【Avatar the Abyss 後編 生命 2】

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 6/

「ひい、や、やめ……て、やめてよぉ!」
 少女が叫ぶ。
 ゆっくりと倒れるのは、巨大な蜘蛛の幻影。
 そしてその周囲には幾つもの小さな光が幾重にも取り巻いている。
 少女の視線の先には、光で出来た巨大な女性の姿。そしてその足元には流れる黒髪を陽炎のように揺らめかせる少女……篝乃宮蛍の姿がある。
「お願い、許して……謝るから、だから……ぁ!」
 蛍は薄く笑い、手を掲げる。
「ひ……いやあああ!!」
 死出蛍の群れが少女の蜘蛛のアヴァターに襲い掛かる。一体一体の破壊力は本物の死出蛍と大差ない。だが無限ともいえる無数の死出蛍が雪崩のように叩き込まれ、蜘蛛のアヴァタールは破壊される。
 蜘蛛のアヴァター……ラルヴァが斃れ、それと同時にその宿主である少女もまた気を失う。その手のゲーム機からカードが落ちる。それを虚ろな瞳をした蛍が拾い、薄く笑う。
『これで五枚目……ね』
 蛍のアヴァター、死姫蛍が満足げに言う。
『随分と私も強力になれたわ。このカードはアヴァターを強化する。そしてもっともっと強くなって、強くなって、そして……死でこの世を満たしましょう』
 優しく蛍に語りかける死姫蛍。
 死出蛍のアヴァター、そしてその進化系である死姫蛍。彼女は死を好む。今まではアヴァターを斃すだけだった。人間を殺せるだけの力はなかった。だが、強くなればなるほど現実への干渉力も増加する。より強い実像を結ぶことで、更なる現実を侵食するのだ。そして、今死姫蛍はそれだけの実像を得た。
『それでは……』
 死姫蛍は見下ろす。蜘蛛のアヴァターを宿していた、名も知らぬ少女を。
『死を――創めましょうか』
 死出蛍の群れが浮かぶ。それはもはや精神を食らう幻像ではなく、実際に人の命を食らう、死の光の群れだ。
 それが一気に襲い掛かる。
 その瞬間――

『やめなさい!』
 声が響く。空気を震わす音ではなく、星幽を奮わせる声だ。
『……何?』
 死姫蛍がその方角を見る。そこにいたのは、ベルだった。
『あなたもアヴァター? ……見た所、宿主がいないようね。なに、食い潰してしまったタチかしら?』
『お前と一緒にしないでほしいな』
 ベルは蛍を見る。
『……取り込まれてるのね。今の君なら私の声が聞こえるだろう、自分を取り戻すんだ、ルキオラ』
「……」
 その言葉にぴくり、と反応する蛍。ルキオラ、その名前はゲームで蛍が使っていた名前だ。
『なぁにあなた? 邪魔をしないで頂戴。……というかあなた、随分と変よね。そこまで強固な自我があるのに、随分と密度は薄いわ。まるで吹けば消えるかげろうのよう』
『触れれば消えるような蛍に言われたくはない。ルキオラ、そんなモノに取り憑かれていてはだめだ!』
『何を言ってるのかしら。私は彼女、彼女は私。私は彼女の望んだ化身、即ちアヴァター。貴方の言ってる事はわからないわ。ねえ?』
『惑わされるな!』
 ベルは叫ぶ。
『確かにそれは、君の望む形、願望から生まれた、投影され反映された仮想神格だ。だけど、それはラルヴァだ。人の心にとり憑き、人に潜み、人を食らうおぞましい怪物だ。ラルヴァに、魔に惑わされるな』
『あなたも同じでしょう?』
『そうだ』
 死姫蛍の挑発に、ベルは答える。
『同じだから判る、私達は決して人と相容れない。どれだけ望んでも私達は人になれないし、望めば望むほど、私達は人を食らう』
『いいじゃない、それ』
『なんだと……』
『私達は人の望む形、生み出された仮想人格といっていい。それはね、今の自分はいやだ、別の自分になりたいという願望の現われ。私達はそれを受け、人の望むままの形になる。そう、アバターには意思も自我も人格もない。私達は、人が望んだその姿! わかるわよね蛍。我が宿主、我が本体、我が主人格たる姫よ! 完全に私の神格が蛍の人格に成り代わるなら、こんなに望んだ結果は無い、こんなに望んだ結末はない! そう、私は死にたかった。いいえ、死に憧れていた。だってそうでしょう、現実に興味は無い、くだらない、つまらない。生きることに興味がないなら死に憧れるのは当然。だけどそれでも私は死ぬ勇気が無かった』
「そう……だから私は、死ぬ勇気もなくて、でも現実も嫌いで、流されるままに生きて、そして……その中間とも言える、仮想現実に、アヴァタールオンラインにのめりこんだ」
『だってゲームの中ならいくらでも殺してもいいし、いくら死んでもやり直せる、ああなんて素敵! ……でもそれじゃ足りない。もう仮想現実の死では物足りない、嘘の死じゃもう満たされない、私は本当の死が欲しい!』
「だから」
 死姫蛍と蛍の声が重なる。
『死を、創めましょう』
 その言葉と共に、死出蛍の群れが一斉に展開した。





