【双葉学園怪異目録 第五ノ巻 トイレの花子さん】


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 どこにでもある噂。それは当然、この巨大学園都市にもまた存在する。
 校舎3階のトイレで、扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか』と尋ねる行為を一番手前の個室から奥まで3回ずつやると3番目の個室から、かすかな声で「はい」と返事が返ってくる。そしてその扉を開けると、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれるという……有名な話だ。
 そしてこれにはいくつものバリエーションも存在する。
 トイレに引きずりこむのではなく、赤い紙や青い紙のどちらがいるか聞いてきたり。
 あるいは呼ばれたら出てきて、子供達と遊んだり、危険を告げる予言をしたり。
 全国の学園に伝わる花子さんの噂話は実に多岐多様にわたるものだ。
 そして、この双葉学園では…………



 双葉学園怪異目録

 第五ノ巻 トイレの花子さん




「ちなみにこの学園で花子さんが出るといわれてるトイレは33箇所ある」
「多っ!?」
「つーかトイレどれだけあるというのだそれは」
 夜の校舎。リノリウムの床に俺こと夕凪建司、ざっきーこと座敷童子のさや、塵塚怪王ことセイバーギアの付喪神の三人の足音と声がこだまする。
 俺たちは、とある目的のために夜の学校へと忍び込んでいた。そしてその目的のための手段……とでもいうべきか。有名な都市伝説系ラルヴァ、「トイレの花子さん」と会うためにトイレへと向かっている。
「七不思議は七七と書いてななふしぎ、だけど多分もっとある」
 俺はさやたちに向かって薀蓄を披露する。正直、そんなに人一倍詳しい訳でもないし、知識をひけらかすのも好きなほうではないが……何か喋っていないと怖いのだ。
 昔から色々なモノが見える見鬼の能力持ちが何を言う、と言うなかれ。夜の人気の無い学校というのは本能的恐怖を呼び覚ますものだ。こればかりは理屈ではないし、なまじっか暗くてよく見えないからさらに怖い。別に見鬼だからといって夜の暗闇でも見えるとかいう便利な力は無いのだ。
「さすが巨大学園都市……半端ないの」
 俺の説明にさやが感心する。
「噂ではメジャーどころの七不思議たちがシノギ削ってるらしい。誰が本物の13階段か決着をつけようぜ……とか」
「階段がどうやって決着をつけるのか我にはわからぬ」
 怪王が呆れて言った。まあ同意見ではある。
「付喪神みたいに階段に手足が生えてのガチンコ殴り合いじゃないの?」
「怖っ! それ別の意味で怖い!!」
 中々に愉快な光景だとは思うが。まあ周囲への迷惑度は半端ないだろう。
 そうこう無駄な会話に花を咲かせていると、やがて目的地へとたどり着く。
「でも……いいの?」
「何が」
「花子さんは危険だとか聞くけど……」
「まあな。でもこの学校の大半の花子さんは安全らしい」
 そもそも危険な花子さんが出るならとっくに退治されている。石を投げれば異能者にあたるこの学園ならではである。だがまあ、そういった異能者の巣窟でありながらも、それでも危険な都市伝説や怪談が常にまことしやかに囁かれるのは、学校という特殊性だろうか。学校にはそういうものが出やすい、いつきやすいのだ。
「安全とは」
「人助けしてくれるタイプなんだとさ」
 怪王にそう答えながら、俺はノックをする。
「花子さんいらっしゃいますか」
 ……返答は無い。
 だがそれを何度か続けていく。
「花子さんいらっしゃいますか」
「……はい」
 返答があった。
 顔を見合わせ、息を飲み、そして異を決してドアをあける。

「代役です」



 そこにいたのは、牛の角と尻尾を持った筋骨隆々の黒い光沢を放つ体躯。巨大な悪魔だった。
 それが便器に腰掛け、トイレの個室に所狭しとみっちりと詰まっている。
 ものすごくシュールな光景だった。

