【商品は無い】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

商品は無い




 八土士人(はちつち しと)は今日もそこにいた。
 「奇人の園」と影口を叩かれるほどに変人が多い2-N組において、それ程に目立たない少年。
 成績は学力体力ともに可もなく不可もなく、身長や容姿も特徴的なところはほとんどない平凡な外見。。
 親友と呼べる程に付き合いの良い友人はいないが苛められるほどに嫌われてもいない、いわゆる影の薄い少年だった。
 作業の様に登校し級友と談話し、授業を終える。
 そして誰に誘われるでもなく机のものを鞄に入れると、誰に気づかれるでもなくそっと教室を後にした。
 放課後に入ってまだ早い時間、騒がしい廊下を抜けてゆったりとした速度で焦ることも無く向かうのは学園の敷地内に建てられた一つの建物。
 さほど大きくない建物には似つかわしくないたった一つの大きな入り口をくぐるとズラリと並んだ部屋がある。
 まるでカラオケボックスの様な部屋たちに扉の上部にはそれぞれ名前が書かれていた。
 そんな一番奥から3つ目というこれまた目立たない部屋。
 士人は扉の前に立つと慣れたような手つきでポケットから鍵を取り出してそれを開けた。
 備え付けの電灯に怪しげな暗幕と小さな机、それを挟むように一脚ずつ置かれた椅子。
 部屋の中にあるのはそれだけだった。
 士人は後ろ手で扉を閉めて電灯のスイッチを入れると部屋の奥へ行き、部屋を二つに分けるように中央に置かれた机のさらに奥側に置かれたほうの椅子にどっかと腰を下ろした。
 教室で目立たないようにしている姿からは想像もつかないような荒々しい動作。
 級友が見れば「あいつ、あんな態度取るやつだったっけ?」と首を傾げるほどに普段とはかけ離れてた動きだった。
「っあー」
 安っぽい作りの椅子に深く腰掛け、天を仰ぐように両手を伸ばしてノビをすると口からは間の抜けた声がこぼれる。
 無理をして目立たないようにしているツケが気疲れを起こし、そのせいで少しばかり凝った肩をぐりぐりと両手を動かしてほぐす。
 ゴリゴリという嫌な音が鳴るが、若さゆえかそれだけで十二分に凝りは解れた様だ。
 それから上を向き片手で目を覆い隠すようにして数分間瞑想をすると、おもむろに膝を打った。
 放課後の喧騒を完全に遮断する防音の良く効いた静かな部屋の中に肉を打つ音が鋭く響く。
「よし、今日もやっか!」
 士人が入り口側からは見れないようになっている机についた引き戸を開けると顔の上部を隠せる程の布で出来た笑顔のマスクが入っている。
 それを取り出して顔にあて、鞄から手鏡を取り出して入念にチェック。
 人間の顔は目が一番物を言う、それを読ませぬようにする為のものだが街中で着けていたらかなり奇異な目で見られることだろう。
 室内であってもチープな変装か中二病指定されそうなものを進んで着けるのはかなり変わった趣味だといえよう。
 しかし、この場においてはそれが許される。
 仮面をつけるだけ、という単純な準備が終わると士人が電灯のスイッチを切り替えると室内の電灯が少し薄暗くなった。
 暗幕と仮面のせいで士人は誰だかわからなく、入ってきた相手の顔も良く分からない程の暗さ。

 ここで、唐突ではあるが女性が好きなものは何かと問うてみよう。
 街中でアンケートをとれば甘味、ショッピング、旅行等の回答が得られるだろうがこれも間違いなく入っていると言える。

「占い」

 女性とはままならぬ現実を変えるために空想に夢を見たり、自分の背中を押してくれるきっかけが欲しい時それにすがる。
 そう士人が今いるこの建物こそが「占い部」の部室であり、並ぶ部屋は部員それぞれに与えられた個室。
 入部条件は未来視、またはそれに近い能力を持つこと。
 料金は一律500円、ただし勝手に他人のプライベートを占うことや賭け事に関する事、依頼人の秘密をばらす事が厳しく禁じられているなどの条件。
 それらをキッチリと守るのを引き換えに与えられた聖地だ。
 放課後には下は初等部から上は学外のマダムまでがやって来るほどに人気のある部、それがこの占い部だった。
 そして八土士人は今日もこの場所に、この自分だけに与えられた聖地にいた。



