【召屋正行の日常はこうして戻っていく そのさん】


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 召屋正行《めしやまさゆき》が、担任である字元数正《あざもとかずまさ》から、有葉千乃《あるはちの》とのコンビ解消の旨を伝えられてから、二日が過ぎようとしていた。
 その間、召屋はというと、大きな問題もなくつつがなく過ごしていた。
 それまで、クラスが違うにも関わらず、暇があっては何かとちょっかいを出しにきていた有葉やその(自称)フィアンセの春部里衣《はるべりい》は一度も顔を出さず、また、ここ数日の問題となっていた“意図せずに能力を発動する症状”も再発することもなく、今の彼の傍には巨乳ロリコンの悪魔っ子や暑苦しいまでのオッサン臭に咽そうな悪魔もいない。
 一部、それらを残念がっている生徒もいたようだが、ことあるごとに首を突っ込んでくる口うるさいクラス委員長の笹島輝亥羽《ささじまきいは》の小言に悩まされることもなく、召屋にとっては、心の底から謳歌すべき久方振りの平凡な日常だった。
「これよ! これこそが私の求めていた平穏さ、クラスのあるべき姿なの!! そうは思わない? 六谷《ろくたに》さん」
 ウザイ小言の発生源であり、クラスの小姑こと、笹島はちょっぴり残念な胸を張りながら、大きな声を張り上げて、嬉しそうに一人の少女と話していた。彼女は六谷彩子《ろくたにあやこ》。二年C組のクラスメイトの一人であり、一時期は色々と厄介ごとを引き起こしたクラスの問題児の一人。最近こそ、それなりに大人しくなり、クラスにも馴染んだが、それでもどんなきっかけで、いつ爆発するか分からない爆弾には違いない。
「私は、彼女が来ないだけで十分幸せー……」
 六谷は机につっぷしながら、のんびりと答える。大きな胸が机に当たって邪魔そうだ。ちなみに彼女とは春部里衣。六谷は、幼年期にトラウマでもあったのか、猫を極端に嫌うため、猫化の能力を持つ春部のことを酷く苦手としていたからだ。
「でも、これはこれで、スペクタクルというか、盛り上がり感がないわね」
 何もないことはそれはそれで寂しいのか、六谷がポツリと呟く。
「それでも、平和なことはいいことですよ」
 笹島の後ろから凡そ平均的な顔つきの影の薄そうな少女が声を掛ける。彼女は鈴木耶麻葉《すずきやまは》。このクラスの副委員長であったが、笹島の厚かましさと強引さとあくの強さのおかげで、そのポジションに付いていることを憶えている人は少ない。
「……誰だっけ?」
 六谷はぼんやりと鈴木の顔をしばらく見つめる。
「あ、あの六谷さん?」
「うーん……」
 六谷は記憶を呼び覚まそうと真剣に悩んでいる。だが、どう絞りだそうとしても、一滴の記憶も零れ落ちないようだ。どうやら、本当に彼女のことが記憶にないらしい。
「鈴木さんでしょ」
 さりげなく、横に立っていた星崎真琴《ほしざきまこと》がフォローする。
「いいんです、星崎さん。どうせ、私は地味ですから。顔も地味なら、スタイルも地味。成績だって中の中です。六谷さんや星崎さんのような巨乳でもなければ、委員長のように際立った貧乳でもない、特徴がないのが特長ですから」
「最後は聞きづてならないわね。私は貧乳じゃないっての。ちょ、ちょっと胸が小さいだけ」
 笹島は精一杯に胸を張ってみる。だが、それを見るクラスメイトたちは、鳩胸と巨乳は違うということにいい加減に気が付くべきだろうと即座に思ったのだが、それを指摘しても厄介なので、生暖かい目で見守ることに個々に決定していた。
 だが、口の減らない人間、思ったことを思わず口走る人間というのも少なからずいる。
「それって同じことじゃね?」
「全くです。その胸では、バストアップブラを付けたところで焼け石に水ですよ」
「拍手くん、そこからでも悪口は聞こえるわよ。あと、その隣のポンコツメイド、それ以上余計なことを言うとその首捻じ曲げるから」
 笹島イヤーは地獄耳。彼女たちと離れた位置でだべっていた拍手敬《かしわでたかし》と瑠杜賀羽宇《るとがはう》の陰口を聞き逃すことはない。
 まあ、なんだかんだで、くだらない口論はあるものの、実に平和な二年C組の昼休みだった。
 しかし、この平和を一番に享受しているのは、六谷でも、笹島でも、ましてや召屋でもない、窓際の席に座り、空を見ている少女、美作聖《みまさかひじり》だった。
 何故なら、彼女は大工部という一風変わった部活に所属しており、それもあって半ば強制的に春部が毎度毎度蹴り壊す扉の修繕係になっていたからだ。
「は~ぁ。お腹すいたなあ……」
 先ほど、学食で友人たちと一緒に大盛りのカレーを食べてきたこともすっかり忘れ、晴れた空にぽつりぽつりと浮かぶ雲をぼんやりと眺めていた。あのサイズの綿菓子なら、食べきるのにどれくらいかかるのだろうかと思いを巡らせながら。


