【eXtra > エクストラ(表) part4】




 さて、あれから二日が経過した。逢洲等華に訓練場の使用を頼んだ結果、俺と幻司郎、そして沢渡と片岡との勝負の舞台は体育館の柔道場を借りる事になった。
 これは柔道場の床が畳で出来ているために、幻司郎が心置きなく投げ技を使えるだろうとの配慮かららしい。まあ、奴の場合床がなんだろうと手加減しない気もするが。

 時刻は午後七時五十分、対戦は八時からとなっている。はじめに片岡と幻司郎が戦い、次に俺と沢渡がやり合う。グローブその他防具は一切付けないフルコンタクト形式で、ギブアップを宣言するか気絶した方が負け。シンプルなルールだ。
 今、控え室というかロッカーには俺一人。当然の事ながら俺のサポーターはいない。いや、それはいい。
 問題は幻司郎が未だに姿を現していないという事だ。奴は、あの後「二日後の夜? 困ったなあ」というととっとと帰って行った。そして、今この場にいないという事は………まさか帰ったのか?

「八十神さん、そろそろ出て来てもらえますか?」
 逢洲が俺を呼びにくる。さて、時間か………ってどうすればいいんだろう。不戦敗?俺達のあの渋い会話は何?

「あの、ところで椿さんは?」
「………来て、ない」
「え、なんで……」
 そこまで言って逢洲の言葉は途切れた。そのとき俺はどんな顔をしていたのだろうか? まあきっと鬼のような顔をしていたに違いない。

 柔道場は広かった。試合場四つ分の畳で敷き詰められた部分の周りにじゅうぶんなスペースがあり、そこは『エグゾースト』と『ナイトファイア』のメンバーが占拠していた。俺が入場すると同時に容赦ないブーイングを浴びせかけてきた。既に怒りのボルテージが上がりきっていた俺には涼風のように感じられる。

 畳の中央で、俺と沢渡、片岡が向かい合う。そして逢洲が審判のように俺達の間に立った。成り行きで、彼女はこの決闘?の立ち会い人になっている。
「おい、あのカマ野郎はどうした!」
「うるせえ! こっちが知りてえよ!」
 片岡の怒声に俺もそれに負けない程の怒声で応える。マジでどこ行ったあの馬鹿。

「いやあ、ごめんごめん。この時間に抜け出すのはなかなか難しくてね」
 能天気な声をして柔道場の入り口から姿を見せたのは………まあ、言わずもがなのあの男だ。
「おせーよ馬鹿!」
「あれ、そうかな? 約束の時間にはまだ後二分四十秒あるはずだけど」
「てかなんだよその格好は」
 奴の格好はYシャツに蝶ネクタイ、それにベストにエプロン………まるでバーテンダーのようだった。
「いや、バイトを抜け出してきたもんだからさ。格好は勘弁してよ。それよりちゃちゃっと済ませちゃおうよ。何時間もバイト抜け出せないしね」
「ちゃちゃっと済ませるだと!? 上等じゃないかこのカマ野郎!」
 幻司郎の発言に片岡は激昂する。挑発してるのか素なのかはわからないが。

「ゴホン! では、時間になったので始めたいと思います。片岡卓、椿幻司郎、両名前へ」
 逢洲の呼びかけに応じて幻司郎と片岡は畳の中心に向かう。怒りを隠そうともせずに幻司郎を睨みつける片岡に対して、幻司郎は涼しい顔だ。
「ボコボコにしてやるからなあカマ野郎!」
「卓君! 言葉を慎みたまえ」
「う………」
 逢洲の叱責に片岡は真っ赤になって俯いた。わっかりやすぅい!
「では、ルールを確認しておこう。フィールドはこの畳の上全て。決着はどちらかが気絶するか、ギブアップ宣言をするかだ。私はそれまで一切口を出さない。武器の使用は禁止だが、異能の使用に制限は無し。二人ともそれでいいですね?」
「ああ」
「もちろん」
「よし、では二人とも距離を取って……」
 逢洲の指示に従い、片岡と幻司郎は距離を取る。その距離はおよそ三メートル。一度の踏み込みでは少し届かない距離だが、片岡が異能を用いれば無理ではないもしれない。

