【祭りの後の反省会、一日目夜の事】


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【祭りの後の反省会、一日目夜の事】



 窓から覗く空はすでに赤みがかったものから濃い藍へと変化しつつあった。
 普段は机が並ぶ教室も、ここ数日だけは別の空間へとその姿を変えていた。
 レースのカーテンが窓を彩り、座布団サイズの取り外しが効く赤いカーペットが木目の床を覆っている。
 今は隅の方へと集められている丸テーブル達の上には4脚ずつ椅子が逆さまに乗せられていた。
 日中は外に出して客引きを任せられている看板も壊さないようにと教室内に横にして寝かせられている。
 カチカチと静かな教室の中に音を響かせる時計が示すのは午後5時半過ぎ。
 まだ外では賑やかな声が聞こえるとはいえ、初日の営業時間が終わってしばらくが経とうとしていた。

 そんな電気も付けられていない教室の中に立つ複数の影。
 そしてそれらに取り囲まれるようにして縮こまる二つの影。

 ふいに、囲いの中の一つがお品書きやら可愛くデフォルメされたメイドの落書きが書かれた黒板を激しく叩いた。
 静寂が破られ、縮こまっていた影がさらに身を小さくする。
「それでは、一日目反省会を行います」
 ただ一人だけフォーマルなメイド服に身を包み、数時間前までは客に笑顔を振りまいていた2-C委員長こと笹島輝亥羽<<ささじまきいは>>が笑顔で小さく告げた。
 周りに立つカスタムされたメイド服の少女達がそれに答えるように頷く。
 その外をさらに囲むように立っているのはメイド服を着た少年達だが、何故か出来るだけ目を引かないようにと身動き一つしなかった――何故か?
「被告人前へ」
「「これ、反省会じゃなくて審問会じゃねぇの!?」」
 縮こまった二つの影、カーペットの上に正座でご丁寧に縄で縛られた二人。
 召屋正行<<めしやまさゆき>>と拍手敬<<かしわでたかし>>の叫びが祭りの騒ぎに混じって消えた。



 祭りの後の反省会、一日目夜の事



 その日、委員長こと笹島は普段とは違い上機嫌だった。
 前日の夜にクラスメートの星崎真琴<<ほしざきまこと>>が画策した事により、溜め込んでいた何かが少し開放されたからだ。
 当初はどうなることかと思われたメイド喫茶も思っていたよりも繁盛し、2-Cのメンバーは嬉しい悲鳴をあげた。
 午後5時になり初日の営業時間が終わる頃には皆が心地よい疲労に包まれながらも残り二日を頑張ろうと声をかけあっていた。
 その時だった。
 前触れも無く、勢い良く教室の扉が開かれた。
 そして響き渡る声。
「勝ったわよ!」
 言葉どおりに勝ち誇った笑顔を見せ、僅かに乱れた白装束から抜群の脚線美を覗かせながら春部里衣<<はるべりい>>が見事な仁王立ちを決めていた。
 あまりに突然なことに片付けに勤しんでいた2-C面々の動きが止まる。
「春ちゃん早いよー」
「あぁん、ごめんね千乃」
 仁王立ちの横からひょっこりと着物姿の少女が顔を出す。
 いや、外見はどうみても少女なのだが医学上れっきとした男性の有葉千乃<<あるはちの>>だ。
「何しに来たのよ、あんたたち。まぁ今日くらいはお祭なんだし細かいことは言わないけどね」
 何時もは真っ先に食って掛かる筈の笹島が珍しいことに闖入者二人を眺めただけで済ます。
「勝ったって何に勝ったんだ?」
「これよ、これ」