 そんなまったりムードのクラスメイトを横に、召屋正行は優雅に午睡としゃれ込んでいた。というよりも、本人の意思とは関係なく眠っていた。頚椎に寄生していた化物《ラルヴア》を、研究者である尾原凛《おはらりん》に取り除いてもらって以来、絶えず睡魔に襲われ続けていたためだ。
 一方、同じく取り除いてもらった笹島にはそのような症状は見られず、あいも変わらず、無駄に元気に要らぬお節介をクラスメイトに焼いては煙たがられていた。
 彼はとにかく眠かった。食事することも億劫になるほどに眠りたかったのだ。それは三日経った今も変わることはない。
 そして、何度も何度も過去の夢を見せられ続けていた。少年時代に初めて呼び出した友達のこと、彼がその友達に何度も助けられたこと、その友達が裏切ったこと、彼が友達の魔の手から誰も助けられなかったこと。それはどれも召屋の今《・》能力の根元に関わることばかりだった。イメージだけで、生き物を具現化する稀有な能力。


 大きな手が少年の頭を優しく撫でていた。その手の主は強面の男だった。ヤクザと言ってもいいほどに眼光が鋭く、僅かな挙措にも隙がない。だが、少年と対峙している時は、どこか憎めない愛嬌が漂っていた。あの男は誰だ? そう考える。
 見覚えがあると、召屋の潜在意識が答える。だが、名前が出てこない。喉元まで出ているはずなのに、まるで鍵が掛かったかのようにその記憶の引き出しを開けることができない。
 巨大な黒い生き物が少年の傍らに座っていた。一口で少年を飲み込み、粉々にしてしまいそうなほどに大きな口と牙、軽く撫でただけで皮膚どころか骨まで砕けそうな鋭い爪と太い四肢、何者の攻撃もものともしない強靭な皮膚と威風堂々とした鬣。自分が過去出会ったことのある化物《ラルヴア》でも最強、最悪の部類だろう。
 だが、一つだけ記憶と異なっていた。その瞳だった。つややかな輝きは獣の王らしく高貴であり、知性の片鱗を覗かせるだけの何かがあった。また、見る者が引き込まれそうなほどに深いオニキスのような色合いは、隣に立つ少年を守るという強い意志と慈愛に満ち溢れたものだった。
 なるほど、これも記憶にはあると召屋は思う。だが、自分の記憶にあるアレとこの生き物は明らかに違う。なら、今見ているコレはなんだ? と困惑する。
 眼鏡をかけた青年が少年の前に立っていた。その青年は几帳面そうに、目の前で泣きじゃくり蹲っている少年をゆっくりと値踏みした後に、少年が出てきた扉を閉めようとする。少年はそれに反対し、涙と鼻水を流しながら力ずくで止めようとするが、青年は幽霊のようにそれをすり抜け扉の前に立つ。自分の背中を泣きながら殴りつける少年を気にすることもなく、躊躇せずに分厚く、重々しい扉をゆっくりと閉め、鍵を掛ける。扉の向こうから人の声が僅かに聞こえてくる。だが、青年はそれを無視し、泣きじゃくる少年の手を無理やり引いて、いずこかへと去っていく。
 この男は誰だと自問する。だが、これもまた思い出せない。召屋は記憶の一部が靄が掛かったようで、顔だけが思い出せないでいた。唯一思い出せたのは、彼の頬も僅かに濡れていたことだった。


