【Avatar the Abyss 2 プレイヤーキラー前編】


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  1/

 双葉学園風紀委員会電脳班の部屋にて、藍空翼《あいぞら・たすく》はモニターを前に唸っていた。
 そのモニターには、ゴッドアヴァタールオンラインの公式ホームページが映されている。別のウィンドウには、ユーザーの立てた掲示板群。
 そこには、一連の事件に関する記述が載せられていた。公式ページには、運営チームはそのような事件には関与しておりません、という当たり障りのない記事。そして掲示板群には、それについての様々な憶測、デマ、そして……一部の真実。
 ゲームの中のキャラクター……〝アヴァター〟を現実世界に呼び出し具現化するという、実に馬鹿げた内容である。だが翼は知っている。それが事実である事を。少なくとも、双葉学園で幾つかの事例が確認されている。
「運営はわかってんのかしら、これかなり問題なのに場当たりな事なかれ対応で」
「仕方ありませんよ、彼らは双葉と関係ない」
 メガネの風紀委員が肩をすくめる。
「アバターと呼ばれるラルヴァ、それを強化・進化させてアヴァターを具現化し、操る力を与えるメモリーカード。それをばら撒いている者達がいる……これは表沙汰には出来ませんしね」
「なのよねー。そんな話が出ると逆効果だもん」
「はい。アヴァターに侵食される危険を侵しても、能力を手に入れたがる一般人は多いですからね」
「すでに噂でアヴァター使いの話は出てる。ただでさえそうなのに、風紀委員が公式で危険性を呼びかけるわけには行かない……か。そこまで考えてるのかどうだか、とにかく厄介よねー」
「まったくです」
 メガネも同意する。双葉学園にいながら異能を使えない人間達には、異能に憧れるものも実に多い。そんな彼らに、力が手に入る方法が知れ渡れば風紀は一層乱れることだろう。それは風紀委員として捨て置けることではない。かといって放置はもってのほかだ。故に難しい問題である。翼たちにはよくわかる。風紀委員会電脳班は、基本的には異能を持たない一般人で構成されている。だから、力を持たない人間の抱える心の闇とでも言うべきか……そういうものについては、普通の風紀委員達よりも理解が深い。ネットという、匿名意見の集まる場所に触れているからなおさらだ。
 班長は立ち上がり、言う。
「そこで私は考えたの。目には目を、噂には噂よ」
「?」
「これよっ!」
 自分の前のノートPCをくるりと回し、皆に見せる。

〝アヴァター狩りをさらに狩る謎の処刑人!?〟
〝双葉学園に新しく現れたヒーロー、ヴェルゼヴァイス〟
〝正義の都市伝説! 人を襲うアヴァターを断つ!!〟

 モニターのテキストには、そう記されていた。
「何すかこれ」
「アヴァター狩りしてたら正義の味方にぶっ倒される、という噂を流せばいいの! それが犯罪抑止力になるのよ、風紀を守るためには厳しい罰則が必要だもん」
「まあ、理屈はわかりますが。それで、風紀委員やらが動くと噂の裏づけになってしまうから、同じレベルの噂で潰す、と」
「都市伝説に対するカウンター、いわゆる対抗神話って奴ですかね」
 風紀委員達が言う。対抗神話とは、たとえば「某店のハンバーガーはミミズ肉を使っている」という噂をうち消すために、「ミミズ肉は下処理が大変すぎて金がかかる」という噂を流すことでその噂話、都市伝説がデマであると対抗することだ。そういう事例は幾つもある。
「そうよ。しかもヴェルゼヴァイス様はちゃんと実在して、悪いアヴァターをやっつけてるのは私が確認したんだから」
(ただのアヴァター使い同士の喧嘩だと思うんだけどなあ)
 そう風紀委員達は思ったが口には出さないでおく。事実、あの白いアヴァターがあれ以降も、無関係な人を襲ったとか、潰し合いをしているという噂は聞いたことがない。未だ実害が出ていないなら、あえて触れないで置くのもまた手だろう。
 そして翼が叫ぶ。指をさして、勢いよく。
「さっそくこれを色んなところにそれとなく書き込み! 双葉学園風紀委員会電脳班、出撃!!」
「了解!」
 風紀委員電脳班の班員達は返礼し、そして自分達の席に着く。
 双葉学園の電脳設備が誇るプロキシサーバーを駆使し、IPを変えまくり噂を書き込む風紀委員達。
 一歩間違えば、ただの荒らしであった。
「名を広めてあげれば、ヴェルゼヴァイス様もきっと喜んでくれるかも……」
(ぜってー迷惑だと思う)
(小さな親切大きなお世話というか)
(正直同情するわ)
 風紀委員電脳班の心は、ひとつになっていた。





