【時計仕掛けのメフィストフェレス Re-Turn 第三話 2】


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ラノで読む
「まァた、てめぇかよ……」
 伊織が凶相で俺を睨みつける。
「よくもまあ無事だったもんだ。屋敷中に一気にぶちまけたんだ、下手したら丸ごと飲まれて窒息死もおかしくねェんだがなァ」
「ふふん、私が残ってたのが仇になりましたね!」
 綾乃が胸を張る。確かにそうだ。あの硬化した粘液をその炎の熱で焼き溶かしたのは綾乃の力だ。彼女がいなければ俺たちはなす術も泣く捕らえられたままだっただろう。
「そうか、てめェか、米良」
 視線が綾乃に行く。
「邪魔だよてめぇ。退け」
 再び粘液が襲い掛かる。
「同じ手が何度も通じると思ってますかっ!」
 綾乃が両手から炎を燃え上がらせる。だが――
「綾乃さん、駄目っ!」
 沙耶ちゃんが叫ぶ。
「へ?」
 沙耶ちゃんが走り、綾乃に体当たりする。それで体勢が崩れ、炎が粘液の触手を掠める。次の瞬間、一気にその触手が燃え上がった。
「どわあああっ!?」
 炎に包まれた触手が庭に流れ出す。これは――油か!
「ちっ、惜しいなぁ、クカカッ。もう少しでお前は火達磨だったのによぉ」
 それはドロドロの油だった。いちいち手が込んでいる。
「な、何なのよこいつ……異能者は能力ひとつのはずなのに、一体! 次から次へと!」
 綾乃の悲鳴に、鶴祁先輩が言う。
「気を付けろ、そいつは黄金卿に魂を売り渡した、グリムアクターだ!」
「え……!?」
 俺も綾乃も驚く。
「然り、然ァりッ! てなァ!」
 大きく手を広げる伊織。
「これが俺の力だ、新しい力だ! そしててめぇらは俺の望むとおりに動く人形、玩具、道具! そうだ、てめぇらもそうなりゃいいんだ、俺の望みどおりのオモチャによ!」
 粘液たちが蠢く。硬化液、毒、油……そんな様々な粘液の群れが、伊織をたたえるように踊る。
 そして伊織は自分の顔面に手をかざす。
 掻き毟るように、その手を……一気に振る。次の瞬間、その顔面には仮面が憑けられていた。
 歌舞伎の隈取を模した、黒色に近い深緑の仮面。蝦蟇の皮膚のような質感を持つそれは、異様な邪気を放っていた。
「グリムアクター……狂った悪夢の、闇黒寓話の偶像の仮面。これを手に入れた者は、伝説伝承、物語の人物の力を手に入れる……って話だ。クカカッ、そうだ、俺は主人公だ。そしててめぇらは雑魚だ、脇役、書割にすぎねぇのさ……ああ、そうさ! ここから始まる、俺の! 児雷也豪傑譚が!!」
 ……狂っている。こいつは狂ってる、完璧にだ。昼間のこいつはまだ人間だった。俺の嫌いなタイプで、判り合えないとは思ったが、それでも人間性がちゃんと在った。だがこいつにはもはや狂気しかない。
 物語の役割の仮面……その役を与えられてしまったこいつは、もはや人間と相容れることは無いだろう。読者が漫画や小説のキャラクターといくら心を通わせようと感情移入したところで、究極の意味では不可能なのと同じだ。なぜなら文字通り、次元が違う。
 それと同じなのだ。もはや釜蔵伊織は、完全に力に取り憑かれ、呑まれてしまった。
 つまりは……もう、戦うしかない。だが、しかし……
「祥吾さん」
 傍らのメフィが言う。そうだ、戦う力はある。あるのだが……。
「カァアアアアッ!!」
 伊織が叫ぶ。そしてその身を庭へと踊りだす。月光に照らされた夜に、伊織の呪文が響く。
「オンキリキリバザラウンハッタ! オンキリキリバザラダンカン!」
 そして、中庭の池が波打つ。いや、渦を巻く。水柱が立ち、そこから現れるのは……巨大な蝦蟇だった。大きさはかるく5メートルは越える、怪獣といってもいい、巨大な蝦蟇蛙だった。
「ぎゃああ! キモっ!」
「ひっ……!」
 綾乃と沙耶ちゃんが悲鳴をあげる。それはそうだろう。俺だっておぞましい。アマガエル程度ならかわいいものだが、実際にこれだけのサイズの蝦蟇蛙というものを目の当たりにすれば、威容よりも生理的嫌悪感が先に立つ。それほどまでに恐ろしいモノだった。
「地雷也といやぁ、蝦蟇でござーい」
 笑う伊織。ああ、そういうことか。さっきのは言うなれば、ガマの油、ということか。なるほど、確かに地雷也といえばカエルというのは何かの漫画で呼んだ事があった。つまりこいつのグリムアクターとしての力は、粘液使いなどではなく、蝦蟇の召喚か!
「やれ!」
 伊織の命令に、巨石の様に固まっていた蝦蟇の目に光がともる。そしてその口を開け、巨大な舌を伸ばす。
「え?」
 それは寄り添っていた綾乃と沙耶ちゃんを一気に舌で掴み、そして……飲み込んだ。
「沙耶ちゃんっ! 綾乃っ!」
 俺は叫ぶ。一瞬のことだった。間に合わなかった!
「クカカっ、安心しろ。死んでねぇよ、こいつは普通の蝦蟇じゃねぇ、俺が作り出した、俺の操るただのオモチャ、操り人形だ。普通の生き物じゃねぇ、だから食っても消化はしねぇ」
「……」
 その言葉が本当かどうかわからない。だが、ここでそういう嘘をつく必要は感じられない。だとしたら本当なのだろう。だが……
「だけどお前がコイツを壊したら、一緒に死ぬかもなぁ?」
 伊織が狂ったように顔を歪ませて笑う。
 そう、つまりはそういうことだ。ていのいい人質だ。
「それでも良ければかかってこいよ、呼んでみろよ、永劫機とやらをなァア!!」
 蝦蟇がその巨体を宙に踊らせ、俺に襲い掛かる。俺は走り、とにかく逃げる。
「祥吾さんっ!」
 メフィが叫ぶ。だが……
「駄目だ……!」
 呼ぶわけにはいかない。そう、あの蝦蟇はラルヴァじゃない、生き物じゃない。伊織の力によって作られた人形に過ぎないと、つい今しがた言われたばかりだ。それが事実なら、永劫機であれを倒しても、その蝦蟇の時間を喰らわせる事は出来ない。つまり、俺の時間が食い尽くされて俺は死ぬ。
