【イナズマヤッコ! 2】


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イナズマヤッコ! 2



 翌日、あたしは一人で登校し、ぼんやりと一日を過ごした。事情を知る何人かのクラスメイトは心配して声をかけてくれたが、あたしは完全に上の空で、まともに受け答えもできなかった。
(ユウ、大丈夫かな)
 ずっと考えていたのはユウのこと、そして事件のことだった。
 昨日、逢洲先輩が言っていた「残された可能性」 事故・異能による洗脳・何かの仕込み。それらを順番に考える。
 まず事故。防犯カメラにも魂源力感知センサーにも何も痕跡が残っていないというのだから、普通に考えればこれが一番可能性が高い。でも怪我をした二人が、そろって「ユウに突き落とされた」と言っているという事実がこれを否定している。
 異能による洗脳。誰かが水泳部の、それもあたしと同学年の仲間だけを狙ってそんな事をするだろうか? 愉快犯の恣意的な犯行なら、対象はもっと無差別になるはずだ。そうでないとすると、対象となった二人を狙う理由があったということになる。
 最後に、何かの仕込み。これならセンサーに何も反応は出ないだろう。だけど今度は防犯カメラに映らず準備をする必要がある。この学園は異能者を大量に抱えている性質上、防犯カメラはそれこそ無数にある。だから一切映像を残すまいとすれば、カメラの位置を正確に把握している必要がある。ほぼ毎日、部室棟へ通っていたあたしにもカメラがどこに設置されているかはさっぱりわからないほどなのだから、よほど入念に調べる必要があるだろうが、その間の行動さえもカメラに映らないというのはあまりにも非現実的だ。異能で姿を消せるならそれも可能だろうが、それでは魂源力感知センサーに引っかかってしまう。
 ここまでくると、あたしはどうしても考えたくない名前が頭に浮かんでしまう。
(誰かが事件に関わっているとして、動機を考えればすぐに思いつくのは「怨恨」……。ミカとトモの証言が本当だとすると、もう可能性があるのはほぼ一人)
 ユウだ。
 だけど、ユウはいわゆる「一般人」で異能は持っていない。あたしが部室に顔を出せなかった間はともかく、二度の事件が起きた時はずっとあたしと一緒にいた。だから、ユウが関わっているということも無いはずだ。
(完全に堂々巡りだあ……)
 ただ一つの救いはあたしがユウと一緒にいたということ。これがある限り、ユウが必要以上に疑われることはないはずだ。

 我に返ると、教室内にはすでに誰もいなくなっていた。時計を見ると三時二十分。既に部活が始まっている時間だ。
「いけない、考え込みすぎた。……とにかく部室行かなきゃ」
 そう一人ごちて椅子から立った時、教室のドアが勢いよく開けられ、扉の向こうから逢洲先輩が現れた。その表情は私の知らない厳しいものだった。
「先輩……何か」
「三人目の被害者が出た。谷本鈴、またキミの友達だ。彼女もやはり『瀬戸内夕波に突き落とされた』と言っている」
 あたしの問いをさえぎって発せられた彼女の言葉は、想像してはいても絶対に聞きたくない一言で、さらに続けられた言葉は、もうどうにもならないと言われているように感じた。
「……ユウは、ユウはどうなるんですか?」
 あたしはしばらく呆然としていたが、大事なことを思い出し、先輩に問う。
「現状ではまだ何もない。……ただ、異能の有無を詳細に検査するために入院することになる。おそらく、丸一日はかかるだろう。事件当時、彼女は私と一緒にいた。だから、もし彼女が今回の件に関わっているなら、異能以外にはないだろうという判断だ」
 彼女の説明はやはり理路整然としたもので、いやでも状況を理解できた。先輩の立場を考えれば、この処置は至極当然だ。少しでも可能性があるならそれを見過ごすわけにはいかないだろう。
「……わかりました」
 あたしはうつむいたままそう答え、先輩は「力になれなくてすまない」と申し訳なさそうに言うと教室を出て行った。
 このままでは例えユウに異能が発現していなくても、後に必ずしこりが残る。怪我をした子たちは「ユウに突き落とされた」とはっきり言っているのだから。
(そうさせないためには、事件の「真相」をあたしが探し出すしかない)
 そのためには異能のこともラルヴァのこともしっかり調べなければ。そしてもう一つ気になっていることがある。
(昨日見た、スズのあの目)
 あれはどう考えても尋常ではなかった。下手をすればユウを傷つけかねないほどの激情を、あたしは感じていた。いくら仲間が怪我をしているからといってあそこまで激高するものだろうか。
(きっと、あれにも何か理由がある。普通じゃないなにかが)
 そこまで考え、あたしはまず異能のことからあたるべく、教室を飛び出した。

