【クリスマスプレゼント引換券五枚綴り】


 一二月二十四日。いわゆるクリスマスイブの日。
 年内最後のビッグイベントであるこの日、学生たちは恋人とデートしたり友達と遊びに行ったりととにかく忙しい人間が大半である。
 だから、長谷昭彦(はせ あきひこ)が二日前に急遽四人の人数を集める必要に迫られた時、どうにか員数を揃えることができたのは彼の人徳…も無いわけではないが、それよりは大きな幸運故と評すべきであろう。
 正午を少し回った時刻、双葉学園島中に配置されている緑化公園の一つ。そこが五人の待ち合わせ場所だった。
「何でクリスマス本番の日に」
 とぼやいているのは黒田一郎(くろだ いちろう)。濃い目のベージュ系のジャケットがその痩身とあいまって見る者に枯木のようなイメージを植え付けている。
「でも…来ている…という…こと…は…用事…無いん…でしょ」
 ぼそぼそ声で容赦なく突っ込むのは三墨(みすみ)ちさと。暗色を中心とした服で発育不良の体のラインが全く見て取れないほどに着膨れている。
(なんというか、別の意味でどっちも見てると寒さが増してきそうな格好だなあ)
 と内心思いつつ横目で見ているのは金立修(かなり おさむ)だが、そんな彼自身が柔道部で鍛えているからといって厚手のタートルネックとジーパンだけという格好ではなにをか言わんであった。
「まあまあ、寒いのは分かるけどさあ、そんな愚痴ってばっかじゃなくてもっと楽しいこと考えようぜ」
 と陽気に場を盛り上げようとしているのが全ての原因である昭彦。ややサイズに合わない白のジャンパーが童顔寄りな顔立ちとあいまって、実際のキャラと異なるどこか幼げな印象を与えているのはご愛嬌というべきか。
「そうだなあ。直っちも来たら三対二になるし、こっちの用終わったら集団デートと洒落込んどく?」
「げっ、皆槻と三墨?うーん」
「今は…新しい…恋が…欲しい…気分じゃ…ないの」
 二人の態度はあくまですげない。
「修ちゃんじゃないけど二人とももう少し、こう、なあ」
 やっぱ一度や二度の転機じゃそうそう性格は変わらんのだな、と慨嘆する昭彦。
 この四人に先程昭彦が直っちと言った皆槻直(みなつき なお)を含めた五人は全員双葉学園高等部二年N組のクラスメートである。
 しかも、ただのクラスメートではなく先だっての文化祭での出し物、七の難業では全員が中心メンバーという縁であった。
 一郎とちさとの二人はそれまでは人との付き合いを好まぬ性格だったが、この七の難業での経験から何か感じるものがあったらしく、以後は徐々にではあるが周りの人間と溶け込んでいこうとはしていた。
 それでもその道のりが決して平坦なものではないことは先程のやり取りを見ても分かるとおりである。
「あとは皆槻君だけか。昭彦、連絡はしたのかい」
「さっきからしてるけど繋がらないんだよ」
「まあ皆槻君だからなあ」
「…来た…わ」
 小走りに走る足音が響いてくる。
 赤いライン付きの白のハイソックスとデニムのフレアスカート。綿入りで暖かそうな二重ネックのジャンパーを羽織り、首にはオレンジのマフラー。
 四人の前に現れたのは皆槻直…ではなく、彼女の相棒にして後輩の結城宮子(ゆうき みやこ)だった。