「誰だてめぇ!?」
 思わず叫ぶ俺。
「だから代役。私の名はベルフェゴール」
 その悪魔は、高名な悪魔の名を名乗った。
 ベルフェゴールとは、確か七つの大罪にも数えられる悪魔だ。カナアンの神バアル=ペオルが転じたと言われる大悪魔であり。その姿は洋式便器に跨った姿で描かれるという。ああ、トイレのってそういう……。いやいやいやいやいやいや。
 というか、でかい。みっちりと詰まっている。予想外にもほどがあるそれが、もうお歳暮のハムかというかの如くに詰まっている。
「代役って……何」
「ここの担当の花子さんが休暇とって旅行に行ったから、同じ便所の……ってことで私が少しの間代役を頼まれたのよ」
「なんとまあ俗っぽい理由だなオイ」
 野太い声で女言葉で喋るポンレスハム。キモいからやめてほしい。事情はわかったが、なんというか。
「というか出ろよそこから」
 げんなりしつつ俺は言う。さすがにこんなのと対面して話すのは精神が持たない。色々な意味で。
「詰まっちゃって」
 だがソレはそんなことを言い出した。ああ、そりゃ詰まるわ。
 困った。色々と困った。そのまま何もかも見なかった事にして帰りたくなる。
「……人間の姿になれないの? 悪魔なんでしょ」
 さやが後ろから言う。
「……なるほど、それは名案」
 ポンレスハムがそう頷き、ごにょごにょと何か言い出す。呪文を唱えているつもりなのだろうが、みっちりとトイレの個室に詰まってる状態でそんなこをやられてもコメントしづらい。
 そう思っていると、トイレに詰まったハムが光り輝く。
「っ!?」
 まぶしくて眼を開けられない。そしてその光が収まると……
「うん、やっぱりこの姿の方がしっくりくるわぁ」
 ……女の子の姿になっていた。それも美少女。流石に有名な花子さんスタイルではなかったが。
「詐欺だな」
「詐欺よね」
「詐欺である」
 そして俺たちの意見は一致した。
「何でよぅっ!? あの姿は人間が考えたアレなのにっ!」
 叫ぶベルフェゴール。まあ、悪魔の姿は後の人間が考えた姿になるという話は聞く。それを踏まえるなら、元々は神様だ。この女の子の姿の方が本来に近いのだろう。だがそれなら最初からそれで出ろよ、とは思うが。トイレの花子さんの代理というならその方が話はスムーズに進むだろう。
「……で、私に何の用?」
 咳払い一つ、気を取り直してベルフェゴールが言ってくる。そう、ここからが本題だ。わざわざここにきたのは理由がある。好奇心を満たすためなどではない。
「ここの花子さんは、助けてくれるって話だと聞いて」
「ふうん。助けて欲しいことがあるの?」
「ああ」
 俺は言う。

