【セイバーギア外典 -Gears of Force-】


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 *こちらのバージョン前提でルビとか振ってあります


 ガラクタの山を猫車――工事現場で土砂運搬に使う一輪のアレだ――に乗せて戻ってきた会
長の姿を見て、工克巳《たくみかつみ》は肩をすくめた。
「蛇蝎《だかつ》さん、どうするんですか」
「修復しろ。さすがに今回のは大きすぎた、予測ができても対応できないのでは意味がない」
「いや、そうじゃなくて、セイバーギアじたい……」
 元からジャンクつぎはぎの急造品だった上、派手にやられてバラバラになった〈ヘビィース
コルピオン〉の惨状を前に、克巳はため息をつく。
 裏|醒徒《せいと》会の長である蛇蝎|兇次郎《きようじろう》が、チビっ子たちに大人気
の対戦型遊具〈セイバーギア〉に、年甲斐もなくのめり込むようになってから、そろそろ二週
間になろうとしていた。
 拾い物でできているので、大して元手はかかっていないとはいえ、毎度のように破壊されて
いては修理費も目に見える額となってくる。
「ホントに、ガキのお遊びにつき合ってどうするの?」
 今回は珍しく、裏醒徒会の初等部担当兼マスコットである、相島《あいじま》陸《りく》も
克巳の意見に賛同するようだった。兇次郎のギアである〈ヘビィースコルピオン〉は規格外の
巨大セイバーであり、その運搬用として、いわば魔法のポケットである陸の異能〈カットアン
ドペースト〉はフル活用されていた。拘束時間が長いために、遊びまわれないのが不満なのだ。
 陸を見る兇次郎の目は、意外なほどまじめだった。
「相島、そもそもこの任務に適しているのはきさまなのだぞ。セイバーギアの主な対象年齢は
小学生児童だ」
「でもさ蛇蝎おにいちゃん、ぼくがいきなりセイバーギアはじめたって、まわりのみんなに、
なにかたくらんでるって思われるだけだよ」
 陸の反論に、さしもの兇次郎も答えに詰まった。弱冠十一歳でありながら「きれいなおねえ
ちゃんが大好き」な陸は早熟の色男であり、女性との接点につながらないことにはろくに興味
を抱かない。携帯ゲーム機は持っているが、ささっているソフトの内容は、「お友達とアドレ
ス交換をして仲良しポイントを貯めよう!」という感じの、リアルで会うことを前提としてい
るものだ。もちろん陸の持っているアドレスは、大学部や若手の女性教職員、学園近隣の「お
ねえちゃん」たちのものばかり。
「……それは認めざるをえん。だから運ぶのくらいは黙って手伝ってもよかろう」
 兇次郎は陸の見解を半分は首肯した。白々しい顔をした陸にギアバトルをやらせるより、自
ら〈魔王〉を名乗って大仰な芝居をしていたほうがまだマシであろう。金銭をかけることので
きないポンコツマシンで、どうやって戦うかを考えるのが意外と楽しい、ということは黙って
おくことにした。
 だが。
「来週の日曜日、区大会予選のある日は無理だからね。ずっと前から約束があるんだから」
 と、陸の返事はつれないものだった。しかも兇次郎にとっては、意外な情報も含まれている。
「大会の日程をなぜ知っているのだ?」
「清廉《せいれん》おねえちゃんに教えてもらった。島内には中継するんだって」
「なるほどな。あながち執行部もアホばかりではないようだ。初等部の発掘には余念がないな。
やはり、やつらにだけ青田刈りをさせてはいられん」
 妙に気合の入っている兇次郎の様子に、陸と克巳は顔を見合わせた。欠食児童に食事をさせ
るなど、初等部の児童を懐柔して裏醒徒会シンパに仕立てていくのは、兇次郎にとって最も重
要な戦略であるのだが、陸や克巳にはまだそこまでの長期的な視点はない。おそらく、裏醒徒
会ナンバー2である笑乃坂《えみのさか》や、影の協力者である清廉も、兇次郎が十年の時を
費やしてでもこの島の支配権を得ようと、本気で考えているとまでは、気づいていないだろう。
 蛇蝎兇次郎は遠大な男であった。
 そして兇次郎の見たところ、子供たちの間で流行っている〈セイバーギア〉は、金の卵を見
