【時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn 第二話 1】


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 永劫機。
 それはかつての双葉学園都市で造られた人造のラルヴァである。永遠を求め、永劫を求めて作られた十二体の天使/悪魔の完成形。設計・製造の過程で多くの損種実験機(ロストナンバーズ)を生み出しながらも完成した、時を統べる十二の能力を備えた――失敗作。
 黄金、白銀、青銅、鋼鉄、真鍮、亜鉛、金剛、紅玉、翠玉、瑪瑙、瑠璃、珊瑚。それらの12の金属・宝石を用いて造られた懐中時計に封じられたそれは、しかし特定の素質のある人間にしか府使えず、契約者の時を喰らい、存在を喰らう。そして自らの意思すら持ち、実用兵器としての安全的運用など問題外であるそれは、なるほど確かに「人造の怪物」であった。
 故に破棄される。故に遺棄される。故に放棄される。
 どだい無理であったのだ。不可能であったのだ。人が永遠を手にする事など。過去の歴史上、不老不死、不朽不滅を追い求めた全ての人間が悉くそして例外なく破滅したように。
 永遠など存在しない。
 万物全てに時間は等しく、死と滅びを運んでくるのだから。
 だが、それでも人は抗うのだ。永遠が不可能ならその不可能に挑戦し、現実を覆そうと。永遠が無理ならば、一瞬のそのうちに永遠を閉じ込めようと。人は抗い続けるのだ。
 だからこそ、不完全なれど。失敗作なれど。出来損ないのがらくたであれど。贋作なればこそ。
 時計仕掛けの天使/悪魔は願いを託され生み出されここに在る。





 時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn

   第二話 〝仮面〟




 ……という事らしいのだが。
 正直、半分もわからなかった。
「飲み込み悪いですね祥吾さんは……もしかして成績悪かったりします?」
「ほっとけ」
「一観ちゃんはあんなに物分りいいのに」
「女ってのはそういうオカルトが得意だからなあ」
「あらやだもしかして女性蔑視ですか? 祥吾さんってそういう人だったりします? 古いんですねー」
 土曜日の昼下がり。机の上に置かれたポテトチップスを食べながら、メフィストフェレスは言う。
 そう、メフィストフェレスだ。有名な悪魔の名前を名乗る少女。長いので俺はメフィと呼んでいる。
 そんな彼女は先ほどの説明にあったとおりの、人造の悪魔、超科学と魔術と錬金術によって作られた自動人形……らしい。まあ少なくともぱっと見ただけでは生身の普通の女の子ではある。
 ポテチ食ってコーラ飲んでるし。
「……なんだかなあ」
 ていうか、コーラルもメフィも一観はあっさりと迎え入れた。どういうふうに説明しようかと悩んでいた俺がアホのようだった。まあさすがに異能者やラルヴァの存在が一般的に知れ渡っているこの双葉学園。そこに住む人間の順応能力は大したものだ。
 俺が最初に機械仕掛けの獣に襲われた時はそりゃもうパニックになって逃げ回ったというのに。いちおう釈明しておくと、俺がへたれなのではなく、人間聞いただけの事と実際に体験した事は同じものでもそりゃもう違うものだ。今まで生のラルヴァに襲われたことのない人間がいきなり襲われたら、一応知識として知っていたところでそのインパクトの前には吹っ飛ぶというものだ。
 ちなみに、妹にはあのことは言っていない。
 そう……妹が、一観が本来死ぬはずだったことと、俺が俺の命の時間を彼女に渡すことで永らえたこと、そして代わりに俺の時間は尽き、しかしメフィによって生かされているという一連の最後のオチの部分だ。
 メフィとコーラルにも絶対に言うなと硬く言い含めてある。そう、そういうことは知らないでいいんだ。一観にはそういう世界は相応しくないのだから。
 だが……相応しくなくても、そういう世界の産物が二人も居候を始めたわけで。
