【バード・アンド・ナイツ 1 前編】


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 夜はただ、静かだった。だが、赤かった。私でも血は赤いのか。私は笑う。
 己が意思を持ちえたことが、そもそも問題なのだったろうか。私は思った。死にたくない。単純な願望だが、何故それを、彼らは、誰一人として察してくれぬのだ。
 たとえ私に心があろうと、なかろうと。
 私は必死にそれを言った。ただ男達は、侮蔑の表情しか作りはせぬ。
 そうやって、私たちを殺すんでしょう――と。
 私だって、殺したくは無い。現に逃げる時とて、彼らをついに殺めることはしなかった。
 それでも矢張り、聞く耳は無い。ただ彼らは私を殺そうとしている。
 だから。
 だから人間は嫌いなのだ。

 フラフラと歩いて、漸く箱の中から、森に抜けた。
 出血が酷い。意識も朦朧としていた。長くは持ちまい。
 とりあえず、茂みの中で休もう。一旦休んで、また逃げよう。そう思いつつ、倒れこむ。だが、甘かった。
 倒れこむ私の前に、誰かが現れた。
「大丈夫ですか?」
 見上げれば、少女だった。制服。ということは、学園の生徒か。
 ならば私の敵だ。
 言葉こそ好意的かも知れないが、いずれ私を殺すに違いない。
 今度こそ、やらねばならぬか。
 私は身構えた、が、もう余力も無かった。
 彼女は私に手を差し伸べようとする。
「触れるな!」
 思わず私は一喝した。少女がたじろぐ。だがそれも一瞬の出来事で、彼女はまた、毅然と私に手を差し伸べた。
「だから、触るな」
 今度は弱弱しく言った。
「でも、怪我をしてます」
「どうでも良いだろう」
 彼女は駄目です、と呟いた。
「早く行け」
 それでも彼女は動かなかった。私も何かを言うのをやめた。ただ彼女が私に触れようとした時だけ彼女を威嚇した。無駄な根競べだ。私は思った。が、彼女も一歩も引く気はないと見える。何度も引いては、矢張り手を差し伸べる。
 そんな風にして、しばらくが経った。

 と、その時、彼女の端末が音を上げるのを聞き、私は警戒した。
 そろそろ私に対する警報やらなんやらが、一帯に出てもおかしくない頃である。
 ――もし事実が露見したとしたら、私はどうするのだろう。
 首を横に振った。それでもただ、逃げるだけだ。何故、そんな無駄な考えを起こすのか。私は私が、何故か良く分からなくなった。

 現在ラルヴァが研究棟を襲撃しています。人間に擬態している模様。速やかに生徒は避難してください。

 その端末は、やはりそう述べた。
 だろうな――。
 私は彼女の顔を見た。彼女も私の顔を見ていた。たまらず、視線を落とした。
「そういうことだ。さっさと行くんだな」
「そういう訳にはいきません」
 どこまでも強情な子だ。――まぁ、私もか。
「何でだよ。放送で分かっただろう。私はラルヴァだ――」
「でも、あなたは私を襲いません」
 私は黙った。
「だったら、人間もラルヴァも一緒です。争う理由なんて、これっぽっちも」
「分かったよ、好きにしろ」
 ついに根負けして、今度は自分から、彼女に手を差し伸べた。

