【MP3 ショット・イン・ザ・ダーク:前編】


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 大神《おおがみ》壱子《いちこ》は浮かれていた。
 昨日彼女はN県に現れた猛獣ラルヴァの討伐に出向いていて、学校を休んでいた。しかし、今日はきちんと登校することができてとても嬉しいようである。
 大神はウキウキしているようで、鞄を振りながらスキップしたり、時にはくるくると回りながら朝の通学路を歩いている。他の生徒たちからは奇異の目で見られているが、彼女は一切気にしてはいないようである。
(一日顔を見ないだけでこんなに切なくなるなんて……早く会いたいな)
 大神の表情は恍惚としており、それは誰が見ても“恋する乙女”の顔であることが察せられる。
 大神はウェーブのかかったもこもことした栗色の長髪で、全体的に温かそうな印象を受ける。だがなぜかフードのついたジャケットを制服の上に着込んでいて、そのくせ女子高生らしく酷く短いスカートをはいており、恐らく少し急な階段などの下からはパンツが見えてしまうのではないだろうか。
 彼女は美少女と呼んでもいいであろう可愛らしくも幼い顔だちをしているが、どこかちゃらちゃらしていて、いわゆる『|今どき《・・・》の女子高生』という言葉が似合う女の子である。ルーズソックスをはいていたりぬいぐるみやストラップが過剰についている携帯電話を持っているのもそんな印象を受ける原因の一端であろう。
 だが、大神の特徴はそれではない。それだけならばただの普通の女子高生と変わらない。
 大神の本当のチャームポイントはその頭と、お尻から|生えている《・・・・・》ものであった。
(そうだ、教室に行く前に保健室に寄って行こっかな♪ きっともう来てるはずだし……)
 もじもじと自分の指をいじりながら、学園についた大神は、そのまま自分のクラスではなくなぜか保健室のほうへと駆けていく。
 今どきの女子高生である大神にも悩みはある。それは恋の悩みだ。いつも相手に想いを伝えているのに、その相手は自分に振り向いてくれない。
 明るく活発で、可愛い女の子の告白を断る男はあまりいないであろう。事実大神は男子からの人気も高かった。しかしその反面、彼女を嫌っている女性徒は多いようである。
 息を切らせながら大神はようやく保健室の扉の前へついた。
 数秒息を整えてから、とびきりの笑顔を浮かべその扉をがらりと開く。
「おはようございます瀬賀《せが》せんせー! とっても、と~~~~~っても会いたかったですよ!!」
 大神はそう挨拶し、きっとここにいる彼女の想い人も一日会わなかった寂しさを抱えていて、自分を笑顔で出迎えてくれる。そう彼女は信じていた。
 だが、目の前の光景を見て、大神の体は氷のように固まってしまう。
「げっ……! 大神!」
 大神の片思いの相手、保健教師の瀬賀《せが》或《ある》は、あろうことか小学生くらいの女の子とベッドの上で抱き合っていたのである。しかも二人は座りながら正面を向き、女の子は瀬賀の首に手を回している。
「た、対面座位!!」
 大神は顔を真っ赤にして手で顔を覆っていた。
「せ、先生の浮気者! そんな年端もいかない女の子に手を出して! 欲求不満ならあたしがいつでも解消するのに! それなのにあたしより幼女がいいの? あたしじゃムラムラしないの!? あたしだって去年より胸少しは大きくなったんだよ。それなのにそんなぺったんこのほうがいいの!?」
 大神は涙を浮かべながら保健室の扉を握りしめ、恐るべきことに凄まじい怪力で取り外してしまった。そしてその扉を両手で持ち上げ、あろうことか思い切り瀬賀に向かって投げつけた。
「先生の変態ロリコン教師~~~~~!!」
「ちょ、ちが、待て待て待て!!」
