【宮城退魔帳 その三】


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 気が付けばぼくは家の境内にいた。
 そうだ、おじいじゃんに竹刀を買ってもらったのがうれしくて受け取ってからずっと素振りをしていたんだ。
 そういえば手がいたい。あまりに嬉しくてずっと竹刀を振っていたせいで手のひらが血だらけだった。
「あら、慧護さん。手をそんなにして。嗣穏さんから贈り物が嬉しかったのは分かりますが体は大切にして下さいね」
 いつのまにか、せつかさんが後ろにいた。
「だって…、ぼくは早く強くなりたいんだ」
 ぼくはせつかさんにそう答える。
「では、何故強くなりたいと思うのですか?」
 いつも優しいせつかさんのかおがちょっとだけ怖くなる。
「だって、せつかさんやお父さん達いつも急にいなくなってはボロボロになって帰ってくるじゃん。よく判らないけど多分悪いヤツラをやっつけてそうなってるんでしょ?
 なら僕が強くなればそんなことも無くなるから…」
 ぼくはせつかさんから目をそらさずにそう答える。
 せつかさんは綺麗で、優しくて、でもすぐにでも消えてしまいそうな儚さがあった。
「ありがとう、慧護さん。でも、護るのは私でなく君が心に決めた人になさい」
 そう言ってせつかさんは少し寂しそうに笑う。
「あなたのその名前の様に、慧<<かしこ>>く、想った者を護れる人になって下さいね」
 雪風さんの輪郭が霞んでゆく。俺はその姿に必死に手を伸ばそうとして…。

 目が覚めた。時計は枕元に置かれた目覚まし時計はもうすぐ午前五時を指そうとしている。
 それにしても懐かしい夢を見たものだなと思う。幼い頃、俺が剣をとる理由になった、今はもういないあの人に夢を。しかし何故、今になってあの女<<ひと>>の夢を見たのだろうか?もう何年も昔のことなのに。
 しかし今そんなことを考えても仕方がないだろう。そう思い、俺は洗面所に足を伸ばした。
 双葉学園に来て早くも二ヶ月程の時間が過ぎていた。尤もその半分以上は夏休みだったのだが、編入先のクラスにも問題なく溶け込め、長い夏休みの間に自身の異能に対しても大分慣れてきたと思う。
 そんなことを考えている間にも時計の針は進みもうすぐ五時十分を回ろうとしている。
 あまりボウとしていると時間が無くなりそうだと思いながら俺は朝の日課に取り掛かることにした。

 師走地区隣の緑地公園外周を沿うように設置された遊歩道を走る。
 距離は十キロメートル強の距離を五十分程をかけて流し、その後入念に柔軟体操をしたあと、荷物の中から鉛芯入りの木刀を取り出し、一つ一つの型を確認しながら繰り出してゆく。
 時に早く、時にゆっくりと、全身に意識を張り巡らせ理想と実際との動きをを重ね合わせてゆく。
 その後再び柔軟体操をして部屋に戻る。時刻は七時半になっていた。
 そこで隣室から凄まじい音量の目覚まし時計が鳴り響く。
 隣室の住人は相沢さんだ。初めの頃は朝が来るたびに驚いてしまったが今ではすっかり慣れてしまった。
 シャワーを浴びて汗を流し終えた頃に、幾ばくか断末魔の悲鳴と共に目覚まし時計がその任務を全うした。
「さて、今日もか」
 俺はそうつぶやきながら朝食の用意と、ギリギリの時間まで寝て過ごすであろう相沢さんのためにオニギリを握り始めた。

