【時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn 第二話 2】


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 案内された場所は、でかい和室だった。
 でかいが……汚かった。乱雑に散らかり、掃除をしてない和室。ある意味物置とか、屋根裏部屋だのなんだのといつた雰囲気にも似ている、とても散らかった部屋だった。

「御前」
 先輩が声をかける。だが部屋の主である老人は反応しない。無視している……というわけでなく、作業に没頭しているようだ。やたらごついガラクタをいじるのに夢中になっているのが、背後からでもよくわかる。
「……御前」
 努めて無表情で静かに、再び先輩が声をかける。だが老人はひたすら熱中している。
 しばらくして、先輩はぼそりと小さく言う。
「……宗義老に言ってお小遣いカット」
「やめてそれだけわはぁあああ!」
 振り向いた。
 ちなみに後で聞いた話だが、宗義老とはこの家の経理担当のようなものらしい。何処も一番強いのは財布を握っている人間、ということか。

「……見苦しい所見せたのう」
 でかいガラクタを背後に、小柄な老人が俺と向き合う。背も曲がり肌には深い皺が刻まれ、手足も細く髪や髭は真っ白だ。だがその目は、まるで青年のような活力に満ちていた。
 老人は俺と向かい合い、そして……
 畳に手をつき、深々と頭を下げた。
「なっ……!?」
 完璧に予想外の展開に俺は面食らう。そんな俺を尻目に、老人は、深々頭を下げたまま口を開いた。
「時坂祥吾殿。まずはこの敷神楽凌戯(しきかぐらしのぎ)、敷神楽家の当主として、そして吾妻修三の友として謝罪させていただこう」
「え? あの、え……?」
 狼狽する俺。だが、俺の隣に陣取っている先輩も沙耶ちゃんも、この展開が当然かのように静かに座っている。
「吾妻の乱心と暴走、その狂気に気づけず暴挙を許し、君の妹をはじめとした幾人もの犠牲者を出してしまった責……全てこの俺にある。許せとは言わぬ、ただ謝罪させて欲しい」
「ちょ、やめてください」
 あわてて俺は声をあげる。責められる道理はあれど謝られる理由は無い。だって俺は……
「俺のほうこそ、謝らなきゃいけないんです。先生を殺してしまったのは、俺だ」
「……そうかい」
 凌戯老人が顔をあげる。
「それこそこっちが謝らなきゃならない事だ。お前さんみたいな小僧に、そんな重いものを背負わせちまったんだ。本当なら、それは俺たちがやらなきゃならなかったんだがなあ……ま、今更何を言ったところでどうしょうもねぇ話、か」
「……はい」
 確かに、終わってしまった事だ。過ぎた事悔やんだところで、過去を無かった事には出来ない。それは俺自身が何よりも痛感している。せめて時を止めることが出来ても、それでも……結局のところ、やはりなにも解決はしない。
 だったら、起きてしまった事を無為にしない為にも、前に進むしかない。それが生き残った人間の責務だろう。
「沙耶、茶ぁ淹れてきてくれや」
「はい」
 凌戯老人の言葉に頷き、沙耶ちゃんが席を立つ。
「さて……とりあえず、だ。今の話の後でまた嫌な事になるがよ。お前さんに来てもらったのは他でもない。嫌ならいい、強制はしねぇ。お前さんの口から、アイツの最後を聞きたくてな」
「……吾妻先生の、ですか」
「おうよ。鶴祁から報告は聞いてる。だが、お前さんの口からも聞いておかなきゃなんねぇと思ってな。だがお前さんも色々と思う所ありそうだしよ、話したくなきゃ無理強いはしねぇよ」
 そう言って煙草に火をつける凌戯老人。イメージと違い、普通の髪煙草だった。こういう和風の老人はてっきりパイプ煙草かなにかだと思ったが、そうでもないようだ。
 紫煙が吐き出され、ゆったりとした風に流されて消える。その時間はどれくらいだっただろうか。永遠のようでもあり、刹那のようでもあった。
「……話します」
 俺は真正面から凌戯老人の目を見据えて口を開く。
 この老人は、先生のことを友だと言った。ならば、伝えないといけないだろう。
 俺は、事のあらましを最初から話した。


