【ある中華料理店店員の聖夜】


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ある中華料理店店員の聖夜





 空には暗雲が立ち込め、至る所で爆発音や赤黒い煙が上がっていた。
耳につけたイヤホンマイクからは各地からの絶望的な悲鳴交じりの報告が引っ切り無しに流れる。
左手の腕時計を見ればデジタル表示で今日の日付が示されていた。12月24日。

「そうか、今日クリスマスイブだったか」

 分かっていたが今一度確認すると辛いものがある。
まぶたを閉じると、前線に出る自分を心配そうに見送るあの子の姿が浮かんだ。
お祭り騒ぎが好きで何時も笑顔を絶やさないあの子の泣きそうな顔を見たのは初めてだった。
本当なら今頃はあの子や気の会う仲間たちと暖かい部屋でケーキや料理を食べて馬鹿騒ぎする筈だったっていうのに。
今はイヤホンからではなくもう自分の耳で聞き取れるほどに少しずつ大きくなってくる破壊音と悲鳴に、震える足を押さえつけながら息を潜めている。

「なんだってこんな日にこんなことになっちまったんだろうなぁ」

 ジャケットのポケットからはあの子に渡すはずだったプレゼントの入った小袋がラッピングのリボンを少し覗かせている。
友達以上恋人未満の俺たちを固めようとした仲間たちに背中を押され、ようやく今日のパーティで一世一代の告白をするつもりだった。
ポケット越しにプレゼントを触ると包装紙がぐちゃぐちゃになっているのがよくわかる。
待機している路地裏の片隅にはさっき前線を突破してきた化け物の死体が転がっている。
さっきは背後から不意打ち気味にしかけてなんとか仕留める事が出来た。
しかしそれでも潜めようとしているのに息は徐々に荒く、膝もガクガクと震えを増してきている。

「クソッ、なさけねえ」

 なんとか震えを止めようと太ももを叩くがまったく止まる気がしない。
普段から仲間に訓練や実習の成果を見せて格好いいことを言っていたっていうのに今の余裕のなさはなんだ。
化け物がいくら来ようが負ける気がしないなんて言ってた俺はどこへいったんだ。

『前線が突破されました! 第一次防衛ラインに敵が押し寄せます!!』

 イヤホンからノイズの混じった報告が入る。
前線からの報告がどんどんと減っていく。多分向かった連中は生きてはいないだろう。
ここへ敵が来るのもそう遠い話では無さそうだ。
つまり、それはイコール俺自身の最期でもある。
俺よりも強いやつが戦っていた前線が崩壊したんだ、俺だけが生き残れるなんて都合のいい話があるはずがない。
もう一度目をつぶると、またあの子の顔が思い出された。
でも今までたくさんの笑顔を見てきたっていうのにあの子の泣き顔しか思い出せない。

「もう一度笑顔が見たい、それから」

 それから俺は彼女に――
突如、背後で爆発音が響き衝撃が背中を殴りつけた。
転がるように潜んでいた路地から大通りへと転がり出た俺の目には、ゆっくりとこちらへ進行してくる化け物の集団が映った。
俺と同じように潜んでいた仲間が建物や路地裏から攻撃を加えるが進行を少し遅らせる程度にしかなっていない。
路地裏からもさっきの爆発の原因だろう化け物がこちらへ歩いてくるのがみえた。
やっぱり、俺が生き残るのは無理だろう。

 でもこいつらを行かせればあの子はどうなる?

 行かせない、行かせてはならない。
今まで受け取るだけだったイヤホンマイクの送信スイッチを押す。

「第一次防衛ラインの――だ。敵が来た。
 多分持ちこたえられそうにない」

 路地裏を爆破させたであろう火球を吐き出してくる敵の攻撃を横に飛んで何とか回避する。
直撃していないというのに熱気だけで頬が焼け付いたように痛む。
次弾を撃とうと口を膨らませ仰け反る敵に距離をつめて顎に一撃。
口の中で火球が爆発したのだろうか、凄い音を鳴らして辺りに肉片が飛び散る。
しかし、顎へ攻撃を入れたこちらの右手も爆発の余波をもらって指が何本か折れたようだ。
アドレナリンで痛みは余り感じないが少しすると地獄の痛みが襲ってくるだろう。
大通りを見ると潜むのを止めたのか仲間が列を作って敵の進行に相対していた。
俺もそれに加わるために足を動かそうとして、イヤホンマイクの送信スイッチが押されたままになっていた事に気づく。

「指令本部、まだ繋がっているか?
 出来れば伝えてほしい言葉があるんだ――」



『あなたは恋人になんという言葉を遺して逝けますか?』



 客がほとんどおらず扉の外から僅かにクリスマスソングが聞こえる店内に、テレビから現在放映中の映画CMが流れた。
最新のSFXやらCGやらを使って臨場感あふれる様になっており、テーマ曲にのって主人公とヒロインの平和な学園生活の映像が続いている。
上手くごまかしてるけど、あれエキストラに能力者混じってたりしてるんじゃないかなー、とテーブルを拭きながらなんとなく眺めていたのだが。