 召屋が目を覚ましたのは午後の授業も終わりかけた時、後ろの席にいる松戸科学《まつどしながく》にせっつかれてのことだった。
「召屋。これ以上、練井《ねりい》先生を泣かすなら容赦しないよ」
「――ん、どういうことだ?」
「前を見なよ」
 そこには、教卓の前で、ハラハラと涙を零す妙齢の地理教師、練井晶子《ねりいしょうこ》二十八歳の姿があった。
「そ、そりゃあ、私は声も小さいですし、教えるのも下手かもしれません……でも、だからって、無視することはないじゃないですかぁ! 召屋くんはそんなに私のことが嫌いなんですかぁ……。それともあれですか? ウチの春部さんやカストロビッチくんがいつもC組で問題起こすから、その担任の私の授業なんて受けたくないって、そう思ってるんですか?」
「スイマセン、ホント、スイマセン。ちょっとした病気みたいなもんですから……スイマセン、スイマセン……」
 クラス委員の責任感からか、笹島が何度も何度も猛烈な勢いで頭を下げている。
 召屋はぼーっとした頭をなんとか覚醒させながら、目の前でさめざめと泣いている女教師をどうにかしようと、とりあえず、謝ることにする。
「あー、あのえーと……。すいません。別にそういうことで寝てたわけじゃなくてですね。眠かったというか、寝ていたというか……」
「あーっ!! やっぱりそうなんですね。私の授業は眠るくらいにつまらないんですね! そりゃね、先生はダメな先生ですよ。女性としても、この歳で彼氏の一人もいない甲斐性なしですよ。この前だって、親戚のおばさんから写真が送られてきたですけどね。ねえ、皆さん聞いてくれます? それがね、酷いんですよ――――」
(また始った……)
 何かのスイッチが入ったのか、練井は授業をほったらかして、聞く者の精神を極限まで削り取る憂鬱な身の上話を喋り始めていた。こうなるとチャイムが鳴るまでは止むことはない。クラス全員が悪鬼のような鋭い眼光で召屋を睨み付けている。その全てが、確実に人を殺めることも厭わない、殺人者の目だった。召屋にとって幸いなのは、練井の話を聞いた後は、その憂鬱さのあまり、クラスの誰もがそんな気力も残っていなかったということだった。


「あぁ、酷い目にあった」
 ぐったりした表情で、召屋が呟く。
「あれさえなければいい先生なのにねえ」
 その後ろに座る松戸もいつも以上に顔色が優れない。それどころか、クラス全員が席から離れられずにいた。それほどまでに彼女の話は精神的ダメージが大きかったのだ。
 あれは一種の異能なのかもしれないと召屋は思う。
「そうそう、特殊警棒のメンテナンスだけどね、もう少しかかりそうだよ」
 松戸が残った気力を絞って召屋に声を掛ける。
「ん? ああ、暫くは必要ないだろうし、別にいつでもいい……」
 一瞬、召屋は有葉の顔を思い出す。だが、その顔が浮かぶと同時に、腕を枕にしてまた眠り始めてしまう。再び目覚めたのは、全ての授業が終わり、空が茜色に染まった頃合いだった。
 召屋は気だるそうに立ち上がると、一人残された教室を後にする。行く場所は決まっていた。


