【星と王子様-Bパート】


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 シーン5.『日常』の変化には慣れるもの




 新しい日常は、主に蹴りによって始まる。初日は全力だったのが、数日経つうちにだいぶ力の入れ具合が分かってきたようだ。
「起きろっ!!」
「……お前、もう少し優しく起こせないのかよ」
「いいから早く着替えてきて、もうコレ解いてから二十分は経ってるわよ?」
 大抵の場合、沙希が先に起きて着替えている。急いでは来るがそれでも十分から二十分はかかる。後から起こされて着替えに走る雨流は、毎日必死の思いをする事になる。
「今日は何だ?」
「朝ならスクランブルエッグ、昼ならお楽しみ。とっとと手伝いなさいよ」
 起きてきた雨流が、沙希の挙げている右手を自分の左手で握り、空いている右手を使って器用に黄色い布を結んだ。沙希は慣れたもので、左手だけでも器用に包丁を振るっている。時々雨流に助けを求める(命令する、といった口調だが)事もあり、その時は大抵、息の合った動きを見せる。
「こらアンタ、なに離してるのよ!!」
「今の動き、俺の手ぇ切るところだっただろ!! 気をつけろよ!?」
 ……大抵は、である。


 ある意味命がけの朝を終えると、今度は平穏な学園生活が待っている。二人の居住は学園のすぐ近くなので、流石に遅刻は無い。
 学校の生活で、『二人が手を繋いでいる』事以外で、少しだけ変わった事があった。

「おはよう、鞠備さん」
「うん。おはよ、山中さん」
 沙希に、少しずつだが他の女子が話しかけてくるようになったのだ。四六時中一緒に居る雨流との会話……半分ぐらいは罵り合いなのだが……は、当然クラス内にも響き渡る。まるでどこかの猫と鼠が仲良くケンカしているような様子が、これまでクラスメイトが沙希に対して持っていた『近寄りがたいお嬢様』というイメージを粉々に砕いてしまったのだ。砕かれた瓦礫の中から出てきたのは、口は悪いが悪い子ではない、あと中身が少し不安定な、一人の少女の姿だった。そんな事で、隣に居る雨流を無視して彼女に話しかける人が一人、また一人と現れてきた。
「けど、男の子と一つ屋根の下かぁ……間違いとか」
「いや、起きないわよ!? 起きてたまるもんですか!」
 しかも、からかうと反応が面白い。
「……お前、四六時中一緒で疲れないか?」
「もう慣れた」
 なお、雨流のほうはそうもいかない。こちらも多少はマシになったが、怖いという印象に変化はない。


 昼食は、大抵教室で食べている。初めの頃は沙希が
「揃いの弁当持ってきてるって見られたら、何か噂されない?」
 と、教室で食べるのを渋っていたが、雨流は
「昼休みにいつも二人で消えてる、って方が変な噂の理由になるだろ」
 と、意見衝突。結局沙希が折れる形となった。『常に一緒に居る』という事実が知られている以上、今更噂も何も無いと思うのが一般的だろうが、当人達には色々とあるのだ。
「おい、何やってんだ?」
 その日の昼食を食べ終わった後、教室でぐったりしている雨流が、情報端末を兼ねた学生証を熱心に操作している沙希に気づいた。
「家計簿。前まで紙に書いてたんだけど、こういうのがあるって教えてもらって」
 改めて机を見てみると、レシートが大量に転がっている。日付は、二人で生活を始めてからだ。そこに、雨流が質問をする。
「……お前、計算とかできんのか?」

 沙希は、恐ろしく勉強が出来ない。それは、隣の席に移ってきた当日、すぐに判明した事だ。今まで人付き合いが無かったため、どこからも流れていない話だった。
「ねえ……ノート、見せて?」
 小声で雨流に話しかけた時に見せた沙希の表情は、これまでで一番情けないものだったと彼は記憶している。
 また、彼女が隠していた一学期の期末試験用紙を偶然見た事もある。凄まじい点数であり、雨流は『見たのがバレたら殺される』という悪寒を感じたことを覚えている。

 話は戻る。
「バカにしないでよね! これぐらい……」
 レシートと学生証を交互に見比べ、言葉を失っている。
「てめーのはバカにしていいレベルだ」
「うっさいわね!! 大丈夫よ、ちゃんとこの中で計算してくれるから……というか、前までちゃんとやってたからね!?」
 慌てて取り繕う沙希だが、証拠の品は自宅である。
「けど、やっぱりアンタの分を入れるとだいぶ浮くわね……アンタこれまで、どれだけ無駄遣いしてたのよ」
 彼女が計算している中には、雨流の仕送り分も入っている。共同生活をするのならば双方の収入を合計するのは当たり前ではある。
「いや、お前が節約に力入れすぎてるだけだ」
「いい事でしょ?」


