【Avatar the Abyss 後編 生命 1】


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ラノで読む
 1/

「く……くそっ!」
 少年は逃げていた。夜の公園をただひたすらに走る。
 少年は怯えていた。こんなはずではなかったのだ。憧れていた力をやっと手に入れた、なのに……それを上回る圧倒的な力に叩き伏せられ、そして追われている。
 捕まれば終わりだ。終わってしまう。それを少年は本能で察していた。弱者として生きてきた本能がそう囁いている。唯一、自分が勝者となれた仮想世界の力でさえ、今夜をもって完璧に折れてしまった。
 足がもつれる。少年は倒れる。
「ひ、う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 目の前に立つ人影。それを前に少年は絶望の慟哭をあげる。
 光が点る。どこまでも冷たい輝きが、少年を襲った。




 Avatar the Abyss

 後編 生命



 2/

「また被害者が出たの!?」
 風紀委員会の部屋で、報告を受けた少女……藍空翼(あいそら・たすく)が声をあげる。まるで小学生のようだが、学年章からは高等部の二年生だという事がわかる。
 もみあげの長い、ショートカットの髪を振り回して、ああああもう、と翼は頭を抱えた。
「何なのよもう、これで六人目よぉ~……」
「今回もまた、過度の精神衰弱が見られますね」
「話は……やっぱり駄目?」
「はい。昏睡状態で聴取できる状態じゃありません」
 風紀委員達が、渡された調書に目を通す。
「被害者の共通項……ゴッドアヴァタールオンラインのプレイヤー、かぁ」
「ネットゲームしか手がかりがないからって、うちに回してこなくてもいいんですがね。微妙に専門外です」
 メガネの風紀委員が言う。
 そう、此処は風紀委員会は風紀委員会でも、特別な部署である。
 風紀委員会電脳班。通称、ネット風紀委員。さらに略すとネッ風。
 双葉学園に向けて行われるサイバー攻撃を一手に引き受け、情報を守る電脳防衛隊!
 ……ただし、双葉学園はセキュリティがしっかりしているので、彼女達の仕事は殆ど無かったりするのが現状だった。エロ画像の検閲や、双葉地区内イントラネットの管理運営程度である。ある意味、風紀委員会の窓際族と言ってもいいだろう。
 そんな電脳班に、珍しく事件が回された。
 一般の生徒達が次々と昏睡状態に陥っている、という事件だった。その共通項は、とあるネットゲームのプレイヤーである、ということ。そういう訳で、専門家であるネット風紀委員こと電脳班にこの事件が任されたのである。
「体のいいたらい回しだよねこれ……」
「管理会社に問いただすのも難しいですからね。異能関係の事件は第一級秘匿事項、本土の一般の人たちには話せませんし」
「そもそもゲームプレイヤーってだけでは無理でしょうね」
 風紀委員たちが話し合う。しかし中々に難しい問題だった。その時……
「ここはやっぱり我々の流儀でやるしかないわね!」
 翼が立ち上がる。
「流儀って、まさか……」
「そう、ハッキングよ!」
「違法ですそれ班長ぉ!」
 ビシっと指をさす翼に、風紀委員達が大声で叫んだ。