「あのー、もうすぐ閉館なんですけど」
 書籍の貸し出し窓口に座っていた図書委員が露骨に嫌そうな顔をしている。それはそうだ、あと十分で閉館なのに、資料検索用のパソコンを使わせろと言う男が目の前にいるからだ。しかも、彼女にはこの後、彼とのデートの約束があり、それどころではないのである。
「すぐに終わるから頼む。この通り」
 召屋は精一杯、頭を下げる。だが、無駄に高い身長もあって、下げていても座っている彼女からすれば、頭の位置は遥か上。そのため、図書委員の彼女からその冴えない顔は丸見えだったが、そこにはいつに無く真剣な表情が浮かんでいた。
「じゃあ、十分だけですよ……。ほっっっんとに十分だけですからね!」
 憮然とした表情で、少女は嬉々としてパソコンに向かう男を睨み付けていた。召屋はその視線をかわしつつ、先ほど図書委員の彼女が落としたばかりのパソコンの電源を再度入れる。
 そして、召屋はOSが立ち上がると同時に、自分と有葉に関連する資料を検索し、リストアップされた資料リストを斜め読みする。
(重要なのは、最新の事件だ)
 その項目をクリックし表示させると、ある人物名を打ち込みページ検索をかける。
 しかし、検索結果はゼロ。
「やっぱり……」
 召屋は自分が書いたレポートを見直しながら、自分の推測、いや、記憶が正しかったことを確信した。
(俺は委員長が“あの戦闘”に参加していることをレポートに一切記載してない。なら、なんであの人は委員長が寄生されている可能性があると思った? 彼女か彼女の関係者が俺たちを観察していたのか。でもそれに意味はあるのか? 俺たちを観察して利することがどこにある? あいつはともかく、俺は中途半端で役立たずの能力者。醒徒会を始めとした、学園で名が知られている人たちとは比べ物にならないほどに意味が無い。それ以前に俺たちを観察するなら、それなりの協力者が必要じゃないか……)
 召屋の中に黒々とした疑念が沸き起こる。何かが歪んでいると深層心理が叫んでいる。ただ、何がおかしいのか、何が問題なのかが見えてこないのだ。いや、思いたくないというのが大きい。
 腐っても、彼は自分の担任であり、双葉学園の教職者だったからだ。元々胡散臭いとは思ってはいたが、そこまで落ちてはいないと召屋自身は信じていた。その理由は分からない。ただ、彼はそう思いたかったのだ。
「あの~…… もういいですか? かなり時間をオーバーしてるんですけど」
 後ろから声を掛けられ、召屋は思わずびくりとする。
「ああ、データを落とすから、それだけ待っててくれないか?」
「むーっ!! い、いですよ。でも、すぐに終わらせてくださいね」
 召屋は必要なデータをUSBメモリに落とすと、頬を膨らませ、怒り心頭の図書委員の視線を背中に受けながら、図書館を後にする。
「いいですか? 今度来るときには、ちゃんと時間前に来てくださいね~っ」
 デートの時間を大幅に遅らされた図書委員は、その原因である廊下の先を歩く召屋の後頭部に刺さるように、キツイ声で叫ぶことにした。