「なるほど、洗脳の可能性か」
 教室をあとにしたあたしは、稲生先生の部屋に駆け込んでいた。この間会ったばかりだけど、異能というとこの人しか思いつかなかったし、少し話しただけでも生徒のことを考えてくれていそうに感じたからだ。
「結論から言えば、長期間洗脳し続けるのはかなり難しいだろう。顔をあわせるたびにやり直すなら可能だろうが、そうなると感知センサーに引っかかっているだろうし、一瞬で洗脳するのは相当強力な異能者でなければ現実的ではないと思う」
 先生は少し考えてから、あたしの質問に丁寧に答えてくれた。
「それじゃあユウは……」
「うん。たとえ彼女が異能者だったとしても、事件に関わっているとは考えにくいだろうね」
 さらに問いかけるあたしの言葉にも先生ははっきりと答える。そしてそれは、あたしが一番聞きたい事だった。
「ありがとう先生!」
「おっとっと。ははは」
 自分の考えを肯定してくれる人が現れたことであたしは嬉しくなってしまい、気づくと先生の両手を握ってブンブンと上下に振り回していた。
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いやいや、気にしなくて良いよ。……喜んでいる所に水をさすようだけど、十分に気をつけなさい。第三者がいるとして、それが異能者でもラルヴァでも、人に怪我をさせるような相手だ。もし相対することがあったら、君も異能を使うのをためらってはいけない。その事だけはしっかりと肝に銘じておくこと」
 あわてて手を離したあたしに、先生は笑顔を消してそう告げる。その言葉には「戦う覚悟をしなさい」という意味が込められていた。あたしは先生の目を見返しながら、力強く頷く。
「よし。ならば私は君にいくつかヒントをプレゼントしよう」

 あれからすぐに、あたしは異能力研究室を出て、図書館に移動していた。先生にもらったヒントと、ラルヴァについて調べるためだ。
(人を操る……ううん、多分それだけじゃない。幻覚を見せるラルヴァ)
 これまでに、逢洲先輩の言った「残された可能性」はすべて潰してきた。となればもう別の可能性を探るしかない。
 異能による誘導がほぼ無理となると、あとは「センサーに感知されないレベルの微弱な力しか持たないラルヴァ」これだけだ。
(これだけの条件がそろえば、きっとすぐに今回の事件と合致するラルヴァが見つかるはず)

 しかし事はそう簡単ではなかった。
 確かに図書館に収められたラルヴァのデータは様々な条件付けから検索できるが、「センサーに感知されない」なんて情報はまったく記されていなかったのだ。あたしはやむなく限られた語句で調べ続けたが、それこそ数限りなくいるラルヴァから目当ての個体を探し出すことはできず、あっさりと図書館の閉館時間を迎えてしまった。

 翌日、あたしは授業をサボり、朝から図書館にこもった。
(ユウの検査が今日おわるなら、早ければ明日には学校に出てくることになる。もしそれまでに「真犯人」が見つからなかったら、きっと怪我をした皆は納得しない。そうなればユウは疑いの目で見続けられるかもしれない……。そんなの絶対にイヤだ!)
 そうさせないためは、少なくともすべての授業が終わるまでに「真犯人」にたどり着かなければならない。