「では、はじめ!」

 逢洲の号令と同時に片岡は幻司郎に飛びかかった。そしてまた案の定幻司郎に接触した次の瞬間には片岡は宙を舞っていた。背中から畳に落ちる片岡。
 この間のゲームセンターの時と同じだ。馬鹿正直に突っ込んできた片岡の腕を取り、幻司郎はその腕に軽く上向きの力をかけてやるだけ。それだけでいい。
 それだけの力で片岡は己の勢いも相俟って派手に宙に舞う。これが合気というものだ。


「椿さんが合気道の達人とは聞いていましたが、驚きました」
 俺の隣に逢洲が腰を下ろして口を開く。
「ああ、まあな。はっきり言って片岡と幻司郎じゃ話にならん」
 片岡は怒りで判断力を失っているという事もあるだろうが、それを加味してもやはり幻司郎には勝てないだろう。片岡の異能が、わかっていても対処出来ないというレベルの強力な異能なら幻司郎でも対応できないだろうが、片岡はそんなに強くない。問題は俺の方なんだよなあ………。
「しかし、一方的ですね。卓君もきちんと訓練をしていればこうまで一方的にならなかっただろうに。動きが大雑把でしかも単調すぎる」
「そうだな」
 特に気の利いた返しも思いつかない。片岡が投げ飛ばされる度に立ち上がり、幻司郎に向かって行って投げ飛ばされる。そんな単調な攻防が続いていた。

「しかし、なぜこういう事になったんですか? 私は更正させて欲しいとお願いした筈ですが」
 微妙に声にトゲがある気がする。怖いよ逢洲さん。
「更正してもらう。というか奴等にきちんと現実に向き合わせたいから俺はこうしたんだ」
「どういう意味ですか」
「じゃあ、逆に聞かせてもらうけど、彼らはなんでグレたと考えていた?」
「正直に言えば見当もつきませんでした。私の周囲は『思春期特有のはしか』と言っていましたが」
 思春期特有のはしかか。間違ってはいないかもな。あの恥ずかしいワッペンとか、沢渡の話し方とかに関しては。

「まあそれも正しいんだけどな。………はっきり言っちゃえば、アイツらは弱いからだ」
「弱い?」
「そう、弱い。戦闘系の異能を持ちながら、奴等は弱い。事実、あいつらがラルヴァ討伐に出て行ったなんて事はないだろう?」
「確かに、彼らの異能はそのレベルでは………」
「だからグレたのさ。自分はこの学園でみんなが憧れるようなヒーローには決してなれないって現実が奴等を打ちのめした。でもって同じように活躍できない一般人のお山の大将を気取ってるってわけさ」
「どうしてそんな………」
 アイスにはわからない事だろうが、これは別に俺がアイスを下に見ているわけでも、彼女に至らない所があるわけではない。それは強く言っておく。
 彼女や、俺のボスである喜多川博夢のような真っ直ぐに生きて行ける奴には決してわからない事なのだ。我ながら僻っぽいけどな。

「この学園は異能を正しく使わせる教育には熱心だし、それを否定する気は勿論無い。だけどな、『持たざるもの』のコンプレックスを否応なく刺激してしまうんだ。アイツらは子供の頃から異能でみんなのヒーローになりたいと思ってきた。でも、それが叶わないと知って自分という存在自体が否定されたような気分になってる」
「決してそんな事は!」
 アイスは声を荒げる。彼女は異能で誰かを差別するような人間でも、力や異能を振りかざす人間でもない事はこの数日でも良くわかっている。