 そんな事が常で、大体は問題の無い学園生活ではあったが、一つだけ雨流には不満な事があった。
「……見学かよ」
「何よ、ワタシを引きずり回すつもり?」
 戦闘演習等の異能を使用する授業で、強制的に見学扱いされる事だ。一応彼は病み上がりであり、そういった事も考慮されてのものだが、それでも不満であることに変わりはない。
「そういや、お前の方はどうなんだ? 前もずっと見学だった気がするけどよ」
「ワタシは……別のカリキュラムでやってるのよ。呼び出しがあって、明日その訓練。予定空けておきなさいよ」


 大抵の場合、帰りは沙希の買い物、それも特売品周りに付き合わされる。彼女は独自に店舗周りの地図を作っていたりと、気合の入れ方が並みの主婦顔負けである。
「次は青果店ね。急ぐわよ」
「……他に趣味はねーのか、お前」
「アンタみたいな無趣味じゃないだけマシでしょ? さ、荷物持ちは愚痴らないの」
「この手のせいで出来ないだけだ!!」


 平和な時間が過ぎ、二人が一番落ち着き、そして一番戦々恐々とする時間が訪れる。
 風呂は「絶対ワタシが先に入る」と沙希が主張して譲らなかった為、彼女が先、雨流が後に入ることに決まった。なお、洗濯物もちゃんと二人分に分け、中身の見えないボックスに入れてある。洗ったり干したりの時は、少しだけ単独行動となる。
 現在は沙希が入浴中。雨流がソファに座ってとりとめのない考え事をする時間だ。
「まだ、解決策は見つかってねえんだよな……」
 あれから二、三度、例の保険医……実際は保険医ではなく、研究者らしいが……の所へ行って調査内容を確認した。結果は『進展無し』。魂源力の流出を止める方法は見つからず、現状を維持するしかない。明日も(沙希の付添いとはいえ)会いに行く予定こそあるが、多分進展無しだろう。

 どのぐらいの時間離れていられるかは、二人で色々試してみた。初めに言われた『最短で三十分』は相当いい加減な測定だったようだ。離れていられる時間は、概ね、手を握っていた時間の半分。ただし連続で離れていられるのは一時間が限度。恐らくそのぐらいしか雨流の身体に魂源力を充填できないのだろう。活動限界を過ぎると、殆ど一瞬で意識を持っていかれて……二、三回それで死にかけた。雨流が異能を使ったときは、最大でも十分が限界。沙希が異能を使ったときは……試していないので分からない。明日、試してみる予定だ。

(少しは余裕はあるとはいえ……プライバシーがほとんど無いってのはキツい)
 ある程度の余裕を考えると、やはり常に手を繋いでいた方がいい。幸いなのかそうでないのか、雨流と沙希は、根っこのところでウマが合うようだ。互いに罵り合っているような場面はよくあるが、そこまで気疲れするものでもない……本人達に聞けば、間違いなく否定するだろうが。それに、一人になれる時間が無いという事に辛いものがあるのは確かだ。
(俺でさえキツいんだから、アイツも結構すり減らしてるんだろう……言っても解決策ねーけど)
 雨流は、考えてもどうしようもない考えを打ち切った。そして、また別の考え……こんな状況を作った元凶の事を考える。
「……やっぱ、あいつを倒すしかねーのか……?」
 巨大な鹿の姿をしたエレメントラルヴァ。あの妙な動きをする怪物を倒さないことには、この変てこな生活をずっと続ける羽目になる公算が大きい。しかし、今のままでは彼がラルヴァ討伐に復帰できる可能性は少ない。誰かが退治してくれるのを待つしかないのか、と暗い考えになる。雨流は目を瞑り、ソファに大きく寄りかかった。

「どうしたのよ、死んだような顔してるけど。生きてる? それともやっぱり死んでる?」
 直後、彼の頭の上から少女の声が降りてきた。目を開けると、そこには湯上りらしき沙希が、顔を覗き込んでいた。濡れた髪をバスタオルで拭いており、頬は上気している。
「勝手に殺すな。つーか早いな」
 うっすら目を開けた雨流が、そんな風に返す。女性は入浴が長いというが、彼女の場合はそれに四十分から五十分かけている事がある。雨流は一回それで死に掛けた。
「そこで寝るのは構わないけど、ベッドに入るのはお風呂入ってからにしなさいよ」
 話しながら、沙希もソファに座る。三人掛けが可能なソファの、雨流が右端、沙希が左端。間に一人入れるほどの空間が空いており、そこで二人は手を繋いでいる。人、一人分。それが、二人の間で暗黙の了解となっている『距離』だった。