 新は走る。ベルがどこにいるかなんて判らない。判らないからがむしゃらに走った。
 繋がっているのなら、判らなくてもたどり着けるはずだ。そう信じてただ走る。
 そして走りぬいた先に、彼女がいたのは偶然か、それとも必然か。
「お前は……」
 確かにベルはいた。だがおかしい。何だこの風景は。
 巨大な人型の光。そしてその足元には、見知った少女。ルキオラとゲーム内で名乗った少女。
「あなたも……持ってたよね、カード」
 その手には、ベルが掴み上げられていた。


「なん……で。なんだよこれは、なんなんだよ」
 新は目の前の光景に混乱する。完璧に予想外、想定外だった。なんだこれは。いつから新の現実はこのようなものになった。
『ふふ、ざまあないな、私は。どうしようかと途方にくれていた所、彼女を見つけて……彼女もまたアヴァターに取り込まれていた。お前の友達を助けたかったのだが……私など、所詮はこの程度だったか』
 新を見て、ベルが力なく笑う。
『早く逃げろ……私の事などかまわず逃げて、風紀委員達を……彼女を』
「なんでだ、ベル。何でこんなときまで、逃げろって……そんなこと言うんだよ!」
『さっきも言ったはずだ、私はお前に取り憑いていただけのラルヴァ。そしてただの夢に過ぎない』
「うるさい!!」
 新は叫ぶ。
 足が震える。そうだ、逃げるのが正しい。自分は異能者ですらなかった、正真正銘ただの一般人だ。逃げるのが正しい。間違ってはいない。
 だが……正しいからとて、それでいいとは限らない。
 恐怖を噛み締め、押し殺す。そして叫ぶ。そうだ、ここで引き返したら……自分はきっと一生後悔する。
「お前の正体が何だろうが知るか! むしろ俺の妄想じゃないぶんすっきりした!」
 想像上の友達が大きくなっても未だいる。それは異能ではないか、と双葉の街医者が言い、自分もそうだと思った。異能であるなら、頭のおかしい妄想狂じゃない、と自分を正当化できるからだ。
 だがもう新はそれをやめた。
「俺はただの普通の一般人だよ、すげぇ異能の力も無ければ、世界のために戦うとかいう覚悟だってない。ただのニート予備軍で、小さな自分の世界を守ろうと引き篭もって殻を被るしか出来ない……」
 現実を馬鹿にして、仮想現実の世界に逃げ込んだ。そしてそれを悔やむつもりもなければ間違ってるというつもりも無い。新にとっての世界は、自分の周りの小さな世界だけだ。
 そしてそれには今、ぽっかりと穴が開いている。開いてしまっている。これは駄目だ。これでは駄目なんだ。
「そうだよ! なのに俺の世界までぶち壊すんじゃねぇ! いいかベル、お前は! 俺の! 友達だ、ずっと前から! あの時から! だから勝手に消えんな、かっこつけてケツまくんな、お前はそんなに物分りのいい奴じゃなかっただろう!!」
『あら……た……』
 新はカードを取り出す。そして突きつける。
「つーかふざけんな。お前だけでも大変なのに、さらにルキオラまでこんなことになってて、もうわけわかんねぇ、もう頭来た。ふざけんなよ現実! だからてめぇは居心地悪いんだ! だから嫌なんだ! 俺から、俺の世界から色々と奪うな!」
 新はベルを見る。後ろ向きな台詞を吐き出しながらも、まっすぐに前を見据える。
「俺はルキオラを、友達を助けたい。だからお前の力がいる、力を貸してくれ、ベル! 俺を助けてくれ!!」
 ポケットに入れていたゲーム機を取り出す。使い方はなんとなく判る。あの時、ミセリゴルテを呼び出していたあの男がお手本だ。
 電源を入れる。ゲームを起動する。カードをセットする。
『ベルゼビュート』
 電子音声が響く。
『――させるかあっ!』
 だがその瞬間、死の光の雪崩が唸る。死出蛍の群れによって、ベルの身体が破壊される。
『ふふ、あははははは! 壊れた、壊れたぁ!!』
 死姫蛍は勝ち誇る。
 だが――新には判っている。ベルの存在を感じる。彼女は消えてはいないと。ただ姿が崩れただけだ。
 砕けたベルの破片が散る。まるで火の粉のように、あるいは花びらのように、光り輝き周囲を舞う。
『な、なによ――これは!?』
 その幻想的な光景に死姫蛍は狼狽する。
『冗談じゃない、なによこの魂源力! あんな、あんな脆弱なハエに、こんな力が……さっきまで、吹けば消えるようなカスのような、なのに!』
 光の嵐の中、新はただその場に立ち、静かに……死姫蛍を、そして蛍を見据える。
 新の心に声が響く。
『新。神にその身を捧げる覚悟はあるか?』
「OKフレンド。ちゃんと後で返せよな!」
 花びらのような薄く輝く光の欠片が舞う。それはまるで風に舞う桜吹雪のようでもあり、そして屍に群がる蝿のようでもあった。それが新の体を包む。
 精神寄生体ラルヴァ【アバター】は、人に取り憑き、寄生する。そしてその心を読み取り、力と姿を紡ぎだす。今まで共に新と在り、育ててきた人格。力。そのイメージ。それが新と結びつく。
『何だ、それは……その姿は何!?」
 髑髏と王冠、そして蝿と花びらを意匠された仮面。
 全身を包む白い装甲。
 大きくたなびく、髑髏の紋様が刻まれた、まるで翼のようなマフラー。
『貴様、一体……! 何の仮想神格(アヴァター)だ!?』
『違う。間違えるな』
 死姫蛍を指差して、それは宣言する。