「そう。決してそんな事はない。だから、俺達はアイツらにそれを教えてやらなきゃいけないのさ。異能なんて『たかが異能』でしかないって事をな」
「それで、彼らと闘う事に?」
「ああ。俺や幻司郎のように戦闘系の異能を持たない人間があの二人に勝つ事で現実を突きつけてやる。今あいつらは弱い異能でも、それに縋ってる。だから自分以外一般人のチームで優位に立って願望を満たしてるのさ。それを壊して、自分の道をちゃんと見つけてもらう。異能に頼れなくても、いくらでも生きて行く道はあるからな」

「そこまで考えていたんですね」
「俺も昔は似たようなコンプレックスを持ってたからな」
「でも、八十神さんは喜多川先生の元で立派に勉学に励んでいるではないですか。学部生の間に学術誌に論文を発表するというのは凄い事だと聞きましたが」
「当時の俺や、今の奴等の価値基準では勉強ができるなんてなんの意味もねーよ。昔の俺やアイツらにとっちゃノーベル賞を取るより上級ラルヴァを倒した奴の方が凄い人間だと認識するだろうな」
 そうだ、俺は確かにそう思っていた。ガリ勉の奴を見ては、この学園でいい成績を取る事が一体何になると思っていた。

「そう、ですか……。そういえば、一つ聞いていいですか?」
「何だい?」
「結局、卓君と翔君はなんで対立してたんですか?」
「う〜ん、それは言えないな。奴等のプライバシーだしね」
「プライバシー、ですか」
 そう言うと逢洲は黙り込んだ。はぐらかしたようで申し訳ないが、こればかりはしょうがない。
 何故かと言えば、対立の原因は俺の読み通りだったからだ。音羽繋に聞き込みを頼んだ所、すぐに結果は出た。奴等の諍いの原因は女の取り合い。肝心の逢洲はどっちにもその気はないようだが。
 残念だったな坊や達。
 というわけで、いくらなんでも逢洲にだけは本当の事は言えない。

「おーい、逢洲さん。片岡君のびちゃったんだけど、どうする?」
 幻司郎が暢気な声を上げた。見れば、片岡は畳の上で大の字になって気を失っていた。
「わかりました。そこまで! 勝者は椿幻司郎」
 逢洲の声に『エグゾースト』の側は通夜のように静まり返り、『ナイトファイア』の側からは笑いが漏れていた。性格悪いなおい。
 幻司郎がこちらに戻ってくる。余裕のようだったが、額に汗が浮かんでいた。
「余裕じゃねーか」
「まさか。一発もらえばこっちがアウトだからね。正直ヒヤヒヤしっぱなしだったよ」
 バーテンダーは俺から水のペットボトルを受け取りながら正直な感想を述べる。まあそうだろうな。
「そういやその格好はなんだよ?」
「言ったじゃないか、バイトだって」
 付き合いは長いがバーテンダーをしているなんて知らなかった。相変わらず無闇に謎の多い男だ。
「そう、ついでと言ってはなんだけどね。片岡君からちょっと装填《チャージ》しちゃった」
「おいおい、プライバシー侵害だぞお前」

「喜多川研鉄の掟、その一」
「「研究者の本分は真実の探求」」

 幻司郎の声の後に、俺達二人の声が奇麗にハモった。
 俺達の所属する喜多川研究室には『鉄の掟』なるものがいくつかある。掟の内容はボスである喜多川博夢が言う守らなければならないものから、変人である彼女の元で快適なキャンパスライフを送るための処世術みたいなものまでさまざまだ。

「まあ、そういう事さ。『真実は徹底的に探求する主義』だからね僕は」
「そうかい、何にせよ有り難いけどな」
「それと、僕に出来るのはここまでだから。僕は強い異能が欲しいなんて思った事が無い以上、彼らにかける言葉を持たない。後は君次第なんだよ、九十九」
「わかってる。とりあえず片岡の記憶を見せてくれ」
「了解」
 すると奴は右手の人差し指を俺のこめかみに当てた。
「弾丸の名前は?」
「片岡卓」
「弾頭は?」
「絶望」
 おいおい、絶望とはまたヘビーな感情だな。
「トリガーを引くよ」
 目を閉じた俺に、片岡の記憶が流れ込んできた。