 その距離感が微妙になるのが、眠りの時間である。部屋に初めから備え付けてあったダブルベッドの中で、沙希は既に静かな寝息を立てている。
 一方の雨流は、そう簡単なものではない。普段触れている柔らかい掌は、そのまま彼女の柔らかい体を連想させられる。眠っている時は全身の力が抜けているから、尚更だ。
 手の感覚だけではない。鼻をつくシャンプーの匂い、耳朶《じだ》をうつ小さな寝息、何も心配事が無いかのように安らかな寝顔。一回よこしまな考えを抱いてしまうと、味覚を除く五感全てが欲情を煽る感覚となってしまう。
 その上、彼女は寝相が良くなく……特筆するほど悪くもないのだが……、結んでいる手を引っ張られるのが嫌なのか、知らず知らずのうちに雨流の近くへ寄っているのだ。そのせいで、寝顔も、時折聞こえるむずがるような声も、『オンナノコの匂い』とでも言うべき甘い匂いも、すぐ近くで展開されているのだ。
 だが、雨流が手を出すことは許されない。初日に沙希が言った
「ヘンなことしたら、アンタの最期だから」
 という言葉は、脅しでもなんでもない。警察なり学園の風紀委員なりに捕まってしまえば、一時間やそこらで拘束が解ける可能性はゼロだろう。沙希と離れただけで即死亡に繋がる彼の身体にとって、それだけで致命傷なのだ。
 よって、彼はこの天国なのか地獄なのかよく分からない状況を、耐えるしかない。
「……拷問か」
 こんな生活が、まだしばらくは続く事となるのだ。




 シーン6.Wish upon a star
      もしくは秘宝伝説




 次の日の放課後、二人は沙希を先頭にして、学園中心部、研究棟が並ぶ区間にある階段を降りていた。その建物へ入ってすぐ階段にぶち当たったので、地下に潜っている事になる。ビルの非常階段のような場所を下っていき、途中に非常扉のようなものがいくつか見えたが、沙希はそれをスルーしている
「まだ着かないか……どんだけ降りるんだ?」
「ここはまだ、階段で降りられるだけマシよ。本当にヤバいものは、エレベーターでしか降りられない所にある……らしいわ」
「問題児になると、色々知ってるって訳か」
「問題児って言うな!!」
 地上にして三階から四階分ほど降りたところに、再びドアが見つかった。まるで我が家のように、沙希はその扉を開ける。
 ドアの向こうにはロッカールームらしき部屋があり、沙希は隅のほうに自分の鞄を置いた。
「アンタも、適当に置いて……それとも、ここで待ってる?」
「どんだけ時間がかかる?」
「んー……いつも通りなら、二時間ぐらい」
「選択肢無いじゃねーか!!」
 自分の荷物を放り出した雨流と共に、入ってきたのとは逆のドアを抜けた。


 その中にあったのは、ただ広いだけの空間だった。
 鉄かコンクリートか、よく分からないが硬い材質で出来た壁は、横に十メートルほど、奥行きでは五十メートルはあるだろう。高さも三メートルはある。
 灰色一色になった空間の奥で、動いている影があった。
 数十体は居るだろう、狼。いや、正確には獣ではなく、それを模したロボットのようだった。金属の身体と、貴金属の頭脳を持った。
 雨流が感心したように部屋を見回し、沙希が呆れているところに、どこからか声が聞こえた。声の質からして、どこかにあるスピーカーから流れているのだろう。
『今回は、ちゃんと来たな……ん、有馬も一緒か』
「その声は、ヒゲの保険医か? よく分かんねーが、二時間も待たされる訳にゃいかないからな。ンなに待たされたら俺死んじまうぞ」
『……いや、そこに居ても同じ結果になるかもしれないが。鞠備、お前の異能の事教えてないのか?』
「う……教えて、ない……」
(俺も、コイツに異能のこと教えてないんだが……)
 雨流が心の中で突っ込みを入れるが、無論それを聞けるものはここに存在しない。

