【長き夜の遠の睡りの皆目覚め】


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 ◇十二月三十一日 壊れた船の周り


 何処からともなく除夜の鐘の音が彼らの耳へと届く。
 多数の黒いもやもやした塊《かたまり》によっていたる所を蝕まれてしまった一隻の木造船の周り。一人の男が引き起こしてしまったその事態を複数の人影が非難する姿があった。
「どうすんだこれ! もう絶対《ぜってぇ》間に合わねぇよ!!」
 黒いニット帽を被り、金銀様々な装飾品を耳へ首へ指へと飾った、彼らの中でも特に威勢のいい男が、これ――不自然な具合でぼろぼろに朽ち果てたその船――を平手でバシバシと叩きながら、対峙する白シャツの男を睨みつけ、大声で吠える。
「いやぁ参ったね」
 膝の破けたジーンズと履き、素肌に直接白シャツを羽織っただけの男は、悪びれもせず頬を掻きながらへらへらと答えた。そのまるで誠意を見せない仕草がまた黒ニット帽の男の怒りを煽りたてる。
「素でそれ言ってんなら最悪だな。手前《てめぇ》のせいなんだぞ!?」
 今にも胸ぐらを掴みかかろうかと言わんばかりに身を乗り出す。とっさに脇にいたブラウンレザーのライダースで身を固めサングラスをかけたオールバックの男が仲裁に入った。
「離せっ、ビシャモン!!」
「落ちつけダイコク、騒いで責任追及したところで何の解決にもならん」
「ホテイ一人に宝船の管理を任せた俺たちにも責はあるんだ。時間もないんだし、どうするか先に考えなければな」
 続けて、ライフジャケットを纏《まと》い赤いキャップを斜めに被った男がさらに彼らの間を割って入る。
 その朽ち果てた宝船は、毎年七人持ち回りで管理していた……が、今年一年を任されたホテイは、面倒だからとその背の大袋へと放り込んだまま手入れもせずほったらかしていたというのだ。
「……んだとぉ? 適当なこと言ってんじゃねぇぞ、ビシャモン、エビス。それじゃお前ら何かいい案はあるのかよ?」
 二人の男に窘《たしな》められ、ダイコクと呼ばれた黒ニット帽の男は苦虫を噛み潰したような表情で怒りの矛先をその二人へと向け、その右手に小槌《こづち》を掴むと勢いよく船を殴りつけた。その瞬間、黄金色《こがねいろ》の光が辺りを包むが取り分けて変化が起こることもなく。
 ビシャモン――ブラウンレザーのライダースのオールバック男――は小さく首を振りながら、
「ないな。夢渡りのできる宝船なしじゃ身動きもとれん」
「俺らは所詮《しょせん》福の神の集団だ。できることにも限りがあるってもんだ」
 赤いキャップの角度を微調整し、エビスと呼ばれた男は手にした釣り竿でボロ船を指し、続けた。
「なぁ、誰かこれ直せないか?」
 辺りを見回す。男六人女一人が互いの顔を見合わせ、各々が首を振って答えた。
 どうしようもない状況に揃って口を紡ぐ。気まずい沈黙が辺りを包み、静寂の中に除夜の鐘がまた一つ撞《つ》かれた音が聞こえた。
「……うぅむ、見た目だけなら誤魔化せるがな。機能そのものは専門外だわ」
 間を保てなかったのか、一回り二回りも外見年齢の高そうな面長で禿げ上がった頭と長い白髭を携えた老人が、重い口を開いた。
「ふっ。やっぱり使えないな、ジュロウの爺《じじ》ぃは」
 そこへ中でも特にがたいのいいモスグリーンの迷彩服の男が即座に揶揄《やゆ》する。
「なんだと!? ならばフクロク、お前はどうなんだ!」
「はっはっは。そんなもの無理に決まってるだろう。もうボケちゃったのかい、耄碌《もうろく》爺さん?」
 迷彩服の男はその肢体を見せびらかすかのように大きく胸を張りながら老人を煽り立てる。
「言わせておけば……この筋肉達磨がっ!」
 叫び、老人が迷彩副の男へと襲いかかるが、片手一本でいとも容易く押さえ込まれてしまった。マッチョと老人、この体格差ではそう簡単にこの力関係が覆されることはなかった。
 そこへキセルをふかしていた縦ロールの金髪に白いロングドレスの紅一点が、紫煙を燻《くゆ》らせながら、
「はぁ……。いつもいつも、敵《かな》いっこないんだからもう止《や》めとけよジュロウの爺さん。あとフクロクも煽るな」
 ボヤくように呟く。そしてライフジャケットのエビスと黒ニット帽のダイコクがその後に続く。
「ほんと。ったく相変わらず仲悪いな、ジュロウとフクロクは」
「ベンテンは宝船の近くでは煙草《たばこ》を吸うなといつも言ってるだろう……」
「はー? 今更何言ってんだダイコク。この黒いなんだか訳わからねー塊《かたまり》にぶっ壊された船の心配したってもうしょうがねーだろ?」
 その紅一点のベンテンがやれやれといった表情で、ダイコクの顔へフーっと煙を吹きかける。
 ピクリとダイコクのこめかみに青筋が立ったが、同族とはいえ相手は女性。強く拳を握るだけに留め、事の発端となった白シャツ男へゆらりと向き直ると、
「はぁ……。ホテイ、お前責任とか感じてないのか? なんか打開策はないのか」
 白シャツ男――ホテイはダイコクの言葉に対し何か名案でも閃いたかのようにポンと手を打ち、
「よし、休むか!」
 思い切り即答した。
「年に一度の総出演を休んでどうする!?」
「じゃあ……順延とか」
「ダメ! 三箇日《さんがにち》過ぎたらそれもう初夢じゃなくなるからダメ!!」
「そうかぁ、困ったなぁ」
「……お前それ本心ではまったく困ってないだろう?」
「いやぁ、たぶんそんなことはないと思うよ」
 まったく悪びれもせずあっけらかんと答えるホテイに、他の六人が大きくため息をつく。