「……そうかい」
 紫煙を深く吐き出しながら、凌戯老人は言う。
「大変だったな、お前さんも」
 沙耶ちゃんが淹れてきたお茶をすすり、ため息を付く。俺もお茶を戴く。渋みが喉に心地よかった。
「修のヤツ、託しやがったか……」
 そう呟く凌戯老人。茶を飲み干し、畳に置く。
「死んじまった奴のこたぁわかんねぇが、満足して逝ったのかな、あいつはよ」
「私は……そう思いたいです」
 先輩が言う。
「憑き物が落ちたような……そんな表情をしていました、最後の……あの人は」
「そうか」
 一拍おいて、凌戯老人は俺の方を向く。
「時坂祥吾」
「はい」
「ウチで働いてみる気はねぇか?」
「え?」
「お前さん、ウチについてどれだけ知ってる?」
「どれだけって……そんなに。古い異能の血筋で、でかい家ってぐらい……?」
「ま、そんなとこだぁな。その認識で十分だ。そもそも敷神楽は古くからの異能の一族、のうちの一つだ。古来より人々を鬼天狗狐狸妖怪魑魅魍魎……色々と言い方はあるが、まあ今風に言えばラルヴァ、そいつらから守ってきた。別に驚くべきこたぁねぇ、昔からよくある事よ。ただ、あの一九九九年に事情が変わっちまった。ラルヴァどもは前よりもさらに多く出る様になり、前以上に、世界の表に現れ始めた。そして、異能の力を持つものもまた大量に現れた。
 それまでは、異能の力を持つものは限られてた。それこそ血筋によって生まれ、厳しい修行によって培われてきたモンでよ、いわば裏のエリートってヤツだ。それがまあ、突然変異のようにぽこぽこと出てくるようになったもんで、そりゃあ当時はおおわらわだったらしいぜ? 藤神門の婆さんや、色んな連中が右往左往しまくったって話よ。
 そして紆余曲折あって、この双葉学園都市が出来た。異能者教育機関、ラルヴァと戦う人類の砦……ってヤツだ。
 だがよ、時代が変わるって事は、簡単じゃねぇしいいことばかりでもねぇんだわこれが。古い人間と新しい人間の確執……ってやつがなぁ」
 ため息をつき、紫煙を吐き出す。
「……さっきの、釜蔵伊織、ってヤツですか」
「会ったのか。まあ、典型的だぁな。敷神楽の分家の長男坊だがよ。異能者の血筋で、その血脈から異能を発言している。で、そういう奴らのエリート意識ってヤツかね、血筋に頼らない異能者を軽蔑し侮蔑してやがる。あーあ、いやだねぇ差別主義者はよ」
 大げさに肩をすくめる凌戯老人だった。
「その点、今の醒徒会長のお嬢ちゃんはよくやってるぜ。自分は古い異能の一族、大陰陽師藤神門の娘でありながら、新しい世代の異能者達と力を合わせての共存共栄を目指して頑張ってる」
「はい」
 俺は同意する。一度呼び出されて醒徒会の面々と話したことはあるが、なかなかどうして大した人物だった。妹と同い年とはとても思えなかったものだ。
 ……別の意味でも。
 ちっちゃかったよなあ。
「人とラルヴァだけじゃなくて、異能者と一般人、いやそれどころか異能者と異能者ですら確執がある。次の世代にゃそういった遺恨は持っていきたくねぇもんだ。そう思うだろ?」
「はい」
「だな。だから俺たちゃよ、色々と若いモンの面倒見てんだ。世話して、力ァ借りて、あー、あれだな。仁侠映画。『先生、頼みます』みてぇな用心棒? ……修も、吾妻修三もそうだった。食客、客分って奴だ。元々は異能の一族の連中を囲ってたんだがな、一般の出の異能者たちも面倒見るようにしてる。で、だ。お前さんもどうよ。うちの屋敷に部屋ぁ用意する。そこで暮らしてよ」
「どうよ、と言われても……」
「便利だぞー? 学校にゃ近いし、三食メシ風呂にお手伝いまで付けてお値打ちだ」
「その代わり、戦え、と?」
 俺は問い返す。
 そう、つまりこの老人は、俺に……吾妻先生の代わりになれ、と言っているのだ。
「ま、そうだぁな。お前さんが……最後の永劫機と契約したのなら、そしてアイツの遺志を受け継いだのなら、戦う義務があり責任がある。それはお前さんも判ってる……だろう?」
「……はい」
 俺は頷く。そう、それは……言われるまでも無いことだ。
「お前さんが、思うところ色々とあるだろうなのはわかる。言ってみりゃあ、俺たちゃお前さんにとっちゃ〝元凶〟だ。俺たちがいなきゃ、お前さんの妹は、巻き込まれるこたぁなかった、ってな」
「それは、違います」
「違わねぇんだよ」
 凌戯老人は、有無を言わせぬ迫力で言い切る。
「俺たちは元凶だ。だから、責任を背負わなきゃいけねぇのさ。おためごかしで慰められて、お前は悪くない、と言われた所でどうにもなりゃしねぇ。ま、だからと言ってお前さんに俺らを憎めと言うわけでもねぇ。怒ってないのならそれが一番だ。
