【壊物機 第四話】


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壊物機 第四話 『糜爛』



 糜爛
 1 ただれること。
 「―した歓楽/悪魔」
 2 皮膚・粘膜の表皮が欠損した状態。ただれ。

 ・・・・・・

「よお。元気だったか?」
「む。久しぶりだな。もっとも私は右腕を通してお前とあれの様子を観察していたがな」
 ダ・ヴィンチとの決闘から一ヵ月。俺はまた悪心のいる精神世界に来ていた。
 諸事情でウォフ・マナフを動かした俺は時間の代償を支払った。現実の俺は活動時間を消費、要するに眠りに囚われて昏睡している。
「……ところで観察ってどのくらいだ?」
「週三は多いなあだだだだだだだ!?」
 プライベート筒抜けじゃねえかと思いつつ、俺は悪心の肩に人体破壊作法を極めた。
「し、仕方なかろう! こっちはあれから出番もないから暇だったのだ!」
 あれ、と言うのがダ・ヴィンチとの戦いを指すのかその後のここへの訪問を指すのかはわからないが、どちらにしてもあの戦いの後は悪心と会えていなかった。
 悪心のいるこの神殿に入るにはどうも永劫機を動かした後の時間消費状態になる必要があるらしい。しかし部下に任せきりだった仕事もたまり長々と寝るわけにもいかなかったのでしばらくはウォフ・マナフを出さなかった。だからここに来るのも一ヶ月ぶりだ。
 今回は事情があってウォフ・マナフを出したが、あの戦いのような全力運転ではなく以前までと同じセーブモードで動かしたのに眠らされた。人間一人分の時間は意外にも重要だったらしい。
 まぁこれもいい機会だと考えて悪心と話をしよう。色々と聞きたいこともある。
「お前はウォフよりも永劫機について知っているのか?」
「知っているぞ。登録名称はウォフ・マナフだが製造順では私が先だったからな。その分多くを知っている。というか、あれは私のことも知らなかっただろう」
 そういえばウォフから悪心の名前が出たことは一度もない。あの戦いのときの記憶もまるでなかったようだし、ウォフは悪心の存在を知らないようだ。
「じゃあ単刀直入に聞くけどよ。ウォフ・マナフは永劫機の中で何番目に強い?」
「六番目だ」
 六番目か。なんとなくだが真ん中くらいの気がするな。
「ああ、ちなみにこれは私の知っている永劫機が六体しかいないからだ。もっとはっきり言えば最下位だ。きっと我々の後に創られたものを入れてもそうだろう」
 …………おい。
「それはセーブモードでの話か?」
 それなら納得だ。瑪瑙の脆い装甲と貧弱な力、実戦的ではあるが超常とまではいえない能力。最下位でも仕方ない。
「もちろん戦闘機動での話だ」
「……ウィトルウィウスよりもパワーあるのにか?」
 特殊合金の塊を破壊するだけのパワーが全力運転のウォフ・マナフにはある。あれなら……。
「パワーはあるが、それも真ん中だ。単純なパワーでもメタトロンやコーラルアークはウォフ・マナフを上回る」
 メタトロンとコーラルアークというのも永劫機の一種なのだろうが、実はかなり自信があったパワーでも他機に上回られていたのは少しショックだった。
「…………知ってる永劫機のこと全部教えてくれ」
「よかろう」
 悪心がそう言うと、対立神殿の祭壇の上に五つの立体映像が投影された。便利だなこれ。
「一体目、『永劫回帰』のツァラトゥストラ。此奴に関しては私も多くは知らんし機体性能もよくは知らん。しかし伝え聞く通りの能力なら勝ち目はまずない。というか勝つことが出来ないだろうな」
 立体映像もなぜかこいつだけUNKWONと出ている。まぁ、永劫回帰などというくらいだから大層な能力を持っているのだろう。付記に金剛懐中時計とも書いてある。ダイヤモンド製か。うらやましい。
「二体目、『時間停滞』のメタトロン。これはウォフ・マナフと近いな。パワーを持つ機体にオプション武装としての能力が備わっているタイプだ。ただし馬力の差で負ける。攻撃防御どちらにも使える能力も危険だ」
 ゴリラのように腕部が発達したウォフ・マナフと同じくアンバランスな造詣、しかしそれでいてどこか均整の取れている機体が映し出されている。
「三体目、『時間共有』のコーラルアーク。こちらもパワー型。しかも自己強化からトリッキーな絡め手にまで応用可能な能力を保有している。やはりウォフ・マナフは負ける」
 他の永劫機に比べて随分と時計らしい外見の永劫機。例えるなら柱時計をロボットにしたような機体だ。
「四体目、『時間加速』のアールマティ。これとは絶対に戦うな。相性が最悪だ」
 悪心が絶対に、とまでいったのは四体目のこいつが初めてだ。機体としてはそれまでの機体と比べて細く、パワーもあまりなさそうだが。
