【お祭りだよ、ご主人さま! 準備編】


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  お祭りだよ、ご主人さま! 準備編


「眠いったらありゃしないわ」
「六谷もか。なんだろうかね、学級会って・・・・・・」
「何も放課後にやるこたぁないでしょうがよ・・・・・・」
 秋ごろの日没は早い。空は薄い黄色に染まり、部活動に励む生徒の声が、遠くから聞えてくる。教室内が薄暗いため蛍光灯が点けられた。
 六谷彩子は非常に疲れた様子で机に右頬を乗せていた。前の席では、拍手敬も同じようにへばっている。
 二学期の席替えで、どういう運命のいたずらだろうか、二人は接近していた。ちょうど班も一緒になったので、何かと話をする機会が多かった。
「バイト行かなくちゃならねえのに・・・・・・。そうだ、六谷、俺早退するから後のことは」
「だーめ」
「あッ! 痛いッ! ごめん、ごめんッ! なんでもないですッ」
 彩子はペン先を使って、拍手の背中をぐりぐり刺激する。彼は仰け反ってしまい、変な叫び声を上げていた。
「はい、みんな席について!」
 ずんずんと大仰な足取りでやってきたのは、二年C組のクラス委員長・笹島輝亥羽だ。
「えーと、もうみんなわかってるとは思うけど、いよいよこの時期がやってきました。『文化祭』。二年C組の出し物を決めたいわけだけど、何かある?」
「それを放課後にやるのか・・・・・・?」
 召屋正行がかったるそうにしてそうきいた。笹島は済ました横顔を彼に向け、「そうよ」と淡々とした調子で答える。
「なるべく早めに終わらせるように」
 横からそう注文をつけたのは、担任の字元数正である。こんな学級会ぐらい生徒たちで勝手に進めて欲しいものなのだが、担任である以上、面倒は見なければならない。
 笹島は少しばかりムッとした視線を送る。それから、気持ちを落ち着けてみんなにこう言った。
「私だって学級会はスムーズに進行させたいわよ。さ、何か意見はないかしら? 常識の範囲内なら何でも結構よ」
「私が黒板に書くよー」と、美作聖がてこてこ前に出てきた。委員長の横では、副委員長である鈴木耶麻葉が書記を務めている。
 しかし、笹島をもってしてでもなかなか制御の利かないのが、このクセモノぞろいの二年C組なのである。


「さ、どんどん意見言って頂戴?」
「ナポリタン限定の喫茶店」
「主演・六谷彩子様の演劇で」
「おっぱい喫茶!」
「ちょっと待ちなさいよアンタ」
 笹島のおでこに血管が浮き出る。両手で握っていた教卓の端が、ボキリと折れた。
「前二人は当然却下として、拍手敬ィ! どういうつもりよ、『おっぱい喫茶』って!」
「え? 却下?」「ちょっとひどくない?」と前二人が文句を言う。しかし、委員長の怒りの矛先は完全に拍手へ向いており、全く相手にする気はないようだ。
 拍手は堂々と起立し、真面目な表情になって笹島にこう言う。
「俺は二年C組の『強み』を意識したんだ」
「ほう?」笹島が怒りの余り引きつった笑みを見せる。
「このクラスには星崎真琴さんがいて、六谷彩子さんがいる。『巨乳』はC組の個性と言っていい。『巨乳ツートップ』を全面に押し出すことができる企画といったら、おっぱい喫茶がいいかなと」
「いつから巨乳はこのクラスのアイデンティティになったのかしらぁ・・・・・・?」
「あ、委員長も委員長で、ナイチチはナイチチでお弁当にあるギザギザの緑みたいな存在感が」
「あたしゃバランかっつーの!」
 笹島の右手に閃光が走り、握っていたボールペンが放られた。鉄砲玉の如く拍手に発射された。彼はなんとか横に飛んで回避できたが、ボールペンはそのまま彩子の頭部に直撃してしまう。彼女は「ぐおおおお!」と床に崩れ落ち、のた打ち回った。
「人を馬鹿にするのもいい加減にして! 第一、おっぱい喫茶って何やんのよ! 私たちは何をしたら良くて、客に何をされたらいいっていうの!」
「おっぱい喫茶の全貌はこうだ」
 拍手は臆することなく、解説を始めた。