 毒を喰らわばなんとか、とはいうけれど。さてはて、どうしたものだか。俺は頭を抱えるわけだ。というか、両親がいないから今はいいが、あの二人とて俺たちと生き別れになっているとかそういうわけじゃなくて、ただ仕事場に泊まりこんでるだけだ。そのうち帰ってくるのは当然だ。
 ……どうやって説明するよ、これ。
「悩んでるようですねぇ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
 メフィが他人事のように言ってくる。完璧にお前のせいなんだよ。
「……ごめんなさい。私がいるから」
「ああ、お前のせいじゃないよ。気にしなくていいから」
 コーラルが済まなそうに謝ってくるので、俺はフォローを入れる。この子はある意味一観と同じだ。巻き込まれて犠牲になったようなものだ。
「むう、態度違いませんか?」
「押しかけ女房気取りの奴と、遠慮してる子に対する態度が変わるのは当然だろ?」
「やだ、女房だなんてそんな……」
「反応するところ違げぇよっ!?」
 顔を赤らめて照れるメフィ。……というか本当にキャラ変わったな。
「……というか」
 改めて思う。
 メフィは俺と契約とやらをしたせいで、この世界に実体化できるようになったという。だがコーラルは、契約者たる吾妻先生を失い、フリーのはずだ。なのになぜ、こう平然とこの姿をとっていられるのだろう。
 俺はそれを聞いてみた。そしてメフィは答える。
「セーブモードですね」
「何だそれ」
「私たちの中には、契約者がいなくても人の姿をとり動ける固体もいるんです。ですがその場合殆どの力は使えず、機能制限がかけられますけど」
 自分は違いますが、と注釈を加えてメフィが説明する。なるほど、そういうものなのか。
 永劫機、と一言に言っても色々と個体差があるようだ。
 あと、差で思い出したけど、服装も前と少し変わっている。なんというかその、前のは状況が状況でなかったらものすごく目のやり場に困る服装だった。ぱっと見は普通のドレスだが、一部分の露出がものすごいことになっていたのだ。
 半ば夢のような状態だったあの発条仕掛けの森では、夢の中ではどんな荒唐無稽も違和感を感じないように気にならなかったし、というかそれ以前に状況がとにかく大変でそこまで気を回す余裕がなかったというのもあったのだが、実際に目の当たりにしてみると健全な青少年にはつらい服装だった。
 どういう理屈、あるいは風の吹き回しか知らないが、服装の露出が減ったことはとりあえず喜ばしいことである。
「……なに私達の服を残念そうに見てるんですか」
「残念そうに見てないしっ! 誤解を招く事を言うなっ!」
「ま、前の方が……いいんですか?」
「違うっ!」
 ……疲れる。
 なんかさっきから俺、叫びっぱなしの突っ込みっぱなしな気がする。
 とにかく落ち着こう。こいつらが居候する事になったわけだし、この状況にも慣れないといけない。
「まあ、なんとかなりますよ」
「……どんな最悪の事態でも「なんとか」の範疇ではあるがな」
「さすが祥吾さん、話が早くて物分りがいいです」
「皮肉だよ精一杯のっ!」
 ……本当に慣れるのかな、俺。とりあえず深く深呼吸してお茶を飲む。平常心が大切だ。
 その時、玄関から呼び鈴の音が響く。
「お客さんですね」
「出るなよ」
 釘を刺しておく。俺は腰を上げ、玄関へと行く。
「はい……誰?」
 扉をあける。
 そこに居たのは女の子だった。一観と同じぐらいか少し上の中学生だろう。健康的なショートカットの赤毛が印象深い。
「えーと、先輩私の事知りませんか? ショックだなあ乙女心が傷つきましたよでもまあそりゃそうですよねだって私も先輩の事しりませんし!」
 知らないのかよ。
 いきなり勢いのあるマシンガントークで喋り始める見知らぬ女の子。やばい、苦手なタイプだ。
「というわけで相互理解は必要だと思うんです! 私は先輩の事なんてこれっぽっちも興味ないんですけどっ!」
 いやどっちだよ。
 やべぇ、この女の子が理解できん。何言ってるんだろう。放送部か何かのドッキリ企画?