 3/

 昼休みになって、ようやく那岐原新(なぎはら・あらた)は登校した。
 朝までゲームをして、昼に起床したからだ。睡眠時間をちゃんととっているあたり、人として間違ってない。と、本人は思っている。
『どう見ても間違ってるだろ。学生の間からそんな生活……』
 彼の「想像上の友達(イマジナリィ・フレンド)」であるベルがため息をつく。想像上の友達とは、本人にしか見えない、空想によって作られた友人である。そう書くと妄想狂の産物のように思えるが、心理学等でもれっきとして認められている、幼年時代の心理的防衛機構の一面である。
 だが、高校生になってもそれが消えずに未だに存在し続けるどころか、完璧な人格を得るまでに育ってしまう例は稀だ。新が勇気を振り絞り恥を忍んで医者に聞いたところ、それは異能ではないか、という話だった。なるほど、それならば確かに納得できる。
 だが他人や物質になにも干渉できず、本人からも触れもしない。そんな空想像を保つ異能など、まず間違いなく全国最弱クラスだろう。だから新はやはりというべきか、誰にもこの事を言ってはいない。
(まあ、出席日数は足りてるし)
 新はちゃんと計算している。ゲームによる遅刻や欠席を繰り返しても、出席日数は最低限足りるようにペース配分は欠かしていないのだ。
『そのマメさを勉強に役立てればいいのに……』
(いいんだよ。学校の勉強なんて大人になったら役に立たない、だけどネトゲは人とのコミニュケーションツールだ。そこでの経験は将来生きるのさ)
 心の中でベルにそう返答する新。まさに駄目人間の理論であった。
 そう心の中で会話を繰り広げながら歩いていると、見知った顔と出会う。と言ってもリアルで顔をあわせたことは一度しか無い上に、会話したのもつい先日のことである。
 名前をルキオラ。ただしゲームの中の名前であり、本名が篝乃宮蛍であることは、新は知らない。
「あ、やあ」
 あまり他人と話したくないが、ゲーム内の友人である。無視するわけにもいかないので、ぎこちなく手を上げて会釈する。
「……」
 しかし蛍は、新を一瞥し、そのまま過ぎ去った。
「……」
『……』
 上げた手が妙にむなしかった。
『……無視されたな』
「ああ。まあ、オンとオフは別だしな」
 ネットとリアルでは分けて考える人は多い。彼女もまたそのタイプの人間なのだろう、と新は思うことにした。ほかならぬ自分もそうである。
 それにこの程度の事で凹むような新ではない。ゲーム内で無視されたら結構凹むではあろうが。
 気を取り直して歩いていると、今度は新のほうが声をかけられた。
 見知らぬ少年に。

「お前、面白い仮想神格(アヴァター)を持ってるな」

「え?」
 いきなりの脈略の無い言葉に、新は足を止める。
 その少年は、血走り窪んだ目で、新を見ていた。
「ええと、何? アヴァターって……」
 ゲームの話か。しかしいきなり何だろうか。
 新が困惑していると、少年はさらに続ける。
「何言ってるんだよ、すぐそばにかわいい子連れてるだろ」
『え……うそ!? こいつ、私が見えてるのか!?』
 その言葉に、ベルが驚愕する。それそうだ、在り得ない。なぜなら彼女は、新の想像上の存在……つまり、言い換えるなら新の頭の中にしか存在しないのだ。
「なんだあんた、他の同類に会った事ないのか?」
「同……類?」
 困惑する新とベルに、少年はさもおかしそうに言う。
「こいよ。説明してやる」


