【召屋正行のささやかな日常はこうして壊れた】


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召屋正行のささやかな日常はこうして壊れた

 通達

 二年三組 召屋正行(めしや まさゆき)
 二年八組 有葉千乃(あるは ちの)

 両名は、本日16時に第七進路指導室に出向くこと
 数学担当 字元数正(あざもとかずまさ)

 全校生徒向けの掲示板に自分の名前が貼り出された召屋は、自分の身長と反比例する学力の低さに軽く情けなさを感じていた。
 もちろん、彼自身の総合的な学力は落第生というレベルではない。多くの学科は標準的な成績を収め、各学科の担当教師からも問題ないという評価を得ている。所謂、ごく普通の生徒だ。
 ただし、字元が担当している数学を除いての場合だが……。
 イメージを具現化するという能力を持つ彼にとって、記憶は大事な要素だ。それだけに、学問においても、記憶を必須とする、古典、世界史などは彼にとって造作も無い教科だったが、応用力を期待される数学や物理は鬼門。
 つまり、召屋にとって、これらの教科は悩みの種だった。
 まあ、だからこそ、今、召屋はこうやって呼び出されているワケである。
(めんどくせ~)
 内心そう思いつつも、せいいっぱいの反抗心で十四時五十八分に、指導室の扉を引き、無駄に高い身長のお陰でそのままだと確実に桟に当たりそうになる頭を下げながら教室に入る。すると、中央に配置された机の向こうには、チタンフレームのメガネをかけた気難しそうな字元が腕を組んで待ち構えていた。見た目にもそのストレスは頂点に達しつつあるように見える。
「召屋、“随分と”早かったな?」
 案の定、嫌味ったらしく字元が召屋に声をかける。
「スイマセンね。委員の仕事が残ってたもんで」
「ほう? 半端者のお前が何かの委員会にでも入ってたのか? それは初耳だ。是非とも聞かせてくれないか? 担任の私としても、実に喜ばしいことじゃないか」
 まるで、売れない新劇役者のような大げさな動きをしならがら嫌味を言う字元に対し、召屋は両手を大きく振りながらしれっと答える。
「いや、いや、俺の仕事なんて、箒で掃いても残るくらいに小さいものですよ。気になさらないで下さいな。もちろん、先生の貴重なお時間を浪費してしまったことにはホント、残念に思ってますけどね。ところで、もう一人、呼び出された奴がいたはずですけど。もう帰ったんですか?」
 矛先を変えようとしたその言葉に字元の右眉がピクリと動く。
「お前と同じらしく、彼女も時間にルーズらしい。くそっ……、家柄さえ…なら……なんだが…」
 ところどころ、召屋には聞こえないような声でブツブツとひとりごちる。
(なるほど、呼び出されたもうひとりは俺と同じか、それ以上の問題児らしいな)
 そう、召屋が思った時だった。
『すぅぃませぇんっっ! 二年八組の有葉千乃です、遅れてしまってゴメンなさい!! 実は、ここへくる途中に、白くてカワイイ生き物に出会いまして、それでそのあのいや、呼び出しを忘れてたわけじゃないんですよっ? もちろん、こちらの用件が重要というのはわかってます。ただ、あまりにもアレがかわいくって、こう、ぎゅーっとしたくなる存在で、あのフワフワ~っとした感じはやっぱり素敵というか、ムニュムニュとした肉球が気持ちいいというか……あ、あれっ!? 誰もいないっっ!!』
 おそらく、第八指導室であろう、隣の部屋から声が聞こえてくる。
『うそっ!! やだ、私ったら、また間違ったの?』
「もしかして、もうひとりって残念な子なんですか?」
 そう、申し訳なさそうに質問する召屋に対して、字元はこう答える。
「もしかして、じゃない。"凄く"残念な子なんだよ。お前と以上に。有葉っ! こっちだ!! 第七指導室だ。教室のプレートを良く見ろ」
