【ある中華料理店店員の選択】 その3


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【ある中華料理店店員の選択】 その3




7.最高の再会、最悪の再会

 一瞬の圧迫感、そして続く浮遊感。
「うおっ」
 背中から何か柔らかいものの上に拍手は落下した。
 体の何処にも被害は無い。
 床が薄く輝き、その光に照らされて周りを見ることが出来た。
 周囲は一面黒い壁。
 凡そ3m四方だろうか、上はもっと余裕がありそうだが夕焼け空は見えずに薄ぼんやり天井のような所が見える。
 ここが、あの壁の中だった。
 体が妙に重く感じられるのは。
「そうだ、あいつは?」
 手元の鈴を見ると輝きは強くなり、振動でスズムシのように鳴いていた。
 しかし周囲を見渡しても誰も見えない。
「何処にいるんだ!?」
 体を起こして四つんばいになる。
 床もあの柔らかなゴムっぽい感触なのか少し不安定な感じがした。
「遅かった……のか?」
 がくりと肩を落し、うな垂れ床を見る。
「……」
「……」
 目が合った。
 光る床に長く黒い髪が広がり、所々汚れた制服、口元にはマフラー、腕には腕章、そして寝ていても自己主張を忘れないおっぱい。
 約15時間ぶりの再会だった。
 今までからすると短い時間での再会、しかし拍手の顔が笑うような、泣きそうな、くしゃくしゃの顔に変わっていく。
 それを呆気に取られたような顔で見上げる黒い瞳。
「よ」
「の」
 二人の声が重なる。
「良かったぶ」
「のかんか痴れ者がっ!」
 四つんばいで覆いかぶさるようにしていた拍手の股間に下から掬い上げるような膝が入った。
「ふ」
 口から僅かな空気を漏らすと、拍手はゆっくりと横向きに倒れていく。
 余りの激痛に指一本動かすことすら出来ず、口の端からは泡が漏れていた。
「いきなり押し潰されたと思えば圧し掛かってきおるとは、恥を知れ!」
 拍手はそれに応えない、いや応えられない。
 余りにも綺麗に入りすぎたのか、白目を剥いていたからだ。
 時折思い返したかのように拍手の体がビクンビクンと痙攣する。
 それをまったく気にすることも無く胡坐をかいた少女がひたすら罵り続けるという全く持って、奇妙な空間が広がっていた。



「えらい目にあった……えーっと神様?」
「うむ、この身は神楽二礼《かぐらにれい》のものではあるがな」
 発光する床に胡坐を掻いている少女が応えた。
 それにまだ鈍痛が残る部位に負担を掛けぬためか、それとも敬を表するためか正座で向き合う拍手。
 二人が座る光る床は神楽二礼の能力である神下ろしの舞台、ある程度の治癒効果が泡吹いて白目で痙攣していた拍手を10分ほどで動けるまでに回復させていた。
「何でまた神様が中に入ってるんだ? あいつは?」
「眠っておる、この空間を維持するのに随分と無茶をしおったからな」
 3m四方の場を見回す神様。
「二礼だけでは場を維持できん、かと言って下りているのも燃費が悪い」
「はぁ」
「本来神下ろしとは巫女の身を寄り代にして行われるもの、これが一番良い選択だ」
 しかし、と区切り。
「何しにここへ来た」
「知り合いが行方不明にあったら探すのが普通だろ?」
「格好着けたつもりか、たわけが」
 サムズアップをまでして見せた拍手に三白眼になった神様が返す。
「いや、その、そんなにばっさり切り捨てられるとかなりキツイんですが……」
「本心からじゃ、余計なことをしおって。あれを見ろ」
 神様が壁の方を指差した。
 大人しく従う拍手だったが、特に何も見当たる物は無い。
 だと言うのに何処と無く違和感を感じた。
 先ほどまでと何かが違う?
