【北からの来訪者】


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 暗がりの路地裏に、怒号が響く。
「お待ちなさい! この人殺しィ!」
 凛とした声が、人気のない闇色の空間に木霊する。
 一方、物騒この上ない言葉を浴びせ掛けられた男は携帯を仕舞いこみ、声の主に向き直る。
「はいはい、人殺しですよ。メードさんが怖い顔して、そんな物騒なもん抱えて一体全体何の用よ?」

 相対するは、|黒のフォーマル《喪服》に身を包んだ男と、闇色の路地裏に突き刺さる月光を受け照り返る切っ先が眩しい突撃槍《ランス》を必死の形相で抱えたメード。
「黙りなさい下郎が! アンセルシア御嬢様を見殺しにした人殺しの癖に、のうのうと生きている分際で……!」
(アンセルシア? ああ、あの時の女か)
 男は、メードが告げた人物名と、メードが抱えてる得物に覚えがあることを思い出す。
(で、あの槍は確か、|魔狼の牙《ガルムズァーナ》とか言ったか? 勝手に借りたはいいものの、結局役に立たんし売るわけにもいかんから、美談のために遺族に返したアレか)

 男の表情は既に(ああ、めんどくせぇなぁ……)という一色に染め上げられている。
 その程度のことは、故アンセルシア騎士侯の実家フォーアイラン家で幼い頃から10年来メードを務めている身からすれば、容易く見抜けてしまう。
「貴様ァ! あの時貴様が間に合っていれば、御嬢様は斯様な目に遭わず、旦那様や奥様も心労心痛に病む事もなかったというのに……!」
 ぎりぎりと奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうなくらいに、険しい表情で睨み返すメード。
「おー怖。そこそこいける顔立ちが勿体無」
「黙れ! 貴様はそのような口を吐ける立場か! 貴様の今居る位は貴様の為に在るはずものではないと理解しているのか!」
「やれやれ……つまりは八つ当たりか」
 本当にめんどくせぇ、とは口には出さないまでも、男はメードの言い分を一刀両断する。

 当然ながら、メードが男の主張に迎合し首を縦に振るわけがない。
「言わせておけば……!」
「で、メード風情が何の用だよ? そのツラその得物で命日祭への参列感謝を言いに来たわけでもあるまいに」
「……御嬢様の、無念を晴らす」
「へぇ? Sense of Wonder の欠片も持ち合わせてないたかがメードが、正当所有者がくたばって持ち腐れのガラクタ片手に敵討ち、と来たか」
「私はともかく、御嬢様を愚弄するなぁぁぁぁ!」
 メードは大振りの突撃槍《ランス》を抱えるには明らかに体格も鍛錬も足りていないが、それでもなお男に穂先を突き立て敬愛する主の無念を晴らすべく、不恰好ながらも裂帛の気合を全身に込める。
 そして、力の限り走ろうとして、
「あーあ……回れ右して屋敷に退散するならスルーでもよかったけど、殺る気になって襲い掛かってきたんなら、|しかたなく《正当防衛》、ってやつだな、|しかたなく《正当防衛》」
 踝から上と下が分かれ、舗装路に崩れ落ちた。

 切断の激痛がメードの喉を振るわせる前に、玉虫色に煌く男の指先から、メードの大きく開かれた口腔に目に見えない『何か』が詰め込まれる。
「はいはい、痛いだろうけど喧しいのは困るから、そのあたりにしてねー」
 男は倒れこんだメードの背中の中央を踏みつけ、両の手首を掴み捻じり上げ、
「確か……こうだった、かな?」
 掴みあげたメードの腕に、いわゆる合気の用量で力をかけ、ごきんと鳴らして肩関節を外してやる。
「ふぅ、5年ほど前に習いはしたが、やるのは初めて、しかも両方いっぺん。見事に外れるとは思わなかったわ。もうちょっと手こずるかと思ったけど、いやいや、『普通のメード』で助かったわ」
 男はまるで「普通じゃないメード」を知っているかのように吐き捨て、メードの両腕を解放してやる。
 あまりの激痛と憤りと悔しさにメードの目からは大粒の涙が零れ、全身から脂汗が流れ出す。激痛を少しでも逃がそうと全身でのたうち回ろうとするが、男の足により地に縫い付けられているため、それもままならない。
 だが、その口からは激痛に対する絶叫も、主君を助けられなかった男に対する怨嗟の言葉も投げ掛けられる事はなかった。