「いや、クリスマスにこのCMはねーだろ」

 思わず俺、拍手敬<<かしわで たかし>>はクリスマスイブの夜10時一人さびしくテレビに突っ込みを入れていた。







 ある中華料理店店員の聖夜






 クリスマス、12月25日。
キリスト教でイエスキリストが生まれたとされる日。
その前日、24日の夜だからクリスマス・イブ。
街中は煌びやかなネオンに彩られて、商店街に備え付けられたスピーカーからは数十年間変わり映えのないクリスマスソングが流れる。
本来は教会でミサやらなんやらが行われて厳かに過ごす日のはずなんだが、そこはそれ。
とにかくイベントにかこつけて遊ぶのが多種メーカーの販売戦略に踊らされる悲しい日本人のさだめだろうか。
町中では恋人たちがキャッキャウフフしつつホテルやら自宅やら寮の自室で愛を育んでいるんだろう。
だというのに、なんで俺はのれん畳んで店じまいしたバイト先でひたすら掃除なんてしてるんだろうか。
夕方に後輩の木山仁からクリスマスプレゼントとしてもらったステキアイテムは楽しむ間もなく突如現れた被写体本人によって再生不可能な程に砕かれてしまった。
何枚かは脳内で保存済みだが、全部を楽しむ前だったのが非常に残念すぎる。
マスターデータを消したとは言ってなかったし、今度またコピーしてもらいに行っても大丈夫かなーなどと考えつつテーブルに布巾を這わせる。
何度もいうが、今日はクリスマスである。
別れ際に凄い良い笑顔を見せた木山を思い出すが、あれは間違いなく桃色未来を期待している顔だった。

「ああ、チクショウ。
 木山のやつ今頃は乳神さまと鍋でもつついてキャッキャウフフしてやがんだろうなぁ。
 そんで食後は乳神さまの乳をつつくってか、あのリア充め」

 夏に会ったおっぱいを思い出して思わず歯軋り。
おっぱいのサイズとインパクトがでか過ぎて名前をド忘れしちまったが、あれは良いおっぱいだった。
それを手に入れた木山……妬ましい。
妬ましいが、同じ志を持つものとして見事理想を達成したのは賞賛するべきだろう。妬ましいが。
乳神さまのおっぱいを思い出して思わずため息をひとつ。

「俺の近くにもいることはいるんだけどなぁ」

 常連となって裏口からのご来店余裕でした、なのが一人。
何時も心に外道の心を、な「他人をからかうこと」と「チャーハン食うこと」が楽しみだと公言してはばからない外道巫女こと神楽二礼<<かぐら にれい>>。
……あれに恋愛感情が沸くかって言われたらなんとも微妙な顔をせざるを得ない。
いや、おっぱいは理想でドがつくほどのストライクなんだが。
顔を会わすたびにネチネチと俺の精神を削ってくれるのが難にも程がある。
さっきなんて尻に木刀を捩じ込まれかけたくらいだ。

「ああ、そういえば」

 他にも選択肢があったのを思い出した。
数日前の終業式以降顔を会わせてないがクラスメイトの星崎とか六谷も良いものをお持ちだ。
でも、この一年であの二人にされた諸行を思い出すと背筋に冷たいものが走る。
ヤメテヤメテもう寒中水泳は嫌ー! ヤメテヤメテもう頭を竹刀で殴らないでー!

「なんで俺の周りの巨乳ちゃんは性格に難のあるやつばっかりなんだろう……」

 世の中にはもっと性格も素晴らしいおっぱいもいるだろうに。
なんで俺の周りのおっぱいは邪悪なのばっかなんだチクショウめ。泣くぞ。
……考え事をしながら掃除をしていたら布巾が結構汚くなっている事に気がついた。
中華料理店で油料理が多いせいかこまめに掃除をしないとすぐにこれだ。
餃子のたれやらでテーブルに染みが付いてるのが大衆向け料理店だということを思い出させてくれる。
バケツに汲んでおいた水に布巾を浸して揉み解していると、もう時計の短針が11に近づいこうとしているのが見えた。

「どうすっかなぁ、待つべきか帰るべきか」

 3時間半ほど前に二礼が去り際に言い残していったことを思い出して肩をすくめた。







「問答無用ー!! そこになおれー!」
「ア゛ッーー!!」

 外道巫女の木刀が唸りをあげて俺のケツへと襲い掛かる。
仰向けへ倒れこんだ俺に足元から迫っていた凶器をなんとか寸前で止めることに成功したが、夏の時と同様にジリジリと尻と木刀の距離が縮まっていく。

「ふふふ、ほーれもうちょっとっすよー?」
「ら、らめー! それだけは勘弁してくれー! 助けて神様ー!」
「神さまを下ろせる私が審判するっす、却下」
「い、一方的過ぎる! 控訴だ控訴ーっ!」

 口端をキリキリと吊り上げて凄い嫌な笑顔を見せながら二礼が力を込めてくる。
ちくしょう、相変わらず力強ぇよこいつ。
何が悲しゅうてクリスマスに尻の処女を捨てにゃならんのだ!