(BGM・アイネ・クライネ・ナハトムジーク)

  ご指名ありがとうございます、お客様。星崎真琴です。
  文化祭、楽しんでるかしら? ふふ、ならよかった。
  え? どうしてこんな格好をしているかって? 大胆すぎやしないかって?
  大丈夫。これは二年C組の出し物「おっぱい喫茶」
  私たちと一緒にお茶とお菓子を楽しむだけの企画よ?
  ・・・・・・緊張しなくていいのに。ほら、もっと楽になって?
  ここならあなたが私に何をしても、怒られたりしないから・・・・・・。


  ご指名どうもありがと。六谷彩子よ。
  私がナンバーワンの女の子と知ってのご指名かしらぁ? あはっ、わかってるじゃない!
  ほら、上着脱いじゃいなよ。暑いでしょ、この教室。
  あら? お兄さんったら細く見えるのに、けっこうがっしりしてるじゃない。
  ねね、触っていい? いい?
  ・・・・・・きゃー、すっごく硬ぁい! 肩も、肘も!
  ささ、お菓子もお茶もいっぱいあるわよ? 遠慮しなくていいのよ?
  え? 胸が気になってしかたないって?
  もう。
  エッチ・・・・・・。


  ご指名、ありがとうございました。美作聖です。
  他におっぱい大きな子いるのに、私なんかでいいんですかぁ?
  うん・・・・・・ありがとう。嬉しい。頑張るね。
  お菓子とかね、お茶とかね、たくさん用意してあるから食べてねー。
  もぐもぐ。あ、これオイシイ。
  お客様はどこのクラスですかぁ? もぐもぐ。
  え? し、失礼いたしましたぁ! 大学生だったんですねぇ。もぐもぐ。
  とてもそうには見えません。お若いですね! ごっくん。ぷはぁ。

  ・・・・・・上着、脱がなきゃ駄目ですかぁ?
  でしたら、お客様が脱がしてください・・・・・・。

  はう。
  そんなことないですって。
  着やせするタイプとか、そんな・・・・・・。
  恥かしいから、じろじろ見ないで・・・・・・。

  本日はありがとうございました。
  喜んでいただけてなによりです。また来てくださいね!


「・・・・・・と、こういった癒しの空間を俺は考えたわけだ」
「はい、星崎真琴さんの提案した『メイド喫茶』でいいわね、みんな?」
 笹島が拍手のほうを全く見ずに、クラスメートに問う。それに対してほぼ全員が、声をそろえて「異議なし!」と返事をした。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「何よ」
 ギロリと笹島が彼を睨む。
「せっかく身振り手振りで、本人になりきって説明したのに、総スルーとはどういうことだ」
「あんなんありえないに決まってんでしょ! 怒りで発狂した風紀委員長が武装して、じきじきに一斉摘発にやってくるわ!」
「コーヒーや紅茶を見ながら、星崎さんのような素敵なおっぱいを愛でつつ堪能するという、全く新しいコンセプトの……」
「だからって、私にあんな恥ずかしいことやらそうとしないでっ!」
 美作が泣きながら抗議する。彩子がペンを回しながら、にたにた笑ってこんなことを言った。
「委員長。このおっぱい魔人を宙に放り投げて、私の『ファランクス』で粉々にしてさしあげてもいいかしら?」
「『他者転移』の準備はバッチリ。いつでもいいわよ」
「許可します」
「拍手くんなんか死んじゃえばいいよ!」
「うわー! 待て! 待て! もうちょっと俺の話を聞いてくれ!」
 その後も拍手が「おっぱい喫茶」を全面に押し出して食い下がり、会議は混沌として一向に終わる気配が見られない。最後は拍手本人を教室から退場させるという強硬手段が取られ、半ば強引に「メイド喫茶」へと決定したのである。
 これで終わるかと思えば「メイド喫茶とはなんぞや?」という話し合いが始まり、しまいには「ぽんこつメイド」こと瑠杜賀羽宇が出てきて会議はさらに大混乱に陥り、にっちもさっちもいかなくなってしまった。
 全てが終わった頃にはすっかり日は落ちていて、日ごろ騒がしい学園は嘘みたいにがらんどうになっていた。