「だめだぁ……」
 一人つぶやくあたしの耳に、五限目開始のチャイムが響く。
 結局、今に至るまで「真犯人」にはたどりつけていない。
(もっと絞り込むためにはキーワードを増やすしかないけど)
 これまで試しておらず、かつ被害者に共通する文言。そう考えると、もうなにも思い浮かばなくなってしまう。
(水泳部でみんなに共通することなんて「泳ぐ」くらいなものだし、あとはもう皆「猫」が好きだって事くらい)
 猫って。そんなので引っかかるラルヴァなどいるか。そう思いつつも、あたしはキーボードに手を置き、検索ワード入力欄にこれまで使った語句とともに「猫」と打ち込み、エンターキーを押す。
「……やっぱ、でな……出たー!?」
 表示された検索結果はほんの数件まで絞り込まれていて、あたしはその内の一つを無造作に開きぼんやりと眺めた。するとそのページに記された内容は驚くほど今回の事件に合致していて、あたしは思わず大声を出してしまった。
 その声に、窓際の席で本を読んでいた少しくすんだ金髪の外人さんが驚いてこちらを向く。あたしは「すみません」と小声で謝りつつ頭を下げ、モニターに向き直った。
(やっぱり条件にぴったりだ。)
 テキストを大急ぎで読み直すと、検索に使った語句が含まれた一節々々はやはり事件の詳細にあてはまる。
(これでユウを助けられる!)
 後は稲生先生にもらったヒントについて調べて、五限目が終わったら逢洲先輩に連絡して、皆に説明する機会を作ってもらえるように頼まなければ。
 そう考えをまとめると、あたしは再びPCに向かった。

「それで『真犯人』が見つかったというのは本当なのか?」
 逢洲先輩がいぶかしげにあたしに問いかける。
 あたしは終業にあわせて彼女に連絡を取り、「真犯人」が見つかったからユウと被害者三人を水泳部の更衣室に集めてくれと頼んだ。「真犯人」という言葉が効いたのだろうか、先輩は二つ返事であたしの頼みを聞き入れ、今現在、更衣室にはあたし・逢洲先輩・ユウ・ミカ・トモ・スズの六人がいた。
 被害にあった三人の怪我はすっかり治っていた(おそらく治癒能力者の治療を受けたのだろう)が、その表情はやはり険しく、みんな同じようにユウをにらみつけている。ユウはその視線を受けてすっかりおびえてしまっていた。
「本当です。今から『真犯人』を引っ張り出します!」
「「「「「え?」」」」」
 逢洲先輩に答えたあたしの発言に、五人がそろって驚きの声を上げる。
「ちょっと待て、引っ張り出すというのは一体……」
「ユウ、ちょっとビリッとするけどガマンしてね」
「え?え?」
 先輩が疑問の声を上げるが、あたしはそれに答えず、ユウの両手を握ると「力」を込める。次の瞬間あたしの手から発生した微弱な電気と魂源力のスパークががユウの体を包み、電気に打たれたユウは「ぅんっ」と苦しげな声を上げた。
 魂源力の光が消えると、今度はユウの首筋から別な光が這い出す。それはユウから離れると、青く瞬きながらユラユラと宙を漂った。あたしはそこですかさずポケットからビニール袋を取り出し、その青い光をつかまえる。そして袋を高々と掲げると。
「これが今回の事件の真犯人です!」
 キッパリとそう言い放った。
「これ……ラルヴァ?」
 袋の中の光を見つめてユウが不思議そうにつぶやく。驚きもあったのだろうが、その表情からはすっかり恐怖の色が消えていた。
「うん、そうだよ。ささ、みんなも手をつないで! いくよ!」
 あたしはユウに答えてからミカ・トモ・スズの三人に手をつなぐように促すとミカの右手を握り、さっきと同じように電気を流す。すると三人の首筋からも青く光るラルヴァが現れた。あたしはそれを、やはりさっきと同じようにビニール袋に押し込める。
「つまり……そのラルヴァが彼女たちに何らかの影響を与えていたということか?」
「そういうことです! 詳しくはこれを見てください」
 あたしは逢洲先輩のつぶやきに答え、学生証にコピーしておいたラルヴァのデータを表示してみせる。

――――
<宿木蛍《ヤドリギホタル》>
 カテゴリー:エレメント
 ランク:下級C-1

 人間に寄生し、その生命力を糧に成長する。攻撃力はまったくないが、まれに宿主の精神に影響を及ぼすことがあり、感情の激化・暴力衝動の肥大化などをもたらす。また、成長しきった個体は宿主に幻覚を見せる場合があり、十分な注意が必要。
 駆除の方法は、宿主となった者を感電させること。ごく弱い電流でよい。
 エレメントでありながら生物以外は透過できないため、ビニール袋などで簡単に捕獲できる。
――――