 俺は相沢さんと一緒に通学路を歩く。俺は彼女の分の鞄も持ちながら歩き、相沢さんはオニギリを頬張りながら歩く。
「慧護さん、毎朝ありがとうね」
 オニギリを食べ終えた相沢さんがいう。
「いや、夕飯は作ってもらってるし食材も分けてもらってるからお互い様さ」
 そしていくらかの雑談を交わしながら校舎にたどり着く。
 しかし昇降口がなにやら騒がしい。いったい何の騒ぎだろうか?
「こちら第三新聞部、号外ですー!皆さん号外でーす!」
 元気のいい女の子の声が響く。声の主は同じクラスの加藤絵梨<<かとうえり>>だった。
「ゴッモーン、エリ!朝から一体どうしたの?」
 相沢さんが加藤さんに話しかける。
「なんでオランダ語なのよ…。おはよう、ユッコ。とりあえずはこれ読んで。宮城君もどうぞ」
 そういって加藤さんから新聞を  手渡される。
 そこには大見出しで「夏の悪夢、血塗れ子猫撃破さる!」とあった。
 記事を読み進める。事件は俺達が編入する少し前からこの夏休みが終わるまでの間に児童を含む七名が犠牲になったり、少なくない数の異能者が。
 そういえば先日醍醐会が全校児童・生徒・学生に対して血塗れ子猫は醍醐会が撃破する旨のメールが送信されたのを思い出す。
 一夏の悪夢は終わった、私達の生活に平穏が戻ってきたのだ。記事はそう締められていた。
 だが、それは上辺だけだろうと思う。
 この記事にある血塗れ子猫事件にしても被害者は七名だ。年端もいかぬ、自分とそう年の違わぬ七名の男女が犠牲になったのだ。たとえ彼らを殺害したラルヴァが撃破されようとも、その友人や遺族の悲しみがそう簡単に癒えるものではないだろう。
 それに二ヶ月前に対峙したあのラルヴァ、三毛別と呼ばれるあの個体も十二年前から十人以上もの人々の人命を奪っているそうだ。そして、あの時の様子から恐らくは…。
「慧護さん、早く行かないともう予鈴鳴ってるよ?」
 そこまで考えたところで相沢さんの呼ぶ声が響く。いつのまにか立ち止まって考え込んでいたようだ。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え込んでた」
 そう返しながら上履きに履き替え、俺は教室に向かうのだった。

 この世の地獄とも思えるような長い高等部学部長の演説を耐え切り、教室に戻る。
「あの爺演説長すぎだっての。一体何人貧血で倒れさせれば気が済むんだ?」
 そう話かけてくるのはクラスメイトの渡辺高志<<わたなべ たかし>>だ。編入初日からやけに気が会いよく話をする仲になっている。
「あー、そういえば山中さんも貧血で倒れてたっけ?」
「そうなんだよ。あいつもあまり体が強くないからさー、倒れるくらいならはじめから保健室で休んでおけって言ったのに…」
 そう渡辺は愚痴る。
「彼女が心配ならお前も保健室行ってこいよ。後は簡単な出席とって解散だし代返しとくから」
「悪いな。じゃあ頼んだ」
 渡辺はそう言い、踵を返して保健室に足を向ける。
「保健室でことに及ぶなよー」
「及ぶかボケ!」
 彼女の様子を見に行く渡辺を見やってから俺は教室に戻る。丁度教室に着いたところでサイレントバイブに設定していたPDAが震える。メールの着信だ。
 まだ着慣れないブレザーの内ポケットに手を伸ばしメイルの内容を確認する。その文面はシンプルだった。
『本日十四時より喫茶オルレアにてミーティングを行う。』
 初めての実戦になりそうだった。