「この考察は単に機体の性能だけで言っているものだからマスターの腕や戦術面を加味すれば変わることもある。だが、アールマティは別だ。ウォフ・マナフでは勝てない」
「なんでだ?」
「『時間加速』はその名の通り自分の時間を加速する能力なのだ。さて、ウォフ・マナフの能力『時感狂化』はどんな能力だった?」
「……あー、なるほど」
 相手の意識に数秒間の隙を作り出すのが『時感狂化』の効果だが、相手の時間自体が加速しているのではその隙は一瞬未満で消えてしまう。まして相手はその後も早いままこちらを攻撃してくる。たしかに相性が最悪。やりたくない相手だ。
「さて、最後の一体だ。五体目、『時間重複』のロスヴァイセ」
 その名前は聞き覚えがある。たしか学園都市で会った永劫機開発者の一人、安達女史の永劫機だ。あの時は人間の姿でしか会っていなかったが、立体映像に映る機体はどこか本人を連想させる天女のようなデザインだった。
「単純な戦闘力、時間差トリック、最悪のカウンター能力。まぁ、やはりウォフ・マナフでは勝てん」
「つまり全部に勝てないウォフ・マナフは最下位、か」
 それなりにくやしく思うところはある。
 もうマスカレード・センドメイルが襲ってくることもなく、ウォフ・マナフ自体がさほど弱い戦力と言うわけでもない。最初にあった問題はほとんど全て解決しているのだが、それでも同種の戦力の間で一番弱いというのは、どうにも嫌な感じだ。
「……俺の操作と人体破壊作法、それと会社の兵器類を加味したらどうなる」
「それでも一位にはなれん。いやこう言おうか『勝ち目は出てきた。しかしそれだけ』と」
 性能差という現実は厳しいらしい。
「ウォフ・マナフではいいところそんなところだ。完成前に放り出された機体だからな。勝てるほうがおかしい」
「お前、自分のことなのにシビアだな」
 悪心は呆れたような視線で俺を見下した。
「はぁ? お前は何をとぼけたことを言っている。馬鹿なのかひわぁァァァ!?」
 さっきは肩だったから今度は股関節をやってみよう。機械だがウォフと同じで意外と柔らかい。
「お、お前! いい加減にしないと傷害罪と婦女暴行罪で訴えられるぞ!」
「目撃者いないから訴えられねえって」
「犯罪者思考!?」
 もう少し痛めつけたかったが、聞きたいこともあるので軽めのところで解いてやった。
「で? 俺が何をとぼけたこと言ったって?」
「だ、だからな、私が言っていたのはあくまであれのことであって私のことではない。まして我々二人のことではない」
「……お前右腕じゃん」
 またウィトルウィウス戦みたいに分離して攻撃すんのか? でもそれ戦術の内じゃねえか?
「ククク、浅薄な奴よ。まぁ精々そのときが来るまで待っているがいい。そしてそのときが来たら仰天するがいいわこの愚かものぎゃあああああああ!?」
 肩、股間といったので今度はオーソドックスに腕と足を同時に極める。
「勿体ぶらずに教えろ」
「痛い痛い痛い言います言います! 変形します私へんけいします右腕から永劫機に! って右腕がなんか曲がっちゃいけない方向に曲がって変形しそう!?」
 悲鳴混じりだったのでよく聞こえなかったが、変形と右腕と永劫機と言うのはわかった。
 要するに、ウォフ・マナフの右腕からまた別の永劫機になるらしい。
「そりゃすごいな」
 俺は悪心に掛けていた技を解いた。しかし悪心は石床に倒れてピクピクと痙攣したまま中々立ってこない。……やりすぎたかな。
「お、お前な……これじゃ私はお前に拷問されて情報吐くためにいるみたいじゃないか! ていうかお前のせいで威厳キャラだった私は滅茶苦茶だ!」
「……お前、威厳キャラだったのか?」
 初めから威厳はあまりなかった気がするが。
 あと余計な罵詈雑言言わなきゃいいだろうに。
「で、変形したお前はどのくらい強いんだ?」
「能力はウォフ・マナフと同じで機体スペックではあれよりは少し強いが、今の時点で私の強さを論じることにあまり意味はないな。変形するとは言ったが今はまだ出来んし、私が出るということはウォフ・マナフとのツープラトンが前提だ。単体での強さに意味はない」
「じゃあ二体がかりなら?」
「ツァラトゥストラ以外の機体になら低くて三割、高くて七割程度は勝率がある」
 大躍進だな。まぁ、二対一でまだ最下位だったら何なんだお前らってところだが。
 俺が安心と感心を述べようとすると、それを制するように悪心が言葉を発する。
「しかし気をつけるがいい。当初の計画通りなら先刻教えた五体と我々の他にまだ私も知らぬ永劫機が六体はいるはずだ」
 それまでの性能云々の話は、全てそのためのお膳立てだったと言うように。
「そして……機械というものは後から創られるものの方がより精巧でより強いものと相場が決まっている」
 悪心は告げる。