「友達が校舎内でいなくなった。力を貸して欲しい」

 そう、それが今回、俺がこんな時間に此処に来た理由だ。
 さやが一緒に遊んでる親分達の小学生グループ、その中の一人が……由梨という女の子がいなくなったのだ。校舎でかくれんぼをしていてそのまま。
 それを親分たちから聞いた俺は、校舎で起きる怪異に詳しいものに話を聞くためにやってきたというわけだ。
「その子たちは? その子たちもラルヴァでしょ、頼めばいいんじゃないの?」
 ベルフェゴールはさやと怪王を見て言う。たしかにもっともな意見ではある。だが……
「ぶっちゃけ校舎の事に関しちゃ力不足なんで」
 つい最近外からやってきた座敷童子と、つい最近生まれた付喪神。「学校の怪談」を相手にするには力不足、いや場違いもいいところなのだ。
 双葉学園の異能者の生徒達に力を借りようかとも思ったが、間の悪い事に誰も捕まらない。そうしている間に手遅れになったらまずいと思った俺は二人を連れて自分から乗り込んだわけだ。というか、後手に回ってたら親分たちが自分から乗り込みかねないし。
 だがやはり前述したとおりいかんせん戦力不足であり、さやたちでは地の理もない。そこで噂話を思い出し、「生徒を助けてくれる」と言う花子さんに縋ってみようと思ったわけだ。
 実際に出てきたのは花子さんでなくて、トイレに詰まったポンレスハムが変形した悪魔の女の子だったわけだが。しかし今からまた別の花子さんを別のトイレで探している猶予は無い。
 そんな俺達に、彼女は言う。
「私は悪魔よ。そんなのに頼んでどうなるかわかってるの?」
「最初から悪魔に頼むつもりだったわけじゃないけどな……でも、此処で渋って手遅れになったりしたらまずい。頼む、お願いします、ベルフェゴールさん。俺に、俺たちに力を貸してください」
 頭を下げる。俺に出来ることは、こうやって話して力を借りることぐらいしか出来ない。
「……」
 しばしの無言。
「……いいわ。人助けをする花子さんの代理として私がここに来ている以上、頼まれて断ったらまずいものねぇ」
 微笑みすら浮かべながらベルフェゴールは言う。
「ありがとう」
 俺は礼を言う。さやと怪王も頭を下げる。
「礼はいいわよぉ。そのお友達を助けてからにしてよ」
「そうね」
 ベルフェゴールの言葉にさやがうなずく。
「じゃあ早速だけどわかる? 校舎で行方不明になった子がどうなったか、あるいはどうなるか、どこにいるか」
「そうね」
 ベルフェゴールは少し考える。そして、心当たりはいくつかあるけれど今の時期なら……と前置きして、その怪異の名を言った。