 そう字元が大声で叫んだ後、3度ほど遠くで扉を引く音と『スイマセンッ』という声が聞こえて、ようやく、この第七指導室の引き戸がガラガラと音を立てて開く。
「本当にスイマセンっ!!」
 そこには、髪の毛の先端が音速を超えるほどの猛スピードで頭を下げる小柄な少女が立っていた。
「ええっとぉ、遅れた理由といいますと、実はですね……」
 頭を下げたまま、猛烈なスピードで言い訳を始める有葉の言葉をさえぎるように、字元が声をかける。
「いいから、さっさと教室へ入れ」
 流石に面倒になったのであろう、字元は、右手をヒラヒラさせながら少女に入るように促す。一方、召屋は呆然としていた。
「え? あれ、字元センセって初等部も担当してましたっけ?」
 ちんまりとした少女を指差しながら、約2・5秒ほどかけてゆっくりと首を字元に向ける。字元に向けた召屋の目は『これは何かの間違いだよね』そう叫んでいた。
「彼女もお前と同じ高等部だよ」
 召屋の泳いだ目を真正面に見つめながら字元は清清しく断言した。
「またまたー」
「本当だ」
「いや、嘘でしょ?」
「本当ですよ。私は高校二年生ですよっ」
 かなり残念な胸を精一杯張りながら、有葉は自信満々に答える。その瞬間、召屋の頭の中に(こりゃー、ブラジャーは必要ねえだろうな)という、絶対に口にしてはいけない一言が思い浮かぶ。もちろん、それなりに常識をわきまえている召屋は、その非常に差別的な思考を脳の片隅に追いやり、なんとかまともな思考へ推移しようと一番可能性の高いものを口に出す。
「あー、あれか。飛び級とかそんな感じのあれ? あれでしょ。超天才とかそういうの(笑)」
 ヘラヘラと喋る召屋に反して、字元はゆっくりと首を振る。
「いや、本当に彼女はお前と同じ学年で、同い年なんだ」
 そう言いながら召屋を見つめる字元の瞳には(手前の冗談なんて、ひとっつも面白くもねーんだ馬鹿。こっちはマジで話してるんだっつーのクソ野郎っ)という文字がしっかりと読み取れた。一方の、有葉が召屋に寄せる視線は小動物が食べ物を乞うようなもので、なんとも抗いがたいものであった。それなりに空気が読める召屋は、それを不承ながらも理解した。
「え、えと……マジで?」
「ああ、本当だ」
「当たり前です! しかも4月生まれなので、きっとあなたよりもお姉さんですよ」
 何か、こう、色々な固定概念が崩れ落ちるのを心の中で感じながら、召屋はそれなりに冷静に現実と向き合うことにした。
「それで、俺たち二人を呼び出した理由ってのは何なんですか?」
「簡単なことだ。お前たちだって留年したくないだろ?」
 レンズの奥にある瞳が悪意のある輝きを放つ。
「まあ、この前のテストは赤点でしたけどね。でも、俺ら以外にも赤点は沢山いるでしょ?」
 やや、緊張しながら話の様子をみる召屋。その一方、有葉はシンプルかつ強く自分を主張する。「そーですよ!! 私だけじゃないハズです、よっちゃんだって、ノリちゃんだって、赤点だし、いやまあ、私自身も赤点ですけどね。補習を受ければ済むはずじゃないですか? なんで私だけ呼び出されたんですか?」
 字元は当たり前に出るであろう、反論を受け流しつつ、手元にある資料を見ながら言葉を続ける。
「いやなに、補習の代わりにちょっとした仕事をしてもらいと思ってな。それで呼び出したワケだ。しかも、私の担当する数学に関しては、今後、どんな点数であっても問題なしに単位をやろう。どうだ? 悪い話じゃあるまい?」
 魅力的な提示に揺れ動きそうになる心を抑えつつ、召屋はその言葉の裏の真意を探ろうとする。
「誰よりも規則にうるさい字元先生にしては、随分と気前がいいですね。どういう風の吹き回しです。しかも、呼び出されたのが俺とこのちびっ子のふたりってのも分からない。第一、ちょっとした仕事ってのはなんです? どうせ、ラルヴァ関係でしょ。そんなのがちょっとした仕事であるハズがない」