    クリスマスプレゼント引換券五枚綴り



(全くどうしてこんなことに…)
 宮子は周りの先輩たちに気付かれぬように溜息をついた。
 本来ならば今日はナオと一緒にケーキショップで一緒にバイト、その後は二人でパーティーという予定だったのだ。
 それが台無しになったのは今朝。
「…というわけなんだよ。ごめんね」
 駿河湾付近の大型船航路上に大型海棲ラルヴァが居座っているとのことで、その排除のために直に出動要請が来たのだ。
 大気の吸収・排出の力を持つ異能〈ワールウィンド〉を極めているといってもいい直は水中でもある程度活動が可能だが、これはあくまでも余技に過ぎない。
 本来ならこういう事態には本職といっていい水中向き異能持ちが当たるものだったが、あいにくと年末という時期ゆえに帰省などで欠員が出ているため直にお鉢が回る事態となってしまった。
「ううん、仕方ないよ。私はナオが無事に帰ってくれればそれが一番なんだから、気をつけてね」
 宮子も本心としては不満がないわけではなかったのだが、約束を守れないことに一番辛さを感じているのが彼女自身だということも良く分かっているため笑顔で見送ったのだ。
「あ、そうだ」
 と思い出した直に頼まれたのが彼女が受けた約束の代行。
 約束はおじゃんになってしまった自分が人の約束を果たしにいくという皮肉っぷりに、この先輩たちに恨みはないものの(というよりむしろ恩があるといってもいい)どうしても愚痴っぽくなってしまうのは仕方のないところであった。
「で、これで五人揃ったわけなんだけど」
 と修が口を開く。
「ああ、これ見てくれないか」
 昭彦がそう言って取り出したのは一綴りのクーポン券のようなものだった。
「何だこれ?」
「ハロウィンの時のあれ、…そう、ゴブリンマーケットで買ったんだけどさ」
「えーと、何々…『クリスマスプレゼント引換券五枚綴り』…?」
 一郎に説明する昭彦をよそに、修はそのクーポン券に目を通していく。
「そ。使うと魔界の使者だかなんだかがクリスマスプレゼントをくれる。これ使おうと思ったんだけどさ、これ一人につき一枚しか使えないって書いてたのに気がついてさ。勿体無いから皆で使おうぜ」
「『大丈夫!大魔王のクーポン券だよ。』って…。そう言われてもなんだか逆に心配だよ」
「ファ○通のせいですね、分かります」
 反射的にそう返した宮子が恥ずかしそうに首を引っ込める。
「という…か…信用…できる…の…これ…?」
「長谷、お前一人で五枚使おうとしてたんだな…」
 二人からあれな視線を向けられた昭彦が眉間に皺を寄せて反論した。
「ちさっち、ゴブリンマーケット馬鹿にしちゃいかんぜ。そして黒田、いいじゃねーか金出したの俺なんだぞ!」


 引換券が一同にそれぞれ行き渡り、一同はなんとなく円を描くような配置で向かい合った。
「いっせーのーで!」
 別に完全にタイミングを合わせて使わなければならないと書いてあるわけでもないのだが、昭彦の声に押されるように五人が同時にそれぞれの半券を千切り取る。
 そしてしばし時が流れた。
「何も…起こらない…わね」
「やっぱりジョークグッズだったか」
「何か変なことが起こるよりはよっぽどいいよ」
「あの、何もないのだったら帰っていいですか、先輩」
 沈黙に焦れ、口々に喋りだす昭彦以外の一同。
「…いや!」
 何かを感じた修が天を仰ぎ、わずかに遅れて宮子も続く。
 二人の視線の先で、突如として空が暗雲に覆われた。曇天のごとき薄明の中、雲の切れ間から一筋の黒い光――という言い方もおかしいのだがそうとしか描写できない――が差しこむ。
 一同が呆然と見やる中、その黒光の中に小さな陰影が生まれた。陰影はあっという間にその濃淡をくっきりと浮かび上がらせ、やがて黒光を突き破って雲と大地の間に勢いよく飛び出す。
「ラルヴァだ!」
 ジャーン!ジャーン!と大地に響けとばかりに轟く銅鑼の音と共に近づいてくるそれを見上げて最初に叫んだのは果たして誰だったのか。 二本の脚と二本の腕。形だけで言えば紛うことなき人型であるが、例え人外の存在、ラルヴァの知識を持たない人間が見たとしてもそれを人間だとは決して思わないだろう。
 ルビーのような赤くぎらぎらと光る瞳。まるでナイフのような形状の耳。金属球のような色と質感の鼻。鼻から下は剣山のような髭で埋め尽くされている。
 パーツの配置は人間の顔そのものなのに肉食獣にしか見えないそんな顔の上には血糊でぬらぬらと濡れた兜があり、頭頂の上にのった巨大な円錐状の棘の先にはそれが武器だと声高に主張するように何のものか判別も付かない団子状になった白っぽい肉が突き刺さっていた。
 上半身には一つ一つが赤ん坊ぐらいなら楽に格納できそうな大きさの筋肉の圧迫に耐えかねてくたびれた感のコート一枚のみが素肌の上に張り付いている。そのコートは直感的に血を連想させる赤黒い の不規則なグラデーションで彩られており、見るものに不安感を与えること夥しい。
 下半身は太腿の辺りで乱暴に破られたズボンのみ。だが、そんなものがなくとも不都合などないと言わんばかりに脚全体が赤毛で守られている。
 身長百九十センチ近い修より明らかに一回り以上大きいそんな巨体の脚の下には黒曜石のような黒い肌を持つ四足獣が二匹、体をほぼ密着させながら宙を駆けていた。
 全体的な体格はほぼ馬並みのサイズという一点を無視すればドーベルマンに似ていなくもない。だが、ちろちろと炎の鼻息を噴き出す鼻と顔の両側から真っ直ぐ突き出す手槍のような角がそれをばっさりと否定している。
「こ、こ、こっちに向かってくるぞ!」
 何かトラウマの琴線に触れたのかガチガチと歯を鳴らしながら叫ぶ一郎。
「何がなんだか分からないけど…逃げよう」
 修の言葉に反論する者がいようはずもなく、一同全速力でそのラルヴァから逃げ出した。