「壁が少し近くなったような気がする?」
「うむ、場が狭まっておる」
「やっぱりか……あと、ここってやっぱりアレの中になるんだよなぁ」
 さっき背中から取り込まれた時のことを思い出した。
 その前に見て、触れた感触、そして今も場の向こう側で囲い込むようにある黒い壁。
「『転がり目玉』か、こいつ」
 夏にこの場所で神下ろしを手伝いボロボロになって倒した下級ラルヴァ。
 自らの形を変え、その身を石に変化する黒い目玉。
 変化した時はラルヴァの反応を出さないという性質がせんせーさんの索敵能力から逃れていたのだろう。
 しかしそれでも疑問がいくつか残る。
「夏のときにいたのは残さずに倒しきったんじゃなかったっけ、まだいたのか?」
「何を言っておる、こやつはあの時の畜生じゃ」
「へ?」
「貴様が倒し損ねておったんじゃろ、役立たずめが」
「いや、いやいや、それは無い」
 あの時に放った渾身の発勁は間違いなく手ごたえがあった。
 鉄鍋越しの一撃だったとはいえ、下級ラルヴァが耐えられるような威力では無いはずだ。
「とどめを貴様に託したのが最大の失策じゃ。こやつは何故にその身を変貌させた?」
「何故って、確かあの時は俺の血を吸って口付きになったんだったか」
 止血の為に巻いたバンダナから俺の血を啜り、ただの目玉から進化した。
「まさか、俺の勁が無効化されていた……?」
 あれは自分の出来る技のうちでも最大最高のはず、仕留めたと思っていたのは勘違いだったというのだろうか。
 拍手が両の手のひらを見つめた。
 あの時に空いた空洞は今は跡形も無く塞がっている。
「無効化などされておらん、仕留めきったと思っておったが……触媒となったのが貴様の血だったのが原因かのぅ」
「俺の血が?」
「うむ、血とは生命の源、貴様らのいう魂源力も溶け込んでおる。それを吸って変化しおったのだ、貴様の一撃も同じ力である以上その威力を軽減させたのであろうよ」
「なるほど、でも仕留めそこなったのはそれで納得いってもでかさがおかしい。あいつは50cm程のサイズしかなかった筈だ」
 周りの壁、そして外にいたときに叩いた感触は分厚いコンクリートそのもの。
 どう考えてもサイズが夏の時の比では無い。
「食ったんであろうよ」
 対する神様の応えはシンプルなものだった。
「食った?」
「でかくなるには食うのが一番早い。仕留めそこなったとはいえその身は僅かであった筈、始めは己が身よりも小さき蟲どもを。次いで畜生どもを片端から」
 食らい、肉とし、増える。
 夏のあの日より5ヶ月と少し。
 以前の轍を踏まぬよう、その身が獲物を取り込む罠と成り得るほどに周到に。
 そういえば復讐心というか敵意を持った相手にはとことんまで抗うような性格のラルヴァだったな、と拍手は思い出した。
「そうか、文化祭の時からこっち風紀委員が総出で猫の失踪を探ってたな。その犯人はこいつか」
「童であろうと人一人消えれば騒ぎになるが、畜生が消えてもさほどのものではない。これほどの体躯になるまで幾つの魂を食ろうたのじゃろうな」
「そうして虎視眈々と機会を窺って、昨日ついに行動に打って出たってことか……」
 昨夜、神楽が訪ねて来る寸前、裏口から妙な音が聞こえた。
 あの時は直後に表の扉が開いたので引き返したが、あのまま裏路地に出ていればと思うと拍手の背に冷たい汗が流れる。
「しかしあの時、よくぞ儀を行っていたものよな」
「うん?」
「ちゃはんとかいう炒り米の奉納を受ける為に呼びだしに応じたが、あれが無ければ危うかった。場から出たとはいえすぐに戻るわけでは無い、貴様が持っている鈴の片割れの中でまだ居残っていたのよ」
 そして、店を出た直後に路地裏の方へ進み、暗がりを覗き込んだ際に飲み込まれたということらしい。
「そうそう、これを返しておくぞ。実に良いものであった」