『仮想神格じゃない。【幻想神格(アヴァタール)】……ヴェルゼヴァイス』





 7/

「なによ、あれ……?」
 藍空翼は看板の陰からその姿を見て驚く。
 まだ犠牲者が出るかもしれないと街中を走り、そして戦いの模様を、遠くからでも見える無数の死出蛍の輝きを見つけて駆けつけた。
 そしたら、やはりそこには死出蛍のアヴァターらしき人型の光がいた。禍々しい、白く冷たい光が。
 だが、そこにもうひとつ。同じ白だ。相対する白。だがなにかが決定的に違っていた。
 そこには熱があった。生命が持つ暖かさと言ってもいいだろうか。長いマフラーをたなびかせる白い仮面の戦士がそこにいた。
「どちらもアヴァター……光ってる方の近くには、やられたとおぼしき女の子……うん、これは先にやっつけるべきは、光ってるほう」
 超電磁スタンガンハンマーを握る手に力を込める。先ほどのミセリゴルテとの戦いでも判る、これはアヴァターに対して有効打を与えられる。
 そう、翼のような一般人でも、戦えるのだ。
(こわがるな私、おびえるな私!)
 自分を奮い立たせる。
 二体の戦いを見る。死姫蛍は光の弾丸を飛ばして距離を取りつつ戦い、そしてヴェルゼヴァイスは近距離戦に持ち込もうとしていた。つまり死姫蛍は近距離攻撃が効くということだろう。
 戦いを俯瞰して注意深く見れば、死姫蛍が何処にどう動くかはわかる。そこに近づき、一撃を食らわせればいい。
 そして翼は走る。
「えりゃあああああああっ!!」
『!?』
『な――』
 突如現れた闖入者に二体の動きは一瞬止まる。好機だ。振りかぶり、放電するハンマーを叩き付ける。しかし……
「はれ?」
 その一撃は、なんなく死姫蛍の手に止められていた。
『なんだ、お前は?』
 言って、手を振る死姫蛍。その一撃で翼は吹き飛ぶ。
「きゃうっ!」
 かるい一撃だったが、それだけで大量に生命力、精神力がこそぎとられる。触れるだけで敵の生命と精神を殺ぎ取る死姫蛍の腕はただそれだけで凶悪な凶器だ。
『邪魔を、するな――!』
 死姫蛍が死出蛍を飛ばす。
「きゃっ――!」
 死の光の玉が眼前に迫る。
「あぶない――!」
 その光景に、新が弾かれるように反応し、その身を躍らせる。
『ぐああっ!』
 激突。炸裂。爆発。幾つもの光がヴェルゼヴァイスの装甲の上で火花を散らす。
『大丈夫か!?』
「え……」
 膝を突きながら、ヴェルゼヴァイスは背にかばった翼に声をかける。
「わ、私はだいじょ……いや、それよりなんで私を」
『さあな。だけどまたその涙は見たくない。女の子の涙なんてリアル、俺には重すぎるからいらねぇ』
「へ?」
 ちょっと意味不明だった。
『そんなことよりお前は逃げろ。アレはもはやカードやゲーム機に頼る仮想現実じゃない、人の魂源力を喰らいながら存在する確かな現実だ。それでは通じない』
 あの時のミセリゴルテとは違う。もはやあれは強力なラルヴァだ。翼が異能者であるならば、その魂源力を持ってダメージを与えることも出来たかも知れない。だがこうなってしまえば、もはや……
(そうか、私はまた、無力で、何も出来ないんだ)
 翼は落胆する。だが、
『お前のおかげで、いいヒントが見つかった』
「え?」
 その予想外の言葉に、翼は顔を上げる。
『礼を言う。あとは隠れていろ。俺たちが――ケリをつける』
「は、はい!」
 翼は頷き、そして走り去る。