「なるほど……これだけ微弱なラルヴァならセンサーにかからないのも道理だ。こいつが彼女たちに寄生して様々な精神的変調を誘発していた……。突き落とされたと感じたのは幻覚だったというわけだ。
 ……私たち風紀委員は目に見えるものばかり相手にしてきたせいで、小さな可能性に気づかなかった、ということか。」
 テキストを読み終えて、逢洲先輩は脱力したようにつぶやいた。他の四人は呆然とモニターを見詰め続けている。ミカ・トモ・スズの三人の顔からも、すっかり険しい表情が消えうせていた。
(これで一件落着)
「あれ? ……ヤッコ、これまだ先があるよ」
 先程よりも随分、落ち着いた表情を見せながらユウがそう指摘し、学生証のタッチパネルに触れる。画面がスクロールされた先には新たな解説テキストが現れた。

――――
 なお、人体に寄生していない状態で複数の成長しきった個体が集まると、「群体」となって周囲の者にかなり強力な幻覚を見せる場合がある。これにも十分な注意が必要。
――――

「え?」
 その一文の内容を理解した時にはもう遅かった。
 あたしが右手に持つ袋の中身はすっかり一塊になり、大きくうごめくと一気に何十倍にも膨らむ。それはさらに青く光る人間のような形になると、あたしに向かって腕を振るってきた。
「わあっ!」
「きゃあ!」
 青い塊は確かな感触を持ってあたしと、その隣にいたユウを吹き飛ばす。
(痛い! これが皆が見ていた幻覚!?)
 とっさに頭をかばった両腕は強い衝撃にしびれてしまっていて、とても幻覚とは思えなかった。
「全員部屋を出なさい! こいつの相手は私がする!」
 逢洲先輩がそう指示を飛ばし、ミカ・トモ・スズの三人は急いで部屋を出る。しかし、あたしとユウは入り口とは反対に飛ばされて、ラルヴァに行く手を阻まれる形になってしまっていた。
 先輩があたしたちを助けるべく剣を振るうが、元より幻覚相手では何の効果もなかった。
「くっ……! 本体の位置さえわかれば……。まずい! 二人とも窓から離れろ!」
 先輩がそう叫んだ時、同時にラルヴァの腕が振るわれ、あたしとユウは窓に向かって吹き飛ばされた。
 ガラスを突き破る乾いた音が響き、あたしたちは重なったまま空中に投げ出される。水泳部の更衣室は地上三階。かすかな浮遊感のあと、あたしは抗えない重力に引きずり落とされた。
 あたしとユウを呼ぶみんなの声がなんだか遠くに聞こえる。
(変な感覚。妙に時間がゆっくりに感じられる)
 あたしたちはまだ落下の途上にあって、目に映る部室の窓が遠ざかってゆく。しばらくすると音はまったく聞こえなくなり、ただ意識だけが残った。全力で走っているときに少し似た感覚。
(このままじゃ、二人とも地面に叩きつけられて死んでしまう)
 あたしは夢中でユウを抱き寄せ、背中に全力で「力」を込める。あの時稲生先生もらったヒント。
(イオンクラフト)
 難しくてよく解らなかったけど、電気の力で浮かぶ。
『異能をうまく使うには何より「信じる」ことだ。必ずできると』
 稲生先生の言葉を思い出す。
(お願い! あたしたちを守って!)
 異能を発現したばかりのあたしに、いきなり「異能者」としての自分を信じることなんてできない。
 だから、先生を信じる。
 「君ならきっと異能をうまく使える」そう言ってヒントをくれた、稲生先生の言葉を信じる。
「わああああああ!!」
 叫びとともに背中に込めた「力」が一気に噴出し、電気の流れが新円を描く感覚が伝わってくる。現実に戻ったあたしの肌を空気が打ち、音を取り戻した耳に、風の音と電気がはじける音が飛び込んできた。
「浮かべええええ!!」
 次の瞬間、何かに引っ張られるような感覚に包まれ、落下がゆっくりとしたものに変わる。
「や、やっ……た?」
 あたしは一人ごち、首をめぐらせて地面に目を向ける。するとゆっくりと近づいてくる地面が見えた。もう着地まであとわずかというところだった。
「よかっ……たわぁ!? だぁっ!!」
 そこで気を抜いてしまったあたしは異能を維持することができなくなり、あっという間に地面に叩きつけられる。
「う、うー……」
 ユウを胸に抱いていたため、二人分の体重を背中に受けたあたしは、しばらく息をすることもできず呻くことになった。
「ヤッコ! ユウ! 大丈夫!?」
 ややあって駆けつけたミカたち三人の呼びかけであたしは我に返る。
「あー、あたしは大丈夫。ユウのことお願い」
 落下のショックで気を失っているユウを三人に預け、あたしは頭上を見上げた。すると割れた窓の向こうでは何かをぶつけるような音が何度も響くのが聞こえる。
(先輩が戦ってる。でも、さっきのままじゃ危ないかも。助けに行かなきゃ)
 あたしは先輩の斬激が素通りする様を思い出し、再び異能を使うべく両足に「力」を込めた。そして思い切り跳びあがる。
(稲生先生にもらった、もう一つのヒント)
 生態電気に異能の電気を上乗せして、一瞬だけ身体能力を高める。
 跳び上がった勢いであたしは二階の窓の柵に手を引っ掛け、今度は両手に「力」を込めてバタフライのように一息に体を引き上げる。さらに柵を超えた両足に再び「力」をこめ、柵を踏み台に勢いよく三階の窓まで跳び上がった。
「先輩!」
 窓枠を超えて室内に飛び込んだあたしに驚くことなく、逢洲先輩はドアまで後退する。(彼女の異能は「確定予測」 一瞬先を見ることのできるその力で、あたしの行動を知っていたのだろう)
 そしてあたしは飛び込んだ勢いのままにラルヴァに突貫した。
「吹き飛べええ!!」
 全身に「力」をこめ、一気に電気を放出する。青かったラルヴァの全身が電光で黄色く輝き、幻覚で形作られた五体が四散していく。それはすなわち「群体」のつながりが解けたということだった。
「よくやった、海野」
 先輩は微笑むと空中に漂う四つの「宿木蛍」を一瞬で粉微塵に切り裂く。そして青い光は、はかなく空気に溶けて消えた。