 代わりに声をかけた召屋に春部が突きつけたのは一枚の紙切れ。
 よくあるA4サイズのコピー用紙には『速報:第一日目集計結果』と印刷されていた。
「……なんだこれ?」 
「見て分かるでしょ、新聞部発行の今日の売り上げ速報よ」
 確かに紙面の隅には『双葉学園第一新聞部』の印が押されている。
 良く見てみると今日の集客数や売り上げ額のおおよその数値が記載されていた。
 その中には当然のことながら2-Cの『メイド喫茶』と春部と有葉が所属している2-Hが主催する『お化け屋敷風の喫茶店』も入っている。
「あー、本当だ負けてる……って僅差もいい所だろこれ」
 受け取った紙をペラペラと波立たせながら召屋が言う。
 その通りで、両クラスの順位は客2,3人で入れ替わるほどの差しかなかった。
「そうよ、でも僅差でも勝ちは勝ちよ!」
「めっしーのクラスに勝ったよ!」
 仲良く二人してこちらにVサインを送る二人。
「それを言う為だけにわざわざうちのクラスに来たのかよ」
「そうよ? まぁ、素晴らしく可愛い天使の様な千乃がいるんだから? こーんな変な格好の集団に負けるだなんて思って無かったわよ? むしろ、僅差であることが恥ずかしいくらいだわ」
 うんざりとした表情の召屋を前に、春部が腕を組み見下すような視線を向ける。
 何時の間にやら教室内に入って内装を興味深そうに眺める有葉とその周りで作業を進める2-Cメンバー。
 普段から女装をしていてなおかつ似合う有葉に比べると、言われたとおり女子はともかく男子の姿は「変な格好」と言われても反論できるようなものでは無かった。



 言いたい事だけ言い切って満足した春部が帰ると、その後の2-Cメンバーの動きは早かった。
 笑顔のまま額に青筋を浮かべた笹島が無言のまま指示を送る。
 まるで前もって打ち合わせたかのように同じく笑顔のまま青筋を浮かべた2-C女子メンバーが部屋の電気を切り、ドアに鍵をかけた。
 そのままの動きで召屋と拍手の両名を有無を言わせぬ威圧感を持って教室の中央へと移動させ、縄で縛り付けて強制的に正座させたのが冒頭というわけだ。
 暗かった部屋に、今は薄ぼんやりと蝋燭の灯だけが赤く光を放っていた。
「えーっと、何で俺達縛られてるんでしょう……?」
 恐る恐る拍手が尋ねる。
 薄暗い部屋で自分達の周りに立つ少女達の目には蝋燭から放たれる光が反射して、それだけが光って見えた。
 はっきり言って恐ろしく不気味である。
「拍手くん、あなた今日の1時過ぎに何やったか言ってみて?」
 依然、笑顔のままで笹島が言う。
 蝋燭が灯った燭台を手に持ったままなので顔の下半分だけが照らされて、物凄い怖さを放っている。
 それは有葉がこの場に居れば間違いなく危険を感じた春部が食って掛かるほどだ。
「いや、俺達なんで縛らr」
「言ってみて?」
「いやあの」
「言ってみて?」
 拍手の頬に汗が一滴、たらりと流れた。
「……女子大生っぽい人にバストサイズ聞いた」
「うんうん、そしたらどうなったかな?」
「どうって、怒って帰っちまったな」
 しょうがない、それほどまでに見事な乳だったのだ。
 おっぱい星人を自負する拍手を誰が止めることが出来ようか。
「星崎さん」
「ええ、他者転移」
「なんでぇー!?」
 囲いの一人、テレポーターの星崎真琴<<ほしざきまこと>>が手を振ると叫び声とメイド服を残して拍手の姿が消える。