 かといって、伊織の時間を食うということは、伊織を殺してしまうことににる。それは駄目だ。いくらこうなってしまったとはいえ、それでも伊織は人間だ。人間だったものだ。そして先輩たちの身内なんだ。いくら気に入らないからといって、それが殺してしまう理由には絶対にならない。
 故に、永劫機メフィストフェレスを呼ぶ事は出来ない。俺がどうにかするしかない。
 粘液の塊が次から次へと蝦蟇の口から飛んで来る。
 それを俺は必死で避ける。だが……
「ぐぅ……あっ!」
 粘液弾のひとつが俺の肩を掠める。服が溶け、肉が焼ける音がする。熱と痛みが俺の体を駆け抜けるのを、必死で噛み殺す。これは酸の粘液か……!
 痛みに足を止めるわけには行かない。止まれば格好の餌食だ。俺は必死に庭を走る。屋敷の敷地内をとにかく走り、反撃の糸口を探す。だが走りながら、敵の攻撃を避けながらではまとまる考えもまとまらない。
「っ! しまっ……!」
 足が止まる。粘着性の粘液弾が足に着弾した。そしてその隙を逃さず、蝦蟇の腕が俺を横薙ぎにする。
「ぐああっ!」
 木っ葉のように俺の体が宙を舞う。細木を何本か折り砕き、地面を転がる。脇腹が痛い。あばら骨が折れたか……!?
 呻く俺に向かって蝦蟇が走り、そして拳を握り、殴りかかってくる。
「ぐっ、がっ! がはっ!」
 何度も何度も、殴りつけてくる。手加減をしているのか、先ほどを俺を殴り飛ばしたほどのパワーはないが、一撃が重いのは同じだ。
「ぐ……うっ」
「祥吾さん!」
 メフィが駆け寄ってくる。だが、蝦蟇が粘液を吐き、それによって樹に縫い付けられる。
「メフィ!」
「う……っ、きつ……っ」
 メフィは動けない。それはそうだろう。鶴祁先輩をも縛りつけたそれは、メフィの力ではどうしようもない。永劫機の姿を顕現させた時ならともかく、人の姿を取っている時は、人間の女の子と同じ力しか持たないのだ。
「ヒハハッ、いいザマじゃねぇか」
 伊織が笑いながら近づいてくる。
「下がれ」
 その言葉に忠実に従い、蝦蟇が一歩引く。そして伊織は倒れた俺の体を持ち上げ、そして腹に拳を叩き込む。
「うごっ!」
 激痛が走る。蝦蟇を作り操れるようになったとはいえ、伊織の能力が変わったわけではない。身体強化の異能はそのままだ。そんな力で殴られたのだ、下手したら内臓破裂するかもしれない、それくらいの破壊力だった。胃液が逆流する。胃酸が喉を焼き、血の味が口の中に充満し、鼻を突く。
 何度も、何度も殴りつけてくる。
「クカカッ……どうだ、見下される気分は。最高だろォ?」
 髪を掴み上げ、顔を近づける。仮面の奥で凶暴な目が俺を睨みつけてくる。
「力が無い奴は何もできねぇ。力なき正義は意味がねぇ。お前には何も出来ねぇんだよ……クク、ヒハハハハハハ!」
 そして、俺を地面に叩き付けた。激しい衝撃と激痛が俺を襲う。
 だが……。
「……?」
 伊織が俺を怪訝な目で見下ろす。地面に叩き伏せられてもなお、起き上がろうとする俺を。
 そうだ、それでも俺は立ち上がろうともがく。全身が痛い。体の節々が軋み、悲鳴をあげている。だが……
「……ついこないだ、同じことを言われたよ」
「あ?」
「だけどなんでかな、あの時はすごく痛かった、すごく響いたのに……お前のは痛くねぇ、響かねえ。
 全っ然、俺の魂に届かねえよ!」
 立ち上がる。そうだ、同じ言葉でも重みが違うんだ。先生はあの時、血を吐くような勢いでその言葉を言った。自分を切り刻むかのように。あの人は、違う。俺の眼前に居る、もらっただけの力に酔うような、そんな奴とは違う。だから、俺も……あの人の意思を受け継ぐと誓った。そして、あの人のように間違わないと誓った。
 宿題だと言われた。だからそれを全力で俺は貫いて突き進む。そうしなきゃいけないんだ。俺は、あの人の生徒なんだから。
 だから……!
 こんな奴に、力に溺れて有頂天になってるだけの奴に、絶対に負けられない!
「祥吾さん! もういい、もういいから私を! 永劫機メフィストフェレスを!!」
 メフィの声が響く。だけどそれは駄目だ。
 絶対に負けられない、だけど……それはこいつを殺していいって理屈じゃない。それにもはやこれは意地だ。馬鹿だと言えばいい、笑いたくば笑えばいい。だけど、力に力で勝ったところで……こいつに永劫機の力で勝った所で、それは意味が無い。それじゃ相手が正しいと認めることになる。力が全てだと認めてしまうことになる。それは負けに等しい。だから……
 俺は俺のまま、こいつに勝つ!
「……クッ」
 伊織が笑いながら俺に近づいてくる。
「威勢だけは立派だなぁ、だが……膝が震えてるぜ、みっともねぇほど。いやそれどこか……よっ!」
 伊織が腕を振る。俺は避けることも出来ず、棒立ちのまま殴り飛ばされる。
「は、ひゃはははは! なんだてめぇ、無様だなあ、ああン?」
 俺はその言葉に耳を貸さず、這いずりながら……土蔵の方へと進む。この庭の隅にある土蔵だ。
「ンぁ? なぁに逃げてんだよ、そっちは行き止まりだぜ?」
 笑いながら、倒れた俺に近づき、見下ろしながら伊織は俺を踏みつけてくる。
「ぎ……っ!」
 頭を土足で、踏みにじる。土蔵まであと数メートルたらずといった所で俺の体は地面に押し付けられる。
「ぐ……ううっ!」
 顔面が土にめり込む。口の中に土と泥が入り込み、嫌な歯ざわりと味が口の中を支配する。
「おら、おら、そら、ほら! どうしたどうした」
 足をあげ、そして踏みつける。それを何度も繰り返す。何度も叩きつけられ、そして……俺は動かなくなる。
「……もう終わったか?」
 泥にまみれた俺の頭を掴み上げ、いとも軽く持ち上げる。
「ククっ、ズタボロのまるでゴミだなァ……」
 余裕の笑みで俺を嘲笑う伊織。
 だが次の瞬間、その笑みは凍りつく。
「……っ!!」