 神様が胸元に手を突っ込み赤い何かを取り出し拍手に放る。
 片手でそれをキャッチした拍手の手の中にあったのは、
「これ、俺が渡したお守り? 元から大分ボロだったけど酷くなってないか?」
 昨夜に神楽と神具の鈴と交換した『安産祈願』のお守り。
 拍手の言うとおり、端のほうが僅かに焦げたようになり、他の部分も糸がほつれて見るも無残になってしまっていた。
「それを作ったものは持ち主のことを相当気に掛けていたのだろう、下手な護符など及びにつかぬほど強き力が篭められておった」
「そっか……」
 幼少の頃から病気がちで体を鍛えに鍛えても未だに人並みの力しか持たない身だが、致命的な怪我や病を持ったことは無かった。
 聞けば難産で下手をすれば死産の可能性まであったと聞く。
 それらの厄災を跳ね除け、ここまで身を守ってくれていたお守り。
「それが無ければこの場を作ることも出来ずに今頃は囲う壁の一部であっただろうよ」
 最後に一仕事、己が使命を全うしてくれたのだ。
 拍手はそっと胸ポケットにそれを仕舞い込んだ。
「さて、改めて問うが何をしにきた?」
 そんな拍手に神様が問う。
「あいつは今寝てるんだよな」
「二礼のことか、うむ。一つの身に二つの心は持てんからな、この身に入っている間は無理やりに眠らせておる」
 それを確認すると拍手は頷き、
「助けに来た」
 本心を言う。
 普段であれば隠すべき相手に聞こえぬ今は、聞こえぬからこそその目を見つめ返すことが出来た。
「ふむ、それは良いがどうするつもりだ?」
 神様が続ける。
「体躯もそうだが生命力もこの間の比ではない、あの時ですら貴様の一撃では止めには至っておらん。今の貴様に何か術《すべ》はあるのか、よもや何も考えておらんとは言うまいな」
 もっともな言い分だった。
 今の状態は完全に籠の中の鳥、逃げ出すには籠を破壊するか入り口を開けるかしないといけない。
 それに応えるかのようにゆっくりと正座の拍手は前に倒れていき、
「……ごめんなさい」
「貴様は本当に何も考えぬ馬鹿だな」
 見事な土下座だった。



 それからしばらく何も出来ず、無言の時間が流れた。
 神楽の中に入っている神様は場の中央に胡坐を掻いて座り込み瞑想を、拍手は壁を観察して回っていた。
「何か無いか、突破口になりそうなものは……」
 体の形を変え、石にもできる不思議生物とはいえラルヴァという生き物である以上何かあるはず、口元に手を当てあれこれと考えながら拍手は歩く。
 こんな時、仲間たちならどうしていただろうか。
 冬季休校に入る前まではほとんど毎日顔を合わせていた級友達を思い出す。
「ま、少なくとも諦めるって選択肢だけは絶対に持ってないわな」
 それだけは間違いない。
 変態揃いと悪名高い2-Cではあったが、あの連中の心が折れるのだけは想像がつかなかった。
 簡単に折れた自分とはわけが違う、そして自分ももう心が折れはしない。
 拍手が制服の上から自分の胸に手を当てた。
「しかし、それとこれとは話が違うわけでマジで何か方法無いもんか」
 口調だけはおちゃらけているが、拍手の内心はかなり焦っていた。
 気付かぬほどにゆっくりとではあるが、確実に場が狭くなってきている。
 神様が瞑想してそれに抗っているのか今は侵食が止まっているようだが、そう長くは持たないだろう。
 目を瞑るその額にうっすらと汗が滲んでいるのが見えた。
「俺に力さえあればなぁ」
 拳を握り、魂源力を奮い立たせようとするが上手くいかない。
 精神統一して時間を掛けて汲み上げるならともかく、拍手には咄嗟に魂源力を使うことはできない。
 足りない分は気で補うが、それでも一般人よりも少しは強い程度。
 手首には風紀委員の班長に掴まれた時の感触がまだある。
 今こそいちかばちかで発勁を打ち込むかべきだろうか?