 直後に遠くで何かが水に落ちる音が聞こえた気がした。
 耳を傾けても祭りの騒ぎ声しか聞こえないのできっと幻聴だったのだろう。
「さて、召屋くんは何で正座させられてるか分かる?」
 笹島がまるで上級ラルヴァのような威圧感を纏いながら、弓なりになった目を召屋に向ける。
 暑くも無いというのに汗をだらだらと流しながら召屋の頭の中で今日一日のドタバタが高速再生されていく。
 あいも変わらず変人奇人が引っ切り無しに現れては厄介ごとを起こしていたが、どう思い出しても召屋自身に過失は無かった。
「いや、とんと思いつかないんだが」
「本当に?」
「……本当だ、俺は何もしてないぞ。 というか、あのおっぱい馬鹿と違って俺は基本的に変態の被害にあう側だろ」
 今日どころか、過去に巻き込まれた厄介ごとまで思い出す――召屋は少しだけ死にたくなった。
「なぁ、何で俺縛られてるんだ?」
 沈みきって暗い顔をした召屋が笹島を見る。
「……」
 次いで拍手をどこかにテレポートさせた星崎を見る。
「……」
 周りに立ち、取り囲むクラスメートの顔を見る。
「……」
 最後にもう一度笹島の顔を見る。
 さっきまでとは違い、微妙に口元がひくついている気がした。
 そして頬を流れる汗。
「あー、もしかして拍手を縛るついでで俺も縛ったとかないよな?」
「星崎さんっ!」
「他者転移!」
「お前らなぁっ!」
 パサリと主を失ったメイド服が赤いカーペットの上に静かに落ちた。



「はい、それでは反省会を始めたいと思います」
 椅子やテーブル、床などに好きなように座ったクラスメイトを眺めながら笹島が言う。
 その背後、黒板のさっきまで文字や絵が一部消されたスペースには大きく『打倒2-H』と書かれていた。
「「その前に俺達に言うことあるよな!?」」
 さすがに鍛えられているとはいえ11月に行水は寒かったのだろう。
 バスタオルを被りながらガタガタと震える男が二人。
「「「いや、拍手は自業自得だろ」」」
 その時、普段はバラバラ好き勝手やっているクラスが珍しく一つになった。
「酷いなおい、泣くぞ俺! って危ねぇ!」
 叫んだ拍手目掛けて竹刀が振り下ろされた。
 一片の躊躇もなく、全力で頭部へと向かったそれを拍手が何とか回避する。
「酷くない! あの集計結果見るにあんたが客怒らせなかったら逆転してたかもしれないのよ? やっぱりこんな馬鹿男前もって始末しておけば、あの猫女に自慢げな顔なんてされなかったものを……」
 赤いカーペットに当たり鈍い音を立てた竹刀を手にした少女が肩を震わせながら言う。
 震えている原因は泣いているのではなく、怒りによるものだ。
「いやあの、始末って……」
「何? また面打ち欲しいって?」
「スンマセン六谷さんマジで勘弁してください」
 竹刀を持ったままの六谷彩子<<ろくたにあやこ>>に若干血走った目で睨み付けられた拍手が召屋の背後に隠れこむ。
「こら拍手、俺を巻き込むな!」
「あ、くっそ召屋てめぇ裏切りやがって!」
「人聞きの悪いこと言うな、何度も言うが自業自得だろ」
 あっさりと召屋に捕まり六谷の前に差し出される。
 それを取り囲むのは笹島、星崎、六谷の三名。
 それぞれが自分がトップであろうとして邪魔されることを心底嫌がるメンバーだ。
 当然のように、今回の春部の行動に腹を立てその原因が拍手と分かっている。
 殴り飛ばされるか、また11月の冷たい水に沈むか、それとも竹刀を顔面に叩き込まれるか。