「十二体目がどれほどの化け物か、私には想像すら出来んのだ」


 ・・・・・・

 ・ OTHER SIDE

 アメリカ合衆国ネバダ州にラスベガスという街がある。
 この街の名前を知るものは多く、夜の活気で言えば合衆国でも屈指だ。
 曰く、賭博の都。曰く、娯楽の殿堂。曰く、欲望の街。エンターテイメントとギャンブルを中心として成り立つ、合衆国最大の欲望都市。
 街中のホテルのカジノで一夜にして全てを得るものと全てを失うものが無数に生まれ死んでいく。
 この街の中心地付近に、エンジェルドリームというラスベガスの中でも一等巨大なホテルがある。このホテルの中にも勿論カジノはあり、何百万ドルという大金が動くことも珍しくはない巨大店舗だ。
 しかし、今夜のエンジェルドリームは過剰な熱気に包まれていた。もしくは、逆に途方もなく冷めていたのかもしれない。
 異様な空気の中心は一卓のポーカーテーブルだった。その卓にはディーラー以外には黒髪の日本人らしい若者しか座っていない。彼は瞼を閉じて細まった、俗に言う糸目で自分の手札を確認し、
「全部ベッドするってのよ」
 持っていたチップ全てを賭けた。
 カジノのポーカーでは卓ごとに上限金額が決まっているのが普通だが、この卓には上限がない。いわゆる青天井のノーリミットゲームだった。
 なら勝ち続ければいくらでも稼げるように思えるが、そうではない。
 この卓はVIPの接待に用意された卓だ。
 勝たせて気分を良くさせたいVIPがいるときは相手が儲けられるように勝たせ、VIPでない一般人からはただただ奪うことを目的とする仕組まれた卓だ。
 では、この卓に着いた若者はVIPなのか?
 否。若者は政財界との縁故もない旅行者で、VIPでは決してない。
 それならば若者の敗北は目に見えている。その証拠に彼が全額をベッドしても周囲の観客はどよめきもしない。
 それは、若者の敗北がわかっているからだろうか?
 否。正反対だ。若者がこれまでこの卓で勝ち続けているために、もはやどよめきも起きないのだ。
 ディーラーがどれほどの手口《トリック》を駆使して勝とうとしても、常に若者が勝ち続けている。しかも馬鹿にしたように若者の手は常にスペードのロイヤルストレートフラッシュだった。紛れもなくイカサマだ。
 それほどまでに明白ならカジノはなぜ彼を取り締まらないのか。
 それは矛盾するようだが彼にイカサマのしようがないからだ。彼は上半身に何も着ていなかった。これではイカサマのしようがない。ましてや周りを観衆に囲まれていては不可能にも程がある。
「俺は全部ベットって言ったんだっての。早く決めましょーってのよ」
「うぅ…………」
 若者との勝負を務める女性ディーラーは全身から汗が吹き出し、足元すらおぼつかない。美しいはずの顔は蒼白を通り越して白く、歯の根も合っていない。
 なぜ彼女はこうも怯えているのか。これまで負け続けたからだろうか。そうではない。負け続けたディーラーとは既に交代し、彼女はこれが二ゲーム目だ。
 しかし、彼女は怯える。竦む。なぜなら……。
「びびってんじゃねーってのよおねえさん。たかだが――十億ドルでしょーよ」
 賭けている金額が大きすぎた。
 日本円にして千億強。たかだかなどと言っていい領域はとうに超えている。