 その時。
「ここ誰の夢の中だろう? ……わー、悪夢《ナイトメア》がこんなにいっぱい」
 彼らの耳に聞こえたのは、その七人の誰もがそれまで聞いたことのない者の声。
 見上げると上空から赤黒い巻き毛の少女が一人、船の甲板へと降り立ち脇目も振れず無数に漂っていたその黒いもやもやの塊《かたまり》をおもむろに頬張り始めたのだ。
「えーと。お嬢さんはどちら様?」
「ん?」
 その場にいた七人は、突如現れた不思議な少女の姿に首を傾げた。





 ◇十二月二十九日 リムの寮室


「じゃあ私は実家帰るけど……リム、本当に大丈夫?」
 ボストンバッグを抱えた小柄な少女、相羽呼都《あいばこと》が寮室の玄関口から部屋の住人へと声をかける。
「うん、大丈夫だよ、コト。心配しないで」
 その部屋の住人、姫音離夢《ひめねりむ》は笑顔で答えると、机へと向き直りまた何かを描き始めた。
「……まぁ、リムのことだから変な間違いはないだろうけど……」
「むぅ、なんか遠巻きにバカにされてる気がするよ」
 手を止め、唇を尖らせながら再び玄関口へと向き直る。
「もし本当に何かあったら田中さんや鈴木さんらがこっちに残るみたいだから――あいつらに頼らなきゃならないのは癪《しゃく》だけど――ちゃんと連絡するように」
「はーい」
 素直に返答し、再びペンを動かしだす。
「……で、何描いてるの?」
 コトはそれが気になったのか、いつの間にか靴を脱ぎ部屋へと上がるとボストンバッグを床へ置きリムの机を覗き込む。そこには色とりどりのペンで描かれた一隻の船と七人の人物の姿のイラスト。
「七福神、あまり上手くないんだけどね。ちょっと前に紫穏《しおん》さんに教えてもらったんだよ」
 紫穏――加賀森紫穏《かがもりしおん》――は彼女たちと同じ高等部一年B組に所属するクラスメートであり、なおかつ双葉学園|醒徒会《せいとかい》書記をも務めている。
「あー、枕の下に敷いておくと縁起のいい初夢が見られるってアレね。私も小さい頃おばあちゃんに教えてもらったなぁ」
 ……と、コトの脳裏に、加賀森さんは記憶喪失なのにどうしてそんな情報をしりえたのだろう、という疑問が浮かび上がり、無意識に首を傾げた。
「あ、紫穏さんは私と話したさらに少し前に、二礼《にれい》さんから聞いたみたい、だよ」
 コトの疑問に気づいたのか、リムがその話題の軌跡についてさらりと答えた。コトも「なるほど、神道関係者の神楽《かぐら》さんから聞いたんならおかしい話じゃないね」と首を縦に振りながら納得する。
「それにしても七福神の初夢かぁ。昔はおまじない程度にしか信じてなかったけど、こうやって双葉学園に来ていろいろ知っちゃうと、そういうこともあながち間違ってなかったりするのかもしれないね」
「んーと、っていうことは、例えば大黒天とか布袋とか弁財天とかが神様ラルヴァだったり?」
「そうそう、神様ラルヴァ。可能性としてはアリなのかもね」
 二人顔を見合わせ、ふふっと小さく微笑み合う。
「それよりコト。時間は大丈夫?」
 と、リムが机上時計を指さす。時計の針は十一時を少し過ぎた辺りを示していた。
 コトはポケットから学生証を取り出すと、
「そうだね、双葉鉄道の駅までの移動を考えると……。お昼過ぎてすぐの電車に乗っていく予定なんだ」
 コンソールを操作しながら――おそらく時刻表を確認していたのだろう――答え、床に置いたボストンバッグを拾い上げると、
「そろそろ行くね、たぶん四日には戻って来ると思うから。それじゃリム、よいお年を」
「うんわかった。またね、よいお年を」
 あたかも普段の学校帰りと同じように笑顔で手を振り合い、コトはリムの寮室を後にした。

