【イナズマヤッコ!】


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イナズマヤッコ!


 あたし、双葉学園中等部二年B組「海野弥子《うみのやこ》」は水泳が好きだ。それはもう、他にやることがなければ常に泳いでいたいくらいに。実際には疲れちゃうから無理だけど。
 そんな好きな水泳ができなくなった。
 正確には「公式戦に出ることができなくなった」だけど。
 一年のときからレギュラー目指して頑張った(半分はただ楽しいからだけど)のに「異能」に目覚めてしまった。
 基本的に異能者はどんなスポーツでも公式戦に出ることはできない。なぜなら「異能による不正」の可能性がどうやっても排除できないから。正直、身体強化じゃなければ異能者でも関係ないじゃない! と思うけど、例外は認められないそうだ。確かに学園内だけならともかく、県大会以上に進出したら異能なんか使ったらあからさまにインチキだけど。
「あーあ……武道系はいいなあ……部活動も普通にできるし……」
 世界の闇に潜む魔物たち「ラルヴァ」と戦う責を負うべく育てられる子供たちの学び舎「双葉学園」において、異能者はその戦いの最前線へと赴く戦士。当然、より有用な異能を持ち、高い戦闘技術を持つことが美徳とされる。武道系の部活などはそういった戦士が己を鍛えるためにもってこいで、部活動中の異能使用も大体において認められている。
 だけどスポーツだけは異能を持っていてはダメなのだ。
「あたしの異能なんてちょっと電気が出るだけなのに……」
 手のひらを見つめて少しだけ力を込める。すると自然に魂源力が働いて、あたしの手はぼんやりと黄色く光り、パチパチと小さな火花が散る。怖いから全力を出したことはないけど、こんなのちょっと強い静電気みたいなものだ。何の役にも立たないし、戦うことなんてできない。多分。
「もー、何で異能なんか発現しちゃうかなあ!」
 と、一言大きく文句言ってからを、あたしは座り込んでいた土手の斜面にバッタリと倒れる。川辺の「猫場」としてちょっと有名なその場所から見上げる空は高く、どこまでも青かった。
「ヤッコ!やっぱりここにいた……」
 不意に頭上から降ってきた声に見上げると、あたしのクラスメイトであり部活仲間、さらにいうと親友の「瀬戸内夕波《せとうちゆうなみ》」愛称「ユウ」の姿があった。その顔はちょっと心配そうにゆがんでいる。それもそのはず、あたしが異能を発現したショックで教室を飛び出したからだ。
 ユウは土手を降りて、大の字に寝転んでいるあたしの隣にゆっくりと腰を下ろす。
「ごめんねユウ、心配させて」
「いいよ。ヤッコの気持ち、わかるもん」
 今まであんなに頑張ってたんだから、と言葉を続け、謝罪するあたしを許してくれるユウ。彼女はいつも優しい。それに美人だし、髪も綺麗な黒だし、肌も白い。
 あたしはというと、髪は塩素ですっかり茶色(というかもうオレンジ)でパサパサ(短いけどくくってないとブワッとなる)、肌はこんがり焼けている。同じように部活をこなしていてここまで差が出るとは、神様はとても不公平だ。
(でも一緒にいると自然体でいられるんだよねえ)
 あたしはそんな事を考えながらユウの横顔を見つめる。
「私がこんなこと言うのは違うかもしれないけど……公式戦に出られなくてもヤッコが速いことはみんな知ってるよ。レギュラーの先輩たちにも負けないくらい速いって」
 あたしを慰めるためか、ユウはそう言った。確かに先週のタイム測定ではコンマ単位まで迫れていたし、頑張っていたって自負もある。
(だけどそう簡単にはわりきれないよねえ。だってずっと水泳のことばかり考えてたんだから)
「ありがとね、ユウ。そろそろ教室帰ろうか」
 だからといっていつまでもユウに心配させておくわけにもいかない。ちゃんと割り切るまでにはまだしばらく時間が必要だと思うけど、それはこれから考えていこう。そんな風に考えながら、あたしはユウにそう声をかけた。