 俺の脚が。ひたすら耐えてこの機を待った、俺の全力が炸裂したのだ。
 そう、俺の脚が、伊織の股間を思いっきり蹴り上げていた。俗に言う急所攻撃、プロレスを含めあらゆる格闘技で反則、禁じ手とされている、地上最強にして最悪の攻撃方法――金的である。

「ん……ぐぅぅおおおぅ……っ!」
 俺を離し、蹲り悶絶し、声にならぬ声で絶叫する伊織。
 これは男にしかわからないが、本当に痛い。もし男性で今まで金的を喰らったことのない人間がいたなら、その人は幸せだ。
 小学校のじゃれあいや軽い喧嘩、あるいは授業や昼休みの球技、などで直撃を食らったことがあるなら理解できるだろう。これは本当に痛い。ただの激痛ではない、思考能力も判断能力も奪われるほどの激痛だ。想像し思い返すだけで総身が震え上がるほどの絶望だ。
 召喚、操作の異能……それを操るのは召喚者の意思だ。俺が永劫機メフイストフェレスを操る時も、意志の元で行われる。そして伊織自身。自分の思い通りに動くだけの魂源力の人形だと、蝦蟇を指して言った。
 なら、その意思を根こそぎ刈り取る事で、巨大蝦蟇の戦力を無効化する。
「……よし」
 案の定、蝦蟇は巨石のように鎮座したまま、動かない。動かすという明確な意思が伊織には働いてない、いや働けないのだ、今は。
「卑怯…………もものがァァ……ッッ!」
 脂汗を浮かべながら俺を睨みつける伊織。回復の時間を与えてはいけない。俺は全力を振り絞り、伊織の体を掴み揚げる。
 回復するまでの間に、伊織を倒す? 無理だ。そうしている間にすぐに伊織の戦意は回復し、蝦蟇をけしかけてくるだろう。ならどうする。
 答えはひとつだ。邪魔の入らない場所に移る!
「んぎぃぃいいいっ!」
 足を掴み、伊織の体を振り回す。幸い、こいつは背丈はあるが華奢なので体は軽かった。ジャイアントスゥイングの姿勢で振り回し、投げ飛ばす。投げる方向は、土蔵だ。すぐ近くにある土蔵に向かって、思いっきり放り飛ばす。
「ぐっ!」
 悲鳴をあげ、伊織が土蔵の中に放り込まれる。
 だが、それと同時に蝦蟇が動き始める。くそ、動かせる程度には思考が回復したか!
 走る。土蔵への中へと。
 蝦蟇の足が俺を踏み潰そうと振ってくる。それを必死にかわして走り、俺は土蔵へと入る。間一髪だ。
「っ、てめ……ぇぇ……」
 まだ股間を押さえてうずくまっている伊織。伊織は俺の意図に気づいたようだ。
 そう、俺と伊織の二人が土蔵という狭い場所に居るのなら、巨大な蝦蟇は手も足も出ない。土蔵ごと潰そうとしても、それは伊織ごと潰してしまう事になる。
 俺は背中で土蔵の戸を押して閉め、伊織に向かって言う。
「第二ラウンドだ」
「……糞が、粋がってんじゃねぇぞ、蝦蟇がなくてもなあ、てめぇぐらい……!」
「粋がってるのはお前だろ。力が無いから、自身がないからあんなのに縋ったんだろうが、お前は」
 それは俺にも気持ちは判る。無力感に打ちひしがれ、力を求める気持ちは。俺自身がそうだったんだから。
「だからこそ、お前には負けられない」
 先生は言った。力なき正義は無力だと。だが伊織は、正義なき力だ。そんなものにこそ、負けるわけには行かないんだ。
「ざけんじゃねぇ、俺はなぁ、この力で……本家を見返して、乗っ取って……トップに立つんだァ! てめぇのような無能のクズに……! 邪魔すんじゃねぇッ!! 殺す、殺してやるよビチグソゲロカスがあああああああああああッッ!!」
 伊織が立ち上がる。絶叫する。憎悪と殺意を俺にぶつけてくる。
 それを受け止め、足を踏み締め、俺は伊織に向かって指をさし、そして言う。
 強く、俺の意思をぶつける。
 負けられないのは俺も同じだ。お前が何を背負っているかとかは知らない。だが俺にだって、背負うものはある。明日から、一観はここで暮らすんだ。その場所をお前に壊させるわけには行かない。
「死ねやオラァッ!」
 伊織が忍者刀で襲い掛かる。身をかがめ、転がって避ける。だがそれもいつまでも続かない。
 俺は無意識に手を伸ばす。指先に冷たい感触があたる。長い棒のようだ。俺はとっさにそれを拾い、それで受け止める。
 金属がぶつかり合う音と火花が散る。おれはそのまま転がり、そして膝を突いて立ち上がる。
 俺が手にした武器は、不思議なものだった。一言で言えば、分厚い鉄板で作られた十手。いや、十手を押し潰した剣、とでもいうべきか。刃はついていない。日本刀よりは少し小さい、ただ無骨な鉄の塊だった。そして、先輩のもつあの刀のように、歯車がついている。柄の部分には、引鉄までがついていた。
 用途がどのようなものかは俺にはわからない。だが少なくともこれで戦える。永劫機を呼べない俺にとって、これが今頼れる唯一の武器だ。
「キェアアアアアアッ!」
「づぁああああっ!」
 白刃と黒鉄が空を切り、ぶつかり合う。激しい剣戟の音と火花が散る。俺に剣術の心得はない。だがそれは相手も同じなようだ。なら素人同士の剣。互いにダメージは蓄積しているが、打撃の痛みが残る俺よりも、金的のダメージの方が、身体能力を低下させるほどに響く、という意味では重い。