 Avatar the Abyss 2

 プレイヤーキラー




 2/

 夢を、見る。
 両親が共働きで、しかも当時は貧乏だった。破格ではないが、借金もあった。しかしそれは特別不幸なわけではなく、よくある話の範疇だった。
 彼は幼いながらも、そういった事情をそれなりには把握して弁えていた、いわゆるいい子であった。内向的な性格もあったのだろう。だからあまり文句を言わず、幼稚園にもいけず、ひとりで遊んでいることが多かった。
 三歳の子供が、親とも遊ばず、幼稚園や公園で友達を作ることも出来ない。悲しいことだ。だがそれは、よくあるケースなのだ。
 自我を育てるそんな時期に他人と触れ合うことが出来ないということは人格の発達に大きな阻害が出る。しかしそれはよくあること、仕方の無いことだ。
 そして――その時に起きる不思議な出来事も、実は何の不思議もない、良くあることだ。ただ、多くの人たちが忘れてしまっている、とても大切な出会いと別れの物語、ただそれだけである。
 気がつけば、そこにそれはいた。
 男の子か、女の子か、最初はわからなかったし、どうでもよかった。
 ぼろぼろの車のおもちゃを動かすときに、その小さな手が自分の手に重なった。
 どんな顔かは全く彼にはわからなかった。しかしそれこそどうでもよかった。自分以外の誰かがそこにいる、そして遊んでくれる。小さな子供にはそれだけで十分だったのだ。
 だから彼は、孤独ではなかった。両親がその、見えない誰か、何かと子供が遊んでいることに忙しくて気づけなかったか、あるいは気づいても放っておいたのかは知らないが、その遊びに邪魔が入らなかったのも幸いであった。二人は、あるいは他にも何人か、何匹かいたのかも知れないが……彼らは毎日毎日遊んでいた。空想の中で、たくさんたくさん遊んだ。ケンカもした。泣きもした。そしてそのふれあいは、親や友達と触れ合い遊ぶのと同じように、彼の心を育んで行った。
 心理学者は、それを「想像上の友達」と呼ぶ。
 人の心の防衛機構。子供の孤独が呼ぶ、どこかの誰か。その存在によって子供の心は助けられ、救われる……それはありふれた事である。
 そして、想像上の友達はいなくなる。
 子供が成長して世界が広がれば、もう彼らは必要ないからだ。消えるのでもなく、死ぬのでもない、本来いるべき場所に帰る、と言う心理学者もいる。
 どちらにせよ、友達とは別れなければならない。そして別れは新しい出会いの始まりでもある。だから悲しいことではないのだ。
 そして、想像上の友達はいなくなる――