「…ダメです。向こうのほうが早いです、先輩」
 この中では一番修羅場慣れしている宮子が走る速度を落とさぬまま後ろを見やり、比較的冷静な口調で修に告げた。黒い獣たちの上に仁王立ちになり腕組みするラルヴァの姿は明らかに先程より大きくなっている。
「そうは言っても…」
 苦虫を噛み潰したような顔になる修。残念ながらこの場には前線向きの異能者は誰一人としていない。柔道部のホープである修はそれなりに心得があるものの、異能未覚醒者の彼に獣二体とラルヴァが相手では足止めを果たせるかどうかすら怪しいものだ。
「そうだ、黒田。お前の〈ミストキャッスル〉で何とかできないのか?」
 はっと思い至った昭彦が一郎を見やり縋るような視線でそう訴えた。
 一郎の異能〈ミストキャッスル〉は不可視の防御壁を作る能力である。その威力は先の文化祭でのN組の出し物、七の難業で裏醒徒会の一員である笑乃坂導花相手に敗れこそしたもののある程度凌ぐことはできた程だ。
 皆の視線を浴びながら少しの間俯き逡巡していた一郎だったが、やがて決意したように顔を上げる。
「わかった、やってみる。ただ、わ…俺の能力は即時に使えるようなものじゃないからその間足止めを頼む」
 視線を前に戻し、一郎を除く一同はピッチを上げた。
「おい、それ酷くないか!?」
「本末…転倒…だわ」
 一郎の抗議をちさとが冷たく切って捨てた。
 議論は振り出しに戻り、一同の心に浮かぶのは唯一つ。
 女ながらにN組最強の戦闘力を誇るクラス二番の身長の巨女。どんな強い敵だろうと臆さず、いやむしろ嬉々として向かっていく好戦性。タンクトップとホットパンツの四肢も露な姿をトレードマークとする「奇人の園」の一員。
(ああ、この場に彼女が居てくれたら…)
 彼女、皆槻直がいるならばあのラルヴァを倒せる…かどうかはともかくとして協力して血路を開くことぐらいならできるはずだ。
 だが現実の彼女は遠い海上で任務中、彼らの状況を知る事が出来るわけもなく。
 現実は非情であった。
「あっ!!」
 速度を増した黒い獣たちが勢いよく一同を追い越す。そのまま「しかし まわりこまれた!」とテロップをつけたくなるほど見事なドリフトで(誤用ではない、念のため)前に出た黒い獣たちは一同の進路を塞ぐ形で停止した。。
 足を止めた一同をラルヴァがねめつける。修が緊張の面持ちで前に立ち、それを見た昭彦と宮子が左右を固める形で修の後ろについた。
 仁王立ちのまま足を動かすことなくラルヴァが黒い獣たちの背からジャンプし、重々しい音と共に着地する。
 ごくり、と思わず唾を飲み込む修。ラルヴァは黙って腕組みを解き腕を背中にやると、その巨大な体躯の裏に隠されていたずだ袋を取り出した。
 まるで小さい部屋なら丸ごと入ってしまいそうな、そう思わず感じてしまうほどの大きさのずだ袋をひっくり返し、ラルヴァはその中から大きなスーツケースほどの大きさの木箱を乱暴に地面に落した。
 首をかしげる一同に背を向け、ラルヴァは再び足を動かすことなくジャンプして黒い獣たちの背に飛び乗ると、そのまま宙を駆けて去っていく。