つけ出すのに最適な計器だった。双葉区内で売られているセイバーギアは一般流通しているも
のとはすこし違う。異能の力に感応するのだ。
 子供たちにとっては遊びながら異能を磨くことのできる格好の教材であり、大人たちから見
れば開花しつつある才能をすぐに見出すことのできる便利な鈴だった。年端もいかぬ幼い子が
異能を暴走させ、周囲を傷つけ、自らも深いトラウマを負ってしまうようなことは、遠からず
なくなるだろう。
 そしてそれは、異能者を完全に管理する社会の到来をも意味するのかもしれない。兇次郎が
自らを悪と規定し、体制に与しないアンチテーゼたろうとしている理由は、そうした流れに対
して、彼の灰色の脳細胞が警鐘を鳴らしているからなのだろうか。
 しかし、兇次郎は己の考えていることを軽々と明かしはしない。克巳に〈ネオ・ヘビィース
コルピオン〉の仕様を指示し、必要なパーツを調達するため、兇次郎は裏醒徒会のアジトであ
る野鳥研究会室をあとにした。実際には〈ネオ・ヘビィースコルピオン・リターン・マーク7〉
くらいなのだが、細かいことを気にしていては大物にはなれないというものだ。


 セイバーギアは民生用技術としては最先端といって差し支えのないハイテクの塊であり、け
っこう高価な玩具だった。小学生では、誕生日やクリスマスにコアパーツをプレゼントしても
らうほかには、毎月のお小遣いでカスタムパーツをひとつずつそろえていくのでやっとだろう。
双葉区特別仕様の〈異能反応〉型は、その改造費の分は政府からの補助金でカバーされている
ので一般流通品と同程度の価格に抑えられているものの、苦学生である兇次郎にとってはなお
お高い買物だ。
 結果として、兇次郎は中古パーツを置いてある店をまわることになる。場所に余裕のある店
では、セイバーギアの対戦リングを置いてあることも多い。
 一軒めは空振りで、二軒めの店に入ったところで兇次郎は足を止めた。ちょうど野試合がは
じまるところに出会したのだ。どちらも初等部の三年生か四年生で、異能の資質を秘めている
ようだった。見物していくことにして、兇次郎は長椅子に腰を下ろす。
 線が細く青白い、インドア派であることがあきらかな子と、健康そうに陽焼けしている子が
対決するようだ。もっとも、ギアバトルにおいて体格の違いは影響を与えない。事前のセッテ
ィングの妙と、臨機応変な判断力、そして精神力がものをいう。異能反応型のセイバーは、気
持ちを込めて応援すれば本当に強くなるのだ。
 精神戦の中には、もちろん場外での舌戦も含まれる。先に口火を切ったのは、陽焼けしてい
る子のほうだった。
「おまえ、転校してきたばっかのくせに、チョーシづきすぎてるんじゃねえのか?」
「きみがなにをいいたいのか、よくわからないな」
「その態度がチョーシこいてるっつってんだよ!」
「いいから、早くギアバトルしようよ。決着をつけようっていったのはそっちでしょ」
 冷めた調子で、白細い子が自分のセイバーを手に取った。鳥型セイバー〈フォトンレイブン〉
に若干のカスタマイズを施した機体のようだ。素早いが脆い、扱いの難しいセイバーである。
 一度舌打ちして、陽焼けしている子もセイバーを構えた。カメ型セイバー〈マッドトータス〉
に見えるが、こいつは甲羅の下になにを隠しているのかわからない。格闘用クローが出るか、
射撃用のキャノン砲が出るか、意表をついて宙を飛ぶやつまでいる。
 ギャラリーは、兇次郎のほかに六人。店番のおばちゃんがカウンターからそれとなく目を配
っており、残りの五人は陽焼け坊やの取り巻きのようだ。
 対峙するふたりが、腕を振り上げる。スターターシグナルにあわせて、ファイティングコー
ルを唱和する。
『レディ――ゴーーーーー・セイッ!!』
 開始の合図とともに、バトルフィールドの中に、両者のセイバーが投じられた。当然のごと
く、フォトンレイブンが素早い動きで先手を取った。レイブンがくちばしを開くと、青白い波
形が迸り出て、マッドトータスを襲う。トータスは甲羅の中に頭と四肢を引っ込め、防御態勢
をとった。レイブンの吐いた青白い波は、トータスをたたくだけではなくフィールドの盛り土