「おい」
 寮へ帰ると、自室の前でイワン・カストロビッチが腕を組んで待っていた。それを珍しいと召屋は思う。何故なら、彼は自分の都合も考えず、ずかずかと部屋に侵入しているような男だったからだ。そのため、自分を待つなら部屋の中にいるはずだ。ただ、今日に関してはそうではなく、部屋の前で待っている。これは珍しいことだった。
 廊下に立つ彼は、相変わらずロシア系らしい白い肌と端整な顔立ちで、男の召屋さえも美しいと思わせるものだった。流れるような長い金髪もその美しさを際立たせている。
 これで、真っ当な性格ならモテるだろうに……。そう召屋はしみじみと思う。彼は何故か、女性だけでなく、召屋にも興《・》味《・》を抱いていた。実に面倒なことであったが、そうであっても、召屋の貞操はギリギリのラインで守られており、彼なりのボーダーラインがよくは分からないがあるのではとも思っていた。
 ただ、その線引きは、未だに召屋には理解できないでいたが。
「珍しいなどうした?」
「これは今《・》のお前に関係のないことかもしれないし、あいつからしてみれば大きなお世話、というより、これを言ったら俺は確実に殴られるだろうなあ」
 やれやれといった風にイワンは首を振る。
「なんだよ、もったいぶるな」
「千乃ちゃんが昨日から学校にきてない」
「どーせ季節外れの風邪でもひいたんだろ」
「そんなワケねーだろ。千乃ちゃんは保険医も認める健康馬鹿だぞ!? なにより春部《あいつ》が授業も出ずに今も島中を探してるんだ」
 一瞬、召屋の身体がピクリとする。だが……。
「有葉《あいつ》とはもう関係ないからな。お前にはまだ言ってなかったけどな、俺は字元に言われたんだよ、有葉《あいつ》のコンビは解消って」
「ちょっと待てよ……」
 イワンは召屋の胸倉を掴み、そのまま壁に叩き付ける。
「おい、何言ってんだ?」
 召屋の首元がギリギリと絞まっていく。
「だから、あいつと俺は関係ないんだよ」
 イワンはその言葉に、拳を握り締め召屋の顔から数ミリずれた壁を殴りつける。普通なら血が出るほどのものだったが、何故かその左拳に一切の傷はない。
「おい?」
「―――そうか」
 彼はそれだけ言うと、ドアノブを回し、淡々と自室へと入っていく。
「おい、それだけかよっ! ってんめえ、召屋!! 何とか言えよっ!」
 いつもなら問答無用で室内に侵入するイワンだったが、この日だけは何故か入ってくることは無く、廊下で、召屋を罵倒し、戸を蹴り叩くだけだった。
 一方、召屋は先ほど図書館でダウンロードしたデータを、自室にあるノートパソコンに落とし、それを細部まで読み直す。イワンの声は一切耳に入らない。それよりも大事なことがここに詰まっているのだ。きっと、全ての鍵が秘められているに違いない。
 そう思いながら、部屋の電気も灯けずに黙々とパソコンの前でマウスを操作する。これまでの眠気は嘘のように感じられず、頭脳は驚くほどに冴え渡っていた。そして、ただ、全ての情報を知りたいという欲求で、彼はパソコンに向かっていた。



寄生型ラルヴァについての報告
【名称】   寄生線虫 (パラサイトワーム)
【カテゴリー】ビースト
【ランク】  中級B-4(群体時)
【生態】
 人間を始めとする哺乳類、鳥類などの地球上に存在する脊椎動物に寄生する寄生型ラルヴァ。主に頚椎に寄生し、そこから宿主の思考を読み取り、その欲望や感情を糧とし、意図的に欲望を歪ませ反社会的行動を促す。ただし、その一方で寄生体らしく共生している側面も見られ、宿主の能力を増幅するという事例も見られる。
 また、宿主に都合の悪い記憶は改ざん、もしくは抹消されることがあり、多くは寄生されていることに気付くことはなく、操られることになる。
 単細胞生物のように分離増殖を繰り返し、最終的にはその宿主全体を覆うほどにまで成長し、その場合は完全にラルヴァに思考が制御されることになる。これは、子猫を宿主とした実験にて確認済みである(※別紙1参照)。
 興味深いのは、その宿主を完全なコントロール化においた群体は、統一した意識を持つようになり、犬歯や切歯、補助脚、触手、エナメル質の表皮など、個々が総体として別々の役割を果たすようになることである。
 不定形で状況に応じて変化するという意味では当てはまらないが、まるでそれはカツオノエボシに代表されるクダクラゲ目そのものである。
 初期症状は宿主の能力によって、大きく異なり、特に精神系能力者には健常時には起こりえない、感情の昂ぶりや不安定さが確認されている。それは僅かなものであり、初期段階で寄生を判断するのは難しいと言えるだろう。
 その攻撃性、人類への脅威は宿主の負の感情や能力によって大きく異なるが、初期段階では危険性はあまりない。
 一方、群体となった場合は幾何級数的に拡大したその増殖速度と統一された動きにより、中級ラルヴァのBに該当する。危険度に関しては宿主の能力によって大きく左右され、強大な力を持つ能力者に寄生した場合は、B-4にまで危険度が増す可能性が高い。