『……た……だぞ……』

 はずだった。

『……た。あらた、おきろ……っ!』


 那岐原新《なぎはら あらた》は、目を覚ます。
 住み慣れた双葉学園の学生寮だ。
『起きろ新、ついに成功した、見ろっ!!』
 鼓膜ではなく直接脳を振るわせる声で叫ぶのは、ベルという少女。彼女は新の想像上の友達であり、精神寄生体ラルヴァ、【アバター】と呼ばれる存在だ。
「なんだよ、もう……」
 目をこすりながら布団から這い出す。昨夜は遅くまでゲームのレベル上げしていたから眠いのだ。だがベルはそんな新の事情などお構い無しに言う。仕方なく新はそちらに目をやる。
 ベルの顔は真剣だった。
 テーブルの上にある、小さな消しゴムを、真剣なまなざしで凝視する。そして、指をゆっくりとそれに伸ばす。
 親指と人差し指で、つまむように。
『……』
 少しだけ、消しゴムが浮く。ベルの指につかまれて、ほんの少しだけ。だがすぐに落ちる。しかし、振り向いたベルの顔は歓喜に満ちていた。
『やった! やったよ新! 私はついに消しゴムを掴める様になったよ!』
「軽いものならな」
『それだけじゃない、ほら見て、窓!』
 そこには新の姿がガラスに映っている。そしてその傍らに……
「怖っ!」
 ぼんやりと、薄れてかすれてぼやけて、まさに心霊写真のように、ガラスにベルの姿らしき何かが映っていた。
 夜に街中で見たら逃げ出すこと間違いないような、まさに幽霊っぽい何かだった。
『やはり私の思ったとおりだった。あんなのに出来て私に出来ないはずがない』
 先日の戦いで、ミセリゴルテが小さいとはいえ木々を切り倒した。それはつまり、やりようによっては物質干渉は可能ということだ。そして、メモリーカードの力で強化されたベルならもしかして……と試してみた結果、新と合体・化身せずとも、少しだけなら触れることも出来たのだ。
『私はいずれ、この身体で、自分自身で、ご飯を食べてみせる!』
(いつになくテンション高いなあこいつ)
 新は思う。ちょっとキャラ変わったんじゃないだろうか、とも。まあ気持ちはわからないではない。ゲームの新キャラや隠しキャラを発見したりしたなら嬉しくて使いたくなるのと同じだろう。
 今の新とて、実を言うとそうだった。
 新しく作った新キャラ、『ヴェルゼヴァイス』の育成に余念がない。
 前の『†ヴェルゼ†』と同じくベルゼビュートをアーキタイプとして作成した、白を基調のボディカラーの人型アヴァター。大きなマフラーも合わせてわざわざ購入した。
 そのレベル上げに熱中している新である。だが……
「っ、まただ!」
 ヴェルゼヴァイスの前に、アヴァターが現れる。戦車に乗った首のない鎧。デュラハンと呼ばれる死神のアヴァターだ。名前は『ナイトデッド』と表記されている。
『どうしたの、新』
「PKだよ!」
 PK、プレイヤーキラー。CPUの敵モンスターではなく、同じプレイヤーキャラクターを倒す事を生業にしているプレイヤーである。殆どのネットゲームにおいて嫌われている。そんなアヴァターが、新のヴェルゼヴァイスの前に立っていた。
 漆黒の馬車が高速で動く。移動力は雲泥の差だ。フィールドを縦横無尽に走り、次々とヒットアンドウェイを繰り返していく。その連続攻撃に、ヴェルゼヴァイスはたちまちの内にスタン状態……つまり動けなくなってしまう。
「やば……!」
 まただ。またこのパターンだった。そして次に来るのは……
「デッドエンド・ジャンクション……!」
 死神系アヴァターの即死スキル。四度の連続攻撃を叩き込むコンボ攻撃の即死スキルだ。これを防げずに四度の攻撃を食らうと、残りのライフに関わらずに即死してしまう。
 そして、またもやヴェルゼヴァイスは無防備にその連撃を受け、死亡した。
「くそ、またかよ……!」
 無残に倒れるヴェルゼヴァイス。画面が切り替わる。
『またって……何、もしかしてお前何度もPKされているのか』
「……」
 図星だった。今新がレベル上げに使っているエリアに奴は出没しているのだ。レベル上げには今のヴェルゼヴァイスでは此処が一番効率がいいのだが、PKが出るのが唯一の困り者である。
 画面が切り替わり終わり、復帰地点へと戻る。
 大理石の神殿のような場所だ。そこには色んなアヴァターがいる。そして、巨大なリスが声をかけてきた。
「おかえりなさいです。早かったけどまたですか?」
 そういいながら、回復スキルをかけてくる。
「ああ、また会ったよ」
 新はそう返答する。そのリスは『まう』と言い、ラタトスクと呼ばれる北欧神話系アヴァターだ。
 彼は復帰地点で回復スキルをかけながら他人とおしゃべりをするのが好きなタイプらしく、よく会って話をするようになった。逆に言えばそれだけ、ヴェルゼヴァイスはぼこられて死んでるということなのだが。まあ怪我の功名というか、縁は異なものというか、そういうことなのだろう。
「大変ですね。ゆっくり治して欲しいのです。そりゃ、もう一度」
 そう言って再度回復スキルをかけてくれるまう。自然回復には時間がかかるのでありがたかった。
 そして完全回復を待つ間、とりとめのない会話をする。
「……あ、そろそろ学校だし、俺落ちるわ」
「ぼくもですよ。近いからもう少し居られますけど」
「じゃあ、また」
「またですよー」
 挨拶を交わし、ログアウトする新。
『新、学校行かなきゃ間に合わないよ』
「まだ早いだろ」
『常に余裕は持て』
「はいはい」
 言いながら、新は朝食の用意をする。昨晩のカレーの残りなので暖めるだけだ。
『……』
「……」
 最近、食事時のベルの目が怖い新だった。
『見てろ。いつか私は……自分で』
「いやわかったから」
 すごい熱意だ、と新は思った。そして恐ろしくなる。もし、このままちゃんとした実体を持てるまで成長した場合、エンゲル係数がどれくらい跳ね上がるのだろうか。きっと考えるだけ無駄だろう。来るべき日にそれは明らかになる、それまでは考えずに現実逃避していたほうがいい。
 ……それに、少しは楽しみなのもまた事実ではあった。
「ごっそさん」
 食事を終え、かばんに荷物を詰め込んで寮を出る。


 通学路は生徒達でにぎわっていた。
(この時間帯は苦手だ)
『なんでだ?』
(人が多い)
『この引き篭もりめ……』
 ベルが頭を抱える。
「ん」
 新が道路でうごいてる小さなものを見つける。
 ……リスだった。それが車道を渡ろうとしている。通学時間の学園都市、車の移動は少ないが、それでも車は通るし、スクーターや謎のバイクで走っている生徒も居る。危険なのは変わりない。
『新?』
「リスだ」
 新は歩き、そのリスをひょいと掴む。
「車道に出たら危ないだろ」
 リスは新をじっと見つめる。どうやら向こうに行きたいらしい。
「連れてってやるよ」
『おい、新……』
「ん?」
 周囲を見ると、何人かが新を変な目で見ていた。
 まるで、手につかんだ見えない何かに話しかけている変な人を見ているかのように。
『そいつ、他の人には見えていない』
「え」
『私と同じだ。それは……』
 そして、女の子が近寄ってくる。小学生だろう。その女の子は、新と、そしてその隣のベルに言う。
「お兄さんたち、その子が、まうが見えるんですか……?」
「え?」
 新は手に持ったリスと女の子、そしてベルを交互に見やる。
『新。そのリスは私と同じ……アヴァターだ』