を円錐形にえぐりとっていく。
「この坊主――音波遣いか」
 兇次郎がつぶやく間にも、レイブンは距離をつめてトータスへ蹴りを入れる。続いて鋭いく
ちばしを甲羅へ打ち込んだ。二度、三度、四度――だが防御形態のトータスはびくともしない。
 効果の薄い攻撃を中断すると、レイブンは二脚でジャンプし、店舗の天井近くまで舞いあが
った。さすがのセイバーギアといえど、自由自在に飛び回れるほどではない。ジャンプしたり、
滑空したりする程度だ。
 トータスの真上につけたレイブンが、翼をたたんで急降下に移る。
「いけ、スパイラル・ダイブ!」
 白細い子の声に応え、レイブンがドリルのように回転しながらトータスへと迫った。さらに
くちばしの先が青白く光る。ダイブ+ドリル+ソニックアンカー――よほど守備に特化した異
能でない限り、マッドトータス自体の防御力でこの攻撃に耐えることは不可能、それが、蛇蝎
のはじき出した結論だった。
 そこで、トータスが動いた。後脚としっぽだけを支えに、立ちあがる。飛び込んでくるレイ
ブンに向け、トータスの甲羅から、前脚の代わりに二門の大砲が突き出された。
「意外な速攻勝負になったな」
 と兇次郎が口にするのとほぼ同時に、陽焼けしている子が、叫ぶ。
「コラテラル・バースト!!」
 トータスの大砲が、火を噴いた。どうやら、陽焼けしている子の異能は、火器の威力を増幅
させるものらしい。
 ゼロ距離射撃と同時にレイブンの超音波を食らい、トータスは地面にひっくり返った。一方、
レイブンはリング外にまで吹き飛ばされ、右羽根を失った無惨な姿をさらしていた。しばらく
すると、トータスが甲羅に脚を引っ込め、反動をつけて起きあがる。ダブルKOというわけで
もなかったようだ。マッドトータスの、陽焼けしている少年の完勝であった。
 五人組から大歓声があがる。
「っしゃー!!」
「さすがだぜヨシ!」
「やっぱり正義が勝ったぜ!」
 陽焼けしている少年が、得意げに取り巻きたちのほうへ振り向いた。
「当然、こんな新入りなんかに負けるかよ」
 盛りあがる勝者の側に対し、敗れた白細い子は茫然としていた。床に転がっている愛機を拾
いあげることも忘れ、ただ立ちつくす。
「いいか、おれたちが勝ったんだからな。明日からは逆らうんじゃねえぞ。お代わりはおれた
ちが優先なんだよ。ジャンケンで決めるなんて、そんなナンセンスなことはねえの。それがE
組のオキテなんだ、わかったな」
 と、陽焼けしている子――ヨシは敗者へいい渡すと、意気揚々と仲間を引き連れて店を出て
行った。争いの原因を察して、兇次郎は苦笑を漏らす。給食のお代わりが公平に分配されない
のはおかしいと主張した転入生の正論は、通らなかったわけだ。
 だが、ルールに則って定められた力関係になら、正当性はある。覆したければ、再戦を挑ん
で勝てばいい、いや、勝つしかない。
 白細い子がのろのろと動き、床からレイブンを拾いあげた。高々と頭上に掲げられたその腕
を、兇次郎は無言でつかむ。
 びくりと、白細い子が兇次郎の顔を見た。この子ほどではないが兇次郎も血色は良くない。
頬がこけ、眼光鋭い裏醒徒会長の容貌は、小学生から見ればかなりの威圧感がある。現にこれ
までも、初見でなついてくれた児童はほとんどいなかった。
「な、なんだよあんた!?」
 案の定、その声は震えていた。兇次郎は、いきなり叱責する。
「物を粗末にするな、愚か者め。だからきさまは負けたのだ」
「ちがう! ぼくは勝ってた、この、こいつがちゃんと動いてれば――」
「そんなことではあと百回やっても百回負けるぞ」
 兇次郎は凍るような口調を浴びせた。それから、わずかばかり調子を緩めて、訊ねる。
「小坊主、この島に越してきたのはいつだ?」
「一ヶ月前……です」
「ここにくる前もセイバーギアをプレイしていたのか?」
「うん……いえ、はい、やってました」
「では、ここの島のセイバーギアが特別なことはわかっているな?」
「異能の力がセイバーにでるんでしょう」
「それだけではない。異能の力とは精神の、魂の力だ。きさまの心をセイバーに通わせること