 六谷彩子はクラスや家庭では一、二を争うぐらいの、硬派な人間だ。
 自分の主義や意見を曲げるようなことがほとんどなく、あのような話し合いの場においては持ち前の頑固さを貫いてきた。スケベな男子は、容赦なく蹴っ飛ばすタイプの女子だ。
 そんな彩子が風俗まがいの企画に、何の抵抗も見せることなく参加することを聞き、家の人間は大いに驚いた。
「そうかそうか、彩子んとこはメイド喫茶をやんのか」
 長女の純子が言った。ソファーで横になり、草加せんべいをぼりぼりかじりながら、通販カタログのページを一枚めくる。
「そーよ。うちのクラスに星崎真琴ってのがいてね。そいつの強い希望で決まったわ」
「星崎真琴・・・・・・うん? どっかで聞いた覚えのある名前だぞ?」
「ま! 私はべーつに私は何でも良かったんだけどね! 星崎さんがあんまりにもメイド喫茶をやりたがっていたから、しょうがなく付き合ってあげるの!」
 純子は「そうか、なら仕方ないな」と微笑みながら言ってやった。彩子が素直でない性格をしているのは、よく知っている。
「ちょうど二日目が仕事明けなんだ。小松も連れて行くかな」
「げっ・・・・・・。小松さんも・・・・・・?」
「何だ、お前、小松が嫌いなのか」
「キライってわけじゃないけど・・・・・・」
 彩子は両腕で、自分の胸を隠す仕草を見せた。彩子は過去に一度、自宅で小松ゆうなに会ったことがある。
「あの人の視線、何かすごく怖いときがあるの」
「あはは、わけわかんないよ」
 そう、純子が笑い飛ばしたときだった。
 リビングの戸が開いた。スーパーの袋を両手に持っている、格好の悪い大きな眼鏡をかけた女性がのっそり入ってきた。
「ただいまっと。・・・・・・って、オイ。おめー家にいたんかい」
「おー、おかえりよ幸子。買い物ごくろうさん」
 右手を上げてぷらぷら振って、純子は幸子に言った。それを見た幸子は「ケッ」と露骨に嫌そうにしてそっぽを向き、買ってきたものを冷蔵庫に入れに行く。
「ごくろうさんじゃねえや。明けだからってゴロゴロしやがって・・・・・・」
 次女の幸子はいつも不機嫌そうだ。買ってきた品物の収納が一通り終わると、タバコに火をつけ、とても疲れた様子で紫煙を撒き散らす。両親と上の姉二人が喫煙者であるため、そこらじゅうタバコ臭いのが六谷家の特徴である。
 気難しい次女のことは放っておいて、純子は彩子との会話を続けた。
「メイド喫茶っても、肝心の衣装はどうするんだい? クラス全員ぶんなんて、大変じゃないか?」
「そこは平気よ。瑠杜賀さんに全部任せちゃった」
 あの会議のあと、瑠杜賀羽宇はC組の主要女子陣に呼び出しを食らう。そこでは四人が当事者を囲んで、実に「有意義な」話し合いがされたという。
「わたくし、瑠杜賀羽宇はクラス全員ぶんの衣装を『自腹』で用意します」
 という契約書に、瑠杜賀は円満にサインをした。詳細については割愛するが、ことの詳細を最初から最後まで聞いた純子は、顔面蒼白になってこう感想を零す。
「・・・・・・けっこうエグいことやんのな、最近の子は」
「ええ。私なんかよりも、他の人たちのほうがよっぽど怖いわ。瑠杜賀さん、まんまと騙されちゃって実に楽しそうだったわよ。本人が幸せならいいんじゃない?」
「メイド喫茶・・・・・・かぁ。私も一度ぐらいはメイド服、着てみたいなぁ・・・・・・」
「ハ? バカ言ってんじゃねーや。歳考えろや。三十路のババアがそんなん着てみろ? ドン引きどころじゃ済まされねぇっつーの」
 この幸子の発言に、ビキィという音が居間に響く。さすがの彩子も悲鳴を上げる。
「おー、おー・・・・・・。言ってくれるじゃねーか幸子ォ・・・・・・。私はまだ二十九なんだぞ? あんまりおいたが過ぎると、昔みたいに泣かしちゃうぞォ・・・・・・?」
「へっ。やれるもんならやってみやがれ」幸子はぐしぐしと火をもみ消す。「もうお肌も魂源力も曲がり角なんだろ? そっちこそ後悔すんなよ? ヤケドすんなよ?」
「道場に顔出しな・・・・・・。久しぶりにキレちまったよ・・・・・・」
 純子はゆらりと立ち上がった。幸子も眼鏡をその場に置いて、一つにまとめてあった黒髪をぱらりと解き、共に道場へと向かった。
「返り討ちにしてやるわ、この行き遅れ・・・・・・ッ」
「舐めんじゃねーぞ、幸 薄子(さち うすこ)・・・・・・ッ!」
 非常に仲の悪い二人を見ながら、はぁっと彩子は深いため息をつく。
 その後まもなく、ズガアアンとかドガアアンとか、「どりゃあああ」とか「死ねぇえええ」とか、道場のほうからド派手な音が聞えてきた。六谷家の道場は異能OKの頑丈なつくりをしているので、キャノンボールだろうがヴォルケイニックイラプションだろうが、いくら無駄撃ちしても崩壊しないし、炎上しない。
 それから駄姉二人は筋肉痛で活動不能となり、翌朝、急な有給を取って寝込んでしまったという。