 幼い片岡と、彼を庇って闘う、黒い仮面に黒いコートの異能者。
 おそらく数年前の片岡と、奴の手のひら、そこに落ちる涙。
 逢洲等華が凶悪なラルヴァを退治した事を伝える校内新聞の記事。

 目を開ける。

 幼い憧れ、残酷な現実、決して届かない目標。

 片岡の気持ちが俺には痛い程にわかった。だからこそ、ここで二人をなんとかしなければいけない。
「どうだった?」
「まあ、ほぼ想像通りだったな。まさか『仮面の異能者』が出てくるとは思わなかったけど」
 仮面の異能者っていうのは、確か十年くらい前の冬あたりから現れた謎の異能者だ。黒い仮面とコートが特徴でラルヴァが現れ、圧倒的な力で叩き潰しては消える一種の都市伝説。島内どころか遠征先にも現れては学園生達を助けていた。確か俺の姉貴も助けられた事があるらしい。
 四年前あたりからその現れなくなったらしいが……。
「確かにちょっと予想外だったかな。良い意味でも悪い意味でも他人に影響を与えずにはいられない人らしい」
「なんだ、お前。『仮面の異能者』を知ってるのか!?」
「さあね。それよりそろそろ行った方がいいんじゃない? 逢洲さんが呼んでるよ」

 確かに、逢洲が俺を呼んでいた。『仮面』に関する云々はまあこの際置いておこう。今は沢渡だ。
 俺は幻司郎のような達人ではない。まともにやり合ったら勝ち目は薄いだろうが……。

 なんとかするしかない。絡め手満載でどうにかするさ。


     **


「八十神さんよ。あんたマジで俺に勝つ気なのか? 黒こげになっても知らねーぞ」
「ハハハハハ! チャッカマンじゃ人を黒こげにはできないぞ坊や」
「俺の異能はチャッカマンレベルだってか!? 面白い冗談だな……」
「冗談じゃねえよ。事実を言ってるのさ」
「テメエ……!」
 いいぞ、怒れ怒れ。冷静な判断力を失え。それでこそ俺に勝機が生まれるというものだ。

「お互い、開始前にエキサイトしすぎるな。ちゃんと位置につけ」
「はいはい、委員長どの」
「わかったよ逢洲姉ちゃん」

 俺と沢渡は指定の位置につく。異能で奴の温度を確認。右手の温度がえらく上がっている。やる気だな。

「初め」
 逢洲の言葉と同時に俺は思い切り右に飛ぶ。
 俺の位置を沢渡が出した炎が掠めて行った。やはり奴は開始と同時に決めるつもりだったようだ。
「なっ……」
 開始と同時の一撃が完全に避けられたのが驚きだったのが沢渡は声を上げる。甘いんだよ坊や。
「くそっ!」
 躍起になって火炎を連発する沢渡。だが、俺は異能でどちらの手から発射されるか読んでいる。また、奴の火炎は有り難い事にそこまでの熱はない。当ったらヤバいくらいの熱さはあるが。
 まあ、マジの火炎だったらこんな畳の上で異能なんか使えないしな。即火事だ。
 奴の異能の正体は一見、炎のように見える異能の熱線ってとこだろう。射程はおよそ三メートルという所か。そんなに長くない。

 やはり、正直に言って貧弱な異能だ。悲しい事に。
 射程が長くもない上に半端な熱のせいで、密着状態では自分を傷つけてしまうので使えない。



 対戦が始まっておよそ五分。躍起になって火炎を連発する沢渡だが、俺は回避に異能と神経を集中させてそれを避け続ける。奴の異能はおよそ、五秒に一回撃てるらしいという事がわかってきた。奴は平静を失い、緩急なんてものもなく可能になり次第火炎を撃ち続けている。俺の読みはまず間違いないだろう。