 それから一週間。あたしは通常の授業内容から異能者向けのカリキュラムに変更させられ、変更にともなう一部授業のまとめと、新たに受講する教科の説明などを受けるために放課後まで拘束され、まったく部活に参加することができていない。その結果、水泳から離れて、これからどう異能と付き合っていくかを考えることが多くなっていた。
 ちなみに変更のかかった教科で一番いままでと違うのは「異能戦闘教練」 これは読んで字のごとく異能を使って戦う方法を習うもの。幸い中等部では異能の基礎的な用法や初心者向けの武術を教わるに留まっている。いきなり本格的な戦闘なんてできるはずもないから当然といえば当然だ。体を動かすのが好きなあたしだけど、やっぱり殴ったり蹴ったりは怖い。
(でも双葉学園《ここ》で暮らしていくには異能者は戦わないわけにはいかなんだよねえ)
 だけど戦うといっても何の目的も持たない私には、やはりピンとこないという思いが強かった。
「あ、ここだ」
 色んな事を考えながらノロノロと歩いていたあたしだったが、目的地にたどり着いたのに気づき足を止める。目の前のドアに貼り付けられているプレートには「異能力研究室」その下に「講師・稲生」と書かれていた。何でも長いこと異能について研究している先生の受け持っている講座で、その手の授業には珍しく堅苦しくないと評判だそうだ。あたしは急に異能を発現したということで、担任の先生にここに行ってみる様にと薦められ、授業が終わってから研究棟に足を運んだのだった。
「失礼しまーす」
 あたしはドアを軽く二回ノックしてからノブを回し、そう断りながらそっとドアを開ける。するとその先には小さなすりガラスの小窓のついたパーテーションが立っていて、室内がすぐには見えないようになっていた。そのガラス越しに人の影が動き「どうぞ」と声がかかる。その声に促され、あたしがパーテーションを回り込んで室内に入ると、そこには優しそうなおじさんがいた。
(この人が稲生先生かあ。……三十台半ばくらいかな?ちょっとかっこいいかも)
 思わず相手を値踏みしてしまうあたし。でも思春期の女の子だから仕方ないよね。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。どうぞ、好きな所に座ってください」
 あたしが挨拶すると先生は微笑んで答え、三人掛けのソファを手で指し示す。いかにも来客用といった感じだけど、ソファの前のテーブルは半分くらい何かの書類で埋まっていた。普段、ほとんど紙の束を見ることのないあたしは、その様子にちょっと驚いてしまう。
(こんなにいっぱい紙が重なってるの見たのは久しぶりかも。もう何ヶ月も前に行ったきりの図書館で見たのが最後かな?)
 少しの間そんな事を考えてから、あたしはソファの端っこに座る。すると間もなく稲生先生が両手にグラスを持って歩いてきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 先生がテーブルのあいたスペースに置いたグラスには、冷えた麦茶が注がれていた。
「あ、肉球だ!」
 グラスを手に取ると、麦茶越しに底面のプリントが目に映る。それは動物の肉球だった。よく見るとグラスそのものも猫の足を模していて、底面付近は猫のつま先そっくりのかわいらしい曲線を描いていた。
「先生、猫好きなの?」
「うん、好きだよ。この島は猫が集まる場所もあるし、餌付けしても怒られないから良いよね」
「あたしも猫好きなんだー。なでたらフワフワしてて柔らかいのがいいよね!ニャーっていうし!」
 先生が猫好きだとわかって思わずはしゃいでしまうあたし。先生はそんなあたしに笑顔で答えてくれた。