 彼女は持っていた道具で、簡単に処置を施してくれた。本当にただそれだけだったので、私はちょっとビックリしてしまった。
 本当に彼女は私のことを心配してくれているのかもしれない。と思うと、何故か笑みがこぼれた。
 こんな気持ちは久しぶりだった。
 気付くと、私は彼女のひざを枕としていた。彼女の手が私を撫でる。それがとても嬉しかった。
 ああ、こんな時間が長く続けば良いのに。この時にまで、もう結構な時間は過ぎ去っていたはずだが、それでも尚、私は時間を欲していた。
 だがそれも、誰かの大声で、許されざる行為であると気付いてしまったのだった。
「誰かいるのか!」
 見れば自分よりずっと年が上の学生であった。先ほどの警報を聞き、駆り出された、といったところだろうか。
 彼女は見えないようにして、私をそっと地面に横たえると、男のほうに出て行った。
「なんだ……。こんな時間まで何を?」
 少女は戸惑った様子で答えた。
「部活をしてたらついこんな時間になってしました。その……今帰ります」
「ああ。時に……変な人は見なかったかい?」
 私はドキリとした。
 もしここで彼女が男に協力を頼めば、二人とも殺そう。そうでなければ、彼女を本当に信じよう。
「いえ、特には」
 私は目を見張った。そうして心から、安堵した。
「そうか。研究機関棟でラルヴァが発生したから、早く君も逃げるんだ。初等棟には来ていないはずだが、用心はしておくように。……モバイル学生証はあるだろう?」
「はい」
 彼は自分の端末――モバイル学生証を取り出し、彼女から手渡されたものと接続すると、彼女に返した。
「僕の番号を登録しておいた。もしもの時はここに連絡してくれ。それじゃあ」
そういうなり、男はそそくさとどこかへ行ってしまった。
「もう大丈夫ですよ」
 男がいなくなったのを見計らい、彼女はまたこちらへやってきた。
「そろそろ逃げましょう」
 その時私がどんな表情を作ったかは分からない。でも安息の時間も、そろそろ終わりの頃だ。また誰かが、きっとやってくるだろう。
「駄目だ。お前にも累が及ぶやも知れない。ここでお別れだ」
「そうですか……」
 彼女の声は、どこかさびしげだ。
 私とて、一緒にいたい。でも、どうにもならない。
 ――いや。もしかしたら、まだいいのかもしれない。
 私はすっかり油断しきっていた。
「……ならさ、もう少し、一緒にいても良いか」
 私はもう一度顔を見上げ、彼女に言った。彼女は――私に微笑んでくれた。
「勿論ですよ」
 私も笑った。でも、きっと、さっきよりずっと、綺麗に笑えていただろう。
 私は生きていていいのだ。その時だけはそう、確かに思えていたのである。