「というわけでですね、時坂先輩っ!」
「はい」
「死ねぇええええええええええっ!!」
 直後。
 唸る鉄拳。震える大気。走る衝撃。舞う俺の体。
 俺のあごを強烈なアッパーカットが襲い、それは見事に直撃――ではなく、華麗にあごをかすめる。
 何かで読んだことがある。
 あごをかすめて脳を揺さぶられると、意識が飛ぶ、とかなんとか。あれって本当のことだったんだなと、俺は実感した。
 というかかすめただけで吹き飛ぶ俺って何だよ。そりゃあ俺自身はいたってノーマルな普通の人間であり、鶴祁先輩や吾妻先生のような筋金入りの異能者、少年漫画やラノベな世界の住人と一緒にしてもらったら困るが、それをさしおいてもなにこの有様。ああ空が近い。
 俺が弱いのか、それともこの謎の暴漢女が強いのか……まあそれは此処に至ってはもうどうでもいい。神秘的なまでに俺の体は大空を駆け巡り……そして、俺の視界は見事にブラックアウトした。




 チクタクチクタクと音が鳴る。
 ガタゴトガタゴトと音が響く。
 そこはモノトーンの世界。発条仕掛けの森。
 だがゼンマイはゼンマイでも、山菜のゼンマイだった。しかもやっぱり鉄で出来ていた。
 そしてそれをオッサンが食べていた。ソースをかけて美味そうに。
 オッサンは俺に気づいて手をあげ気さくにそしてフランクに挨拶をする。
「ワタシは人造の悪魔ー、メフィヌトフェレヌでース! HAHAHA!! ちなみにロレッ●ス仕掛けデース!! 豪華で高価ヨ!! お値打ち価格で日本円にしてサンキュッパ!」
 ぱちもんだった。二重の意味で。
 ロレッ●スの●を取るとロレッフスだった。とてもお寒いネタだった。
 そんな怪しげな男はどう見ても2メートルはありそうな巨漢の黒人だった。スキンヘッドで黒スーツ、似せる努力を最初から放棄していた。ぱちもんでもまだ似せる努力をしているのでこれはぱちもんですらないもっとおぞましい何かだった。
 というか、どっかで見たことあるぞこの黒人。たしか醒徒会の人のボディーガードの黒人じゃなかったか?
「あなたが望むなら、DV夫のように、ご主人様のように、王様のように仕えましょう!」
 全力で御免こうむる。
 どうやら盛大に揺れた俺の脳が見せる夢のようだ。なんともサイケデリックでエキセントリックである。とっとと夢から醒めて欲しい。
「あなたの妹サンに残された時間は少ない……ナゼナラー! あなたの妹は弟になるのデス!そして代わりにあなたが兄から姉に!」
 絶対にいやだそれ! 全身全霊で拒否するそんな運命!
「アナタの●●●をもいで移植手術すれば妹サンは助かるのデース! さあワタシがもいであげましょう、痛みは一瞬デース!」
「ふざけんな!」
 俺は叫んだ。
「そんな運命、俺は認めない!」
 絶対にいや過ぎる。
 何が嫌かって、俺の●●●が妹とひとつになって生きるのならそれもいいかも、と一瞬でも思った俺が嫌過ぎる。夢の中の思考は決して現実ではありえないということをここで強調しておく。そうでないと起きてから自分を殺したくなるだろう。
「じゃあイイデス」
 早っ! 諦めるの早っっっ!!
「なら、アナタの黒歴史ノートを双葉学園都市全土に公開すれば妹は助かりマース。放送で朗読とかすると一文字ごとに妹さんの時間は一秒伸びてイクのデッス」
「微妙! すごく微妙な取引だそれ! ていうかひどいレートだ!」
「問答無用! タイムイズマネー!!」
 襲い掛かるメフィヌトフェレヌ。
 タコのように口を尖らせ、空中で脱衣をする。なんということだ、あの伝説の怪盗三世以外に成し遂げたものがいないという、伝説の空中脱衣をやってのけるとは、この黒人恐るべし!
 なすすべもなく黒人の分厚い唇が近づいてくる。
 まるで時を止めたかのように――
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 そして俺の意識は切り替わり――




 目を覚ました時、そこにあったのは巨乳だった。
 訂正。
 目を覚ました時、俺はどうやら布団に寝かされていたようだった。そしてその傍に誰かが座っている。俺はそれを見上げるが、その人の顔はわからなかった。かろうじてわかるのは白い和服というだけだ。スカート、いや袴か。そこは赤いのもわかる。つまりは巫女服か何かか。わかるのはそこまでだ、あとはわからない。
 遮っているのだ。巨乳が。
 横になっている俺からだと、彼女の顔を見上げることは出来ない。その巨乳が視線を遮り邪魔をしている。たぶん彼女からも俺の顔は見えないだろう。乳で。