 その少年に従って、新は校舎裏へとやってくる。
「自己紹介がまだだったな。俺は東堂克彦」


「あんた……こいつが見えるのか」

「ああ。普通の奴らには見えないだろうな。特にお前のは、なんってーか、薄い」
『薄いってどういうことだよ!』
 叫ぶベルを見て、克彦は笑う。
「……反対に自我だけは濃そうだけどな、面白い。そいつ、俺にくれよ」
『はあ!? 何を言っているんだお前!』
 ベルが大声をあげる。それを新は制止して言う。
「いや、無理だろうそれ。「想像上の友達」を見ることが出来るってのはびっくりしたけどさ、でもこういうのは他人に譲ったりできるものでもなけりゃ、するもんでもないだろ」
 新の言葉に、
「は……? くく、あっはははははは!!」
 克彦は大爆笑した。
『な、何だこいつ……何か、おかしい。すごく……不吉だ』
 その言葉に新も同意する。だが、逃げようにも何故か動けない。
「なに、こっちにもレベル差ァあるって聞いたけどよぉ……そうなわけ? 雑魚か、お前。まあいいや、だったら説明する義理もないか」
 そう笑いながら、克彦はゲーム機を取り出す。小型のポータブル機だ。そこに収まっているソフトは、アバタールオンラインのポータブル用ソフト。
 そして、一枚のカードを取り出す。メモリーカードだ。
「それは……!」
 新も知っている、拾ったあのカードである。
 克彦は薄い笑いを浮かべながら、ゲーム機にメモリーカードをセットする。
『ミセリゴルテ』
 電子音声が響く。
 そして――。
「な……っ!?」
 現れる巨大な映像。空中に投影されたそれは、半透明の立体映像のようでありながら、強固なリアリティを持っていた。
 そして、それは……ベルに似ていた。外見ではない。何といえばいいだろうか。例えるなら存在感。
 自分の世界にしか存在しない……そう思わせる、現実と剥離した視覚像。
 それが現実を侵食し、現出している!
 巨大な処刑剣。斬首剣。それが克彦の手に収まる。
「これが俺のアヴァターだ。さあ……大人しく渡してもらおうか、お前のアヴァターを」
「人の話聞けよ、渡すなんて出来ないって! ていうかなんだよこれ!?」
『新、逃げないとっ!』
 ベルが叫ぶ。新はあわてて走る。
「逃がすかよっ!」
 克彦が剣を振る。新の背後にあった植木の枝が切断された。
「まて、なんで想像上の友達(それ)が物理攻撃できるんだよ!」
『私に言われてもわからない! 私は出来ないのに!?』
「すまん確かにそうだった!」
 想像上の友達はあくまでも想像の上であり、心理学的な解釈を付け加えても、人工的に作られた仮想人格に過ぎない。本人が無意識的に頭にいれたことや、忘れ去った記憶を知っていたことはありえるが、知らない事を知るはずがないのだ。
「それが出来るんだよ。仮想現実(バーチャル)が現実(リアル)を侵食する……最高だろォ? ゲームの世界で神々だった俺は、こうやって現実でも神に、異能者になれる。ああ、あいつらの言ったとおりだ。だが足りない、これだけじゃ足りない。もっともっと俺は強くならなきゃいけない。だから……お前のアヴァターもよこせよォォオ!!」
 そして、剣が輝く。その光を浴びたベルの様子がおかしくなる。
『あ、あ……な、なにこれ……!?』
「どうした、ベル!」
 がちがちと震えるベル。それはまるで恐怖に苛まされて絶望に飲まれているかのように。
「ミセリゴルテの力……精神ステータス異常攻撃だ。くくく、こんなのまでちゃんと再現できるんだからすげぇよなァ。まだ人間には効かねぇけど、それもすぐだ。強くなれば、もっともっとアヴァターを集めれば、俺はレベルアップするんだ。そして……」
『ああああああああああああああああああああああああああ!!』
 ベルが絶叫する。
「おい、ベル、おい!!」
 新は状況に全くついていけない。いきなりゲームのアヴァターを呼び出す、ベルが見える男、それが襲い掛かってくる。そしてベルは完全に混乱、いや狂乱している。
 なにがなんだかまったくわからない。
 わからないまま――