 ゆったりと腰をかけ足を組み、両手を組んで扉がノックされるのを待つ。
 扉の外に備え付けられている表示機は部屋の持ち主がいるので大分前から「開店中」の文字が上げられている筈だった。
 しかし、士人が椅子に座ってから既に30分以上の時間が過ぎている。
「……」
 やる気まんまんで客を待っているというのに一向に扉が開けられることは無かった。
 さらに数分客を待っていた士人が、堪えきれなくなったのか僅かばかり扉を開けて外を窺ってみる。
 途端に防音が無くなったおかげで外の音が中へと入ってきた。
「今日何占ってもらう?」
「週末合コンが被っちゃってさぁ、どっち行った方が良いのかかなぁ」
「ここすっごく当たるらしいよ!」
「そうそう、テストの山当てるの凄い的確なんだよねー」
「何人並んでるのよ、これ」
「私らで4人待ちかな」
 順番を待つ為に部屋の向かいに置かれた椅子に座ってキャイキャイとかしましく喋る少女達。
 甲高い笑い声がそう広くはない通路に響き渡っている。
 片開きの扉の隙間から見える範囲の椅子には何人もが自分の順番を待っているのが見えた。
 今日は休部、というわけではなかったようだ。
「何故、俺のところに誰も来ないんだ……?」
 扉を閉じて考えるが士人にはさっぱり思いつかなかった。



 結局その日、士人の部屋の扉が開けられることのないまま下校時間になってしまった。
 廊下では順番待ちのまま閉店時間を迎えた客が文句を言っていることだろう。何時もの光景だ。
「おかしい、何故今日は誰も来なかったんだ?」
 今までは順番待ちは無くても日に数人は客があったというのに全くのゼロは今日が初めてだった。
 再び少しだけ扉を開けて外を窺ってみる。
「あれだけ待って結局占ってもらえなかったとか酷すぎる!」
「委員長落ち着いてってば、一応部活動の一環なんだからしょうがないよお腹空いたし何か食べに行こう?」
「それにしたって無理なら先にここまでって言うのが筋ってもんでしょ!?」
「笹島さま落ち着いてください、どうどう」
「あれ、そういえばここ誰も並んでなかったみたいだけど表示故障してるのかな?」
「そこそんなに当たらないらしいから誰も並ばないのよ。あー、しっかしムカツクわね」
 制服姿の女生徒が三人順番待ちのまま見てもらえなかったのか大声で騒ぎながら部屋の前を通っていくのが見えた。
 何故客が来ないのか、実に簡単な理由だ。占いが当たらないから来ないのだ。
「馬鹿がっ! 占いがそんなに全部当たってどうするってんだ」
 三人が部室の外に出て行ったのを確認してから士人が吐き捨てる。
 しかし実際に客入りが無いのが何よりも現実を示していた。
 そんなに当たらない占いよりもよく当たる占いを客は選ぶ、ということだ。
「あー、くっそやべぇな」
 乱暴に椅子に座り込むと士人は頭を抱えた。
 占い部には先ほど上げた条件のほかにも部屋を与えられる条件が存在する。
 三日間客が無ければ部屋を明け渡すこと、というもの。
 双葉学園には未来視が出来る異能力者は能力の程度はあれそこそこいた。
 そのうちの何人が占い部に入ってくるかは別として、常に何人か部屋が開くのを待っている部員がいる。
 だが、実際にそんなに入れ替わりがあるかと言えばそうそう無い。
 三日に一人客があれば良いので友人に来てもらって期間を繋ぐ部員も少なくは無いのだ。
 しかしここで士人にとっては問題が発生する。
 特に明確な理由は無いのだが、士人は目立つのを嫌う。
 それゆえにクラスのメンバーにも自分が占い部の部員であるとは告げていないしこれからも言うつもりもない。
 他の部員は顔を隠すことなく活動を行っている者も多いのに仮面で顔を隠すのはそのためでもある。
 ただこの部室の居心地の良さと小遣い稼ぎの場が無くなるのは避けたかった。
「何か、方法はねーかな」
 しばらく考えるだけ考え、
「まぁ、明日は誰か来るだろ」
 面倒くさくなって考えるのを止めた。