『なら、一応教えておくが……鞠備の異能は、魂源力を体内で加速させて直線的に叩き込む、非常に攻撃的なもの……だと、思われる』
「思われる?」
 保険医……実際は異能の研究者なのだが、雨流は既に保険医と認識しているので、その呼称で統一する……が雨流に解説をしている間、解説されている本人の沙希は、顔を赤くして俯いている。
『鞠備がここに来てから、異能を正常に発動させた例が無くてな。体内で魂源力の加速に失敗するか、狙い通りに飛ばないか、もしくは暴発して無差別に吹き飛ばすか……そのせいで、ちゃんとしたデータが無い。学園に来る前はちゃんと出来てた、っていうから不思議なんだが……そういう事だから、覚悟しておくように』
 そんな話を聞いた雨流は、周囲を見回してみる……確かに、滑らかだったろう金属の壁に、所々溶けたような跡や、小さな穴が空いている箇所がある。暴発した痕跡なのだろう。
「地下でやってるのも、そーいう訳か。流れ弾が恐ろしいと……せいぜい、不発になる事を祈れ、ってか」
「っさいわね!! 成功させればいいんでしょ、成功させれば!!」
 怒ったように反論する沙希だが、実績が無いためまったく説得力が無い。
「それよりあれ、何なのよ!? 静止目標撃つんじゃないの!?」
「あれは、ラルヴァに似せた戦闘訓練用のロボットだよな? 失敗続きの奴に上位の戦闘訓練とか……」
『いや、そういう事じゃない。あれは、事情によって作った会社のサポートが受けられなくなった奴だ。せっかくだから、在庫処理のついでに移動目標として活用しようと思ってな。適当に歩くだけのプログラムになってるから、危険は無い』
「人を残飯処理係みたいに言うな~!!」
 保険医の言うとおり、ロボットはただ歩いているだけで、目の前に居る人間を襲おうという動きは見せない。
『そういう訳だから、安心してくれ。では、初め……うん?』


 保険医が指示を出そうとした直前、スピーカーの向こうから聞こえる気配が変わった。何か空気が噴出しているような音と、幾人もの人間がわめいている声が聞こえる。
「な、何!?」
「……向こう側の事より、こっちもヤバそうだぜ、おい」
 事態が分からずにキョロキョロする沙希とは対照的に、雨流は目の前で起きているもう一つの異変を見据えていた。
 先ほどまで何の目的も無く動き回っていたロボット達が、一斉に二人の方を向き、威嚇行動を取っている。さながら本物の獣であるように。それらは前屈姿勢をとり、いつでも襲いかかれる体勢にある。



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 この事件は、警察当局と風紀委員による迅速な捜査の結果、即座に犯人の確保、後に逮捕へ繋がった。
 この犯行を行ったのは、双葉学園に演習用ロボットを卸していた企業、与田技研の開発者と判明。容疑者は、ロボットのメンテナンスを兼ねて学園に勤務していたが、会社社長の息子が起こした不祥事がきっかけとなった与田技研の解散騒動により、職を追われることが決定していた。その事に対する憂さ晴らしが犯行動機と思われるが、容疑者は極度の興奮状態であり、明確な証言は取れていない。

「学園の奴は、もう使えないと分かると、あの子達を処分すると言ったんだぞ!? 僕の子どもであるあいつらを!! だから、あの子達に仕込んでやったのさ、命令に反逆するようなプログラムを。時間が無かったから一体にしか仕込めなかったけどね。彼らはネットワークにも繋がるから、それを使ってまるでボス狼のように、他の子達も操れる筈さ。ついでに、学園のネットワークもズタズタに引き裂いてやる。人間がロボットを壊していいなら、ロボットが人間を壊してもいい、そうじゃないかい?」