「いやー、しかし先輩も堕ちたもんっすねー。夏に誘拐したかと思ったら今度は盗撮っすか?」
「撮ったのは俺じゃねーってア゛ッー!! 先端が尻に! 尻に!」

 あわや、俺の純潔が散ろうかというその時。
立て付けの悪くなった扉を乾いた音を鳴らして救世主が現れた。
高い背に病的なまでに細い体をしたその人物は俺たちを見て一言。

「……邪魔をした」

 そう一言だけ述べると来た時を逆再生したかのように扉を閉めて出て行こうと――

「待ってー! 助けて蛇蝎<<だかつ>>さーんっ、晩飯おごりますからー!」
「ふむ、構わんがそっちの……1-Bの神楽二礼か、もう離れているぞ」
「へ?」

 顎に手を当てながらもう片方の手で扉とは逆の方向を指差す蛇蝎さん。下の名前までは覚えてないが今更聞くこともごにょごにょ。
普段から蛇蝎さんとしか呼ばないから問題ないだろう。
とりあえず指差された方を見ると俺の尻の純潔を狙っていた外道巫女は何時の間にやらテーブルに着いていた。
バッチリ凶行を見られたというのに今更取り繕ってどうするってんだコイツは。

「まぁいい。時に拍手よ、先ほどのおごるというのは嘘では無いのだろうな?」
「え、あ、まぁ後ろの純潔を救っていただきましたから相応には」

 さすがに満漢全席とか言いださねぇよな、この人。
見た感じ下手すりゃ外道巫女よりも軽そうだし、ああでも痩せの大食いってあるからなぁ。
まぁ何はともあれ立ち話もなんだ。

「んじゃ、カウンターにでも座ってくださいよ」

 床から起き上がりつつ蛇蝎さんにそう言う。うう、少しだけど尻が痛い。
綺麗にしているように心がけているとはいえ、そこは中華料理店特有の油っさに微妙な汚れがついた服を払う。
馬鹿なやりとりも後先考えてないと酷いことになるな。
学園の制服じゃなくてコックスーツだったのがせめてもの救いか。
元々油汚れが染み付いているのでさほど気にはならない。衛生的に普通のお客には見せられないが今いるのは「普通の客」じゃないので気にしないことにする。

「んで、ご注文は? 今日はそんなに食材に余裕がないのでたいした物は出来ませんけど」

 キッチンに移動してからコンロに火を入れて相棒である鉄鍋のジャンをのせる。
中華は何といっても火力と速さ、何頼まれても鍋は要るんだからとりあえず熱しておくのが最善だ。

「客商売の料理店が掻き入れ時の夕飯時に余裕がないとは珍しいな」

 訝しがる蛇蝎さんを横目に時計に目をやる。

「今は……7時か、もう一時間程したら貸切で団体客の予約が入ってるんですよ。
 気前の良い客みたいで今日はその客だけ、どうせクリスマスイブに中華なんてあんまり流行りませんしね。
 そういう訳でその分は用意してるんですけど、ちょっと準備に手違いありましてね。
 加減していただけると嬉しいです」
「それは量か? 品目か?」
「あー、品目ですね。鳥と米は結構あるんですけど他の一品もの作る食材が正直予約分くらいしか」
「よくもそれで晩飯を奢るなどと言えたものだな」

 何時もの仏頂面のまま鼻で笑う蛇蝎さん。
知り合い連中にされたらイラっときそうなその態度も、何と言うか悪の幹部みたいで似合ってるのが逆に面白い。

「それはまぁ、とっさに口から出ちまったんで」
「後先考えずに口走るのは愚か者の行動だ、拍手。
 ……ではチャーハンを役満盛とから揚げを5人前ほどもらおうか」
「だ、蛇蝎さんって痩せの大食いだったのか」

 頭の中で注文金額を計算して、今日の分のバイト代が半分くらいになったことに絶望する。
というか、役満盛にから揚げ五人前とかそこで座ってる外道巫女のところのせんせーさんが腹八分目になるくらいの量だぞ。
いや満腹まで食ってるのみたことないからあくまで予想の話なんだが。

「勘違いするな、持ち帰りでだから揚げ代は払う。チャーハンを奢りでいいだろう?」
「ああ、なるほど。微妙に納得できない気もしますけどオッケーです」

 一気に総額が三分の一くらいになってほっと胸を撫で下ろす。
てか、この人さらっと注文が出てくるあたり始めから持ち帰りで注文しに来たんじゃないのだろうか。
どうせ聞いてみたところで「はい、そうです」だなんて絶対に言わないんだろうけど。
まぁ、予約の30分前にはそっちに取り掛からなきゃならんのでさっさと作るかね。





 作り始めて10分ほど特に会話も無く店内には俺が中華なべを振るう音と、テレビから流れる大して面白くも無い特番の音声だけが流れている。
蛇蝎さんはカウンターに、二礼は先ほどのままテーブル席に腰掛けてセルフサービスの水が満ちたコップ静かに傾けるだけだ。
微妙に気まずいので蛇蝎さんに話しかけようか悩んでいると、蛇蝎さんが僅かに二礼の方を見た。

「そういえば最近風紀が活発に動いているようだな」
「ふぇっ!? 私っすか、まぁクリスマスっすからね変なのが良く沸くっすから」

 猫背でテーブルに突っ伏してだらけていた二礼が飛び起きる。
あいつ寝てたんじゃねぇか?
蛇蝎さんも普段より眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情をしている。