 というか邪魔である。俺に一撃くれた女……じゃないな、こんなにばかでかい乳はしてなかったし。ということは順当に考えたら俺を助けてくれた、看病してくれている誰かってことだ。
 顔を見たい。顔を見てお礼をいわないといけないだろう。助けてもらったらお礼を言うのは当然だ。だが顔が見えない。誰の乳かは知らないが邪魔なんだよ。どこぞの中華料理屋のチチグルイじゃあるまいし、乳にむかって話しかけるような趣味はない。乳に人格はない。俺は乳の価値を否定する気はないが、そこに人格を認めるつもりはない。乳はしゃべらない。あくまでも乳は乳であって乳以外の乳ではない。つまり邪魔だ。どかさないといけない。
 脳が盛大に揺れた後遺症か、そんな俺に似合わぬ論理的かつ合理的な思考に突き動かされ、俺は手を伸ばし、邪魔な乳をのけようとする。
 つまり端的に言うと。
 その乳を、押しのけようと手で掴み、揉んだ。
 でかかった。そしてやわらかかった。やわらかいだけでなく弾力があった。
 邪魔な乳を除けようと力を入れた俺の手のひらを、その弾力で押し返してくる自己主張の激しい乳だった。
 下着を着けていないのか、白い巫女服の上からでもダイレクトに伝わってくる肌の暖かさと、そして突起物の感触の自己主張が強すぎる。なんというか、相撲取りの気分だ。どうやら俺の右手は今日から力士になったらしい。俺の名前が時坂だから「時の坂」を四股名にしよう。そのまんまだ。かといって「闇の海」とかはかっこいいけどあんまりだしなあ。さて腕が力士になる異能に新しく覚醒した俺。確か異能の力は一人につき一つのはずだったのだが……しかしそれはこの際は些細な事だ。俺の力士はその乳の弾力に負けそうになっているのだ。
 駄目だ、負けるわけには行かない。俺が負けたら誰がこの乳を押しのけ、そしてお礼を言うんだ。
 どんなに乳が巨大で、俺の手を押し返そうとも――それが、諦める理由にはならない。
 諦めてたまるか。
 だから俺は何度も挑戦する。力強く、ただ強く――
「い」
 い?
 乳がしゃべった。これはどういうことだ。学会に発表すればすごいことになる。乳がしゃべるというのは生物史を塗り替えるに違いない。つまりもっと確かめねばならない。
 探索しろ。探求しろ。
 もみもみ。もみもみ。もみもみ、と。
 しかしこうなると邪魔がある。探求に邪魔なもの。そう、この布地が邪魔だ。
 だから俺は選択せねばならない。この邪魔な布を剥ぐか、あるいは乗り越えて手を滑り込ませるか。
 この体勢ではさらに突き進むのは難しい。よって邪魔者を引き剥がすのは当然の帰結だ。俺は布を掴み、一気に剥がす。
 ぶるんっ、という音が聞こえた。
 まろび出る。白く豊満な肌が、ていうかおっぱいがどどんとまろび出る。
 服によって封印されていたそれが外気に触れる。
 先ほどよりも、あきらかにでかかった。
 そして大きいだけでなく形がよかった。
 ……。
 俺は――俺は、えっと、何をやってんだ俺。何しでかしてんの俺。何やってやがりますか俺。
 さすがにそろそろ意識がまっとうな思考を取り戻す。
 オーケー、目が覚めた。
 俺、なにか知らないけど攻撃されて気絶し、そして目が覚めたら看病されてた。
 そして、混濁した意識のまま手を伸ばし――思うが侭におっぱいを全力で揉みしだいていました、と。
「……」
 そして、「い」の言葉。
 常識的に考えて……この後続く言葉は。
「いひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 想定どおりの絶叫だった。
 この俺、時坂祥吾は間が悪かった。



「もうしわけございませんでした」
 とりあえず土下座する。そうする以外にまったく思いつかない。
 さて、流れをざっと説明するなら、この俺はなにやらとんでもないセクハラをかましてしまい、この女の子が悲鳴をあげる。
 そして、想像だにしていなかった展開ではあったが、なんと敷神楽鶴祁先輩が「何事だっ!?」と刀持って現れ、「ききききき君は何をしているのだっ!」と怒声をあげ、あろうことか刀を抜いたりとかそんなかんじだ。
 ああ、それでも800%ほど俺が悪いのは当然だ。誰が見たって俺が悪い。というわけで土下座である。
 いや正確には土下座というより、斬首刑のために首根っこを晒している下手人って気がすごいするのだが。いつあの刀が落ちてきてもおかしくない。死にたくない、マジで。
 そんな俺に対し、先輩は呆れ顔で言う。