「さて、と……手配はしといたし」
 改めて取り出した携帯に何事か伝達した後、男は足蹴にしたメードを見やる。
「とりあえず一言だけ言っとくと、人殺し、ってのは間違っては居ないわな」
 悶絶寸前のメードに、男は話しかける。
「とあるエレメントラルヴァが依り代を御所望だったんで、ちょうどいいところに活きのいい、御眼鏡に適ういいモノがあったんでくれてやったんだがね。それを『人殺し』と称するのであれば、そういうことなんだろうよ」
 その言葉に生気を取り戻したメードは、何事かを叫ぼうとするが、見えない『何か』に阻まれ言葉は口外に発せられないまま消え入る。
「大体かして、席次はともかく王室直属異能戦闘部隊としてのガーター騎士団所属者と、どこぞの馬の骨が共闘したとして、世間の評判と勲功は明らかにコッチにゃ流れて来ないじゃん? そんなことくらいは分かるよな?」
 足蹴にされたメードの瞳に烈火の如くに燃え上がる怒りの炎を確認し、男はなおも続ける。
「で、だ。勲功を独占するにはどうすりゃいいか考えたわけだ。答えは一つ、勲功の矛先が全部オレに向くよう仕込めばいい。簡単だろ? さらには形見分けと称してその突撃槍《ランス》をふんだくって『遺志を引き継いだ』とか何とか触れ込んでやりゃあ、ジジババ連中大喜び、お涙頂戴展開になるわけだ」
 メードの口からは男を罵倒、非難、侮蔑する言葉が出ようとするも、相変わらず口に詰め込まれた不可視の『何か』がそれを阻む。
「いずれ機を見て殺っちゃおうかとは思ってたわけだが……一番面倒な処理については、肉食ラルヴァにでも食わせてやりゃ戦場だし楽だろうとは思ってたが、いい引取手が現れてくれたおかげで万事オーライというわけだ」
 背中を踏みつける足にさらに体重をかけながら、男はメードにさらに続けて言い放つ。
「さらに有難いことに、女の半死体一個で№95と交戦せずに済ませられたわけで。死体処理の手間もなく、しかも面倒も解決。大いに役に立ってくれたかな、フォーアイラン騎士候殿は」
 これ以上話すことはない、と男はメードから目線を外す。周囲への警戒を強めつつ、さらに言葉を続ける。
「そもそもこんなご時勢だ。家借りてメシ食って人足雇って面倒見るとなると、たかが田舎騎士候殿の名声と席次をふんだくっただけじゃ、メシの種にもならんわけだ。ま、そこはイイ知り合いとワルい知り合いのおかげで何とかなってるけどな。というわけで、アンタもウチの従業員の給料作るのに一役買ってくれよ」
 一体何をするつもり、とメードの顔が雄弁に物語っているのを一瞥して、
「そっちから突っかかってきた分際で、今更ゴメンで済むと思うなよ。せめて迷惑料くらいには、なってくれよ?」