 全ベッドを繰り返し、アメリカンドリームの百万を易々と超え、それでも若者は賭けることをやめなかった。青天井と言う名目と勝ち続ける若者、そして観衆の手前で不可能なイカサマを咎めることができなかった店も勝てば全てを帳消しに出来ると続け、この金額に至る。
 ラスベガス最大のカジノとされるだけあり、このカジノの銀行ほどに強固な金庫には莫大な紙幣が納まっている。文字通り山ほど、だ。
 しかしその札束の山も次の勝負に負ければ全て若者の手に渡る。
 降参《フォルド》すれば? 今やめても結局カジノは金を失う。それがポーカーのルールだ。
 イカサマを訴えれば? それも遅きに失した。もはや近隣全てにこの勝負の情報は伝わり、今から強引な手に出ればそれはやはりこのカジノが全てを失うきっかけとなる。
 勝つしかない。勝つしかないのだ。
 女性ディーラーは奥の手を使った。
 自分の手をイカサマでロイヤルストレートフラッシュに摩り替えたのだ。その手口は巧妙で、若者も観衆も気づいている様子は全くない。
 このままならお互いがロイヤルストレートフラッシュを出し合うことになる。どちらかの、いやお互いのあからさまなイカサマが発覚するが彼女はそれでも勝負を続けるつもりだった。
 それを延々と続けていけば店側の自分とは違い相手のイカサマのタネはいずれ切れる。そうなれば勝てるのだ、と。
「コール……!」
 彼女は自分の手札をロイヤルストレートフラッシュにすり替え、若者と同額のベッドと勝負を宣言した。
 そうして、|お互いの手が開かれる《ショウ・ダウン》。
 お互いがロイヤルストレートフラッシュであることを覚悟して望んだ女性ディーラー。しかし彼女の意に反して若者の手は、
「あちゃー……俺って肝心なところで運がないんだよなぁ」
 ダイヤのKとハートのKのワンペアとスペードを除く2のスリーカードによるフルハウスだった。
 もうすでにイカサマのタネが尽きたのか。それとも、これまでの勝負は本当に全て運だったのか。若者の手はそれなりに強くはあるがロイヤルストレートフラッシュに敵うはずもない凡手だった。
「……勝った」
 勝負を終えた彼女は、肩からとても重い荷を下ろしたような開放感を覚えた。これほどまでに気分が優れることはこれから先の人生で二度とないとまで感じ入った。
「おねえさんは勝ってないでしょ、ってのよ」
 その感慨に水を差すように若者はそう言った。
「何を言うの。この勝負はどう見ても私の勝ちよ、ボウヤ」
 そう言って彼女は自分の手を指す。
 スペードの10、J、Q、K、2
「……?」
 スペードの10、J、Q、K、2
 スペードの10、J、Q、K、2
 スペードの10、J、Q、K、2
「…………え、え?」
 何度見ても、何度確かめても、彼女の手は変わらない。ただの……フラッシュ。
 |若者の手《フルハウス》に及ばない。敗北の手。
「嘘……嘘……嘘」
 Aと2を間違えたのだろうか。そんなはずはない。彼女は公開する直前でも確かめた。間違いなく2ではなくAだった。それでも……現実は2だった。
 彼女はその結果を受け入れきれぬまま、現実から意識を手放した。
 彼女の耳に最後に届いたのは「じゃあそろそろ換金しようかねっと」と言う若者の声だった。