 そうして学園に、朝っぱらから大きな破壊音が響くことになったのである。

  ※ ※ ※




MIDNIGHT★PANIC3

ショット・イン・ザ・ダーク




 ※ ※ ※



 その日の朝も瀬賀は同居人のショコラに叩き起こされた。
 しかし連日の激務で酷く疲労し、眠気が消えない瀬賀は、なかなか起きることができないでいたようである。
「ほら、起きろバカたれ! ああ、もう朝飯食べてる時間も無いではないか! 出かけるぞアル!!」
 自称瀬賀の妻である吸血鬼のショコラは、無理矢理瀬賀を引っ張り、アパートから出ていこうとした。
(なんでこいつ吸血鬼のくせに早寝早起きなんだよ……。生活習慣良すぎだろ……子供かよ……)
瀬賀は諦めたように立ちあがり、バッジがたくさんついている真紅の革ジャンを羽織り学園へ向かう。アパートの扉を開けると、隣に住んでいる夏目《なつめ》姉弟の弟の方とばったりと出くわした。手には生ごみを持っていて、どうやら捨てに行くようだ。徒歩の瀬賀と違い、バイク登校しているため瀬賀よりゆっくりと朝の準備が可能のようである。
「よお夏目弟」
「おはようございます瀬賀先生。昨日は大変でしたね」
「ああ、トラック事故のことか。なんだったんだろうなあれ。まあ死者どころか重症者もでなかったのは幸いだな。今は病院の医師と看護婦が足りないから俺が出向くことになったよ結局」
 瀬賀は疲れているように大きく溜息をついた。昨日の暴走トラックの件は学園側も事件として調べているようである。
「さあ早く行くぞアル!」
 瀬賀と夏目が喋っていると、ショコラが急かすように瀬賀の手を引っ張った。
「はいはいわかったわかった。んじゃあな夏目弟。お前も遅刻するなよ。あと上の方の美人の姉ちゃんによろしく言っておいてくれ。また酒飲もうって」
「わかりました。会ったら言っておきます。じゃあねショコラちゃん、いってらっしゃい」
 夏目はとても綺麗な笑顔でショコラに手を振った。だがショコラはそれを無視し、瀬賀の手を引っ張りアパートの階段を降りて行った。
「おいおい。お隣さんにはちゃんと挨拶しろよお前」
 瀬賀が呆れてそうショコラに言うと、ショコラはぴたりと足を止め、
「わしはあいつが嫌いじゃ。あんな嘘にまみれた笑顔をわしは見たことがない」
 そう冷たく言った。
 瀬賀はやれやれと肩をすくめた。ショコラが何を言っているのか理解できなかったが、ご近所トラブルは起こしたくないなと溜息をつく。
(トラブルか……。一昨日の殺人鬼襲撃といい、昨日の暴走トラックといい、怪我人に追われてほとんど寝てないってのに……こいつが来てからトラブル続きだな)
 大きな欠伸をしながら瀬賀は手入れされていない鳥の巣頭をぼりぼりと掻く。それをショコラは恨めしそうに睨んでいた。
「なんだよショコラ。俺の顔になんかついてるか?」
「ふん。お主がなかなか起きぬからわしまで朝食をとれなかったではないか」
「しかたねーだろ。まあいいさ。あっちついたら保健室にジャムパン置いてあるし、俺はそれ食って、お前はそこで俺の血を吸えよ」
「うむ。そうしよう」
 昨日のように、勝手に自分の血を吸うなという約束を、瀬賀とショコラはしていた。そのためショコラもまだ朝食を済ませていなかったのだ。そもそも瀬賀が朝食を食べずにショコラが血を吸ってしまうと、瀬賀が貧血で倒れてしまうだろう。
 二人は教室には行かず、瀬賀の仕事場である保健室へ直行した。
 瀬賀は保健室の扉を開き、ショコラはふかふかのベッドへとダイブする。柔らかなシーツの海に溺れ、なんとも楽しそうである。瀬賀はデスクの引き出しに入っていたジャムパンを取りだし、自販機で買ってきたコーヒーと一緒にもそもそと食べ始める。
「そういえばショコラ。学校には慣れたか? 癖者ぞろいで面倒なクラスだろ」