 で、話ぁ戻すが……それなら尚更だ。アイツの代わりになれ、とは言わねぇ。欠けた穴を埋めろとも言わねぇ。単純に、俺ぁお前さんが欲しいのよ」
「俺、を……?」
「ああ。お前さんの永劫機にも興味あるが……なによりお前さん自信にな。アイツをぶっ倒し、そしてアイツに遺志を託されたお前さんを見てみたい。単なる老人の好奇心ってヤツだ」
「……」
 俺は黙る。どうするべきか……考える。
 いや、考える、じゃない、か。答えはどっちみち決まってる。あとは覚悟だ。
 戦うと、決めた。だがそれでも、あのまま……よくあるマンガやラノベの主人公のように、巻き込まれるまま……言い換えるなら、事件が起こらない限り、それが自分の周囲に、守りたいものに降りかからない限り……日常に浸るという道もある。
 だがこの決断は、自分から戦いに足を踏み入れるという事だ。本当にそれでいいのか、とも思う。だけど……
「少し、条件があります。いいですか?」
「聞くだけなら聞いてやる。それを呑むかは条件次第だ」
「妹も……一観も、この屋敷に住まわせてもらっていいですか?」
「ほう?」
「一度、妹は戦いに巻き込まれた。だけど、それが二度無いとも限らない。妹を一人にしてはおけないし……なら、妹もここに住まわせてもらえるなら、安全だから」
 もうあんなことは御免だ。俺は、極力一観から目を離したくは無い、離れたくは無い。
「なるほどな。いいぜ。ここは、結界も張ってあるし、外から手ぇ出すこたぁおいそれとは出来ねぇしな。ああ、じゃあお前さんの妹のぶんも、部屋用意するわ。大丈夫だよな、沙耶?」
「はい。部屋はまだ沢山空いてますから」
「あ、あと……」
「なんだ、まだあんのかよ」
「メフィとコーラルの部屋も」
「……は?」
 その俺の言葉に、凌戯老人の顎がかくん、と落ちる。
「え?」
 その反応に逆に俺の方が面食らう。
「いや、あの……まさか俺と一緒の部屋ってわけも」
 だが反応はおかしい。
 ……まさか、この凌戯老人も、彼女達を道具にすぎぬと考え、道具に部屋なんぞ要らない、とか言うのだろうか。
 もしそうなら、俺は……決断を覆す必要がある。さっきもメフィと、コーラルの身柄について話し合ったように。俺は、彼女達を道具にはしたくない。それは、やっちゃいけないことだ。
 だがそんな俺の内心を知らずか、凌戯老人は言う。
「おい時坂の。永劫機の化身だよな、ええと……そいつらにも部屋? あー、だってあいつらよ」
 凌戯老人は顎をぽりぽりと掻きながら言う。
「契約者の精神世界にでっけぇ住処持ってて、そーいうのいらねぇだろ、ぶっちゃけウチの屋敷の和室一部屋、とかあてがうよりよっぽど豪華だし」
 ……。
 ええと? ああ、いや、確かに共有する精神世界は広い。そしてあそこには、メフィの住まう屋敷もあるという。だが……
「いや、俺が聞いた所……契約して実体化するようになれば、現実世界でちゃんと寝床で寝ないと力が回復しないとか、消耗が激しいとか……」
「誰が言ったんだよそれ」
「メフィ本人が」
 その言葉に、凌戯老人は息を一つ吐く。そして、再び煙草に火をつけてゆっくりと吸う。そして紫煙を吐き出す。
「…………時坂の。よく聞け」
 たっぷりと時間を置いて、凌戯老人は言った。
「お前、騙されてる」
「……」
 ……ああ、もしかして……と薄々思ってたよ! いや本当に思ってた!
「あの野郎ぉおああああ! ホラふきやがったああああ!」
 何が「祥吾さんの命の時間は止まっているから契約者からの補給は出来ないので私の物質界における睡眠による回復は必須なんですよ」だ! おかげで俺はベッド占拠されて予備の固い布団で床に寝てたんだぞ畜生! あと数日遅かったら新しく布団買う所だった、危ねえ!
「ぷ」
「先輩っ! 顔背けて笑うの禁止! すげぇいたたまれねぇ!」
 先輩はこらえきれずに笑っていた。ああすげえ恥ずかしい!
「かーっかっかっかっかっか!」
 そして部屋を揺るがす爆笑が響く。凌戯老人だ。思いっきり転がって爆笑してるし。
「……お前、やっぱ面白いわ。永劫機に騙されていいようにあしらわれてるヤツ、初めて見たわ、ひー、腹いてぇ」
 ゲラゲラとと笑う凌戯老人。
「やめてそんな目で俺を見ないで!」
「……えと、時坂さん、人がよくて優しいから、仕方ないと思います! 私は人を騙す方より騙される人の方が素敵だと思います!」
 沙耶ちゃんのフォローが逆に俺の心を抉る。やめてそれ逆につらいよ!
 なんというか。
 すぐに中庭の池に飛び込んで入水自殺なりたくなった。
 羞恥のあまりもだえる俺。どこからか時計の針の音に混じって笑い声が聞こえてきたような気がするのは、気のせいだと思いたい。
 あのクソ悪魔め。