「ところで異能の事を聞きたいんじゃなかったかな?」
「あ、はい。そうでした……」
 しばらく猫の事で話し込んでしまっていたあたしは、先生にそう言われて異能力研究室を訪ねた本来の目的を思い出す。
「ええと、異能を発現してカリキュラムとかも変わっちゃって正直どうすればいいのかよくわからないんです。それで何から手をつければいいのかなあ……って」
「なるほど。異能者になったばかりの子達がそういう風に悩んでるのはよく見るね。だけど特に何かをしなきゃいけないって事はないんだよ」
 あたしの漠然とした不安を告げると、先生から帰ってきたのはとても意外な言葉だった。
「え?でも異能者はラルヴァと戦ったり何か特殊な仕事したりしなきゃいけないんじゃ……」
「うん、まあそういうことになってるね。でもね、君たちは異能者である前に学生だ。学ぶべき事も沢山あるけれど、やりたい事だって沢山あるだろう。もちろん、異能を行使するならそれについてしっかり把握しておく責任はある。だけど、まずやりたい事をしっかりやって、その中で異能のことを少しずつ考えていけば良いと思う」
 さらに食い下がるあたしの言葉を受けて、先生は丁寧に答えてくれた。あたしは正直、予想してもいない話をされて驚いたというか拍子抜けしていた。てっきり「何々をしなさい」みたいに、これからやることを指示されるものだと思っていたからだ。
「海野くん、君がいま一番やりたいことはなんだい?」
「え?ええと……泳ぎたいです。あ、えっとあたし水泳部なんですけど、異能者になっちゃってバタバタしてたから部活いけてなくて……。でも異能者だとスポーツは……」
 いきなり問いかけられてあわてるあたし。やりたいことって言われると、やっぱり水泳が浮かんでくる。だけど、どうあがいても公式戦に出られないことは変わらない。今まで何度も考えたけど、それじゃあみんなの邪魔になってしまうんじゃないだろうか。
「確かに公式戦には出られないかもしれない。でも、それが好きで楽しい事、やりたい事なんだったら続けていいんだよ。目に見える成果は残らないかもしれないけど、君がやっていたこと、頑張っていたことはきっと誰かが見ていてくれるはずだ」
 戸惑って言葉に詰まるあたしに、先生はやさしく話を続ける。
(ユウが言ってくれたのはそういう事だったんだ)
 あの時のユウの言葉はなぐさめだけじゃなくて、見てくれてる人がいる、異能者かどうかなんて関係なくただ「友達」でいられるって事だったんだと、先生の言葉であたしはようやく理解した。
「先生、ありがとうございました!失礼します!」
 気づくとあたしは勢いよく立ち上がり、先生に頭を下げてから駆け出していた。
(ユウにもう一度、ちゃんとありがとうって言おう)
 それから部の皆とちゃんと話をして、今までと同じように泳ぎたい。
 そんな風に考えながら、あたしは走る脚に一層、力を込めた。