 瀬賀はまるで日曜日に子供に話題を振る父親のようにそう尋ねた。ショコラは高等部二年H組に通ってはいるが見た目が子供と変わらず、実際に二人が並んでいるとまさにやんちゃした若い父親とその娘という構図に見えてしまうだろう。
「ふむ。なかなかい良い奴らばかりじゃぞ。わしは連中が気に入った」
「へー。そりゃよかったな」
「わしとお主が夫婦だと言ったらみんな驚いておったぞ。実に面白い光景であったな」
「ファック! て、てめえ、あのクラスの連中にも言ったのか!」
 瀬賀は大きく肩を落とすが、瀬賀の苦手な教師、字元《あざもと》にすでに知られている以上、いずれ放っておいても他の生徒の耳に入ってしまっていたであろう。もう手遅れであった。
 瀬賀はジャムパンの袋をくしゃくしゃと丸め、ゴミ箱へ放り投げる。瀬賀の食事が終わったことを確認し、ショコラは急かすようにベッドの上を跳びはねていた。
「さあ、血を吸わせるのじゃ。わしはもうお腹が減ってしょうがないのじゃ」
「わかった、わかった。ステイ。お座り。ほらよ」
 瀬賀はシャツの襟をぐいっと引っ張り、ショコラをベッドの上に座らせ、ショコラと同じようにベッドに座り込んで首を差し出す。
 すると、ショコラは犬歯を尖らせて瀬賀の首もとへ噛みつく。一瞬ちくりと痛みが走るが、蚊のように牙から麻酔を出しているのか、すぐに快感へと変わっていく。これが結構気持ちよく、癖になりそうである。
 ショコラは貪るように血を吸い、首の後ろに手を回して座りながらも瀬賀に抱きつく格好になってしまっていた。
「焦って飲むなよ。俺の血はどろどろだから喉に詰まるぞ」
 瀬賀は赤ちゃんをあやすようにショコラの背中をぽんぽんと叩く。
(しかしこんな姿誰かに見られたら勘違いされるな。そういえば保健室の鍵掛けるの忘れ――)
「おはようございます瀬賀《せが》せんせー! とっても、と~~~~~っても会いたかったですよ!!」
 瀬賀の心配通りに、大きな音を立てて保健室の扉は開け放たれた。
 そして、そこには瀬賀のもっとも苦手とする人物、大神壱子が立っていたのであった。
(う、ウソだろ……。よりにもよって大神に)
 瀬賀は自分のミスに後悔し、顔に手を置いた。
 瀬賀とショコラを見た大神は、顔を真っ赤にし、|頭から生えている狼の耳と《・・・・・・・・・・・・》、|スカートから伸びているふさふさの尻尾《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》を逆立てて、ぶるぶると震えていた。
 ショコラは大神をちらりと横目で見つめ、くんくんと鼻をすませている。
「むう、この臭い……人狼《ウェアウルフ》か」
 そう呟くが、瀬賀には聞こえていないようである。
 そうして怒った大神に扉を投げつけられ、瀬賀は今に至るのであった。



「誤解だ大神。俺がこんなガキ相手に欲情する変態だと思うのか?」
 瀬賀は扉をぶつけられ、頭から血を流していた。瀬賀はそれを自分の救急セットで処置しようとしたが、ショコラがもったいないとばかりに瀬賀の頭をぺろぺろと舐めている。
 そんな奇妙な光景を見ながら、大神すんすんと涙を拭っていた。
「じゃ、じゃあその女の子は誰なの? はっ、まさか先生の隠し子? 相手は誰なの! あたし先生がコブつきでも全然構わないよ!」
「だから違うっての! こいつは――」
「わしの名はショコラーデ・ロコ・ロックベルト。見ての通り吸血鬼じゃ」
「きゅ、吸血鬼なの!」
 大神は今さらショコラが瀬賀の血を舐めている理由を悟り、驚きの声を上げた。
「マジ? 超すごーい、実在したんだ! 鬼ヤバーイ! 写メとっていい?」