 そして、学園が終わり放課後、俺達は喫茶オルレアに集まっていた。
 リーダーの敦さんが説明をしている。
「今回のミッションは元々鷹津単独という、多少イレギュラーなもので本来なら俺達の出番は無かった。そこら辺の事情は鷹津、お前から直に説明してくれ」
 そう言い、鷹津さんがプリントを配る。
「皆、先ず今配った資料の一枚目を見てくれ。これは今回俺にあてがわれた目標、白梟についてのデータだ。アリスからのデータでは彼の生息する近場の田畑を荒らしている首魁だと判断されているが、どうにもそうは思えないんだ。その根拠については資料二枚目から四枚目の証言集と後ろから二番目に付けている付近の地図を見てくれ。これは近隣の村人の証言と白梟が出現したときの推定飛行ルート・各動物の動きを書き出したものだ。」「ちょっとええか?」
 そう発言するのは、二ヶ月前のあの日には居なかったチーム最後の一人、内藤<<ないとう>>綾香<<あやか>>さんだ。
「長々しい能書きはええわ。ウチはアンタのことは信用しとる。要は何をすればええんや?」
 内藤さんは資料をテーブルに半ば叩きつけるように置く。
「わかった。田中には既に話してあるからいいとして、橋本、宮城、相沢いいか?」
 鷹津さんはこちらを見ながらそう問いかける。俺達はその問いに頷いた。
「じゃあ前置きをすっ飛ばして本題に入らせてもらおう。俺がミッションに成功した場合、付近の低級ビーストラルヴァを含む動物達がスタンピード<<暴走>>を起こす可能性が高い。君達にはその場合にこの最寄の集落を防衛してもらいたい。資料一番後ろの地図を見てくれ。この緑で囲んだいるのがそれだ。見ての通り三方を山に囲まれている。君らには何かあったときにこの集落の防衛をしてもらいたんだ。」
 鷹津さんがそこまで言ったところでコーヒーを飲み、一息入れる。
「やってくれるか?」
 答えるまでも無かった。

 等身大の農村を想定された訓練場に、下級ビーストラルヴァを想定したロボットが押し寄せる。俺は自身に与えられたエリアに侵入したそれに対し、右手の木刀で攻撃や突進をいなしながら左手の麻酔銃で模擬弾を打ち込む。演習監視システムにより撃破判定を下された機体は沈黙・停止してゆき、やがて俺は目に見える範囲の全ての目標の掃討を完了する。
「こちら宮城、偽似目標三十二体制圧。現在周囲に気配なし。どうぞ」
 俺はチャットモードに設定したPDA兼学生手帳に報告する。
「えと…、こちらオペレーター相沢です。全目標の沈黙を確認しました。作戦終了…かな?」
 相沢さんからの不慣れながらも演習の終了を伝えてくる。俺はその通信を聞き、麻酔銃のセイフティをかけ木刀をしまう。しかしこの学園は知れば知るほど様々な意味で世間一般と隔絶しているなと思う。
「宮城さん、お疲れ様です。ブリーフィングルームに戻ってください。デブリーフィングを行います」
 今度は橋本さんの声が届く。俺は一言、了解と答えると演習場の出口に向かう。
「しかし、ここが地下だなんて信じられないな」
 知らず俺はそう独りごちる。本番は明後日だが、運が良ければこの演習が無意味になる。そうなって欲しいものだと思いながら俺は演習場を後にした。

