【双葉学園怪異目録 第六ノ巻 袖引き童】


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 双葉学園怪異目録

 第六ノ巻 袖引き童



 土曜の昼下がりの公園は活気に満ちている。
 老若男女問わず、遊び、休み、休日をそれぞれ謳歌しているのだ。
 そんな中で。
「いけえええっ! 塵塚怪王っっ!」
「迎え撃て、ブレイズライオ!」
 セイバーギアに熱中する子供たちの声が公園に響く。いや、子供モドキとセイバーモドキが混じっているのだが。
 座敷童子と塵塚怪王。ラルヴァである二人は、しかし親分こと大宅誠二くんの操るライオン型セイバーの一撃に見事に敗北した。あまりにも敗北っぷりが見事なので、詳しい描写は避けさせてもらう。
「ま、また~……」
「甘いぜざっきー、おとといきやがれってんだ」
「……そんな口利いていいの!? 時間を操るラルヴァか異能者を探して、本当に一昨日に攻め込んでやるわよ!?」
 わけのわからないことをいうさや。本当にやってしまいそうだから怖い。
 俺はとりあえず、リングアウトしてピクピクしている怪王を拾い上げてベンチの上に置く。
「……ぬぅぅ、不覚……付喪神の王たる我が、たかだか獅子の玩具程度に……!」
 まああっちはあっちで百獣の王だしなあ。がんばれ。
 闘志を燃やす怪王を尻目に、俺は自販機でジュースを買う。そして一息つきながら公園を見回す。平和だ。実に平和だ。
「ねぇケンジ様。さやちゃんはああだし、私たちは二人で茂みの奥に行かない?」
 真っ昼間からくっついてきてこんな事を言ってくる妙な悪魔っ娘がいなければもっと平和なのだが。
 とりあえず俺はしっしっと手を振ってジェスチャーで拒絶の意を示すことにする。
「つれないわよねぇ。ツンデレ?」
 デレた覚えはまったく無い。
「ていうか、小学生がいるんだしあまりくっつくなって」
 彼らの情操教育上、ひじょうにこのましくないと思うのだ。
「いいじゃない、最近の子はマセてるって言うし?」
「理論が飛躍しすぎだ!」
 疲れる。
「……」
 そしてさらに疲れるのは、
「…………………………………………」
 街頭の影からこっちをじっと見つめてくる由梨ちゃんの視線。にらんでる。むっちゃこっちにらんでる。
「由梨ちゃんも混ざればいいのにぃ」
「だから何言うんだお前は」
「仲良きことは美しきかな」
「だまれ便所神。不健全にもほどがあるんだよお前は!」
「あらつれない。でもそこがいいのよねぇ、袖にされると追いかけたくなる女心をわかってるあたり性質が悪いわぁ」
 ……もういいです。まともに相手したら疲れる。
「昼間っからアツいなぁ、ケン兄ぃ」
 親分がやってくる。どうやらまたさやたちを倒したらしい。座敷童子に似合わない不幸オーラを全力で出して落ち込んでいる二人が隅っこにいるがほっとくことにした。彼女たちの心の傷はきっと時間が解決してくれるだろう。
「改めて礼言うぜ。由梨を助けてくれてありがとう」
 そう言ってくる親分。律儀なことだ。
「礼はいいよ。友達を助けるのは当然だろ」
「……ああ。でもオレ達、何も出来なくてさ……」
 うつむいて拳を握る親分。自分の無力さを悔やんでいるのだろう。俺は親分に言う。
「そんなことないよ。親分は由梨ちゃんがいなくなったことに気づいて、俺に知らせてくれただろ」
 そう、気づくということは……大事で大切なことだ。
 いわゆる神隠し系の怪異のもっとも恐ろしいのは、「いなくなって初めていなくなったことに気づく」という事だ。全てが手遅れになってしまうケースが多く、それが一番恐ろしい。
 親分が早めに気づいたくれたおかげで、由梨ちゃんは助かったのだ。
 俺はそれを親分に伝える。
「俺だって、この……ベルフェが力を貸してくれなかったら、由梨ちゃんを探し当てる事だって出来なかったさ。みんなが出来ることを頑張ったからだよ。だから、親分がそんなに気にすることはないさ。みんなで無事を祝えばいいよ」
「……ああ、そうだな!」
 元気な笑顔を見せる親分。さすがはガキ大将、責任感の強さも折り紙付きだが、この前向きさもなかなかどうしてのものだ。
「そうよぉ。みんなで幸せにならなきゃ」
 ……お前が言うと一気になにか別の意味に聞こえて怖いんだが。
「ん?」
 改めて親分を見ると……親分のその後ろに何か気配がある。
 ……ラルヴァの影だ。不穏な雰囲気は感じないが……そう、親分の後ろに、女の子だ。親分と同じくらいのとしごろの女の子が、親分の服の袖を掴んでいる。親分は気づいているのだろうか。そう思っていると、俺の視線に親分は気づいたらしい。
「こいつか? 新しく友達になったんだ、ええと、名前は……」
「……柚……」
 ぼそぼそと言う女の子ラルヴァ。そうか、親分にも見えているのか。となると、見鬼がなくても普通に見えるタイプのデミヒューマンラルヴァか? あるいは、さやと同じく子供には見えるタイプか。
「ん、袖引き童じゃない」
 ダメージから回復したらしいさやが涙目を拭きながらやってくる。まだ完璧に回復はしていないらしい。
「知ってるのぉ? さやちゃん」
「うん」
 ベルフェの問いに、さやが解説する。
「袖引き童、袖引き小僧と言われる妖怪ね。いつの間にか後ろに現れて、人間の袖を引くだけの無害な妖怪よ」
「……なるほど」
 それで親分の袖を掴んでいるのか。だがその姿は、袖を引っ張り悪戯をする妖怪というよりは、お兄ちゃんにくっついている人見知りの激しい妹、っていう感じで見ていて実にほほえましい。
「へぇ、お前そんなんだったのか」
「……!」
 その親分の言葉に、袖引き童はびくっ、と震える。
「鬼ごっことか強そうだな!」
 親分はニカっ、と笑う。ああ、確かに。いつの間にか後ろに現れるのが能力なら鬼ごっこやおいかけっこでは無敵の強さを誇るに違いない。
 ……小学生ならではの発想だ。そして親分の頭の中では、彼女を自分の鬼ごっこチームに引き入れて戦力増加のプランが綿密ら練られているに違いない。
「……ぇ」
 その親分の反応に、彼女はあっけにとられている。……ああ、そういうことか。
 俺は柚ちゃんに向かって話しかける。人見知りが激しそうなのであまり近寄らずに。
「親分はそういうの気にしないから。この子……さやが座敷童子と知っても別に、だったし」
 人や魔の区別をつけずに接することが出来る、というのは稀有な性質だと思う。それも考え努めて平等に、ではなく、素のままでありのままで。
「つーか、気にするほうがおかしくね?」
「ああ、俺もそう思う」
 親分の言葉に俺も賛同する。現実はそれほど甘くも優しくもないのだが、それでも……親分の言葉は正しいと思う。
「だから、いじめられたりしないよ」
 俺は柚ちゃんに言う。妖怪だから、魔物だから、ラルヴァだからといって意味も理由も無く彼女たちを害しようとする人間は確かに多い。だけど少なくとも親分たちは、そういうことはしない。彼らにはそのまま育ってほしいと俺は思う。
「…………ぅん…………」
 顔を赤らめながら、こくりと頷く柚ちゃん。ぎゅっ、と親分の服のすそをにぎりながら。
「ははぁ、あんたそれ知ってて、わざと妖怪だって説明した?」
 ベルフェがさやに言う。
「さて何のことかしら、私はただ事実を言っただけだけど」
 さやが涼しい顔で答える。なるほど。
「んじゃ、遊ぼうぜ」
 親分が声を張り上げる。
 そして子供たちの輪に、柚ちゃんが加わった。