「あともう少しは?」
「良ければずっと、ご一緒しますよ」

 だから私は、彼女を"食"った。



   #1 「鳥の少女」



 美しく舞う桜の花びらは、僕らに新しい出会いを予感させるもの――では、無いだろう。学校に居ついて11年、大体つるむ奴も固まりかけているし、いまさら出会う、と言っても、おおよそ、顔は知ってるけど、話したことが無い程度の人と付き合いが始まるくらいである。
 だから、僕がここにいるのも、別に出会いがあるとか、そういうのを期待しているんじゃなくて、本当に純粋な気持ちでこの風景をフィルムに収めておこうと思ったのだ。
「うん、やっぱり、中等部の桜は綺麗だ」
 僕はカメラのレンズ越しの風景を楽しみながら、そう呟いた。ここの桜は、入学式を前後して盛りを迎えるのは、僕がここにいた頃の知識でよく知っていた。なんとも気が利く桜だ、と昔は思ったものだ。
 そしてここを離れて一年も経った僕らには、何か目新しい発見があるかもしれない。特に理由も無いが、そんな気がしたので、早速、カメラ片手にここに来たのであった。
「嘘こけ変態」
 そう、実は嘘……嘘?僕はレンズから目を離し、声の主を見る。
 隣に立つ長身の眼鏡の男――斎藤浩介《さいとう こうすけ》が、呆れた様子でそう言い放っていた。
「何が中等部の桜だ。中等部の可愛い子を撮りに来ました、だろ」
「あ、あのさ…ト書きに突っ込むのは止めてくれよ」
「ト書き?なんだか知らないけどさ、脳波通信《チャンネル》をオンにしたままだろ」
 チャンネル?……ああ、脳波通信《チャンネル》か。
 そういえばそうだったかと思い、僕は手を三度握った。
 これが彼の能力の解除方法である。彼は目の前で誰かが手を三度握ると、その人と思考による対話が可能となるという、何とも扱いの難しい能力を持っているのだ。
 そのつもりは無かったが、どうやら僕は、知らず知らずのうちに彼に語りかけるように思考していたらしい。
「あーー、静かになった」
 どうやら僕のつまらない考えに相当に辟易していたようである。だったら黙ってなければ良いだろう、という気もするが。何だかんだで僕の話に聞くつもりもあったのだろう。
 それはそれで良い。だが。
「べ、別に、女の子を撮りに来たわけじゃ……」
 僕は恥ずかしがりながら、彼の誹謗に返した。
「オトコノコか?」
 浩介は笑った。実に意地が悪い。
「男の子でもないよ。なんで僕をロリコンかショタコンに……」
 言葉が止まる。実際そういう気が無いかと言えば、無くはない。いや、僕は桜を撮りにきただけで、断じて少年少女を撮りに来たのではない……はずなのだが、ひょっとするとそうなのかもしれない、と思い出してしまった。
 こうなってしまうと思う壺である。言い返しようがない。
 浩介はやはり意地の悪い笑顔を湛えながら、言葉を濁す僕を見て、満足した様子で続けた。
「ま、俺はお前が変態でもなんでも良いんだけどな」
 天邪鬼な奴だ。ただ僕が困りさえすれば、それでよかったのだろう。僕は抗議の表れとして不満げな表情を彼に見せたが、それを見て彼はまたも満足げな顔をした。
「んなことよりさ、こんなところでカメラ回してると先生とかに怒られるんじゃない?」
「そ、それはそうかも知れないけど……中等部ならまだ、知ってる先生とかもいるし……」
 なんとかなるだろう。と言う前に、威勢の良い声が背中から飛び込む。
「こらあ!」
 噂すればなんとやら、という奴である。どうやら教師か誰かが僕達を見つけたようだ。
「ここで何をしてるんだ!」
 なんとかなるだろう。そう思いつつも、否応なしに、全身の毛が逆立った。出来れば、知っている教師であってほしい。
 浩介と僕は顔をちらと見合わせると、恐る恐る振り向いた。
 安堵した。そこには、非常に良く見知っている顔がある。どころか。
「ひ、日向先生!?」
「……って、浩介と与謝野か」
 日ごろ見知った顔であったので、僕らは物凄く気が抜けてしまった。日向美依《ひゅうが みい》。高等部二年の国語の教科担任だ。去年は僕らのクラス担任であったため、非常に見知った存在である。
 何故ここにいるのだろう。と思い立ち、すぐに聞こうと思ったが、それは僕らのほうだと気付いたので、先生の反応を伺うことにした。
「で、何をしてるん?」
「あ、いや、違うんですよ……。その、映画部を作ろうと思って」
「映画部?お前ら――確か映像研究会じゃなかったか?」
日向先生が首を捻った。事実である。
「辞めたんですよ」
 浩介がすぐに言い返した。
「ほぉ?何でまた」
 隣の浩介に肩をつつかれた。理由を説明しろ、と言うことだろう。
「ええと…色々ありまして」
 明らかに期待されている答えではないであろう。が、とりあえず、喋りたいようなことでもないので誤魔化そうと思った。
 が、その対応に、明らかに浩介は不満そうな顔をした。
「それじゃわからんだろ」
「だってさ……」
 困惑してる様子の僕に対して、彼女は了解したのか、話せないことなら別に良いぞ、と言ってくれた。そんなに重大な事情でもないが、言わなくて済むなら僕もその方が良い。
「とりあえず、部活動を始めるために、何作品か撮っておこうと思ったんです。それで」
「ほー。……お前らはそれを口実に中学生を盗撮ってわけか」
 先生が浩介と同じ事を言うので、僕は苦笑した。
「俺じゃないですよ。与謝野だけの趣味です」
「えっ!?」
 浩介が何故か更に僕の傷を深めていく。事実であるが、友情もへったくれもない言葉だ。
「ほー、与謝野の趣味か」
 日向先生が僕らを繁々と見つめた。怒るのかな、と思ったが、どうもそんな様子でもない。
「ま、ほどほどにな。私はほっとくけど、せいぜい中等部の教師に捕まらないように」
 至極意外な反応である。日向先生はこういうのには厳しい――と、少なくとも僕らは思っていた。
「良いんですか?」
 日向先生は手を前に振った。
「あー、別に良いだろ。今日は一般生徒は休みだし。それにお前らが事件とか起こすタマには見えないしな」
「……先生」
 珍しく僕らを評価してくれるような口ぶりである。普段は色々言って来はするものの、本当のところで理解しているのだろうと思うと、何故かとても嬉しいことのように感じた。
 そんな僕達の感慨を読み取ったのだろうが、彼女は何故か、怪訝な表情をした。
「……あ、いやいや、そうじゃなくて。勇気がないだろ、お前ら」
「ああ……」
 一気に僕らの熱が冷めた。と同時に、これはこれで余りにも全うな評価であるから、嬉しいやら悲しいやら、とかく微妙な気分である。
「それに私は私で忙しいんだ」
「手伝いでもあるんですか?」
浩介が問うと、仕事じゃないよ、と日向先生は笑って答えた。
「妹が中等部に入学するんだ。だからお祝いにさ」
「妹?」
 妹。日向先生の。
 どうにも結びつきにくいキーワードのような気がして、僕は首を捻った。
「よせよ与謝野」
 浩介が僕の肩を引くと、小声でそう言った。
「え?」
 何のことだか分からなかった。
「いくら中学生ったって、この暴力教師の妹だぞ?きっと粗暴な奴だぜ。期待するだけ無駄さ」
「い、いや、別に期待なんてしてないよ。ただ――」
 ただ、どんな娘なんだろう、とそう思っただけ……のはずだった。
 いや、でも、日向先生は、中身はどうあれ、実は可愛らしい人だ。
 ひょっとすると、相当の美少女かもしれない。
「なんか言ったか?」
 日向先生がわざとらしく聞いてきた。聞こえていたんだろう。
「あ、いやいやいや、なんでもなんでも」
 いきなりおべっかを使うような姿勢を浩介が取り出したので、僕は噴出しそうになる。
 そんな二人を見かけた誰かが、こちらに向かって声をかけてきたのである。
「おねえちゃーん!」
 声の主を見た。良く見えないが、小さい子が手を振っていた。中学生にしても、実に小さいと言うのが分かる。
「おー!芽依。こっちこっち」
 日向先生が手を振ると、彼女もとたとたと、こちらに歩み寄ってきた。そして彼女の像が、次第にはっきりとしてくる。
 その時に僕は、時が止まったかのような衝撃を受けたのだった。
 その全身を覆うような長さの薄めの黒髪がとても美しく、茶色くて大きな目があどけなさを演出している。
 ちょっと太めの眉毛に愛嬌があり、背も近づけば相当に小さくて、まるで小動物のようであった。
 そして何より――おっぱいが無い。
 つまり。
 僕のタイプそのものであった。
「はうっ!」
 うめき声のような奇声を上げてしまう。それほどにショッキングだったのである。
 僕の声に、浩介が一気に眉を潜めた。
「…は?は、はうっ?」
 我ながら気味の悪いことは承知である。
 だが、何故か声をぶっぱなしたくなるほど、僕はたまらなくてしょうがなかった。
「どーだ、可愛いだろう」
 日向先生は我が物のように彼女を自慢してきた。僕は何も言わなかったが、全くその通りである、としか言わざるを得ない。
「日向芽依《ひゅうが めい》って言います」
 彼女は丁寧にお辞儀して、僕らに挨拶した。これはどうも、と、僕らも照れながら返礼をする。
「いいんだよ、こんな奴らに挨拶なんて」
 日向先生はどうでもよさそうに言った。
「そんな言いようは無いじゃないですか」
「私からすりゃあこんな奴ら、さ。あ、こっちは私の生徒な」
「あ、そうなんですか。姉がお世話になっています」
「お世話になってるのはどう考えてもあいつ等の方だよ」
 ほらこれだ、と浩介は更に嫌そうな表情を作る。
「もー、お姉ちゃんは黙っててよ。……ごめんなさい。こんな姉で」
と、妹さんが深々と頭を下げた。
「いやいや、別に構わないよ。そうだろう与謝野君?」
「え?あ、うん……」
 そんな彼女の気がつく性格もまた、僕を興奮させる一助となった。
「芽依。そろそろ時間だから、行かないと」
「あっ。それじゃ、今後とも、姉を宜しくお願いしますね」
 そう言いながら、彼女は僕達に手を振りながら、その場を辞した。僕らも手を振る。恐らく僕は、弛緩しきった顔で。
「存外、可愛らしくて、いい子じゃないか」
「うん」
「お前が気持ち悪くなるくらい」
 ああ。矢張りそうだったか。僕は自分の顔をペタペタと触る。
「それにしてもあの姉にしてあの妹か――」
 浩介はそんな様子を馬鹿馬鹿しく見ていたが、視線を二人組に返した。
 対照的な二人だ。
「そんなものかねえ」
 そう呟きながら、生徒達に消え行く彼らを目で追い続けていた。