 さて、ひとしきり悶え苦しんで死にたくなった後、俺は家へと電話して事の次第を一観に話した。無論言えない事はぼかして、だ。これから俺は先輩の家に厄介になること、そして一観もそこに来るように、と。
 よくよく考えるなら、これはメフィとコーラルをあの親父たちに隠すにも絶好の機会だ。この機会は最大限に利用すべきだろう。
 ……もっとも、妹は今日は友達のところでお泊り会をする事になったらしいので、今日はここにはこないのだが。
 なんというか、友達が多いようで非常に喜ばしい。兄としては少し寂しいが、一観には沢山の友達と友誼を持ち、自分の世界を広げて欲しいと思っている。とりあえず妹の件はこれでひとまずクリア、ということだ。
 あとは、これから俺が住むことになる部屋などの問題だ。ちなみにあてがわれた部屋は、かなりでかい和室だった。まあ、そのうち慣れるだろう。
 そして、荷物を取ってこようと思ったのだが……なんか黒服のお兄さんたちが、俺の部屋の荷物をどんどん運び込んでいた。手際がいいというかなんというか……流石は敷神楽家、恐れ入る。
 そんなこんなであっという間に時間は過ぎていった。

 夕方……赤い夕日と金色に染まる空が、なんとも幻想的で不気味な雰囲気を見せている。逢魔ヶ刻……というヤツか。
 中庭から見える夕日を見ていると、沙耶ちゃんがやってきた。
「あの……」
「ああ、沙耶ちゃん。何?」
「えと、もうすぐ夕食です。普段は皆、思い思いの時間に食べたり、ばらばらの場所だったりするんですけど……月に何度か、集まって行うので時坂さんも是非、と」
「ああ」
 田舎のでかい家とか、そういうのによくある会食、宴会みたいなものだろう。俺は食事は一人が好きなほうだが、まあ郷に入りては何とかというし仕方ない。俺は案内されるまま、大広間へと向かった。