「それは「忽然と現れる旧校舎」の怪談ね」



 俺たちは、旧校舎の出る場所に移動する。彼女にはその出現地域がだいたいわかるらしい。
「忽然と現れる旧校舎」の怪談。存在しないはずの旧校舎、あるいはあったはずの旧校舎が現れる、いわば建物の幽霊らしい。そしてそこには様々な妖怪が住み着いており、そこに迷い込んでしまったものは出る事は難しく、そこに閉じ込められてしまうという。
「ここ数日、その旧校舎がこの学園に出てるのよ」
 そして、由梨ちゃんはかくれんぼの途中にそこに迷い込んでしまい、そのまま囚われたということか。
 幸い、そこには人を殺す類の怪異はいないと言われているらしい。それがせめてもの救いだろう。人を殺す系の学校の怪談がそこにいたなら、今頃由梨ちゃんの命は……そう考えると恐ろしいものがある。
「ねえ、その助けたい人って……」
「ん?」
 ベルフェゴールが俺に声をかけてくる。
「奥さん?」
 その質問に、盛大にずっこける俺。床に顔面を叩きつけてしまった。
「なっ、なななな、何言ってんだお前!? ていうか俺は未成年だし!」
「いやだって人間がそうやって危険を顧みず助けようとするのって、たいていがそういう好いてる異性だって。それに私が全盛期の頃は君くらいの年代だと結婚してたよ?」
「俺にはそういうのはいませんし、そもそも時代が違う」
「そうなんだ。てっきりそっちの子が、君の子供かと」
 また何を言い出すんだこの便所神は。
「私はケンジより年上の大人のレディよっ!」
 醒徒会長みたいなことを言うんじゃない。つるぺたすとーんの癖に。
「友達だよ。俺のというか俺たちの。ざっきーがよく遊ぶ子供達のグループの一人」
 俺は説明する。
「小学生グループと遊ぶなんて友達いないのぉ?」
 その言葉が俺の心臓をえぐった。
「いや、いるよ友達普通に!」
 親分たちとは公園で知り合ってなし崩し的に仲間にされただけで、彼ら以外に友達がいないというわけではない。本当だ。
 だが彼女は俺の高校生の尊厳をかけた決死の弁明にもさほど興味がないようにつぶやいた。
「なんだぁ、確かめられるかと思ったのになぁ」
 確かめる……何をだ。まさか俺をロリコンと思って確かめるつもりとかじゃあるまいな。もしそうなら由梨ちゃんを助けた後で暴力言語による話し合いを平和的に行う必要があるのだが。
「確かめるって、あれ? 男女の幸せな結婚とは本当にあるのか……って」
「……」
 さやの言葉に、ベルフェゴールは無言で肯定する。幸せな結婚……? 何の話だそれは。
「聞いたことあるのよ。地獄にてとある話題が持ち上がった。果たして本当に幸せな結婚とは存在するのか……そしてとある悪魔がそれを確かめるために人間界に降り立った、って話」
「ずいぶんとアグレッシヴだな」
 そんなことのために人間界に来たのか。
「結婚に幻想を持っていたのか……若いな」
 生まれたばかりの付喪神にいわれたくはないと思うが。
「しかし、お前妖怪のくせに外国の悪魔の話なんてよく知ってるな」
「モダンなシテイガールだからね」
 さやの話に、ベルフェゴールは答える。
「結局、誰も彼もが自分のことしか考えていなかった。醜いものだったわよ。だからわかったの、男女の幸せなんて幻想。人間なんて誰も彼もが自分本位。だから人間って嫌い。花子に代役頼まれてなきゃ、誰があんたたちの手助けなんか」
 そう悪態をついてくる。
「義理堅いんだな」
「意地っ張りのツンデレ系?」
「誰がよっ!」
 俺たちの言葉に大声で否定するベルフェゴール。だいたい性格がつかめてきた。
 腹を立ててずんずんと足早に進む彼女を追いかけながら、俺は言う。
「お前さ、その時やさぐれてたというか、自分を不幸と思ってなかった?」
 その俺の言葉に返答してくれる。腹を立てたが無視するほど怒ってはいないらしい。
「そりゃあ……まあ、神様扱いでチヤホヤされてたのが巡り巡って便所の悪魔扱いよ。そりゃやさぐれるわよ」
「だからだな」
「え?」
「自分が嫌な気分のときは、誰も彼もがひどい奴らに見えるものだろ。逆に、誰も彼もが自分より幸せそうに見えて死ぬほど妬ましくなったりとかもあるけど、まあお前の場合は前者だったんだろうな。みんなひどい自分本位のゲスに見えてしまった。そういうのって、自分の気持ちしだいで世界の見え方変わるし」
 自分しだいで世界は変わる。陳腐なものいいだが、事実だと思う。
「さすが、常人と違う世界を見てる人は違うね」
 さやが言う。確かにそうだ。この見鬼の力は、物心ついた頃から他人とは別の世界を俺に見せていた。
 普通の人たちと別の見え方をしていると気づかなかった頃は、それでいろいろと問題になったものだ。病気だと思われたこともあった。
 だけどそれでも俺は後悔とかしていないし、この力を嫌うつもりもない。
「幸せなんてのは、自分で感じるものだよ。傍から見て大変そうでも本人達は幸せだということだってある」
 まあ、その逆のパターンだってあるわけだが。
「……ふぅん」
 俺の言葉に、ベルフェゴールは相槌を打つ。……さすがに怒らせてしまっただろうか。
「悪い、なんか変な事言って。説教する柄じゃないし、あくまで俺の個人的な意見だからあまり気にしないでほしい」
「いいえ、参考になったわ。そうよね、そうなのよねぇ。人間って難しいわ……」
「まあ、人間から見ても人間って多様でひとくくりにできないからなあ」
 そのあり方がシンプルなラルヴァたちと比べると本当に大変だと思う。その多様性こそが人間の特徴なのだろうけれど。
「……お喋りはそろそろおしまいよ。もうすぐよ」
 ベルフェゴールが足を止めて言う。非常用扉の前だ。彼女はその扉に手をかけ、そしてあける。
「……わぁ」
 思わず声が出る。鉄筋コンクリートの壁とリノリウムの床のはずが、そこから先は……黴と木の匂いのする、木造校舎だった。
「ここから先は、異界ね。もう足を踏み入れたら戻ってこれなくなるかもしれないわよ?」
「……だからといって、引き返すわけにはいかないよ」
 ベルフェゴールの言葉に俺は言う。
「大丈夫。ケンジには座敷童子の幸運が付いてるから」
「付喪神の王も付いているぞ」
 二人の言葉が頼もしい。
「……そうね。そして花子の代理の私もいるし」
「ああ、行こう」
 そして俺たちは、闇の中へと足を進ませた。