 そして次の日の同時刻。
「まずい、これはまずいぞ」
 結局、今日も来店者はゼロ。
 開店の表示はされていて、外には他の部屋の順番待ちをする客が大勢いるというのにそこだけ空洞のようにぽっかりと誰もいなかった。
 少しだけ扉を開けて外の会話を盗み聞きして分かったことがある。
 どうにも、士人の占いが当たりにくいということが公然の噂となっているようで廊下でよく流れているのだ。
「何でここ開いてるの?」
「当たらないから誰も並ばないんだよ」
 という風に「当たりにくい」から「当たらない」に噂に尾びれというか変化していた。
 これでは客が入るわけも無く、当の士人が「それは嘘だ」と言ってどうなるものでも無い。
 ここに来てようやく士人にも焦りが出始めたのが「まずい」と口走ってからだった。
 しかし既に残るは一日だけ。
 しばらく考えるだけ考え、
「よし、われに秘策ありだ」
 名案が浮かんだのか、特に何をするわけでもなく士人は家路に着いた。



 来店者ゼロを迎えてから運命の三日目の放課後。
 士人は余裕たっぷりに椅子に腰掛けてそこにいた。
 仮面で顔の上半分を隠し、口元には笑みを浮かべて足を組み背中を背もたれに預け……頬を一筋汗を垂らしながら。
「ま、まずいなこれは」
 既に時間は閉店時刻である下校時間まで30分を切っていた。
 今日誰も来なければ部屋を明け渡さねばならない。
 占い部から離れて路上で占い屋を開く事も考えたが、クラスメートにばれる可能性や雨風の問題。
 あとは絶対に出てくる妙な客、いちゃもん付けやそれどころかかつあげ等が考えられた。
 それらを防ぐためにも出来るだけこの部屋は守っておきたかったのだが。
「これはもう無理かもしらんなぁ」
 名案だと思っていた秘策はすでに扉の外に仕掛けてあるが一向に効果が無い。
「覚悟を決めるか」
 そう諦めかけていたその時、ガチャリ、という重い音を立てて扉が開いた。
「こんにちわ、開いてますか?」
 入ってきたのはメガネを掛けた柔和そうな男子生徒だった。
 取り立てて特徴がなさそうな何処にでもいそうな、そんなイメージを与えてくる。
「あ、ああ、開いてるよ」
 士人が戸惑ったのは自身がこうあろうとするイメージとは同じで、ある意味対極な少年を見たからだろうか。
 思わず返事をする声が上ずった。
「良かった、他の部屋は全部順番待ちしてたから」
「あー、どうぞ座って」
 脱いだ上着を腕に掛けて、扉を閉めたまま立ち尽くす同年代の少年に椅子を勧める。
「どうも」
 言われるままに腰掛ける少年。
「んじゃ、名前と占う用件を聞こうか」
「遠野彼方(とおのかなた)です。用件の方なんだけど――いや、困ったなぁ」
 不意に遠野と名乗った少年の口が止まった。
 うーん、としばらく悩む遠野。
 占い屋に来るお客としてはよくあることだ。
 占ってもらう用件は大抵その時依頼人が悩んでいることが多い、それを占ってもらうとはいえ他人に言っても良いか思い悩む。
 だが、そんなに悩まれると下校時間が来てしまう。
「絶対に他人には言わない、これは約束するぞ」
 心配ならば一筆書いても良い、ほとんどの悩んで詰まる依頼人はこれで口を開くのだが。
「ああ、そうじゃないんだ。何を占って欲しいのか分からないんだよ」
「……はぁ?」
 これは士人にとっても初めてのパターンだった。
 正直に感じたままをするなれば、
「何しに来たんだお前は!」
 と言って部屋から蹴り出してもおかしくはない。
 しかし、窮地を救ってくれるたった一人の客にそんなことは出来る訳がなかった。
「うーん、どうしよう?」
 と笑ったような顔で悩むそぶりを見せる遠野。
 それを見て士人はばれぬようにため息を一つついてから、意識を集中させた。
 士人の占い、という名の未来予知に水晶玉や妙な道具は必要無い。