「それにしてもヤッコが異能者になっちゃうとはねえ」
「だよねー」
 部活が終わり、先に上がった先輩たちのいなくなった水泳部の更衣室で着替えながら、誰かがそんな事を話し始める。ここ一週間は、異能者になってしまったヤッコの話題が多い。いわく「早かったのはこっそり異能を使っていたからじゃないか」 いわく「異能で他人の妨害をしていたんじゃないか」
 毎日、うんざりするほどの陰口が繰り返されていた。
(ヤッコがそんな事するはずない。だって誰より水泳が好きな子だもん)
 私は口には出さず、頭の中でそう反論する。これもあの日からずっと繰り返していることだ。本当は言葉で反論したい。私のことを親友だと信じてくれているヤッコの名誉を守りたかった。だけど、私にはその勇気がない。
 女の子のグループでは、少しでもはみ出したものは容赦なく攻撃の対象にされる。今回のことでヤッコはその対象になっていた。ここで彼女を擁護する発言をすれば私も同じことになるだろう。それが怖くて何も言えないでいた。
「でもさあ、ヤッコがいなくなって一番いい目見てるのはユウだよねー」
「え?」
 黙って着替えていた私の背中に投げかけられた言葉に、思わず驚き振り向いてしまった。
「だってそうじゃない?ヤッコはレギュラー確定だったから、あの子が消えたら次に速いユウが選ばれるってことでしょ」
「だよね。ホントは内心よろこんでんじゃない?」
「そ……!」
 そんなことあるわけない。そう言おうとした私の声をさえぎる様に、更衣室のドアが勢いよく開かれた。
「皆おつかれー!」
 ドアの向こうから現れたヤッコは、室内にいる部活仲間に明るく声をかける。
 来ないと思っていた相手が現れたことに驚き、その場にいる全員が押し黙った。
「あ、あたしバイトあるから先、帰るわ。じゃーねみんな」
 が、「水原美香《みずはらみか》」がすぐに口を開き、脱いでいた水着とタオルを乱雑にバッグに詰めると、ヤッコとは目もあわせようとせずそそくさと更衣室を出て行く。彼女は率先してヤッコの陰口を言っていたから、ばつが悪かったのだろう。
 ミカに押しのけられるようにして室内に入ってきたヤッコは、不思議そうな顔をしながらしばらく彼女の去っていった方を見つめていたが、思い直したように振り向くと私に向かってニッコリと笑顔を見せた。
「ユウ、こないだはありがとうね。さっき異能の先生のところで話したんだけど、ユウが言ってくれたことと同じこと言われたよ」
 ヤッコはそう言いながら小走りに駆け寄ってくると私の手をとり「ありがとう」と改めて口にする。
 毎日この部屋で繰り返されるヤッコへの陰口を止める事さえできなかった私を、彼女は笑顔でまっすぐに見つめてくれる。
「ヤッコ……」
 ごめんなさい。あなたは私のことを信じていてくれたのに、私はあなたの名誉を守ろうとすることさえできませんでした。そう言おうとした私の言葉は、漏れ出した嗚咽に押しとどめられて声にならなかった。
「ゆ、ユウどうしたの!?何かあったの?」
 突然なきだした私に驚きながらもヤッコは私のことをいたわるように言葉をかけてくれる。それが嬉しくて、申し訳なくて、私は一層おおきく声を上げて泣いてしまった。
「あ、あたしも帰るわ」
「あたしも」
 そんな言葉が聞こえたあと人が出て行く気配がして、室内には私とヤッコだけが残された。ヤッコは泣きじゃくる私を、髪に残ったプールの水に濡れるのも構わず優しく抱きしめてくれた。


「この子だけ群れからはぐれてるんだよねえ。なんで仲間に入れてもらえないんだろうね。ねーソックス」
 ヤッコは少し寂しそうにそんなことをつぶやきながら小さな猫の頭をなでる。彼女が「ソックス」と名づけたその猫は、ほとんど真っ黒の体に手足の先だけ白い。なるほどまるで白いソックスをはいているようだ。ヤッコの言うとおり、この場にいる他の猫はソックスを遠巻きにするだけで近寄ろうとはしない。
 私たち水泳部員二年は、部活後、この部室棟裏の「猫場」をおとずれては度々猫たちと戯れていた。最初はソックスもその数匹の群れの中にいたが、いつの頃からか一匹だけ敬遠されるようになっている。何が理由かはわからないが、特に威嚇するでもなく、ただ距離をとっているだけのようだ。
 彼の境遇に同情したからか、ヤッコは特にソックスをかわいがるようになっていた。そしてソックスも彼女に懐き、最近ではたまに部室にまで遊びに来る事もある。ヤッコが異能を発現してから部室に顔を出さなかったこの一週間の間も何度か訪問を受け、部員たちは彼を笑顔で歓迎していた。しかしヤッコがいるといないとではソックスの滞在時間は目に見えて差があった。彼女がいるときの方が長くくつろいでいた事は言うまでもない。
「ヤッコ、ごめんね」
 私はやっとの思いでそれだけの言葉をのどから搾り出す。彼女の知らない事とはいえ、私はずっと彼女の信頼を裏切り続けていたのだ。そんな私にとっては、たったこれだけの言葉を発するのにも大きな勇気を必要とした。
 あの後、部室を出てからすでに十分以上の時間がたっている。その間ヤッコは何も問わず、ただ私のそばにいてくれた。
「ううん、謝らなくていいよ。何があったのかはなんとなくわかるし、多分ユウのほうがずっと辛かっただろうから」
 彼女はソックスを抱き上げながらそう言うと。
「この子みたいに群れからはぐれちゃってもあたしにはユウがいてくれるし、ユウにはあたしがいるよ。それに皆ともちゃんと話せばきっと仲直りできる。だって今まで一緒に頑張ってきた仲間だもん」
 と、そう続けた。
「うん」
 私はまた泣きそうになるのをぐっとこらえて答える。
 考えてみればこの一週間まともに皆と話していなかった。もしかしたら私も意固地になっていた所があったのかもしれない。だからヤッコの言うとおりに皆と話してみよう。そうすればきっと何とかなる。
 ヤッコの優しい笑顔を見ながら私はそう思った。

