【怪物記番外編 お正月】


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 怪物記 番外編 『お年玉』


   このお年玉はお母さんが預かっておくわね?
               ――全国のご家庭で

 ・・・・・・

 一月一日。この日が何の日であるかは暦の概念がある国では赤ん坊以外のほぼ全員が知っているだろう。つまりは元日、お正月、ハッピーニューイヤーだ。
 国によって違いはあるが日本ではお雑煮やおせちに舌鼓をうち、初詣に行き、お笑いや駅伝などのお正月番組を見て、大人は年始の挨拶や年賀状の仕分けを行い、子供はお年玉を求めて親戚に挨拶する、そんな日だ。
 双葉区でも大差はない。この街には両親と離れている子供も多いが、そういった境遇の子供にも一緒にお正月を過ごす家族はいる。
 だから、人間一人ラルヴァ一体と一人の語来家でもお正月は普通の家庭と同じように訪れていた。
 お雑煮は灰児とリリエラが作っていたし、知り合いから年賀状も着ていた。夕飯のおせちは自宅では作れなかったが街の料理店に注文済みだった。
 意外と言えば意外なほどに普通のお正月を過ごしていた。
 そう、普通だった。
「…………」
 八雲の持っているポチ袋も普通の家庭と同じように彼女へと手渡されたものだ。
 八雲がそっとポチ袋をあけると、中にはこの国で二番目に高額な紙幣が入っていた。
 それはお年玉だった。
 彼女の手元にはポチ袋が三つある。灰児からの分、リリエラからの分、那美とミナの分だ。額の大小はあったが全部合わせればこの国で一番高額な紙幣よりもなお高額になった。子供には大金である。
「どうしよう……」
 これまでそんな金額を手にしたことがなかった八雲はポチ袋を持ったままオロオロと悩んでいる。
 八雲は元々がそんなに物を欲しがる性格をしていない。興味があるのは本だが図書館で読めるので金銭は使わない。アクセサリーは一週間ほど前のクリスマスにもらって、それで満足しているので他にいらなかった。八雲には買いたいものがなかった。
「ちょきん、しようかな」
 ついにはそんな子供らしくない結論に到達した。八雲は早々にお年玉を全額、机の上の子豚の貯金箱にしまう。大金を貯金箱に入れるというだけでも子供にとってはちょっとした冒険だった。
「さてと」
 一仕事終えた八雲はこれから何をしようかと考えた。
 灰児は知り合いへの挨拶回りに出ているし、リリエラも今はどういうわけかいない。二人がいないのはいつものことと言えばいつものことだった。ただ普段と違って今日はミナとの授業もないし、読書用の本も読みつくしてしまっていた。
 することがない八雲は何の気なしに普段はあまり見ないテレビの電源をつけた。
 背景に赤が多いお笑い番組や元日の全国の様子を中継する番組がやっていたが特に興味を惹かれなかったのでチャンネルを変える。八雲にはあまり面白そうではない番組をいくつか飛ばすと、それまでの番組とは大きく違う番組が映し出された。
「?」
 大仰に言って次元が違った。これまでが三次元の番組であったのに、それは二次元の番組だった。というか簡潔に言うとアニメだった。
 それは去年の春に劇場公開したアニメ映画をお正月スペシャル!として流しているものだ。
 内容はもうクライマックスのようだったが、八雲はなんとなく興味を惹かれてその番組を見始めた。

 ・・・

『く、くっそぅ……!』
『ふはははは! これまでのようだな。我が配下の魔人三将軍を破ったことはほめてやろう。しかしこれで世界は滅ぶ。全てがリセットされるのだ! この未来魔王ダークゼロの手によって!』
『まだだ……! まだ終わってなんかない!』
『フッ。しかし貴様の仲間は私のクロノスに吸収され、貴様のセイバーギアは私のクロノスに傷一つつけることもできずに敗れたではないか。たった独りの貴様にもはや打つ手はあるまい』
『だけど俺は諦めない! リセットもさせたりしない! それに……』

『俺は独りじゃない……俺たちは、一つなんだ!』

『な、なんだこの光は、ハッ! わ、私のクロノスの中から奴らのセイバーギアが!』
<私たちの力を受け取って!>
<あなたに託す……!>
<力を貸すぞ!>
<お前が決めろ!>
『うぉおおおおおお!!』
『奴らのセイバーギアが一つに……これは!』
『いっけぇ! カイロスセイバァァァァァ!!』

 ・・・

 視聴を終えて、気づけば八雲は手をぎゅっと握り締めていた。なんとなく見始めたものだが最後には夢中になっていた。
「おもしろかった。さいしょからみてればよかった」
 八雲は満足して視聴を終えていた。それだけなら、それだけだったのだろう。
「ああいうのがホントにあったらいいけど、あれはお話だもんね」
 八雲は知らなかった。そして知ることとなる。
 今のアニメ映画が大人気のホビーを題材にアニメ化したものだということを。

 ・・・

 君の家にもセイバーギアがやってくる!
 数百数千種類ものセイバーギアパーツ!
 君だけのカスタマイズ!
 無限のセイバーギアから君だけのセイバーギアを掴み取れ!