「そこまでっ!!」

 拡声器で増幅された声が響き、電磁ネットが放たれる。
「んなあ……っ!?」
 全身の痺れが克彦を襲う。しかしスタンガンのような、強力な電流ではない。故に克彦は気絶することはなかった。
 だが……
「っ、ミセリゴルテが……ッ!?」
 強固な実体を持っていた映像が解れる。歪む。砂嵐のようなノイズが走り、リアリティを保てなくなる。
「やはり、強力な電磁波を浴びせれば、ゲーム機やそのカードは機能停止を起こす……精密電子機器の弱点ですね」
 草むらから現れる生徒達。その腕には風紀委員の腕章がつけられている。
「我々は双葉学園風紀委員会電脳班、通称「ネット風紀委員」!
 連続生徒襲撃犯に告ぐ、神妙にお縄につきなさいっ!!」
 その中で一番小さい、えらそうな女の子が指をさす。双葉学園風紀委員会電脳班班長、藍空翼である。
「……え?」
 さらに事態についていけない新だった。
「糞、なんで風紀が……! ちっ、ちくしょう、俺のアヴァターの力が……! 弱く、消える……!!」
 もがく克彦。
「班長、警告は通じないようですね。電磁ネットの出力をあげて……」
 メガネの風紀委員が言う。だが、翼はその言葉を最後まで聞かずに動く。
「班長? ……ちょっと!」
 メガネの風紀委員が上ずった声をあげる。
 翼が取り出したのは、妙な形のハンマーだった。巨大なサイズのスタンガン、大きさにして1メートルはある、そのまま巨大になったスタンガンに大きな柄がついてハンマーの形になっていた。そのハンマーヘッドのスタンガン電極部分がバチバチと放電する。
「ちょ、おま、それ!」
「やめて班長ー! 証拠がぁあ!!」
 風紀委員たちが制止する。だが遅い。いや、たとえその制止が早くても、彼女は最初から徹頭徹尾、そのスゥイングを止める気はなかった。

  問

  答

  無

  用

  !!

 全力フルスイングで叩き込む。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 炸裂する。
 電磁ネットよりさらに強力な電流・電磁波を叩き込み、電子機器を完全に破壊する必殺武器、超電磁スタンガンハンマー。
 サイバー犯罪者の目の前で彼らの大事な大事なデータを物理的・電子的に完璧に破壊する事を目的に造られた超風紀デバイスである。
「成敗っ!!」
 ミセリゴルテが爆発する。
 そして普通に強力な電流なので、克彦もまたその直撃をくらい、見事なまでに気絶していた。
 翼が勝ち誇るその足元で克彦のゲーム機が地面に落ち、ブスブスと黒い煙を放つ。完璧に破壊され二度と使えないだろう。
 そしてそのゲーム機から、メモリーカードが落ち、砕けた。



 4/


「なんてこと、犯人を捕まえたって言うのに、また同じパターンで意識不明……」
「いやそれ班長のせいだから!!」
 風紀委員達が一斉に叫ぶ。
 倒れた克彦を捕らえ収容したものの、意識は戻らず、ゲーム機やカードも完全に壊れていた。
「なんで!? ああしなきゃ被害出てたかもしれないのよ!」
「あの時点で意識はともかく戦闘力はほぼカットされてたと思うんですが」
 メガネが突っ込みをいれるが、翼は無視した。

