【時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn 第一話 後編 3】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/1712]]  時計仕掛けのクロームが吼える。  俺の頭の中に、浮かんでくる何か。  それは明確な言葉ではない。文字でも映像でもない。  だがそれでも、判る。  自分に何が出来るか。この悪魔に何が出来るか。  そして――何をすべきか。 「……!? なんだ、これは……」  先生は違和感に気づく。  そう、何かがおかしい。おかしいのだ。  二体の永劫機の召喚。  その余波は激しく、コーラルアークの顕現はその衝撃で俺を吹きとばしたほどだ。  だが――  空気が静か過ぎる。  埃や、砕けたガラスの破片が宙を舞っていない。いや――  停止、しているのだ。 「これは……まさか、結界。  お前、時間を――!?」  そう。  あのクソッタレな時計仕掛けの獣と同じように。  先生の操る永劫機コーラルアークが、時間を共有させるのと同じように。  俺の操る永劫機メフィストフェレスは――時間を止める!  その有様に先生の動きが止まる。 「いけぇぇぇえっ!」  俺は叫ぶ。  その声に、意思に従い、黒い巨体が突進し、琥珀色の巨体へとぶつかる。  力と力のぶつかり合い。  二体の時計仕掛けの人形が絡み合い、窓を突き破り校舎から運動場に落ちる。  永劫機メフィストフェレスは空を飛ぶことは出来ないので、三階から地面に叩きつけられる。 「ぐっ……!」  その衝撃が俺にフィードバックされる。  ダメージのフィードバック、これもまた永劫機の兵器としての欠点のひとつ、だろう。  契約した操奏者と繋がっている。それゆえにそのダメージがフィードバックされるのだ。  装甲に守られていたりするので、俺が直接三階から地面に叩きつけられるのと同等のダメージが入る、というものではないようだが――それでも相応の衝撃が俺の体を襲う。  そんな中、砕かれたガラスは、やはり途中で空中に停止する。  時間を止められているからといって、止まった物体に干渉不可能、というわけではないようだった。  それはそうだ。完全な意味で、完璧に時を停止させる事が出来たなら、光さえも止まり、世界は闇に包まれる。そして空気すら停止し、呼吸すら不可能となるだろう。よく時間停止系の漫画や小説に対して行われる突込みだ。  その意味では、メフィストフェレスの結界も正しく時間を停止させたというわけではないのだろう。どういう原理かはしらないが、非常に都合のいい時間停止という事だ。 「くっ!」  コーラルアークが拳をメフェストフェレスに叩き込む。  一観だけでなく、数人もの魂を取り込んだ永劫機コーラルアークの総出力は、永劫機メフィストフェレスを凌駕している。  加えて、それをる吾妻先生もまた熟練の戦士だ。その力の総量と経験則は何よりの力となり、俺程度では足元にも及ばないだろう。  叩きつけられ、クロームのボディが軋むと同時に、俺にも衝撃が走る。 「ぐ……がっ!」 「どうした! それでよくもでかい口が叩けたものだ!」  先生が叫ぶ。コーラルアークを操りながら、その戦いを背後にしながら、俺に向かって。 「所詮……この世界は力が全てなのだ。そう、お前は守れない。  口だけならなんとでもいえる。だが、力なき正義は無力。無力なのだ……!」  そう、嘲笑する。見下す。貶め、揶揄し、罵倒する。  ――血を吐くような声で。何かを呪うかのように。 「手に入れた力があろうとも鍛えなければ価値が無い。覚悟がなければ意味が無い。  そしてどれだけ力があろうとも、それを制御できなければ――  そして、結果を残さなければ是非も無いッッ!!」  コーラルアークがメフィストフェレスの首を絞めあげ、持ち上げる。  いや、それだけじゃない――気がつけば俺の首もまた、先生に掴み上げられている。 「甘い理想など。現実という重さに潰される、踏みにじられてしまうのだ、残酷なまでの理不尽に。