 文化祭の前日になった。この日は「準備日」として、全学年の授業がストップする貴重な日である。C組の予定としては、瑠杜賀羽宇の用意してきた衣装を実際に着てみるなど、最終的な調整が行われるはずであった。
 瑠杜賀は本当に、C組全員ぶんの衣装をこしらえてきた。
「六谷さんの、カワイイくていいなあ」
「えっ? そ、そうか? 私は可愛いのか?」
 と~~~ぜんでしょっ!
 私は六谷彩子。由緒ある名家の娘ですの。
 これぐらい派手で目立って、それでいて可愛いのは当たり前のことなの! ふふっ!
 ・・・・・・そう、彩子は心のなかで見栄を張る。いざ他人から褒められてしまうと、どうしたことかかなり照れてしまい、いつもの調子で振舞えない。彼女は本音で語り合うことが苦手なのだ。特有の強がり・見栄っ張りは、彼女が無理をして演じているといっても過言ではない。
 それにしても、やたらと女子全体が暗い。お通夜ムードだ。
 三日間徹夜をしてまで準備してきたという衣装を手にもったまま、どんより、下を向いて固まっている。
 無理もない。衣装そのものが、やけに地味なのだ。
 いまどきのファミレスでも見かけないぐらい、致命的に目立たないものであったのだ。
 メイド喫茶という案が通ったことで、少なからず、他の女の子たちも瑠杜賀の衣装に期待していたに違いない。いくらぽんこつの出来損ないとはいえ、本物のメイドさんが全面協力でプロデュースしてくれるというのだから、文化祭の日がやってくるのを、まだかまだかと待ち構えていたことだろう。
 それがこの仕打ちである。どうしてこうなった? 誰も彼も、目が完全に死んでいた。
 恨み。憎しみ。女子クラスメイトの視線が、一斉に瑠杜賀羽宇を串刺しにして祭り上げる。
『どーいうこと!』
 ガラスがビリビリと震えて蛍光灯が揺れた。
「それぞれの特性に合った服をご用意させて頂きました。その結果です」
 瑠杜賀は実にあっけらかんとした態度で対応する。なるほど機械なだけに、人の気持ちは全くわからないときた。
「何で星崎さんとか六谷さんとかには、可愛いフリルとかいっぱい付いてるのに、私のはこんなに質素なの? このキャップとエプロンは、いくらなんでもショボ過ぎです!」
 美作が目元を真っ赤にして、激しい抗議を見せる。彼女はどこまでも質素で、飾り気のない衣装を渡されていた。没個性と書かれた看板を、背に括り付けられるようなものだ。
「それは美作様が『ハウス・メイド』だからですよ。それに対し、彼女たちが『客間女中』だからです。やはり客間女中と侍女のような、華やかなポジションは、それなりのですね……」
「へー。それは、どうしてそうなったのです・・・・・・」
 不満顔の美作が瑠杜賀に詰め寄る。笹島でも彩子でもなく、彼女がこれだけ激怒するのは珍しいことだ。よほど、このあんまりな扱いに憤慨しているようである。
「それはともかく、美作様の衣装も生地が少なくて、済みまして本当に助かりました。感謝しております!」
 彩子は、可愛い系の顔立ちが鬼のそれとなる瞬間を目撃してしまった。瑠杜賀に飛び掛った美作を、周りのクラスメートが必死こいて抑えにかかる。「何が感謝ですかぁー! こんなぽんこつ機材、大工部が解体して建物の一部にしてやりますー!」
 結局、笹島が機転を利かせて、瑠杜賀の作った服を改造するという手段に出ることとなった。とんでもない時間のロスである。
 裁縫のできる生徒がフル回転で衣装に手を加え、鈴木耶麻葉が瑠杜賀をバイクに乗せて布地を取りに行くなど、まさに国家総動員、タイムリミットに向けてC組の頑張りどころが訪れたのであった。
 なお六谷の女は花嫁修業をみっちりと叩き込まれているため、彩子も例外に漏れず、料理や裁縫などを上手にこなせる。それで良い貰い手が現れるかどうかは、別の話ではあるが。
 とりあえず、しょんぼり落ち込んでしまった美作があまりにも可哀そうに見えたので、彼女の衣装だけは心を込めて作ってあげた。