 そして二日後、俺達は件の集落を訪れていた。一応村の人には多少ボカした表現を入れはしたものの、事前に説明していたために割とすんなりとすんなりと集落に入ることが出来た。
 田中さんが適当な農道の端に車を停める。
「よし、後は夕飯の時まで自由行動だ。仮眠を取るも良し周囲を探索するも良し、だ。ただ、日が出ている内に周囲の地形を確認しておいたほうがいいな。今夜は満月らしいが油断は禁物だ。それでは一時解散」
 田中さんのその一言で俺達は車を降りて各々で思いの方向に散ってゆく。時刻は午後三時過ぎ、暦の上では既に秋とは言えどもまだまだ日は高く夏の面影を強く残していた。
 そんな中、俺は山沿いの道を歩ながら集落全体を見渡と、そこには昔ながらの田園風景が広がっていた。水田は早稲であったのだろうか既に刈り取られいる。これなら作物の被害はあまり出なさそうだ。
 そうして歩いているうちに山際に鳥居があるのに気がつく。近づいて見てみると、石造りだがあまり手入れが為されていないのか地表近くには苔が生え、石段は荒れ果て境内も雑草の生えるがままになっている。これで祠の程度がいいというのは少し信じられない思いだった。
 そして、俺は気がつけば俺は生い茂る雑草を抜き始めていた。恐らく夕食の集合時間いっぱいまで使ってもこの雑草を抜き終わるのが精一杯だろうし、またすぐに戻ってしまうだろう。しかし、だからといってそのまま何もしないでおくのはあまりにも忍びなかった。
「やぁ少年、精が出るなー。頑張っとるかー?」
 そうして本来の仕事そっちのけで草抜きに没頭して暫く経った頃、後ろからそんな声が聞こえた。この関西弁は恐らく綾香さんだろう。
「ボチボチですよ。それよりその少年という呼び方はやめてください。一つしか違わないのに」
 俺はそう綾香さんに返す。
「一つ違いでも少年は少年やないか。それとも宮ちゃんとかしろっちとかミヤギとか慧<<ケイ>>ちゃん…だと恵とかぶるから駄目か。どれがいい?」
「普通に宮城や慧護でいいじゃないですか」
「んーまぁええか。ほら慧護、リーダーからの奢りや、受け取りや」
 そういい何かを投げてくる。受け取るとそれはスポーツドリンクだった。
「とりあえずそれ飲んで腰下ろして休みな」
「ありがとうございます」
 俺はその言葉を受けいれ、さっきまで草抜きをしていた石段に腰を下ろし、一気にボトルの半分を飲み干す。
「しっかしアンタも何の得にもならんのに草抜きなんてようやるわね。なんでそこまでやるん?」
 そう質問しながら綾香さんも俺の横に腰を掛け、ドリンクを飲む。
「だたなすがままになって朽ちていくのもだけなのも虚しいかなと」
 俺はそう答える。
「ふぅん、勇おじさんに聞いたとおりの人なんやね、あんた」
「聞いた?勇おじさん?」
 俺はその発言に鸚鵡返しにそう返している。勇といえば親父の名だが…。
「そうや。うちの実家はあんたの所の分社やし一応あんたとあたし、許婚なんよ?」
 俺は暫く何も言葉を返せなかった。ブンシャ?イイナズケ?言葉を認識できてもその意味を上手く抽出できない。
「もしかしてやけど、まさか知らんかった?」
 無言。ただ蝉の合唱だけが鳴り響く。
「はぁ…、なんかなぁ。あたしの一生モノの伴侶の話やのにその相手に全く話しをしてないってどういうことなんやろ…、あたしはちっさい頃から言い聞かされてたのに。もしかしてあたしは当て馬なんやろうか」
 綾香さんは頭を抱え、そう呟く。
「すみません」