 3/

「まう小さいなっ」
『まうっ』
 そのリスは、先ほどゲームの中で会っていた、巨大リスのアヴァターだった。現実では小さかった。というか普通のリスだった。
「しかし……まうのプレイヤーが小学生の女の子だったとは」
 ぼく、と言ってたから男だと思っていた新だった。
「あ、あう。ごめんなさいです」
「いや怒ってるわけじゃないよ」
「よかったです。ぼくもヴェルゼさんに会えるとかびっくりですよー、同じ双葉だったんですね」
「世間って狭いよなあ」
「まったくなのです」
 途中の公園により、話す新たち。彼女は、十六夜繭《いざよい・まゆ》と名乗った。そしてアヴァターはまう。つい先日、白い服の女の子からカードを貰ったと言う。しかし……
(暴走とかの気配がまるでないな)
(ああ、私もそう思った)
 こっそりと話す新とベル。確かに妙だった。今まで会った様な、力に飲まれて暴れるような、そんな気配が全くなかったのだ。
「ええと、繭ちゃん」
「はい?」
 新は、注意深く聞く事にした。
「その、まうを呼び出せるようになって、変な事とかない?」
「変なこと?」
「うん。心境の変化……ええとつまり、怒りっぽくなったりとか、そんなこと……」
「んんと、毎日楽しくなったですよ」
『まう!』
 繭とまう、どちらもが満面の笑顔で答える。その表情には、負の陰りは欠片も見えなかった。少なくとも、新には。
「……そうか」
 納得する。この笑顔は、つまりそういうことだ。同じなのだ、自分達と。
 彼女が、新と同じく想像上の友達を前々から作っていたのかは知らない。だが少なくとも、ここにいるこのリスのアヴァターは、繭にとっては大切な兄弟であり友達なのだろう。それならば……蛍たちのように暴走させる危険性は少ないだろう。
『いいかい、二人とも。よく聞くんだ。この力は恐ろしい。私達は力に飲まれ暴走してきた人を見てきた。だけど、力はただの力だ、わるいなものじゃない』
 ベルも、繭とまうに向かって言う。
『プレイヤーとアヴァター、二人がお互いを信じあい、ずっと友達でいようとすれば大丈夫だ。私達だってそうだ、十年以上もずっと一緒にいるんだよ』
「そうなんですか……はい、判りました」
『まーうっ』
 素直に頷く二人。
 それを見て、新は思う。この二人は心配ない、と。
「と、そろそろ行かなきゃまずいか」
 少し話し込んでしまった。早くに起きて正解だったと思う。今ならまだ間に合う時間だ。
「はい、それじゃまた、ゲームで」
『まうっ』
「うん、じゃあまた」
『それじゃ』
 走っていく繭の姿を見送り、新もまた早足で高等部の校舎へと急いだ。



 そして、やっぱり遅刻した。






4/

「久しぶりに顔出してみるか」
 授業が終わり、放課後。背伸びをしつつ新はつぶやく。
『部活か?』
(ああ)
 鞄を持ち、椅子を立つ。
 新の所属する部活、それは『電脳遊戯研究部』略して電脳研だ。要するに、ゲーム部である。当然といえば当然の選択であった。


 部室のドアを開ける。
「おおおーーーーーーーう救世主現る! これで戦力差は互角から大きく一歩リード! さあさ我が同志同胞兄弟那岐原新よこの侵略者に肉体言語的鉄槌を」
「間違えました」
 ドアを閉める。
『間違えてないだろう。部室はここだぞ』
(間違えたんだよ人生を!)
 踵を返して立ち去る。だがしかし、再び開いたドアから不自然に伸びた腕が新を捕らえる。
「ふふふふふ逃がすものか~ァ」
「離してください部長ッ! 俺は偶然にも用事がッ」
 まるで妖怪だった。
『なるほど、そういうことか』
 ベルは納得する。部室の中にいたのは、小さな身体にでっかい態度の藍空翼だった。どうやらまた風紀委員ともめているのだろう。彼女は前回の事件でアヴァターに関わっているので、ベルの姿が見える可能性もある。此処はいない方がいいと判断し、ベルは自分の姿を消した。