 三十分後。若者はカジノの支配人の部屋にいた。
 若者はポーカーの間は脱いでいたらしい黒いジャンパーを素肌の上に直接羽織っている。
 勝って上機嫌なのか、若者は口の端を吊り上げた笑みを浮かべ、その手は金色の時計を弄っている。
「やっぱ額がでかいからこういう特別なとこで受け渡しするのかねっと。いやーしかし今日は運がよかったなぁ。すげえ儲かった。この後はなんか美味いものでも食いにいくかねぇ」
「……とぼけるのはやめていただけませんかな」
 支配人は冷静そうな表情を作っていたが、しかしその心のうちの煮えたぎるような怒りを抑えきれないのが見て取れた。
「あなたはイカサマをしていた」
「ヒッハッハ。どうやったらイカサマできるってのさ?」
「異能で、でしょう」
 支配人が異能という言葉を口にすると、部屋に二人の男が入ってくる。いかにも荒事には慣れている風な、そればかりか命のやり取りも経験している様子の……異能力者だった。
「うちのように大きな店では腕の立つ用心棒を雇っているんですよ。蛇の道を探せば彼らのような人間に行き当たることもある。だからわかる。あなたが、貴様がどんな手でイカサマをしたのかな!!」
 ついに抑えきれなくなったのか支配人が怒りを吐き出した。
 それがどんなイカサマであるのかは、ここにいる四人は全員が知っているので誰も口にしない。
 それでもあえて解説するなら、若者はポーカーの勝負中何度もカジノ全体の……時間を止めていた。
 勝負のたびに時間を止めてロイヤルストレートフラッシュの手を作り、最後の勝負ではディーラーの手の中のAを2に摩り替えた。
 しかしその効果も異能力者である用心棒達には及ばなかったらしく、イカサマの手口は知られることとなった。
「知ったのに勝負続けさせたってことはさぁ。後で、っていうか今になってから俺を殺すつもりだったわけ? 何で待ったのさ?」
 自分を殺すつもり、と言う若者の口にはそれでも笑みが浮かんでいる。
「あー、わかった。あの卓でもすげえ大勝ちできるって宣伝するためか。パチンコのサクラにされたわけね、俺。あんたも悪《ワル》だねぇ」
 若者は手に持っていた時計の鎖に人差し指を通し、子供がそうするようにクルクルと回し始めた。
 しかしその手はすぐさま用心棒によって払われ、時計は用心棒達の足元に転がっていった。
「妙な真似はするな」
「手遊びくらい見逃してってのよ。心が狭いねぇ。ヒッヒ」
「フン。俺達には効かんがお前は時間を止めるようだからな。能力を使わせはせんよ」
「いやいや、それはそっちの勘違いだ」
 若者は否定するようにゆっくり首を振って、目を細めていた瞼をゆっくりと開いて、正解を言った。
「時間を止めたのは俺じゃなくて悪魔ちゃんだってのよ」
「くだらんことを」
「本当だってのに。あ、そうだ支配人さんさぁ、俺ってお金の他にも欲しいものあるんよ」
「貴様にやるものなど何も……!」
「いやー、カジノで使いすぎちゃってさー。お腹ペコペコらしいのよ。だからさー」