追記:同属であるラルヴァに寄生することがないことを多くの実験と学園生徒召屋正行の能力によって確認。結果、群体を宿主の制御下に置くことが出来れば、ラルヴァへの有効な武器となることが予測される。制御装置の開発、もしくは能力者の適合調整が早急に望まれる。

報告者:尾原凛《おはらりん》



 召屋が授業も忘れ、自室のパソコンに向かいあっていた、そんな昼休み。のんびり、まったりな二年C組の空気に水を差すような人物が強制的に現れた。
 春部里衣である。その姿を見て、思わず六谷はビクッとする。
 ただ、いつものように豪快に扉をぶち壊すような勢いは無かった。
 何故なら、彼女はイワン・カストロビッチに襟元を掴まれ引き摺られていたからだ。
「だから、なにすんのよっ? 私には大事な用があるの? いい加減しないと殴るわよ?」
「ほい」
 イワンは、笹島や六谷、瑠杜賀がだべっていたグループの前にその猫娘を放り出す。
「ちょっと、カストロビッチ君? なんだって無理矢理二年C組に厄介ごとを持ち込むのかしら?」
 厄介ごとの原因である二人を確認し、笹島のこめかみに血管がうっすらと浮かぶ。
「いやー、ちょっと皆さんに相談があるんですよー!」
 真剣に対応するのが嫌になりそうなほどに実に能天気で薄っぺらな口調でそう言うと、春部の頭をポンポンと軽く叩く。
「こちらの女性が、是非皆さんに協力して頂きたいと言ってまして」
「そ、そんなこと言ってないでしょ!! それより、私は千乃の行方を探す必要が……」
 笹島イヤーは地獄耳。笹島ハートはお節介。
「ど・う・い・う・こ・と・か・し・ら?」
 笹島の目が輝き、春部の目を見つめる。その純粋で狂気じみた瞳の輝きに春部思わず目を逸らしてしまう。
「ど、どうでもいいでしょ? アンタになんか関係ないことよっ!!」
「これが噂のツンデレってものですか? 笹島様」
 笹島の傍にいたメイド服姿の少女、瑠杜賀が呟く。人でもなく、化物《ラルヴア》でもない、能力によって作られた自動人形《オートマトン》。そのためか、異常なまでに常識が欠如していた。
「違うわよ、瑠杜賀さん。これはツンデレではなくて、ただの馬鹿よ」
 星崎が適切なフォローをする。
「で、春部さん? 何があったの? あと、カストロビッチくん、どうして私《・》のクラスに厄介ごとを持ち込むのかしら。自分のクラスで解決すればいいでしょ?」
「こいつが負けず嫌いだからだよ」
 はき捨てるようにイワンが答える。
「どういうこと?」
 笹島はイワンの言葉の意味が分からず、顔をしかめる。
「ハハッ、簡単、簡単。こいつはクラスメイトに借りを作りたくねーんだな、これが」
 その言葉に反応し、春部はイワンを思いっきり殴りつける。だが、イワンは吹き飛ぶこともなく、それどころか鼻血一滴も出さすに何事もなかったように話を続ける。
「元々が、この猫女はプライド高いからな。クラスメイトに頭を下げるなんてことは清純《せいじゅん》委員長以外に出来ねえんだよ。少なからず、良い印象を持っていない女子も多いしな。そういった奴らに弱みなんて見せたくないんだよ」
「………」
 真っ赤な顔をして押し黙り、誰とも目を合わせずに下を向き、女の子座りをしている春部がそこにいた。それを見て、笹島は微妙にズレたシンパシーを感じる。彼女自身も行動や言動が空回りし、委員長であるものの、疎まれがちな存在だったからだ。
「分かったわ、現時点を持って、二年C組は春部里衣に協力します!」
『えぇぇぇぇぇっ?』
「文句があるなら、今すぐこのクラスを出て行きなさいっっ!!」
 笹島の怒号がクラスに鳴り響く。だが、それに反応して蜘蛛の子散らすように生徒たちが廊下へと逃げていった。
 そして……。
 クラス内に残ったC組の面子は、笹島輝亥羽、瑠杜賀羽宇、拍手敬、美作聖、星崎真琴、鈴木耶麻葉の六人だけだった。
「さあ、有葉さん捜索作戦を計画するわよ!!」
「それは実にめんどくさいですね、笹島様」
「え? 何? 俺、さっきまで寝てたんだけど、なんで誰もいないの?」
「ねえ、春部さん、明日のご飯奢ってくれるかなあ? それなら手伝うよ」
「これはこれで面白そうね」
「皆さん、いいですか委員長の言うことは絶対ですよ!」
 どいつもこいつも残った人間はロクでもねえなあと、普通に凹む春部里衣とイワン・カストロビッチだった。