 翌日の放課後、あたしはユウと一緒に部室に向かっていた。もちろん水泳部の皆とちゃんと話すためだ。ユウには「ちゃんと話せば仲直りできる」なんて自信ありげに言ったけど、本当は話を聞いてもらえないんじゃないかという不安もある。それでもやっぱり話さないことには何も始まらない。あたしはそう考えていた。
 間もなく部室棟に到着という所で、あたしは目に映る風景がいつもと違うことに気づいた。部室棟の階段付近に十人程度の人垣ができ、なにやらバタバタと人が動き回っている。よく見るとそれは水泳部の仲間たちと腕に緑の腕章をつけた学生だとわかった。ユウもそれに気づいたらしく「風紀委員?何かあったのかな」と、少し不安げに話しかけてくる。確かに風紀だとすれば何らかの事件・事故があったのだろうと想像がつく。
 少しして、話しながら近づくあたしたちに気づいた部員で同学年の二人、「谷本鈴《たにもとすず》」と「古川友美《こがわともみ》」が駆け寄ってきた。二人の表情は苦虫を噛み潰したように渋い。
「ねえ、これ何? 部室で何かあったの?」
 あたしは無言の二人にそう問いかける。すると。
「ミカが階段から突き落とされた」
 スズの口から出たのは、そんな予想もしない答えだった。
「瀬戸内夕波だな。少し聞きたいことがある。風紀委員詰め所まで同行してくれるかな」
 呆然とするあたしたちに、二人に遅れて歩み寄ってきた風紀委員がそう声をかける。いや、声をかけたのはあたしたちにではなく、ユウだけにだった。
「え? ちょ、なんでユウを」
「今しがた部室棟の階段から突き落とされた水原美香が、彼女に突き落とされたと言っているからだ。」
 突然のことに不満を口にするあたしの言葉をさえぎって、風紀委員はユウの方を見ながらハッキリとそう告げた。