 力を篭められた手がギリ、と音を立てた。
「力か、貴様は魂源力とやらが足らんのか?」
「神様は応えづらいことを聞くなぁ」
 瞑想の体勢を崩さずに問うてくる神様に拍手が苦笑いを返す。
「魂源力が生まれつきもってはいるけどほとんど無いんだよ。無さ過ぎてちゃんとした異能力にすらならない」
 友人にどうしたら仕えるのかコツを聞いたこともある。
 帰ってきたのは「勘」や「慣れ」、「考えるな感じろ」という答え。
「無さ過ぎて使えないのなら、足せばよかろうに」
「足せばって……無理だ。超科学でも魂源力の供給する機械なんて聞いたことも無い」
 魂源力と名はついて、計ることは出来てもその実態はあまり解明されていないのだ。
 分かっていることは異能力を使うためのエネルギーで、ラルヴァに対する人類の切り札ということくらいだろう。
「ふむ、近《ちこ》うよれ」
「ん?」
「近《ちこ》うよれと言っている」
「はぁ」
 拍手が言われるままに場の中央へと歩み寄る。
 間近に立ったのを確認すると神様も瞑想を止めて立ち上がると、それにつられて床に撒かれた髪が僅かに上質な絹の擦れあうような音を立てて纏まっていく。
 よく見ると服は汚れているが、髪や体には埃一つついていなかった。
「神様が入ってる効果か?」
 思わず拍手の口から疑問がこぼれるが、
「何を馬鹿なことを言っとる、ほれ背中向けんか」
「何だよ神様?」
「つべこべ言わずにさっさとせい」
 訝しがる拍手の腕を掴んで無理やり背中を向かせる。
 当然拍手には神様の姿が見えなくなり、薄明るい床と真っ黒の壁しか見えなくなった。
 微妙に不安を感じ始めた拍手をよそに、背後ではごそごそと神様が背中を撫で回しはじめた。
「ちょ、神様くすぐったいって」
「多少痛いかもしれんが、堪えろ」
「へ?」
 言われて直後、拍手の背中に当てられた神様の手がほんの一瞬だけ眩く光った。
「ぐ、あ……」
 拍手が膝をつき、両腕で自分を抱きしめたまま頭を床に擦り付ける。
 意識の奥、普段魂源力を取り出す際にイメージする井戸が輝いていた。
 普段は真っ暗な中にぽつんと浮かぶ井戸の奥から桶一杯分の魂源力しか取り出すイメージしかできないというのに。
 今は井戸どころかそれ以外の部分も白く塗りつぶされていく。
「あ、あががが」
 魂源力と気を混ぜた時とは比べ物にならないほどの衝撃が襲う。
 内側から膨れ上がる何かに体が破裂しそうな気さえ拍手には感じられた。
「しまった、そういう力もあったか」
 神様が呟く声も痛みで聞き取ることなど出来ない。
「――ッ!?」
 声さえあげることなく拍手は一分程のあいだ、床をのた打ち回った。
 本人の体感時間はおそらく一分ではなくもっととてつもなく長い時間であっただろう。
 やがて暴れる動きが緩慢になり、ようやく荒い息共に拍手は動きを止めた。
「なんだ……神様何したんだ?」
 ゴロリと仰向けに寝転がり息も絶え絶えに黒い天井を見上げる拍手。
「うむ、貴様の発勁とやらを真似てみた」
「ダメー! 人にそんな危ない事しちゃダメー!」
「やかましい。送り込み破壊するのではなく、密度を上げて純粋に送り込むだけだったのだが」
 神様が寝転んだままの拍手の下半身を見やる。
「……ふむ、存外上手くいったな」
「え?」
 つられて拍手も自分の足を見た。
 制服のズボン越しに自分の足が輝きを放っているのが見える。
「何だコリャ」
 対極図を捩った様な幾何学模様の光が足を取り巻き床にも模様が繋がったまま、まるで根を張ったかのように広がっていた。
「上手くはいったが非常に不味い、おい貴様」
「え、これ俺の能力? ひゃっほーい! これで俺も能力者だぁーッ!」
「黙れ馬鹿め」
 嬉しそうに自分の足をペタペタと撫で回す拍手の頭に神様のおみ足が華麗な軌道を描いて直撃する。
「お、おおおおおおお」