ガキのたわごとでは、世界は守れない」  ……そうかよ。  ああ、確かにそうかもしれないよ、先生。  だけど……! 「――だけど、それでも……」  メフィストの手が動き、コーラルアークの腕を掴む。  俺の手も、先生の腕を掴む。 「……?」 「どれだけ現実が重くても。  時の流れに擦り切れて、かつての理想を忘れる日が来たとしても……」  メフィストフェレスの手に力がみなぎる。  首を絞めていたコーラルアークの腕を、ゆっくりと引き剥がしていく。 「それが……!」  俺の脳裏に浮かぶのは。  妹の、一観の明るい笑顔。  友人の、島田が姉の事を文句言いながらも楽しそうに話す顔。  ごめんなさいと謝った、コーラルの悲しそうな顔。  そして、初めて見た時から心に残る、メフィの――何かに諦め、孤独に疲れ、磨耗した空虚な表情。  それら全てが――俺の胸に去来する。 「何かを諦める理由には、ならない……っ!!」  だから、きっと。  総出力の差を覆し、コーラルアークの腕を引き剥がしたその力は……単純な。  異能だの時間だの。そんなのとはもっと別の力だったのだろう。 「な……!!」  鋼がひしゃげる音が響く。  コーラルアークの腕が、その装甲がひしゃげ、砕ける。そのダメージがフィドバックされ、腕の激痛に先生は顔をしかめる。  それが好機。俺は首をつかまれたまま、先生の胴体に蹴りを叩き込む。  メフィストフェレスもまた、跳躍し、距離をとる。 「なるほどな、だが……っ!!」  先生の叫びと共に、コーラルアークの腕の装甲が復元される。砕かれた発条、螺子が組み合わさる。  力に任せた強引な再生能力。やはり単純な力の総量では勝てない。  永劫機は擬似的な魔物だ。つまり、生物としての特性を兼ね備えている。  生物は、治癒し、再生する。つまり永劫機もまた生物的な自己治癒能力を有しており――そしてそれは、時間を高速かつ大量に食い潰す事で、ダメージをその場で復元することも可能なのだ。  どれだけダメージを与えようと、その力にあかして復元してしまう。  そしてその源になっているのは――食われている一観たちの時間!  戦いを長引かせるわけにはいかない。だがどうすればいい。  力の、時間の総出力では勝てない。ただでさえ俺の時間は、あとで……妹のために、一観のために使わないといけないんだ。  それが俺の責務なんだから。 〝あなたは〟  脳裏にフラッシュバックする記憶。 〝一観を守って〟  今度は、今度こそは――間に合わなかったじゃすまされないんだ!  まだ間に合う。まだ助かる。まだ助けられる。  たとえ――俺の全てを犠牲にしようとも!  だがどうする。どうすればいい……!  考えろ。その足りない頭で考え抜け!  勝つ方法。妹を助ける方法を。  この……時間の止まった世界の中で、敵を打倒する方法を!  その時、俺の頭に浮かぶ、あの時の言葉。 〝そういう時はな、相手の力をそのまま利用するんだ〟  利用……いや、相手の、コーラルアークの力を利用して何が出来る?  先生の使った、合気じみた格闘技なんて俺には使えない。  ……いや、違う。諦めるな考えろ。  そうだ。  利用するのは、相手の力だけでなくてもいい。 「――メフィ」 『はい』  俺はメフィに語りかける。 「質問だ。お前やあいつは――破壊されたら、死ぬのか?」 『……』  その質問の意図を、メフィは感づいたのだろう。  そう、よりにもよってこの愚かな所有者は、捧げられた妹達だけではなく――あの女の子、コーラル本人も救いたいと思っているという、馬鹿げたこの考えを。 『はい。ですが――それは、完璧に破壊された場合のみです。  中枢であり本体である、懐中時計さえ無事なら――』  つまり。  彼女達を駆動させている源。  心臓であり頭脳である、その核を確保すればいい。 『そして、そこには――』  そういうことか。  なら、やるべき事は定まった。 「……?」  先生は周囲を見て、怪訝な顔をする。  気づいたのだろう。  メフィストフェレスによって止められたはずの時間が、少しずつ動こうとしている事に。  