 後に拍手が「本気で死を覚悟した」と語るほどの恐怖、威圧感をもった包囲網だった。
 だが、何処にも救う神はいるようだ。
「まぁまぁ、今日はもう終わっちゃったんだから明日の事を考えようよ」
 そう言いながら割って入る少女。大工部書記の美作聖<<みまさかひじり>>だ。
「考えるって言っても、今日はお客さんの入り悪く無かったのに何を考えるのよ。 このおっぱい馬鹿をどっかに縛り付けるとか?」
 六谷が両手を上げて白旗状態の拍手を竹刀で小突く。
「それも悪くないけど、拍手くん料理上手だしまったく使わないのも勿体無いんじゃないかな。 外に出さなければ良いんだからキッチンで飼いこrコホンッ……休みなしで働いてもらえば良いんじゃない?」
 救ったのは神ではなくて悪魔だったようだ。
 良く見れば美作の額にも薄っすらと青筋が浮かんでいる。
「何気にキツイわね、美作さん。でも良いアイデアよ」
 何か反論したげな拍手を目で黙らせながら笹島が頷いた。
 羞恥プレイに近い男性陣が拍手一人だけがキッチンに篭れることにブーイングを放つが、そこは元より女性優位な2-C。
 六谷&星崎のツンコンビに睨まれるとあっさりと口を閉ざした。
「しかし、僅差だったのは間違いないのですから何かテコ入れをするべきではないでしょうか? やはり皆様にはメイドのなんたるかをみっちりと48時間ほどかけて不眠不休でお伝えする必要が」
「ポンコツメイドは黙ってなさい。それに、48時間もかけたら文化祭が終わっちゃうでしょ!」
 手を上げたポンコツメイドこと瑠杜賀羽宇<<るとがはう>>の発言を笹島がばっさりと切り捨てる。
「では、笹島様は他に何か案があるのですか?」
「何かって急に言われても困るわね、皆は何か案ある?」
「……」
「……」
 笹島が皆の顔を順に眺めていくが、ほぼ全員が難しい顔をしていた。
 準備期間が短かったとはいえ完成度はそれなりに高いと自負できていたのだ。
 仕入れも済ませてしまっている以上真新しいメニューを作るのも難しい。
「はいはーい! だからおっぱいだってば! このクラス巨乳が少なあいたぁっ!?」
「あんたはもう死ねっ!」
 激昂しながら六谷が拍手の頭を竹刀で打ち据えていく。
 手加減何それ? というくらいの威力だが、拍手はその辺のを拾ったのか上手く盆で防御する。
「六谷さん気持ちは分かるけど進まないのでとりあえず我慢して」
 クラス中に数度竹刀の当たる良い音が響いた時点でようやく笹島が静止をよびかけた。
「チッ」
 拍手と竹刀とを見やり、舌打ちを一つうつ六谷。
「ふいぃー、助かった」
「俺は時々お前がどうしようもないくらいのマゾじゃないかと思うんだが」
 良い笑顔を見せて汗を拭う拍手を召屋が若干引き気味にジト目で見る。
「おいおい、俺は自分に正直なだけだぞ」
「正直なのは良いが時と場合を考えろって、あと俺を巻き込むな」
 心外だとでも言いたそうな拍手を見て頭が痛くなってきたのか召屋がこめかみを押さえてうな垂れた。



「うーん、でも拍手くんの言うとおりじゃないけど胸の大きい子が客を集めるのは事実か……」
 確かに、と口元に手を当てながら笹島は考える。
 ほとんどの女子は、むしろ紅茶とお菓子類、あとはカスタムされたメイド服を見るのがほとんどではあった。
 しかし今日の客を思い返すと結構な数の男性客は星崎と六谷の二人に視線が行っていた気がした。