「クリスマスだけではなくここ2ヶ月ほどを含めてだ」
「……一応機密なんすけどねー、それ。なんで知ってるんすか?」

 怪訝そうな声で答えるその顔は何時もの人を小馬鹿にしたような半笑いの表情。
だけど少しだけ何かが違う――ああ、目が笑ってないな。
二人の間に静かに火花が散る。
お互い腹にいくつも何か抱え込んでるようなタイプだし探りあいでもしてるのかねー。
しかし2ヶ月ってことは10月の末くらいからか。
そういえばそれくらいから二礼の来店が減ったような気もするな。
まぁ、週4が3になったくらいだけど。

「蛇の道は蛇、というやつだ。情報を制したものが全てを制する定石だろう。夏の事もある、こそこそと動き回っているうちに後手に回らんことだな」
「下っ端の見習いに言うんじゃなくて、上に言って欲しい言葉っすね。あ、仕事増えるんでやっぱ無しで」
「拍手よ、何故こいつが見習いとはいえ風紀に入っているのだ?」
「いや、そんなの俺に言われても困りますよ。
 俺だって何でクビにならないのか何時も不思議でしょうがない――っとはい出来上がり。
 岡持ちに入れて貸し出しますんでまた明日にでも回収に行きますよ」

 出前用の岡持ちに料理を入れる。
何時も思うんだが役満盛は1つで岡持ち1個いるのって非常に問題あるな、これ。
大盛り過ぎて岡持ちの中を2段に分ける鉄製の区切りを抜かないと入らないのだ。
というかそれ以前に、

「蛇蝎さん、これ持って帰れるんですか?」

 役満盛にから揚げ5人前だとかなりの重さになる上に岡持ちも2個になる。
合わせて7,8kgになるんだが、実際やってみると分かるがかさ張って重いものを持って移動するのは非常に疲れる。
蛇蝎さんって病人かと思うくらいに細いから物凄い心配だ。
ラップで封をしているとはいえ転んだり落とせばどうなるか分かったもんじゃない。

「無用の心配だ、相島に来るように言っている」
「ああ、夏にさっさとナンパしてどっか行ったガキんちょですか。空間系能力者でしたっけ?」

 夏に海の家の手伝いに行ったときに顔は見たことがある。
相島陸<<あいじまりく>>、蛇蝎さんの野鳥研究会だったかなんだかいう所の会員だったはず。
直後にナンパしてどっかいって帰ってこなかったんで直接喋ったことはないけど。

「うむ、代金はここに置くぞ」
「あ、蛇蝎さん待った。これも持って行って」

 さらに岡持ちを1個プラス。

「……役満盛は1つしか注文していなかったはずだが?」
「から揚げ5人前で役満盛1つじゃ米足りないでしょ、うちのはから揚げも結構大目だから5人で食うもんじゃないと予想してみました」
「ふん、余計なことを」
「今年はお世話になりましたから」

 海でのバイトがあったおかげでスシヅメ回避出来たしなぁ。
他でも地味にいろいろとお世話になったから野口さん一人くらいはお礼になって然るべきだろう。
とりあえず冷めないように岡持ちの蓋を閉じてから入り口そばのテーブルの上に置く。
岡持ち3つはさすがに持ち運べないな。





「蛇蝎おにいちゃん、クリスマスイブに呼び出しとか止めてよー」
「うるさい相島、お前もたまには会合に顔を出せ」

 出来上がってからたっぷり10分ほどして、心底嫌そうな顔で相島がやってきた。
8つ程年上の蛇蝎さんを相手に、片手で頭をボリボリと掻きながら全く不満を隠そうともしないのは凄いというかなんというか。
そういえば、初等部でありながらその可愛い顔で女性を食いまくるというジゴロらしい。
こちとらキスすらしたことないっつうのに、羨ましい。

「こっちにだって都合があるんだよ、ぼくじゃなくて工さん呼べば良いじゃない」
「工は飾りつけと留守番で忙しい、どうせお前は女の尻ばかり追いかけているのだろうがこんな時くらいは参加しろ」
「こんな時(クリスマスイブ)だから言ってるんだよ、今日だって3人とデートの約束あったのに」

 椅子に座ると悪びれもせずに足をブラブラとさせながらぶーたれる相島。
言ってる内容は酷いが見た目が愛らしいから許せるんだろうなぁ。
相島が手を翳すとそれだけでまるで手品のように岡持ちが消える。
テレポートか何か良く分からないが普通の荷物もちを呼ぶよりも効率はよさそうだ。

「つべこべ言うな、さっさと戻るぞ」
「はーい」
「返事をのばすな」
「……はい」

 うむ、と若干表情を緩めて蛇蝎さんが頷く。

「ではな」
「はい、まいどどうも寒いんで気をつけて」

 逃げ出さないように監視するためか相島を先に立たせて細い背中が店を出て行く。
蛇蝎さんには失礼だけど反抗期の子供に苦労してる父親みたいだな、と思った。
いや、苦労人だし父親というよりは母親かだろう。
パタンという軽い音を立てて扉が閉まった。

「んで、お前さんは何してんだ?」

 使って減った分の食材を準備しようと包丁を振るう俺の目の前。
先ほどまで蛇蝎さんが座っていた席に座ってこちらを見つめる外道巫女。
普段よりも覇気が無いというかなんというか。