「こんなところに紛れ込むとは……そう、此処はこの世ならざる境界の狭間……そこに来るとは、何を企んでいるのかな。いやいいよ、言わなくてもわかるさ。そう……すなわちキミ達は世界を憎むもの。世界の歪み。だからこそボクが現れた……!」
 旧校舎に入ってしばらく進むと、いきなりマント姿の変なピエロがいちゃもんをつけてきた。
「いや、俺たちはここに紛れ込んだ友達を探して……」
「そして友のために世界を憎むということか……! ああ、確かに友達は大事だね。だがそれでも世界を害するというキミたちの意思は許されるものではない」
 聞いちゃいねぇ。
「おいベルフェ、何だよこれ」
「私に聞かないでよぉ。ていうかベルフェって何よ」
「長いから略した」
「なれなれしいわよ」
「じゃあべっきーで」
「……ベルフェでいいわよ」
 とりあえずベルフェゴールに問いただすが、彼女もコレが何かわからなかったようだ。
「……親分たちが話してたよ。怪人ジョーカー。世界を憎む異能者の前に現れて、異能の力をナイフでメッタ刺しにして殺して回るって……」
「はためいわくなやつだ」
 ため息をつく俺たちだった。怪異というものは理不尽なものとは相場が決まっているが、そんなもので殺されたらたまったものじゃない。
「……ボクを無視するとはね、まさに世界への反逆だ……!」
 足を踏み鳴らして怒りの声をあげるピエロ。どうしようコレ。
「なあさや、親分たちは他に話してなかったか」
 妖怪や都市伝説の怪異怪談には、助かるための方法も伝わっていることも多い。紫鏡に対する白い水晶、というようなものだ。理不尽な噂話ほどそういうのは付いて回る。だからこの怪人ジョーカーにもその手の話がついていると思うのだが……
「あ、確かあったはず……ええと、確か……」
 さやが頭を押さえて思い出そうとする。その間もピエロは何か叫びながら刃物を振り回して近づいてくる。
「たしか……そう、指をさして」
「指をさして?」
 言われたとおりに俺は指をさす。
「なにその格好、恥ずかしくないの?」
 さやが言う。まっすぐに。
 その一言に、ピエロが停止した。
 小学生ぐらいの女の子に、指を指されて、まっすぐに、道化の扮装に突っ込みを入れられた。
「……あ、う」
 顔を赤くしたり青くしたり。なるほどそうか……そういうことか。
「違う、恥ずかしいとか恥ずかしくないとかそんなモノではない、ボクは世界を……」
「世界の前にまず鏡じゃない?」
「はう!」
「というか、センスが変」
「ひぎぃ!」
 たぶん俺が言っても聞く耳もたないだろうが、小学生ぐらいの女の子に言われるのは精神的ダメージが半端ないようである。
 そしてさやの言葉攻めが続き……
「ピエェエエエエエエエエエエエエエエエエロ!!」
 わけのわからない言葉を残して消滅した。
 ……なんだったんだ、あれ。
「……言の葉で人を傷つけるのって……悲しいね」
 いや途中からノリノリだっただろうお前。
「この旧校舎に巣食う怪異のひとつ……ってわけね」
 ベルフェゴールが言う。いやまあ、それはわかるのだが、なんというか本当に何だったんだあれ。
 そのとき、さらに闇の中から声がかかる。
「人の心が生み出した闇……だ」
 暗く沈んだ声だった。
「な……っ!?」
 闇から現れたのは、またマント姿だった。ただしボロボロのマント。そして眼帯。右手にはやたら装飾の付いた銃が握られている。今度は何だ?
「お前……俺と同類か」
 俺を見て妙なことを言い出してくる。
「は?」
「通常には視えぬモノを見る……そう、闇と血に染まりし絶対の真理眼、レフトアイ=ヴィジョン・オブ・トゥルースを持つモノ……!」
 うわあ。
 イタいモノに出会ってしまった。
「俺は闇黒銃士……闇に生まれ闇に死す、黒き拳銃使い……!」
 自分に酔ったギラついた目でマントを翻す。そのとき、
「そこまでよ」
 輝く糸が飛来し、闇黒銃士の腕を絡め取る。
「何者だ!?」
 その声に現れたのは、下着のように胸と下半身だけを包むゴム製の黒いボンデージファッションに、同じく真っ黒なブーツと手袋のみをつけた少女。
 つまるところの話が、また変態が現れたのだった。
「人をわたくしを緊縛少女と呼びます。そう、わたくしは化物を滅ぼすために生まれたもの」
「面白い。俺を化け物扱いか……そうだ、ああそうだとも! 人と交われぬこの力、闇の力を持つ俺は化け物と呼ばれるに仕方ないのかもしれないな……」
「ご安心くださいな。わたくしはは残虐主義者で平等博愛主義者。故に容赦は致しません。人間でしょうが化け物でしょうが平等に、天国へイカせてあげるわ!!」
「面白い。だが俺に天国は似合わない……地べたを這いずり回ってこそ見える光もある。貴様も見るか、地獄の闇というものを……!!」
 ……。
 わけのわからない戦いが始まってしまった。
 さやも怪王もベルフェゴールも、あまりにもあまりな展開に声も出ない。目が点になっている。
「と、とりあえず先に進まない……?」
「私も同感よぉ。こんなところにいたらおかしくなるわ」
「同意する」
 そして俺たちは、足音を消して静かにその場を立ち去った。