 その綾香さんの様子を見て俺には謝る事しか出来ない。
「謝らんといて…、なんかみじめやから。それに何も知らんかったのなら慧護に罪は無いしな…」
 綾香さんは頭を上げあははと笑う。その笑顔はとても寂しいものだった。
「ちょっと待ってて下さい」
 そう言い俺はポケットからPDAを取り出し通話モードを音声出力をスピーカー、モードを録音に設定。親父の携帯電話を呼び出す。
 長いコール音の後、やっと親父が出る。通話状態を示すインジケイターはオレンジだ。携帯電話も普及し、電波も都市部ならば高速無線ネットーワーク回線が整備されているこの時代に親父達は一体どんな秘境にいるというのだろうか?
『もしもし、こちら宮城。どうした慧護?お前が電話をかけてくるなんて珍しい。もしかして父さんが恋しくなったか?』
 出ると同時にいきなり寝惚けたことをほざく親父に怒鳴りつけたくなる衝動を抑えながら返事をする。
「父さん、たった今綾香さんとの許婚の件を聞いたよ、本人から。一体どういうつもりなんだ?」
「あぁ、そのことか」
「そのことか、じゃあねぇだろう!何でそんな大切なことを当事者である俺に説明してないし、相手にもその事を伝えてないんだよ!」
 思わず叫ぶ。
『それなら今話そう。慧護、彼女がお前の許婚の内藤綾香さんだ。うまく付き合ってくれ。以上』
「おい、ちょっと待て」
 既に電話は切れている。もう一度かけ直すが繋がらない。電源を切ったのだろう。
「糞っ!」
 俺は毒づきながら通話モードをオフに。その瞬間着信が入る。発信者は…お袋か。
「もしもし、母さんどうした?」
『もしもし、さっきの許婚の話なんだけどね。本当は貴方が退魔師としての修行が始まってから紹介することにしてたのよ。先方は幼いころから修行を開始していたから貴方のことは知らせていたんだけどね』
「わかった。でもせめて向こうには俺がまだ知らなかった旨伝えれたじゃないか。今綾香さんかなり凹んでるよ」
『ごめんねぇ。後で私からも綾香ちゃんに連絡入れて謝っておくから。と、こっちもちょっと忙しくなりそうなんで切るわね』
「わかった」
『じゃあね』
 そこで電話が切れる。ディスプレイには通話時間の表示が出ている。
「そういうことらしいです」
 俺は振り返り綾香さんにそう告げる。しかし、綾香さんは完全にいじけていた。
「ええんや、ええんや。どうせあたしは当て馬なんや…。家はお兄ぃが継げばええんやし」
 そう呟きながら境内の雑草をすごい勢いで引き抜いては放り投げて行く。見ると殆どの雑草が引き抜かれていた。なんだかなぁ。 
「綾香さん?聞いていましたか?」
 俺は少し声を大きくして呼びかけるが反応は無い。まぁこの程度で反応するのならばさっき怒鳴ってしまったときに何かしらの反応はあるか。
「綾香さん」
 今度は肩を叩きながら呼びかけた。
「へっ?ああごめん。何やったっけ?」
 綾香さんは飛び上がるようにこちらを向き返事をする。
「安心してください。今親父達に電話しました。今からその分再生します」
 俺はそう言い先ほどの会話を再生する。
「じゃあ…、あたし、当て馬やないんやね」
「そういうことらしいです。親父達の不手際はこちらから謝りますので。すみません」
 そう言って俺は綾香さんに頭を下げる。
「へ?ああいや慧護が謝る必要あらへんがな!ホラ頭上げてや」
 綾香さんはそう言って俺の肩を掴んで頭をあげさせる。
「ほなちょっとゴタついたけどよろしゅうな」
 俺はそう言って差し出された手を握り返した。