「なんつーか、平和だな」
 遊んでいる子供たちを見ながら、俺は言う。
「そうね」
「平和が一番よ」
「まったくだ」
 ベルフェやさや、怪王も俺の言葉に頷く。
 親分たちは、サッカーボールで遊んでいる。明確に敵味方に分かれたちゃんとしたルールのさっかーではなく、ただみんなでボールに群がって奪い合いをするだけの単純なボール遊びだ。
「やっぱり子供はサッカーチーム作れるぐらいほしいと思うの」
「何言い出すのこの色魔はっ!?」
 俺が何か言う前にさやが声をあげる。
「いやぁね、ただの明るい家族計画よ」
「昼間からななななな何を、ていうかさっきから何っ」
「そうねぇ、そしてさやちゃんの子供のチームと勝負もいいかしら? ああでも、野球もいいかも」
「だからおぬしは何をたわけた事をぬかしておるのかと聞いておるのじゃっ!!」
 声が裏返るさや。……あ、口調がなんか古臭くなった。
 シティガールを自称して、座敷童子のイメージから離れた言動と思っていたが、そうか、キャラを作っていたのかさやは。しかしキャラ作ったほうが特徴がなくなるというのもどうかと思う。テンプレを嫌う中二病はわからないでもないが。
「やぁねぇ、冗談よぅ。ていうかさやちゃんに子供産めそうにないしぃ、そんなつるぺたすっとーんのお子ちゃまボディじゃ」
「ななななななななななななななな」
 売り言葉に買い言葉で、またバトルが始まろうとしていた。にぎやかで元気なのはいいが、人目を気にしてほしいものだ。いや、さやは普通の人には見えないし、ベルフェもあれで悪魔だから見えなくしているのではあろうけれど、そのなんというか心情的に。つーか子供の何人かには見えてるし聞こえてるっつーの。あと異能者にも。
 そんなふうにため息をつきながら、俺は親分たちを見て……凍りつく。
 ボールが飛び跳ねる。そしてそれは公園の外へと。
 親分がボールを追いかける。公園の外へと。
 公園の外には車道がある。
 大きなトラックが走っている。走ってくる。
 ボールが車道に飛び出る。親分も走る。
 親分はボールを見ている。ボールだけを見ている。
 ……やばい。危険だ。これは、駄目だ!
 だが俺は遠い。遠くて何も出来ない。走っても間に合わない。
 車が来る。間に合わない!