(……う)
 戸襖を開けた瞬間、俺は、ああやっぱり一人で食えばよかったなあ、と後悔する。
 大きな和室、檜のテーブルに並べられた食事、そして並ぶ人々。大人が多い。そして子供……双葉学園異能者生徒だろう、それらも並んでいる。
 それらの視線がいっせいに俺に突き刺さる。ああ、帰りたいなあ。
 険悪な視線は少ない。これは転校初日のあの空気によく似ている。居づらいがまあ、どうにか流せるレベルのものである。
 ひそひそとささやかれる言葉が耳に届く。
「……あれが新顔の……」「……誰や……」「……吾妻を……」「……なんでも永劫機の……」「……どこの血筋だ……」「……まだ若いな、〝新しい〟方か……」
 うん、すごく居心地悪い。俺は自慢じゃないが、マインド引きこもりに近いタイプのシャイな人間なんだよなあ。こんな多数の人たちの視線に晒されると本当になんというか。
「オウ、来たか時坂の」
 大きな声がかかる。敷神楽凌戯老人だ。
「おう、こっちゃこいこっちゃこい。今日はな、あれだ。お前さんが主賓だ。別の言い方をすれば、酒の肴だ」
 ……。ああ、帰りたい。老人の酒の肴? まっぴらごめんだよこんちくしょう。
 だけどそんな事言って台無しにするほど俺は子供でもなければ空気を読めていないわけでもない。不満や不安を顔に出さないようにして、俺は凌戯老人の言葉に従う。
 凌戯老人の隣に用意された座布団に座る。その俺の後ろに、沙耶ちゃんが座った。
「さァて、皆の集。あれだ、まあ忙しい時に雁首そろえて集まってくれて、俺ぁ感激だ」
 凌戯老人が咳払いをして、そして喋りだす。広間は静まり返り、老人の声が響き渡る。
「ま、それでだ。今日の会食はよ、新しくウチの客分になった奴の歓迎会、だァな。まあいつものことだ。つーかこういう機会でもなけりゃぁ飲んで食って騒いでができねぇなんて、世知辛い世の中だよ。不況はやだねぇ、まったく」
 笑い声が控えめに響く。雰囲気はけっして険悪でも、必要以上に厳粛なものでもなかった。
「ンな中で、まぁ縁あって客分になることが決定した、時坂祥吾だ。若けぇ衆ども、仲良くしてやってくれや」
 その言葉を受け、少年少女たちから拍手が起こる。
「そりゃもう! 私達は仲良しグループですから、歓迎しますよ先輩っ!」
 ……。
 やたら威勢のいい声が響く。
 それは……忘れもしねぇ!
「あああああああああああああああっ! てめぇはあの時のぉっ!!」
 俺を殴り飛ばしたあのクソガキ!
「は! このシチュはよくある、朝の通学途中にぶつかった転校生との再会、そして恋の予感というアレ!? 駄目ですよ先輩、気持ちは嬉しいけど私には心に決めたお姉さまという想い人がっ! ああ、でも乙女としてはそういうシチュにもまたグラっとくるものが、ああこれが不倫、失楽園、大人の甘い誘惑っ!? 駄目ぇ、そーいうの私にはまだ早いのっ! でもちょっとだけなら、そんな火遊びもまた素敵?」
「全力全開で寝言言ってんじゃねぇよっ!?」
 俺は大声で叫ぶ。
「てめぇのおかげで俺ぁ死にかけたんだっつーのこの野郎! ていうかお前死ねえええとか言ったよね!? 言っただろあの時確かに!」
「全く記憶にございません!」
 首を九十度。綺麗にそっぽむいて胸を張って答える。
「その態度あからさまじゃねぇか!?」
 うわー、こいつめっさむかつく。
 そして周囲は大笑いしている。ああ、このバカの言動はいつものことなんだろうなあと察する。当事者の俺にとっちゃ笑い事じゃねぇけどな。
「ま、まあ落ち着いて……」
 後ろから沙耶ちゃんが俺の肩に手を置いてなだめる。……ああ、落ち着こう。落ち着け俺、落ち着いた俺。
「仲良くやれそうで何よりだぜ」
「あんたの目玉はタピオカか何かで出来てんの!? どう見ても険悪でしょこれ!」
 凌戯老人の寝ぼけた言葉に叫ぶ俺。そりゃ場の雰囲気は和んだかもしれないが俺当人はさらに険悪なんですがね。
「いいじゃねぇの。若いのはそうやってぶつかり合っていく、青春ってもんさぁ。
 さて、歓迎会もそうだが、あと報告だな。報告っつーか取り決め、だ」
 その言葉に、周囲の空気が引き締まる。特に大人たちの空気が。
「……沙耶」
「はい」
 凌戯老人の言葉に、沙耶ちゃんが返事をする。
「もう十五だったな、お前」
「はい」
「異能の力に。目覚めたか?」
「……いいえ」
 事務的に、質問し、受け答えする二人。
「なら、仕方ねぇな。
 ……答えろ、敷神楽本家が次女、敷神楽沙耶。主は、我が敷神楽のしきたりに従うか?」
「……はい」 
「そうか」
 凌戯老人は、ふう、と大きく息を吐く。
「齢十五を迎えてなお、異能の血に目覚めぬならば、敷神楽としては主は役立たずだ」
「な……っ!?」
 その言葉に俺は思わず声をあげる。そんな俺を大人の何人かが睨むが、知ったことじゃない。
 何だそれ。何なんだそれ。役立たず……?
「座れ、時坂。お前は知らなかったのかもしれんがな。これがうちの家系の仕来りよ。本家分家問わず、な。異能の力を元服までに目覚めさせることが出来なければ、落伍者の烙印を押される。
 で、そうなったら二つの道がある。ひとつは、敷神楽の名を捨て、家を出るか。そしてもうひとつは……」
 凌戯老人は言う。
「力無き者は力在る者に従う。それが世の摂理、だ。悲しいがな、そういう世界なんだよ。侍従として、異能の者の世話をする事になる。
 ま、簡単に言やぁ召使、つーか奴隷?」
 な……何だそれ。
「何だよそれ!」
「それが仕来りよ。お前さんにゃわかんねぇだろうがな。古い異能の民、その血筋は重い。敷神楽に連なる者は、異能者として戦う責務がある。それを果たせぬなら、戦えぬなら、役に立たないおちこぼれ、よ」
「……!」
 怒りが頭を支配する。落ち着け、と思うもののうまくいかない。視界が赤く染まる。
 何だこれは。ふざけてる。異能が使えなきゃおちこぼれ? 追い出すかあるいは奴隷!? そんなの……違うだろうが!
「クソジジイが……あんたさっき言ったよな、新しい異能者と古い異能者、異能者と一般人、その溝が埋まることを望むって」
「それがどうかしたか?」
「それがこれかよ、あんた自分が何言ってるか何やってるか、わかってんのか!? 古臭いふざけた仕来りとか、そんなことで……」
「ガキにゃわかんねぇよ」
「判りたくもない!」
 頭にくる。ほんの少しでも、このクソジジイに心を許した俺に頭にくる。
「やっとわかった。先生が歪むはずだ、ああ、確かにあんたらは元凶だよ! こんな……」
 俺が詰め寄ろうとすると、後ろから声がかかる。
「言いたい事はそれでおしまいですかぁ?」
 粘着質のいやらしい声。そして俺の肩に手が置かれ、強い力で一気に引き倒される。いや、引き飛ばされる。
「がっ!」
 テーブルを倒し、料理がひっくり返る。
「おーおー、テーブルマナーがなってねぇな、無能はよ」
「……! お前、は」
 そこにいたのは、俺をニヤニヤと見下ろしているのは、釜蔵伊織だった。
「ルールは大切に、なァ? 先生にならわなかったのかよ、クソが。人が生きていく中で大事だぜ? 仕来り、ルールはよ。なァ?」
 そう言いながら、伊織はいやらしい手つきで沙耶ちゃんの肩に手を置く。
「っ……!」
 沙耶ちゃんが怯えた顔で身をすくめる。だがその手を振り払うことは無い。それはそうだ、だって異能を発現しなかった彼女は、異能者の奴隷となることを選んだ、いや、受け入れさせられたのだから。
「てめ……っ」
「さ、御前。こんなクズはほっといて言って下さいよ。沙耶は俺の側女につくって」
「な……!?」
 伊織は俺を笑いながら睨みつける。
「順番、ってやつだよ。敷神楽の分家筋たるこの俺に、この無能女が従うのは当然だ。ああ、今日はてめぇの歓迎会とかじゃねぇ、この俺の――」
「は? 何言うとんじゃお前」
 凌戯老人が、鼻をほじりながら言う。
「……あ?」
「何勘違いして勝手に盛り上がっとんのかしらんが、俺ぁお前に沙耶を預けるとか一言もこれっぽっちも言うとらんのだが」
 ……。
 空気が静寂に包まれる。
「ぶふー!」
 というか、あの俺を殴ったむかつく女が、盛大に噴出す。
「な、なんだと!? どういうことだ御前、順番から言ったら俺だろうが!」
「じゃーかーらー、誰がそんな順番決めたんじゃい。勝手な慣習を好き勝手に解釈されても俺ぁ困るんじゃがなあ」
 鼻くそを吹き飛ばしながら言う。
 というか、展開がよくわからん。なんか俺無視して勝手に話がどんどん変な方向に言ってるんですが。
 そして次の瞬間、その方向はストレートに俺に来た。