 なお、証言の中に『学園のネットワークを破壊する』という発言があるが、実際ネットワークに攻撃を受けた痕跡は存在しない。



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「まずいぞ……そろそろ本気で来る」
 雨流は、襲い掛かる狼ロボットを近づく前にキックで叩き落している。だが、これまで襲い掛かってきたのは一匹ずつ。沙希と手を繋いでいる状態ではマトモな機動も出来ず、持ち味が活かせない。しかも狼ロボは、少しずつ包囲網を狭めていた。一気に襲い掛かるつもりだろうが、それは普段対峙する訓練用ロボットの動きではない。明らかに何者かによって、その性能が完全に引き出されるようプログラムされたものだ。
「ど、どうするの……? ここ地下だし、学生証だと電波入らなくて、助け呼べないわよ!?」
 彼の後ろから、怯えたような声で沙希が話しかける。彼女は、実戦はおろか実戦形式の訓練すら未経験なのだ。
「そこのドアは開くな?」
「え……うん。一応」
「てめーは逃げろ、俺はここで奴らを叩きのめす」
「なっ……!! 一人で逃げろっていうの!?」
 怖さよりも怒りの方が上回っている、そんな声色で沙希が怒鳴りつける。
「テメーが一緒だと、マトモに動けない……で、上に出たら風紀委員かどっかに連絡してくれ。倒せはしなくても、それぐらいは保つ」
「それなら、二人で逃げれば……」
「俺一人なら出来るだろうけど、サキ、お前を連れては無理だ。どっかで絶対捉まる。最悪、助けさえ呼んでくれりゃあ大丈夫だ」
「だって……!!」
 雨流には分からなかったが、この時沙希の声は、涙を堪えているような鼻声が少し混ざっていた。
「十分よ!? ワタシが上に行って、助けを呼んで、戻って来るまで。間に合うかわかんないのに! つーか間に合わないわよ!」
 雨流が異能を使うのならば、二人が離れて、十分。それがタイムリミットだ。
「ま、仕方ねーだろ。二人ともやられるよりはいいし、お前がやられたらどっちみち俺もアウトなんだ。それに……女を逃がすのに戦うのは、本懐だろ」
「……!! 何言ってるのよ、バカじゃないの、正義の味方にでもなったつもり!?」
 赤面した沙希が思わず口走った言葉は、有る意味真理をついていた。一瞬目を見開いた雨流が、納得したように言葉を返す。
「……そうだな、正義の味方、ってのになりたかったんだな、俺は」


 雨流が一番初めに思い出す、昔の記憶
 動物らしい何かに囲まれた風景
 燃える森、目の前に凛と立つ誰か
 その誰かによって叩きつぶされた怪物
 その姿については、何も覚えてない
 だが、その時の気持ちは未だ覚えてる
 彼は思った。『正義の味方』だと
 その出来事、そして彼を救った誰かは
 彼の進む道を決定的に決めた


「……バカだバカって言ってたけど、ホントにバカね、ウリュー」
 呆れたように、沙希がため息をついた。やれやれと言いたげな雰囲気の中に、これまでと違う何かが混ざっていることに、雨流は気づかない。
「ほっとけ」
「……左手、出して」
 雨流は無言で結わえられている手を出し、沙希は結わえられているバンダナを解いた。
「いいか、開けたらとっとと駆けだして……」



 ひょい、と。


「バーカ、ウリューの思い通りになんて、してやらないわよ」
 解かれた手は、即座に雨流の首に回された。だいぶ身長に差があり、沙希が思いっきり背伸びをして辛うじて手が回せるほどだ。唐突に抱きつかれた雨流は、露骨に顔を白黒させる。
「おいお前、何やって……」
「ほら、とっとと抱えなさいよ。この状態じゃウリューも動けないでしょ?」
「……ええいっ!!」
 雨流が意を決したのは、切羽詰まった状況というのもあった。沙希を、いわゆるお姫様だっこの体勢で抱き上げたのと、狼ロボが二体一組で跳びかかってきたのが、ほぼ同時。その体勢のまま雨流が大きく横に跳んで回避したのと、二体が二人の居た場所を前脚で薙ぎ払ったのもほぼ同時。少しでも判断が遅れていれば、致命傷は免れなかっただろう。
「ちょっと考えれば分かるじゃない……スピーカーの先でも何かあったんだから、近いうちに何か動きがある筈、それまで粘ればいいのよ。ウリューが犠牲になる事なんてない」
「好き勝手言ってるけど、動くの俺だからな!? しっかり捕まってねーと、落ちても拾えねーぞ!」

 波状攻撃を仕掛けてくる狼たちから逃れ、蹴り飛ばし、時間を稼ぐ。出来るだけ時間を稼ぐことが重要であり、『本気の動き』は行わない。というよりも、沙希を抱えた状態では本気を出せない。
「後ろっ!!」
「耳元でどなるなっ!」
 掛け合いをしながらも、狼の攻撃を的確に、大抵は雨流の判断で、ときどき沙希の指示に従い、必死に時間を稼ぐ。
 跳び回る雨流の腕の中で、沙希がぽつりと呟いた。
「……ウリュー、ごめん。こんなことに巻き込んじゃって」
「……お前が言うと、ちょっと怖いな」
「何よ!?」
「それはいいとして、それはこっちの台詞だ。だいぶ前に言ったよな?」
「良くないわよ……ウリュー!?」
 いつもの会話を繰り広げようとした矢先、沙希の目に銀色の影が映った。
 狼のロボが、雨流の頭の上に見えた。前脚を振り上げ、雨流の脳天を叩き割ろうと構えていた。
 雨流が沙希を抱えている都合上、いつもの通りに動こうとしてもそう上手くはいかない。身体の使い方は変化し、第一、人一人の重さはそう軽くないのだ。『本来出来る筈の動き』と『実際に出来ている動き』の僅かな差異の積み重ねが、頭上をとられるという決定的な隙となって現れた。
「危ないっ!!」