「……うーん、初夢、かぁ」
 コトを見送ったリムは大きく両腕を伸ばすと、七福神のイラストの続きへと取りかかった。





 ◇十二月二十六日 醒徒会室


「ひちふくじん?」
「違います会長、七福神《しちふくじん》ですよ」
「しちふくじん」
「そう、七福神。でもどうして急に?」
 醒徒会長|藤御門御鈴《ふじみかどみすず》と副会長の水分理緒《みくまりりお》が、会長の描いたその七福神のイラストを挟んで何やら話し込んでいた。
 ちなみに白虎は会長の膝の上でうたた寝をしている。
「さっき紫穏《しおん》が教えてくれたのだ。元旦の夜に、枕の下にこれを敷いて寝ると初夢の中にひちふ……七福神が現れて願いを叶えてくれるそうなのだ」
「あら、それは素敵ですね」
 副会長が笑顔を絶やさず受け答える。そこへ室内にいたもう一人、会計の少年|成宮金太郎《なりみやきんたろう》が相変わらずの口の悪さで会話に割り込んできた。
「……んなわけあるか。前向きに考慮したとしても『その年はちょっとだけいいことがあるかもしれない』程度じゃねぇの。願いを叶えるとか都合良く解釈しやがって」
「なんか遠巻きにバカにされてるような気がするのだ……」
 会長がむっと表情を陰らせると、副会長は相変わらずその表情を崩すことなく、
「気のせいですよ」
 と、優しく会長をなだめた。
「ところで、紫穏もすぐいなくなってしまったが、他のみんなもまだ姿を見ていないが今日はどうしたのだ?」
「加賀森さんは、龍河さんやルールくん達と一緒に四人でお正月飾りの買い出しをお願い致しました。昨日クリスマス飾りを撤去と共に行っていただければよかったのですが、ついうっかりしてまして……」
 そうか、と会長は小さくうなずくと、ふいに目線を空中へと走らせる。
「……そうか、クリスマスももう終わってしまったのだな。そういえば、や、やっぱりサンタさんはいなかったのだ」
 誰も何も聞いていないのに会長が突然口走り、副会長と会計の少年が怪訝《けげん》な表情で顔を見合わせた。
「おい。どうした急に」
「なっ、何でもないのだ。別に……昨日の朝起きたらサンタさんに欲しいと伝えたプレゼントが置いてあったとか、そんなことは一切なかったのだ!」
 膝の上の白虎にかまわず勢いよく立ち上がり、大声でわめく。床へ転げ落とされた白虎が何事かと辺りをきょろきょろ見回していた。
「……へぇ」
「嘘などついてないぞ。ほ、本当なのだ」
「だから、何も言ってねぇって」
「まぁまぁ、二人とも」
 再び副会長がなだめる。
「ふ、ふん。それでは今日は大した仕事もなさそうだし私はそろそろ帰るのだ。サンタさんから貰ったバストア……いや、とても大事が用があるのでな。理緒、他の四人にもよろしく伝えておいて欲しいのだ」
 会長は描きあげた七福神の絵を乱暴に鞄へと仕舞うと、挨拶もそこそこにそそくさと醒徒会を後にした。