 ということで、本日の昼休みをもって、二年C組内で非公式ながらも“有葉千乃捜索本部”が設立されることになった。
 ただし、設立したのはいいものの、一番の問題は、有葉が何処にいるのか誰も分からないということだった。
「やっぱり、島中を隈なく探すしかないかしら……」
 お馬鹿の大将、いきなりの難関である。
「彼女が立ち寄りそうなところをしらみつぶしにというのはどうですか?」
 鈴木が笹島にアドバイスするも、間髪いれず、それを春部が即座に否定する。
「この二日間でもう探しつくしたわよ」
「それでは春部様、どうでしょう? 私、こういうものを作りましたのですが?」
 いつの間にか瑠杜賀は“この子を探してます!!”という文字と一緒に有葉の顔写真が印刷されていたビラの束を持っていた。もちろん、刷毛とノリの入った缶も忘れていない。
「これを皆さんで島中の電柱に貼ってですね……」
「私《・》の千乃は迷い猫じゃないっっ!!」
 軽快な金属音を響かせながら、瑠杜賀が気持ちよいほどの勢いで吹き飛んでいく。
「まあ、タチとネコで言えば、猫は春部さんだものね」
「おい、そこの高慢女! それ以上言うとその無駄口を切り裂くわよ」
「春部さん、星崎さんは委員長の号令に残った数少ない戦力なので撫でる程度にして下さいね?」
「いやー、思った以上に混沌としてきたなー。ハハハッ」
「なあ、イワン。さっきから何話してんだ。寝てた俺にはさっぱりなんだが……」
「空気読もうよ、拍手くん。それより、お腹すいたんだけど」
「お前、学食で散々食っただろ?」
「はぁ、酷い目に逢いました……。どうしてそう春部様も《・》粗忽なのでしょう。それにしても歩きにくいですねえ」
「瑠杜賀さん、それはね、首が真後ろを向いてるからよ」
「有難うございます星崎様。それでは――」
 嫌な音を響かせながら百八十度回ってしまった首を自力で戻そうとする。
 ベキ。
 拍手の目の前にサッカーボールのようなものが放り出され、彼は思わずそれを受け取ってしまう。
「ん? これって何、うわっ!!」
 その気味悪さに拍手はそれを放り投げる。それを受け取った美作も向かいに立っていた春部にパスを出す。瑠杜賀の頭を使った不気味なキャッチボールが始っていた。
「ああっもう! これじゃ、話が進まないでしょっ!!」
 笹島が怒りに任せて、拳を黄金色に染めながら机を正拳づきでぶち壊した瞬間、教室の後ろの扉が開き、誰かが入ってくる。
「いやー、調べ物をしててすっかり遅くなっちゃったよ。召屋ー、彼女の行方だけどね、やっぱりというか、案の定というか、あそこにいるらしいよ。あれ? なんでこんなに人が少な……」
 その恐ろしく緊張感のない声の主は松戸だった。
「よぉしゃぁぁっ!、その話、詳しく聞こうじゃない」
 瞬きするのさえも面倒と思えるほどの僅かな時間で、春部は一瞬にして松戸の目の前に立つと、彼のネクタイを握り、有無を言わせずこのクラスに残って議論していた全員の前に引きずっていく。
「さあ、松戸くん。貴方の知っていることを全部話して貰うわよ。ふふふふふ……」
 笹島委員長以下、舌なめずりで、松戸のことを見つめていた。
(こりゃぁ、もしかすると、死ぬかもしれないなあ……)
 そんな切実なことを思う松戸だった。


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