 例外として女子の胸ばかり見る女子や、紅茶とスイーツに夢中な男子もいたが。
「だからってどうするの委員長?」
「私は男に見られたくなんて無いわよ!」
 当の2-Cが誇る巨乳二人が揃って腕を組みながら笹島に声をかける。
 ご丁寧に胸の下で組むものだからまるで自慢でもしているかのように見えて一瞬笹島のこめかみに血管が浮かんだ。
 何時もはすぐにキレる笹島であったが、今回はなんとか堪え何か良い案は無いかと思案し、
「あ、そうだ。召屋くん、メイド服の似合う巨乳の子呼んでよ」
 そういえばクラスの中に丁度便利そうな能力を持っていたのを思い出した。
「いや、無理無理。俺が呼べるのって知能低めの動物とかだって前にも説明しただろ?」
「そうだっけ? 役に立たないわね……まぁドラ吉くん呼んでくれれば私はそれでいいわ」
 しかし妙案と思っていたのがあっさりと無理と分かり再び行き詰ってしまった。
「みんな何か無いかしら?」
「うーん」
「何かって言われても……なぁ?」
「はい、笹島様」
 クラスのメンバーの顔を見渡すが皆一様に思案したまま何も思いつかないようだ。
「何か無い?」
「……」
「笹島様」
 思いつかないようだ。
「……前にも似たようなことあったし聞きたくないけど一応聞いてあげるわ。禄でも無い内容だったら全部の関節溶接するからねポンコツメイド」
 物凄く嫌そうな顔でやる気無さそうな素振りを隠そうともせずに笹島が唯一の無機物クラスメートを指差した。
「何を仰いますか! 私は今まで禄でもないことを言ったことなどありません!」
 口調だけは激しく、顔は無表情で瑠杜賀が返す。
「どの口でそれを言うか。ああ、もう話進まないじゃないのさっさと話なさいよ」
「笹島様とは一度しっかり話あう必要がありますね。それはさておき、言いだしっぺが責任を取ればよろしいかと」
 言ってチラリと目線を動かす。
「ああ、なるほど」
 笹島もそれに続く。
 二人の会話を見守っていたクラスメート達も同じように続いた先には。
「え、何?」
 上半身裸で濡れたメイド服を絞りながら拍手がアホ面をさらしていた。



「皆は明日の準備しましょう時間勿体無いし。で、拍手くんは」
「ようするにおっぱいおっぱい言うなら俺に誰か連れて来いと? あ、美作これ頼む」
 先ほどまでの流れを笹島が説明し、それに絞りすぎて皺だらけになった湿ったメイド服を美作に渡しながら拍手が答える。
 若干嫌そうな顔で受け取ったメイド服を机に広げ、美作が両手を翳すと残っていた水気が消えていく。
 指定した範囲の時間を加速させる部分加速の能力で乾燥機いらず非常に便利。
 となりで風を操れるクラスメートが換気の為に風を送っていないと室内では到底つかえないだろうが。
「あんた日頃から他人の胸ばっかり見てるんだからそういう知り合いとか多いでしょ?」
 たまには役立てなさい、と鉄扇で顔を指しつつ星崎が言う。
「そう言われてもなぁ、俺基本的にバイト先と学校と寮をグルグルしてるだけだし顔は知ってても連絡先どころか名前も知らないとかがほとんどだぞ」
「結局役立たずじゃない」
 竹刀を肩で遊ばせながら六谷がジト目で拍手を見る。
 普段から自他共に認めるおっぱい馬鹿が少しは役に立つと僅かながら期待したのだろうか。
「いや、そう言われても……ああそういえば一人分かるのがいるな」
 古典的に手を打つ拍手。
 漫画表現ならきっと頭の上に豆電球が光ったことだろう。パリィ!