 それから僕らは、ひとしきり風景を撮ろうと画策していたが、やっぱり他の教師に捕まってしまい、結局途中でそそくさと退散する羽目になってしまった。
 しょうがないから、結局その日は解散になった。僕も寮に帰り、部屋のパソコンで自分の動画を見ることにしたのである。
 悪くない。手前味噌だが、そう思った。良く撮れている。と同時に数多くのインスピレーションが湧いた。こことここの場面を切り合わせれば、もっと良いだとか。この曲が合うだとか。色調をこうするともう少し映えるだとか。
 だが、そんな考えも、動画がある一瞬に差し掛かったときに、ピタリと止まった。
 少女が手を振っている。僕はそのシーンを見ると、シークバーを動かし、また元に戻した。
 日向先生の妹。いや。
「芽依ちゃん、か」
 やはりどうしても、彼女の笑顔が頭から離れない。釣られて僕も、何故か笑ってしまう。
 闇にニタリとした顔で浮かび上がる僕の表情は、恐らくパソコンの目からすると相当気持ちの悪いものであったように相違ない。
 コレが恋なんだろうか。
 僕は頭を掻いた。恥ずかしい。でもどうしていいかも分からない。
 ただ、シークバーを戻し続けるぐらいしか、この気持ちの静め方を知らなかったのだ。
 むしろ逆効果のような気もするが。
 とにもかくにも、僕にとってその日は忘れられない一日となったのである。
 彼女との出会い。
 それがどう作用するかなんて、その時は、全く考えてもいなかったのだが。
 ただ僕は、自分の変質にはありありと気付いていたのである。