「というわけで、不当にも権力を振りかざす横暴たるネッ風の連中に君が力づくで天誅を下すことを期待するわけだ」
「断ります」
 電脳研部長、大場殿《おおば・との》の言葉に新はあっさりと拒否の返答を返す。
「それただの鉄砲玉でしょうがっ!」
「そうともいう」
「そうとしかいいませんっ!」
 殿は横暴だった。そして性格も悪かった。
 新は後悔する。なんで自分はこの部活にいるのだろう、と。思えば入学当時、最新鋭PCのゲーム環境、というのに釣られたのがまずかった。
 ともあれ後悔先に立たずである。今はとにかく、殿と翼の言い争いに巻き込まれないように逃げるのが先決だ。
「いい加減にするっ!!」
 脚を踏み鳴らす翼の怒号に、殿と新は黙る。
「とにかく、前から言ってるけど、電脳研には立ち退いてもらいたいわけ」
「だから何度も言うとおりにそれは無理だというものだ。というか俺に話しかけたければモニターに入れるようになってから言ってもらおうかッッ!」
「そういうと思って秘密兵器があるわ。メガネっ!」
「はい」
 メガネの風紀委員が取り出したのは、中身をくりぬいたモニターだった。
「まさか貴様ァァァ!?」
「そう、これをかぶると……ほら、これで私はモニターの中に入れた、これでちゃんと話は聞くのよね!」
 その勝ち誇る翼に対して、殿はがくりと膝をつく。
「まさか……そんな馬鹿げた作戦を本気でやってくるとは、おのれ一生の不覚……ッッ」
 その光景を見て、新は内心つぶやく。
(どうしよう、ついていけねえ)
 他の部員や、風紀委員達もそうだった。今、この場のみなの心は一つだった。
 そして、少し回復した殿が立ち上がり、尊大に言う。
「話は聞くが話に従うとは一言も言ってない。だが約束は約束なのでそちらの言い分を聞いてやろう」
「む~、なんでえらそうなのよそっちは!」
「当たり前で~す、部長と班長なら部長の肩書きの方が上で~す」
「そっちは部活でしょ、こっちは風紀委員なのよ!」
「風紀委員なら偉いんですか~なんでも出来るんですか~」
(ああ、子供の喧嘩だなあ)
 そう思いながら、新はPCの電源をつけ、アヴァタールオンラインを立ち上げる。翼がいるので、別キャラの方がいいだろう。そう思っていると……
「ああーっ! ほらそこ、そこのあんた、それ禁止っ!」
「?」
 つかつかつか、とやってきて、キーボードに手を伸ばしてアプリケーションを強制終了させようとする。その腕を押さえる新。
「な、ちょ、何を」
「い・い・か・ら、学内でコレ禁止なの! 私が決めたんだもん!」
「ンな横暴な!」
 ギリギリと決死の攻防を繰り広げる新と翼。しかし男だが運動不足の新と、女でかつ無能力者でありながらも前線になるべく出てハンマーを振り回す翼、筋力の差は明らかだった。男女の差、身長の差を差し引いても翼に分がある。じりじりと、アイコンが終了ボタンへと近づく。そんな中、翼がとどめとばかりに言ってのける。
「危ないのよ、あんたらだって狙われるかもしれないでしょ!」
「……へ?」
「PKが最近次々と現実で人を…………あ」
 しまった、という顔つきになる翼。後ろでメガネも頭を抱える。
「んん? どういうことだネッ風」
 殿も聞き返す。
「あ、えーと……その、あくまでも噂よ? そのゲームでPKしてる連中が、ついに仮想現実と現実の区別つかなくなって、リアルで人間を襲い始めたらしいのよ。そう、あんたらみたいなゲームと現実の区別つかないような連中のせい!」
 びしっ、と指を突きつける翼。
「班長、ボロが出る前に退散したほうが」
「ボロって何? いいのよ、これ外せばこいつらは私の言葉聞こえないんでしょ」
 そう言って翼はモニターのかぶりものを取る。
「やや、急にあの女の声が聞こえなくなったぞ!?」
「ほらみなさい」
 えへん、と胸を張る翼だった。
(ああ、バカなんだなあ)
(騙されてるおちょくられてるよこの人)
(やべぇ、ちょっとかわいい)
(よく風紀委員やれてるなあこの人)
 そんな皆の内心を知ってか知らずか、再びモニターをかぶり、そして翼は宣言する。
「いい? とにかく忠告はしたからねっ!」
 そして出て行く翼。その後に風紀委員達が続く。最後にメガネが振り返り、頭を下げて出て行った。
「……なんだったんだあれ」
「さあな。だが確実なことが一つだけある。それは貴様が働かなかったことだ!」
「はいはいどうもすみません」
「ふん」
 殿は翼たちが出て行った扉を見て、つぶやく。
「しかし現実とゲームを混同しているか……全く、言いがかりもはなはだしい」
 拳を握り、強く言い放つ。
「俺はゲームにしか興味ない!」
 断言した電脳研部長。混同どころの話ではなかった。