 男がメードを足蹴にしているその場に、足音もなく新たな人影が加わる。
「いやはや悪いねカルナヴァル。急に呼んだりして」
 その場に現れたのは、また別のメイド。だが、その顔に表情は感じ取れない。
「御心配には及びません、マイスター」
「で、オメガの言い値は?」
「足首断絶による損傷と突発的な御用立てによる予定外の諸経費を考慮し、上限2万£。引取後、状態に応じて要検討とのことで御座います、マイスター」
「チッ、オメガのヤツ、相変わらず足元見るのが上手いヤツだなぁ。で、どこに運び込めばいい」
「そこのマンホールの下に回収班を手配しております。マイスター、以後はお引受け致します」
 そう告げたカルナヴァルという名のメイドは、地に臥すメードの首を片手で掴み、全身と高々と持ち上げる。
 メードは最初の内こそまだ動く足をばたつかせていたが、カルナヴァルの指先から麻酔薬を打ち込まれたことで大人しくなる。
「私共はこれにて失礼いたします、マイスター。清掃作業が不要なのは非常に助かります」
 断絶され内部組織が剥きだしのはずのメードの足首からは、血の一滴も垂れてはいない……というよりも、数多の距離を流れ切るほどの液量に達しては居なかった。
「汚したら汚したで、どうせ清掃料だ人件費だと言い出して、さらに足元見るだろ……アイツのことだから間違いない。手間かかっても貰いが多けりゃそれに越したことはねぇってな」
「見上げた努力で御座います、マイスター。ところで、奥様がお会いになりたいと仰せでしたので、機を見てお尋ね下さいませ」
「あいよ。にしても、足首ない上肉付きも普通のメイドとはいえ肩腕一本。しかも麻酔も完備とは、便利なもんだねぇ、超科学《ワンダーワークス》メイドロボってのは」
「お褒めに預かり光栄に御座います、マイスター。それでは、私共はこれにて失礼致します。最後にお手間を頂き申し訳御座いませんが、蓋はよろしくお願い致します」
「へいへい。んじゃ後はよろしく」
 手にしたメードごとカルナヴァルがマンホールに消えていったのを確認、マンホールの蓋を元に戻す。続けて搬入完了の合図である携帯へのワンコールを確認し、男は『能力』を解除する。
 あとはアレが金になって戻ってくるのを待つだけだ。


「ふぅ、随分とさみぃなぁ……無駄に時間食っちまったな。そろそろ帰らんと」
「そうかしら? 私としては、これでも暑さを感じるくらいなのだけれど」
 突発的な一仕事も無事終えて自宅へ引き上げようとしていた男の背に、若い女性の声がかかる。

「……テメェのせいか、ヴィーズ。通りでクッソ寒いわけだ……わざわざ北極点から何しに来やがった」
「あら、随分なお言葉。相変わらずつれないですわねぇ、ミスター? この寒さは、私のせいではなくて気象条件のせいでしてよ」
「テメェがいると尚寒いんだよ、絶対零度女《フリージングブレイザー》! とっとと穴倉王国《シャンバラ》へ帰れや!」
「せっかくのお客人相手にその言葉はないんじゃないかしら? わざわざ貴方のご自宅を訪ねた上で、待ちきれないから探しに来たのに。有名人の家は、分かりやすくて良いわね」
「ストーカーかよ……客人装って家人から情報聞き出す辺り、一層タチが悪いな」
「あら、ホントにお客様のつもりで来たのよ? 私みたいなのがお願いを頼めるだけの間柄なのは貴方だけだし、私は持ち場を離れられないし」
「その割にはこんなところまで来てやがんのな。寒ぃからとっとと帰れ。市街地を氷河期にするつもりか」
「ココと北極点くらいなら、さほど時間かけずに戻れるもの。でも、貴方にお願いしたい事は時間がかかる上に、貴方がコネを使ってくれると楽になるのよ」
「無視かよ……ちゃんと、人間様の世間で通じる報酬は出せるんだろうな?」
「あら、そんなことなら心配御無用。とりあえず、商談は貴方の家でしませんこと? 屋外で立ち話も何だし」
「家ン中が凍りつくから嫌だ、っつっても聞きゃしねぇつもりだろうが……暖房全開にさせてもらうぞ」
「まぁ怖い。それでは、早いところ向かいましょう?」
「ったく、どうせ大した儲けにもなりゃしねぇんだろ……」

 若い女は、そういえばという前置き台詞と共に、男に声をかける前に路地裏で拾ってきたモノを見せる。
「ねぇミスター、これもらってもいいかしら?」
「落ちてたモンは交番に届けるのが人間のルールだが」
「じゃあ貰っておくわね。飾り付けくらいにはなるかしら?」
「あんな大氷原のどこにンなもん飾るんだ。墓標にでもする気か?」
「何で墓標なんて気味悪いモノを作んなきゃいけないわけ?」
 幽霊に気味悪いと言われちゃ墓石屋も商売あがったりだな、そんなことを考えながら、男は女を連れて極寒の家路を急ぐ。


 男が先導して事務所を兼ねる自宅へと招いた女性の容姿は、数年前の同日に亡くなった、アンセルシア・フォーアイラン騎士侯の生き写しのようであった。

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