 学園御用達のローファーキック、硬い素材が側頭部にぶちあたりでかいタンコブになっていた。
 今度は足ではなく自分の頭を撫で回す拍手。
 しばらく掛かるかと思われたが、すぐにタンコブは小さくなりうっすら血がにじんでいた部分も傷跡すら無くなる。
「おお、凄いぞ俺ってあいたぁっ!」
「凄くなどあるものか、良く聞け」
 今度は勢い良く頭を平手で叩いた神様が拍手に言う。
「貴様の能力はおそらく地より力を吸い上げる類のものだ。普段は呼び水になるべき力が溜まる前に使われていたのだろう、まぁそんなことはどうでも良い。
 問題は、だ」
 床に広がっている文様を指差し、
「今ここにおいては場の力を吸い上げておる、見よ」
 次に壁の方を指差した。
 言われるままにそちらを見れば先ほどよりも若干速い速度で場が縮み、壁が迫ってきている。
 場の広さは2,5m四方にまで狭まっていた。
「状況は最悪じゃ。貴様が決めろ」
「決めろって何を……?」
 うむ、とかなり神妙な顔をした神様が頷く。
「神楽二礼の力は場を作り我の寝床とを繋ぐ道を作るもの。我が帰るのと同時に無理矢理この身をあちらに引きずり込めなくも無い」
「何だそれ、ようするに神様とこいつは逃げれたのかよ?」
「だが、人をあそこに運び入れたことなど無い。どんな変化をもたらすか分からん」
「変化って……死ぬとかか? 逃げ込んで死ぬなんて本末転倒じゃねぇか」
 拍手が叫んだ。
「死ぬかも知れんし死なぬかも知れん。だが、何より寝たままの二礼の魂がどうなるのかが分からん。だからこそこの場に留まっておったのじゃ」
 神様の、神楽二礼の顔が歪む。
「本当に最悪の場合はその手を使うつもりであったが、まだ手段はある。貴様のせいで猶予がもう無いがな」
「手段? どんな手段だ?」
 問う拍手。
「今のまま壁に穴を開けて抜ける自信はあるか?」
 そう返されて拍手が手を握り、開く。
 正直なところ良く分からない。
 今までとは段違いに体の中に力はある。
 あるが、既に厚みは1mを越えているであろう黒い壁を貫けるのだろうか。
 しかもただ貫けば良いと言うわけではない。
 人が通れるほどの広さを空けたところで、その上で進化した『転がり目玉』からは追撃の危険性もある。
 いや、そもそも始めての力を制御できるかどうかもあやしい。
 一撃で『転がり目玉』を倒し脱出するというのがベストだが、そう上手くはいかないだろう。
「わかんねぇ」
 それが拍手の正直な感想だった。
 いけるかもしれないが、いけないかもしれない。
 最悪の場合、ほとんど効かずに無駄に場を狭めて壁に飲み込まれるという可能性もある。
 何せ敵は拍手の血で進化したのだから。
 それに、今日は入島ゲートを越えてから星崎と蛇蝎さんに会った。
 あの二人が何かしらの行動を起こしてくれている可能性だって有る。まぁ、これは希望にすぎないが。
「でも、とりあえず試してみる価値はある!」
 やらずに死ぬよりやって死ねだ。
 行き当たりばったりその場のノリで、それでこそ拍手敬。
 後先考えずに行動したせいでクラスメートの星崎真琴、六谷彩子《ろくたにあやこ》から何度飛ばされ殴られたことか。
 今回は命が掛かっている分慎重になるべきなのだろう。
 しかし縮こまっていてもしょうがない。
「よーっし、いっちょやってみっか」
 壁の手前へと移動する。
 手のひらを見ながら握り、開いた。
「うん」
 力の通りは悪くない。
 意識するだけで手のひらに力が集まるのが分かった。
 これが考えずに感じるということだったのか、拍手は納得した。
 結局のところ持たねば分からぬ類のものだったのだ。
 うじうじと悩んでいてもしょうがなかった。
 もう体の底から汲み上げるイメージはいらない。
 呼吸を落ち着かせ、全身の力を左手の手のひらに集まるように。
「ぬおっ」
 ズッと壁が近寄った。