 5/

『気になるな』
 部活から帰る途中、ベルが言う。
「さっきの風紀委員のあれか?」
『ああ。プレイヤーキラーが現実で、と……しかしどうやって、アヴァタールオンラインのプレイヤーを襲う? いや、どうやってそうと見分ける?』
「どういうことだよ?」
『ただPK連中がリアルで人を襲う、なら……彼女が新を止める必要はないはずだ。彼女は言った、あんたらだって狙われるかもしれない……と。つまり無差別でなく、アヴァタールオンラインのプレイヤーを襲っている』
「なるほど」
 確かにそうとも取れる。ということは……
「ベル。まさか」
『ああ。そのPKは、アヴァターを現実において持つものを狙っている……そう考えればつじつまが合う。彼女は、つまり電脳研の連中を守ろうとしたわけだな』
「……言葉足りないよなあ、彼女は」
『まったくだ。前の件といい、悪い子ではないのは確かだがな』
「そりゃそうなんだけどな」
 真面目で頑張りやなのは見て取れる。だがそれがいかんせん空回りしているのが非常に危なっかしい。
『そんな彼女達のフォローのためにも、ヴェルゼヴァイスが頑張らないといけないわけだ』
「うんう……っておい! お前まだ諦めてなかったのか!?」
『当然だ。新。私達はヒーローだぞ』
「ありえねー。ぜってーありえねー。つか俺にはそんな危なっかしい戦いに首突っ込むようなあれじゃないです。そういうのは、本物のヒーロー達に任せて置けばいいの。石を投げれば当たるほどにいるだろ」
 そう、この双葉学園にはヒーローが多すぎる。正義のために戦う異能者の育成を目的とした学園都市だから当然といえば当然だ。だから、新のような一般人が無理して戦う意味も必要もないのだ。それでも戦うというのなら、それはただの偽善で自己満足に他ならないだろう。
『お前はヒーローになりたくないのか?』
「少なくとも現実でヒーローを気取る気はないよ。そういうのはゲームで充分だ」
『お前という奴は……』
 ベルは苦笑する。まあ、力を手に入れたからヒーローを気取り、戦う敵を求めるようなのと比べたらよほどいいだろう、とは思う。現に、一番最初に戦った。ミセリゴルテを振り回す男はそういうタイプだった。その手の人間がアヴァターを使い潰し合いをしている……だが新はそうはならなかった。だからこそ、そういう人間だからこそ今も理想的な共生関係でいられるのだろう。
『……』
「ん? どうした」
 急に黙るベルに、新は怪訝な顔で問う。
『新。アヴァターの気配だ』
「なに?」
 新も押し黙り、息を潜めて耳を済ませる。
 ……音がする。空気を震わせて鼓膜に届く音ではない。アストラルの揺らぎ、魂源力のぶつかり合いが響く、異能者か、あるいはそれらを認識できるものだけに響く音だ。
 アヴァター同士のぶつかる音。それがかすかに響く。
「また、誰かがやりあってるのか……?」
『いや違う、新。これは一方的だ』
「……」
 嫌な予感がする。根拠はない。だが新は気配を殺しながら、その方角へと進む。人気の無い夜の公園。
「な……!」
 そこで新たちが見た光景は、想像だにしなかったものだった。
 黒い騎士。首のない騎士が立つ。戦車に乗った首無し騎士。その槍先には、見覚えのあるリスが貫かれていた。
「いやあああっ! まうぅううっ!」
 少女が、繭が悲痛な叫びを上げる。
 首無し騎士が槍を振るう。まうが投げ出され、地面に転がる。まうはぴくりとも動かない。
「て……めぇええええ!!」
 その無残な光景を目の当たりにした新は叫び、怒りに任せて走る。走りながらゲーム機にメモリーカードをセット。電子音声が鳴り響く。

<Avatar Unite Belzebuth>

『新っ!』
 ベルの身体が砕け、輝く光の花弁となり、そして新の身体を包み、ヴェルゼヴァイスへと化身する。
 ジャンプして飛び掛る。その拳を叩き付ける、が――
 その掌に、ヴェルゼヴァイスの拳は掴まれていた。ナイトデッドはそのまま無造作に腕を振る。
「ぐっ!」
 地面に投げ出されるヴェルゼヴァイス。だがすぐさま立ち上がり、再び殴りかかる。
『落ち着け、新っ!』
 ベルの制止も聞かず、怒りに任せて拳を振るう。そしてその全ては難なくいなされる。
 そして、首無し騎士の姿が掻き消えた。
「消えた!?」
『いや違う、新、これは――ぐあっ!』
 後ろから強烈な打撃が叩き込まれる。そして次の刹那、左から。そして右、正面、左斜め、上空――
 あらゆる角度から攻撃が連続して叩き込まれる。
「ぐっ、まさか、これは……!」
 新を既視感が襲う。そうだ、知っている。これは、つい今朝に味わった!
「ナイトデッド……!?」
 これは。このアヴァターの攻撃は。プレイヤーキラー、デュラハンのアヴァター、ナイトデッドだ。
「ぐああっ!」
 さらに強烈な一撃が叩きつけられ、叩き飛ばされたヴェルゼヴァイス。蓄積したダメージに、化身が解ける。
『まずい、やられる……!』
 だが、デュラハンは、ナイトデッドは追撃をしようとはせず、ただ立ち尽くす。そして木陰から少年が現れる。
「……!? お前は……!」
 新と同じか少し上だろうか。黒い皮ジャンを着込んだ、整った精悍な顔つきの男だった。その顔は無表情ながらも、ギラギラとした餓えた獣のような鋭い瞳が印象的だった。
「引くぞ、ナイトデッド」
 その言葉にナイトデッドは頷き、そしてその姿が解れ、テレビの砂裏のようなノイズを走らせて消失し、男の持つメモリーカードへと戻る。
「待て……!」
 その後姿に、新が膝立ちで声をかける。
「何だ、何なんだよお前……! 何でこんなことをする、なんで俺を……」
 その新の返答に、男は答える。
「一日一殺だ」
「何……?」
「狩りにはノルマを課すのが長続きする秘訣だ。ゲームも現実も変わらない。
 一日に一体、それが俺のノルマだ」
「何だって……!?」
「一日一体、アヴァターを殺す。それが俺のノルマだ。そいつで今日のノルマは終わった」
 男は、気を失って倒れている繭を見る。
 繭のアヴァター、まうを殺した。だからそれで今日は終わりだ、と。まるでゲームのように言った。
「……っ」
 その絶対的かつ圧倒的な、微塵も揺るがぬ言葉に……新は背筋が凍るのを感じた。
 恐ろしい。
 とてつもなく……恐ろしい!
「俺は剣崎鋼《けんざき・はがね》。プレイヤーキラー。
 俺に狩られたければ明日にでも出なおしてくるんだな。小蝿」
 鋼はそういい捨てると踵を返し、去っていく。アヴァターのカードも取らずに、興味もないとその姿を消した。
「くそっ……!」
 地面を叩く新。
「何だ、何だよあれ……!」
 ヴェルゼヴァイスが少しも歯が立たなかった。ゲームのモニター越しに相対していたそれとは比べ物にならないほどの力。圧力。恐怖。
 あのアヴァターよりも、それを操るプレイヤー、鋼の方が何よりも圧倒的で、恐ろしかった。
『……新。風紀委員と保険委員に連絡を。彼女を病院へ』
 そう言いながら、ベルは落ちているカードへと触れる。そしてベルの表情が強張った。
「……どうした?」
『新。この中には、何もいない』
「どういうことだ?」
『消えてるんだ。アヴァターが……完璧にロストしている』