「何なの、これ」
 そんな騒がしい状況を見て、新はつぶやく。
 参考人として風紀委員たちに連れてこられたものの、新を無視して騒いで……いやコントを繰り広げていた。 
「まあ、これが彼らの日常なんだろう」
 扉の近くにいた新の背後から声がかかる。扉を開けて出てきたのは、白衣の青年だった。
「えと、あなたは……先生?」
「僕は教職員じゃないよ。言うなればゲストかな」
「あ、語来先生だ!」
 翼がその姿を見て言う。
「だから僕は先生じゃない」
 同じような応答を、各所で幾度となく繰り返してきた。彼の名は語来灰児、通称ラルヴァ博士と呼ばれる二十五歳の無職である。
「わざわざすみません、お呼び立てして」
「なんだ、君も呼ばれていたのか」
 そしてさらに一人、また部屋にやってくる。
「どうも、稲生先生」
 稲生賢児。双葉学園の異能研究室の教授である。
「今回、先生方をお呼びしたのは……」
「ああ、すでにもらった書類は読んだよ」
 灰児が言う。
「彼もいるという事は……」
「はい。異能の観点と、ラルヴァの観点と、双方の視点からまずは調べようと思いまして、専門家を及び立てした次第です」
 メガネが二人に説明する。
 そうしてる時に、翼が新を見て、言った。
「ああ、あんたまだいたの? 帰っていいよ」
 そのあまりの言い草に、流石の新もカチンときた。
「おい、なんだよその言い草」
「何だもなにも、もういいし」
「連れてきたのお前達だろ!」
「でもろくな情報もなかったし、開放してあげるって言ってんのよ。ていうかね、私、あんたみたいなニートオタって嫌いなの」
「なん……だと?」
「あんたみたいなののせいで、私達風紀委員電脳班も同類に見られてすごい迷惑なのよ!」
 その大声に、風紀委員電脳班の部屋が一瞬、静かになる。
「私だってゲームとか大好き。だけど現実とゲームをごっちゃにするようなのが今回の事件とか起こして、みんなに迷惑かけてるの!」
「俺を一緒にするな! 俺だってリアルとバーチャルの区別はちゃんとつけてる! バーチャル重視で!」
「重視じゃだめでしょ!」
「誰が決めた!」
「私がよ!」
「うわなんだその超ゴーマン! これだから惨事のメスは!」
「傲慢でもいいわよ! そうでもなきゃ、誰かを守れない!」
「……っ」
 新は、翼の目を見て言葉が止まる。
 その瞳には、涙が浮かんでいた。



「なんか修羅場ってるねえ……」
 それを見て、灰児が言う。そんな灰児に、メガネが言った。
「班長は、昔……といっても二年前ですが。ゲームで友達を失ったんです。自分がネトゲに友達を誘って、それでその友達が……ゲームが原因で家庭崩壊したんですよ」
「……それは、なんというか」
 灰児も稲生も、言葉が継げなかった。
「しかも、因果なことに、その時のゲームもアヴァタールオンラインでした。だから班長はやる気を出してるんですよ、たらいまわしでしかないはずのこの案件に、ね。まったく、部下としては面倒この上ない。面倒は厭なので、早く解決しましょう」
「嫌だから適当にやる、んじゃないんだ」
「まさか。嫌な事はとっとと、かつ完膚なきまでに片付けて、楽しいことをのんびりと適当に長くやるのが人生の秘訣ですよ」
「子供に人生訓を語られるとは思わなかったなあ」
 灰児が苦笑する。
「だな。ではとっとと研究をはじめようか」
 稲生もまた苦笑しながら、ファイルを開いた。



「それでは気をとりなおして」
 会議室でメガネが司会進行を行う。
「特別ゲストとして、ラルヴァ専門家の語来灰児氏と、稲生研究室の稲生先生を招かせていただきました」
 拍手が起こる。
「では先生」
「うむ」
 稲生が前に出る。
「噂話や現場の状況など、諸君らがネットで集めた情報をまとめた結果。今回の事件は、「一般人が異能の力を手に入れる」という噂話がその根本にある、という話しだった」
「はい。ですから稲生先生にお越しいただきました」
「だが、一般人が異能の力を簡単に手に入れる、というのは非常に難しく、そして在り得ないケースだ。今回は……」
 スライドに映される、ゲーム機とカード。
「現場より押収されたこれらが、異能発現のアイテムではないか、という話。これもネットの情報と合致する。
 だが、だ。異能を発現する、つまり所有者に能力を与えるアイテムというのは、原則的にやはり強い魂源力を持つ異能者でないと無理だ」
「確かに……そんな強力なアイテムを一般人が使えるのおかしいでしょ」
 賛同の声があがる。
 超科学の産物であるアイテムは、簡単なものなら普通の人間でも使える。だが強力なものであればあるほど、普通の人間に使用することは出来ない。持ち主の魂源力を使用するからだ。
「たとえば、班長の愛用のハンマー程度のレベルなら、普通の人でも持てます。でもこのカードはそれよりも遥かに高度な超科学の産物ということになる」
「だったらおかしいじゃない、ルール違反でしょ!」
「発想の逆転だ、藍空班長。これはね、所持した人間が使用しているんじゃない」
「え? どういうこと……?」
 稲生は灰児に目配せする。そして灰児が一歩前に出る。
「ここからは僕が説明しよう。まず前提が大きく違っているんだ。
 これは、一般人が異能の力を発現する事件ではない」
 灰児は、強い口調で断言した。