 ドアの向こうで、会長の後ろを追っていた白虎が「うなー」と鳴いたのが聞こえた。





 ◇十二月二十七日 図書室


 中島虎二《なかじまとらじ》は今日もまた図書室の読書スペースの一角を陣取り、テーブルに山と積まれた古いハードカバーの書籍に次から次へと目を通していた。
「あれ? 中島君じゃない?」
「ほんとだぁ。何してんの?」
 そこへ、珍しく図書室へと足を運んだいかにもアソんでいそうな風貌の茶髪ギャルの二人組、彼と同じ高等部一年B組所属の田中雛希《たなかひなき》と鈴木彩七《すずきあやな》が声をかける。
「んー、田中と鈴木か。ちょっと調べ物を……」
「なにそれ『日本の神々』? しかもこんな古い本をなんでまた」
「気になることがあってな。ぶっちゃけ双葉学園の情報ベースで調べたほうが最新の詳しいもん調べられるんだろうけど……」
 言われて二人は頷いた。
「確かに。それにその方が楽じゃん」
「一般的な見解、特に一九九九年以前のものが欲しいんだよ」
「……?」
 トラの言葉に二人は顔を見合わせ首を捻る。
「双葉島内じゃどうしたって『ラルヴァや異能の存在を前提とした考え方』に基づいた情報や考察が当たり前になってる。本土側の情報も一九九九年以降はそれ以降の『異変』に触れたものも多い。それはわかるよな?」
「あー、うん」
「なんか遠巻きにバカにされてるような気がする……」
「そんなことねぇって。で、俺が今知りたいのはそういった点に関与してない、例えば古くからある人間文化学や民俗学といった見地からの『神々』に関するものってわけ」
「うーん、なんとなくわかった。で、なぜ?」
 結局疑問点が振り出しに戻っているのではないかと二人は再び首を傾げた。
「なぜって……そうだな。ちょっと前に加賀社《かがもり》に七福神について聞かれたんだわ」
「紫穏《しおん》ちゃんが?」
「あぁ。あいつは確か神楽《かぐら》に教えてもらったとか言ってたかな。んで七福神を絵に描いて枕の下に敷いて寝れば縁起のいい初夢が見られるとかそんな会話を……」
 と、トラは途中で言葉を途切れさせると、何かを思い出したかのように小さくふっと吹き出し笑い、
「……そういえばなんか神様に願い事を叶えてもらえる、なんて勘違いしてたっけ。たぶん神楽が冗談半分に嘘を教えこんだんだろう」
「え、違うの?」
 二人が再三の疑問をトラへと投げかける。トラは嫌な顔一つせず、
「七福神の他にも一富士二鷹三|茄子《なすび》とかもあるけど、どちらも縁起のいい初夢が見ることができて『福が訪れるかもしれませんよ』っていう程度だよ。さすがに夢で願い事を叶えてくれるほど神様も暇じゃないんじゃないかな」
「なぁんだ」
「まぁそれで、その辺の詳細が知りたくなってさ。その絵を描くのにもいろいろと決まりがあったりとかいろいろあるらしいし」
「決まり? 宝船と七福神の絵だけでいいんじゃないの?」
「まぁ文献によっても結構異なるんだけど。『なかきよのとおのねふりの~』とかなんとかっていう回文の和歌を書くとか、宝船の帆に獏《ばく》の絵を加えるとか、他にも……」
「あ、うんもういいや。それにしてもそういうのってなんか中島君らしいねぇ」
 二人からの度重なる質問の山へとトラはそれでも懇切丁寧に答えてくれたのだが、何やらこのままでは説明が長くなりそうだと判断した鈴木が慌てて制止する。
「んー、そうか?」
「そういえば初夢……夢といえば」
 中島からは見えない角度で、田中が肘《ひじ》で鈴木の脇を軽く突く。
「あ、そうそう。眠り姫みたいにしょっちゅう寝てる人は、どのタイミングが初夢になるんだろうね?」
 眠り姫、三人と同じクラス所属の女子生徒でその生活のほとんどを寝て過ごしている姿からそう呼ばれている姫音離夢のことだ。
「んー? 姫音の初夢がどうかはわからんけど、一応古くは二日の夜に見る夢が初夢って言われてるらしいよ。まあこれも文献によっては元旦の夜だったり三日目の夜だったり、大晦日から年を越したその晩だったり」
 再び言葉を途切れさせると、首を傾げ、
「しかし、そもそも相羽から姫音はほとんど夢見ないらしい、って結構前に聞いたぞ」
「なんだ、それもう知ってたんだ、つまらない」
 田中が呆れ顔でそっぽを向くとふっと小さくため息をつく。
「それにしてもなんでまた急に姫音のことを?」
「べつにぃ」
 こちらは逆にトラの反応を楽しんでいるのか鈴木がにやにやとその表情を見つめながら答えた。そして、
「さて、と。私らそろそろ帰ろうか」
「そだね。中島君またね。よいお年を」
「おう、じゃあな。よいお年を」
 バイバイと手を振り、田中と鈴木はトラに話しかける以外にまるで用がなかったかのようにまっすぐ図書室を後にした。 
「あいつら何しに来てたんだろ……まぁいいか」
 二人の閉めていった図書室のドアを眺めながら、トラが小さく呟き、そして再び手元の本のページをめくる作業へと戻った。