「いい加減にしろよ八十神! テメエいつまで逃げ回ってんだよ」
 激昂した沢渡が声を荒げる。確かに、ちまちまやり過ぎたかな。
 奴の異能の詳細はほぼ完全に掴んだ。そろそろ行動を起こしても良い頃だ。
 逢洲の位置を確認する。彼女は畳の外に正座していた。この距離と両チームの奴等の歓声による騒音。俺と沢渡の会話は彼女には聞こえないだろう。

 俺は異能を使用して奴を見る。
 問いは『昨日自家発電した回数』。
 すると、次の瞬間には奴の頭上に数字が表示される。『2』。
 まあ、高校生としては妥当な数かな。

 俺は笑みを浮かべると指を二本立てて奴に向ける。
「なんのつもりだ。ピースサインか?」
 突然の行動に奴は意識を俺の指に向けてしまう。迂闊だぜ坊ちゃん。
「違うよ、『2』だ。この数字に覚えはないか?」
「なんの事だ?」
 会話に乗ってきた。こうなればこちらのものだ。会話をしながら俺はじりじりと距離を詰める。一飛びで奴に届く距離まで、もう少し。
「お前は昨日、二回、ある事をしたな」
「二回って、まさか!」
 奴はまるで火のように顔を赤くする。そうだ、それでいい。
「ようやくわかったか。お前の考えている通りだよ。お盛んだな少年」
「てめえ、なんでそんな事を!」
「これが俺の異能だ。俺の視界の中じゃなあ! どんな上級ラルヴァだろうと! 醒徒会だろうと! 守れるプライバシーなんて有りはしねーんだよ!!」
 我ながらまるっきり悪役の台詞だとは思ったが、こういう絡め手を使わないと、俺の能力じゃ奴に勝つ事などできないので仕方が無いだろう?

 さあ、最後の一押しだ。
 問いは『昨日、○○○○○○をおかずに使った回数』。
 さすがに可哀想だから、伏せ字。ヒントは漢字だと四文字。まあわかりやすいな。
 そして奴の頭上に表示された数字は……『2』。若いとはそういうもんだ。
「ほほう、そしておかずは……」
 俺は顔を逢洲の方にゆっくりと向ける。出来るだけ卑しい顔を作るように心がけたが、出来ているだろうか。
「やめろぉー!!」
 絶叫しながら奴は右手を俺に向けた。距離は十分、一飛びで奴に届く。
 発射される炎をかいくぐって、俺は奴に飛びかかる。腰を屈めたタックル。
 腰に思い切りぶち当ると、そのまま奴を押し倒す。マウントポジションてやつだ。俺がポジションをとった事で両チームからの歓声は一段と大きくなる。
「くそっ! 汚ねえぞ!」
「ハハッ! 褒め言葉だな」
 この距離なら異能は使えないな!橘さんはそう言っていたし、ア○ロもそれでジオン○を撃破した。間違いない。沢渡はじたばたと暴れるが体勢をひっくり返す事は出来ない。マウントポジションはそれだけ強烈なのだ。
 右手を振り上げ、奴の顔面に振り下ろす。ガードが間にあわず沢渡はそれをまともに受けた。
「がふっ!」
 ここで引くわけにはいかない。奴の顔面を破壊しない程度に小刻みにパンチを重ねる。鼻血で顔面が赤く染まって行くのが痛々しい。
「おい、そろそろ降参したらどうだ。これ以上やってもしょうがないだろ」
「う、あ……」
 沢渡の顔に涙がにじむ。屈辱、だろうな。だが、これで終りだ。

「おい、まだやれんだろ沢渡ぃ!! このまま戦闘異能も持たないただの男に負けてもいいのかよ!」
 歓声のなか、それでもこちらまで聞こえる声で叫んだのは意識を取り戻した片岡だった。片岡の顔にも涙が浮かんでいる。
「ああああああああ!!」
 沢渡が、片岡の叫びを受けて悲痛な声で絶叫する。
「嫌だ! 嫌だ! 強い異能も持てなかったのに! こんな所でこんな奴等に負けたら俺達は本当になんにも無いじゃないか! ふざけるなよぉ!」