宙に止まる粉塵、ガラス、そして舞う木の葉。  それらが少しずつ、動き出そうと震えていた。 「……結界を維持する力すらも尽きかけているか」  先生は嘆息する。 「もういい。もういい! 所詮此処まで、お前には何も出来ない。  ああ、よくわかった。お前は落第だ。口だけで何も成せはしない。残念だよ……実に残念だ。  コーラルアーク、とどめをさしてやれ!」  コーラルアークが吼える。  主の命令に答え、満身創痍のメフィストフェレスを破壊せんと、一歩を踏み出そうとして―― 「!?」  先生は目を見張る。  コーラルアークの動きが緩慢になる。まるで、そう……濁流に足をとられて動けなくなっているかのように。 「何だ、何が起こっている……?」  足だけではない。  全身がぎこちなく軋む。 「エネルギーが尽きた? いや、そんなはずはない。魂の残量は把握している。では何故だ。コーラルアーク自身の不調ではない。となると、外部からの干渉か……!」  先生は俺に向かって叫び、問う。 「何をした……何をした時坂!!」  俺はゆっくりと立ち上がり、その問いに答える。 「先生。小川を石で堰き止めたことはあるか? あれと同じだ。  堤防で堰き止められた水の流れは止まる。だがやがて溢れた水は少しづつ漏れ、そして――  決壊し、あふれ出す」 「!? まさか、貴様――!」 「察したか。この結界は時間を止めたんじゃない。  結界範囲内の時間を「堰き止めた」んだ。  そう――周囲の時間の流れから切り離され堰き止められた、この時間の流れはやがて膨大な爆流となり襲う。  あんたは最初から履き違えていたんだよ、これは戦う場所を整えるための結界じゃない。  この結界そのものが俺の、俺たちの武器だ」  そう、メフィストフェレスの能力は、時間を止めることではない。  完璧なる時間の停止ではなく、「時間の流れをせき止める」ものだ。  ……最も、それに気づかせてくれたのは。この結界の本当の使い道、もっとも有効な武器としての戦い方を気づかせてくれたのは……あんたの言葉だ、先生。  時空堰止結界、クォ・ヴァディス。  それは周囲の時間を、堤防のようにせき止める。  止められた時間は、本来の流れに戻ろうとその勢いを増す。  その時間の復元作用を逆手に取る。  堤防が決壊するまでの時間、メフィストフェレスは負けないように、「時間稼ぎ」をすればいい。  コーラルアークは、堰き止められなくなった時間の余波、その軋みによって動きを止められている状態だ。  そしてそれは、嵐の前の静けさに過ぎず―― 「――っ!?」  時の流れが、視覚的に渦を巻くほどに流れ出す。  その中心には、時計の図柄のように浮かぶ魔法陣に高速されたコーラルアーク。  メフィストフェレスは、その渦の流れの中心を飛翔する! 〝さて時坂、だがそれでも獣というものはしぶとい。動きを縫った程度では倒せない。どうする?  答えは簡単だ。心臓を止めればいい〟  狙うはただひとつ。  コーラルアーク本体ではない。ただその中心に向かって駆ける。  永劫機の中心。  その体内に安置された、砂時計。  それは、捧げられた生贄の魂の時間を魂源力へと変換する、時空駆動機関。  本体であり中枢、頭脳であり心臓である懐中時計。  その核が展開し変じたそれは、大気中の魂源力や物質を集め、まさしく錬金術により永劫機の体を構成する。  つまり。  その核を永劫機の体から引き剥がしてしまえば、もはや永劫機はただの人形に過ぎない。 〝敵の心臓は何処だ。急所は何処だ。そこに至る道程は何処だ。  考えて見極めて、そして――〟  そして、その核の砂時計を破壊し、時の砂を解き放てば――捧げられた者は、再び開放される。 「時空爆縮《クロノス》――」  メフィストフェレスは飛翔し、そして左手をコーラルアークの中心に叩きつける。  破砕音が響く。  鋼を砕き、抉り、メフィストフェレスの爪が侵入する。  探り当てた、その体内の核を掴み、そして力任せに引きちぎる。  右手に集う、時間の爆流。  