 声に応じてして上を見上げた雨流だが、回避するには反応速度が間に合わない。
 沙希は全く意識せず、左手を離し、獣に対してその手を向けた。
 この学園に来てから十年間、何度も何度も繰り返していながら、一度も成功させた事がない動作だった。



 *******************



 その事件が学園に与えた損害は、それほど大きくはない。
 無力化された実験室は、単に侵入者対策の催涙ガスを流されただけであり設備にダメージはなく、研究員達にも大きな怪我や、後遺症に繋がるような事はなかった。
 破壊された訓練用ロボットも、元々廃棄予定の物であり、損害としては計上されていない。
 犯人は他に何も仕掛けておらず、自らが証言した『ネットワークへのダメージ』も、結局確認されないままだ。

 ただ一つ。
 地下訓練室から校庭に突き抜ける、直径二メートルほどの大穴。これの修理には、少し時間がかかった。事件時にそこへ立ち入った生徒が居なかったことが幸いし、人的損害は無かった。



 *******************



「っ……!! おい、何だ今の!?」
 雨流が、頭を振りながら立ち上がる。自分がしっかりと抱えている沙希を、咄嗟に確認した。
 彼女の声に反応して頭上を確認し、狼ロボが襲いかかるのを目視して……そこからだ。
 一瞬、目の前を下から上へ、光の線が走ったように見えた。次の瞬間には、目の前が光に包まれていた。しかも発生源は『自分の胸元』だ。
 光が見えた瞬間、猛烈な勢いで地面に叩きつけられる感覚に見舞われた。自由落下では到底ありえない、急激な加速で落下する。慌てて強化した脚で着地したが、その後も、何者かから地面へ押しつけられるような圧力はしばらく続いた。
「……おい、大丈夫か……? 何やってんだお前」
 沙希は左手を天に掲げ、そちらの方を、気が抜けた顔で見上げていた。つられて雨流も、そちらの方を見上げる。
「……何だぁ!?」

 そこには、大穴が開いていた。天井から、青く透き通った秋の空が見える。
 彼らがここまで降りてくるのに使った階段は、おおよそ三、四階分ほどだ。天井の高さを考えても二メートル分は地面か何かが詰まっている筈。そうでなくても四方の壁はしっかりとコーティングされている筈だ。少なくとも雨流が全力で蹴り飛ばしたぐらいではビクともしない。

「やった……」
 惚けていた沙希の目が、ようやく我を取り戻したように輝く。その表情には、雨流が今まで見たことがない……ほとんど一時も離れずに居た数日にも、その前にも……実は、彼女自身ここ十年まったく見せたことのない、混じりっけがない笑顔だった。
「やったぁぁぁ!! できた、できたよ~!!」
「のわっ! やめ、苦し、苦しいっつーの!!」
 感極まったような彼女が、雨流の首筋に思いっきり抱きつく。ぎゅうぎゅうに締められるほうは苦しいが、抱きつく方は他に喜びを伝える方法が見つからないかのようにはしゃいでいる。
「つーか、何だ!! 俺に分かるように説明しやがれ!!」
「アレよアレ! あとアレ!!」
 沙希が指さしたのは、頭上の天に繋がるトンネルと、足下に転がる何者かの残骸……恐らく、先ほど頭上から彼らに襲いかかろうとしたロボットの物だろう、下半身以外は完全に消滅している。
「……えーと、待て。そうか、お前の異能?」
「うん! うんっ!! ワタシ嘘つきじゃないよ、ちゃんと出来るんだもんっ!!」
「テメーは少し落ち着けぇ!」
 首根っこを掴まれている状況を解消する為、無理矢理引っぺがす。そのお陰で極端から極端に走った沙希の感情も、ようやく少し落ち着いたようだ。
「……あ、ゴメン」
「いくつか質問だ。アレと、さっきの光はお前の異能なんだな?」
 雨流が指を差す先には、大穴。流石に頭上が高すぎて、上で何か騒動が起こっているかどうか等の雰囲気は伝わらない。
「え、そうよ。コレがワタシの異能、『星に願いを』!」


 彼女が放った異能の原理は、簡単である。
 体内で魂源力を加速させ、それを掌から打ち出す。現実では未だエネルギー不足問題が解決できずSFの範疇内にある、荷電粒子砲と似たような原理である。二人は近くで見ているため『光った』という印象しか持っていないが、遠くから見れば、まるでアニメのビーム砲……『扇風機で大気を吸収して放ってるアレ』が一番近いだろう。なお、あちらは純粋に荷電粒子砲である。