「本当に何だったんだアレ」
 改めて吐き出す俺の独り言に、ベルフェゴールが答える。
「……まあ、私にはなーんとなく判るわ。西洋の悪魔と在り様が近いもの」
「どういうことだ?」
「これは、夢よ」
「夢……?」
 おうむがえしに聞き返す俺に、説明するベルフェゴール。
「魔界、妖精卿、夢幻里……色々と言われるけど、人の夢を反映する不思議な空間」
 ここに出てきたラルヴァや変態たちは実体であって本物じゃない。この島に、この学園に住む人たちの心象が繁栄されて生まれたモノだと彼女は語る。
「いわばこの旧校舎こそが、七不思議を、学校の怪談を語る生徒達の想いに、力によって生まれた世界」
「じゃああのラルヴァや怪人たちは……」
「噂話によって紡がれた幻想、ただの夢よぉ」
 つまり双葉学園は変態の噂しかないのか。この学園に、この島に生きるものとしてその事実はかなり凹むものである。
「念のために言っておくと、ね? 他のところには普通のラルヴァとかの気配もあるし、あんなのしかいないってことじゃないわよ……?」
 フォローされてしまった。やさしさがつらい。
「……ケンジ!」
 さやが声を上げる。その声に俺も顔を上げる。
 ……いた。
 廊下の先、隅っこに座っている女の子の姿。由梨ちゃんだ。
「本物……かな?」
 さやが不安げに声を上げる。俺は視線に力をいれ、視る。……ラルヴァや怪異の気配はない。
「本物のようよ」
 ベルフェゴールもまた同意する。なら間違いない。彼女は本物だろう。
 近づく俺たちを見つけ、由梨ちゃんの顔がぱっ、と明るくなる。
「さやちゃん! お兄ちゃん!」
 抱きついてくる。俺は泣きじゃくる由梨ちゃんを抱きとめ、ぽんぽんと頭を叩く。
「親分達も心配してるよ。さ、帰ろう」
「うん……」
 本当によかった。無事、助けられた。いや正確にはまだ助けられたわけではなく、見つけられたといったほうが正しいのだが。
 そんな俺たちに、ベルフェゴールが言う。
「早くしないとまずいわよ。そろそろこの校舎も崩れるわぁ」
「どういうことだ」
「言ったじゃなぃ、ここは夢だって。夢は覚めるもの……人の夢と書いて儚いと書くわぁ。そして夢の続きは中々見られないように……」
「まさか、消えたら二度と元の世界に戻れない?」
「絶対、にじゃないわよ。でも可能性はすごく低いわぁ。というか、崩れ始めているから此処から脱出できるかどうか」
 ……おい、それはないぞ。だが耳を澄ますと、確かにミシミシと鳴っている。埃も天井から落ちている。これは本当にちょっとまずくないか?
 由梨ちゃんもぎゅっ、と俺の服を不安げにつかむ。だが、そんな由梨ちゃんに対し、さやがにっこりと笑う。
「大丈夫」
 さやが言う。きっばりとはつきりと。
「座敷童子の幸運がついてるわよ。私が見放さない限り、大丈夫」
「……ああ」
 その自信ゆるがぬ顔に、俺たちは頷く。
「急ごう!」
 走り出す。だがベルフェゴールは動こうとしない。
「どうした? 早く」
「私はいいわ」
 ベルフェゴールは笑う。
「だって私はこちら側だものねぇ。花子への義理もあって助けただけだもの。それも終わった、最後まであなた達と一緒に居る義理なんてないもの」
 寂しそうな笑顔でベルフェゴールは言った。
 みしり、と旧校舎が音を立ててきしむ。どこかで木材の折れる音も聞こえた。
「……」
「早く行きなさい。夢は覚めるものよ。私もまた胡蝶の夢だものねぇ」
 その疲れた顔に、俺は……
「関係ない!」
 俺は思わず手を伸ばす。
「え……?」
「それに、お前は夢じゃない。ちゃんと俺たちを助けてくれた。助けてくれるって言ったのなら最後まで面倒みてくれよ。悪魔は約束を絶対に破らないんだろう!?」
「……あんた」
「未練あるんだろ。諦めきれないんだろ」
 俺の経験上、この世界に出てくる霊というものは、何らかの未練や執着がある。だから現世に縛り付けられる。悪魔にそれが当てはまるかどうかは知らない。だけど、寂しそうに話していた横顔から、俺はそう思った。
「行こう」
 俺には、お願いすることと手を伸ばすことしか出来ない。だから迷わず手を伸ばす。
「主殿、早く!」
「お兄ちゃん!」
「ケンジ!」
 みんなが俺たちを呼ぶ。
「……」
 ベルフェゴールは、俺の手と、そして待っているみんなを見る。逡巡もつかの間、
「……仕方ないわね。契約不履行も悪魔の名折れだし」
 ベルフェは、そう言って俺の手を取った。 