それを―― 〝迷わず、叩き込め〟 「――回帰呪法《レグレシオン》!!」  その全てを、残されたコーラルアークの体へと叩きつける。  左回りに渦を巻く時空流と、右回りに唸るメフィストフェレスの拳。  その時間の流れがぶつかり合う!  回帰しようとする流れ。膨れ上がる力。  それが反応し合い、一気に爆縮し、コーラルアークのボディを分子レベルで爆砕していく。  それにより生じるエネルギーは光の柱となり、天に突き立った。  コーラルアークの体が破壊された中、その光の粒が幻想的に舞う中―― 「……」 「……」  吾妻先生は、立っていた。  ……憑き物が落ちたような顔で。 「祥吾くん……先生……っ」  先輩が、重い体を引きずって現れる。まだ体力は回復していないのだろう。 「……すまない、祥吾くん。私が……」  この決着は、私がつけねばならなかったのに。  そう先輩は、声にならない声でつぶやく。 「謝るな」  それに答えたのは、俺ではなく先生だった。 「鶴祁。お前が自らの意思で戦士として戦うことを選んだのと同じだ。時坂も……祥吾もまた、自らの意思で俺の前に立った。それだけのことだ」 「先生……」 「最後の補習、いや授業だ、鶴祁、祥吾。よく見ていろ――これが」  先生は、一歩前に足を出す。  それだけで。  ただ歩くという、それだけで――先生の体に亀裂が走る。 「!」 「これが――永劫機の欠陥のひとつだよ。契約せし者が死ぬ時、その身魂は砕け散り、時の流れから忘れ去られる。  だがな、祥吾……」  先生は言う。 「お前は、正しいことをした」 「……」  違う。違うよ先生。俺はただ、妹を助けたいだけで……。 「それで、いいんだ」  先生は。そんな俺の心を見透かしたように、笑う。 「忘れていた。長らく忘れていた――手段が何時しか目的へと摩り替わり、何のために戦ってきたのか、そんなことすら、忘れてしまっていた」  先生は笑う。罅割れ砕けていく顔で、笑う。  俺の中に流れ込んでくる思いがあった。  それは、先生の生きてきた時間、思い。それが――メフィストフェレスの掌中にあるコーラルアークの核から流れ込んでくる。  時間共有の力の残滓……?  そして俺達は、先生の生き様を知った。  だがそれでも、吾妻修三の物語を、此処で語ることは無益であり無意味である。  なぜなら彼の人生は、まさしく苦難の道、ただそれだけの繰り返しでしかなかったからだ。  異能の力を秘めながら、しかし彼は師に恵まれなかった。故に、自らの魂源力を異能の顕現として花開かせる事はなく。  ただ彼は、武術のみを修練し、鍛え、技として身に着けた。  そしてその力で、弱き人々を救おうと戦った、ただそれだけの人生である。  かつて、今ほどに世界が怪異に満ちていなかった時代。だがそれでも確かに、世には怪異魔物が跳梁跋扈していた。  夜の闇に、日常の裏に、だ。  斬った。斬った。吾妻はひたすらに魔を斬った。  だが彼に与えられるのは、救えなかった人々の血、己を苛む無力感、そして――自らが救えた人々の、バケモノを見るような眼差し。  だがそれでもよかったのだ。  ほんの少しでも救えたなら、それでいい。  救えなかった人々がいるなら、次こそは救おうと、自らを鍛えた。  自らに救いなどいらぬ。  自らに安らぎなどいらぬ。  この身は異能の刃なれば、ただただ人々の安寧のために。  ただそうやって剣を振るってきた吾妻修三に、人の幸せなど訪れるべくもない。  だがそれでもよかったのだ。  自らが報われぬだけならば我慢できた。  同じように異能の力を持った同志同胞――そして、後に続く子供たち。  彼らもまた、報われぬ道を歩むならば。  力を持つ、ただそれだけで――血で血を洗う戦いに身を投げる道しかないというのなら!  自分は何のために戦ったのだ!  守りたかったのは、力を持たぬ人々だけではなかった。ただ多くの人々を、貴賎なく区別なく、ただ助け、守りたかった。  だが、世界は容赦なく人々を区別して、戦いに繰り出させ、殺していく。  力を持たぬ、ただそれだけで、守られるべき特権を得て。  