 総合的に考えるなら、今は互角だ。だが伊織が回復すればそれはいとも簡単に覆される絶妙なバランスだ。早く決着をつけないとこちらが不利である。
 俺は裂帛の気合で剣を振る。
「くっ!」
 少しずつ、少しずつだが俺の剣が伊織を押す。そうだ、お互いの力が互角なら、あとは遺志の問題だ。伊織にだって理由はあるだろう、だが俺にも絶対に負けられない理由がある。
 剣を叩きつける。伊織の忍者刀がはじかれる。
「糞が……なんでだ、なんで俺が押される……! 俺のほうが強いはずだ!!」
 伊織が叫ぶ。それに対して俺は、剣を構えながら言う。
「確かに強いよお前は。お前の言うとおり、蝦蟇がなくても俺より強い。だけど、ならなんでお前はその強さをまっすぐに使おうとしないんだ!」
 俺なんかよりよほど強いのに。その強さにあぐらを書いて、弱いものを馬鹿にして、自分より強いものを越えようと努力することもせず。
 何故――自分から変わろうとせずに、安易な力に見入られ、魂を売ったんだ。
「何のために、お前は強くなろうとしたんだ!」
「――」
 その俺の言葉に、伊織は頭を抱える。
「ッ、ガ……黙れ。てめェに、何が――」
 苦しそうに呻く。それは金的や打撃のダメージとは違う、もっと重く苦しい何かに耐えているような、そう見えた。
「てめェに、何がわかる……!」
「バカだから、わからねぇよ! わかって欲しけりゃ、言えってんだ!!」
 俺は走る。伊織も刀を振りかぶる。振り下ろされる忍者刀に、そのまま剣を叩き込む。その時、俺の腕に激しい振動が起きる。剣から伝わる。この剣の何かのスイッチが入ったようだ。剣を叩きつけるたびに歯車が、捻子が巻かれていったのだろうか。剣に仕組まれた機巧が音を立てて動く。
「ぜぁあああああああああ――!!」
 限界まで巻かれた捻子が開放され。厚い黒鉄の刀身を激しく、爆発的に振動させる。
 そして、忍者刀が砕け散った。
 そういうことか。これは、歯車によって発生する爆発的な振動を叩き込む剣だ。なるほど、普通の刀身をしていないわけだ。普通の刀の形だったら、この剣も同時に破壊されることだろう。
 砕けた刃が散る。まるで紙吹雪のように、宙に舞う刃金の破片。
「チィ――!」
 その様を見て伊織は顔色を変え、そして背を向けて走る。戸に向かって。それは予想済みだ、伊織としてはここから出てしまえばもはや蝦蟇の攻撃に巻き込まれることは無く、思い切り俺ごと土蔵を叩き潰せる。此処から逃げるのが最善だ。
 もっともそれは、それが読まれてなければの話だ。そして伊織はいまだ金的のダメージから完全に回復しきってはいない。この機を逃してはいけない。ここで逃げられると確実に終わりだ。
「リング外への逃亡は、ルール違反だぜ……!」
 背を向けて走る伊織、その足に向かって俺は剣を投げつける。まっすぐと飛んだ剣は、伊織の両足に差し込まれ、そして足をもつれさせる。
「ぐっ!」
 たまらず倒れる伊織。俺はすぐさま走って追いつき、その脚を掴み、交差させてそこに自分の足を差し込む。技を仕掛ける俺の体が逆向きの、さそり固めの形だ。
「な、てめ、何を……!」
 睨む伊織を無視し、そのままうつ伏せになった伊織の上半身を、首を抱えて持ち上げる。首を抱えた腕はスリーパーホールドの体勢だ。
「覚悟決めろよ、こいつあ並じゃなく痛いぜ!」
 足を極め、背骨を反り、そして頚動脈を締め上げる三位一体の必殺技。名づけて、超時空固め(クロノスホールド)!
 島田とのプロレスごっこで身につけた技だ。もっとも開発者は俺でも島田でもなくて島田の姉だったりするが。
 全力で締め上げる。ミシミシと伊織の体が鳴る。いくら身体強化の異能者とは言え、関節技が決まりさえすれば、力で無理やり脱出することは難しいはずだ。プロレスの関節技の恐ろしさはそこにある、一度極まればその効果は絶大だ。
「イ……ギィ、ア……ッ!」
 伊織の手が俺の腕を掴み、爪を立てる。激痛が走る。だが腕を緩めず、俺はさらに力を込める。根性の勝負だ。そして根性なら、少し前までの俺ならともかく……今は絶対に負けない。負けるわけにはいかないんだ!
「ギィ……アアアアアアアアアアアアアアア!!」
 絶叫。
 確かな手応え。
 そして、伊織の憑けていた児雷也の仮面が澄んだ音を立てて砕け散る。
「――、」
 伊織の手から力が抜ける。落ちたフリ……は無いだろう。これはただ頚動脈を締め上げるだけでなく、同時に足や背を思いっきり極める技だ。その激痛は半端ない。この痛みに耐えて気絶した演技などまず不可能だ。実際に俺がやられた時はそんな余裕はゼロだった。何よりも、グリムアクターとやらの仮面が砕けたのがその証拠だ。
 俺は立ち上がる。伊織はどさり、と土蔵の床に転がる。
「10カウントは……必要ない、か」
 土蔵の外から声が聞こえる。伊織が完全に意識を失い倒れ、グリムの仮面も砕けたことで、召喚された蝦蟇や、先輩達を塗り固めていた粘液も消えたのだろう。
 だが、勝利感に酔う暇もなく、俺の全身に苦痛と疲労が一気に襲い掛かる。そして、先輩達の声を聞きながら、激しい苦痛と少しの安堵と共に……俺の意識もまた闇に沈んだ。