 彼らは気づいていなかった。
 その会話の一部始終を、角の席で興味深く聞き耳を立てていた女子生徒がいたことを。






 ◇十二月三十一日 壊れた船の周り


「えーと。お嬢さんはどちら様?」
「ん? ……あれ? ここ誰かの夢じゃないんだ」
 突如訪れた赤黒い巻き毛の少女は、黒いもやもやした塊が多数漂う甲板からふわりと飛び降りると、首を傾げたままの七人の顔を見まわしながら不思議そうな表情でそう呟いた。
「質問に答えてくれ。あんたは何者なんだ?」
 いかにもイライラしていますといった表情で黒ニット帽のダイコクが少女に詰め寄る。
「えーっと……私はただの通りすがりの双葉学園生。怪しい者じゃないよ」
 少女の言葉にダイコクは隣にいたフクロクと顔を見合わせる。フクロクは肩をすくめ小さく首を振った。
「フタバガクエンセイ? っていうか自分から怪しい者じゃないなんて言う奴ほど怪しいんだがな」
「うーん、それもそうか」
 てへへ、と後頭部を掻きながら苦笑い。つられて苛立っていたダイコクの表情が崩れた。
「それじゃお兄さんたちは、誰なの?」
「俺たちか?」
 少女の問いに突如、後ろにいた赤キャップのエビスがダイコクとフクロクを押し退け、得意万遍に、
「いいか聞いて驚くなよ。俺たちゃ七人の福の神、略して『七福神《しちふくじん》』だ!!」
 胸を張り、力強くサムズアップ。しかし、
「……へぇ」
 少女の反応はなかなかにシビアなものだった。
「いや待てそこは驚けよ!?」
「だって……ホンモノなの? 例えばなにか証明できるものとか……」
「んー、あー……、そうだこれ宝船だ! これでどうだ!?」
 宝船をバン、と力強く叩く。その反動か彼らからは見えない位置のどこかで、脆くなった船の一部が崩れ落ちる音が辺りに響いた。そしてまた気まずい沈黙が広がり、何十何回目かの除夜の鐘が微《かす》かに響いた。
「……えっと、ボロボロ、だね」
「そのふわふわ浮いてる黒い変なのに蝕まれたんだよ! っていうか何なんだよこれ!?」
 エビスが大声で叫び、ちょうど目の前をふわふわと横切ろうとした黒い塊を払うように腕を振るったが、一時的にもやが飛散するだけで放っておくとそのうちまた一定の大きさにまで戻り、再び何事もなかったかのように辺りを漂い始めた。
 少女はその黒い塊を掴み躊躇《ためら》いもなく口へと運びぶと、
「んっく。あ、これはね。悪夢《ナイトメア》っていって、とりついた人に悪い夢を見せていやーな気分にさせちゃう私がが追いかけてる|化け物《ラルヴァ》のことなんだよ」
「こいつ喰いやがった……。って、なんだそれは、らるば?」
 紅一点のベンテンが呆れ顔で咥えていたキセルをゆっくり口から離し、少女尋ねる。
「うん、『|化け物《ラルヴァ》』。人外の総称で、中には人に対して害意を持った|化け物《ラルヴァ》もたくさんいるんだけど。もしお兄さん達がの七福神……ホンモノの神様なら――」
「いやだから本物だっての」
 エビスが即座にツッコミを入れる。少女はそんな彼に微笑むと、うんうんと頷きながら、
「あーうん、それならお兄さん達は人に好意的な、人に益《えき》を与える|化け物《ラルヴァ》なのかもしれないね」
 そこへ、横で話を聞いていたダイコクが腕を組み口を挟む。
「よくわかんねぇな。怪《あやかし》が化け物っていうんならわかるが、俺らみたいな神仏関係者まで十把一絡げに化け物扱いなのかよ。まぁその話が本当だとして――」
「本当だってば」
 今度は少女がツッコミを入れる。
「はいはい、だとするなら、嬢《じょう》ちゃんもその『|化け物《ラルヴァ》』って奴なのかい? 俺には普通の人間のようにしか見えんがな」
 ダイコクの言葉に、七人の視線が「そういえば」と少女に突き刺さる。少女は頬を掻きながら苦笑いをし、
「私から見たらお兄さん達も普通の人間にしか見えないけどね、デミヒューマンタイプってやつ、かな。あと私は普通の人間だよ」
「……いや、少なくとも普通の人間がここに来られるはずはないんだが」
 首を屈《かが》めてうつむき、サングラス越しに少女を見据えながらビシャモンが呟いた。
 ここ。それは七福神が年に一度集まるために用意された、本来ならたとえ他の神であろうと彼ら以外の者が踏み入れることのできるはずのない神聖であるべき場所。
「えーと、それは……うーん……」
 少女は眉間にしわを寄せ、うーんうーんと唸り首を小さく左右に降りながら、
「そう、この黒いのが『悪夢《ナイトメア》』で私がそれを追ってるってさっき話したよね。……で」
「で?」
 ダイコクが「早く言え」といわんばかりに続きを催促する。と同時に、
「あー、なるほどな、俺わかったぜ」