 セイバーギアシリーズ、絶賛発売中!

 さぁ! お店にダッシュだ!

 ・・・

 十秒後、八雲の机の上の子豚貯金箱は真っ二つになっていた。
 三十秒後には家の中には誰もいなくなっていた。


「ここ、どこだろう?」
 家を飛び出して十分後、玩具屋を探して駆け回っていた八雲は迷子になっていた。
 普段から街の中を散策する子供ならばそういうことにもならないのだろうが、一人では図書館に通うくらいしか外出しないので道がわからなくなってしまったのだ。
 こんなことならハイジかリリエラが帰ってくるのを待っていればよかったと八雲は考えたが、CMを見ていてもたってもいられなくなったのだから仕方ないよね、とも考えた。
「でも……」
 このままじゃ玩具屋に辿り着けないどころか家にも帰れないかもしれない、と八雲は不安になった。
「あれ? 八雲ちゃん?」
 そんな不安がる八雲の背に聞き知った声がかけられた。振り向くと、見知った顔があった。
「ソウコ」
「うん。走子お姉さんだよ」
 灰児の知り合いとして何度か顔を合わせ、先日もクリスマスパーティーを開いた折に八雲を肩車で招待した女性が立っていた。
 彼女の後ろには彼女より少し年下の振袖姿の少女達――久留間戦隊のメンバーも一緒だった。手に破魔矢やお守りを持っているので、初詣に行った帰り道らしかった。
「こんなところに一人でどうしたの? 灰児さんとはぐれちゃった?」
「ちがいます。ひとりで、おかいものです。だれにもないしょでおでかけ、です」
「……はじめてのおつかい? あ、お正月特番で今夜」
「ちがいます。ほしいものがあったから、かいにきました」
「欲しい物って?」
「せいばーぎあです。でもおもちゃ屋がどこかわからな」
 走子が八雲の肩を両手でがっしりと掴んだ。
「案内してあげるみんなごめんねちょっと八雲ちゃんを玩具屋まで連れてくから抜けるねでも夜の食事会にはちゃんと行くからそれじゃ行くよ八雲ちゃん!」
 早口で言い終えた瞬間には走子は八雲を肩車して法定速度をオーバーする速度で駆け出していた。
 彼女の去った後にはぽかんとした表情のメンバーが四人残されていた。


「この玩具屋ならセイバーギアも関連パーツも揃ってるよ」
 スポーツカー並の速度で走った走子は二十秒で目的の玩具屋に到着していた。そんなのに肩車されれば普通の子供なら泣きだすか気絶しそうなものだが、八雲は肝が据わっているのかずれているのか、普段のぼんやりした表情のまま「ありがとうございました」とお礼を言った。
 ちなみに、その玩具屋は先日のクリスマスに灰児と走子が訪れたのと同じ店だったがそれは八雲の知るところではない。
「店内でまた迷子になっちゃうと大変だからあたしもついてくね」
「かさねがさねありがとうございます。……?」
 八雲は走子の申し出をありがたく感じていたが同時に少し気になった。自分の買い物に付き合わせる形になっているのに、どうして走子はこんなにうれしそうなんだろう、と。
 走子が先導する形で店内を歩いていくと、大々的にコーナーが設けられた一角に行き着いた。そのコーナーはもちろんセイバーギアのものだ。元日だからかお年玉をもらった子供でコーナーはいつも以上に賑わっているようだ。
「混んでるね。あ、八雲ちゃん。何か欲しい種類のセイバーってある?」
「かいろすせいばー」
「あ、ひょっとして今日放送した劇場版見た? あたしもブルーレイで持ってるんだけど一応タイマー録画してなんでもないよ」
「……?」
 その「なんでもないよ」は致命的に手遅れだったが、八雲は少し首を傾げるだけでそのことは特に気にしなかった。
「でも、カイロスセイバーは無理かな。あれの特別パーツって劇場公開時に抽選で一名様に当たるって仕様だったから一般には出回ってないの。あたしも千通くらい出したけど当たらなんでもないよ」
「ざんねん……です」
 その「なんでもないよ」は絶命的に手遅れだったが、八雲はさして気にせず手に入らないことを残念に思っただけだった。
「で、でも他にも良いセイバーは沢山あるから! 人型猛獣型恐竜型鳥獣型爬虫型昆虫型魚獣型器物型機械型精霊型、さらにはそれらのハイブリッドで何でもござれ! パーツの組み合わせは無限大!」
「すきなんですか? せいばーぎあ」
「…………うん」
 走子は観念した。自分でも隠しておけないと観念した。相手が八雲だから気づかれていなかっただけで、彼女のはしゃぎようは同好の士を増やそうとするマニアのそれだった。その八雲にすら気づかれるようではいよいよ無理だと判断したのだろう。
 十八になってもまだセイバーギアに嵌り続けている、というのは走子の数少ない秘密の一つだった。久留間戦隊のメンバーにもばれないようにこっそりと続けていた趣味で、お陰で大会にも出れないし公言も出来なかった。しかし今日は八雲がセイバーギアを始めると聞いてはしゃぎすぎたのかもしれない。
「そうなんですか。それではごしどうごべんたつよろしくおねがいいたします」
「おかしいよね、笑いたければ笑って…………え?」
 走子の予想に反して、八雲の口から出たのは『誰かに何かを教えてもらうときに言う丁寧な言葉』だった。
「せいばーぎあのことはまだよくわからないので、いろいろおしえてください」
「……任せて!」
 八雲の純真さに感動しながら走子は力強くサムズアップした。