「ヤッコ、大丈夫?」
 ラルヴァが消えてしばらく後、目覚めたユウを連れてミカたち三人も更衣室に戻ってきていた。
「あはは、大丈夫だけど何か動けない……。体中痛いし……」
 ミカの問いかけに、あたしは床に大の字に倒れたまま引きつった笑顔で答える。
「魂源力の使いすぎだな。それに強化系でもないのに無理に身体能力を高めた反動だろう。明日はもっと体中痛くなるだろうな」
 先輩は少し笑うとそう言う。ちょっと意地悪な感じだ。なんか意外。
「とにかく、みんな元に戻ってよかったー……」
 完全に気が抜けたあたしは、そのままあっさり意識を失った。

 その後、あたしは保健室で目を覚まし、ようやく皆とちゃんと話すことができた。今までそれぞれが抱えていた「嫉妬」や「羨望」そういったものについてだ。
 今回のことはラルヴァに寄生されて起こったことだったとはいえ、やはり皆の心にある感情が大きな原因であったのは間違いない。だけどあたしたちは人間だし、まだまだ子供だ。どうしたって誰かを羨んだり妬んだりしてしまう。だから皆で少しずつ、助け合おう。そんな事を確認しあった。
 ホントの所はそんなに簡単にはいかないと思う。けど、うまく行くといいなあ。

 翌昼、あたしは部室棟裏の「猫場」に来ていた。逢洲先輩の計らいで公欠扱いになっていはいたが、やり残していた「宿木蛍」退治を終わらせなければならなかったからだ。
「ソックスー、おいでー」
 あたしが呼ぶと真っ黒なのに手足の先だけ白い猫が「にゃあ」と一鳴きしてから音もなく歩いてくる。あたしがその外見から「ソックス」と名づけた猫だ。いつの頃からか群れから一匹だけ仲間はずれにされていて、少しかわいそうに思ったあたしは、この子を特にかわいがるようになっていた。
(でもホントは違ってた)
 嫌われて仲間はずれにされていたわけじゃない。
「ちょっとパチパチするよー」
 あたしはソックスに話しかけながら、ほんの少しだけ右手に「力」をこめ、彼の背中をそっとさする。毛と手のひらが触れたところからパチパチと音がして、その後から小さな青い光が浮かんできた。
 青い、小さな光のようなラルヴァ「宿木蛍」だ。昨日見たものと違ってまだ小さい。
 あたしが図書館でコピーした「宿木蛍」のデータにはまだ続きがあった。