 原理も本人には分からないが近日起こることがわかるというものだ。
 だから、今回もそれを使って少し後のこの部屋での会話を予知する。
「猫関係の占いか」
「あ、そうそう猫について占って欲しかったんだっけ」
 腕を軽く打って遠野がそれに応える。
「ちょっと猫を探してるんだけど」
「お探しの猫なら三丁目の空き地だ、足怪我してるみたいだな」
「えっ、それは大変だ。早く行って手当てしてあげなくちゃ」
 前もって分かっていた質問に士人が応える。
 それを聞いた遠野が焦った様に立ち上がるが、
「待った、行かなくても手当てしてくれる人がいる。それよりも今度はこっちが聞きたいことがある」
 一瞬怪訝そうな顔をした遠野だが、手当てをしてくれる人がいるの一言が聞いたのか再び浮かした腰を椅子に座らせた。
「あんた、始めから失せ猫の行方聞くつもりだったんだろう? なんで忘れた振りしたんだ?」
 これまで何人もの人を占ってきた経験と未来予知によって得られた情報から察するにわざと忘れた振りをしていたのが士人には良く分かった。
「ああ、そのこと? だって扉に『よく当たる占いします』って張り紙があったから」
「あったから? あったから忘れた振りするのか?」
「だってそんな張り紙みたら胡散臭いって感じると思うよ、普通はね」
「……なんてこった」
 士人が考え付いた名案とは遠野が今言ったとおりの事だった。
 「占いが当たらない」という噂が出回っているのであれば「よく当たる」という張り紙で噂をかき消せると踏んだのだが、実のところまったくの逆効果。
 余計に客離れを引き起こしてしまっていたのだ。
 思わぬ事実にうな垂れる士人。
 そんな士人を横目に遠野は誰かに電話をかけていた。
「逢洲さん? 三浦さん所のタマちゃんの迷子は三丁目にいるそうだよ。うん、僕もそっちに行くから」
「あ、ああ、くっそしまった。変なこと気にしたせいで決まり破っちまった」
「決まり?」
 電話を切った遠野がいきなり嘆きだした士人を見る。
「あー、客にこんな事言うのもあれなんだけどな。俺は5回に1回しか本当の事言わないようにしてんだよ」
「何でまたそんなことを?」
「だって全部先が分かっちまったら面白くないだろ、当たるも八卦当たらぬも八卦ってな。正答率20%の占い、それが俺の占いなんだ。最大の機密だ、内緒にしといてくれよ?」
 それがポリシーであり矜持、の筈だったが遠野の思わぬ「質問なんだっけ?」の答え言い当てと猫の居場所当てで二回本当の事を言ってしまったのだ。
「それのせいでお客さん離れちゃったんじゃないのかなぁ」
「……あ、そうだったのか」
 正答率20%は本来なら結構な確率だ。
 ただし場所がここ、双葉学園の占い部でなければの話だが。
 周りにはもっと高い正答率を出す占い屋があるということをすっかりと忘れているのがそもそもの問題だった。
「考え直すか? いや、矜持は貫くべきだブツブツ」
「占いは終わりかな。それじゃ、僕も3丁目に行くからこれで」
 机の上に硬貨が一枚置いて今度こそ遠野が席を立った。
「おう、ありがとうよ――って、助かるって分かってるのにあんたも猫の所へ行くのかよ?」
「行くよ、だって君の占いは5回に1回しか本当の事を言わないんだろう? だったら本当じゃないかもしれないじゃないか、違う?」
 扉のノブを掴みながら遠野が振り向いて笑顔を向けてくる。
 士人が一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、瞬き数度を経て理解に至ると笑顔を返す。
「おうよ、またのご来店をお待ちしてるぜ! 今度は嘘か本当かはわかんねぇけどな!」
 仮面越しの笑顔を向ける士人の向こうで、来店時とは逆に軽い音を立てて扉が閉じた。



ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。