 走る。
 途中で糸に絡め取られて宙吊りになりあへあへ言ってるマント姿の変態を見たような気がしたが気にせずに走る。どうせあれも人間ではなく、ただの妄そ……もとい、幻想だ。
 それらに気を取られていては、俺たちもこの場所の住人になってしまう。それは駄目だ。主に由梨ちゃんの情操教育の意味も込めて。
 そして俺たちは扉をくぐる。危機一髪、俺たちが扉を出た直後に旧校舎は……その道は消える。
 夜が明ける。随分と長いこと居たようだ。
 蜃気楼が消えるように、まさに夢から醒めるように……旧校舎は消えていく。幾多のユメと共に。
「終わったわね」
 さやが言う。
「うむ、終わったな。つらく長い戦いであった」
 怪王も言う。いや、戦いなんてしてないのだが。まあ浸っているようだし野暮な突っ込みはしないでおこう。
「……さて、これで私のお仕事も終わりね」
 ベルフェゴールが言う。
「ああ、本当にありがとう」
 彼女がいなければ、由梨ちゃんを助けられなかった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
 由梨ちゃんもベルフェゴールにぺこりと頭を下げる。
「いいのよぉ。これからはあまりおイタしちゃだめよ?」
 由梨ちゃんの頭をなでるベルフェゴール。そして彼女は俺に向き直る。
「……言ったわよね、悪魔にお願いするとどうなるか、って」
 そういえば、いわれたような気がする。
「……代償とか何か?」
 さやが言う。そうか、悪魔に願いをかなえてもらうと代償が必要、なんだっけ。
「そうね。でもまあ安心しなさい。別に魂よこせとか言わないわ」
「それは助かる。俺にできる範囲ならなんとかするよ」
「そうね。じゃあ……」
 そしてベルフェゴールは一呼吸おいた後、とんでもないことを言った。