「逢洲先輩! ユウはずっとあたしと一緒にいたんですよ!」
「わかった、わかったから少し落ち着きなさい」
 部室棟の前で風紀委員に連れて行かれるユウを放っておけなかったあたしは、なかば無理やり風紀委員詰め所についてきていた。
 最初は別の風紀委員がユウを詰問しようとしていたが、風紀委員長が現れそれを制止した。彼女とは「猫場」で何度も顔をあわせていたので気を遣ってくれたのだろう。だが、ユウに嫌疑がかけられて興奮していた私は思わず声を荒げてしまった。
「すいません……」
 少し困った顔でなだめる彼女の様子に、申し訳なくなったあたしはうつむいて謝罪の言葉をつぶやく。
「心配しなくて良い。これは形式的なことだから、彼女を捕らえてどうこうということではないよ。部室棟の防犯カメラにも彼女の姿は映っていなかったしね」
 あたしたちを安心させようとしてか、先輩は優しく微笑むとそう言う。
「え?じゃあなんでユウを呼んだんですか?」
「それは他の者からも説明があったと思うが、水原美香が彼女に突き落とされたと証言しているからだ。当事者が言うことをまったく調べないわけにもいかないだろう?」
 あたしの疑問に答えた先輩の言葉は確かにもっともな事だった。考えてみれば、知人だからといっていちいち同情していては風紀委員なんて務まらないだろうとも気づく。
「じゃあ……事故って事ですか?」
「その可能性は高いだろう。現場では特に異能が使われた形跡もなかったし、ラルヴァも感知されていない。……だが、それ以外の可能性が否定される確たる証拠もなかった。だからこの件はまだしばらく調査を続けることになるだろう。また君たちにも何か聞くことがあるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
 これで終わりかと問うあたしに、先輩は遠まわしに「NO」と答える。その説明は理路整然としていて、異論を挟む余地はなかったし、彼女があたしたちに気を遣ってくれている事もよくわかった。
 隣に座るユウに目を向けると、詰め所に来たときの不安げな様子もすっかり消え、落ち着きを取り戻している。あたしと目が合うと、ユウは微笑んで小さく頷く。
「こちらの話はそれだけだ。二人とも面倒をかけたね。気をつけて帰ってくれ。ああ、それから水原美香の怪我は軽いそうだから心配しなくて良い」
 そんなあたしたちの様子を確認したのか、逢洲先輩は微笑んで帰宅を促した。


「何もなくてよかったね」
「うん」
 風紀委員詰め所から出たあたしたちは、顔を見合わせるとホッと胸をなでおろす。
 辺りはすっかり薄暗くなっていたが、あたしたちの住む寮は中等部からは割りと近く、中等部そばの風紀委員詰め所からもそれほど距離は変わらない。あとは気をつけて帰るだけだ。
「じゃあ帰ろうか。ミカとは明日、直接話そうよ」
「そうだね……」
 あたしがそう言うとユウは少し不安そうな顔を見せたが、すぐに頷くとそう答えた。
「よし!寮までダッシュだ!」
「え!?ちょ、ちょっとヤッコ!」
 あたしはニッコリと笑うとユウの手をとり、一気に帰路を駆け出した。

 翌日の昼休み、あたしはユウと一緒にミカのクラスである2-Cに来ていた。もちろん、ミカとちゃんと話をするためだ。
 あたしとユウは彼女を探すべく開きっぱなしのドアから顔を突っ込んで教室内を見回すが、ミカの姿は見当たらない。
「あの、誰かにご用ですか?」
 そんなあたしたちの様子を見て一人の女子が声をかけてくる。綺麗な金髪にこれまた珍しい金色の瞳のかわいい外人さんだ。
「あ、えーと確かメイジーちゃん?」
「はい」
 何度か2-Cに来たとき耳に入っていた記憶を頼りに彼女の名前を言ってみる。どうやら間違っていなかったようで、笑顔で返事が返ってきた。
「メイジーちゃん、ミカどこに行ったか知らない?水原美香」
「あ、水原さんは今日はお休みですよ。昨日、怪我してまだ調子悪いそうです」
「そうだったんだ……」
 あたしがした質問への答えはちょっと意外なものだった。
 昨日、逢洲先輩に聞いた話では怪我は軽いということだったから、学校にこれないほどのものだとは思っていなかった。
 だけど目当ての相手がいないならどうしようもないと、あたしたちはメイジーちゃんにお礼を言うと2-Cを離れた。