「こいつらの時間ちょーだい」

 つまらないジョークにしか聞こえない若者の言葉に用心棒の二人は何のアクションも起こさなかった。
 ただ、支配人だけが驚愕した表情で用心棒の二人……だったモノを凝視している。
 一人は、顔の真ん中に杭が突き刺さってぽっかりと穴が空いている。
 一人は、首を千切られていた。
 そして彼らの顔に刺さった杭は、首を千切ったのは、どちらも黒い指だった。
 人の指ではない。人の指はこうも鋭利でも、巨大でもない。
 黒いクロームのボディと金色のパーツで構成された、竜に似た悪魔の像。
 その悪魔は支配人室の天井を狭そうにしながら……時計が転がっていた場所に立っていた。
「な、なん、なんだ……!?」
 支配人の驚愕をさらに増すためでもあるまいが、異常はさらに進展する。用心棒達の死体が、悪魔に命以外の何かも奪われたように用心棒達の死体が塵になって影も形も残さずに消えていった。
「ごちそうさまっと。んじゃお金もらおうかな。あ、でもうん十億もいらねーやな。アタッシュケースとそれに詰まるだけの百ドル札おくれ。憧れてたんだよなー札束満載アタッシュケース」
 今しがた起きた惨劇と、目の前に立つ悪魔、唐突に緩和された条件。
 支配人に選択の余地はなかった。
 五分後、若者の前には彼が望んだ紙幣の詰まったアタッシュケースが置かれていた。
「これで、よろしいかな……」
 ほんの数分で十年も年をとったような顔で支配人は尋ねた。
 若者は満足そうに笑い、子供のようにアタッシュケースを振り回していたが、不意に思い出したように支配人に向き直り、もう一つ条件をつけたした。
「あ、そうだ。ラストオーダーで最後に勝負したおねえさんが全部ほしーんだけど」
「全部とは……」
「だから、全部。体も人権も生死も時間も全部欲しいんだよ」
 『人間を自分に捧げろ』と生贄を求める化け物と同じ内容の言葉を若者は口にした。
「なぜ、そんな、それに、そんなことはできない」
「何でかって……美人じゃんあのおねえさん」
 人を奪う理由はそれで十分とでも言いたげに若者は答え、
「それに安いもんでしょ? 残りの分のお金と」

 ――あんたやこのホテルのその他全員の命に比べればさ

 やはり、支配人に選択の余地はなかった。


「儲かった儲かった。やっぱり本場のカジノはいいねー、俺ってば夢心地だよ」
 所有する車のトランクにアタッシュケースを入れ、助手席に薬を嗅がされて気絶している女性ディーラーを乗せた若者は上機嫌に車のボンネットに腰掛けていた。
「運良く異能者がいてくれたお陰で使った分の時間も丸々稼げたし、美人もお金もゲット。いやー、さすがだね欲望都市ラスベガス。海を渡った甲斐があったよ」
『あなたはどこにいてもそうでしょうに……場所で何かが変わるなら即刻南極にでも行けばいい。凍土の中で死んでください』
 いつの間にか、彼の傍らに一人の少女が立っていた。黒いゴシックドレスを着た美しくもどこか人造的で悪魔的な雰囲気の少女だ。
「ヒッヒッヒ。むくれてるねー悪魔ちゃん。仕《・》事《・》させすぎて怒った?」
『怒りません。奴隷のように伴侶のように仕えると最初に言ったじゃないですか。たとえ……あなたがどんなに下らなく、愚かで、生きるに値しない、死ぬには千金をもって値する人間だとしても。マスターの命じるままに動きます』
「怒ってんじゃーん。ご褒美あげるから許してってのよ」
『ご褒美?』
「明日の朝ごはんは美人のディーラーおねえさんです」
『……好きにすればいいでしょう』
「好きにするさ。だって俺はご覧の通りの犯罪者。ご覧の通りの強欲者。ご覧でわからぬ名は糜爛《びらん》」

「名前の通りの悪人《ヴィラン》でござーいってのよ」

 『悪人』我楽《がらく》糜爛と十二番目の永劫機、『時間堰止』のメフィストフェレス。
 それが『悪党』ラスカル・サード・ニクスと六番目の永劫機、『時感狂化』のウォフ・マナフが相対することとなる最大の敵の名前だった。


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