【遠野彼方は普通である】




【遠野彼方は普通である】 その1


「昨日、醒徒会室に行ったんだ」
 昼休みの教室。遠野彼方は友人と食事をとりながらこう話し始めた。

 遠野彼方をひとことで言い表すならば「普通」であろう。
 容姿をはじめ勉強もスポーツも平均よりややまし、ましてや異能も持たない彼はごく普通の「どこにでもいる学生」に過ぎない。
 個性といえば、物怖じしない性格からやたらと社交的で顔が広いというところだろうか。
 そんな彼方がお使いで醒徒会室へ書類を届けに行ったのだという。
 得意分野はないが苦手なものもない彼方はお願いしやすいのか、ちょっとしたお使いを頼まれる事が多いのだ。おおかたファーストフード店のサービスチケットをお駄賃としてもらったとかそういうことだろう。
「で? ちびっこ会長はどうだった?」
 何かと有名ではあるが普段の学園生活では縁のない醒徒会である。何か面白いネタでも拾ってきたかと箸を止めて耳を傾ける。
「うん、可愛いかったよ」
「ん?」
 ほんのりと頬を染め、ぽややんと笑みを浮かべる彼方に違和感を覚える。はて、こいつロリコンだったっけ?
 醒徒会長といえば有名も有名。藤神門御鈴は小さなボディにハイパワーと、どこかの乾電池の広告みたいな少女である。
 その比類なき異能の力と可愛らしい容姿によって多くのファンを獲得していたが、この友人は確か年上属性だったはず。
「宗旨替えか?」
「いやぁ、あんまり可愛いんでダッコしちゃったよ」
 ――!?
 教室から音が消えた。
 醒徒会長といえば有名も有名。小さな体を精一杯伸ばして醒徒会を切り盛りする姿は見るものを奮起させ、男女問わず多くの信奉者を生み出していた。もちろんこの教室内にもファンやら信者が一杯だ。
 その醒徒会長をダッコ?
「おい、彼方」
 一瞬で冷え切った教室の雰囲気も気付かず、彼方はうっとりとその時の様子を反芻している。はふぅと艶めいた溜め息までついて、なんだコイツ変に色っぽい顔しやがってとパニくりそうな頭でなんとかこの友人のバカげた発言を止めようとする。
「あったかくって、やわらかくって、ギューってすると可愛い声だすんだよね」
 ――!!
 絶対零度まで下がっていたかのような教室が一瞬にして灼熱地獄へと化す。
「か、可愛い声?」
 な、何を言い出すんだこのバカは。
 向こうで机を寄せ合っていた女生徒達や、脇でダベっていた男子生徒達が椅子を蹴って立ち上がりかけた瞬間――!!
「うん、がおーって」
 ?
 臨界点に達しようとしていた教室に疑問符が乱れ咲いた。
 がおー?
 会長が?
 あのちびっこ会長が彼方にダッコされてがおー?
「な、なんで会長ががおーなんだよ」
 なんかそれいいかもなどと思いつつも訊ねてみる。
「なんで会長ががおーなのさ?」
 逆に訊かれてしまった。
「だってダッコって」
「うん、だからビャコにゃんをダッコ」
 またもやその時のことを思い浮かべて頬を染める彼方。
「可愛いなぁビャコにゃん。つぶらな瞳に艶やかな毛並み。雄々しくも可愛い雄たけび」
 はふぅと溜め息。まるで恋する乙女のよう。
「あー……そうか」
 ビャコにゃん。
 醒徒会長藤神門御鈴が常に身のそばに置く最強クラスの式神「白虎」の愛称のひとつである。
 その姿はまさに白い虎猫のぬいぐるみ。大きな鈴をつけ、しっぽにはピンクのリボン。ニャーと鳴かずにがおーと鳴く。
 はぁー
 教室中に溜め息がもれる。
 ガタガタと椅子を戻して座り、いつもの昼食へと戻るクラスメイトたち。
 ……なんで俺こいつと友達やってるんだろう。
 そんな思いを抱きながら止まっていた箸を動かす。
「ビャコにゃんいいなぁ」
 もはやその呟きを聞くものはいなかった。

 遠野彼方をひとことで言い表すならば「普通」であろう。
 異能の力を持つ人間がおり、人類の天敵といわれるラルヴァが恐怖をもたらし、おだやかな日常のすぐ裏側には深い深い闇がある。
 そんな世界の特殊な環境である双葉学園でも、遠野彼方の日常はやはり「普通」であった。


 おわり
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フェードアウト
画面隅でビャコにゃんががおーと叫ぶ











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最終更新:2009年07月21日 20:23
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