 放課後、あたしとユウは昨日と同じように連れ立って部室棟に向かっていた。
 昼休みに2-Cを訪ねた後、あたしはミカに連絡を取ろうとしたが、携帯を鳴らしても出てもらえなかった。だからまた後で直接お見舞いに行くということにして、とりあえず他の皆とも少しでも話をしておこうと考えたのだ。
 しかしあたしたちの目的はまたも阻まれた。あろうことか部室棟前には昨日と同じように人垣が出来、それを構成する人もほぼ同じだった。ただ一人を除いて。
 呆然とその様子を見つめるあたしとユウに気づいたスズが、やはり昨日と同じ、いやさらに厳しい表情をして歩み寄ってくる。その後ろに続くのは逢洲先輩だった。
「スズ……まさかとは思うけど」
「トモが階段から突き落とされた」
 人こそ違うが、予想通りの言葉を聞かされてあたしは絶句する。
「瀬戸内夕波。被害者……いや、古川友美はキミに突き落とされたといっている。昨日の水原美香と同じに」
 黙りこむあたしたちに逢洲先輩がそう告げる。ご丁寧にここまで同じだ。
「ユウ! あんた、あたしたちに仕返ししてるんじゃないの!? そりゃみんなしてヤッコの陰口言ってたけど、だからって階段から突き落とすことないじゃない!」
 突然、スズがユウ向かって大声を上げつかみかかる。その声音は怒りと恐怖に満ち、蒼白な顔の中で目だけが赤く血走り、まぶたには涙が浮かんでいた。
「やめなさい!」
 明らかに異常な様子のスズを逢洲先輩が制止するのと同時に、あたしもユウをかばうように抱き寄せた。怒声を浴びせられたユウはあたしの腕の中でガタガタとふるえている。それもそうだろう、いわれのないことで罪を着せられ罵られたのだから。
 逢洲先輩ともう一人の風紀委員に連れられスズが遠ざかっていく。その姿が見えなくなった頃、ついにユウの体から力が抜け、その場にガックリとくずおれた。


「彼女のことは私に任せてくれないか?」
 倒れたユウを保健室に運び込んだ私に、後から現れた逢洲先輩がそう切り出す。
「監視……ですか?」
「……直裁にいえば、そうだな。ここまで事が大きくなっては立場上、誰かに肩入れするわけにはいかないしね。……だけど、キミたちの仲の良さは多少は知っているし、そう簡単に相手の信頼を裏切ることをするとも思えない。だから彼女を私のそばで保護して、何かが起きても起きなくても、潔白を証明する方がいいと私は考えている」
 あたしの険しい口調を柳に風と受け流し、先輩は自身の見解と事件への対策を述べた。彼女の言葉はキッパリとしたものだったが、厳しさはなかった。
「ごめんなさい。……ユウのこと、よろしくお願いします」
 あたしは先輩に深く頭を下げると、そう答える。彼女はあたしたちの事をちゃんと考えてくれていると、よくわかったからだ。風紀委員長といえば沢山の仕事があるだろうに、ここまで言ってくれることに対する申し訳なさもあった。
 顔を上げると、逢洲先輩は優しく微笑んで小さく頷く。
「あの……先輩は今回のこと、どう思ってるんですか?」
「……そう、だな。昨日と同じで防犯カメラには古川友美一人しか映っていなかったし、やはり異能もラルヴァも感知されていない。そうなると残された可能性はさほど多くはないと思う。本当にただの事故か、異能による洗脳か、あるいは異能もラルヴァも関わっていない何らかの仕込があったか……こんな所だろう」
 突然の質問に少し思案顔を浮かべた先輩だったが、これまでの事を包み隠さず話してくれた。しかし、その内容は「まだ何もわかっていない」も同然だということだった。


 あたしはその後、ユウが目を覚ますまで付き添い、改めて逢洲先輩に彼女のことを頼むと保健室を後にした。
 すっかり陽の落ちた帰り道は昨日よりもずっと暗く感じられた。





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