力を持つ、ただそれだけで、命を賭して戦地に赴く責務を背負わされる。  それが権利か! それが義務か!  ならば――自分の覚悟も、何の意味もない、ただの責任でしかなかったというのか!  そう悟ってなお、吾妻は己の道を変えることは出来なかった。  戦いにしか生きてこなかった男だ。そう在るしかなかった。  だが――時は残酷だ。  彼の思いを削り、磨耗させていくと同時に、彼の肉体からも力を奪っていった。  戦い続けた男の身体は、最高潮を過ぎ、衰えていくばかりである。  しかし世界は戦いを彼に求める。  戦えないのなら、育てろと。  子供を鍛え、戦士に育て上げ、戦わせろと。  弱き人々を守るために。  世界を守るために。  彼らを犠牲にせよ――と。  ふざけるな!!  吾妻修三は激昂する。  弱き人々、ただ安全地帯から声高々に自分達を守れと叫ぶだけの人間たちと。  双葉学園で、大切な者を守るために力を鍛え、学ぶ異能者の子供たち。  どれほどの違いがある。  違いなどないのだ。  そう、違いなどないのなら。  生贄は、お前達でもいいはずだ!  ――そうして。  吾妻修三は、一般人の生徒を襲った。  ただそこにいただけの少女。誰でも良かったのだ。そう、違いなどないのだから。  そしてそれを、懐中時計に秘められた、機械仕掛けの天使の少女への生贄とした。  間違ってなどいない。  間違ってなどいない。  守れと言った。世界を守れと。人々を守れと。  そのために、異能の力を持つ子らを犠牲にするというのなら。  その異能の力のために、一般人が犠牲になろうとも仕方ない。それは必要な犠牲だ。  そして吾妻は戦うのだ。  衰えた力の代わりに得た、新たなる力、永劫機によって、魔を討ち、世界を守る。  それの何処が間違っている?  そんな吾妻に――立ち向かった生徒がいた。 “だけど、だからといって、全てがそうだなんて誰が決めた。  それでも……みんな、それぞれに守りたいものがあるはずだ。だから戦うんだろう、先生。  あんただって、そうだったはずじゃないのかよ!”  彼は、ただの普通の人間だった。  異能の力は確かに秘めていたのだろう。だが少なくとも、普通に育ってきた、普通の少年だった。  そんな少年が、妹を助けるために立ち向かってきた。  幼稚で愚かしい、陳腐な言葉を吐きながら。  ただただ――真っ直ぐに。 “そんな涙の流れない世界がほしくて――戦ってたんじゃないのか!?”  それは。  かつて捨てた理想。かつて失った願い。もう遠く戻らない、祈りだった。  馬鹿馬鹿しい。笑わせる。  世界はそんなに奇麗事で出来ていない。  そんな都合のいいハッピーエンドなど――ありはしないのだ。  だが、それでも。  それでもそれは、誰もが望む少年の日の夢想であり――確かに吾妻が胸に懐いたもの。  幼い日、異能の力が自身にもあると知り。  それを発現させる方法も知らず、それを見出してくれる師もおらぬ中。  ただ、理不尽な魔から、人々を守りたいと――  ただ、泣いている誰かに、笑顔になって欲しいと――  ただそれだけを胸に懐いて、木の枝を拾い、日が暮れるまで振り回し、打ち付けた遠い追憶。  そうだ。  犠牲など欲しくなかった。生贄など押し付けたくなかった。  誰も傷つかない、そんな未来を望んでいた――  吾妻修三は、思い出す。  かつての願い。かつての祈り。かつての――想いを。  ただ、思い出すのが遅すぎたのかもしれない。  それでも――  もはや自分が戦うことが出来なくても。   後に思いを託せるのなら。  後に意志を託せるのなら。 「お前達は、間違うな」  先生は言う。 「俺のようになるな。俺のように道を踏み外した外道へと堕ちるな。……お前達なら、心配はないだろうが」 「先生、俺は――」 「謝るな」  先生は言う。 「言ったはずだ、俺には時間がない、と。いずれ明日にでも死に逝くが必定だった。  お前が俺を殺したわけじゃない。だから、謝るな」  先生は、俺と先輩の顔を見る。  