 いきなりテンションが上がったように、大神はケイタイを取り出してパシャパシャとショコラの写真を取り出した。フラッシュを使っているようで、光がショコラに襲いかかる。
「や、やめるのじゃ! 眩しいわ!」
 ショコラは怒ったように大神のケイタイを蹴りあげ、宙を舞っていく。このままなら床に落ちて壊れてしまうだろうが、大神は凄まじい反射神経で、その場で跳躍し、宙に舞ったケイタイを空中でキャッチした。パンツが丸見えである。
「ワン!!」
 大神はなぜか嬉しそうに自分のお尻から生えている尻尾をブンブンと振るが、すぐに正気に戻り、顔を真っ赤にしてショコラのほうまでつかつかと戻ってきた。
「な、なにするのよ!」
「それはこっちの台詞じゃ。お主は人狼のくせに吸血鬼が珍しいのか?」
 ショコラは大神の耳と尻尾を見てそう言った。しかし大神はきょとんとした表情をしている。
 そう、大神壱子は人狼族と呼ばれる特殊な人間である。彼女の頭から生えている茶色の耳も、スカートを押し上げて伸びるふさふさとした尻尾も、アクセサリーなどではなく、身体から直接生えているものだ。
 狼のような俊敏さと、鼻の良さ、鋭い牙と爪に怪力と凄まじいタフさを誇る一族である。
「よ、よくあたしが人狼だってわかったわね」
「臭いでわかるのじゃ」
「嘘、あたしそんな臭う? ショック! いっつも高いボディソープで身体洗ってるのにぃ!」
ぴいぴいと大神はまた泣き始めてしまう。
「体臭ではない。血の臭いでわかるのじゃ。お主も人狼なら、わしが吸血鬼だと臭いでわかるであろう」
「わかんないわよ。だってあたし吸血鬼に会うの初めてだもーん」
 大神は狼耳をぴこぴこと動かしながらそう言った。瀬賀はぽんっとショコラの頭を叩く。
「語来《かたらい》に聞いた話じゃ、日本の吸血鬼はあまり表に出てこないらしくてな、人狼族とも対立しちゃいないんだよ。お前の国では種族間の争いがあるかもしれんが、ここは日本だ。二人とも仲良くしろよ」
 瀬賀は珍しく教師らしく二人にそう言い聞かせた。
「ふむ。それは知らなかったのう」
「まあ、先生がそう言うなら……。でもでも、なんでこの子は先生の血を吸ってるの? 病院行けば献血用の血がいくらでもあるでしょ。あたしでも先生の首もとにキスなんてしたことないのに!」
 ぷんすかと頭から湯気を出しながら大神はショコラを指さした。瀬賀がどう弁明しようかと思っていると、すかさずショコラが答える。
「当然じゃ。わしとアルは血の契りを果たした夫婦じゃからのう。一緒の家に住んでおるし、毎日枕を共にしておるぞ」
「ななななな~~~~~なんですって! 夫婦!?」
大神は信じられないと言った風にがくりと膝を崩した。瀬賀はまたもやショコラの勝手な言葉に、ほとほと呆れている。
(もう説明するのも面倒臭くなってきた……)
「酷い先生……あたしのことは遊びだったのね……」
 大神はほろほろと涙をこぼし、濡れた瞳で瀬賀を睨みつける。
「待て、待て待て待て。その言い方は俺が一度でもお前と関係を持ったことがあるような言い方じゃねーか!」
「安心するがいいアル。わしは心の広い女じゃ。お主が今までどの女と寝ておろうが、今はわし一人を愛しておればいい」
「あ、あたしだって! 二号でいいから一緒にいさせてよ先生!!」
「だー! いい加減にしろ! 保健室は昼ドラの撮影現場じゃねーぞ! もう用がないなら出ていけ! 俺はお前らみたいなクソガキなんか興味ねーんだよ!」
 ついに切れた瀬賀は二人を保健室から蹴り出した。

※ ※ ※

 大神によって外された扉を無理矢理はめ込み、瀬賀はがちゃりと鍵をかけて追い出してしまったようだ。
 廊下へと追い出されたショコラと大神は互いに顔を見合わせる。
「あんたショコラって言ったわね。あんたのせいで先生に追い出されちゃったじゃない!」
「それはわしの台詞じゃ。わしの優雅な朝食を邪魔しおって」