 誰かが悲鳴を上げる。
 ブレーキの音が鳴り響く。
 全てが手遅れになるその瞬間――俺は見た。

 親分の後ろに、女の子の姿が現れる。現れた瞬間がわからないほどに、いつのまにか。刹と那の間すら刻むほどのタイミングで彼女は現れ――親分の袖を掴み、引く。
 ただそれだけ。
 それだけで、走る親分の運動エネルギーも慣性の法則も何もかもが無視され、親分は車道に飛び出すことも無く、ただ袖を引かれてその足を止めていた。

「……」
 声が出ない。寿命が数年は縮んだ……なんというか、本当に心臓に悪い。
 ばかやろー、とトラックの運転手の怒鳴り声が響いた。





「なるほど、「いつのまにか後ろに現れて」袖を引く妖怪、か……確かにな」
 帰り道、俺は改めてつぶやく。
 何度思い出しても実に見事なものだった。
「すごかったわよねぇ。恋する乙女の底力?」
 ベルフェが言う。恋……?
「あの子、親分のことが好きなのね」
「そうなのか?」
 さやもベルフェの言葉に頷く。俺は聞き返す。そういうことだったのか。てっきり人間と友達になって遊びたいだけかと思っていた。
「ケンジもまだまだよね。女心の機微がわかってないというか」
 そういうものなのか。
「まあ、人間とラルヴァが仲良くしようとするのはいい事だ」
「おや主殿、お前は常々「隣人とは距離をとるべき」と言ってなかったか?」
 怪王が言ってくる。
「そりゃそうさ。お互い距離を忘れて踏み込めば不幸が起きるさ」
 だけど……
「でも、お隣さんとは仲良くすべきだろう」
 頑固に線を引いて相手を拒絶したら、衝突は確かに生まれないかもしれないが、そこには孤独が生まれてしまう。それは寂しいものだ。
「……そうだね」
 さやも頷く。
「うんうん、というわけで帰ったらもっと仲良くしましょうよ。主に寝床でとか」
 そして話をぶち壊すベルフェだった。
「だからあんたはそういうことしか頭にないわけ!?」
「失礼ねぇ、ただ三人で川の字になって仲良くってだけよぉ。むしろなんでそっちの方向に想像しちゃうのかしら?」
「ああああああんたがいつもそういうことばかりだからじゃろうがっ!」
 叫ぶさや。
「……また始まった」
「そう嘆くな。あれはあれであの二人は仲がいいのだろう」
 怪王がしたり顔で言う。まあ、喧嘩するほど仲がいい、というやつなのかもしれない。俺の精神衛生上はこのうえなく害悪だが。
 そう考えて俺はため息をつく。何もかもがうまくいくことなんてそうないし、我慢するべきなのかもしれない。
 まあ、ならばせめて親分と袖引き童の恋を応援するとしよう。それが子分の役目だ。
 肝心の親分が色恋よりも遊びに夢中な年頃なのがちょっとあれだが、まあ親分が色を知る歳になれば上手く行くと思いたい。
 がんばれ親分。頑張れ柚。

 そして頑張れ俺。






 了

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