もはや、頭しか、いや顔しか残されていないその笑顔で。  先生は――言った。 「この反面教師の最後の授業は――これで、終わりだ。後を、頼む。これは――宿題だ」  光が消える。  そこには何も無かったかのように。  戦いの傷跡すら――残されてはいなかった。時間の修復力、という奴なのか。ともあれ、これで終わった。いや――違う。最後にやるべきことがまだ残っている。  メフィストフェレスの左手にある、永劫機コーラルアークの核。  その中の砂時計のガラスが砕け散る。  それで終わり。  捧げられた生贄は元に戻る。  そして――あとは、交わされた契約どおりに。  本来、残された時間が少なかった時坂一観。  神が定めた運命とでもいうべきか。死すべき定め。意味の無い仮定だが、先生の言ったとおり――コーラルに捧げられずとも、一観の命は何らかの形で尽きていただろう。交通事故か。それとも殺人事件か。あるいは、ラルヴァに襲われたか。  それが運命。  そのはずだった。  それを覆すために――メフィストフェレスは契約を果たす。果たしてくれる。  俺もこれで――約束を果たせるんだ。  そう。時坂祥吾《このおれ》の残された時間を、    一観へと――――捧げる。 「……」  病院のベッドで、この俺こと時坂祥吾は目を覚ます。  目を覚まして最初に思ったことが、「ありえない」という事だった。  自分の残り時間は、妹へと渡されたはず。彼女を助けるために自分はそれを選んだ。それが俺の責務だったから。妹を守るという、約束だったから。  自己満足で偽善、ただの欺瞞だと罵倒されようとも、それがいいと思った。  だが、こうして自分は生きている。  何故だ? 「念のために言っておくと。ちゃんと貴方の妹は生きてますよ。無事です」  ベッドの傍らから声がかかる。 「めふぃ……?」 「はい。貴方の伴侶のように、召使のように、あるいは奴隷のように仕えるメフィストフェレスでございます」  おどけたように笑う少女。  確かにそうだ。違うのは、今までは頭の中に響く、夢の中の存在だった彼女が実体化しているということ。 「契約を交わしましたから」 「そうか」  そう相槌を打つ。 「……思い出した。結局、契約しちまったんだなあ」 「はい。ちなみにクーリングオフは効きません」  最悪だな、それ。 「……なんで俺は、ここにいる?」 「私が望みました」 「……どういうことだ?」 「私が生まれてから、十年。その間に何人も所有者が変わりました。  誰も彼もが、自らの望みだけを願った」  遠い目をして、窓から外を見る。  死にたくないと、誰かの時を奪ったり。  何かが欲しいと、誰かが欲しいと。  時を止め、その中で欲望を満たした。あるいは満たそうとした。  そして、みな例外なく、自滅していった。  それを自分は、ただ見続けていたとメフィは語る。 「……その中で。誰かのために、自分の時間を渡すなんていう人は初めてでした」  後先考えない自己犠牲だと、ただの偽善で欺瞞だと笑う人もいるだろう。  実際に、愚かとしか言いようが無いのは事実だ。  それで死んでしまえば何にもならないだろう。  賢い人は、そうやって理屈で武装する。そして正しい選択を選ぶだろう。  だが、それは本当に正しい答えなのだろうか?  多分、その答えは永遠に出ない。人それぞれ、なのだから。  そして――今まで彼女が見続けてきた人間は、皆一様に賢かったのだ。俺と違って。  理屈も計算もかなぐり捨てた愚直な選択をした大馬鹿者はいなかった。まあ当然だろう。 「だから、興味を持っただけです。だから」  一呼吸おいて、彼女は言った。 「貴方の時間が尽きる直前。その「生命としての時間」を止めました」 「な……!?」  何だそれは。時間を止めた……? 「死へと向かうその時のみを堰き止める。  肉体はそのまま、代謝も続けるのでそれ別に不死の法でもなんでもありませんけど」  体を、存在そのものの時間を止めてしまえば、なるほど確かに死ぬことは無いが、生きてもいない。  それでは意味が無い。  だから、生命としての時の流れを堰き止める。  