 この日本国で圧倒的な存在感を及ぼす「天下の双葉学園」も、男子女子全員参加のメイド喫茶などという企画は、前人未到・前代未聞に違いない。
 初めこそは無理やり女装をさせられて気が沈んでいた男子陣であったが、慣れるまでにはそう時間はかからなかった。むしろ乗りに乗って、「女の子っぽい仕草や言葉遣い」を追い求める輩まで出てくるようになり、教室内は何かこう、モラルというか規範というか、価値観といったものが完全に崩壊してしまったアノミー状態の様相を呈している。C組はいよいよ、本格的な変態クラスとしての道をまい進しだしたと言ってよい。
 女子がてきぱきと裁縫やレシピの最終打ち合わせに奔走し、力のある男子が教室に大道具を持ち込み、組み立てていた。メイド服を着た女装男子が丸太のような腕を振り上げ、力強く釘に金槌を打ち付けているという、わけのわからない光景が繰り広げられている。
 そんなときに、いつものお邪魔虫は現れた。
「にゃーっははははっ!」 
 何事かとC組の生徒たちは扉のほうを向いた。白装束に猫耳という、猫又の格好をした春部里衣が笑い転げていたのだ。
「いや――――! 猫お化けいや――――! 誰か助けてぇ――――!」
「六谷さん落ち着いて! あの人はH組の、いつものおバカさんだよ!」
「どっちにしてもいや――――! 美作さん、あれ何とかしてきてよぉ――――!」
 彩子は絶叫し、喚きながら教室内を走り回った。男子が力を合わせて運んでいた大道具に真正面から突っ込んでしまい、ちょっとした事故が起こる。
 もう一人、猫お化けの隣に女の子がいた。なんとも可愛らしい座敷わらしと化けた有葉千乃は、まるで道端に捨てられた子犬を見るような目で、召屋の顔を見上げながらこう言った。
「めっしー。女装は男の子のするものだとは言ったけど、似合わない人もいるんだよ。分かってる?」
 この発言が教室にも届いてしまい、大半のC組男子が心に傷を負う。
「好きでやってるわけじゃねーんだよ!」「千乃ちゃんがそう言うなら、俺らもう何も言えねぇ・・・・・・」「俺、当日休むわ・・・・・・」と、口々に聞えてきた。
 己を捨てて頑張っている彼らに対して、非常に残酷な台詞である。中でも女装をこっそり楽しんでいた奴にいたっては、魔法が解けたも同然だった。現実に戻された彼らは自分の醜い哀れな姿を想像し、しくしく泣いている。
「女装が許されるのは、千乃みたいに可愛い男の子だけよ? どうよこの可愛らしさ! キュートさ! チャーミングさ! こんな座敷わらしがいたらそりゃあ、商売繁盛・千客万来・家内安全よね。それにしたってあんたのその格好……ぷっ、ははははっ! ダメ、もうお腹が、腹筋が 壊れる……」
 春部里衣は最後、笹島を小馬鹿にし、泣かしてから去っていった。何をしにわざわざやって来たのか、まるで理解できない。いつものことはいえ、この日ばかりは鬱陶しいことこの上なかった。
 春部里衣の挑発を小耳に挟んでいた星崎真琴は、脚立を担ぎながらこう言う。
「気に入らないねぇ・・・・・・」
「ああ。H組には勝ってやりたいな」
 と、メイド服姿となった拍手敬も同調した。
 一方、彩子は怒り狂った女装男子に囲まれていた。正座をさせられ、ねちねちと小言をぶつけられている。
「居残りが確定したなぁ。どうしてくれるんだい、彩子さん」
「せっかく時間をかけて看板塗ったのになあ。どうしてくれるのですか、彩子さん」
「く・・・・・・ちっくしょぉ・・・・・・」
 ふだん彩子に威張られて、言いようにされている男子たちは、ここぞとばかりに彼女を叩き、吊るし上げている。
 自分の過失なのは明白だ。彩子はぎりぎりと歯を食いしばり、屈辱に震えていた。