「敷神楽沙耶は、敷神楽家客分、時坂祥吾の側女とする。それが当主敷神楽凌戯の決定じゃ」

 ………………………………。
 はい?

「どういうことだクソジジイっ!」
 伊織が絶叫する。よくわからんがそりゃそうだろう。
 それに対し、凌戯老人は伊織を見据えて言い放つ。
「は。どういうことだとはこっちの台詞じゃ小僧。分家筋だからと甘い顔しておったら図に乗りおってからに。
 貴様が今まで何をした? 家系に胡坐をかき、ろくに戦いもせず只々、日々を無為に過ごすのみ。ろくな力も持たんくせにくだらんプライドに凝り固まって向上心も無い、そんな貴様の刃は錆付いておる。そのような駄馬に従者やましてや側女など最初から不要。つか貴様が勝手に思い込んでおっただけじゃ、俺ゃ一言も沙耶を貴様につけるなど言っておらんがのう?」
 まあ勘違いを知ってて言わんかった俺も悪いが、そりゃ歳のせいってことで簡便しとけ、と笑う凌戯老人。
 ……ええと、話をまとめると、沙耶ちゃんが俺の側女? ところで側女って何だろう。
「なんつーツラしてんだお前ぇ。つーか俺いっただろ、三食メシ風呂にお手伝いまで付けて、って」
 そういえばたしかに言っていた。聞き流していたが。
「……え、もしかしてそれが」
「おう、沙耶よ」
「な……ざっけんじゃねぇっ!」
 伊織が激昂する。そして凌戯老人に殴りかかる。だが……
「そこまでだ」
 鶴祁先輩が、いつのまにか、伊織の首筋に刀を突きつけていた。今度は……抜き身の白刃を。
「御前の前だ。下がれ」
「てめぇ……!」
「二度は言わぬ、下郎」
「……っ!!」
 切っ先が肌を突き刺し、薄皮が破れ血の玉が浮かぶ。
 ……先輩は本気だ。このまま伊織が引かぬなら、その刃を容赦なく突き立てるだろう。離れている俺からもその殺気は感じられる。
 顔を青くして口をぱくぱくとする伊織。
「本家当主に分家の小僧が手を上げようとした狼藉、ただで済むとはおもってねぇよな小僧? しばらく頭ァ冷やしとけ」
 そう言い放ち、伊織から視線を外す凌戯老人。その視線は俺に向けられる。
「で、お前はどうするよ、祥吾」
「え……?」
「お前は俺に怒った。ああ、その怒りは俺にもわかる。で、お前はどうする? その怒りのままに暴れ、そしてそれからどうする。
 理不尽にただ怒りをぶつけるだけか? 変えてみようたぁ、思わんのか?」
「……」
 この人は、何を言っているのだろう。わからない。いや、だけど……判る気がする。
 そうか。きっとこの人は、あえて俺に見せたんだ。昼間に、俺は凌戯老人が自分達を元凶だと言ったことを、一笑に付した。だから見せてくれたんだ。どうしょうもなく歪んだ現実を。そう、吾妻先生も――そしておそらくは、この老人も直面したであろう、理不尽な現実を。
「……御前。無礼を許してください。クソは、俺でした」
 俺は頭を下げる。本当に俺はバカだった。
「まあクソジジイは本当のことだしなあ俺。あーちなみに、お前が沙耶をつけるのを断ったら序列的にそのまま伊織にシフトするんで」
 ……うわ、このクソジジイ。絶対に断れねぇじゃねぇかそれ!
「どうするよ?」
 ニヤニヤと意地汚く笑う凌戯老人だった。俺は頷くしか残されていない。
 ……このジジイには絶対に勝てないだろうなあ、と思った。というか、俺勝てない奴が多すぎるぞ。