 腰に両手を当てその厚い胸を大きく張りながら迷彩マッチョのフクロクがダイコクを横目にニヤりとしてみせた。
「ちょ、何だそれフクロク、お前早ぇよ。俺ぜんぜんわかんねぇぞ」
 どうやらダイコクの他にも……というかフクロク以外の六人はどうやらまだわからなかったようで、揃ってどういうことだとフクロクへと詰め寄った。
 そんなフクロクは勝ち誇ったかのように、
「……悪夢《ないとめあ》、つまりは嫌な夢を見てしまったときにその夢を食べてもらうための存在。嬢ちゃん、あんたの正体はそう、夢喰いの『獏《ばく》』だろ」
「うん、そう」
 あっさり理解してもらえたのが意外だったのか、少女はきょとんとした表情で頷いた。
「あーなるほど、合点がいっ……待てよ、お前さん『人間』なんだろ? 何で人間が獏なんだ」
 半ば理解しかけたダイコクが再び質問を投げつける。
「それはね、私は獏に変身できる異能者《いのうしゃ》だから」
「……異能者? あーもうさっきからわけのわからん言葉ばかりだよちくしょう!!」
 ダイコクが半狂乱になって暴れ叫ぶ。ライダース姿のビシャモンが、暴れるダイコクを後ろから両腕で抑え込んだ。
 少女はそんな彼らのやり取りに苦笑しながら、
「えーと、異能者ってのは私みたいに不思議な力を得た人のこと。それに双葉学園には私なんかよりすごい異能者がたくさんいるよ」
「……おい」
「はー? 陰陽術や神通力なんかは昔っからちょくちょく耳にすることはあったが……それでもそんなにたくさんの人間がおいそれと簡単にそんな力なんか得ちゃったら私たち肩なしじゃぁないかい」
「おい」
 ベンテンがやれやれといった冷めた表情で、少女の言葉に眉をひそめる。
「んーでも私たちは一人一能力しか発現しないからなんとも……」
「おい!」
 再三の呼び掛けに誰にも応じてもらえず、禿げ頭のジュロウが間を割って前へ出てきた。
「取り込み中だよ、うるせぇなジュロウの爺《ジジ》ィ」
 まるで邪魔者を扱うかのように悪態を垂れるエビスを無視して、
「お前さん、本当に本物の獏なのか」
 ジュロウは真面目な表情で真っすぐ少女を見つめ、尋ねた。
「うーん……本物かどうかは微妙だけど、一応はその『獏』の能力を持ってる……と思う、よ」
 ジュロウの質問の真意を図りかねているのか、少女の言葉が詰まる。ジュロウは、
「そうか……」
 と小さく呟き、視線を壊れた宝船へと向ける。そして、再び少女へと向き合うと地に両膝を付き、
「折り入って頼みがある。この後わしらと共に『初夢巡り』を手伝ってはくれんか? 頼む、この通りだ」
 深々《ふかぶか》と頭を下げる。
 一瞬、その場にいる誰もが彼の行動に呆気にとられていた。が、
「な……そうか! ジュロウの爺ィ頭いいな! 俺からも頼むぜ!!」
 エビスが身を翻すとジュロウの隣に並び両手両膝を地に付けた。
「ちょっ……やめてやめて、わかったから、お願いだから頭をあげて、立って立って」
 少女は慌てふためき、土下座する二人の神様の肩を引っ張り無理やり立ち上がらせる。
 ジュロウはありがとうありがとうと少女の手を取り何度もお辞儀をすると、
「他の者も聞いてくれ。明日の元旦――正確には二日の夜なんだが――初夢にわしらを求める人々がたくさんおる。お前さんのその夢渡りの能力で、わしらをその者たちの元へ連れて行って貰いたい」
 少女と繋ぐ手に力が込められる。ジュロウの思惑に気付いたエビスが彼の言葉の後を続けた。
「嬢ちゃんも聞いたことねぇ? 俺らを記した絵を枕の下に敷いて寝ると、その初夢に俺ら七人を呼び出すことができるという……」
「うん、知ってるよ。っていうか今私の枕の下にもみんなの絵を描いた紙が敷いてあるよ」
「……なるほどな、それでその獏の能力も相まってここに来れたということか。いいぞいいぞぉ」
 エビスがニヤリとしてみせた。
「この宝船もお前さんの獏の力と同じように夢を渡ることのできるわしらの大事な道具だったんだが、不注意で壊してしまってな……」
 言って、ジュロウがその視線をちらりとホテイへと向ける。一応責任を感じていたのかあまり会話に参加せず隅《すみ》で大人しくしていた白シャツの彼は、それでも申し訳なさそうな表情で首を縮めていた。
「外見を誤魔化す程度に作り直すだけならわけもねぇんだがな。本来持ってる性能まで復活させるだけの力は流石《さすが》の俺たちでも持ち合わせてないんだわ。だから……頼む」
 エビスが再び頭を下げる。それに合わせ他の六人も少女へと頭を下げた。
「うん、わかったから、手伝うから、頭を上げて、ね、お願い」
 七福神に、七人の神様にそろって頭を下げられ、少女はまたしても慌てふためいてしまった。