「…サン…タ」
 去り行くラルヴァの姿をぼーっと見送っていたちさとがそう呟きを漏らした。
 え?と遠ざかるラルヴァを見やる一同。五感にこれでもかと襲い掛かる血のイメージのせいで思いもしなかったが、そう言われてみれば赤を基調とするその姿は遠目にはある意味サンタっぽく見えなくもない。
「じゃああの獣は…真っ赤なお鼻のトナカイさん?」
「確かに赤かったけど…炎で」
 首を傾げて思考する宮子と、それを疲れた顔で補足する修。
「あんなのがサンタなんて…認めたくない!」
「認め…たくなぁい…認め…たくなぁい…」
 一郎は頭を抱え、ちさとは何が気に入ったのか妙なイントネーションで何度も何度もそう繰り返している。
「そうか、あれが魔界のサンタか」
 なぜか素直に納得した昭彦が「じゃあ待てよ」と声を張り上げた。
「あれがプレゼントだ!」
 えっ、と木箱に視線が集中する。木箱は何の反応も返さない。
 まるで地雷原を歩くかのような慎重さで木箱に歩み寄る一同。
「これが…プレゼントですか?」
 どこか疑わしげに問いかける宮子。むしろ見た目としては棺に使われる白木の箱に近い感じだ。
「状況からしてそうじゃねえかな」
 昭彦は自分に言い聞かせるように答え箱に手をかけるが、静電気を浴びたかのようにその手が小さく震え、動きが止まる。
「じゃあ…開けるぜ」
 クラスメートたちを見渡し思わず確認を取る昭彦。四人が頷くのを見、ようやく箱の蓋に手をかけそろそろと持ち上げていく。
 蓋が箱から離れ、脇に置かれる。それを見届けて五人同時に首をのばした。
「あ!」
「いぃ?」
「う…」
「ええ!?」
 その連鎖を見て取った一郎が得意げな顔で「おお」と繋げるが、最早それに注意を払う者などいない。
 箱の中にはみつしりと直がつまっていた。
 小型車のトランクほどの大きさの空間に窮屈そうに身体を折り曲げさせられて。
 濡れたダイビングスーツが張り付くその活動的な肢体は十重二十重に縛り上げられて。
 呼ぶ声にもいつもの快活な応えは返ることはなくて。
「…死ん…でる」
 ちさとの口から、言葉がこぼれだした。
――――
―――
――



――
―――
――――
「勝手に殺さないでください!」
 ちさとの突拍子のない言葉に思考停止に陥ったその場の面々だったが、最初に正気を取り戻したのは宮子だった。
 そうちさとに食って掛かりながら宮子は猿轡の奥でむーむーと唸っている直に心配げな表情で駆け寄る。
「一体全体どうしたの、ナオ!?」
「私のほうが聞きたいくらいだよ…」
 ようやく猿轡から解放された直は大きく息をついてそう答えた。
「仕事も一段落して船の上で休憩していたのだけれど、気付いたらこう縛られていて箱詰めにされていたんだ」
 豪胆で鳴らす直ではあったが流石に想定外にもほどがあるのだろう、その表情は困り果てたとしか言いようのないものである。
「そう…」
「ミヤの方こそどういうことなのか知らないのかな?」
「いやー、何となく事情は分かった気はするんだけど」
 そう一瞬目を泳がせた宮子だったが、直のほうに向き直るやがっと身を乗り出し彼女の肩を掴んだ。
「もう、そんなのどうでもいいわ。だって、ナオが無事に帰ってきてこうやって一緒にクリスマス過ごせるんだもん」
 相好を崩し安堵に顔をほころばせる宮子に直も柔らかな笑みを返す。
「そうだね。今から戻ってももう間に合わないだろうし、まだ頑張っている彼らには悪いけど私はここで早上がりとさせてもらおうかな」
 共にあれる事を喜び合うその笑顔は、確かに二人だけが成しえる小さな奇跡だった。
「うん、皆槻君も無事でよかっ…たね」
 どこか釈然としない表情でそんな二人を見下ろす残り四人。
 ラルヴァに追われているから彼女に来て欲しいと願ったのだ。あのラルヴァ――便宜上以後サンタラルヴァと呼称する――がとりあえず危険性がない存在だと分かった以上、彼女の来訪がプレゼントといわれても別に嬉しくはない。
(というか、これってこの子の一人勝ちだよね)
 幸せに浸っている宮子を眺めてみれば、思いは一つ。そこから思考が一段先に進もうとしたその刹那。
「え、何?」
 一天にわかにかき曇り、薄明の空にジャーン!ジャーン!と銅鑼の音が満ちていく。
「げえっ!惨太!」
「酷い…当て字…ね」
「…何言ってるんだ?」
 七の難業から二ヵ月も経たないうちにすっかり驚き役が板についた一郎の見事な驚愕に謎のリアクションを返すちさと。存外にいいコンビネーションであった。
 逃げても無駄だと身にしみて理解した五人と状況が良く把握できていない、というかまだ縛られていてそもそも動けない直がその場で見守る中、サンタラルヴァが前回と同じように足を伸ばしたままジャンプして一堂の前に重々しく降り立つ。
(今度は誰のだ?)
 直は彼女との邂逅を一番喜ぶ人物、つまり宮子へのプレゼントなのだろう。クリスマスプレゼント引換券五枚綴り。つまりは今回も含めて後四回、サンタラルヴァは彼らの前にやってくるのだ。
「…あれ?」
 昭彦が首をひねる。
「あいつプレゼント持ってないぜ?」
 確かに、サンタラルヴァは前回と違いずだ袋を担いではいなかった。身構えて様子を窺う一同を前に、サンタラルヴァは突然赤黒いコートに手をかけ諸肌脱ぎとなった。
「おいぃ!!私がプレゼントですーってか!誰だ、三墨か!」
「好みと…正反対…よ」
 ぶち切れる一郎にちさとは不機嫌そうに返す。その横を誰かが静かに通り過ぎサンタラルヴァに正面から相対する。
「…多分これは僕の分だ」
「修ちゃん…」
 昭彦は悲痛の面持ちで顔を伏せた。
「いくら理想の大和撫子が見つからないからってヤケになって人外に…つーか男に走るなんて」
「いいえ…男じゃ…なくて…オスだわ」
「違うよ!」
 温厚なことで知られる修であったが、やはりこのコンボは腹に据えかねたようで珍しく声を荒げて返す。
「僕はあの七の難業で自分の未熟さを思い知った。もっと強くなるために鍛えなおす必要があるって思ってたんだ。そのためなら異能やラルヴァ、他の場所では望んでも見ることのできない力とぶつかり合うのも辞さないつもりだった」
 サンタラルヴァがそんな修を誘うように両腕を挙げて構えをとった。
「あんな強そうな相手と練習できるこの幸運を逃すわけにはいかないよ」
 修はそれに小さな頷きで返し、裂帛の気合と共にサンタラルヴァに突進していく。