「さーて、あーあ、どっかのバカのせいでメシが台無しじゃねぇか。しゃーねー、今からまたメシ作らせるからよ。出来たら呼ぶから一時解散ってことで」
 凌戯老人が言う。その言葉と共に、みな立ち上がる。
 そして、俺の背中に強烈な痛みが走った。
「痛っ!」
 でかい手で、おもいっきり叩かれた。
「根性あるじゃねぇか、小僧」
 スーツの精悍な大人だった。笑いながら手を振る。いや、むちゃくちゃ痛い。体育会系か。
 他にも大人たちが俺を見て笑ってくれている。頑張れ、とか、これから大変だぞ、とか声をかけてくれる人たちも居た。
 唖然としている俺に、さらに背中に衝撃が走る。
「うごっ!?」
 背骨がゴキっと! 今ゴキっと言った!!
「さすがだね先輩っ! あの啖呵私ちょー感動! そしてスカッとさわやかざまあみろの笑みが浮かんでくるのをとめられぬ、ざまあみさらせガマ蔵イボ痔、ってヤツですよっ!」
 誰だよそれ。もしかしてあの釜蔵伊織のことか。というか背中がいてぇ。
「うんうん、この米良綾乃ちゃんはいたくかんどーしましたよっ、なんというかこれから面白くなりそう」
「俺は不安しか浮かばねぇよ、というかてめー俺に恨みでもあんのかっ!」
「やだなあ先輩、愛に溢れたスキンシップですよぅ?」
「そんな愛はいらんっ!」
 もうやだコイツ。
 そうしてると、米良綾乃の背後からにゅっ、と手が伸び、おもむろに彼女の首をゴキャ、と捻って落とす。
「……きゅう」
 米良綾乃は沈黙した。
「いや災難だったなー」
 見かねた少年が助け舟を出してくれた。というか実に鮮やかな捻りだった。
「まあ、本当に災難だったね。でも結果オーライ?」
「こいつの言じゃないけど、面白くなりそうだな」
「つーか俺もスッキリしたわ。あいついちいち上から目線で嫌いだったし」
 俺と同年代の少年達が声をかけてくる。……うん、だから俺、こういう雰囲気苦手なんだってば。
 だけど……不思議と嫌じゃない。
「俺もふつーの異能者。よろしく」
「これから一つ屋根の下、というやつだ。よろしく頼む」
「つーか変なヤツじゃなくてホッとしたー。いやある意味変だけど」
 笑いあう彼らは……うん、普通の、どこにでもいるような学生たちだった。俺と、同じ。
 彼らも色々な経緯があって、色々な物語を経て、ここに集まっているんだろう。……彼らとも、上手くやっていけるかもしれない……そんな気もする。
 約一名を除いて、だが。とりあえずあの女とはいっぺんケリつける必要があると見た。
「つーか、臭いぞお前。しょうゆ臭い」
「あー、盛大に突っ込んでたからなあ」
 ……言われてみれば。俺は伊織に投げ飛ばされて料理に突っ込んだんだった。
「風呂入って来いよ」
「ああ、じゃあみんなで裸の付き合いと……」
「いや、ちょっと待てよ」
「ん? ……あ、なるほど」
 なにやらひそひそと話している。だが俺はもうそれどころではなくなった。なんというか、かゆい。一度認識してしまうと、それまで気にならなかった、醤油とかたれとかそういったものが肌についたかゆさが、その。すげぇかゆい。
「ああ、じゃあ俺風呂借りてくるわ……じゃあ、またあとで。ああ、そうそう」
 俺は彼らに向き合う。
「異能者になりたての初心者だけど、これからよろしく、先輩方」
 その俺の言葉に、彼らは笑顔で答える。
 ……ああ、心配は無い。不安はあるが、それでも……ちゃんとやっていけるだろう。
 俺は、その確かな予感を胸にしていた。