「うーん、船一隻《ふねいっせき》と七人同時に……かぁ。ちょっと大変かもだけど、本気モードなら頑張って十人分の夢くらいなら渡って回れる、かな?」
 辺りを漂っていた多数の|黒い塊《ナイトメア》は獏の少女が全て食べて消してしまい、ボロボロの宝船も七福神たちが外装だけでも宝船に見えるよう誤魔化し修復された。
 七人と一人は、見た感じ綺麗になった甲板の上でこれからの作戦会議の真っ最中。
「そうか、十人……ならば七人の夢。わしら一人につき一人ずつに福を与えて回る、それならどうだろう」
 自己申告された少女の能力を考慮し、ジュロウが折衷案を出す。少女は少し悩みながらも、
「うん、それならなんとか」
 首を縦に振った。
「こっちの皆はそれでどうだ」というジュロウの問いに、
「……異議なし」とビシャモン。
「俺も」とフクロクが続き、
「まぁ、背に腹は代えられんか」とダイコクが悪びれる。
「あーいいんじゃない? たまには一人一人じっくりでも」とベンテンが気だるそうに答え、
「悪いなぁ、俺のせいで」とホテイが頬を掻く。
「よし満場一致で決まりだな、嬢ちゃん頼むぜ」と最後にエビスが締めた。
「うん――あ」
 七人の同意に頷き答えた少女が、何かを思い出したのか小さく零す。
「あ? あ、って何?」
「その夢、食べて消したら、ダメ?」
「ダメダメダメダメ! せっかく俺らが初夢で福《ふく》与えて回ってるのに片っ端から消されてたらその意味無くなっちまうじゃねぇか!!」
「えー」
「頼むから、それはマジで勘弁してくれ」
「んー、まぁしょうがないかぁ――あ」
「あ、ってまた……今度は何」
 せっかくいい方向で話がまとまっていたのに、とエビスが少々苛立った口調で受け答える。どうやら少女の頬が少し赤みを帯びていたが、その時は誰一人それに気付いているものはいそうになかった。
「私、本気モードに変身したらそのあと人型に戻るのがちょっと……アレなんだけど……」
「うん、じゃ戻らなきゃいいじゃん」
 即答し、並んだエビス以外の男性陣もうんうんと何が問題あるのかと頷く。少女の顔が更に赤く染まっていく。それに気付いたのかベンテンが怪訝《けげん》な表情で少女を見つめていた。
「私ね、本気モードはすごく燃費悪いから、出来ればこまめにこの姿に戻って魂源力《アティルト》を温存していきたいん、だけ……ど」
「魂源力《あてぃると》ってなんだ……? っていうかそれならその都度戻ればいいじゃん」
 先ほどとはまったく反対の返答と、先ほどと同じように頷く男性陣。
「えーっと……本気モードで『獏になる』時に、体が大きくなって服が破れちゃうから……そのまま人型にもどるとその……恥ずかしい、から」
 最終的に少女の耳まで真っ赤になった辺りで、ようやくエビスを始めとする男性陣はそれに気付いたらしい。
「あーなんだ、そうかそういうことか。女ってめんどくせぇなぁ……ベンテン! お前の羽衣《はごろも》貸してやってくれ」
「はー? 乙女心もわかってやれねぇような女をバカにするような野郎《やろう》に命令されたくないんですけどー」
 その様子をじっと眺めていたベンテンが、キセルを片手にゆっくりと煙を吐きだす。
「ったく、こっちもこっちでめんどくせぇ……お願いします弁財天《べんざいてん》様、その麗しき御衣《みころも》を是非とも彼《か》の者に貸し与えてはいただけませぬでしょうか」
「チッ」
「舌打ち!?」
 ベンテンは他の六人を一瞥《いちべつ》し、縦ロールの髪を弄りながら、
「ま、そこまで言うんならしょうがねぇな。いいよ、やる。持っていきな」
 どこから取り出したのか純白の衣《ころも》を少女に押し付け渡す。
「え、いいの?」
 少女は受け取ると、その衣とベンテンの顔へと交互に視線を向ける。ベンテンはそっぽを向いて、
「好きにしな。返してもらったって他人が腕通した服なんざもう着ないしー。いらなきゃ捨ててくれたって構わない」
 吐き捨てるように言い放った。
 それでも少女は真っすぐベンテンを見つめ、
「ううん、ありがとう。大事にする。でもなぜこれを私に? ……わぁ、可愛い!」
 広げた純白の衣はまさに『天女の羽衣』と称しても遜色ない程に洗練された装い。少女は現在着ている服の上からその衣を羽織り帯を締め、その長い袖がまるで真円《しんえん》を描くかのように翻《ひるがえ》しながら、心から嬉しそうにくるくると舞った。
 そしてその少女の元へ、それまで他の六人の影に隠れていた白シャツの男が一歩前へ出ると、
「俺たちの服はこの夢渡りの宝船と同じように不思議な力が込められていてな、身に纏っている者の持つ波長に合わせてその大きさや形を変えられるんだよ」
 ホテイの声に気付き、少女が回るのをやめる。すると重力に従うように長い袖が緩やかな弧を描きながら再び垂れ下がった。少女は満面の笑みで目の前のホテイを見つめ、
「へぇ、便利。それじゃ獏に変身したらその体格に合ったサイズに大きくなって、今の人の姿の時はこのままのサイズってことなのかな」
「ま、そういうこった」
 少女につられたのかホテイもへらりと微笑み返した。
「ホテイの野郎……コソコソしてたくせに最後の最後で美味しいところ持って行きやがったな」
 それまで長く少女とやり取りをしていたダイコクとエビスがなにやら影でグチグチと零していた。