「悲鳴が上がり何事かと思ったが――驚いたぞ祥吾くん。君はストーカーなだけではなくて、痴漢でもあったとは。中々に業が深い。肉欲系男児、という類か」
「いやストーカーでもないよっ!? ていうか本人も忘れてたその誤解今更引っ張らないでよ先輩っ! あと肉欲系って色々と間違ってるしその表記!」
「伏線は大事にするものだ。大衆小説では基本で……」
「だから何でもかんでもラノベ基準にするのやめようよ先輩っ!?」
 伏線って何だ。俺は今までの人生の中でそんなものを敷いた覚えなどない。
「あ、あの……もういいですよ、私も悪かったし……」
 俺と先輩の口論に割って入ってくるのは、さきほどの乳……もとい、少女。名前を、敷神楽沙耶というらしい。
 その名前から判るとおり、どうやら先輩の妹だそうだ。
「い、いやどう考えても俺が……」
 彼女は1ミクロンとも悪くないのは明白だ。
「そのくらいにしておきたまえ。お互い自分が悪い自分も悪いと譲り合っててはまとまる話もまとまらない」
「はあ」
 まあ確かにそうだ。
「で、なんで俺ここに。ていうかここ何処。先輩がいるって事は……」
 かねてよりの疑問を口にする。それに対して先輩は怪訝な表情で問い返す。
「ああ、ここは敷神楽の屋敷だ。綾乃君に君を迎えにいってもらったのだが……聞いてないのか?」
 綾乃? 誰だそれ。
 怪訝な顔をする俺の心中が伝わったのか、先輩はため息をひとつ付き、説明してくれる。
「ふむ。説明の不備があったようだな。では改めて完結に説明するが、我が敷神楽の家の当主たる御前が、君と話をしたいと申されてね。それで綾乃君……私の後輩で指揮神楽の家の食客だが、彼女に君を迎えに言ってもらったのだ」
 ……。
 迎えに……?
「あ」
「思い出したか」
「お、思い出したかじゃない! いきなり出会い頭に殴り倒されたんだぞ俺っ!」
 そういうことか!
 無茶と言うかなんというか、なんという無茶だ! 迎えにくる、でいきなり殴り倒すとかどういうアレだよ!
 ……まあいい。ここで怒っても、あの女がここにいない以上どうにもならないし、沙耶ちゃんにも迷惑かかる。
 それに、まあ結果的にはその。いい目も見たし……って、反省しろ俺。
「でも、無事でよかったですよ。お医者様の意見じゃ、かなり激しい脳震盪だったようで、一日目を覚まさないようだと入院だとか……」
 ……そんなにひどかったのか俺。いやそうだろうなあ。生きてる今この瞬間に神様に感謝だ。
「空飛んだからなあ、俺」
「と、飛んだんですか」
「殴られて見事に。ていうか顎の骨なんで折れてないんだろう」
「あ、あの……折れてました」
「……え」
 何ですと? 聞き捨てなら無い言葉が聞こえたような。
「折れてたんです。それで、治癒系異能者の人が治して……ただ、外傷専門らしいので、脳震盪までは治せないってことで別にお医者さんを」
 沙耶ちゃんが説明してくれる。そうか、折れてたのか。そりゃなあ。
 ……流石に怒り狂ってもいいよな、これ。
「なにはともあれ健勝で何よりだ」
 先輩が言う。
「結果的にね!」
「うむ」
 ……先輩に皮肉は通じなかった。
「ところで、なんで先輩がこなかったんです? 顔見知りの方がスムーズだろうに」
 少なくともいきなり殴り倒されて拉致監禁みたいなことはなかっただろう。
「ああ、それはだな……」
 先輩は一呼吸おいて言う。顔を赤らめつつ。
「……今日発売の新刊を読んでしまいたかったのだ」
「あんたとことんまでラノベが人生の基準かよっ!?」
 どんどん先輩へのイメージが崩れていく気がする。
「ライトノベルだけではなく、他のレーベルも読むよ。それに漫画も嗜むな。最近の新人では蘭葉ラル先生が注目株だな。知っているか?」
「ああ、知ってるけど……じゃなくてっ」
「すまない、脱線した。漫画ではなくて小説だったな、うむ。そもそも今回の新刊はラノベレーベルではなく……」
「いやそういうのどうでもいいから!」
「よくはない。そもそも君は簡単にラノベラノベとひと括りにするが、ライトノベルというのはレーベルによる分類でだな」
「わかりましたそれは後ほどゆっくりと聞きますから今は本題に入らせてください」
「む、そうか」
 ほっといたら何処までも何時までも語りそうだしこの人。
「そもそも、なんでそういう話に……」
「心当たりがない、というわけはないだろう?」
「……ええ」
 当然だ。俺は、吾妻先生と戦い、死に追いやった。そして吾妻先生は、先輩の師匠であり……つまり、敷神楽家の客人で身内なのだ。敷神楽の家の当主ともなれば、俺を責める資格も権利も十二分にある。
 なるほど、そういう事か。さしずめ査問会とかそういったかんじだろう。