で、はじめて本当の力を発揮する。あの小坊主……ヨシといっていたか」
「あいつは筒井《つつい》由典《よしのり》っていう名前です」
「由典はあのセイバーでもう何ヶ月もギアバトルを戦ってきているだろう。この島にやってき
て一ヶ月程度、しかもあまりセイバーを大事に思っていなかったきさまでは、まだまだ敵わな
い相手なのだ」
 白細い子は口をへの字にしてしばらくレイブンへ目を落とし、それから顔をあげた。
「強くなりたい」
 兇次郎はひとつ口の端に笑みを浮かべてから、きびすを返した。白細い子には背を向けたま
まで、いう。
「その言葉に偽りがないのなら、ついてこい」
 そしてそのまま歩きはじめた。この小坊主はものになる――そんな予感がしたので。
 ちなみにパーツ屋のおばちゃんは、「物を粗末にするな」と子供を諭す青年にすっかり感心
していたので、小学生男児連れ去り容疑で兇次郎がお縄になる危機はどうにか回避されること
になった。


 意外な邂逅は、野鳥研究会室で果たされた。陸はとっくに帰ってしまっていたが、克巳はま
だ残っていて、〈ヘビィースコルピオン〉の残骸から使えるパーツを選り分けていた。
 兇次郎がつれてきた白細い子と克巳の目が合い、しばらくお互いに硬直する。
「……に、兄ちゃん!?」
「克次《かつじ》? おまえどうしてこんなところに」
「兄弟……だと?」
 蛇蝎兇次郎ともあろう者が、この展開はまったく予想していなかった。あらためて見てみて
も、そんなには似ていない。
 兇次郎の驚愕をよそに、ひさしぶりの再開となった工兄弟は互いの近況を確認し合っていた。
「おまえも異能が発現したのか?」
「うん。|音波の錐《サラウンドコーン》っていうんだって。将来有望っていわれたけど、い
まはどんだけがんばっても、ちょっと先のガラスを割るくらいしかできないや」
「なんで島にきたのに連絡くれなかったんだよ」
「お父さんが『克巳は勘当中だからいまは家族じゃない』……っていうんだ。不良をやってる
ようだから、おまえも引き込まれるかもしれないから近づくなって」
「もう足抜けしたよ。蛇蝎さんのおかげでな」
 誇らしげな口調とともに、克巳は兇次郎へ憧憬の念のこもった視線を送った。克次もそちら
を見る。
「だかつ……さん?」
 克次の声を受け、蛇蝎はひとつ忘れていたことに気づいた。
「そういえば名乗っていなかったな。我輩の名は蛇蝎兇次郎、裏醒徒会の長だ」
「工克次です。兄がお世話になってます。……うらせいとかいってなんです?」
 ぺこりとおじぎしてから、克次は首をかしげた。
「野党の党首みたいなもんだ。醒徒会は知ってるだろう? 影の醒徒会ってわけだ」
「へえ、すごい人なんだね」
 克巳の説明は適当きわまりなかったが、克次は素直に感心した。兇次郎のほうへ向き直って、
克巳は訊ねる。
「ところで蛇蝎さん、どうしてこいつを連れてきたんですか。べつにおれの弟だからというわ
けじゃないみたいですけど」
「うむ。こいつを区大会の予選に出してみようかと思ってな」
「大会って、セイバーギアのですか?」
「そうだ。会場の外で魔王を名乗って野試合をするのでは、せいぜいふた組かその程度の実力
しか測ることができん。かといって横で見ているだけでは確かなことがわからないのが、セイ
バーギアの奥深いところだ。工、きさまならセイバーに計器を仕込むことができるだろう。そ
れを持たせて弟に大会を戦わせれば、多くの詳細なデータが手に入るというわけだ」
「なるほど」
 兇次郎の説明に克巳はうなずいた。克次のほうは目を輝かせている。
「強いセイバー使いになれるかな、ぼく」
 会長の指示となれば、克巳の動きは速い。
「とりあえず、こっから適当なパーツとって、そいつを修理しろ」
 選り分け途中のパーツが入った箱を弟に渡すと、克巳は野鳥研究会室の中央を占拠する大き
なテーブルの上をかたづけはじめた。
 今度は兇次郎が怪訝な表情をする番だった。
「なにをする気だ?」
「ちょっとこいつの腕がどんなものか確かめます」
「きさま、セイバーを持っていたのか……?」
「思いっきりパチモノですけどね。サイズ規格しか合わせてないんで大会には出られません」