「今のが『星に願いを』なんて可愛らしい名前な訳ねーだろ! これに名前付けるとしたら『スターバスター』とかだ、間違いねー」
「人の異能の名前にケチつけないでよ!!」
 二人は悠々と会話をしているが、未だ狼ロボットは殆どが健在である。目の前で放たれた訳が分からない威力の攻撃を分析するのに時間がかかり、皆動きが止まっているのが幸いではある。
「……それは後にして、この場を切り抜けるか。サキが役立たずじゃねーなら、いくらでも手はある」
「引っかかる言い方するわね……けど、どうすんの?」
「たった今、そこの奴が弱点を晒した。わざわざ全部潰さなくても大丈夫だ」
 狼ロボットの群れは、まず中央の一機が起き上がり、それに追従するかのように他の取り巻き数十機が起き、構えをとるといった動きを見せた。
「今の一匹?」
「ああ、明らかに動きが違う……こういう場合、あーいう奴が鍵になってる場合が多い」


『そうだね、正解』
 何の前触れも無く、二人の耳に別の声が聞こえた。先ほどまでずっと沈黙を続けていた、研究者達が指示を出すスピーカーから。声は若い男のものであり、研究者というには威厳が少し足りない。
「ん、誰!? そっち大丈夫だったの? というかアンタ誰?」
 沙希が声をあげる。研究者達の誰かが気づいたのか、だったらなんで何も指示を出してなかったのか。それとも、これを仕掛けた黒幕か……
『ああ、そうじゃないよ。僕はキミ達の異能研究とは特に関係ない。と言っても敵じゃない……うん、敵の敵は味方、って奴かな』
「いや、言ってる意味が分かんねーぞ」
『まあいいや、僕については説明する時間が無いから省略するよ。キミ達の推測は当たってるよ。一体だけ特別製のプログラムが入ってて戦闘指揮を出してる、僕が間借りしてたネットワークに攻撃を仕掛けたのも、そいつだからね。で、その個体はキミ達がさっき指摘したので間違いない。動きの指示とかはハードレベルで仕込まれてるみたいだから、僕じゃ手が出せないけどね』
「……ワタシも何言ってるか分からないけど。とにかくソイツを倒せばいい訳ね? あともう一回聞くけど、アンタ、誰?」
『そういう事。頑張ってね……あ、僕の名前? 夏騒《サマーノイズ》とでも呼んでくれればいいよ。もう夏じゃないけどね。それじゃ』
 一方的に捲し立てただけで、その声はぷっつりと聞こえなくなった。

 夏騒《サマーノイズ》、学園の携帯端末ネットワーク中に存在するというラルヴァであり、人間には概ね友好的であるという。なお、その存在自体はこの物語とあまり関係はない。

 とにかく二人にとって重要なのは『立てた方針が正しい』という事だ。目の前の獣達は既に体勢を立て直し、襲いかかる機を狙っている。
「サキ、さっきのヤツもう一回ぶっ放せるか?」
「え? やってみなきゃ分からないけど……多分」
 それを確認した雨流は、彼女を床に降ろす。
「よし、一分だ。一分後にあの群れから叩き出されたヤツを撃ってくれ」
「一分って……イケるの!?」
「あの数十体を殲滅しろ、ってなら難しいが、一匹を蹴り出すぐらいなら、余裕だ。行くぜ!!」
 直後、沙希の視界から雨流が消えた。それは、狼たちの視界からも同様だ。

「時間ねーんだ、とっとと決める!!」
 大きくジャンプした雨流は、ロボ狼の群れ、今にも襲いかからんとした一体の頭を踏みつけ、再び跳び上がった。集団の後ろにある壁を蹴り、方向転換。落下した先の狼は反応が間に合わず、踏みつけられる足場となるだけ。それを捕まえようと動く他のロボ狼は、文字通り彼の影しか踏めない。
 狼たちの頭、四方の壁、そして天井すら自らの足場として縦横無尽に跳び回る。獣たちの想定とはまったく違う動きで、彼らの的を絞らせない。
「ったく、広すぎんだよ!!」
 彼の愚痴は、『足場』が少ない事に対するものである。ここがもっと閉鎖された空間……森林であったり、建物が乱立する市街地であれば、それだけ『足場』が増え、複雑な軌道を描いて進むことが可能である。
 直線的な動きならば、自分の上を行く物は居る。脚に偏っているとはいえ、ある程度バランス良く強化する彼の異能では、一撃の破壊力を高めるのは難しい。
 それを打開する為の『個性』。それが彼の三次元機動であった。この動きは、誰かを背負っているような状態では不可能だ。