 久しぶりに、夢を見た。
 いつもは、発条仕掛けの森ばかりだった。昼間はそのパチモンもあったが……とにかく、普通の夢を見たのは、久々だと思う。
 いや、普通の夢かどうかは……どうだろうか。
 そこには、あの人が立っていた。
 吾妻修三。
 先生は、ただ、柔らかな笑顔で俺を見ていた。
 先生。俺は……宿題、ちゃんと出来てるかな?
 口を開くが声は音にならなかった。だが、それでも、俺の言いたいこと、聞きいことは先生に届いたと思う。そう思いたい。
 俺は改めて、先生の背負っていたものを知ったよ。むかつく現実、むかつく家、むかつく爺さん、そんなものの多くを知った。一日でこれだ。本当に疲れた。先生はそれをずっと背負って、向き合って、苦しんできたんだよな。
 ……自分が恥ずかしい。何をえらそうに、先生に向かってあんな台詞を吐いたのか。これは俺の黒歴史の新しい1ページになる。
 だけど。
 それでも、俺は頑張るよ、先生。戦うよ。そうでないと、先生の死の意味がなくなってしまう。
 そう、俺は……誰かの死の意味を、無かった事には絶対にしたくないから。あの時も俺はそう思った。今回もそうなんだ。
 だから、俺は頑張る。どれだけ現実が重くても、辛くても、苦しくても、理不尽でも……それでも、俺は決して諦めない。
 そうだろう、先生。
 俺は……




