【とらとどらの事件簿 六冊目】


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「参ったな……」
 建物の影に、その人物は腰を下ろした。
 一見すると細身の身体をした青年、といった風体。その端正な顔立ちには、疲れが滲み出ていた。
 そして、彼の髪はうっすら光るように青く、肌も透き通るのを通り越して不気味なほど白かった。夜中に遭遇したならば、彼を幽鬼《ゆうき》か何かと見間違える事だろう。
 いや、事によると彼は、幽鬼そのものなのかもしれない。それは『幻死《げんし》の遣《つか》い』と呼ばれ、人を食料と見ている怪物……ラルヴァであった。彼は人間との戦いで消耗しているが、その追撃を辛うじて振り切り……わざわざ、人が多いところに潜り込んだ。
「ここなら、わざわざ襲わなくても補給できる……見つからなければ、の話だけど」
 この場所には、彼が食料としている『ちから』が満ちている。でなければ、わざわざ『敵の懐』に飛び込む真似はしないだろう。
「どうせ人間には見つからない、だろうが……問題は、『犬』だ。まだ追いかけてくる気配がある」



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「…………参った」
 俺が座る前の席で、うめき声が聞こえた。
 場所は一年B組教室、時は昼休み。クラスメイトは皆、学食に行ったり外で弁当を食っていたりで、クラスに残っている奴は少ない。俺、中島虎二《なかじま とらじ》は、朝のうちに購買で買っておいたパンを食べている。
「どうした? いちおう聞いてやる」
 すぐ隣で、うめき声をあげている奴に声をかける。錦《にしき》 龍《りゅう》、通称ドラ。一応俺の親友である。
「ああ、問題が三つほどある」
「ほう?」
「まず一つ、腹が減った」
「まあ、昼飯食ってないみたいだからな」
「二つ、財布を家に忘れてきた」
「お前、寮から走って来てるからな。鍛錬ってやつか? 言ってくれりゃ飯おごってやったのに。まあ、もう購買も学食も人だらけだから無理だろうが」
「三つ……もこが来ない」
「そういや最近来ないな。移り気でもしたんだろ」
「………」

 豊川《とよかわ》もこ。彼女に関係した事件……と言っていいかわからないが……に俺達が巻き込まれてから、すっかりドラに懐いた狐耳少女だ。ちなみに異能者ではなく、金仙狐《きんせんこ》、というラルヴァらしいが、そこは比較的どうでもいい。少なくとも二日に一度、時には毎日のように、昼休みうちのクラスへ顔を出し、ドラを昼飯に(手製の弁当を持って)誘っていた……が、ここ一週間ほど、その姿を見ない。
 一日二日なら、まだ何か用事があったとスルーできるだろう。だが一週間となると、特別な何かがあったと判断せざるをえない。学校に来れない病気にでもなったか、もしくは……
「他の奴にくっついてるか、だな。まだ中学生だし、気持ちが変わるのも早いだろう」
 俺の声に、ドラがぴくりと反応するのが見て取れた。『あの身体が趣味じゃない』と俺に公言はしていたが、やはり気になるのだろう。少々時代かぶれた趣味があるみたいだが、あいつはいろんな意味で『いい子』だ。
「どうせ暇だし、聞き込みにでも行くか?」
「……ああ」
 最後のパンを口に咥えながら立ち上がる。横ではドラも、のそりと起き上がるのが見えた。
 ……男を攻めるなら胃袋から、という格言があるという。今のドラを見ると、その言葉がなかなか的を射ていることに気づかされる。
「……お前が食ってたパンを、一つでもいいから分けてくれりゃあ……」
「やだね」



 とらとどらの事件簿
 六冊目「日出国の守人」



 中等部二年の校舎へと顔を出した俺達は、周りからハテナマーク満載の表情で迎えられる事となった。たとえ同じ敷地内、近い校舎に存在したとしても、高等部と中等部では接点があるほうが珍しく、互いに学生が行き来したり、っていうのはあまり聞かない。好奇の視線を浴びるのは当たり前だ。俺たちは高等部からの編入組であるため、このあたりの地理に見覚えがあったりする事も無い。こちらがキョロキョロしているせいで、よけい目立ってるのだろう。
 周りからの注目を一心に喰らいながら、もこが通っている教室である二年F組にたどり着く。俺が先になって教室を覗き込むが、もこの姿は無い。仕方なく、手近に居た女子の集団に声をかけてみる事にした。ドラは少し後ろで待っている、こういうのは関係ない奴の方が話しやすいもんだ。
「おーい、そこの女子。ちょっといいか?」
「……え、私たち、ですか?」
 驚いて、露骨に不思議そうな表情を浮かべる数人の女子。そりゃそうだ、まったく見覚えの無い高等部の男に声をかけられりゃ、そんな様子にもなるだろう。
「ああ。このクラスに、豊川もこって居るだろ、どこに居るか分かるか?」
「……あ、もしかして『龍さま』ですか?」
「なるほどねー、もこが惚れるのも分かるわ」
「もこが何かやったんですかー?」
 ……モロに勘違いされた。親指でドラの方を指差し、訂正しておく。
「『龍さま』はあっちだ。いや、最近あいつの所に行ってないっていうからさ、俺が節介を焼いてるって訳」
「……悪くはないけど、こっちの人と比べると、ねえ」
「やっぱ、もこの趣味は分からないわ……」
「お前ら……自覚はしてんだ、少しはモノの言い方に気をつけろ」
 奥で聞こえた、ドラの疲れたような声にビビッたのか、その女子陣はビックリすると共に引っ込もうとしてしまう。
「おいドラ、怖がらせるなー……で、どうだ?」
「ひえぇぇ……えっと、もこには特に何も無かったと思いますよ」
「相変わらず『龍さま』の話で惚気《のろけ》てるしね」
「今日も弁当持って出かけちゃいましたし。てっきりまた高等部棟だと思ってたけど……」
 話を聞く限りだと、何も無さそうだが……それが、かえって怪しい。
「なるほどな、サンキュ。んじゃ俺たちで探してみる」
「サンキュな」
 礼を言って立ち去る……が、状況はさっぱり分からない。少なくとも、見限られた訳じゃなさそうだ。