 狼ロボは、彼の動きを追おうと必死に動くが、成果は上がらない。逆にボスを守ろうとするフォーメーションを崩す結果にしかならない。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へってな!」
 噛み付いてくる牙を回避し、壁を蹴り飛ばす三角飛びから、頭上に迫る天井に『着地』。そこから大きく下に跳ねる。問題のボス狼の目の前へ、滑り込んだ。
「吹っ飛べやぁぁぁぁ!!」
 有無を言わせぬケンカキック、脚力強化されたそれをモロに叩きつけられたロボットは地面を何度も跳ね、群れからはじき出された。彼の脚力では、金属で出来た怪物を叩きつぶすには至らない。
「今だ、やれぇ!!」
「任せてっ!!」
 雨流の声に応えて、左手が掲げられた。
 目の前へ叩き出された相手に対して意識を集中し……それだけで、特に変化は訪れない。

「あ、あれ?」
「何やってんだ!」
「し、知らないわよ!? さっきは出来たのに……ひゃっ!!」
 叩き出されたロボ狼は、まだ戦意を失っていなかった。受け身こそ取れなかったが、しっかりと沙希を……恐らく、先ほどの攻撃と同じモーションを取ったことが原因だろう……攻撃対象と認識し、他のロボットへ指示を飛ばした。
 跳躍する狼たちが爪を立てる、一瞬反応が遅れたもののそれを上回る速度の雨流が、その獣達を追い抜き、沙希を抱き上げた。
「テメェ、出来るって言ったじゃねーか!!」
「知らないわよ、こっちが教えて欲しいぐらいなのに……ええい、もう一回!」
 雨流に抱き上げられたまま、右手を彼の首筋に回す。左手を起き上がりかけている狼へ向け……

 今度は、猛烈な光が走った。

 光が収まった後、そこには数体の消しカスとなったロボットの残骸と、指示が無くなったせいで動作を停止し、基本動作であるウロウロ歩きをしている多数のロボットの姿があった。
「……あ、あれ?」
「……おい、どーいう事だ」
「だからこっちが聞きたいってば!! 結局勝てたんだからいいでしょ!?」
 二人が、いつも通りの不毛な言い合いを始める。状況は終わり、彼らの中では『いつもの生活』に戻ったのだ。この言い争いをやめるのは、事態をかぎつけた風紀委員が、訓練施設を突き止めて駆けつけた時であった。




 シーン7.最後に、少しだけ




「……使って、いるな。これは」
「でしょでしょ!? だから嘘ついてないって言ってたじゃない!!」
 訓練室の騒動から数日、二人と髭の保険医、もとい研究者は、研究室で訓練室の映像を再生していた。そこには沙希が異能を発揮している場面がハッキリと映っている。
「……けど、なんでこの場面、失敗してんだ? 一回は成功してるんだよな?」
「……恐らく、お前と接触しているから、だな。魂源力の加速に必要なスペースが、確保できていない。そんな所だろう……いや、調べてみないと断言は出来ない」
 保険医の頭痛は『雨流以外と触れあっている状況では、やっぱり異能を制御できない』という検証結果により、さらに増幅される事となる。


 そして、雨流にも新たな頭痛の種が生まれる事となった。
「はいぃ!? あいつが、もう倒されてるぅ!?」
「言っただろ、お前がやられたラルヴァは、なんとか倒したって」
 二年R組の教室、宮城と会話をしていた雨流の叫びが響く。
「危ないところだったけどな。動きが速い上に、あの時はただの刀だったから異能ありでも時間がかかったし……って、どうした?」
「テメー、それじゃあなんでこの呪い解けてねーんだよ!!」

 雨流は、この呪いをかけた張本人さえ倒せば、呪いは解けて手も離せ……と、考えていた。
 が、彼の推測は、大外れだった。肝心のラルヴァはとっくの昔に倒されており、もはや存在しない。もし倒した時点で呪いが解けていれば、そもそも目覚めた時点で呪いなど存在しない筈なのだ。
「どーすりゃいいんだ……」
 頭を抱える雨流の横で、沙希がふくれっ面を見せている。何か不機嫌な事があったかのように、頬杖をついていた。
「……バーカ」
「おいテメー、バカって何だ」
「アンタは知らなくていいことよ、アンタがバカだって事以外はね」
「どーいう意味だよ!」
「だから知らなくていいって言ってんじゃない!!」
「んな事言われて納得するヤツがいるか!!」
 ……二人のこうした会話は、まだしばらく続く事となる。




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