 そして俺は、目を覚ました。
 全身に包帯が巻かれている。傷そのものは、かなり治癒されている実感がある。あの時と同じく、この家の治癒系異能者のおかげだろうか。だが、疲労はあの時の比じゃなく、体の芯に重さと痛みが残っている。というかかなりつらい。
「大丈夫ですか、祥吾さん……!」
 目の前におっぱい、じゃない。沙耶ちゃんがいる。いかん、これはとてもなくデジャヴだ。痛みですぐに意識が覚醒した事に、神に感謝しておく。
「ああ……えと、ここは」
「病院だよ、祥吾君」
 先輩が言ってくる。そういえば、見覚えがある部屋だった。……同じ病室かよ。
「大丈夫、お兄ちゃん」
「……一観」
 なんてこった、妹まで居るし。どう説明すればいいんだ、これ。
「本当に心配させないでよ、お兄ちゃん。よかった……生きてて」
「悪い。心配かけてばかりの駄目兄貴だな」
「うん」
 即答された。
 ちょっと、いやかなり傷ついた俺だった。
「目ぇ覚めたかい」
「……御前」
 凌戯老人もいた。彼は俺に頭を下げてくる。
「すまなかったな、本当に。俺のミスでよ、また大変なよ……悪りぃ」
「……御前のせいじゃないですよ。悪いのは、あいつを誘惑した、敵です」
 完全に非がない、というわけではないだろう。だがそれでも俺はそう言った。そう言えた。タイミングが、間が悪くて何かが裏目に出てしまう、というのは良くあることだ。それについて、ぐだぐだと言っても仕方ないことだ。開き直り、ともいうが……前向きに生きるためにはそれも必要だ。
「黄金卿……か。厄介な相手だよ」
「全くですよねー。しかしでもでも、アレですよ。今回、私先輩にちょっとときめいたかもです。ああ残念ですねぇ、お姉さまより先に会ってたら、私先輩の彼女に立候補してたかも!」
「それは拒否する」
 即答した。
「淀みねぇっ!?」
 叫ぶ綾乃。頼むから病院では静かにしてほしい。他の患者さんに迷惑だし、俺の傷にも響く。
「ところで……」
 俺は気になっていたことを聞く。
「あいつ、どうなったんだ?」
 釜蔵伊織。地雷也の仮面を憑け、グリムアクターとなった男。彼はどうなったのか。
「さあな。目を放した隙に姿が消えていた」
 先輩が言う。同じく病院に搬送されたが、きがついたら病室から姿を消していたらしい。
 今になって思う。本当に思う。俺とあいつは正反対で、決して相容れることはない。だけど、だからこそ、どうしようもなく似ていたと。
 ヒーローに憧れ、主人公になりたかった男。
 そしてその結果、あいつは……安易な力を手に入れた。だが、それを本当に責められるのか。だって、安易な力というのなら、俺だってそうなのだ。
 永劫機。人造の悪魔。それと契約し、操り、戦う。それはある意味、あの蝦蟇と、仮面と同じだ。だから俺には、その意味では伊織を責める資格はない。
 つまり、今回のことは……資格だとか正義とか悪とか、そういう戦いですらない。単純に、気に入らなかった、許せなかったという、近親憎悪のぶつかり合いに過ぎなかったわけだ。むしろ先輩や御前たちが巻き込まれた被害者かもしれない。そう考えると、なんというか逆に謝りたくなってくる。だがここで謝ると後でそれをどう揚げ足とられて使われるか判らないので黙っておくぐらいには、俺も馬鹿じゃない。
 ……あいつとは、もう一度会いたいきがする。あって、とことんまで話し合いたい。
 相容れることは出来ないし、今でも嫌いだ。むかつくし、腹が立つし、あとやっぱりちょっと怖い。
 だけど、だからこそ。
 俺には、あいつが必要なんじゃないか、って思えるんだ。
 起きたことは覆せない。伊織がやった事は消えない。だけど、やり直すことは……できるはずだ。無力感に苛まされ、そして心が折れたとしても……また鍛えなおせばいい。また立ち上がればいい。
 俺が、あの時、一観を救えたように。
 伊織も、きっと……立ち直れる。やり直せる。立ち上がれる。俺には、そんな気がする。
「どうした、気になるのか」
「あ、はい」
 先輩が、その俺の返答に苦笑する。
「まったく。彼は君を殺そうとした相手だぞ」
「ですね。俺もそう思う。だけど、それでも……心から憎むことは、なんでかできないんです」
「なるほど」
 まるでラノベの主人公とライバルキャラだな、と先輩は言う。そんな大層なものじゃないと思うのだが。
「大丈夫。彼は戻ってくるさ、必ず。我々の元に……どんな形であろうとも」