「安心したまえ。御前は君に危害を加えるつもりはない。私が前もって確認しておいた」
「そうですか」
 俺の考えが表情に出たのだろう。先輩がフォローをいれてくれる。
「大丈夫ですよ、お爺ちゃんはその、アレだけど優しいし、大丈夫だと思いますよ」
 沙耶さんもフォローを入れてくれる。優しいな。でもアレって何だ。逆に不安になってくるのだが。
「ありがとう、二人とも」
 しかし純粋に心遣いは嬉しい。俺は二人にお礼を述べる。 
 あとは、とりあえず確かめないといけないこともある。
「とりあえずトイレ何処ですか、先輩」
「ああ、そこの廊下を出て、右に行けば突き当たりだ」
「じゃ、ちょっと失礼します」
「ああ。そろそろ御前がお呼びの時間も近い。なるべく早く頼む」
「はい」
 少し痛む体を起こして、俺は部屋を出た。
 廊下を進む。
(……メフィ)
 俺は心の中で呼びかける。返答はすぐに戻ってきた。
『はい』
 内から響いてくるその声。どうやら、彼女は精神世界である発条仕掛けの森にいるようだ。
(ちゃんといるんだな)
『そりゃもう。ご主人様に危険が及ばないようにこうやって』
 ……ものすごく危険な目にあった気がするんだが。そりゃもう思いっきり。
 だけどそれを突っ込んでもどうにもなさそうなのでここは黙っておく。
『しかしなんだか変なことになりましたね。呼び出しくらうなんて』
(だな)
『どうするんですか?』
(展開によるさ。先生を死なせた罪を問われるなら罰を受ける。それは仕方ないことだ、ただ……)
『ただ?』
(コーラルを返せとか、そういうのは聞けない)
『……何故ですか? あの娘は祥吾さんと契約をしていませんし』
(そういう問題じゃないよ。ただ、彼女が再び道具になるのは、なんか嫌だ。また望まない戦いを強いられるのは)
 あの時の戦いで、確かにコーラルは戦うことを、いや、人を襲うことを望んでいなかった。先生に道具のように使われていた。
 ……たとえ道具として生まれたとしても、心があり、人の姿を、女の子の姿をしているものを、道具のように戦わせるのは本当に気がひける。甘っちょろいヒューマニズムに浸っているだけなのかもしれないけれど、それでも、だ。
『甘っちょろいヒューマニズムに浸っているだけですね、祥吾さん』
 そのまま言われてしまった。
(自覚はしてるよ。でも、俺はそこまで割り切ることは出来ないっての)
『相変わらずのバカですね、祥吾さんは』
 メフィが呆れたように言う。だがその言葉の響きには、暖かいものが含まれているような気がした。いや、気のせいだろうが。
『従いますよ、何処までも。それで? そうなった場合、戦うんですか』
(んなわけないだろ。先輩の話が確かなら、ここには異能者が沢山いるんだ、喧嘩して勝てるわけねー)
『では逃げるのですか?』
(却下だ。逃げた所で家は割れてるしすぐにとっつかまるのがオチだろ)
『じゃあ、どうするんです?』
 その言葉に、俺は答える。
(話し合う)
『……へ?』
(話し合うんだよ。コーラルを戦いの道具にさせたくない、って)
『いや、あの祥吾さん? こういう場合、もっとこうほら、かっこよく……』
(あのな)
 先輩じゃあるまいし、なんでもかんでも漫画みたいにかっこよく立ち向かえばいいという話じゃない。それに……
(相手は人間だ。それも、言ってみればあれだ、正義の味方? なら話し合いが通じないわけはないだろう)
 別に悪の秘密結社だとかそういうことじゃない。そもそも今話している事だって、もしも相手がコーラルを返せと言ってきたら、という仮定の話でしかないわけだし。人間同士、まずは平和的に話し合いだ。
『……ただのバカだと思ってたら、意外と頭は働くんですね、感心しました』
(……ほっとけ)
 思いっきりバカにされている。畜生。俺を何だと思っていたんだこいつは。猪突猛進の猪か何かか? ……まあ完璧に否定できないけどさ。
(何にせよ、状況しだいだよ。だが少なくとも、俺は先生の意志を継いで俺なりに戦うと決めた。それが俺に出来る先生への罪滅ぼしだ。ていうかそれぐらいしか俺の頭じゃ思いつかない、ってのもあるけどな)
 それで話を切り上げる。
 メフィがいるという事が判った以上、確認することはもうない。あとは野となれ山となれ、だ。



 一応トイレにいき小用を済ませ、廊下を戻る。
 角を曲がったとき、沙耶ちゃんの姿が見えた。
 ……思い出すだけで死にたくなる。さっきは本当に悪いことをしたものだ。