「はい、乾いたよ拍手くん。お礼はチャーハンのハネ満盛りね」
「さんきゅー美作ってタダじゃないのかよ……」
 乾いたとはいえ皺だらけのメイド服を受け取る。
「ああそうだ、丁度いいや美作って確か1-Bに知り合いいたよな?」
「うん大工部の秘書やってる御堂くんがいる……けど、可愛いけど男の子だよ?」
 あと、胸無いしと続ける美作を拍手が遮る。
「野郎に興味は無いって、ちょっと電話してくんねーかな」
「別にいいけどなんで?」
 美作がポケットから学生証を取り出し電話機能を使いコールする。
 手順が短いところをみるに短縮機能でも使っているようだ。
「ああ、うちのバイト先の常連が同じクラスに居るはずだから変わってもらおうと思って」
「へー「ちょっと待った」ひゃっどうしたの星崎さん?」
 鉄扇を広げながら星崎が割って入る。
 それにびっくりしたのか指が滑ったのか、僅かながらもれていたコール音が途絶えた。
「神楽さんなら私が知ってる。というかなんで結構付き合いあるのに番号知らないの?」
「あ、拍手くんの知り合いって神楽さんのことだったんだ。それなら私も知ってるよ」
 差し出された二人の学生証には確かに神楽二礼<<かぐらにれい>>という名前が数桁の数字と共に表示されていた。
 1-Bに所属している職業巫女兼学生兼風紀委員見習いというよく分からない少女で付け加えるなら胸がでかい。
「なんでって言われてもほとんど店とか屋台でしか会ったこと無いしそれ以外で会う必要も無いしなぁ」
「私だって大工部の活動でちょっと知り合ったくらいだよ?」
「いや、普通ある程度仲良くなったら番号の交換するもんだと思うぞ。俺も行きつけにしてる喫茶店の子と交換してるしな」
 拍手と同じように乾かしてもらったのか美作からメイド服を受け取りながら召屋がいう。
 さすがに上半身裸は寒いのかすぐに袖を通すが若干生乾きだったようで微妙な顔をしてみせた。
「電話で話すことなんてねーよ、それより電話するなら早くしてくれ」
「何不機嫌になってるんだか……ちゃんと吹いて返しなさいよ」
「ひでぇな星崎! あと不機嫌になんかなってないぞ」
「はいはい、良いから早くしなさいな」
 声のトーンが若干下がった拍手を見て、広げた鉄扇で口元を隠した星崎がクスクスと笑う。
 憮然とした表情のまま学生証を耳に当てる拍手。
 数回のコールの後、少しのノイズ音の後に聞きなれた声が学生証から発せられた。
『はーい、神楽っす』
「……」
 柄にもなく緊張しているのか拍手がなんと言って切り出せば良いのか分からないといった感じで口をパクパクとするだけだ。
『んー? もしもーし、星崎さんどうかしたっすか?』
 そんな拍手の様子など一切分からない、というよりも向こうのディスプレイには星崎真琴の名前が出ているのだから当たり前だろう神楽が不思議そうな声をあげる。
 しかしこのままでは埒が明かないと、少しだけ迷い、意を決して喋りだした。
「あー、星崎じゃなくて俺だ俺。拍手だ」
『……誰?』
「のっけからひどいなおい!?」
『ああ、なんだ先輩っすか』
 途端に声のテンションがだだ下がったのがよく分かる。
 よそ行きの声と地声と言えば良いのだろうか。
「なんだとはなんだ」
『あーはいはい、こっちは暇な先輩と違って忙しいんで用件早くお願いするっすよ』
「単刀直入に言うが2-Cのメイド喫茶に助っ人として入ってくれね?」
『2-C? ああ、そういえば先輩って双葉学園の生徒でしたっけ』
「生徒だよ! だから『先輩』なんだろうが。お前は俺を何だと思ってたんだ」
『え、中華料理人じゃなかったんすか? それはさておき神道目指してる人間がメイド喫茶はど「いや、それはもういいっつうの」チッ』 
「巫女が舌打ちすんなよ……」
『冗談はさておき、無理っす。今も風紀委員の仕事で大忙しっすよ』
「あー、そういえばお前見習いやってたっけか。文化祭だと警備の任があるもんなぁ」