 一度テーブルの上をきれいにしてから適当に障害物を設置し直して、克巳が簡易リングを整
えるのに五分ほどかかった。その間に、克次は〈フォトンレイブン〉を修理し終えていた。右
の羽根だけ色が違うパーツになってしまったが、機能的には問題なさそうだ。
「公式リングじゃないんで外周にセンサーがありません。蛇蝎さん、ラインアウトの判定お願
いします」
 といって、克巳はロッカーからパチモノセイバーを取り出す。
「工、そいつは――」
「お察しのとおりです。〈鋼鉄《スチール》の《・》毒蛇《ヴアイパー》〉のあまりパーツで
作りました。〈小白蛇《タイニィパイソン》〉」
 蛇蝎へ説明してから、白いヘビ型のセイバーモドキを手に、克巳は弟へ声をかけた。
「準備はいいか?」
「うん」
 フォトンレイブンを掲げて、克次が応じる。スターターシグナルもないので、兇次郎が右手
をあげた。
「レディ――」
『ゴーーーーー・セイッ!!』
 兄弟のそれぞれの手からセイバーが放たれる。タイニィパイソンとフォトンレイブンは同時
にフィールド上に接地したが、レイブンが二歩進んだときには、すでにパイソンがその側面を
捉えていた。
「はやい……!?」
 克次の驚愕をよそに、パイソンが長大なしっぽを振るってレイブンを打ちすえる。向き直っ
てレイブンはくちばしを繰り出すものの、パイソンは身を捻って躱し、敵の足元へ滑り込んだ。
脚に絡みつかれかかって、レイブンは両翼を羽ばたかせて逃げる。
「相手の動きをよく見ろ。一瞬ごとに判断を変えるんだ」
 兄の声が聞こえるが、克次にその内容は理解できない。人の話の意味を聞き取っている場合
ではなかった。
 パイソンは常にレイブンに張りつくように動いてくる。くちばしや蹴爪で攻撃しようとして
も、ヘビの長い身体はすべてが武器だ。どこを攻めても、しっぽか牙によってかならず反撃さ
れてしまう。痛み分けを続けていては、耐久力の低いレイブンに勝ち目はなかった。
 削り合いでは負けてしまうと悟って、克次はレイブンを一気に飛び退がらせ、ついに必殺の
サラウンドコーンを放った。だが、障害物として置かれていた、五〇〇ミリペットボトルをひ
しゃげさせて吹き飛ばすのが関の山だった。
 サラウンドコーンを身を縮ませて回避したパイソンは、身体下半分をバネとして跳ねあがり、
そのまま身体上半分を螺旋状にしたままレイブンの首に飛びかかった。一気にレイブンの首に
巻きつき、締めあげる。
 勝負はついた。
 有効打の一発すらなし。克次にとっては、〈マッドトータス〉戦よりはるかにひどい、いい
とこなしの完封負けだった。
「そ、そんな……」
 床に崩れる弟へ近寄って、克巳はその肩をたたいた。
「この白蛇《パイソン》を倒せるようになったら、ほとんどの小学生が使うセイバーに勝てる
ようになるさ。こいつはインチキセイバーなんだ、チートだよ」
「いんちきって、どういうこと……」
「こういうことだ」
 といって、克巳は制服のブレザーを脱いだ。兄の胴に巻かれた、鈍色の金属光沢が、克次の
目を奪う。
「これがおれの異能の真髄、〈鋼鉄《スチール》の《・》毒蛇《ヴアイパー》〉だ。そんじょ
そこらの怪物《ラルヴア》には負けない真物の武器だよ。白蛇《パイソン》はこいつのミニチ
ュアなんだ。セイバーギアはあくまでもオモチャ、実戦用の武器じゃない。――まあ、トップ
ランカーには、こっちの毒蛇《ヴアイパー》本体にもセイバーで勝っちゃえそうなバケモノが
そろってるけどな」
 克次の知っている兄は、こんなに恰好よくなかった。わかれて数ヶ月でこんなにもまぶしい
存在になっているとは。きっとそれは、兄が異能のパワーを正しく使っているからなのだ――
と、幼い克次は素直に感動した。
「兄ちゃん……ぼく、強くなるよ。兄ちゃんと一緒に怪物《ラルヴア》退治に行けるように、
セイバーギアでトレーニングするよ」
「よし、やるか。ちなみにこの白蛇は完全自動型だから、手加減するモードはついてない。覚
悟はいいな」
「ぼくがんばるよ、兄ちゃん!」
 そんな、「兄弟よ大志を抱け」の図式と化している克巳と克次の様子を、兇次郎は生温かい