「私の分のまだっすか?」
「ねーよ、お前注文してなかったじゃねぇか」
「……むぅ」

 突っ伏して動かなくなる二礼。カウンターにおっぱいを載せてセルフ乳枕か。
って、やっぱり変だな。
普段だったら何かしら食いかかってくるもんなんだが。

「どうしたよ、なんか変だぞ」
「うっさいっす、寝不足で疲れてるんでさっさとチャーハン寄越せっす」
「寝不足でチャーハンは胃にキツイんじゃねぇか?」

 まぁ、注文入れば作るのが料理人だけどさ。
まだ余熱の残る鍋に再び火をいれる。
薄く油を入れていざ作ろうとすると、テレビではない軽快な電子音が聞こえた。

「あー」

 だるそうな声をあげて体を起こすとおもむろに胸元に手を突っ込む二礼。
しばらく豊満な谷間をごそごそとやって引き抜かれた手には学生証が。
あいかわらず学生証はそこが定位置なのかよ。
変わってくれ学生証。

「……先輩、チャーハンキャンセルっす」

 画面を見た二礼がため息交じりで言う。 

「だいたい分かった。見習いとはいえ風紀委員なんだから行って来い」
「寒いの嫌なんでここでのんびりしてたいんっすけどねぇ」

 二礼が空のコップのふちを持ってクルクルと回しながら上目使いで見上げてくる。
学生証を取り出すときに緩めたままの胸元から魅惑の谷間が見えた。
なんという誘惑、6ゾロでも出さない限り回避は不可能だ。
ああ、もう面倒くさい。

「何時終わるんだ?」
「んー、10時には解散するんじゃないっすかねー?」
「10時か……貸切の団体終われば閉店だけど、暖簾だけ下ろして待っててやるから行って来い」
「おやー? クリスマスイブに一人は寂しいから私みたいな可愛い子と一緒に居たいってことっすか?」

 だれてた顔が何時ものにやけ顔に変わる。
ふむ、少しだけ何時もの調子が出てきたか?

「神道にクリスマスイブなんて関係ねーよ」
「はいはい、そういう事にしとくっすよ」

 二礼がコップをカウンターに置くと立ち上がり出入り口へと歩いていく。
ガラリと勢いよく扉を開け、すぐ閉めた。

「寒いんでやっぱり行くの止めに」
「とっとと行って来い!」
「……ちっ」

 だから舌打ちすんなっつうのに。
態度の悪さを見せたまま二礼は外へと出て行った。
時計を見ると7時半を過ぎた頃か、うちでやってる大衆向け中華は食材の準備さえしておけば調理自体は時間がかからない。
8時の予約だし気が早い客ならそろそろ来る頃だろう、店長たちもぼちぼち帰ってくるだろうし頑張りますかねー。
しかし8時の予約で夕方全部貸切って変な話だよなぁ。





 んで、現在11時も回って久しいんだが。
貸しきり客は9時半に帰っていって、後片付けも10時半には終わっちまった。
明日は定休日の水曜なんで下準備も無いんで店長以下店員&バイト仲間も引き上げて店に居るのは俺だけ。
とりあえず掃除してるんだが、あらかたそれも終わってしまった。

「……俺帰ってもいいかなぁ」

 テレビなんて普段余り見ないから何が面白いのか良く分からないし、コンロの火を落とすと暖房入れてあっても寒いことこの上ない。
もう終わったのか確認を取ろうにも相変わらずあいつの学生証番号知らないからどうしようもない。
後30分ちょっとで日付変わるからそこまで待ったら帰るかな。

「ん?」

 裏口のほうから何か聞こえたような気がした。
俺が居るホールの方からは電灯を切ったキッチンを抜けた奥にある裏口の方からだ。
気のせいかもしれないが、たまに二礼は裏口からやってくるからなぁ。
従業員専用だってのに、店長が常連だからってあいつに甘いんだよまったく。
とりあえずキッチンの電灯を点して裏口へ。

「来たのかー?」

 鍵を外して裏口から路地裏を覗く……外に誰もいませんよ。やっぱり勘違いか。
というか、寒い、凄く寒い。
12月末のコンクリートジャングルの気温低下半端無い。
急いで扉を閉めて鍵も掛ける。
さすがに半そでに腕まくりしてるコックスーツで外になんて出るもんじゃないな。

「おおおおおおお」

 捲くっていた袖を伸ばして両手で逆の手をそれぞれ摩る。
ちょっと出ただけでこれなんだ、警邏に行く二礼が渋ったのも理解できる。

「お?」

 また音が聞こえた。
さっきのは空耳だったが、今度は間違いない。
目の前の裏口の向こう側で何か重たいものが動いたような変な音が聞こえた。

「はて、さっきは何も無かった筈なんだが……暗くて見落としたんだろうか?」

 もう一度確認しようとドアノブを掴もうとした寸前、

「はー、暖かいっす」

 背後でガラガラという音を立てて立て付けの悪い扉が開き、ようやく待ち人が来た。
裏口の向こう側の音は風でダンボールか何かが飛ばされてビールケースにでも当たったんだろう。

「お疲れさん、今ちょっとだけ外に顔出したんだが寒いな」
「寒いっすよ、早くチャーハン作って欲しいっす。もうお腹ペコペコっすよ」

 寒さ対策に巻いていたマフラーを取りながら二礼がカウンター席に座る。
余りに寒かったのか鼻水が出てるんだがさすがに女子高生に面と向かって
『あんた鼻水出てますよ』
とはいくら外道巫女が相手であってもさすがに言えん。