 改めて謝る必要がある。そう思い声をかけようと近づくと、柱の死角になって見えなかったがもう一人、沙耶ちゃんの傍に誰かがいた。
 先輩……ではない。華奢な男だった。目つきがギラギラとした長身痩躯の男が沙耶ちゃんに何かを話している。へらへらと、いやニヤニヤと笑みを浮かべている男と対象に、沙耶ちゃんは怯えた顔をしていた。
 ……本当に間が悪い。これだから……
「あ、ちょうどよかった、沙耶ちゃん。鶴祁先輩が呼んでるよ」
 俺はそう言いながら近づき、沙耶ちゃんの手を取る。
「え? あ……あの」
「じゃ、そういうことで」
 そのままそそくさと俺は立ち去ろうとする……だが、そうは問屋がおろさなかったようだ。男は俺の肩を掴む。
「オイ」
「はい?」
 極上の愛想笑いで振り向く俺。
「何勝手に割り込んでんだてめぇ、俺が誰だかわかってンのかよ?」
 ものすごい目つきの悪さで睨みつけてくる。うわあ、俺が一番嫌いなタイプの人だ。金髪に染め、耳や鼻にピアスをしている。というか喋ってる最中に舌にもピアスが見えたし。
「いえ、知りませんけど」
「アァ!? ざっけんなてめぇ!」
 初対面なのに知ってるもなにもないと思うし、別にふざけてないのだが。それでも彼は俺の返答がいたくお気に召さなかったらしい。
「この家に居て俺を知らないだぁ?」
「いや、俺初めて来たわけだし……」
「……けっ、新入りかよ。ああそうかいそうかい、じゃあ知らねぇぅのも無理ねぇか。よく覚えとけよ、俺は敷神楽の分家、釜倉の家の長男、釜倉伊織(かまくらいおり)だ。聞いた事あんだろ」
「はあ、いや、その……すみません」
「……っ! てめぇ、いい度胸してやがんなぁ……?」
 じゃあ知ってるよと嘘つけばいいのか。だけどそれでボロが出た時もっと怒らせるだろうし、正直に答えるしかないのだが。いや本当に間が悪い、やっかいなのに絡まれたなあ……。
 胸倉を掴まれる俺。まあこの展開だと、俺が無様に数発ボコられればそれでおしまい、か。まあ、そういうのは中学時代に慣れているから問題ない。我ながら負け犬根性が染み付いているとは思うが。
「やめてください!」
 そこに沙耶ちゃんが割り込んでくる。伊織の手を掴み、涙ながらに縋りつく。
「っるせぇ、無能は黙ってやがれ!」
 だが伊織は、その手を大きく振り払い、沙耶ちゃんはそのまま壁にぶつかる。
「っ! 何を……!」
 俺は思わずその手を掴む。
「あ? やんのかてめぇ。何処の家のモンだ」
「時坂だよ」
「知らねぇな」
「普通の中流家庭だしな」
「あぁ?」
 その言葉に、伊織は顔をゆがめる。
「……てめぇ、もしかして無能か?」
「だったらどうした。そんなことより沙耶ちゃんに謝れ」
 俺は伊織を見据えて言う。だが伊織の顔には侮蔑の笑みが張り付いたままだ。
「ハァ? なんで俺様が無能に謝らなきゃなんないワケ? 本家だろうがなんだろうが、無能に人権は無いんですけど? ……つかてめぇもだよクズが。汚ねぇ手で触ってんじゃあねぇよゴミカスがよォオオ!!」
 激昂する伊織。
 次の瞬間、俺の視界が上限反転した。
「んなっ……!?」
 足を払われたわけでもない。掴まれて投げられたわけでもない。
 ただ手をひねっただけで、俺の体は回転し、そのまま庭に投げ出された。力づくの単純な大技だ。
「がっ……!」
 芝生に叩きつけられる。……こいつ、口ぶりからそうだと思ってたが、やはり異能者。それもたぶん、身体強化系か。
「てめぇら無能ザコがよぉ、異能者様に逆らっていいと思ってんならよォ、その曲がった根性叩きのめして矯正してやんなきゃなんねぇなぁ?」
 へらへらと、癪に障る言葉を並べる。
 ……ふざけるな。
「勝手なこと……言うんじゃねぇ……っ!」
 痛む背中を無視して俺は立ち上がる。
「異能者が偉くて一般人が下だなんて、そんな事……この学園では教えてないだろうが!」
「学園じゃぁ、なぁ。ああ、うぜぇんだよそういう考え。ポっと出の庶民様、何の力も血筋もねぇカスが突然変異で力を得られるようになって何か勘違いしてっか知んねぇけど。俺ら、古くから異能の血筋でてめぇらゴミを守ってきてやったんだよ、判る? ああてめーらの脳みそじゃわかんねぇか」
「何……?」
「っぜぇんだよ、何が双葉学園だエラそうにウタってんじゃねぇよ無能がよぉ! 後からしゃしゃり出てエラそーなツラぁしやがって……! 教えてやるよ、俺らの方が偉くて強いってなぁ!」
 残虐な愉悦に浸り、叫ぶ伊織。
 ……やばい、何かスイッチが入ってしまったようだ。これはもう、黙ってぼこられればそれで済むっていうような温い展開じゃない。
(……メフィ!)