笑みで見守るのだった。


 翌週の日曜日――商店街の大型ホビーショップにて、セイバーギア双葉区大会の予選Bブロ
ックが開催されようとしていた。
 双葉区大会で優勝しても、都大会、地区大会、全国大会への扉は開かれることはない。異能
感応式のセイバーギアは双葉区内限定モデルなので、仕方のないことではある。純粋にセイバ
ーギアを極めたいなら、非異能型の一般品を持って、区外の大会に出なければならなかった。
 そして基本的には、初等部児童のための大会だった。異能育成のためのマシンなのだから、
当然の措置ではある。魂源力《アツイルト》を数値的に測定するだけではわからない、疑似実
戦の中で磨かれた、将来のエース異能者候補を発掘するのが体制側の目的なのだ。
 フリークラスへの出場を希望する児童であっても、まずは初等部の階級で優秀な成績を収め
なければならない。
 出場者よりもギャラリーのほうが何倍も多く、会場は大盛況だった。メモやモバイル、ファ
イルを手に、真剣な面持ちをした大人が何人も混ざっている。中には、白衣を着たままの人も
いた。島内の異能関係の研究者なのだろう。優秀な異能者の卵を探しているのだ。
 気合充分で予選に挑んだ克次は、抽選の結果、初戦で因縁の相手とぶつかることになった。
クラスメートの筒井由典――克次にとっては、またとないリターンマッチの好機である。
 克次の姿を目にして、由典は余裕の表情だ。
「ふん、またおまえか。何度やってもおれの〈マッドトータス〉には勝てやしないぜ」
「きみの技は前回の戦いで見せてもらった。換装命の〈マッドトータス〉なのに、実質一択。
仮にぼくに勝ったとして、二回戦どうするの?」
「……そのナメた口を二度とたたけないようにしてやろう。リングアウトなんてヌルいことは
なしだ。岩に押しつけてコナゴナになるまでコラテラル・バーストをくれてやる」
 ただ勝つだけでは収まらなくなった由典は、マッドトータスを克次へ突きつけた。対して、
克次はおもむろにセイバーを取り出す。
 由典が嘲笑を浮かべた。
「新しいセイバーか。ホイホイ乗り換えるようなやつがビッグになった試しはないぜ」
「姿を変えただけさ。これがぼくの〈有翼虹蛇《コアトル》〉セイバーだ」
 有翼虹蛇《コアトル》は、コアパーツをフォトンレイブンから受け継いでいる。頭を取り替
え、胴をシェイプアップし、しっぽを伸ばして、脚をオミットした。パーツは〈ヘビィースコ
ルピオン〉の残骸から拝借した、ジャンクではあるがすべて正規規格の品だ。
 改造したのは、もちろん克巳である。
「両者、構えて」
 セイバーギアの公式戦にはジャッジがつく。陸なら喜びそうな感じのお姉さんの指示に従っ
て、克次と由典はセイバーを掲げた。
「レディ――」
『ゴーーーーー・セイッ!!』
 有翼虹蛇《コアトル》とマッドトータスは、同時にバトルフィールドへ降り立った。が、ト
ータスは由典の手から離れた瞬間から砲身を展開し、着地するなり弾丸を撃ち放つ。ルール上
は違反ではない。
 たちまち連鎖する爆発が有翼虹蛇《コアトル》の姿を覆い隠す。
 無駄弾を撃つことはなく、由典は油断なくフィールドを見渡した。このバトルのステージデ
ザインは「岩の荒野」だ。そこそこ障害物があるものの、プレイヤーの視界を遮る極端なサイ
ズの構造物はない。天へ向けて細長く伸びる岩山の影になっている部分は、プレイヤー自身が
動けば視線を通す位置までいける。しかし有翼虹蛇《コアトル》は見えなかった。
「なんだ、待ちでどうにかなるとでも思ってるのか。マッドトータスのビッグキャノンは岩山
のオブジェくらいぶっ壊せるぞ。時間切れまで、かすられもせずに逃げていられたとしても、
ドローにしかならないぜ」
 由典が煽ってくるが、克次は黙って腕を組んでいた。そう長く待つ必要はない。爆煙が晴れ
――そこに有翼虹蛇《コアトル》の姿は影も形もなかった。
「なに……?」
 障害物の裏に隠れているのかと、由典は右へ左へと動く。それでも有翼虹蛇《コアトル》は
見つからない。由典の動きに合わせて岩陰をまわり込む、ということはできないはずだった。