――――
 犬や猫など、人間に身近な動物に「乗って」移動し、触れた人間に寄生する。群れからはぐれた犬猫には注意が必要だが、しばらくすれば宿木蛍は消滅するため、触れなければこれといった害はない。
――――

 つまり、猫たちはお互いのために離れていて、勘違いしたあたしが特別扱いしたせいで水泳部の仲間にまで累が及んだ可能性がある。ということだ。
 実際にはみんな好きなように猫たちと遊んでいたが、それでもあたしのしていた事が何の関係もないとは言いきれなかった。
 昨日の保健室でそのことも話したが、それでも皆は気にするなと言ってくれた。
(皆、お互いに後ろめたかったってのもあるよねえ)
「ソックスもゴメンね。あたし余計なことしちゃってたね」
 あたしはソックスにも謝って頭をなで、「皆の所にお帰り」と彼を遠巻きに見守るほかの猫たちの方へと指をさす。するとあたしの言葉がわかったのか、彼はゆっくりと仲間たちの方へと歩き始めた。それからしばらくして彼はこちらを振り向くと一声「にゃあ」と鳴き、再び仲間の方へと、今度は小走りに去っていく。
 猫たちは、駆け寄る彼を穏やかに迎えいれていた。

 午後になってから、あたしは研究棟へと向かっていた。部室棟からは結構な距離があり、昨日の大立ち回りで体中の痛いあたしにはちょっと辛かったけど、なんとなく歩きたくなって、何度も休みながらゆっくりと道のりを消化していく。
(昨日はホント色々あったなあ)
 異能者になって初めてラルヴァと戦い、無茶な異能の使い方をして、一歩間違えば大怪我をしてもおかしくなかった。
「はあ、やっと着いた……」
 目の前のドアに貼り付けられているプレートには「異能力研究室」その下に「講師・稲生」と書かれている。
 あたしは一つ息をついてから二度ノックし、ゆっくりとドアを開けた。だけど今日は何の返事もない。
(いないのかな?)
 あたしはこそこそとドアをくぐり、先生がいるかどうか確認するために、視線をさえぎるパーテーションから顔だけを出して部屋の中を覗く。するとそこには、ソファに深く腰を下ろして眠る稲生先生の姿があった。
 レポートを読んでいる最中に居眠りしてしまったのか、膝の上におかれた右手には紙の束を持ったままだ。半開きになった口がなんだか可愛い。
(稲生先生、先生がくれたヒントのおかげで何とかなったよ……)
 先生の言葉がなければ、あの時あたしもユウも、もしかしたら死んでいたかもしれない。稲生先生のおかげであたしは無事でいられた。
 そう考えると、あたしの胸は締め付けられるような痛みを覚えた。
(お礼……しても良いよね)
 気づくとあたしの足はいつの間にかソファの間近にまで進んでいて、手を伸ばせばもう先生に触れられそうな距離だった。
 さらに少しずつ、ゆっくりと近づく。
 静かな寝息が聞こえる。
 少しかがむ。
 顔が、近づく。
「うーん……」

 気づくとあたしは、体の痛みも忘れ駆け出していた。一気に研究棟を飛び出し、街路樹の陰に駆け込む。
(びっくりしたあ……)
 稲生先生の寝返りに驚いたあたしは、あれ以上近づくことはできなかった。
(すっごい勇気出したのに)
 大きくため息をつき木陰に座り込んだあたしは、ようやく体の痛みを思い出し「いたー……」とつぶやく。だけどなぜか嬉しくなって口元が緩んだ。
「異能も勉強して水泳も続ける。ちょっとくらい欲張っても良いよね」
 一人、そうつぶやくとあたしは空を見上げた。午後の柔らかな日差しが木の枝からこぼれ、優しくあたしを包み込む。
 それはあたしの前途を祝福しているような気がした。



                おわり



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