「こ、こんなもんでどうよ・・・・・・!」
 指先と頬が塗料まみれになっている。彩子は自分が壊してしまった「メイド喫茶」の看板を、一人で修理していたのだ。学校指定のジャージも、まるで小学生のころのように塗料で汚してしまった。
 素直に仲間の力を借りればいいものの、意地を張って「一人でやるわ!」などと言ってしまったのだ。
 C組の教室は赤いじゅうたんが敷き詰められ、円形のテーブルが配置されていた。後ろのほうには電子レンジや冷蔵庫が数個配置され、紙食器や紙コップが山となって積まれている。
 料理といっても、実はレトルトで十分なのだ。本物のメイド喫茶も、結局は業務用のレトルト料理を使っているに過ぎない。たいていの建物は非常に小さくて狭いので、飲食業などできるわけがない。レトルト食品と女の子のルックスで、オタクから金をぼったくるのがメイド喫茶という業界である。
「業務用、って便利よねー」
 などと、彩子は紅茶のパックやらオレンジジュースの巨大なパックやら、ぼんやり眺めながら呟いた。カレーもケーキもそれで何とかなってしまうのだから、便利な時代だ。
 あとはコンパニオンがそれぞれの役割を果たせばいいだけである。衣装はなんとか間に合った。成功するかどうかは、ほとんどクラスメートにかかっている。
 ふと思いついたように時計を見上げる。二十三時を過ぎていた。
 こんな遅い時間になっていたことに、全く気づかなかった。こりゃ参ったとばかりにため息をつき、目を瞑る。ぐらっと意識が遠くなる。相当疲労が溜まっていた。
「これがあと数時間も経てば、もう文化祭になってるわけなのかぁ・・・・・・」
 彩子は帰り支度をするため、立ち上がった。