 次の瞬間、俺の左腕に激痛が走る。目を向けると、俺の左腕は焼きただれていた。沢渡は、この密着状態で、異能を使用したのだ。
 この状態で異能を使えば、奴もただでは済まない。その右手もぐずぐずに焼きただれていた。
「沢渡ぃ!」
「俺は、俺は………」
 左手の痛み以上に、俺は奴の発言に激昂していた。異能が通用しなければ、自分達には何も無いだなんて言葉を看過するわけにはいかない!
 思わず奴の胸ぐらを掴んでいた。そして思い切り俺の顔に引き寄せる。

「おい、今お前なんて言った!? 何て言った!?」
「あんたに負けたら、俺には何にもないって言ったんだよ! あんたみたいな能力しかない奴に、俺が負けたら、生きて行けるわけないじゃないか!」
 そう、これが沢渡の心の叫びだ。一つの悩みだけで生死に関わるところまで行ってしまうような年頃。

「ふざけろこのガキ!! これっぽっちの事で生きて行けないなんてほざいてるんじゃねーぞ!」
「だってそうじゃないか! 俺の異能じゃ誰も守れやしない! ラルヴァを倒す事もできないし、あんたみたいな戦闘系異能も持たない奴にだって勝てやしないんじゃ、何の意味も無いじゃないか!」
「それがおかしいってんだよ!! いいか! お前等も聞け!」
 俺は周囲の両チームのメンバーにも声をかける。俺の声にただならぬものを感じたのか、柔道場内は静寂に包まれた。
「強い異能が無ければ価値がないなんて誰が決めたんだ? 世間か? それともこの学園か? 誰もそんな事決めてねえよ! テメエ等が勝手にそう思い込んでるだけだ!」
「でも、俺は……」
「強い異能を持った人間はそれに縛られる。異能と無関係には生きて行けない。お前等にも、俺にも、力が無い分その自由があるんだ。それでいいじゃないか」
「良くねーよ! 俺は異能で、ラルヴァを倒して! 大事なものを守りたかったんだ!」
「力が無くたって大事なものは守れる! 力に縋るんじゃねえよ! そうやって異能で自分を狭めるな!」
「俺は、俺は……」
「強い異能を持つ奴が勝ち組でも、そうでない人間が負け組ってわけでもない! 生きて行く道はいくらでもあるんだ。今ここで学校から逃げ出して燻っていたら、道は無くなって行く一方だぞ!?」
 俺は本当に全てから逃げ出した。コイツにはそうはなって欲しくない。

「じゃあ、どうやって生きて行けばいいんだよ俺達は!」
「それはテメエの頭で考えろ! お前等自身が見つけ出せ! 他人にも力にも縋るんじゃない!」
「糞っ! 厳しいな……」
 沢渡の声が柔らかくなる。俺の言いたい事は伝わったのだろうか。
「ああ、厳しくない人生なんかどこにもない。力を持った人間だって死ぬ程厳しいぞ。自分の力に苦しめられる事だってあるんだ」
「わかった、もうわかったよ。そうだな、アンタにも勝てないような異能に縋っててもしょうがねえな……」
「………」
 そして、沢渡翔はゆっくりと顔を逢洲に向けて口を開いた。
「逢洲姉ちゃん。降参だ、俺の負けだよ……」
 声が涙で滲む。
 その宣言は俺に対する勝ち負けと言うよりも、自分の願望に対する訣別のように聞こえたのは気のせいだろうか。