マッドトータスは自動照準でも砲撃できるからである。トータスと由典、その両方の視界から
同時に姿を隠すことは不可能だ。
 フィールドの地上部分では。
「……まさか!?」
 由典が気づいたときには、トータスのすぐ脇に屹立している岩山の頂上から、有翼虹蛇《コ
アトル》が音もなく滑り降りてきていた。トータスが向き直るよりも早く、しっぽの先端で右
後脚を絡めとり、ひっくり返す。
 背中側に比べれば、亀の甲羅の腹側はずいぶんと薄い。有翼虹蛇《コアトル》の牙が突き刺
さり、さらにサラウンドコーンがたたき込まれた。衝撃が浸透し、トータスの巨体が震える。
 有翼虹蛇《コアトル》が鎌首を逸らせ、もう一撃くれてやろうというところで、トータスの
後脚が甲羅の中に引っ込んだ。開いた穴からジェット噴射をして、背中を地面にこすりつけつ
つもトータスは有翼虹蛇《コアトル》の間合から逃れる。
 したたか被った損害に、由典は歯噛みした。
「くそ、どうやって岩山を登った。いや、岩山の頂上から頂上に飛び移るのに、おれが気づか
なかったはずはない」
「登るのは簡単だったよ。最初の砲撃にまぎれればいいだけなんだから。そして、煙が晴れた
とき、きみは存在しない有翼虹蛇《コアトル》を探すために意識を集中しすぎたんだ。岩山の
間を飛び越えるのには二秒もかからない。それにここの会場は応援でうるさいからね。実際に
気づかなかったでしょ?」
 と、克次はこともなげに答えた。カメレオン能力を使ったわけでもなく、ただ隙をつかれた
だけだというのは由典にとって信じ難いことだった。しかし、今日の試合は公式戦、一度リン
グの外へ抜け出して大まわりをするというようなインチキはできない。
 ほんの数日でなにが変わったというのか。本人が腕を上げたのか、セイバーの性能か。
 ――セイバーの性能だ。現に変わっているじゃないか。
 由典は自分のセイバーのことを思い出した。マッドトータス――鋼の守りと岩の体力を誇る、
信頼できる相棒。そうだ、あんな新入りに負けるものか。
 由典は拳を固め、叫ぶ。
「いけマッドトータス、おまえの本当の力を見せてやるんだ!!」
 トータスも吼えた。カメとは思えない速度で、有翼虹蛇《コアトル》へと突き進む。
 サラウンドコーンの一発や二発は根性で受けるつもりだったが、有翼虹蛇《コアトル》は真
っ向から迎え討ってきた。
 激突する。
 接近戦でなら有翼虹蛇《コアトル》はトータスの敵ではない。脚払いで転ばされてもそんな
のはダメージのうちに入らないし、接触距離でのサラウンドコーン以外に有翼虹蛇《コアトル》
側にはまともな攻撃手段がない。それに対し、トータスの爪や牙は、鈍重なので躱されやすい
ものの、一発でもあたれば有効打だ。
 ――と由典は踏んでいたのだが、有翼虹蛇《コアトル》は真っ正面からぶつかってきたとみ
せて狡猾だった。身を捻ってトータスの牙を躱し、滑空を補助する役にしか立たないと思って
いた翼で爪攻撃を受け流す。一方で有翼虹蛇《コアトル》の牙はトータスの四肢にチクチクと
噛みつき、わずかずつだが体力を奪っていく。
「くっそ……」
 思いもよらない展開に、由典の背中をいやな汗が流れ落ちた。甲羅にこもるのは問題外だ。
このまま戦っても、タイムアップまでトータスの体力は保つのである。もちろん待っているの
は判定負けという結果だが。
 トータスの攻撃が二発あたればイーブンにまで戻る。しかし由典はセイバー使いとしていっ
ぱしのレベルには達していた。その戦士の勘が告げるのだ。これでは勝てないと。
 由典は、ただひとつの逆転の可能性に賭けることにした。変幻自在の有翼虹蛇《コアトル》
の攻撃に耐えながら、トータスに一歩ずつカニ歩きをさせる。じりじりと右へ。
 克次も相手がなにか企んでいることには気づいていた。が、下手に離脱すればトータスのビ
ッグキャノンが火を噴く。あたる確率はほとんどない攻撃ではあるが、仮にもらってしまった
ら近接打撃より痛い。逆転を許してしまう。
 ついにトータスは賭けに出るポイントへ到達した。由典は迷いなく必殺技を宣言する。
「いけぇ! コラテラル・バーストッ!!」