「うるさいこの生意気チビ!」
「誇り高きロックベルトのわしに何を言うかこの犬っころ!」
「犬!? 犬って言った!? 酷い! それは人狼族に対する最大の侮蔑よ! あんたなんか大嫌い!」
「ふん。わしじゃってお主のような犬は嫌いじゃ!」
 ぷいっと二人は顔を背け会い、そのまま廊下をずんずんと歩いていく。しかしどこまで歩いていても、二人は並んだままだった。
「ちょっと、ついてこないでよ」
「ついてきておるのはお主であろう」
「あたしのクラスこっちだもん」
「わしだってそうじゃ」
「嘘! あんた初等部の校舎に行くんじゃないの?」
「バカたれ。わしはここの二年生じゃ」
「マジ? ど、どこのクラスよ?」
「H組じゃ。わしは昨日転校してきたのじゃ」
 ショコラがそう言うと、大神はぴたりと足を止める。
「ウソでしょ、なんでこんな奴と一緒のクラスなの~~~~~! 超あり得ない! ちょべりば!」
「なんじゃちょべりばとは。わしを呪い殺す呪文か? 呪文なのか? じゃがわしにザラキは通用しんぞ」
 ささっとショコラは手でガードするポーズをとるが、大神はがっくりと項垂れていただけであった。



「って、なんで席まで隣なの! 信じられない、もう最悪!」
 H組の教室までやってきた大神は、自分が休んでいるうちに隣の席にショコラがやってきていたことに憤慨しているようである。
(これからずっとこいつが隣にいるのね。いやんなる……)
 大神は隣で教科書をとんとんと机でそろえているショコラを、ぷんすかと怒りながら睨んでいた。
「しかたあるまい。わしじゃって人狼の隣なんぞごめんだが、子供じゃあるまいし、文句を言うでないぞ」
「あんたに子供なんて言われたくないわよ!」
 がるるると牙を剥き出しにして大神は唸っている。さながら本当に狼のようである。しかし実際のところ、実年齢は百歳もショコラのほうが上であるのだが。
「吸血鬼だかなんだか知らないけどね、あんたなんかに絶対瀬賀せんせーは渡さないんだからね。私は先生がここに来たときからずっと、ず~~~~~~っと好きだったんだから!」
「時間など不老不死のわしら吸血鬼には無意味な概念じゃ。大事なのは相手がどう思っているかであろう?」
「むきー! もうムカツク! 引っ掻いてやる!」
 大神は耳を立て、その指には鋭い爪が伸びていた。大神はカルシウムの足りない今どきの切れやすい若者なので、すぐ癇癪を起してしまうようだった。
「あー、やっぱ面倒なことになってんのな。おいやめろってワンコちゃん」
 暴れる大神の腕を誰かががしりと掴んで止めた。その腕は太く、力強いもので、大神の動きは完全に止められてしまう。
「だ、誰よ! 止めないでってばぁ!!」
「おいおい足をそんなバタバタさせるなよワンコちゃん。犬の絵がついたパンツが見えちゃってるぞ。落ちつかないと周りの男子たちのオナペットにされちまうっての」
 大神がなんとか首を横にして自分を押さえつけている人物の顔を見ることができた。そこにいたのはロシアの留学生――金髪碧眼、眉目秀麗、筋骨隆々のイワン・カストロビッチである。彼はやれやれと言ったふうに怒り狂う大神の身体を、ショコラから引きはがしていた。
「あたしに触らないでよ この筋肉まんじゅう! がぶっ!」
「いででででで、噛むな! 狂犬病かよお前! この俺の完璧な肉体に傷をつけるんじゃねーよ。ったく、春部《はるべ》といい、俺のまわりにはろくな女子がいないな」
 大神はカストロビッチの腕に噛みつき、その腕から逃れる。カストロビッチは噛まれた腕にふーふーと息を吹きかけ、まあこれはこれで一種のプレイとしてありだなと頷いていた。そんなカストロビッチにショコラは手を上げて挨拶をする。
「おお、おはようじゃぞイワン」