『さて、ヒントとは何だ? 新。どうすればあの攻撃をかいくぐれるんだ? 簡単な事だよベル、つまり――』
 翼と話している間に、眼前には再び無数の死出蛍が現出していた。そしてそれが一斉に襲い掛かる。
「……っ!」
 その激しい光と爆発に、翼は眼を閉じる。
『あははははははははははは! 死出蛍の弾幕! この物量攻撃を喰らえばどんな相手だろうと……』
 勝ち誇る。爆煙が晴れ、その中から……

『それで?』

『な……!?』
 依然、無傷ヴェルゼヴァイスが現れる。
『そうだな、並のアヴァターならひとたまりもない。だが私達は年季が違う。お前がプレイヤーを乗っ取りこの現実に現れて何日だ? ゲーム内に造られてどれくらいたった? 私は14年だ』
『な……!』
 そう、14年だ。それだけの時を、ベルと新は共に育ってきた。喜び、泣き、笑い、怒り、生きてきたのだ。友達として、兄妹として、そして――相棒として。
『密度が違う精度が違う硬度が違う速度が違う強度が違う錬度が違う、そして何よりも結び付きが違う。宿主と心通わせることも出来ず、ただ支配するだけしか脳のない寄生虫が、我らに勝てると思うな』
 そう。新の言うとおりに実に簡単な事だ。翼をかばい攻撃を食らったときに気づいただけだ。今の自分達なら耐えられると。ただの一般人である新なら駄目だった。ベルだけでも駄目だった。だが、今ならば耐えられる。いや――違う。
 死姫蛍は、弱い。弱いのだ。いくら強力なアヴァターへと進化したとはいえ、弱い。
 その在り方が、何処までいっても――弱者なのだ。
『あ……ああ、あ…………っ』
 死姫蛍が後ずさる。そしてヴェルゼヴァイスはゆっくりと歩みを進める。
『お前には何も無い。ましてや死を望むと言ったな? 笑止。死とは精一杯に生き足掻いた者の特権だ。貴様のような生命無き拳では、我らには届かない!』
『うあああああああああああああああああああ!!』
 死姫蛍が叫び、死出蛍の群れを放つ。だが恐慌に駆られた攻撃など単調に過ぎ、ヴェルゼヴァイスはもはやその全てを見切っていた。
『さあ、蝕を創める時間だ』
 跳躍。全イメージを脚に集中する。大気中の魂源力を集積、暴食。
 満月を背に、身体を反転。
 アヴァタールオンラインにおけるスキル攻撃。それを現実に、此処に再現する。
『ライフストリーム……』
 急降下。
 全生命力、全魂源力を、自らを弾丸としてただ叩き込む踵落とし。
 そのシンプルな一撃は、単純が故に惑い無く――
『バーンブラスト!!』
 死姫蛍を打ち砕いた。
『ぐ……! なんという感覚……これが――死――――!! ぐげぁああああああああああああああああ!!』
 絶叫を残し、爆光が奔る。
「……っ!!」
 翼が眼を開けたとき、爆煙の中から、蛍を抱きかかえたヴェルゼヴァイスが現れる。
『風紀委員、彼女を病院へ』
「え、あ、はい……」
 気絶した蛍を地面に横たえ、そしてヴェルゼヴァイスは背を向け、立ち去ろうとする。
「あの!」
 呼び止める翼の声に、ヴェルゼバイスは足を止める。
「あなた、一体何者……!?」
 ゆっくりと振り向いて、静かに言う。
『生命を司る豊穣の神と、死と腐敗を司る暴食の魔王は、表裏一体だ』
「え……?」
『現実と仮想現実もまた同じ。私は、その狭間の深淵にて、境界を守護せし者。
 名を、ヴェルゼヴァイス』
 そう言い残し、跳躍して月光の彼方へと消えた。



