【双葉学園怪異目録 第三ノ巻 七歩蛇】


 双葉学園怪異目録

 第三ノ巻 七歩蛇


「ちょこれぇと食べ過ぎて歯が痛いのよ……」
 開口一番妖怪が何か言い出した。座敷童子が虫歯になるとは驚きだ。
 というかチョコだけじゃなくいろんなもの食べすぎだろうこの妖怪食っちゃ寝は。
「仕方ないじゃない、ばれんたいんでいは歳の数だけチョコを食べていい日なのよ」
「節分と思いっきり混同してないかそれ。というか和風妖怪がバレンタインなんぞ気にするな」
「私はハイソでシティガールかつモダンガールな座敷童子なの」
 それで座敷童子の好みそうな古い屋敷とかがなさそうな双葉にきているわけか。確かにこの島はここ二十年に出来た比較的新しい都市だからなあ。しかしまあモダンガールとかものすごい死語で糞古いと思うのだが。
「我には虫歯は理解できぬがつらいのか?」
 充電中の塵塚怪王が言う。まあ確かにおもちゃの変化には理解できないつらさだろうあれは。
「ぶっちゃけ地獄だな」
「ふむう、不憫なものだな」
「うむ、不憫すぎるので医者に連れて行ってやるしかないな」
「い、いやそれは遠慮するよ!」
 ずざざざ、と音を立てて後ろに下がるさや。
「だ、だいいち私は保険証とかないから、お金すごいかかるし……」
 なるほど確かにそうである。保険証がないので普通の医者に連れて行くとべらぼうな金額がかかって仕方ない。だが……
「問題ないよ。そういう訳アリのひとたちの為の医者を知ってるから」
 この学園には、人と友好的だったり人に危害を加えないタイプのラルヴァがしれっと住んでいる事も多い。で、そういう住人達は当然戸籍とか無い場合も多いので医者にかかるときに色々と問題がある。そんな患者達のために個人的に医者を経営する人もいるのだ。
 特にこの異能学園都市、その手の医者は優遇している。患者が怪異そのものである場合もあるが、患者が怪異によって傷を負ったり病に罹ったりした場合は普通の医者には手におえない場合が多いからだ。
「い、いや……だけど、しかしね、その」
「虫歯はほっとくとやばいぞ?」
「う、うーん……」
 あくまでも渋るさや。
「では仕方ない。虫歯を直すと某喫茶店名物のギガントパフェをおごってやろう」
「早く行こうケンジ、用意して! 予約はいるのその医者?」
 即答だった。現金なものである。


 そんなわけで俺たちは寮を出る。
「どういう医者なの?」
 さやが聞いて来る。なんと答えるべきか。
「評判は悪いが腕はいい」
「? 評判悪いのに……?」
「んん、医者としての腕に対して評判が悪い、というわけじゃないけどな。むしろそれ以外の部分。まあ一言で言うと……」
「言うと?」
「黄色い。」
「……は?」
 怪訝な顔をする。それはそうだろう、だが黄色いから仕方ないのだ。まあ百聞は一見にしかずとも言う。楽しみにしてるがよいのですよ。そう思いをはせながら角を曲がる。すると、
「痛っ!」
 足首に痛みが走った。何かに噛まれたような痛みと、灼熱感だ。
「ケンジっ!?」
「主どのっ!?」
 さやと怪王が叫ぶ。俺はしゃがんだまま痛みに耐える。
「むっ、曲者!」
 塵塚怪王がなにかの気配に気づき、襲い掛かる。草むらに飛び込んだ怪王は、少ししてから長いものを咥えて出てきた。
 ……蛇だった。12センチほどの、龍にもにた蛇。四本の手足が生えていた。なんだこれ。
「これは、七歩蛇……!」
 それをみてさやが顔色を変える。
「知っているのか姉君?」
「うん、聞いたことがある……京都東山に出現したとされる奇怪な蛇の一種で、体長四寸ほどの小さい蛇だが、姿形は龍そっくりで、四本の足がある。色は真っ赤で鱗の間が金色に光り、耳は立っている。この蛇に噛まれた者は、その猛毒により七歩歩くと死んでしまうので、「七歩蛇」という名前がつけられたという。かつて東山西の麓にある浦井という屋敷で、何匹もの奇怪な蛇が出現したのを退治したところ、ある日庭の木々が次々に枯れて倒れ、庭石も砕け散り、砕けた石の下からこの七歩蛇が出てきたとされる」
 どこぞの塾の解説キャラかお前は。
「七歩歩けば死ぬなんて……どうすればいいの」
「落ち着け。蛇というものは、動かねば毒は回らぬぞ姉君。ここは我らが助けを……」
 あわてる二人。心配してもらうのは嬉しいがしかしどうしたものか。
 痛みはもう治まった。感覚的に、本当に七歩歩かなければ毒は身体に回りそうに無い。ただの毒というよりむしろ呪いに近いものなのではないか、と思う。
「……」
 一歩、歩いてみる。毒は回る気配はない。ならば。
「あ」
 俺は怪王の口から七歩蛇を奪い、
「あーーーーっ!?」
「のわーーーっ!?」
 二人が叫ぶ中、蛇の口を掴んで開かせ、とりあえず十回ほど噛ませて見る。
 7×10=七十。これで七十歩歩けるというわけだ。発想の転換というやつだ。
「ちょっと待てそれで本当に大丈夫なのか!?」
「七歩歩いたら死ぬってのは七歩歩かなきゃ死なないってことじゃないと思うよ!?」
 二人が叫んでいるが、まあラルヴァの毒や呪いというものはえてしてとんちで切り抜けられるものである。
「さあ行くぞ」
 そして俺は七歩蛇を掴んだまま、病院へと向かった。