「やあショコラちゃん。おはよう。こいつは大神壱子だ。昨日休んでたから今日会うのが初めてだよな。それでもうケンカしてんのか」
 カストロビッチは転校生であるショコラに、級友の大神を紹介した。しかし大神は不服そうである。
「いちいちあたしのことなんか紹介しなくていいよ。この子と仲良くなる気なんてないんだから」
 ぷいっと大神は唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。やれやれとカストロビッチは肩をわざとらしく揺らしている。吸血鬼と人狼は天敵同士だということはカストロビッチも知っている。だがここまで解りやすく敵対するなんて二人とも単純な性格をしているものだと呆れかえっていた。それに大神が瀬賀のことを好きだということも知っている。いや、それはこのクラス中では周知の事実である。それゆえに二人の敵対は避けられないだろうとクラスのみなは思っていた。
「席だって隣どうしなんだから仲良くしろってワンコちゃん」
「ワンコ?」
 ショコラはカストロビッチが大神のことをワンコと呼んだことに気が付き、ぷっと吹き出す。
「そう。壱子。壱は英語でワン。それでワンコ。まあこれも千乃ちゃんがつけたあだ名なんだけど」
 なんとも安直なネーミングだが、それを聞いてショコラはバカにしたような目で大神をじとりと見た。
「ワンコ! なんと滑稽な響きか。可愛いのう。犬にはぴったりな名じゃわい」
「ああ! またバカにした! あたしだってこんな変なあだ名嫌よ、でも千乃ちゃんがダジャレでつけちゃったんだからしょうがないじゃない!」
「ほれ鳴いて見せろ。ワンワン、ワーン!」
「ううう、うっさい! このどチビ!」
 顔を真っ赤にして大神はショコラに飛びかかり、それにショコラは応戦しお互いに顔をつねり合ったり、大神はショコラの髪をひっぱり、ショコラは大神の耳やしっぽをひっぱたりしていて、子供のような大ゲンカを始めてしまった。二人ともスカートが短いため、暴れるたびにショコラの水色縞パンと、大神のバックプリントパンツが丸見えになる。そのためクラスメイトたちは二人のケンカから視線がそらせない。
「おっはよーみんなー!」
 二人がもみくちゃになってケンカをしていると、そんな場違いなほどに朗らかで明るい声が教室に響いた。
 大神とショコラはふーふーと息を切らし、教室の扉のほうへと視線を移す。するとそこには見知った顔が見え、ショコラはそっちへ向かって手を振った。
「おはようチノ。今日もいい朝じゃのう」
「あ、千乃《ちの》ちゃんじゃん。おはよー」
 教室に元気よく入ってきたのはクラスメイトの有葉《あるは》千乃《ちの》であった。可愛らしいアホ毛をみょんみょんと揺らし、小柄な身体を跳ねさせている。美少女と言っても何の問題のない容姿をしているが、信じられないことに彼(そう、彼だ)は男の子である。漢字で表記するなら男の娘が一番適切であろう。
 続くように肩に鞄をかけながら教室の扉をくぐってきたのは、有葉と対照的に背が大きく、思春期の男子の視線を釘付けにするようなプロポーションを持つ少女、春部《はるべ》里衣《りい》である。
「おはよ」
 と、適当に挨拶して彼女は入ってきた。終始ニコニコしている有葉とは正反対で、少々むすっとしており、きつい印象を受ける。
 だが、そんな春部がやってきたのを見て、大神は涙をぼろぼろと流し始めた。そしてショコラをつきはなし、思い切り春部の腕にしがみついたのである。
「うわーん! 里衣ちゃん助けてよぉ! あたしたち友達でしょ!」
 春部の制服に涙と鼻水をこすりつけるように顔をうずめ、わんわんと大神は大泣きしている。しかし春部はとても嫌そうな顔をしていた。
「ええい離れなさい! 私に抱きついていいのは千乃だけよ! 大体誰が友達よ。いいからはーなーれーなーさーい!」