 そういえば左腕に腕章と今日一日の文化祭の盛況+混雑ぶりを思い返して頷く拍手。
 そりゃ猫の手も借りたいほどに人員整理やらで大忙しなのだろうと予測した。
『警備じゃないっすよ』
「あん? 何かあったのか?」
 拍手の片眉が上がる。
『下っ端にはそこまで情報降りてきてないっすねー、どうやら野良猫が何匹か失踪したとかで委員長直々の命令で巡回強化っすよ。まったくもって良い迷惑っす』
「野良猫って、あんなにうじゃうじゃいるのに失踪も何も無いだろ……」
 双葉学園には野良猫が多い、それは周知の事実だ。
 野良犬はほとんどいないがその分……と言って良いのだろうか? 野良猫は双葉島の各所で見ることが出来る。
 しかし銅像や並木と違って相手は動物であり、好き勝手に動き回るものだと思うのだが。
『それは私に言われても知らないっすよ、忙しいんで切りますね』
 向こう側から先輩風紀委員らしき女性の声の怒鳴り声が聞こえてくる。
 どうやら本当に忙しいようだった。
「ん、無理言って悪いな」
『まったくっす。ああ、後でチャーハン食べに行くんで。あと星崎先輩によろしく言っといて欲しいっす』
「あいよ、また店でな……ふぃー」
 通信終了ボタンを押して一息つく。
「さんきゅー星崎、あと助っ人駄目だってさーって何だよお前ら?」
 何時もの様に面を合わせてとは勝手が違ったせいで少し強張った肩をほぐすように回しながら星崎に学生証を返そうとしてクラスメイトの妙な視線に気づく。
 なんと言うか、生温い視線が拍手に向けられていた。
「別に、当人がそれで良いならそれで良いんじゃない?」
「だよねー」
 学生証を受け取った星崎と美作が分かったように頷きあう。
 そんな二人を見て拍手だけが首を傾げていた。



「なに? 結局無理だったの?」
 明日の準備のために皆に指示を出していた笹島が箒片手に近づいてきた。
「スマン委員長。てか俺以外にも知り合いにおっぱいでかい人いるやついるだろ星崎の姉さんとかさ」
 拍手が軽く手をあげて謝りつつ椅子に座ってくつろいでいる星崎を見る。
 鉄扇で顔を扇いでいた星崎だがそれに気づくと珍しく微妙そうな顔をした。
「それは無理ね。姉さんいくつかのイベントに参加するって言ってたもの」
「んじゃ、美作のえーっと大工部だっけ? の部長さんは?」
 出前で見た顔を思い出しつつ拍手が尋ねるが、
「ごめんね拍手くん。呼べる呼べない以前に邪魔にしかならないし、かまう手間がかかるだけだと思う」
 だからダメー、と美作は大げさに両手で×字を作った。
「賭けてもいいけど、どっかに顔出してお酒飲んでると思うし。瑠杜賀さんは?」
「そんなポンコツメイドに聞いてもしょうがないと思うわよ」
「また笹島様はそんなことを……」
 無表情な瑠杜賀と目つきの悪さを隠そうともしない笹島の間に火花が散る。
 どちらからとも無く近寄って至近距離で目線が交わされるのに合わせてクラスのメンバーが少しずつ離れていく。
 絡んだが最後被害にあうのが分かりきっている危険物に近寄ろうとする馬鹿はさすがの2-Cにもいない。
「先ほど言いだしっぺの拍手さまにまずやらせてみては、という提案にのったというのに『聞いてはしょうがない』というのはおかしな話ではありませんか?」
「結局なんの進展にもなってないでしょうが!」
「それは拍手さまが役立たずなせいであって、ブリテンの誇るこの私が何のミスを致したというのです?」
 役立たずと言われ若干落ち込む拍手を尻目に、両手を肩の高さにあげて「やれやれ」とでもいわんばかりのゼスチャーを行う。
「じゃぁ聞いてあげるわよ、言ってみなさい」
「ふむ、では言わせていただきます。そもそも助っ人なんて皆さん文化祭で自分のクラスの仕事があるのですから不可能だと思われます」
「あんたが助っ人呼べって言ったんでしょうが!?」
「それは心外ですね。私は拍手さまに責任を取れと言いましたが助っ人を呼べなどと一言も申しておりませんよ?」