「わかった。そこまでだ! すぐに担架が来るから二人とも安静にしていろ」
 逢洲がそう宣言したのを受けて、俺は奴を解放し、そのまま畳に大の字に寝転んだ。
 興奮していて気にしなかったが、左手の痛みが猛烈に訴えかけてくる。マズい。ちょー痛い。もう難しい言葉を使ってらんない。
「アンタは、今は自由に生きてるらしいな。自分の異能と折り合いをつけてさ。でも、どうだったんだ?」
 沢渡が話しかけてきた。
「どうって?」
「みんなを守るヒーローになりたいって、思わなかったのか?」
「思ったよ。お前等と同じ頃に、凄く思ってた。昔、付き合ってた彼女が実際にヒーローだったからな。でも俺は叶わなかった」
 俺の彼女だった女は強力な異能者だった。いつでもどこでも馬鹿みたいに明るく、馬鹿みたいに前向きで、馬鹿みたいに強かった。ラルヴァ討伐に出ては活躍をする、学園のスターだった。俺もああなりたかったんだ。
「それを聞いて、安心したよ」
「そうか」
「俺、明日から、学校行くよ。異能以外で俺に出来る事を見つけないといけないからな」
「そうしろ。俺みたいに退学なんてすんなよ」
「全く、変な奴だなアンタ」
 そう言うと沢渡は笑った。

 まあ、夢破れても泣いても笑えれば英雄だって誰かが言ってたから、これでよしとしておこう。結果オーライというやつだ。


     **


 決闘?から三日が経った。あの後、俺と沢渡はすぐに医務室に運び込まれて治療を受けた。逢洲があらかじめ治癒異能者を待機させていたらしく、すぐに火傷は治った。焼かれたところだけ産毛が無くなって気持ち悪いがまあ良し。

 治療を受けると、沢渡と片岡はその場でチームの解散を宣言し、メンバーに学校に行けと諭した。暫く揉めたが、割とすぐに混乱は終息し、皆家路についた。これからは、自分の現実から目を背けて群れているわけにもいかないのだ。辛いだろうが頑張って欲しい。まあ以外とどんな道でも楽しいもんだ。今ならそう思える。

 ツヨシが去り際にそのニキビ面に笑顔を浮かべて「『ナイトファイア』は解散だけどさ、またゲーセンに来てくれよ。対戦しようぜ」と言ってくれたのは俺には救いだった。

 逢洲等華は礼を言うと俺に深々と頭を下げた。
「一時はどうなるかと思いましたが、八十神さんに頼んで正解でした。先輩の紹介を聞いて良かったと思います」
「そうか。それなら、良かったよ」
「はい、今回の件では私ももっと精進する必要を感じました。では」
 精進か。まずはその鈍感力をどうにかして欲しい。二人の男が悲しいから。
 でも、まあ、頑張れよ。学園のヒーロー。てゆうかサムライだな、彼女の場合。


 時刻は午後三時、俺は今日の講義を終えて、研究室にいた。
 部屋にいるのは俺、幻司郎、そして院生の神代《かみしろ》さん。眼鏡とEカップの巨乳と黒髪ロングストレートヘアがトレードマークの美人だが、腐ってるのが残念な人。他の連中は、類人猿・天地奏のバイクの調整とやらで出払っていた。平和なもんだ。
 ちなみに、何故カップサイズがわかるのか? 俺の異能は数字がわかるだけなので、アルファベット表記のカップサイズは普通ならわからない。その為に俺はトップバストとアンダーサイズからカップサイズを判断する公式を頭に叩き込んだのだ。クレバーだろ?
 この話をしたら幻司郎に「君はつくづくとクズだねえ」と言われたが、僻みが心地よかった。せいぜいヌーブラに騙されているが良いさ。

「しかし、なんだかよくわからない騒動だったな。男のガキばっか相手にしてさ。事件て程のもんでもなかったし、解決もかなり勢い任せだったし」
「終始行き当たりばったりだったのは議論の余地もないけどね。女性だったら逢洲等華がいたじゃないか」
「あの女は確かに美人だが怖過ぎ。俺なんか即座になます切りだよ」

