと宣言していますわ。全然戦術が違ってくるんじゃないかしら?現代を超越する科学の徒を名乗る割には杜撰な頭のつくりをしていますわね」 「う…」 「工、そろそろ展示を閉める時間だ。綾里と交代して作業に当たれ」 「…はい」  ぐうの音も出ないほどにへこまされた克巳はとぼとぼと部室を去る。  しばらくして酔っ払ったように千鳥足の女性がふらふらと揺れながらどうにか部室に入ってきた。 「あ、兇ちゃんだ……おやすみなさーい」  半醒半睡で歩いてきたその女性は薄目を開けて兇次郎に一言挨拶すると、そのまま部屋の隅で丸くなってしまう。  彼女もまた裏醒徒会の一員、竹中綾里である。極度に面倒くさがり屋の彼女はほとんどの活動にまともに参加しないが、言っても無駄なので誰も文句をいうものはいない。  とかくまあ、兇次郎の周りに集う人間は誰も彼も扱いづらい者ばかりである。  昭彦からの急を告げるメールを受け教室に戻ってきた修の目に映ったのは異様な光景だった。  視界の左端では瞠目し結跏趺坐する一郎。右に目を移すと正面では血走った目で必死に壁を叩くパントマイムを見せる少女。更に右ではそれを指差しゲラゲラ笑っている一佐男に昭彦が食ってかかっている。  目の前の少女がパントマイムをしているのではなく見えない壁に閉じ込められていると気付いた修は一郎のほうに叫んだ。 「黒田君、その娘を開放するんだ!」 「いいじゃないか、こんな面白いの滅多に見れないぜ」  心底愉快そうに言う一佐男。 「因果応報。そいつは七の難業の情報を奪おうとしていた」  一郎もそれに同意する。修が昭彦の方を見やると昭彦は小さく頷いた。 (まったく、どうしてこんな面倒ごとが…) 「だからといってこれはやりすぎだよ」 「仕方ないだろ、『文化祭の間だけ見たこと忘れろ』ってのに署名すれば返してやるって言ってるのに聞かねえんだから。先輩として教育してやらんと」  一佐男は全く悪びれる様子もない。 「おい待て、俺の異能を当てにするのはまだいいが、こんな脅迫じみた状況で約束させても効果は保障できないぞ」 「…なら仕方ねぇなあ。一佐男」  教室の奥に控えていた崇志が声をかけると一佐男は「残念だな」と頭をかく。  何かが止まったのか、少し落ち着いた少女はだがこれまでの疲労に耐えかねてその場に倒れ伏せた。  修は一佐男の異能に関しては〈イディオット・ゲーマー〉という名しか知らない。だが、これまでの言動からすると彼女に何かしていたのは彼の異能に間違いない、修はそう確信していた。 「しかし、まさかそのまま帰すとは言わないよなぁ?」  そこは修としても悩みどころだった。N組自身のためにも、公平な条件で今まで戦ってきた挑戦者たちのためにもスパイ行為は看過できない。だが、かといってやたらと神経質になっている崇志たちに任せてはこのポニーテールの少女の身がどうなるか保障できない。 (どうにか丸く収まる方法はないものか)  難解な方程式を解かされる気分になった修に、救いの手は意外なところから現れた。  突如、崇志のモバイルにコールが鳴る。 「はじめまして、百目鬼崇志。我輩の名は蛇蝎兇次郎という」 「なるほど、アンタがスパイを送り込んだ黒幕か」 「何のことかな?我輩はこの件に関しての仲裁を放送部から依頼されただけだが」  そう来たか、と崇志は嬉しそうに目を細めた。 「ほぅ、だったらどう仲裁するのか見せてもらおうじゃないか」 「要するに貴様らは情報を盗まれたのが気に食わんというわけだ。ならば情報には情報で報いるのが筋というものだろう」 「ではどんな情報をくれるんだい?」 「明日午後一時、我ら裏醒徒会は総力をもって貴様らの七の難業に挑む」 「仲介料がわりに私も助っ人として参加するわ、よろしくね」 (裏醒徒会と放送部のタッグか、豪華メンバーじゃねぇか)  これを一日前に知ることができた、確かに放送部の女が盗んだ情報につりあうものだ。いや、それ以前に、 (もうこんな小物に関わってる時間が惜しい) 「話はついた。もうそいつは放してやれ、委員長」  電話先に聞こえるように告げる崇志。 (これであいつらを叩き潰せば…)  そう考えを及ぼす崇志の顔はそれを見やった修が思わず顔をしかめるほどの凶相だった。 「皆、情報収集ご苦労だった」  と兇次郎はねぎらいの言葉をかけた。  夕刻の部室、ミーティングの席には現在裏醒徒会のメンバーともう一人、先程兇次郎を呼び出しそして一緒に戻ってきた唯笑を加えた六人がいる。  そして言葉と同時にテーブルに置かれたこれまでの情報収集のまとめ。それに兇次郎を除く五人の視線が集中した。 『颶風の難業』――ビーチフラッグス風(妨害自由) 制限/なし 皆槻 直          ワールウィンド(大気の吸入・排出) 『競愚の難業』――おそらくチキンゲームの要素を持つゲーム 制限/攻撃行為禁止 陣台 一佐男        イディオット・ゲーマー(???) 『天秤の難業』――柔道的な要素が関係? 制限/攻撃行為禁止 金立 修          異能なし 『紙牌の難業』――ポーカー 制限/攻撃行為禁止 三墨 ちさと        54フェローズ(トランプゲーム限定の強運) 『幻砦の難業』――おそらく戦闘系 制限/なし 黒田 一郎         ミストキャッスル(不可視の壁を作る?) 『円舞の難業』――??? 制限/なし ミステリアス・パートナー  ??? 『縦横の難業』――??? 