 ムキー! と頭から湯気でも出しそうな勢いで地団駄をふむ笹島を瑠杜賀がさらりと流す。
「あー、委員長。今日のところはもう解散にしようぜ腹も減ったしな」
 険悪なムードが薄れたのを見越してそう提案する召屋。
 時計はすでに7時にさしかかろうとしていた。
 いくら文化祭とはいえ丸一日働きづめが三日続くというのに初日からこのノリでは残り二日を万全の体制で乗り切るのは難しいという判断だろうか。
「何言ってるのよ、まだ2-Hに勝つ方法が見つかってないじゃない!」
 しかし笹島委員長の春部への怒りはまだ沈下されていないようだった。
 いや、むしろ自分で言って再点火したのかもしれない。
「そうは言ってもなぁ」
 召屋がどうしたものかと頭を掻きながら何とか説得できないものかと考え始めたのと同時、
「文化祭運営委員のものですけどー。あ、よかったまだ帰ってない」
 文化祭運営委員、と自分で名乗ったのと同じ腕章をつけた女生徒が二人ファイルを片手にクラスを訪れた。
「拍手敬さんですね。セクハラ行為を受けたって言う苦情が入ってるんでイエローカード渡しておきますね、二枚で文化祭中謹慎になりますのでご注意をー」
 手元のファイルを覗き込んで顔を確認したのか運営委員の片方が拍手へと顔を向ける。
 それにつられる様に今日幾度目になろうか、クラス全員の視線が拍手へと注がれた。
「え、あ、俺!?」
「あんた以外いないでしょうが!」
「大人しくキッチンで残り二日過ごすと良いわ、安心しなさい外には出さないから」
「クラスのメンバーからレッドカードが出たら評判悪くなるんだから当然ね」
 順に、笹島、星崎、六谷が叫ぶ拍手に突っ込みをいれる。
 他のメンバーも当然といった顔で頷いているのがほとんどだ。
「ただの好奇心を持つことすら許されんというのか……」
「拍手さま、好奇心は猫も殺すと言ってですね」
「うるせえよ、ああチクショウ折角の文化祭がキッチンに監禁かぁ」
 がっくりとうな垂れる拍手に唯一召屋だけが合掌していた。
 少しほっとした表情で。
 自分に変な被害が来なかったのが嬉しかったとみえる。
「えーっと、笹島さん、星崎さん、六谷さんですね。はい、イエローカード」
 拍手に声をかけたのとは別の黙っていた運営委員がいきなり名前を呼んだ。
「は?」
「へ?」
「え?」
 呼ばれた三人がそろって素っ頓狂な声をあげる。
「笹島さんに顔面に青痣出来る位殴られたという苦情入ってます。星崎さんにはナンパしただけでプールに叩き込まれたという苦情。六谷さんには声かけただけで竹刀で殴られたっていう苦情ですねー」
 文化祭とはいえはっちゃけすぎは駄目ですよー、と言い残して運営委員の二人は去っていった。
 残されたのは微妙な空気を漂わせる2-Cメンバー。
「……」
「……」
「……」
 珍しく笑顔に青筋を浮かべた拍手が顔を見ようとうろうろと歩き回るが、笹島、星崎、六谷の三人はそれぞれ変な方を向いて顔を合わせようとしない。
 ぶっちゃけるとかなり気まずい。
「おまえら人のこと言えねえじゃねぇか!」
「星崎さんっ!!」
「他者転移っ!!」
 叫ぶ拍手の声をかき消すように笹島が叫び、星崎がそれに応える。
 遠くで本日三度目の着水音と「ふざけんなー!」という断末魔が僅かに聞こえた気がした。
「さ、さーて、ご飯でも食べに行こうか!」
 さらに気まずくなった空気を払うように六谷が大きな声を出す。
 それに続くように固まっていた皆もぎこちないながらも動き始める。
 時刻は7時を越えている。
 先ほどの召屋だけではなくクラス全員が空腹だった。
「美作さん何食べたい? あ、当たり前だけど驕りじゃないわよ」
「んー、天丼?」
 ドタバタしっぱなしの2-Cの文化祭一日目はこうして終わりを迎えた。




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