 二時間後、リビングには設計図とにらめっこをしながらセイバーを組み立てる八雲と横で教えている走子の姿があった。
 セイバーギアは子供でも遊べるし組み立てられる玩具だが、それでもこういうこと自体が生まれて初めての八雲は四苦八苦しつつ、走子に教えてもらいながら組み立てていた。
 その甲斐あって、段々と八雲の手の中でセイバーが形になっていくのだが……それははまりすぎていた。
 そのセイバーは蜘蛛型だった。
 それは全セイバー中でも人気の無いほうから数えたほうが早いシリーズだ。走子も「見た目が女の子向けでないし、動きもトリッキーで初心者向きじゃないからやめたほうがいい」と言ったのだが、結局八雲は蜘蛛型の関連パーツを買い揃えた。
 なぜなら、八雲の心の中の本能がこれを選べと言っていたからだ。
 そして、『こういうのはキャラクターの性格や設定にあわせたデザインじゃなきゃ駄目ですよー? だから八雲は絶対蜘蛛ですよー?』という天の声が聞こえたり聞こえなかったりした。
 そして……。
「できた」
「おめでとう八雲ちゃん」
 八雲は自分の手で一体のセイバーを完成させていた。
 自分の手で成し遂げたからか、八雲の表情は少し誇らしげだった。
「ふむ。よくできてるじゃないか」
「はい、八雲ちゃんとっても真剣に頑張って…………学者さんいつから?」
「五分ほど前だな。二人とも夢中になっているようだったから声はかけなかったんだが」
 真剣に頑張りすぎていたのは走子も同じだった。それこそ、灰児の気配に気づかないほどに。
「調査といい、クリスマスのときといい、久留間君には助けられてばかりだな」
「わ、わ……」
「輪?」
「わすれてくださーーーーーーい!!」
 走子は顔を真っ赤にして、マンションの窓から飛び出していった。
 ギリギリで窓を割らないだけの理性は残っていたが、どこから出るのかまで考える余裕はなかったらしい。
 ちなみに、灰児の部屋は十五階である。
「……やはり身体強化系はすごいな」
 灰児が走子の身体能力に素直に感心していると、八雲がてこてこと寄ってきて灰児の服の裾を掴んだ。
「ハイジ、セイバーギアで勝負したい」
「……あー」
 そう言われても、セイバーギアを持っていない灰児にはどうしようもない。
 今から玩具屋に行って自分の分を買ってくるべきだろうかと考えていると、リビングのソファーの上にリリエラが出現した。
 ……その手にセイバーギアを持って。
「ふっふっふ、遂にこの日が来ましたねー。対戦相手もいないのに延々とカスタマイズを続ける日々も別れを告げますよー! 私のシルクサンドが相手になりますよー!」
「……しょうぶ!」
 そう言って二人はリビングを舞台にセイバーギアの初バトルを始めた。
 それをリビングの壁に寄りかかりながら灰児は観戦していた。
「ふっふっふ! シルクサンドの分裂テレポート攻撃をいつまでしのげますかねー!」
「九蜘蛛《ツクモ》はまけない……!」
 ヒートアップする二人のバトル。
 セイバーギアを持たない灰児はそれに混じれず観戦している。
 多くの人間が少年期に味わうことになる持つ者と持たざる者の間の疎外感を感じながら。
「……やっぱり私も買ってくるか」

 セイバーギア。
 セイバーと呼ばれる特殊なハイテクを駆使したフィギュアを動かしてバトルする新世紀ホビー。プレイヤーはバトルの勝敗に誇りのすべてを賭ける。 おもちゃ好きな双葉学園初等部の生徒たちの間でもこの『セイバーギア』ブームは熱く静かに広がっていた。
 そして大人やデミヒューマンラルヴァの間でも地味に流行っていた。


 余談。
 走子が夕食の食事会に出席すると、そこにはなぜか組んだばかりのセイバーギアを持った久留間戦隊のメンバーが待っていたという。


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 了
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