   *   *


 釜蔵伊織は、痛む体を引きずって徘徊する。
 心中を占めるのは、苦痛よりも怒りだ。完全に負けた。それが許せない。そして何よりも許せないのは――
「糞、が……」
 悪態をつく。あの仮面で凄まじい力を手に入れた? ふざけるな、何が力だ。こんな程度で、何が力だ!
 黄金卿が許せない。騙された自分も許せない。そしてあの男が、時坂祥吾が許せない。何もかもが許せなかった。
「殺してやる」
 憎悪を口にする。それが心地いい。殺意を口にする。それが気持ちいい。
 そうだ。必ずのしあがってやる。こんな仮面などいらない。頼れるのはやはり己だけだ。己の血と、そしてこの全身を灼く怒りと殺意のみが確かなものなのだ。
 笑いながら伊織は街を歩く。路地裏を、這うように歩く……
「そんなに、祥吾さんを殺したいんですか?」
 伊織の背後から声がかかる。
「テメェは……」
 祥吾と共に居た女。永劫機の化身だという女、メフィストフェレスだった。
「だったら、どうする」
「手伝ってあげますよ」
「……は……?」
 彼女の口から出た言葉は、伊織の想定を超えていた。
「お前、何を」
「見ていたでしょう、あの戦い。まったくもって無様すぎます。私を呼ばずに、ワケノワカラナイことにこだわってあんなにボロボロに。ぶっちゃけ、愛想が尽きたっていうか?」
 肩をすくめて笑うメフィストフェレス。
「だから、裏切るってぇのか、お前は」
「やだなあ。知らないんですか? 悪魔は、人を騙す、裏切るものです。きっと祥吾さんは馬鹿だからそんなことにも思い至らないんでしょうけど」
「ク――カカっ」
 その笑顔に、伊織は笑う。
「面白れぇな、ああ、面白れぇ……何か、じゃあ手前ぇは俺のモノになるってか?」
「はい。あ、でも……まだ契約は生きてますから、祥吾さんが生きている限り、或いは別の何かで契約を破却しない限り、貴方が契約者になることは出来ないんですけど」
「上等だ」
 伊織は笑う。最高の意趣返しだ。自分が仮面を捨てたように、蝦蟇を呼び出す地雷也の力を捨てたように――奴にも捨てて貰おうじゃないか。
「はい。今は協力者という形ですけど、それでもよろしくお願いしますね、ご主人様」
 そう言って、極上の笑顔で伊織の胸に飛び込むメフィストフェレス。
「――――、あ?」
 その華奢な体を受け止め、伊織は声をあげる。
 熱い。
 冷たく熱い灼熱が腹に生まれる。深々と、それが伊織の腹に埋まっている。
 ナイフだ。
 メフィストェレスが手にしたナイフが、伊織を貫いていた。
「か――はっ」
 灼熱の塊が胃からせり上がり、伊織の口から吐き出される。その赤い塊、飛沫がメフィの白い頬を濡らす。
「てめ……ぇ」
 激痛と悪寒に震えながら、伊織は膝を突く。それをメフィストフェレスは見下ろしたまま、言う。
「永劫機の体を顕現させることが出来なくても。生身の人間レベルなら動けるからこういうことも出来ちゃいます。言い換えると、あなたは所詮、こんな小娘に殺される程度の人間だったということですね」
「な、ぜ……さっきは、ヤツに愛想が尽きたって……」
「悪魔は、人を騙す、裏切る。そうさっき言ったのをもう忘れたんですか?
 そう、だけど悪魔は、決して約束は違えない。私はね、彼に仕え、彼に従い、彼を守ると契約しました。そう誓ったんですよ。なら、あなたみたいな邪魔者は消すに限るでしょう? 貴方は祥吾さんに必要ない。要らない人間ですから。それに……」
 メフィストフェレスは自分の体を抱きしめる。返り血を浴びた自分自身をいとおしそうに、そして嘲り笑うように。
「今の私では、祥吾さんの力にはなれない。だから栄養が必要なんです。私はコーラルちゃんとかみたいに、燃費がよくないので、どうしても祥吾さんか、あるいは誰かを食い潰してしまう。だから、その食い潰す誰かが必要なんです、そう、生贄の羊が」
 目を細める。その双眸に宿るのは愉悦か狂気か……いや、そのどちらでもない。あるのはただ、空虚な色のみだ。目の前の獲物に対して何の感慨も抱いていない。憎悪も、怒りも、哀れみも何も。
 メフィストフェレスにとって、この手の人間は何人も見てきたのだ。この十年で。ありふれた取るに足らない、どうでもいい人間でしかなかった。だがそれでも、栄養としては使い道がある。そういう意味ではとても大切で、必要なモノではあった。
「貴方の時間、ゆっくりと少しずつ、大事に使ってあげますから安心してください」
「ふざけんな、この人殺しが……ァ!」
「そうは言われましても……ねぇ。貴方達に言わせれば私はラルヴァです。ラルヴァが人を襲うのは当然でしょう?」
 そうだ。目の前のモノはラルヴァだ。悪魔なのだ。それに一瞬でも気を許してしまったのが、愚かだった。
「なんで……だ。なんでこんなことに……おれは、ただ……」
 力が欲しかっただけだ。主人公になりたかった。そう慟哭する伊織。