「幸せな結婚があるかどうか確かめるために結婚しましょう!」

 俺たち全員がずっこける。というかなんでそうなる!?
「言ったじゃない、幸せなんてのは自分で感じるものだって。つまり幸せな結婚が実在するかどうか確かめるには私が結婚して自分で確かめないと」
「ななななななななんでそれでケンジと結婚するって発想がでるのよっ!?」
 うわずった声でさやが口を挟んでくる。
「だってぇ、それ教えてくれたのこの人でしょ? だったら責任とってもらわないと」
 いや、責任て。
「だ、だいたいそんな物は試しみたいなのは駄目よ! 男女の仲というものはもっと慎ましやかにね……そもそもそこには愛がないと……」
「愛ならあるわよぉ。傷つきやさぐれてた私の傷心ハートにつけ込んだその優しさに私はもうメロメロだもん……ていうかこれでさらに裏切られたりしたら完全に悪堕ちして何しでかすかわかんないかも。悪魔だし」
「そっちのほうがよっぽどつけ込んでるし!」
 全くだ。
「やだなあ冗談よ冗談。でもケンくん気に入ったのは本当よぅ?」
 どこからどこまで冗談なんだか。結婚しろというところから冗談であってほしい頼むから。
「そ、そんな、だからって……」
 そう食い下がるさやに、ベルフェゴールはいじわるそうに言う。
「あら取られるの悔しいのぉ? なら重婚でもいいわよ、それが案外幸せに繋がる道かもしれないじゃない、ハーレムエンドってやつ?」
「ぐぶほっ!」
 思わず噴出して咳き込む。唾液が気管に入った。
 何を言い出すのだ本当に。
「なっ、ななななななななななななななななななな」
「私はポジティヴシンキングに行くことにしたわ。重婚同性婚いいじゃない、みんなで幸せになるの。ね?」
 よくねぇよ。どっちもこの国では法律として認められてないし、そもそも後者は断固として御免こうむる。俺にそんな特殊性癖はない!
「じ、じゃあ私も……!」
 そのタイミングで由梨ちゃんがとち狂ったことを言い出した。
 ……なんだこの展開。何がどうなっているんだ本当に。
 まだ夢の中なんじゃないだろうな。
 ぎゃーぎゃーとさわぎたてる連中を背に、俺は昇る太陽を見つめる。
 疲れた。夢なら覚めてくれよ本当に。
「大変だな、主殿」
「まったくです」
 塵塚怪王だけが俺の味方の気がしてきた。
「……ところでそのハーレムにはまさか我も入れるつもりではないだろうな?」
 前言撤回。
 なんかすべてが俺の敵に思えてきた。
 はやく帰って寝たい。俺は心からそう思った。



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