 トータスの前脚が引っ込み、ビッグキャノンが展開された。もちろん、こんな至近距離で砲
身をのんびりと伸ばしたところで、その動きは克次にとっても有翼虹蛇《コアトル》にとって
もスローモーションに等しい。
 あたるわけはないが、だからこそ由典がなぜこんな行動をとるのか、それが克次には引っか
かっていた。まだ時間はある。最後っ屁には早い。有翼虹蛇《コアトル》をトータスの右サイ
ドへまわり込ませようとし――砲門が追尾してこなかったことで、克次はようやく相手の狙い
に気づいた。
「させるかっ!」
 有翼虹蛇《コアトル》のしっぽの先で、トータスの右後脚を払う。バランスを崩しながらも、
トータスのビッグキャノンは由典の異能によって限界以上の火力を絞り出されていた。
 撃ち出されたコラテラル・バーストはわずかに狙いがそれ、有翼虹蛇《コアトル》の背後に
そびえていた岩山の根元部分を七割ほど吹き飛ばす。
 岩山が崩れはじめた。その方向は、由典の狙いとは一五度ばかりずれていた。そして岩山の
上部が落ちかかってくる地点には、バランスを崩してひっくり返っているトータスがいた。
 克次は有翼虹蛇《コアトル》に指示を下す。その動きを見て、由典が叫んだ。
「なんのつもりだ!?」
「トータスが潰れちゃうだろ!」
 まだ逆さまのままのトータスの前に、有翼虹蛇《コアトル》が進み出る。そこへ、巨大な岩
の塊が降りかかってきた。真物とは違う、ぎっしり詰まった岩盤ではないといっても、セイバ
ーギアを単なる燃えないゴミに変えてしまう程度の重量はある。縦横は二〇センチ、高さはそ
の二倍ほど――
「サラウンド・バスタァーーーッ!!」
 克次の必殺コールに応えて、有翼虹蛇《コアトル》が音波の槍を撃ち放った。振動波が、迫
りくる岩を分割し、四散させる。
 エネルギーのほとんどを使い切り、有翼虹蛇《コアトル》が動きを止めたところで、マッド
トータスがちょうど起き上がった。だが、由典は自らバトルフィールド内へ身を乗り出し、腕
を伸ばして愛機を拾いあげた。ドロップアウトだ。
「試合放棄とみなします。勝者、工克次くん!」
 ジャッジのお姉さんがフラッグをあげて試合終了を宣告した。これで、克次は異能感応型の
セイバーギア公式戦において、記念すべき初勝利を挙げたことになる。
「攻撃すればそっちの勝ちだったのに、どうして?」
 と、克次は由典へ訊ねた。マッドトータスを両手で抱えて、由典がぼそりと答える。
「……おまえはこいつを助けてくれたじゃないか」
「それと試合はべつだよ。勝手にエネルギー使ったのはこっちなんだから」
「そんなんじゃおれが勝ったことにはならない!」
「もしかして、余計な真似だったかな」
「そうじゃない。おまえがトータスを助けてくれて、すごくホッとしたんだ。なのに、おれは
先におまえのセイバーを岩で潰そうとしてたんだ……」
 ばつの悪そうな表情の由典に対し、克次は、にぃ、と笑ってみせる。
「もう、ぼくたちは友達《ライバル》だろ、筒井」
「ありがとう……。いままでごめんな、工」
「べつにいいよ。ぼくのほうが、余裕がなくて弱いやつだったんだ」
「なんか、ホントに強くなったなあおまえ」
「まだまだだよ。やっと自分が弱いんだってことに気がついただけ。それより、今度一緒にう
ちの兄ちゃんのところに遊びにいこうよ。兄ちゃん、すっごいセイバーギア強いんだ」
「まじで! じゃあ、ユキチとトシヤもだな……」


 結局克次は三回戦で敗退し、裏醒徒会による「青田刈り計画」は初回相応の、参考以上収穫
未満の結果に終わった。
 蛇蝎兇次郎の新セイバー〈ネオ・ヘビィースコルピオン〉は、以前のものよりはずいぶん小
型に仕上がった。とはいえ拡張スロットは潤沢に準備されているので、今後〈魔王〉蛇蝎がど
のようなセイバーギアを駆って暗躍するのかは本人のみぞ知るところである。
 そして、野鳥研究会室がセイバーギア同好会室になりかけてしまい、半月ほど裏醒徒会の一
部メンバーの頭を悩ませることになったという。

  おしまい


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