「ほれ、これでも使え」
「お? おおお、暖かいっす」

 念のため蒸し状態で放置していた蒸篭からまだ大分暖かいオシボリを渡してやる。
蒸篭は湯気がこもるから保温に優れている、取り出すのに触った指がちょっと痛いくらいだ。
これならかじかんだ指先も暖まるだろう。

「今から鍋に火入れるからちょっとだけ待ってな」

 材料はもう切ってあるので鍋が熱されればすぐにでも作れる。準備は万端だ。
ついでにポットから暖かいお茶を注いで置いてやる。
これで出来上がるまでにある程度寒さで硬くなっている体もやわらぐ。
中華は脂っこいから体調悪いと胃にくるんだよなぁ。
薬膳もあるんだが、俺はそっちにはとんと疎いし。

「はー、暖まったっす」
「そいつはよござんした……ってお前何してんの?」

 オシボリで顔を拭いて(おっさんくせぇ)指先を暖め、お茶で中から暖まった二礼が立ち上がってテーブルを動かしていく。
どんどん1人で器用に4人掛けのテーブルを壁端へと動かした後は椅子もひっくり返してテーブルに載せる。
ものの数分で店の真ん中にちょっとした空間が出来た。
綺麗に掃除してて良かった、汚いままテーブル動かしたら床がえらいことになってたと思う。

「んーと、あったあった」

 二礼がポケットをごそごそとやった後に小さい石のようなものを取り出した。
今度はその石を部屋の四隅にそれぞれ何か呟いて置いていく。
この時点でだいたい何しようとしてるのかは分かったが。

「もうチャーハン出来るぞ、てか何で今『神下ろし』しようとしてんだよ」
「うっさいっす、いいから早く作れ」
「命令かよチクショウ」

 油を跳ねさせながら鍋を振る、その度に独特の匂いを撒き散らして材料が宙を舞う。
火力で引っ付かぬようバラバラに、だけど焦げ付かないように水分も抜け切らぬよう。
一年半の経験を生かして腕を振るう。
この間だけは他に気を向けることは出来ない、ただ最高の出来具合を目指してひたすらに腕を振る。

「よっし、出来た」

 何時もよりもチャーシュー大目に入れたチャーハンの出来上がり。
多分今までで最高の出来だ。

「出来たぞーって、おいこら」

 二礼を見ると、かなりマジに神楽を舞っていた。
まぁ、準備してる時点でやる気まんまんだとは思っていたがまさか本当に『神下ろし』するとは。
『神下ろし』は二礼の能力、決められた範囲を舞台として神への奉納である神楽を舞うことで実家の神様をその地に下ろす。
つまりは俺のクラスメートの召屋みたいに召喚するっていうやつなんだが……
問題は『神下ろし』が終わるのにそう短くない時間が掛かるということ。

「冷めるだろうが、何で舞ってんだよお前は」
「~~~♪」

 俺を完全に無視して祝詞を上げながら舞う二礼。チャーハン作るのに集中していて聞こえなかったが何処から取り出したのやら棒の先には鈴がついて音を奏でている。
……ん? よくみれば目だけでこっちに何か言ってるような。
目線を辿るとキッチン奥にある従業員専用のロッカールームに向いていた。

「ああ、そういうことか。だいたい分かった。」

 二礼がやって欲しいことが半分ほど理解できたので、とりあえずキッチンペーパーをチャーハンの上に被せてからロッカールームへ向かうことにする。
『拍手』とネームプレートに記されているロッカーを開けると、中には教科書やら変な小物やらがギッシリ詰まっている。
寮、学園、バイト先の三点が主な移動先な俺は学園が終わってから直接ここに来ることも多い。
逆に学園に行く前にその日の仕込みを手伝ってから向かうこともある。
なので、寮と学園の間にあるバイト先を物置代わりに使ってたりするのだ。
学園で選択科目で神道を取っている俺がロッカーに放り込んであるもの、今回必要なそれを取り出す。
細く長くて穴の開いてあるもの……まぁ、笛なんだが。
龍笛と呼ばれるものでフルートの祖先だとかなんだとか。
とりあえず舞台に入る前に二礼二拍手一礼を、これを欠かすと物凄い重力みたいなものが両肩に圧し掛かるのだ。
踊っている神楽の邪魔をせぬように床に腰を下ろして、それに口をつけ神楽の祝詞に合わせて笛を吹く。
油くさい中華料理店の店内が一気に厳かに、静かに重く神聖な神殿へとなっていく。
もう数人の楽者がいて本当の神楽になるんだが、そこはご愛嬌。
この外道巫女にしてあの神様あり、とでも言おうか。
大概適当なので気分さえ乗れば割と簡単に顔を出すらしいんだが。

「お、出てきたっすね」
「お前、神様相手にその言い草は無いだろう」
『なんじゃお前ら、こんな時間に』

 二礼の背後に……ぬいぐるみ? ああ、いやいや違った。
2頭身の物凄いデフォルメされた幼女というか、うん、まぁそんな光ってるのが浮いている。
召喚時間を短くしてとにかく早く呼び出した結果がこれだよ。しかし早ければ2,3分で出てくるのか。
以前に3頭身とか6頭身のを見たことはあるんだが、2頭身まで行くとデフォルメがきつ過ぎてまるでぬいぐるみだな。
大きさも4,50cmって所か――って、