   *   *

「はっ、はっ、クソが……!」
 夕日が沈みきり、薄闇の街を、釜蔵伊織はもつれるように歩いていた。
「クソが、クソが、クソが、クソが、クソが、クソが、クソが……!」
 魘されるように呟く。憎悪を呟く。
「なんで俺が……畜生、クソが……ふざけやがって、無能がァ……!!」
 屈辱に震える伊織。自分は異能の一族、敷神楽が分家、釜蔵の長男だ。エリートなのだ。選ばれた者なのだ。
 それが、女をあんな無能の馬の骨に奪われ、敷神楽の長女に見下され、糞老害にコケにされ……
「ふっざけんじゃねぇええええええええええええ!!」
 壁を砕く。
 だが、それだけだ。一般人を軽く押さえ込めるが、強力な怪物には勝てぬ程度の身体強化。何処にでもある異能。
 どこにでもある!
 どこにでもある!
 それが癪に障る。異能の民である、異能の一族である、異能の血脈である自分が! 取るに足らないだと!
 生まれる時代を間違えた。あの一九九九年よりも以前に生まれていたならば、自分は真に優れた者であったはずなのに。
 いや……違う。間違っているのは、突然変異の有象無象どもだ。奴らが悪い。奴らがいなければ!
 奴らさえいなければ、この俺は……選ばれた主人公だったのだ!!

〝然り〟

 声が響く。
「!?」
 周囲を見回す。だが、人の気配は無い。否、何の気配も無い。
 あるのはただ……むせ返るほどの、黄金の気配だった。
「な、誰だ……お前は」

〝我が名を問いますか、忍びの末裔よ〟

 忍び……そうだ、釜蔵は忍者の血を引く一族である。身体強化の異能はその血によるものだ。だがなぜ、この声の主は……この黄金は、それを知っている?

〝其れは、汝の物語が、まさしく忍者の英雄譚であるからでありましょう〟

「忍者の……英雄……譚?」

〝――然り!!〟

 そして、視界が切り替わった。
 それは黄金。黄金の螺旋によって作られた、巨大な劇場。黄金螺旋劇場。
 幕が上がる。
 喝采が起きる。
 舞台が始まる。
 踊りが回る。
 そこにおわすは、まさに黄金。
 それは道化。
 それは恐怖。
 それは支配人。
 人々の心を映す劇場、かの黄金螺旋劇場の支配人。
 かの名は、かの者が人に与えられし称号は――【黄金卿(エル・ドラド)】
 偉大なる黄金卿!
 滑稽なる黄金卿!
 無粋なる黄金卿!
 愉快なる黄金卿!

「なん……だ、これは……? 夢……?」

「然り」
 舞台より、黄金卿が降りてくる。仮面を輝かせ、マントをたなびかせ、優雅に、そして滑稽に。
「ここは夢。夢幻の海にたゆたう黄金螺旋劇場。そして、今宵の主演男優は、貴方にございます」
「主演……?」
「然り。貴方様の渇望、欲望が我らと繋がった。貴方は望みを叶える権利を得たので御座います。その望みとは……」
 伊織にスポットライトが当たる。喝采が巻き起こる。
 ――力!
 ――力!
 ――力!
 ――力!
 ――力!
「然り、力を渇望する……単純で陳腐、しかしそれゆえに最も強きその望み。それが貴方の物語を呼び起すのでございます。そう……貴方にふさわしき仮面は」
 マントを翻す黄金卿。その手には、ひとつの仮面。
「児雷也」
 それは伝説の忍者。
 江戸時代の英雄。伝説の義賊。
「児雷也豪傑譚……それが貴方様の物語に御座います。そう、その仮面を手にし、貴方様はさらなる力を手に入れ……全てを望むがままに」
「これが……俺の物語……?」
 熱にうかされたように、その仮面を見入る伊織。
「さあ」
 黄金卿が誘う。
「手に取るので御座います」
 そして、伊織は――その仮面を手にした。



続く



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