「…えーと…」
 半ば二人だけの世界に没入している宮子と直。熱心にサンタラルヴァと乱取りを続けている修。
 明らかに常と違う箍の外れたその姿に置いてけぼり感満点の残り三人はかける言葉もなくそれを眺めているしかなかった。
「なあ、ちさっち、黒田。…何願った?」
「まずお前のほうから言えよ」
「………………(ぽっ)」
 恐る恐るな昭彦の問いかけににべもなくはねつける一郎と顔を朱に染めて視線をそらすちさと。
「OK良く分かった。……俺たちだけでもずらかろうぜ」
「了…じゃなくて分かった」
「合…点…承知」
 昭彦の提案に二人は揃って頷き、一目散に逃走する。
 たっぷり数分は走っただろうか、運動と対極にある座禅が趣味だった一郎が真っ先に音をあげた。
「おい、もういいんじゃないのか?」
「黒田、男の癖に情けねえぜ。ちさっちだって泣き言言わずに走ってるじゃんか」
「いや、もう声を出す余裕もないだけじゃないか?」
 あまり感情表現が豊かではないため見て取りようがなかったが、運動と対極な趣味持ち(トランプ)なのはちさとも一緒だった。確かに、と思い直し昭彦は速度を緩める。
「おい、誰かいるぜ」
「そうか、何とか逃げ切れ……!」
 一郎の指す方を指差し目をすがめた昭彦の顔が驚きに歪む。

「もうしばらくしたらバイトに行こ?休みの連絡はしたけど猫の手も借りたいって店長言ってたからきっと一緒に働けるよ」
「うん、わかったよ。ところでミヤ、そろそろこの縄ほどいてほしいのだけれど…」
「それよりもナオ、このままじゃ風邪引いちゃうわ。でも服の替えなんてないから」
 と宮子はジャンパーを一旦脱ぎ、直に密着して自分もろとも直の身体を覆った。
「ほら、ね。私の体温も合わせて倍率ドンよ」
「ありがとう、ミヤ。で、ちょっと窮屈になってきたからこの縄を…」
「今ならこのマフラーもつけちゃう!」
「いや、だから…」
「あったかあったか♪」

 テンションマックスな宮子の様を前に絶望的な表情を浮かべる三人。
「どういうことなんだ長谷!?」
「…どういうこともなんも、そういうことだろ?」

――知らなかったのか…? 大魔王からは逃げられない…――

 立ちすくむ三人にどこからか威厳に満ちた声が降り注ぐ。
「と…いうか…あれ…が…大魔王…?」
 ちさとの問いに答える者は誰一人としてなかった。



          おわり




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最終更新:2009年12月27日 14:18
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