「おぶっ!?」
『誰がぬいぐるみじゃ、この馬鹿が』

 唐突に両肩に重さを感じて前のめりに顔から地面へと突っ込んだ。
舞台の中では神様に対して不敬を働けば罰として食らうものなんだが。
そういえば、この神様舞台内にいる者の不敬な思考を感じ取れるのか考えただけでえらい目にあったりする。すっかり忘れてた。

「神様、そんなの放って置いてこっちっすよー」
『ふむ?』

 踊るのを止めてカウンターへ向かう二礼の後をゆっくりした速度でふよふよと浮きながら神様が追って行く。
てか、そんなのって何だ。俺か、俺のことなのか。
ゆっくりと体を動かす……あれ、思ったよりも簡単に動くな。
2頭身ではほとんど力も出ないのかさっき倒れたのは唐突に食らったせいでバランス崩したからか。
重いことは重いんだがそんなに苦になるほどの力は感じられなかった。

「チャーハンっすよー、はい神様の分っす奉納奉納」
『……』

 なんか神様固まってないか?
カウンター席に腰掛けた二礼が取り皿に蓮華でチャーハンを取り分けて神様の前に供えていた。
いきなり呼び出されて食えっていうのを神様にやってのける外道巫女。
そこに痺れも憧れもしないが、当の神様が唖然としてるのを気にしてやれよと思う。

『これが何度も聞いた「ちゃあはん」とやらか』
「やー、もうお腹ペコペコっす。ほら神様食べてくださいっす、神様が口つけてくれないと私が食べれないっすからね」
「今のは不敬に当たらないのかよ」

 一応なりとも神様が先に食べないと食べれないっていう作法(?)を守っているのは分かった。
だが、どう聞いても自分が食いたいから早く食えって言ってるようにしか聞こえない。
相変わらず理不尽な神さんだ――って、

「う、ぬ、ぐぐぐ」

 肩の重さがじわりと増す。
じわりで済むあたりが2頭身の限界だろう。
もっと頭身高ければ間違いなく地面とキスするはめになっていただろうが。
しかし二人ともこっちを見ようともしねぇ、そのチャーハン作ったの俺だっつうの。泣くぞチクショウ。
さすがに2頭身では持ちにくいのか神様が蓮華で四苦八苦しながらチャーハンを掬って口に運ぶ。
それから数秒じっくりと租借、飲み込んで一言。

『油っこい』
「ダメー! 中華料理にそれ言っちゃダメー!!」

 いくら神様でも言って良い事とダメなことがあるでしょう?
和食があっさりしすぎなんだよ、勤労学生にとっちゃ油っこくて腹にドスンと来る方が良いんだよ!

「おいこら、笑い転げてないでお前も何か言え! お前のとこの神様だろうが!」

 二礼は神様の感想を聞いてツボに嵌ったのか、カウンターをバンバン叩きながら涙目になって震えていた。
まさかこの感想を予想してたのかこいつは。

「いやいや、貴重な感想じゃないっすか?」
「中華料理食って『油っこい』は貴重でも何でもねーよ!」
「まぁとりあえず神様が一口食べたんで私も食べるっす……ってあれ?」
「ん?」

 二礼が見る先を見ると神様が。
蓮華をひたすら口と皿とを往復させて――食ってる?
あっという間に取り分けた分を食い尽くす神様。
次に狙うのは当然二礼の目の前に置かれた皿にこんもりと盛られたチャーハン。

『おかわりじゃ、もっと寄越せ!』
「いくら神様でもダメっすよ! これは私の分っす!」

 チャーハンの皿を抱え込んで渡すまいとする二礼だが、胸のせいで皿が奥まで隠せず外に出ている所に神様が突っ込んでいく。
防ぐのは無理と判断したのだろうか、神様に負けじと二礼も蓮華を動かして口へとチャーハンを運ぶ。
さっき神様が言った『油っこい』は不味いって意味ではなかったようだ。





 結局普段より多め、量的にはハネ満くらいの盛で出したチャーハンはものの数分で二礼と神様のお腹へと姿を消していた。
神様は食い終わってしばらくカウンターに転がっていたが、満足したのかもう消えてここにはいない。
というか無理して詰め込んだのか転がってるときとか2頭身の体がまん丸に膨れ上がっていたんだが大丈夫だったんだろうか、あれ。

「あー、ちょっと食べたり無いっすよー」
「何言ってんだ、十分食っただろ」

 普段並み盛ちょっと多めとかいう謎メニュー頼んでるのが今日は三倍盛のハネ満なんだから二倍以上の量だったんだ。
半分を神様が食ったとしても足りてるはずだろう。

「いやいや、後ちょっと甘いものでもあればーと思うんっすけどねー」

 ようするにデザートの要求か、よく食うやつだな。
いや、美作には負けるからこれが普通なのか? よく分からんが。

「……回りくどい言い回ししやがって、ほれ」

 杏仁豆腐の作りおきを冷蔵庫から一人前取り分けて出してやる。
油っこい中華の〆に甘いけどさっぱりとした杏仁豆腐は口直しに丁度良いようだ。
本当は夏季限定だったはずが根強い人気と要望により復活したので完全レギュラー、地味に注文率№1の不動の地位を気づいてしまった。
中華料理店なのにデザートが一位ってなんだそりゃ。