 大きく目を見開き、驚いたような表情をする字元。
「ほう、お前にも考えるということができるようだ。これは驚きだ」
 召屋は馬鹿にされたことにムっとし、背を向け、戸口へと向かう。
「そういうことなら、ゴメンですよ。厄介ごとがこりごりだ」
 そして、戸の前で振り返り、有葉に声をかける。
「おい、ちびっ子、お前も何か言ってやれよ――ってあれ?」
「今後一切補習なしで単位も確保。あー、神様って本当にいるのね~。やっぱり、お正月に奮発して500円もお賽銭箱に投げ入れたのが良かったのかしら……」
 すっかり夢見る少女になっている有葉を見ながら、召屋はやれやれと首を大きく振り、何か嫌なものを吐き出すように深くため息をつく。そして、彼女の横に戻ると、軽く有葉の頭を叩いた。
「おい、ちびっ子。美味しい話には裏があるのが社会の常識だ。こんな奴の話になんか乗らないで、さっさと断った方がいいぞ」
 有葉は、殴られた(?)頭を両手で押さえながら、キッと睨み付ける。ちょっと涙目のそれは、どこをどう切り取っても威厳も威圧の欠片も感じられない、ただ、見るものに保護欲を喚起する表情だった。
「いった~い!! 痛いじゃないですか? 女性の頭を叩くなんて失礼ですよ。それにちびっ子じゃありません。有葉千乃って立派な名前がちゃんとあるんですよ!」
 精一杯背伸びをしながら、ビシリと指さし、強がる有葉。しかし、190センチ近い長身の召屋にとって、130センチ台の有葉が何を言っても、子供のたわごとにしか思えなかった。耳に溜まった垢を小指でほじりながら、ブツブツとつぶやく。
「あ・る・は、あるはねえ」
「ちょっと、ちょっと、聞いてるんですか?」
 食って掛かる有葉を無視つつ、召屋は、その名前、いや単語を思い出そうとしていた。何か重要なこと、もしくは過去に見聞きしたことのあるもの。そう感じたのだ。深い記憶の中からその単語をサルベージしようとするが、字元によって邪魔されてしまう。
「もちろん、断っても構わんよ。こちらもその方が助かる。あー、言い忘れていたが、断った場合は、今後、一度でも赤点を取ったら単位はやらんからな」
「はぁっ!?」
 胸倉を掴みそうな勢いで一気に字元に顔を近づけると、唾を飛ばしながらわめき散らす。
「そ、それって、どうやっても断れないってことじゃねーか。大体、俺みたいな半端な能力者に仕事を依頼したところでどうにかなるこたぁねえだろ。それにコイツはなんだ? こんな子供と一緒に仕事したって上手く行きっこねえっ」
 字元は懐からハンカチを取り出すと、眼鏡を外し、唾でベトベトになった顔を拭き、さらにレンズに付着した液体も丹念に拭き取る。そして、眼鏡をかけ直すと、ゆっくりと顔を上げ、最高の笑顔を召屋と有葉のふたりに向ける。
「もう一度言う。断っても、いいんだぞ」
(契約書を差し出す時、悪魔はこんなきっとこんな顔をするんだろうな)
 そう召屋は思い、目を細める。薄目で見れば、目の前の数学教師の後ろに黒い尻尾が見えるような気がしたからだ。
「そうですよ、こんな破格の条件なんですから、受けましょうよ!」
 ちらと横というよりも下を見ると、目を輝かせて、チョンチョンとズボンを引っ張る有葉がいた。召屋は髪の毛をくしゃくしゃとかきむしり、観念した様子で同意する。
「はあ……。分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
 召屋の言葉に字元の表情は、ひとつの大仕事をやり遂げたような満足そうな笑顔に変わる。今晩のビールはさぞかし旨いことだろう。
「まあ、そんなに気を落とすな。大した仕事じゃない。ちょっとした捜査だ。ある場所でラルヴァの目撃例があってな、その確認と、できるならその駆除をやってもらいたい。目撃証言や場所などの必要な情報はこの封筒の中に入っている。後で見ておくといい」
「はーい!!」