 そんなこんなで二週間が経った。僕らと言えば、新しい授業に慣れようとそれなりに懸命だったり、映像撮影に奔走していたりして、それなりに忙しく充実した毎日を送ってきたのである。
 その間も僕は、ずっと彼女のことばかり考えていたのであるが。
 手前の席の浩介が、メモリーを僕に返してきた。そういえば、こないだの入学式に撮った映像を編集した動画を、彼に貸していたのだった。
「見事なモンだよ」
 浩介が好意的なことを言うなどめったに無い。なんだかとても照れくさかった。
「何気なく撮ってるように見えたが、構図や角度なんかもしっかりと計算されてるようだ」
「買いかぶりだよ」
 いやいや、と浩介は手を振りながら言った。
「途中で帰されたりしたろ。」
 ただ変なモノローグは入れないほうが良いぜ、と浩介は笑う。
「うん、あれは要らないね……。僕、喋るの下手だし」
「だな」
 それも否定してくれると思ったが、そんなに優しい男でもなかった。
「これだけのモンが作れるなら部として問題は無いだろ。問題は――」
「部員だね」
 何せ思い立ったのが先月の末だ。
「五人必要なんだよな、申請に。それに顧問もまだ見つかってないし――」
「部室もね」
「申請してたんだっけ?」
「とっくに。やっぱり……部室棟に空きは無いって」
やる事だらけだな、と浩介はため息をついた。
「最悪部室無しでも存在は出来るから良いか。まずは部員だな。あと三人」
そろそろ宣伝でもするべきかな、と僕は言った。
「そうだな。ビラでも配ろう。結構撮り溜めたわけだし、上映会なんかもやってみようぜ?お前の作品なら結構な人数の気を引けると思うよ」
 結構手間がかかりそうだけどな、と言いつつ、浩介はウキウキしていた。何だかんだで乗り気である。
「ところで、知り合いとかには当たったかい?」
「うん……でもやっぱり、僕らの学年だと殆どみんな部活や委員会にはもう所属してるしね……」
「あー、まぁ、そうだよなあ。俺らだって、ちょっと前までは所属してたわけだしな。いないよなあ」
 いない――こともない。と言うより、誘いたい。
 ああ、妹さん。
 にへら。
「キモッ!」
 さすがの浩介もドン引きである。まただ。どうにもこうにも、彼女のことを考えると気持ち悪い笑みをこぼしてしまう。今週でもう20回は彼の前でこんな表情を作っていたはずだ。その度に気持ち悪いと、浩介は僕を罵った。
「い、いや、その――」
「いい加減にしろよお前も――」
 さすがに浩介も、僕がベタ惚れだという事情は了解していた。と言うより、誰でも分かる。あの日以来、僕はずっと変なのだから。
「何なら誘おうぜ」
「へ?」
 浩介がニヤリと笑った。
「妹さんをだよ」
どきりとした。いや、元々そのつもりはあったのだが、いざやると言われると物凄く嫌だった。
「それに彼女をうんと言わせれば、恐らく日向先生も釣れるだろう。一石二鳥さ」
それはそうかも知れないが……。
「あー、いやっ、そっ」
 僕は慌てて、手をブンブンを振った。駄目だ駄目だと、浩介が其の手を無理やり止める。
「な、決まりな。放課後は中等部に行こう」
「……うー」
「嫌なのか?」
「……嫌、じゃないけど……」
 勿論、物凄く嫌だ。でも、彼女には会いたかった。話だけでもしたかった。
 まぁ、何時までもこんな風にモジモジしていてもしょうがないとも思うから、さっさともう一度会っておくのが一番な気がする。僕は力なく、彼の提案に賛成したのだった。
 それは良かったのだが。
「おーう。与謝野はいるかー」
 あまりに間の悪い声の主にドキリとした。日向先生その人であったからである。
「お、いたか」
 彼女は僕を見つけるなり、プリントを三枚ポンと僕の手においた。
「お前だけ提出していないから、今日中に出すよーに」
 僕らの事情を知ってか知らずか。
 浩介は眉間にしわを寄せて、僕の顔を見ていた。



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