「ラルヴァが人に……一般人にとりついているのさ」






 5/

 風紀委員から追い出された新は、特にあてもなくただ歩いていた。
(なんだかなあ)
 先ほどのちっちゃい風紀委員がどうにも気になった。というかむかついた。
 気を取り直して、新は携帯電話を持って、話す。
「どうした、ベル。さっきから全然出てこないし……大丈夫か?」
 しばらくして、新の心に声が響いてくる。
『……私は』
「どうした?」
『思い出したよ。いや、理解した、自覚したと言った方がいいのかな?』
「何を?」
『私が何者か。どこから来て、どこへ行くのか』
「なにを言ってるんだ。お前は、俺の作った想像上の友達で、俺の役立たずの異能で……」
『違う』
 その言葉は、はっきりと、拒絶の意すら示していた。
『お前は特別じゃない。そんな力など持ってはいないんだ。
 はっきり言おう。お前は、「想像上の友達を使う異能」を持っているわけじゃない。私(ラルヴァ)に取り憑かれたただの……一般人だ』





「異能者になったわけじゃ……ない?」
「そう。そのラルヴァの名前は、【アバター】と呼ばれる、カテゴリーエレメント。精神寄生の性質を持つラルヴァだ。一番似ているのは……そうだな、死出蛍が近い、かな。
 それは人の精神にとり憑き、その精神の在り方を再現するといわれている。
 ドッペルゲンガー現象と呼ばれるものの一部は、このアバターが原因だ。本人をこのラルヴァが再現し、作り上げる。その為に宿主の魂源力、生命力を吸い上げる。「ドッペルゲンガーを目撃したら死ぬ」というのは、このアバターに寄生され、生命を枯渇した末路だな。
 だがそれは強力なそのアバターの固体に取り憑かれた場合の話であり、基本的にアバターはそこまでの強力な危険は無い。せいぜいが幻影を見せたり、軽い一時的な人格変化を起こす程度だ。少なくともアバター本体には、明確な意思や悪意は存在しない……というのが僕たちラルヴァ研究家の見解だ」
 その説明を、稲生が引き継ぐ。
「だが、そこにこの超科学アイテムが関わると話が違う。これは半分近くは推測ではあるが、アバターを強化・増幅・進化させるためのアイテムだろう。ネットゲームのキャラクターのデータを反映し、アバターの性質を利用してそのゲームキャラクター、つまりアヴァターへとまさしく「化身」させる」
「アバターは本来は弱いものだ。魂源力の強い人間には寄生できない。自分の存在がかき消されるからね。また、感受性の豊かな子供にしか寄生できない。自分の存在が否定されるからね。そんな弱いラルヴァだが、このカード、このゲームを利用し、何者かがラルヴァを品種改良しようとしている……という事だろう。ゲームのプレイヤーを使って」
「そんな……ひどい」
「一般人を……実験体にだと!」
 ざわざわと風紀委員達のざわめきが会議室に響く。
「先ほど追い出された彼だが、彼に話を聞いた限りでは、東堂克彦は人を襲っていた。アヴァターを奪う、と言いながら。それはこのカードを奪うこともあるのだろうが、寄生したアヴァターを無理やり引き剥がすということも意味する。精神に寄生しているものを破壊したり引き剥がせば精神ショックは計り知れない」
「治るんですか、灰児さん」
「ああ、簡単に言えば荒療治で病巣を無理やり取り除くようなものだから、以降被害者達が衰弱し、死亡するといったことは無い。休んで回復に努めればよくなるだろう」
 その言葉に、会議室の空気は緩和される。だが……
「しかし、問題は未だそのカードを所持しているだろう子供たちだ。現在、被害者は彼を除いて六人。先ほどの彼、那岐原君はカードを所持していなかった。そして克彦君が所持していたカードは、二枚、だ。どういうことか判るだろう?」
「衝撃者は、他にもいる……?」
「そういう事だ。それが一人か、それとも複数かは知らないが、アヴァターを、メモリーカードを奪い合い戦っているのは確かだろうね。そして心配なのは、その襲撃者……いや、カードを持っている子供たちすべてだ」
「普通のアバターは無害に近い。だが、それはあくまでも普通の弱いアバターの話だ、先ほど例に出したドッペルゲンガーのような強力なアバター、そして或いは……長い年月の間人間に寄生したまま、完全な自我を持つまでに成長したアバターは強い。強さのベクトルはそれぞれだろうがね。そしてそういうモノは、もし暴走すればいともたやすく人を取り殺す。そしてそれは、カードによって進化したアヴァターも例外では無いという事だ。心を侵され、人格が豹変し、そして……乗っ取られる」