 俺は心の中でメフィに呼びかける。だが……
『ですが祥吾さん、私を、いえ、永劫機メフィストフェレスを呼ぶという事は……』
 ……!
 そうだ、永劫機は人の時間を喰らう。だが俺には、もう……時間は残されていない。次に永劫機を呼ぶという事は、死を意味する。ただひとつの例外を除いて。
 だがその手段は……駄目だ。いくらこいつがむかつくからと言って、それは出来ない。
 ならば、なんとかして切り抜ける他は無い。幸い、こいつは単純な身体強化のようだ。なら所詮は、強くて早くてタフなだけの人間だ。やりようによってはどうにかしのげるはず。
 そう思っていると……

「そうか。お前はそんなに偉いのか、釜蔵の長男坊」

 凛とした声が響く。
「ッ!?」
 いつの間にか。本当にいつの間にか、そこに鶴祁先輩が立っていた。刀の鞘の先を、伊織の顎先に突きつけながら。
「てめ……ぇっ、何時の間に……」
「質問に答えてもらいたいものだな、釜蔵伊織。大して強くもない異能しか持たぬ癖に、その言い草。私が少し留守にしていた間にそれほど強くなったのかお前は。それならば喜ばしいのだが、それとも……まさかまだ自分より弱い一般人を虐げて楽しんでいるのか?」
「ッ……!」
 静かながら、しかし有無を言わさない先輩の迫力に、伊織の額から汗がつたう。
「なにより彼は私の後輩であり客人だ。彼がお前に無礼を働いたのならそれは私の責任である、謝ろう。だが逆にお前が……」
「へ、へへ……冗談、冗談だよ。本家様に俺が逆らうわけねぇだろ、わかったらコレ、下げてくれよ」
 俺への態度とは対照的に媚びへつらう表情で、引きつりながら笑う伊織。先輩は無言で刀を下ろす。
「……ちっ。腰巾着が」
 伊織は俺に舌打ちしつつ一瞥をくれながら、逃げるように去っていった。

「……災難だったな、祥吾くん。大丈夫か」
「はあ、まあなんとか。慣れてるしこういうのは」
 いじめられ慣れている、というのは全く自慢にはならないのだが。
「ごめんなさい、私のせいで……」
 沙耶ちゃんが駆け寄ってくる。
「いや、喧嘩売った俺も悪いし。ていうか沙耶ちゃんも壁に……」
「私はいいです、でも……」
「平気だって。さっきも言ったけど、やられ慣れてるしな、俺」
 笑顔を無理やり見せる俺。立ち上がってポーズをつける。
「ていうか、何なんです、あれ」
「ああ……」
 先輩はばつのわるそうな顔をする。
「簡単に言えば、古き悪習、悪しき慣習とでも言うべきか……な」
「?」
「その事についても、まあ御前から聞いたほうがいいだろうな。体調が優れないなら、後日に回してもかまわないが……」
「いえ、今すぐでもいいですよ」
 後回しにしたら、沙耶ちゃんがさらに心配しそうだし。なんというかすごく親切かつ心配性な女の子だというのは判る。俺の身勝手に振り回して心配させてしまうのは正直、心苦しい。
 俺の肩に手を置いて、俺を支えようとしてる沙耶ちゃんに、問題ないと笑い、俺は言う。
「行きます」




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