 そして境内の清掃が一通り済んだ頃には日も大分傾いていた。赤蜻蛉の飛ぶあぜ道を綾香さんと二人歩く。
「それにしても」
 俺は気がつけば呟いていた。
「なにや?どうしたん?」
「えぇ、今更なんですが綾香さんは嫌じゃなかったんですか?」
 俺はふと思ったことを綾香さんに聞いていた。
「そうやなぁ…。私はちっさい頃から言い聞かされて育ってきたし、地元じゃ割と普通やったから嫌とかいう感覚はあまり無いかな?」
 綾香さんはそう答える。
「そうですか…」
「でもな、知り合って本当に嫌な相手なら引っ叩いてるからね。やからまんま話に聞いてたのと変わらなかったのには安心したわ…」
 綾香さんはそう微笑みながら答える。俺はどうなんだろう?このままいけばおそらく彼女と…。
「おーい、宮城、内藤!もう飯の用意できてるぞ。早く戻って来い」
 少し先から田中さんの声が響く。
「ごめん。すぐ行くわー!ほら、慧護行くで!」
 その言葉と共に腕を引っ張られ俺は思考を中断され、引っ張らないでくださいよといいながら田中さんたちの元に戻るのだった。

 夕食を食べ終え、俺達は待機に入った。女性陣はクルマの後部座席を畳みトランクにいたるまでフラットにして三人川の字になりながら仮眠を取っている。
 現在午後九時を少し回ったところ。空はきれいに晴れ渡り、東の空からは月が昇り始めている。
「宮城、お前も少し休んどけ」
 運転席でパームトップPCにレポートを纏めていた手を止めて田中さんが言う。
「いや、田中さんに悪いですよ」
 俺はそう返す。田中さんだけに寝ずの番を頼むのは少し気が引けた。
「俺のことなら気にするな。昼間に仮眠を取ってあるから大丈夫だ」
「すみません。じゃあお言葉に甘えて眠らせてもらいます」
 そして俺は目を閉じ、あっけないほど簡単に無意識の領域に落ち込んでいった。

「…きろっ!全員起きろ!」
 田中さんの声で目が覚める。なんだか懐かしい夢を見ていた気がするが思い出せない。後ろでももぞもぞと人の動く気配。
「今、鷹津から連絡が入った。準備しろ、来るぞ。橋本は本部と自衛隊に連絡してくれ」
 その言葉で空気が一変した。
 橋本さんと相沢さんは連絡と後方から全体を見渡すために車に残り、残りの俺達は迎撃するために車を降りる。
「空気が違いますね」
「ああ、嫌な感じだ」
「そうやね…」
 気配は山裾の一辺に集中している感覚。そこに獣の咆哮が木霊する。
「構えろ
 田中さんがそう言った次の瞬間、先程の山裾から動物達が一気に飛び出してきた。
「あーもう最悪や」
 綾香さんがぼやく。
「内藤、そうぼやくな。当初の予定通り俺と宮城で足止めをする。その間に術符の敷設をやってくれ。宮城、行くぞ!」
「はい!」
 俺と田中さんは先頭に向けて駆け出し、怒涛の如く打ち寄せる野生の塊に真正面からぶち当たった。
 牡鹿の角をかわし猿のひっかきを木刀で薙ぎ払う。
「宮城、一歩下がれ」
 田中さんのその言葉に反応しバックステップ。間髪いれずに田中さんが間に割り込みナックルの一撃を食らわせる。
「思ってたよりもずっと数が多いですね」
「そうだな。これじゃあ麻酔銃を打ち込む暇も無いな」
「やばいですかね?」
「やばいな」
 俺達は知らず溜息を吐いている。
『そんなお二人に素敵なニュースを二つお知らせします。良い方と悪い方、どちらからがいいですか?』
 橋本さんからテレパスが届く。
「もちろん良い方からですよね?」
 俺は動物達の攻撃をかいくぐりながら田中さんに確認する。
「もちろんだ」
 田中さんはそういいながら牡鹿の角をつかんで投げ飛ばし、巻き込まれた数匹の動物ごと戦闘不能に追い込む。
『じゃあ良い方から。現在相沢さんが学園と自衛隊の特災に連絡を取れました。二時間半で後処理の部隊が到着するそうです』
「で、悪いほうは?」と、田中さんが相槌を打つ。
『どうも二人を先に叩く魂胆のようで囲まれてます』
 橋本さんがそういっているそばから攻撃が激しくなる。
「こっちとしてはそのほうが民家への被害が抑えられそうだから歓迎だがな。内藤、そっちの調子はどうだ?」
 田中さんが綾香さんに呼びかける。こっちには既に会話に参加している余裕は無くなっていた。
『こっちにも何匹か邪魔しに来とるからもうちょっと時間かかりそうやわ。あと二箇所や』
「頼むぞ」
 そこでやりとりは途切れる。俺と田中さんは背中合わせになり必死の攻防を続けていた。
「だとさ。内藤があと二箇所、符を置き終るまで耐えろ」
「了解です」
 そしてひたすらに降りかかる火の粉を払いながら耐える。
『よし、終わったで。このまま術をかけるから気ぃつけてな』
 その言葉が届くか届かないかといったタイミングで急に骨の軋む様な重圧が降り注いだ。思わず呻き声が漏れる。周りを見渡すとさっきまで執拗な攻撃は止み、殆どの動物達は地に臥せっていた。
「相変わらずキツいなこれは…。宮城、頭を叩いて一気にケリをつける。あのしつこく動き回っているのがそうだ。終わらせるぞ」
 田中さんは僅かに動く影を追い走り出し、俺もその後に続く。それは数匹の老猿だった。
「猩猩<<しょうじょう>>か」
 田中さんは呟く。こちらも結界のせいで動きは鈍っているが向こうはそれ以上に鈍っていた。
 麻酔弾を受けた猩猩達は力なく地面に崩れ落ち、それで終わりだった。