 差し出した封筒を受け取ろうとする召屋よりも先に、有葉が素早く封筒を奪い去る。
「ちょっ、お前?」
 有葉の意外な素早さに驚く召屋。
「ふたりでお仕事するんですから、リーダーを決めないといけません。そして、お姉さんである私がリーダーに決まってます! だから、資料も私が受け取ります」
「なんで、俺よりちっびこいのがお姉さんなんだよ」
「じゃあ、何月生まれです?」
「じゅ、十月三十一日」
「ほら、やっぱり、私の方がずーっと、ずーっとお姉さんじゃないですか」
 そう言いながらエヘンと胸を張っている有葉を見て、召屋は今朝方見たテレビの今日の運勢が最悪だったことを思い出した。
「ところで、何で、俺とコイツのふたりなんです?」
「コイツじゃなくて、ちゃんと名前で呼びなさい!!」
 召屋は有葉の言葉を無視する。
「はいはい。それで、先生、何か関係があるんですか?」
「簡単に言うと、お前たちの能力の相性がいいからだ。ひとりだったら半人前のお前たちでも、ふたりになれば一人前。一応、学園側も完全とはいかないにせよ、生徒の能力は把握している。その中でも、最適の組み合わせの一つがお前たちふたりということだ。もちろん、これは私の独断じゃない。上の判断によるもの。どう従わせるかは、こちらの裁量に任されていたけどね」
 ニヤニヤしながら字元は言葉を続ける。
「召屋、お前の能力は召喚。異世界の魔物からアフリカに住むライオン、部屋の隅にいるゴキブリやカマドウマまで、非常に幅広い。その一方、できるのは召喚だけで、召喚したもののコントロールもできないがな。うむ、全く持って使えない能力だ」
 その言葉に召屋はムッとする。
「大きなお世話ですよ。これでも子供の頃は虫捕りまさくんといえば、ご近所でも有名だったんですがね」
 そう言って握った手をさし出し、ゆっくりと開くと、そこに一匹のオオクワガタが現れる。かなりの大きさだった。
「わーすごーい!! かわいいー、つよそーっ!」
 まるで初めて手品を見た子供のように驚く有葉。一方、字元はというと、どうでもいい自慢話を聞き流しつつ、話を続ける。
「一方、彼女、有葉千乃の能力は従属。ラルヴァを含め、あらゆる生物をコントロール下におくことができる。召屋の召喚と有葉の従属、このふたつの能力で、ようやくまともに機能するというわけだ」
「そーですよ。コントロールなら任せて下さい!」
 そう言って、召屋の手の上にいたクワガタをヒョイと拾い上げると、胸からぶら下げたブレスレットを強く握り、数言呪文のようなものを呟く。すると、突然クワガタが飛び始める。
 しばらくその教室を飛び回るクワガタを見ていた召屋は、あることに気づく。跳ぶコースが同じなのだ。召屋と字元を軸にして8の字を描くように飛んでいる。なるほど、これがコントロールなのだろう。
「しかし……、これだけ便利な能力なら単独でも使えるんじゃないですか?」
 そう言った瞬間、字元が目を逸らしたように召屋には思えた。
「まあ、追々分かる、追々な。それよりも、さっさと調査に行ってこい。私は他にも仕事を抱えて忙しいんだ」
 字元はそう言って、手元にあった書類をまとめると椅子から立ち上がり、そそくさと教室を出て行こうとする。そして、出掛けにひょいと顔を後ろにいるふたりに向けて一言。
「あ、それと、調査が失敗しても、断った時と同じ罰が待ってるからな。期限は1週間。 楽しみにしてるぞ!!」
 字元の乾いた笑い声が廊下にこだまする。
 そして、進路指導室には、むやみやたらに頭をかきむしる大男と、クワガタを飛ばしてキャッキャと喜んでいる自称大人の少女のふたりだけが残っていた。
 窓から差す日差しは、今やすっかり茜色に染まり、召屋の憂鬱な気持ちと、留年への危惧はさらに深いものになっていくのだった。



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