 その病院は黄色かった。名を紀伊路病院と言う。
 黄色い救急車を戦力として擁する、対異能・ラルヴァの医者であった。
 俺は七歩蛇を先生に渡し、事情を話して血清を作ってもらう。これで俺の命は無事保障されたということだ。
「ありえぬ、機転というにはおかしすぎるぞその発想……」
「本当に死んでたらどうするのよ……」
 まだ二人がぶつぶつ言っている。
「ク、ク、ク……あの……二人も、キミが心配だった……のだろう、無碍にするな……ククク、いいじゃないか、クキキ……カカカ……」
 血の後がこびりついた末期色、もとい真っ黄色な手術衣の上から黄色い白衣を纏った、長身痩躯で目つきのやばげな医者がそんな光景を見て微笑ましく笑う。
 紀伊路家朗先生。この病院の医者である。
「座敷……童子の力も……あったのかも知れぬよ……キカカカ……もしあのまま七歩蛇に……逃げられていた……なら、血清も作れず……

一生動けぬか……高すぎる金額で……術者に解呪してもらうしか……ククク、なかったからねぇ……キキキキ」
 首を左右に揺らしながら説明する先生。なるほど、確かに感謝しなければならないか。あの場で怪王が七歩蛇をうまくとっ捕まえてくれたのも確かに幸運だ。
「ありがとう、二人とも」
 俺は向き直って二人に感謝の意をしめす。
「た、助けたわけではないからなっ! 主殿に死なれたら強化パーツ買ってくれる人がいなくて困るだけなんだから!」
 ツンデレる怪王。そういうのは女の子の姿のラルヴァに言って欲しいものだ。気持ちはありがたいが恐竜にツンデレられても困る。
「死なれては座敷童子の名折れだし、それに私何もしてないよ、だからそんな謝られても……ごにょごにょ」
 したのかしてないのかどっちなのだ。
「キィヒヒヒ……仲良き事は欝くしきかな……だねぇ……」
 字が間違ってる気がするよ先生それ。
「それでは……虫歯の始末……もとい、処置を……始めようか……」
 ゆらり、と立ち上がる先生。体を大きくのけぞらせ、両手にはメスを抱えている。これが虫歯の治療のポーズと言って誰が信じるだろうか。
「ひっ!?」
 その威圧感たっぷりの光景にさやが後ずさる。気持ちはすごいわかる。
「じゃあ俺たちは外で待ってるから」
「武運を、姉君」
 俺と怪王は退散する事にした。
「ちょっ、ちょっと待って、これっ」
 あわてるさやの肩を、黄色い看護婦がその筋ばった手で押さえる。
「ひっ!?」
 なんというかホラーであった。強く生きろさや。大丈夫、腕だけは確かだ。
「ひぃあぁああああああ~~~~~!!」


 そして、さやの絶叫が響き渡った。



 健康とはなによりの宝である。俺たちはそれを実感した、そんな日だった。生命賛歌万歳。

 了


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最終更新:2010年02月14日 23:10
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