制限/攻撃行為禁止 百目鬼 崇志        異能なし 「どうせなら女の子相手がいいなあ」  一瞥しまずポツリと呟いたのは陸だった。 「それでしたらあの皆槻でもたらしこんできたら?きっと面白いことになりますわよ」 「うーん、今はゲテモノ食いしたい気分じゃないからいいや」 「私は兇ちゃんが決めたのならなんだっていいよ…ふわぁ」 「おれはどこに当たったら…」 「あらあら、それじゃ私は誰のお相手をしたらいいのかしら」  陸の言葉を口火に、てんで勝手に喋くりだす一同。 「各々の担当を伝える」  だが兇次郎のその一言で、騒がしい場は一瞬で静まりかえる。  兇次郎を取り巻く裏醒徒会の面々は、誰も彼も実に扱いにくい人間ばかりである。  それでも、兇次郎が時に振り回されながらも彼らを必要としているように、彼らもまた時に振り回しつつも己が求める物を与えてくれる兇次郎を必要としていた。  今のこの状況こそがまさにそれ――なんだかんだ言っても兇次郎が彼らを統べる「王」であること――の何よりの証だった。 「相島、貴様には望みどおり『紙牌の難業』を担当してもらう。希望は聞いた、敗北は許さん」 「やった!僕頑張るよ」  別にちさとが好みというわけではないが、それでも一対一で顔を付き合わせるなら男より女の方が百倍マシ。ただそれだけの理由で陸は自分に与えられた使命を大いに喜んだ。 「笑乃坂、お前には『幻砦の難業』を任せた。存分にやれ」 「了解しましたわ」  少しばかり意外な顔をした導花であったが、何か思い直したのか笑顔で応じる。その笑顔の下の、獲物を前にした獣の獰猛さを感じ取ったの身体がびくりと震えた。 「どうした、工?お前は『天秤の難業』に回ってもらう」 「は、はい」  躊躇いを残したまま頷く克巳。先程からずっと考え続けてきたが、これなら勝てると自信をもって言える相手はいなかったのだ。 (柔道勝負なんてどうすりゃいいいんだよ)  そんな克巳の様子を見て取った兇次郎は次の担当を伝えようとする手を止め、再び克巳の方に向き直った。 「工、柔道の根本的な要諦の一つは敵の重心を崩す技法だと我輩は考えている。それを念頭に置いて準備に努めろ」  その一言が火種となり、克巳の脳内で閃きの火花がきらめいた。 「分かりました、やりますよ、おれ!」  連鎖反応を起こし瞬く間に脳内を覆い尽くすアイデア。そのうねりにつき動かされるように克巳はすっくと立ち上がるや否や脇目もふらずに出て行ってしまう。 「次は『円舞の難業』だ。相手の情報が全く見えない状況で最も頼りになるのは…」  超科学系の異能者には往々にしてこういうことがあるので、誰も出て行った克巳のことを気にする者はいない。兇次郎は話を続けながら唯笑にその視線を向けた。 「私、ですか」 「その、声だ。相手こそ異なるが、存分に仇を討ってやれ」 「そうね、留花ちゃんを泣かせた悪い子たちにはきちんとお仕置きしないといけないわ」 (白々しい三文芝居につき合わされるこちらの身になってほしいものですわ)  導花は鼻白む思いだった。裏醒徒会と清廉唯笑との繋がりは極一部の人間には既に知るところとなっていたが、だからといって両者ともに今の時点で公にするのは望んでいない。だから共闘のためには一応でいいので大義名分が必要であり、そのための導花が言うところの「三文芝居」だった。 (こういう時ばかりは都合の悪いことは頬被りできるガキや外面を全く顧みない寝女が羨ましいですわね)  自分の担当を聞いた途端にゲームを始めた陸や自分の担当を聞く気もなく舟をこいでいる綾里を横目で見ながらそう思う導花。 「おい綾里、起きろ。お前には『颶風の難業』を受け持ってもらう。…聞いてるのか!」 「うん、聞いてるよー兇ちゃん」 「『うん』じゃなくて『ハイ!』だ!あとお前が話しかけてるのは我輩でなくTV画面に映ったお前自身だぞ」  怒ったり突込みを入れたりと忙しい兇次郎。どうにもペースが狂う、とため息をついて更に話を続ける。 「我輩は最後の『縦横の難業』に行く。『競愚の難業』に当てる七人目は既に手配済みだ」  と、外に気配が現れ部室の方に近づいていく。 「ああ、来たな。この中では…会ったことがあるのは相島、お前だけか」 「え?なんか言った?」  ゲームに意識を集中させたまま生返事をする陸。同時にノックの音が響く。  「入っていいぞ」とそれに答え、兇次郎は告げる。 「紹介しよう、七の難業に挑む七人目、レスキュー部の――」  扉を開けて入ってきた入ってきた人影がそのままぺこりと頭を下げた。 「あ、どうも。はじめまして。オレはレスキュー部の部員、市原和美(いちはら かずみ)ッス。」 七の難業 対裏醒徒会 対戦表 『颶風の難業』 皆槻 直          対 竹中 綾里 『競愚の難業』 陣台 一佐男        対 市原 和美 『天秤の難業』 金立 修          対 工 克巳 『紙牌の難業』 三墨 ちさと        対 相島 陸 『幻砦の難業』 黒田 一郎         対 笑乃坂 導花 『円舞の難業』 ミステリアス・パートナー  対 清廉 唯笑 『縦横の難業』 百目鬼 崇志        対 蛇蝎 兇次郎 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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