 6/

 繭の容態は、他の人たちと同じく、アヴァターを破壊されたことによる精神的ショックだった。だがまうはまだ生まれたばかりのアヴァターだったので、反動も激しくなく、すぐに退院できるだろうということだった。
 また現場に居合わせた新に対して翼が何か色々といっていたが、新の耳には入らなかった。逆に翼に心配されたほどだ。
 最後に、微かながらも意識を取り戻した繭が、また来て欲しいと言い、そして眠った。それに頷き返した新はそのまま無言で帰宅する。
 食事をする気にも、ゲームをする気にもなれなかった。
 テレビをつけ流し、黙ったまま天井を見上げる新に、ベルが言う。
『新。次は負けられない』
 そう、負けられないのだ。あれは放置してはいけないものだと思う。風紀委員たちも動いているだろうし、あれだけ派手に動けば他の異能者たちも気づくだろう。だが、それでも放置は出来ない。だが、そんなベルの言葉に対して、新の言葉は違っていた。
「あれとは……戦わない」
『何でだよ? あれは多くの人たちを襲っている。無差別に、だ。それはやがてアヴァターを持たない者までも襲うかもしれないだろう』
「お前を危険な目にあわせたくない!」
 新は叫ぶ。その大声にベルは驚いて押し黙った。
「あいつは……プレイヤーキラーの……あのデュラハンだ。ゲームならいい、やられてもペナ付でまた戻るだけだ。だけど……これは現実だ。あれを見ただろう、現実でデッドエンドジャンクションを食らえば、アヴァターは……死ぬ、消えるんだ、ロストだよ!」
 新が倒して、ついでに回収した蛍の……死姫蛍のカードには、アヴァターのデータも力も残されていた。だがまうのカードには、データが完全に消失していたのだ。それは死だ。アヴァターの死だ。
 あの時は、ただ倒されて化身が解除されただけで済んだ。だが、もし……あの時、鋼に殺意があれば。
 ベルはもう、ここにはいなかったのだ。
「お前を……失いたくない」
 血を吐くように、新は言う。
「……」
『……』
 しばし無言の静寂が部屋に満ちる。テレビの音声が逆に不気味な静寂を際立たせていた。
 やがて、ベルが静かに言う。
『だから、逃げるのか』
「……」
 新は答えない。ただ視線を床に落としたままだ。
『あの子を見ただろう。そう、そうなんだ新。宿主と良好な関係を築いているのは、私達だけじゃない。共生関係に、共に生きているのは私達だけじゃないんだ。だが、奴はそれらも襲っている。その絆を破壊しているんだ』
 それは事実だ。十六夜繭とまう、彼女達は仲良く過ごしていた。だが、何の因果か鋼に目を付けられ、襲われ、そして引き裂かれた。それはもう戻らないのだ。
『お前の感じている恐怖、それが……他の人たちも味わっていく。そして実際に失われていくんだ、新』
「……」
『私は、それが許せない。だから止めたい』
 まっすぐにベルは言う。それは嘘偽りのない、飾りのない言葉。ベルはあの暴挙を止めたかった。もう、繭たちのような悲劇を繰り返させないために。
 そして、それだからこそ……新には、その言葉がつらかった。
『力を貸してくれ、新』
 そう言って、ベルは出て行く。新は一人残されたまま、布団に視線を落としたまま、ただ黙る。
「……くそっ!」
 新は布団を叩く。
 恐怖だ。そう、恐怖を味わった。なによりも恐ろしかったのは、ベルが消されてしまうこと……ではない。
 単純に。
 あの言葉を聞いた時。あの瞳を見た時。そこに宿る、奈落の奥のような飢餓、虚無を視た。
 あれは普通の人間じゃない。そういったものじゃない。直感する。あれは、今はただアヴァターを殺している。だが、ゲーム内でのPKに飽きたあの男が現実でアヴァターを狩りはじめたように。もしそれが、その興味が人間に向いたなら……あれは間違いなく、何の躊躇もなく人間を狩るだろう。そういった、壊れた人間だ。そんな直感が新にはあった。だからこそ恐ろしい。
 殺される。それが何よりも恐ろしかった。
 身体が震える。歯がかちかちと鳴る。自分が殺されるのも、ベルが消えるのもどちらももの凄く怖い。嫌だ。もうあれと関わりたくない。
「いや、だ……」
 これが現実だ。ゲームでは味わえない殺意。生と死の綱渡り。一歩間違えば永遠に終わり、やり直しは効かない。蛍はこんなものに憧れていたというのか? これは憧れるようなものじゃない。完全な絶望、深淵だ。
 涙が滲む。視界が歪む。嗚咽が出る。
 死にたくない。死なれたくない。消えたくない。消えられたくない。
 これは……ゲームではない。
 どこまでも残酷な現実だ。
 だから。
「う…………うぁ、あああああ………………!!」
 布団に頭を埋め、毛布を噛みながら、新は泣いた。
 ただただ、殺されるのが……恐ろしかった。