 ――ほう、坊主。お前強くなりてぇのか――

 ――ああ。本家なんざ追い抜いてやる。覚悟しとけよジジイ――


 伊織の脳裏にフラッシュバックする記憶。追憶。これが走馬灯というやつか、と伊織は泣く。
 そうだ、こんな時もあったのだ。十年前。初めて敷神楽の家にきた時。
 強くなりたいと思った。純粋な想いだった。だがそれがなぜこうなったのか。いつから色褪せ、忘却してしまったのか。それすらももう思い出せない。遠すぎて、あまりにも遠すぎて――追憶の中の、あの人たちの顔すらも思い出せない。


 ――期待しているよ、伊織くん。共に人々を守っていこう――

 ――そして、この娘を守ってやってくれ。多少訳ありではあるが、それでも……私の家族なんだ――


 それは誰だ。もう何もわからない。
 何故だ。何故こうなった。俺はただ……
 それに対し、メフィストフェレスは何処までも優しく告げる。
「知りませんよそんな事。ていうかどうでもいいです。きっと何が悪かったとかそんなんじゃないんでしょうね。祥吾さんふうに言うと、間が悪かったんですよ。だからこうなった……ああ、あとあえて言うなら」
 人差し指を頬にあてて首をかしげ、思いついたように言う。
「貴方は祥吾さんを、そして彼の守りたいものを殺そうとした。それが一番の原因ですね。
 人の命を奪うものは、人に命を奪われる……まあ、私は人じゃないんですけど」
 何処までも優しくそして残酷に彼女は笑う。だから死ね、と。だから自分に殺されろ、と。
「クソがぁ……おのれ……悪魔め……」
 歯を食いしばり、睨みつける。だがメフィストフェレスは柔らかく微笑むだけだ。
「はい。その通りです。ただし貴方達の造った出来損ないですけど。ふふ、まさしく因果応報ですね」
 手が地面へと落ちる。無念と絶望の表情のまま、伊織は息絶える。そしてこの世の時間律から――消失した。



 ――坊主。お前はなんで強くなりてぇんだ?――

 ――決まってるだろジジイ。俺はな、みんなを守れる主人公に。正義の味方になりてぇんだよ――






   *   *



「とりあえずまた犠牲者出る前に潰せたみたいだね。でも本当に、蟻や蜂っていうより、ゴキブリだよこいつら」
 夜の公園にて、ショートヘアの剣道着の少女が肩を落としてつぶやく。
 その足元には、機能停止した時計仕掛けの獣が倒れている。
「ったく、任務しゅーりょーして双葉に戻ってきたと思ったら、コレに出くわすんだもんなあ」
 止まった時間が、世界が解れ、彩りを取り戻していく。
「まあ、異能のないボクでもどうにか出来るような相手だからよかったけどさ」
 言って、剣を引き抜く。
 時計仕掛けの獣は下級ラルヴァであり、物理的な手段で破壊可能である。ことさら、今回彼女達が遭遇したものは数は多いものの、一体一体はそんなに大きくなく、さほど強力でもなかった。いやそれでも、ただの一般人にとっては脅威ではあろうが。しかし退魔の剣術を修練した彼女にとっては、手ごわいが倒せない敵でもない。
「ねえ絆那(きずな)、なんかウチにまた客分が来たんだって、新顔。なんか面白いらしいよ。姉さんからのメールに書いてる」
 慣れない手つきで新品の携帯電話を操作しながら、少女は言う。
「面白い? 興味ないな。面白いやつなんて何処にでもいる……そんなんじゃ、俺の心には刻まれない」
「……やれやれ、あんた本当にそればっかり。剣以外に何か無いわけ? つまんない男だよね、絆那」
「つまらなくていいさ。面白くたって、強くはなれない。俺が必要としてるのは、そんなんじゃない」
「じゃあ、何よ」
「力だ」
 その言葉に、少女――敷神楽刀那(しきかぐらかたな)はため息をつく。
「強くなりたいってのはボクだって同じだけどさ。ちょっとこう、青春したっていいと思うんだけどなー、男子高校生的にさぁ」
「興味ない。知ってるだろ、何をやっても駄目だった。俺にはこれしかない。そんなことよりも……だ」
 時計仕掛けの獣の残骸、その鉄屑、ガラクタで出来た小さな山に立ち、戒堂絆那は言う。
 葉脈のような、木の根のような黒く脈打つ痣を刻んだその右手を天に掲げ、月を見る。
「餓えている。こいつも、俺も……渇いて渇いて、仕方がない」
 脈打つ。蠢く。闇の色のそれに、赤く輝く目のような、そんな光が点り、そして消える。
 虚空を見つめ、何かに期待するように。薄く笑う。
 その笑みが、刀那にはまるで枯渇して罅割れた、亀裂のような笑みに見えた。

「――強いといいな、そいつ」
                         続く


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