 そう、新は異能者ではなかった。想像上の友達を固定化させるというものは自分や医者の憶測でしかなかったのだ。
 ベルはラルヴァ【アバター】だった。十四年前に新にとり憑き、そして新の想像力を糧に育っていった、精神寄生型ラルヴァだった。
『あのミセリゴルテの光は精神を揺さぶる。あれ自体はそこまで強力ではなかったから、宿主であるお前にまで効果は及ばなかったね。だけど私にははっきりと攻撃は有効だった。そして私は知ったんだ。私が、お前に取り憑き、ずっと少しずつ、お前を糧にして育っていった、ラルヴァだったって』
 新の眼前に、ベルが姿を現す。半透明の、幻影の姿。それがいつもよりも余計にかすんで見えた。
「……ベル……お前」
『来るな』
 ベルは新を拒絶する。
『私はお前の友達じゃない。兄妹でもない。ただの寄生虫だった。だってそうだ、本当に友達なら、友達を食べたりするか? そんなことはしない。そう、そういうことだ新』
 ベルは笑う。消え入りそうな笑顔で。
『私は……ただの化け物だった』
「……」
 新は何もいえない。
『さよならだよ、新。もうお前とはこれっきりさ。今まで楽しかったよ。私のことはただの幻想(ゆめ)だったと思って忘れてくれ』
 そういい残して、ベルの姿は虚空に溶け込むように消えた。




 新は寮に帰りつく。扉を開け、部屋に入る。
 静かだ。
 部屋は……こんなに広かっただろうか。
 敷きっぱなしの布団を見る。布団はふたつ。片方は新の。もう片方は、ベルの布団だ。

『気分の問題だ。私にも布団を用意しろ。実家ではソファだったからな、うん』

 電源の入ってないパソコンモニターを見る。アバタールオンラインでは、アカウントをひとつ別に作らされた。

『すごいなこれ、私もモデルに作ってくれ! これなら私も他人と話せるしな!』

 台所を見る。茶碗も二人分だ。布団と同じく、使われた事は無い。

『残念だなあ、私は実体が無いので食べられない、気分だけだ……茶碗まで買わせたのに』

 存在しないといえば確かにそうだ。ベルは物質に干渉できない、本当に精神だけの存在だった。ただその自我、人格だけが無駄に育ち、自己主張していた。それをただの妄想だと笑うことは本当に簡単だ。取り付いた霊と言っても正しい。
 だがそれでも……この部屋にはその痕跡が確かにある。確かに残っていた。
「忘れろ……か」
 カードを掴む。
「忘れられる……わけねぇだろうがぁ!」
 新は叫び、寮を飛び出した。




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