 春部は心底迷惑そうに大神の顔を押さえつけて無理矢理引き離そうとするが、大神は母親に甘える子供のようにしがみついて離れなかった。
「ワンちゃんとショコちゃんどうしたの?」
 有葉が泣いている大神と、髪の毛が乱れているショコラを見て、カストロビッチの袖をくいっとひっぱり、不思議そうに尋ねる。
「どーもこーも。種族間の争い――っというよりは男をめぐっての修羅場ってとこだろうな。まああの瀬賀先生だから仕方ないだろう。色男だから俺もたまに欲情しちまうからな」
「のんきそうに言ってんじゃないわよ金髪ど変態。ちょっと、いい加減泣きやみなさい犬っ子! だいたいあんた地味に私とキャラ被ってんのよ」
「えへへ。おそろいのケモノミミ!」
「私は常時そんな媚びたもん出してないから!」
 春部に罵られても傷つくどころか、なぜか逆に大神は嬉しそうに耳をぴょんぴょんと立てていた。どうやら大神は春部にとてもなついているようである。
 春部はその横暴でドSで自分勝手できつい性格ゆえに、彼女のことを疎んじている生徒も多いが、大神は春部のことを親友だと思っており、慕っているようである。同じ獣の力を持つ者同士であることもその理由の一つであろう。それに大神もまた、他クラスの女子から嫌われているため、思うところがあるのだろう。
「もう、里衣ちゃんからも言ってよ。あの転校生生意気なのよ!」
「あんたも似たようなもんじゃない。それにこれでようやく西洋三大怪物がこのクラスにそろったってわけよ。ねえ、そう思うでしょあんたも」
 春部はそう言って、視線を机に座っている男子生徒のほうへと移した。そこには無骨な容姿の男子生徒が座っている。彼は春部の視線に気づき、慌てて視線をそらした。
「あっ、チンちゃんおはよー!」
 その男子生徒のほうへと有葉は挨拶して手を振る。
「お、おはよう……」
 すると彼も小声ではあるが、きちんと挨拶を返した。
 有葉にチンと呼ばれたその男子は、本名を雨申《うもう》蓮次《れんじ》といい、背がカストロビッチよりも高く、がっしりとした体型で、顔も強面だがその容姿とは正反対に心優しいピュアハートの持ち主である。有葉や春部のように明るく目立つタイプではないが、その容姿ゆえにクラス内の存在感は大きかった。
「西洋三大怪物?」
 春部の言葉にカストロビッチは頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「そーよ。あんたも西洋人なんだから知ってるでしょ。吸血鬼、狼男、それにフランケンシュタインの怪物。B級ホラー映画ではおなじみよね」
「ああ、吸血鬼のショコラちゃんに狼人間のワンコちゃん……んでフランケンシュタインの怪物がチンってことか――ひでえなおい! チン、たまには怒っていいんだぞ」
 カストロビッチにそう言われ、雨申は困ったように頭を掻いていた。春部や、周りのそういう言葉には慣れきっているようである。
「だって文化祭のときの『お化け屋敷風喫茶店』で、あいつにフランケンの格好してもらったじゃない。あれはもう子供が見たらトラウマ物なくらい似合ってたもの」
「確かにあれは強烈だった。やばすぎて裏方に回ってもらったからな……」
 カストロビッチは文化祭の準備のことを思い出してそう呟いた。仮装をした雨申はまるでスクリーンから飛び出してきたかのような迫力があったからだ。
「あたしアレ見て夜眠れなかった……」
 その姿を思いだして、大神はぶるぶると震えながらまた涙目になっている。
「あのチンちゃん、かっこよかったよね!」
「え? うん? それはどうかと思うわよ千乃」
 有葉はそう言うが、あの凶悪な格好を見てそう言う有葉のセンスは春部にも理解しがたかった。