物質としての肉体の時間はそのまま流れるので、成長・老化もすれば、破壊だってされる。  時間を止めたからといって、人間の追い求めた「都合のいい不老不死」などは難しいということだ。  これもまた、永劫機の廃棄決定の理由のひとつであることは、また別の話ですが、とメフィは付け加える。 「だったら、それを最初から一観にしてくれれば……」 「契約者にしか効きませんから」 「……そうか」 「そうです」  それで会話がひとまず途切れる。俺はベッドに横たわったまま、天井を見る。 「俺の……せい、なのかな」  俺は、ぽつりと言った。  気にするな、お前のせいじゃない、と言い残し、先生は消えた。  いなくなったんだ。 「何が、正しかったのかな」  先生は、俺に対して、間違ってないと言ったけど。  最後に、先生の記憶に、先生の時間に触れてしまった俺には――判らなくなった。  どんな犠牲を強いても、人々を守るために戦う。  先生は、まず自分を犠牲にした。そして自分に残された時間がないと知ると、今度は他人に犠牲を求めた。  それを、単純な悪の一言で否定できるのだろうか。糾弾できるのだろうか。  俺には――判らない。  手段は確かに間違っていた。だが先生の戦いで救われた人々は、先生の所業を英雄的だと賞賛するかもしれない。  事実として、数で言えば、救われた人のほうが圧倒的に多いのだから。  それを、妹を守るという理由で食い止め、先生を死なせた俺は――悪党なのかもしれない。  わからない。  俺には、よくわからない。 「わかりません」  人間の事は、とメフィストは続ける。 「そうか」 「はい」  しばらく静寂が訪れる。  それでも。  ……わからなくても、それでも……俺の答えは決まっている。 「……俺、さ。戦うよ」  そして、しばらくして祥吾が言った。 「先生のやったことは許せない。許しちゃいけないと思う。  だけど、それでも……吾妻先生が、この世界を守ろうとしたことは、変わりが無い」  どれだけ磨耗して、疲れ果て、見失い、凶事と暴走に走っても。  それでも、彼は守ろうとした。そして戦ってきた。守ってきた。 「俺は、忘れない」  何を守りたかったか。  何のために、戦ったか。そして、戦おうと決意したか。  その理由は、もう喪われてしまった。だけど、想いは、その行動は消えはしない。  永遠が存在するとしたら、それはきっと、そういった――受け継がれる何か。  それを、俺は受け取っていく。そして、受け渡していく。  切なる想いも、猛き激しさも。その正しさも、過ちも、その全てを。 「ご随意に。私は、ついていきます」 「そうか」 「はい」  簡潔に、しかし強く答えるメフィ。  不思議と、その瞳にはあの時のような諦観の翳りは見えない、と俺は感じた。  それは気のせいなのだろうか。それとも。  その紫水晶の瞳を覗き見る俺に、メフィは気づく。  固まる。  俺達はしばらく見詰め合う。  そして――  どたどたと廊下から足音が聞こえてきた。その足音の主は、勢いよく、 「お兄ちゃんっ!」  盛大にドアをあけて、一観が駆け込んできた。  その後ろには、鶴祁先輩もいる。 「ちょ、おま、ここ病院……」 「びっくりしたよっ! そんな大怪我、もう何したのっ!?  ていうか何っ!? なんでそんな見つめあってるの、その人誰っ!?」 「……これは、お邪魔だったかな?」 「え、いや違先輩っ、これはっ」  そして気がついたら、メフィの姿は消えていた。  ……バックレやがった、あの悪魔! 「お兄ちゃんっ! 説明求むっ!!」  言いながら体当たりしてくる。  頭がみぞおちに一撃。  骨や肉に伝わる衝撃。  声も出ぬほどの痛み。悶絶。  これが、これこそが愛の一撃。 「~~~~~ッッッッ!!」  この俺こと。時坂祥吾は、間が悪かった。  了 ---- [[トップに戻る>トップページ]] [[作品投稿場所に戻る>作品投稿場所]]

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