 一部、電気が点いている教室があり、彼女はギョッとする。
 人のことは言えないが、こんな遅い時間までよくやるものだ。耳を澄ますと音楽が聞えてくる。ドスン、バタンと音が聞えてくる。女の子の怒鳴り声が聞こえてくる。
「ダンスの練習かしら?」
 興味を持ったので、覗いてみることにした。教室は一年B組だ。ここの出し物ってダンスだったっけ? と、彩子はこっそり教室の中を見る。
「ハイ、ハイ、ハイ! マサさん、テンポ遅れてます! もっとちゃんと合わせてくれないと困ります!」
「まったくもう! マサのせいで全然進まないじゃない! しっかりしなさいよ!」
「ちょ・・・・・・ちょっと・・・・・・しぬ」
「これしきのことでへばってちゃ駄目です! 音楽流しますよ、マサさん!」
「ふぇぇ・・・・・・」
 猫娘三人が踊っていた。(彩子にはそう見えた)
 危うく彼女は泡を吹いて失神しかける。なぜなら、彼女たちの頭には明らかに「猫」のものといえる耳があり、お尻からは白い尻尾が伸びているからだ。
(猫又なんて世にも恐ろしいものが、まだいたの? この学園――!)
 双葉学園は猫のパラダイスだ。春部里衣やこの子たちといった「猫又」が跳梁跋扈しているうえ、島はどこもかしこも猫だらけ。しかも風紀委員長は猫の味方だ。それに何よりもこの学園の支配者は、真っ白なマヌケ面をした醒徒会の飼い猫である。
「マサはそこで休んでなさい! 情けない!」
「はい・・・・・・なんていうかもう、本当にすみません・・・・・・」
 よくよく声を聞いてみると、床にへたり込んだのは女の子ではない。何と、ごく普通の男であったのだ。顔つきも女の子っぽいし、声も高めであったので気づかなかった。
 マサと呼ばれた男性はあぐらをかいて、カチリとカセットデッキの再生ボタンを押す。すると、八十年代に一世を風靡した、男性アイドルグループの名曲が流れてきた。
「にゃーにゃーにゃ、にゃーにゃーにゃ、てぃあ!」
 それに合わせて二人の猫娘が歌う。踊る。間奏に入ると常人とは思えない、アクロバティックなダンスを披露した。マイクスタンドをカッコよく蹴っ飛ばしたり、二人いっせいにマイク片手でバク宙などを決めたりしたので、彩子は息を呑んだ。
「あんな妖怪まがいの女の子に合わせられるわけがないじゃん。よくやるわ」
 彼女らは、今度はローラースケートを履いて歌い始めた。マサという男も、辛うじて歌や踊りをこなしてみせる。よく見ると女装までバッチリさせられ、ソロパートでは男性とは思えない女声まで出している。
「よほど特殊な訓練を受けさせられたのね・・・・・・」
 ご愁傷様、と彼女は哀れみの視線を送っておいた。
 大きなあくびを一つ上げる。早く家に帰って寝ようと、彩子は一年B組の教室から離れた。



初日編に続く







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