「班長ー! 大丈夫ですか!」
 風紀委員達が駆け寄ってくる。
「班長、あいつもアヴァターに憑かれた人間ですか」
「なんて強い……強力なラルヴァだ」
「これで終わりじゃない、って事か……」
 彼らも遠くから戦いを見ていた。そして思う。謎の白いアヴァター。あれがもし、事件を起こし、アヴァター狩りを行うようになれば……危険だ。
 それを思い、風紀委員電脳班班長、藍空翼は言う。

「ヴェルゼヴァイス様……素敵な人……」

「えーーーーーーーーーーーーーーー!?」
 風紀委員達の絶叫が夜空に響いた。





 風紀委員室にて、翼は決意も新たに拳を握る。
「というわけで、私もゴッドアヴァタールオンラインに復帰するわっ!」
「なんでっ!?」
「私の完璧な推理では、きっとそのゲーム内にヴェルゼヴァイス様がいるのよ!」
(誰でも思いつくよ……)
(推理じゃねぇっすよそれ……)
(アヴァター使ってんだから当然だろ……)
 風紀委員達は辟易していた。
「私はもう一度会うの! あの素敵な人に!!」
「でもあれ、ラルヴァなんじゃないんですか?」
「ンなわけないじゃない、あれだけ見事にラルヴァを倒す鮮烈かつ華麗な姿! きっとアヴァターの力を手に入れた異能のヒーローなの!!」
(駄目だこりゃ)
 みんながそう思った。





 那岐原新は、学校を休んだ。
 全身の筋肉痛で動けなかったからである。病欠の連絡のために電話をかけるのにも一苦労だった。
「なん、で、こんな……あいたたたたたたた」
『それはまあ、よく漫画であるだろう。人間は無意識に、自分の身体が傷つかないようにリミッターをかけている、と。それを私は無視して全力で戦った。異能者でもない運動不足のお前の身体だからな、そりゃ反動は来るさ』
「当たり前のように言うなよ……」
『だが初陣にしては中々だったな。これからは身体をしっかり鍛えればいい』
「おいちょっとまてよ。初陣って何だ、まさかこんなことまたやる気!? というか何だよあの名乗り、何がその狭間の深淵にて、境界を守護せし者。だ、恥ずかしい!!」
 装甲で顔面も覆われていて助かったと思う。そうでなければ恥ずかしすぎた。
『私は楽しかったよ。いいじゃないか、風紀委員に自分は味方だとアピールしておけばこれからも動きやすい』
「これからって、何だよ……俺はそんなヒーローやれる器じゃないって……」
『そうだな。でも、それでもお前はやるよ。きっと勇気を見せて戦う。私にはわかる。私はお前と共に育ったんだぞ』
「……完っ璧に開き直りやがりましたよこのひと。あの時の殊勝な態度はどこにいったのやら」
『忘却の彼方へ』
「はいはい」
 そう苦笑しながら、新は布団から動く。
『どうしたんだ? 何を』
 全身の苦痛に、歯を食いしばり耐えながら布団から這い出す。
「決まってる。ゲームにログインだ」
 その迷い無い言葉に、ベルがこけた。
『ちょっと、安静にしなさい! そんな身体でゲームなんて!』
「ひじから先と指が動けば……ゲームは出来る! 人間、ゲームしてれば死にはしない!!」
『相変わらず駄目人間だなお前は!』
 わいわいと叫ぶ二人。