 翌日、新は学校を休んだ。
 学校に行く気にはなれなかった。いつの間にか眠ってしまっていて、起きたのは昼過ぎだった。
 ベルの姿は無い。
 食事をする気にもなれなかったが、流石に空腹が辛かったので冷蔵庫にあるものを適当に、暖めもせずに胃の中に流し込む。
「……」
 電源のついてないPCが目に留まる。ゲームを立ち上げる気にもなれない。
「……そうだ、そういえば……」
 繭にまた来て欲しい、と言われたのだった。どうせ、何かするべき事があるわけでもない。新は病院へと行く事にした。

 昼をとうに過ぎていたし、私服だったので見咎められる事はなく、新は繭の病室へとたどり着く。
「あ……こんにちはです、お兄さん」
 繭はベッドに半身を起こしながら、ノートPCでネットゲームをしていた。
「……その調子なら、大丈夫そうだね」
 ゲームが出来るぐらいなら、大丈夫だろう。新はそう思い、胸をなでおろす。
「はいです。ぼくはへこたれない元気さがとりえですから。入院とか初めてで、結構新鮮で楽しいですよ? いくらでもゲームできるし」
「なるほど」
 思っていたよりバイタリティのある子だったようだ。
「だから……平気なのです。またゲームの中でもまうとは会えますし……」
「……」
 笑顔だ。繭は笑っている。朗らかに、とても優しく。
 そう、新を心配させまいと、笑っている。
 所詮は小学生の子供だ。そんな気丈な嘘は、新にはすぐにわかる。そういうものは……自分すらも騙せない嘘は、すぐに崩れ去るものだ。
 繭はモニターを見る。そこに映っている巨大なリスのかわいらしい姿。それを見て、
「……う、うわぁああああああああああああああああああ!!」
 堰を切ったように、繭が泣き叫ぶ。涙を流し、鼻水を流し、泣く。
「まう、まう、まうううっ! ごめんなさい、ごめんなさい、まう、うわぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
 ただただ泣き叫ぶ繭。それを新はただ黙って見ていた。
 見ているしか……出来なかった。




 どれくらいたっただろうか、泣きつかれて眠った繭をベッドに横たえて、新は病室を出る。
 病院を出た所で、ベルが待っていた。
『……新』
 ベルは遠慮がちに新の名前を呼ぶ。
「ああ。行くんだろう」
 新は答える。その言葉に、ほかならぬベルが驚いた。
『新……いいのか、お前、は』
 ベルと新は繋がっている。だからベルにもわかるのだ、新の心が。殺される事への恐怖。だから、新は戦わないのだろうと思った。それは仕方ない事だとベルは思った。新はただの一般人だったのだ。それが、もはやアヴァターの潰し合いだけではない、命のやり取りをする戦いに身を投じることなど、簡単には出来るはずが無い。
 そう、蛍との戦いは、アヴァターでの戦い、極論でいうならゲームの延長でもあったのだ。だがこれは現実の戦いだ。だが……
「よくないよ、すげー怖い。今だって逃げ出したい。だけど……」
 だけど、知ってしまった。繭の見舞いに行ってしまった。それが間違いだ、新の選択ミスでバッドエンド直行がほぼ確実の最悪のルートだった。だけど、それでも。
「目の当たりにしてわかった。すげーむかつく、死ぬほどむかつく。何より、ビビりまくってた俺にすげぇむかつく」
 女の子が泣いていた。そして何も出来なかった。声すらかけられず、ただそれを見て拳を握ることしか出来なかった。無力だった。
 あんな涙を、ずっと心に焼き付けて生きていくことこそ、耐えられない。記憶力はいいのだ。だから、忘れたくても忘れられない。
「……あんな女の子の涙は、俺の現実にはいらない。だから……」
『……うん』
 足の震えは止まらない。だが、それでも……ずっと一緒に居た、居てくれたベルと二人でなら。
「行こうぜ、一緒に。力をあわせて、今度こそ奴を止める」



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