「でもこのチビ吸血鬼が文化祭のときにいたら、その西洋三大怪物がそろってもっと盛り上がったでしょうに」
「指をさすでない、失敬であろう!」
 ショコラは春部に真上から見下ろされ、指で小突かれて憤慨しているようだ。そんなショコラを見て大神は「ざまーみろ」とあっかんべーをしている。
「確かにショコラちゃんがいたら、もっと面白かっただろうな。というか金髪洋ロリって時点で大勝利だろ。そんな店に来ない男子はまずいない」
「でしょ、このバカチビはムカツクけど商売としては惜しかったわねほんと。あんたもそう思うでしょ清純《せいじゅん》?」
 そう言って今度はこの騒ぎとは無縁とばかりに机で自習しているクラス委員長である鈴木清純に話しかけた。名の通りに清楚な黒いロングヘアと、涼しげな細い目が印象的である。
「そうね。確かにあのときはドラキュラ役が見つからなくてどうにもバランス悪かったもの。でも、私としてはショコラちゃんのような可愛い女の子がドラキュラ役やるってのも狙い過ぎててちょっとね。やっぱりベラ・ルゴシみたいな紳士系で不気味な感じなのがいいのよね。ショコラちゃんはむしろシャイニングの双子の方が似合うんじゃないかしら。こう鏡を用意して無理矢理双子を演出したりして」
 清純は淑やかな雰囲気からは想像もつかないB級ホラー映画マニアのようで、ずいぶんとその手の話しに詳しいようである。
「にゃははは。シャイニングね。それは似合いそうだわ。じゃあそこの金髪バカは斧でも持って客を追いかけ回してればいいじゃない」
「俺はあんなモジャモジャじゃねえ!」
 けらけらと春部はバカにするように笑っていた。そんな春部の影から顔を出して、大神は清純のほうに話しかけた。
「あたしが狼人間役やらされなかったのも可愛いから? ねえ、可愛いからでしょ? えへへ困っちゃうな♪」
 大神は頬を赤くし嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねているが、清純は冷めたような目で彼女のほうへ視線を向ける。
「いいえ。だって大神さん仮装させてウエイトレスさせても絶対転ぶもの。だから客引きしてもらったの。料理やドリンクをひっくり返すオチが目に見えてるわ」
 さらりとそう言い、大神は涙を浮かべてまた春部の腕に顔をうずめてしまった。
「酷いよ委員長! 委員長がクラスメイトいじめていいの?」
「事実だから仕方ないじゃない。あなた去年の文化祭でやった漫画喫茶で何枚お皿割ったか覚えてる? 百枚よ百枚。お岩さんもひっくり返るわ。それだけで売り上げが全部パーになったじゃない。リアルなドジっ娘は萌えるどころかただの迷惑でしかないことが証明されたわね」
「うわーん! あたしのグラスハートが傷ついたー!」
「ふん。いちいち泣くでないワンコロ。向こうの人狼族は涙なんか見せたことなかったぞ。お主は泣き虫じゃのう」
「うっさい! なによそのバカにした目は!」
「よくわかったのう。バカにしておるのじゃ」
「このチビー!」
 またショコラに飛びかかろうとする大神の襟首を掴み、カストロビッチはなんとかそれを止めた。
「まあ、文化祭は終わったことだし。今さら言ってもしょうがないことだろ。ほれ、みんな席着こうぜ。もうすぐチャイム鳴るから、こんな騒いでたら練井先生がまた大泣きしてさらに混沌としちまうよ」
 カストロビッチがそう言うと同時に、丁度チャイムが鳴り、みなは慌てて席へと戻っていった。
 当然ショコラと大神も隣同士の席へと戻っていく。二人は近くにいながらも顔を背けあっている。そうしてしばらくして担任の練井がやってきたが、険悪そうな二人をみてただ首をかしげるだけである。







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