 その二人を照らし返すPCモニターには、運営からのお知らせが表示されていた。



◆運営チームよりのお知らせ
 ゴッドアヴァタールオンライン運営チームです。
 最近、運営チームを騙り、悪質な行為を働いている者がいるとの通報が多数寄せられています。
 弊社では決してそのような事は致しておりません。
 そのような行為を見かけましたら、通報お願いいたします。
 それでは、引き続きゴッドアヴァタールオンラインをお楽しみください。

 ゴッドアヴァタールオンライン管理運営 オメガライン・エンターテイメント






 8/

「そんなのでいいの?」
 高層ビルの最上階にある大きな部屋。そこのモニターにもまた、同じ文面が記されていた。
 それを見て男は薄く笑う。そして声をかけてきた少女に向き直る。
「そんなものだよ。表向きだけでも、こうやって無関係を主張し、対処に動いていると見せれば……それでいい」
「かぎつけられたら?」
「会社が潰れてもユーザーの要望により新しい会社に管理運営が移り、ゲームは存続する……よくあるシナリオさ。我らの顔はいくらでもある。究極、すべての顔が潰されたとしても、また新たなる顔が……化身が生まれる」
「人間の心がある限り、不滅?」
「そうだね。僕たちは人の望むものを与えているにすぎないのだから。そう、現に……ヒーローも誕生した。そしておそらく、彼だけではなく、次々と生まれるとは思うよ? 人の心は欲望と邪悪のみではない、愛と正義もまた人の心なのだから」
「悪の組織を気取っている人の台詞ではないわね」
「邪悪には天敵たる正義がいないと、張り合いが無い。究極、善も悪も天秤であり、片方のみでは存在しえぬのだ。故に、邪悪が社会を統べたなら善が生まれ反逆し、善が社会を統治したなら、その正義は膿み、邪悪を産み落とす。それは人の歴史が証明しているよ」
「そうね。なら何故あなたはこんなことをするのかしら」
「究極、見たいからに他ならない」
「へえ?」
 窓から街を見下ろす。
「人の心を映すラルヴァ、アバター。彼らを育てる人の心。仮想現実の世界がそれをさらに育み、そして現実を凌駕する。
 それは我々には把握できぬ広大なシナリオだ。それを見てみたい。何が生まれ、どう育つのか……」
「そして、本当の神様でも生み出すつもり?」
「それもすばらしいね。だが忘れてはいけない。究極、人は皆、神の化身なのだ。ケテルの頭上に輝く無限光より流出したるアツィルトの輝き全てが、その最終顕現形態が、人である。神は世界を、自らをその目で見るために人に化身しマルクトへと降り立った」
「ユダヤの神秘、カバラーの教えだったかしら?」
「その通り。つまりこの世界は究極、神意によって動いているものではないということだ。神とて人の世を知らぬ、故に見るのだ。この世のあり方を。覗き込むのだ、この深淵を」
「そして、深淵を覗き込むものは深淵に見られている。その深淵の怪物は、この場合何を指すの?」
「知れたこと。怪物とは、究極、人である。陳腐に過ぎるたとえだが、だからこそ真実だと私は思うよ」
 男は大きく手を広げる。
「仮想も現実も関係ない。なべて世は、神すら焦がれる遊戯に過ぎぬのだ」
「そして我らは、ゲームマスター……」
 少女も微笑む。



「さあ、あるがままを始めようか」



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最終更新:2010年01月28日 20:21
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