 二時間後、自衛隊の部隊が到着する。
「こちら自衛隊特殊災害対策本部の…って田中じゃないか。元気にしてたか?」
「はい、吉村先輩こそお久しぶりです。今回は先輩の部隊が対処に?」
 高機動車から降りてきた自衛官の人と田中さんがガッチリと握手を組交わす。
「あの…、お二人は知り合いなのですか?」
 おずおずと相沢さんが二人に尋ねる。たしかにどうなのだろう?
「すまない、先ずはしっかりと挨拶を済ませておくべきだったな。私は防衛省、特殊災害対策本部所属吉村<<よしむら>>敬治<<けいじ>>一尉だ」
 自衛隊の人は綺麗な敬礼と共にそう名乗る。
「そして俺達のチームの先輩でもある」
 田中さんがそう付け加える。それにあわせて俺と相沢さんもそれぞれ自己紹介をする。
「学園を出てもう五年以上になるがね。そういえば鷹津はどうした?姿が見当たらないが」と吉村少尉
「鷹津は現在別のところで単独行動中です」と田中さん。
「あいつが単独行動とは珍しいな。今回だと狙撃手<<マークスマン>>がいなかった分つらかったろう?」
「その分は宮城<<みやしろ>>がカバーしてくれましたよ。こいつのおかげでまた俺は壁役に撤せます」
 田中さんはそう言いながら俺の肩を叩く。その感触がすこしくすぐったかった。
「しばらく会っていなかったがチームは安泰そうだな。よろしく頼むぞ」
 そして吉村さんはこちらを向き手を差し出す。
「できる限り頑張らせてもらいます」
 そういって俺は吉村さんの手を強く握り返した。
「それにしても」
 唐突に吉村さんは話を切り替える。
「綾香ちゃんも恵も相変わらずだな、胸も」
 綾香さんと橋本さんは顔を赤くして胸を抑える。
「義兄さんも相変わらずのようですね。…後で千恵<<ちえ>>姉さんにチクります。セクハラされたって」
 その言葉に吉村さんはたじろぐ。
「ごめんなさい、悪かった。頼むからそれだけは勘弁してください」
 吉村さんはあっけなく頭を下げる。
「義兄さん、もう恵理ちゃんもいるんですからそろそろそういうのはやめてくださいね」
 橋本さんは膨れながら言う。そのとき別の自衛官の方がこちらに寄ってきた。
「隊長!そろそろ…」
「わかった。悪いな、つい話し込んでしまったがそろそろ任務に戻る。元気でな」
 そういって吉村さんは部隊に戻ってゆく。
 そうして俺の初任務は終わりを告げた。

 初任務が終わり数日後、それは唐突だった。
 目が覚めると同時に寝坊した感覚に襲われて時計を見る。七時だった。何時もの起床時刻からすると完全に寝坊している。
 そして目覚ましとアラームもかけていた筈だと目覚まし時計と生徒手帳を確認すると、何者かに止められていた。
 そこで紅鮭の焼ける香ばしい匂いが鼻をかすめる。
「慧護、起きた?」
 綾香さんの声。一体何故ここに…。俺は寝起きで多少胡乱な頭のまま疑問をそのまま口に出していた。
「おば様から手紙が届いてこの間の件のと『うちの息子をよろしく頼みます』ってここの鍵が入ってやんや」
 綾香さんはブレザーの胸ポケットから鍵を取り出す。
「よろしゅうな」
 隣の部屋から目覚まし時計は破壊される音が響く。新しい日常がゆっくりと回りはじめていた。



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