 そして。
 ゴーンと一際大きな鐘の音が辺りに響き、ジュロウがその腰を上げた。
「今ので百八回目の除夜の鐘か。時間だな」
「数えてたの? ていうか新年? あけおめことよろー」
「……あけお? いやまぁ、長年《ながねん》の勘だな。除夜の鐘は旧年に百七回と新年に最後の一回が撞かれるんだが、なんとなくだけど『これがその百八回目の鐘だ』ってわかるんだ」
「へぇ」
 言われて、少女は両手を耳に添え静かに待ってみたが、確かに『次の鐘』が聞こえることはなかった。
「はー。さて、と」
「ぼちぼち行きますか」
「少しばかり波乱万丈だったがな」
「あーはいはい俺が悪かったですよ」
「過ぎたことを言っても仕方がない」
「よーし、頼むぜ獏の嬢ちゃん。準備はいいか?」
 獏の少女はベンテンから貰ったその純白の衣の裾を広げながら、
「私はコレがあるからいつでもいけるよー」
「へっ、上等だ。それじゃあ……」

「行くぞ! 『初夢巡り』へと出航だ!!」
 七福神と獏を乗せた宝船が高く宙へと舞いあがった。





 【長き夜《よ》の遠《とお》の睡《ねふ》りの皆目覚め】終










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