「女っ気なら、ここに私がいるじゃない?」
 神代さんは胸を誇示するように胸を張った。絶景かな。
「いや、ここの話じゃなくて、俺と幻司郎の話ですよ。ちょっとこの一週間色々あったんで」
「え〜、なになに? おねーさんに聞かせてくれるかなあ? あ、もしかして椿君の女装と関係があるのかな? あれ私にも渾身の出来だったんだけどどうだった?」
 そうか、奴の女装はこの人がやったのか。道理できちんと化粧が出来てると思った。
「あれは上手く行きましたよ。九十九以外がみんな騙されましたからね。そういえば、最後の九十九の演説は素晴らしかったですよ。神代さんにも聞かせて上げたかったなあ」
「おい、馬鹿。やめろよお前!」
 慌てて黙らせようとしたが、幻司郎は笑うだけだった。イヤミな奴だマジで。俺はあいつの暴走の件は黙っててやってるのに。

「ああ、いいわ。やっぱりいいわアナタ達のコンビ! 二人の美青年。クールな鬼畜眼鏡にワイルド風味のヘタレ受け。創作意欲が刺激されてされてたまらない!」
 いくら腐ってるとはいえ、目の前の人物をネタにするのはやめてくれないだろうか。姉貴も腐ってたからそういうのに免疫があるからまだ我慢出来るんだが。てゆうか、俺がヘタレ受けってなんなんだよ?
「なんか色々インスピレーションが刺激されたからオネーサンは今日は帰るわ。喜多川先生は今日はいらっしゃらないし」
「え、神代さんもう帰るんすか?」
「喜多川研鉄の掟、その六」
「「「好奇心は全てに優先する」」」
 神代さんの振りに合わせて三人の声がハモった。最早条件反射だ。
「そう言う事。それじゃーねー!」

 言いたい事だけ言うと神代さんは出て行った。これだからオタクはコミュニケーション不全とか言われるんだちくしょーめ。

「出て行っちゃったねえ。神代さん」
「ああ。しょうがない姉ちゃんだよ全く。そういやお前にまだ聞いてなかったな」
「何がだい?」
「まずは女装した理由だよ。やる意味あったのか」
「そりゃあね。僕みたいなのが行くと、どうも男だけの集団には入れてもらいにくいんだ。だから女装してみたってわけさ」
 ああ、そうか。自分みたいな日本人離れした美形じゃ溶け込みにくいからあえて性別逆転してみましたってか。一定の説得力があるだけになんだか余計に腹が立つ。

「ムカつくけどまあいいや。あと、今回お前が俺を手伝った理由だよ。誰に頼まれたんだ?」
「確かに後で説明するとは言ったけど………まだ気付いていなかったのか」
「悪かったな察しが悪くて。誰なんだよ」
「ふーむ。じゃあ逆にこっちが聞いてみようか。逢洲等華に君を推薦した人間について、心当たりはあるかい?」
「無いな。さすがに時間が経過したとはいえ、当時の風紀の連中で俺を推薦した人間がいたとは………」
「僕に君のフォローを頼んだ人間と、逢洲等華に君を推薦したのは同一人物だよ」
「なんだと!? お前当時の風紀に知り合いがいたのか?」
 今回のどの件よりも驚いた。まさか幻司郎が風紀に知己があったとは。
「それが間違いなのさ。思い出してみなよ。逢洲等華は先輩に紹介された、と言っただけで、風紀委員の先輩に紹介された、とは一言も言っていない」
「それは、どういう……」
「察しが悪いな。それじゃ彼女も報われないよ」
「彼女? 女か?」
「しょうがないな。じゃあ答えを教えてあげよう。君を逢洲等華に推薦し、そして依頼を受けた君のサポートを僕に頼んだ人間。それはね」
「なんだよ」
「立花《たちばな》美咲《みさき》さんだよ。まさか、忘れたなんて言わないよね?」

 その名前を忘れるわけもない。
 強力な異能者だ《・》っ《・》た《・》女。
 俺が、逃げ出した女。

 そして、俺の初めての彼女。




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最終更新:2010年01月15日 21:38
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