「ふっふっふ、こればっかりは神様にも譲れないっすからねー」
「お前、まだ舞台解除してないのにそんな事言って後でどうなっても知らんぞ」
「大丈夫っすよ、気にしない気にしない」
「巫女がそれで良いのか……」

 俺は下手なこと考えるだけで肩に重し食らうってのに、こっちは関係ないと言わんばかりに二礼凄い良い顔で杏仁豆腐をかっ込んでいく。
まぁ、良い顔で食ってくれるんなら俺は良いんだけど。

「って、おいお前これはさすがにマズイだろ!」

 巫女VS神、チャーハン争奪戦の際に放り出したのが変なところにぶつかったのだろうか。
神楽を踊る際に手にもつ鈴がついていた棒から結いつけられていた紐が解けたのか鈴が地面に落ちて転がっていた。
一応神具だというのに外道巫女の名が悪い意味で証明されてるじゃねぇか。

「ん? あちゃー」
「あちゃー、で済ませるもんじゃねーだろうが!」
「まぁ起こっちゃったことはしかたないっすよ、神様だって気にしてないっすよ多分」
「本当にそれでいいのか神様よ……というか巫女がこんなんで良いんだろうか」
「うっさいっすねー、はい」
「ん?」

 杏仁豆腐を食いきったのか容器をカウンターに置いてから二礼が鈴を拾い上げてこちらに渡してきた。
思わず受け取った、のだが。

「はいって……どうするんだよこれ」
「あげるっす」
「いや、あげるってお前な」

 まがりなりにも神具をそんな粗末に扱って良いのだろうか?
……しょうがない、ポケットに常に放り込んであるものを取り出すと二礼に渡す。

「んじゃ、お返しにこれやるよ」
「うわ汚い、何すかこれ?」
「汚い言うな、俺がちっこい頃から持ってるお守りだよ」

 本当は渡していいようなもんでもないんだが。
神具と同等の価値ありそうなのってそれくらいしかないからなぁ。
大分ぼろっちいけど。

「……先輩、これ『安産祈願』って書いてあるんすけど?」
「うっせ、お守りはお守りだ受け取っとけ」
「ふーん、まぁ、もらっといてあげるっすよ」

 二礼がお守りを胸に間に突っ込む。
マテ、そこに入れるのかよ。俺と変われお守りー!

「お」
「おや」

 お守りに嫉妬している間に日付が変わったようだ。
壁の時計から12時を告げる音が鳴り響いた。
さすがに冬休みとはいえ二礼には風紀の活動があるだろうし、俺も明日はまたバイトだ。
こんな時間にまでここでグダグダせずに早く帰って明日に備えるべきだろう。

「あー、そんじゃ私帰るっす」
「おう気をつけてな」
「……先輩こそ気をつけてくださいね」
「あん? 男の俺が何に気をつけるっつうんだよ?」
「んー、先輩割とひょろいんすからその手の趣味の人に襲われないか心配で心配で」
「怖いこというんじゃねぇよ!」

 夕方に失いかけた尻の純潔が怖くなるわ!
それだけ言うと二礼は笑いながらさっさと店を後にした。

「はぁ、とりあえずテーブルとかの片付けは明日に回して俺も帰るか」

 コックスーツから普段着代わりにしている制服へ着替えて、ガスや戸締りを確認してから外に出ると身を裂くような寒さが襲い掛かってくる。
たまらん、正直コートかジャケットあたりを羽織ってくるべきだった。
思わず突っ込んだポケットの中で、指先に何か硬いものがあたる。

「ん? ああ、これか」

 先ほど二礼と交換した神具の鈴。

「あれ、これよくよく考えたらプレゼント交換になるのか?」

 などと思いついたが、そういう類のものではなかった思い直す。
さっさと戻って風呂に入って寝ないと次の日ってもう今日か、ツライからなぁ。
部屋に帰ることを優先して寮への道を走り抜けていく。
……結局家について、布団に潜り込んだのは午前1時を過ぎてからのことになった。










 翌朝、寝るのが1時であっても5時くらいには目が覚める体内時計のおかげで寝坊することもなく目が覚めた。
それから何時も通り日課のトレーニングをこなして部屋へと戻る。
朝飯を作って、食べてバイトまでの時間をどうしようかと悩んでいると呼び鈴が鳴った。
俺の部屋の呼び鈴がなるのは非常に稀だ。
なんとなく嫌な予感をしながら部屋のドアを開けると制服姿の学生が二人立っていた。
年齢も身長も性別もバラバラな二人の共通点はその袖に通された腕章。

「おはよう、2-Cの拍手敬で間違いないか?」
「あー、風紀委員さんが俺に何かご用で?」

 片方の学生からの質問に答えている間にもう片方が部屋へと入ってくる。

「おい、こら勝手に入るんじゃねぇよ」
「君に聞きたいことがあってね」
「何よ、とりあえず先に相方に部屋に勝手に入らないように言ってくれないか?」

 了承も得ずに部屋に入られて良い顔をするとでも思ってるんだろうか、こいつらは。

「神楽二礼が失踪した、君に容疑がかかっている」
「……は?」





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