 力を集めたのに合わせて減った分を足に展開されている紋様が場から吸い上げたせいだ。
 発動するには力を他人からもらわないとダメ、発動したら勝手に動く。
「厄介な能力にあたったなぁ」
 ただ、この力を集める能力というのは拍手にとっては好都合だ。
 己の持つ唯一の武器が非常に使いやすくなる。
 力が集まったせいで輝きを増している左手に、もう一度全身から力が集まるようにして。
「いくぞ!」
 さらに吸い上げたことで近寄る壁にカウンターを合わせるようにして渾身の勁を合わせた。
 白く発光したエネルギー波のようなものが手のひらから膨れ上がり、黒い壁を抉り取っていく。
 抉られた表面が波打ち、千切れ飛んだ黒い肉片が他の壁に触れては沈み込み溶けこんで吸収されていく。
 放たれた光は一気に進み、分厚い壁の向こう、コンクリートに変化させている表面に達するとそこにヒビをいれ、
「くそっ、無理か……!」
 そこで止まった。
 掲げられた左手を中心として円錐のように抉り取った穴は周囲から水と肉が膨れ上がる醜悪な音を立てて盛り上がり元に戻る。
 その部分の修復に力が向いたのか、狭まった場も元と同じように広がった。
「ぬお」
 突如として体に圧し掛かってくる疲労感に立っていられることも出来ず尻餅をついた。
 発勁を打った後に何時も襲い掛かってくるものだ。
 能力で魂源力を増やすことは出来ても、それを操りきる為の体力が拍手には無い。
 ふひー、と口の端から吐息を漏らして肩を落とした。
「何を勝手に馬鹿なことをしとる! この馬鹿が! 畜生脳が!!」
「あいだぁっ!?」
 盛大に頭を張られて拍手が叫び声を上げる。
「見たか、勝手なことしおって場が減っただろうに!」
「えー、でも戻ったから問題無い問題ない」
「あるわ! 馬鹿が!」
 もう一度頭に平手打ちをお見舞いしようとするが、拍手は頭を動かして避けて見せた。
「この阿呆ぅが……まぁいい。それで、さっきので何か思いつくことでもあったのか?」
 避けられた手をプラプラ振りながら神様が問う。
「いや、全然。疲れただけだわ」
 あっさりと無意味だったことを認める拍手にげんなりとした目を向ける神様だったが、急に真剣な顔になった。
「これで打つ手は無しか?」
「ああ、今ので無理ならもうどうしようもないな」
 間違いなく現時点で最大の一撃だった。
 連発をしようにも前にしか打てない上に一撃あてたら次の一撃を当てに前に進まねばならない。
 そんなことしている間に間違いなく上下左右から壁に押しつぶされる。
 ここで完全に拍手には打つ手が無くなった。
 いよいよもっては愚作ではあるがその手段を取らねばならないだろう。
「ふむ、ではそこで手段だ。良く聞け拍手敬」
 初めて神様が拍手を名前で呼んだ。
 能面のように表情を消し、言う。
「貴様の命を捧げろ、それで間違いなく二礼は救えるだろう」
「俺を食うのか?」
 拍手が動揺も無しに応えた。
 古来より神は人身御供を贄として奇跡を起こす。
 ある種予想出来なくも無い提案だった。
「誰が貴様など食うか、貴様を食うぐらいならちゃあはんとやらを食う方が良い」
「じゃ、何で命を」
「我が、貴様に下りる」
 右手の人差し指が、拍手の胸元に突きつけられた。
 まるで心臓を越えて拍手の魂を指差すかのように。
「……何だって?」
「神の力を貸してやろうというのだ。代償は間違いなく命になるだろうがな」
 さぁ、と一つ置き、
「選べ、拍手敬よ。
 人の子よ。
 思い人の為に命を捧げる覚悟はあるか?」
 歌うように、神楽二礼の顔で神様が笑う。



 これが、ただの中華料理店店員だった拍手敬の人生最大の選択となる。



「俺は……」





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