「いないなぁ……」
 もこの教室を出た後、人が集まりそうな場所を虱潰しに捜索する。どこもそれなりに人は居るが、その中にもこの姿は無い。
「……ドラ、何か心当たりはないか?」
「もう全部回った。これ以上は知らんぞ」
 ドラの困ったような声を背中に受け、少し考える。
 人が居そうな場所は大抵探した。それで見つからないということは、人がそれほど集まらない場所に居る……と、いう事だろう。学外の遠いところに行ったとしたらお手上げだが、まだ授業もあるし、そう遠くへは行っていない筈だ。
「いっそ、ここで待ってるか」
「……教室の前で、か?」
 ドラが微妙な表情を浮かべる。そりゃそうだ。ぜんぜん違う学年の教室前、場違いな感じがして落ち着かないし、周りからの好奇の視線が気になるだろう。だが、もこを見つけるのには一番確実な手段だ。聞いた話だと、彼女はちゃんと昼休みの終わりには戻ってきてるという。少しは我慢しろ、とドラに声をかけて、壁に寄りかかる。昼休みの終わりまではまだ十五分はあった。

 十分後。つまり午後の授業が始まる五分前
「……あ」
 いい加減戻らないとまずい、といった事をボヤいていた俺の後ろで、小さな声が聞こえた。ビックリした、というのが丸分かりだ。
「おー、もこ。悪ぃな、こっちに来て……」
「ごめんなさいっ!!」
 俺と向かい合っていたドラがすぐに気づき、声を掛けたところでもこがもの凄い勢いで頭を下げた。俺が振り向くと……
「とりあえず、耳と尻尾隠せ。他の奴に見えないうちに」
「へっ!? は、はいっ!!」
 慌てて引っ込めた。これで無事に学園生活を送っているというから不思議だ
「いや、謝る必要はねーんだけどさ……何か、あったか?」
 もこが少し落ち着いたところに、ドラが話しかけた。特に怒っている様子はない……と、思う。
「あの、これは……その、もう授業が始まってしまいますし、また後で、でいいですか?」
「……俺のタイミングが悪ぃな。部活だ」
「話、長くなりそうだろ? なら俺が聞いとく。ドラがいたら言いにくい話だろ?」
「いえ、そういう訳じゃ……はい。それじゃあ放課後、お伺いします」

「……あ、もう戻らないと、間に合いませんけれど」
「わーってる!! 先行くぜ!」
「こらテメエ置いて行くなーっ!!」
 ……結局ドラだけは授業に間に合い、俺は遅刻扱いになった……あの野郎、覚えてろ



 そして、放課後。
 委員長のやる気が無い号令と共に本日の学科は全て終了。クラスが騒がしくなると共に、部活がある奴らは早々にクラスを後にする。ドラもその一人だ。
「んじゃ、そっちはよろしくな」
「おう……ここで待ってるのもアレだし、向こうに向かってるか」

 ちょうど中等部棟の前で遭遇したもこが、解説を始める。その内容は、それほど驚くものではなかった。
「……犬?」
「はい。野良では無いようなのですが、飼い主の人とはぐれてしまったらしく……」

 話の内容を要約すると、こうなる。
 約一週間前の昼休み、校舎と校舎の間で何かを探している犬を、もこが見つけた。そいつはだいぶ腹が減っていたらしく、ドラ用に用意していた弁当をガツガツと食べてしまったという。放課後にもう一度探したらしいが、その時は既に別の場所へ去っていった後らしい。
 翌日また来てみると、やはり同じ犬が居て、何かを探していた。(同じイヌ科だからだろうか。もこがネコ科とイヌ科どっちに近いかは知らないが)放っておけなかったもこが、再び食べ物を与え……というのが、今日まで続いていたらしい。

「野良じゃないって事は、首輪でもつけてたのか?」
「はい。あと名札らしき物も……達筆すぎて、読めませんでしたけれど」
 もこと連れ立って、彼女がその犬に餌をあげていたという場所に向かったが、そこには何も居ない。特に食べ残しの後などもないが、これはもこが綺麗に片付けているからだろうか。
「うーん……少し、まずいかもな」
「? 何が、ですか?」
「猫と違って、怖がられるかもしれない……下手な奴に、見つかってなきゃいいが。探しておいたほうがいい。絶対にな」
 野良猫と比べて、野良犬というのは扱いに困る。『人を襲いはしないか』という恐怖が、猫と比べれば段違いである。話に出てきた犬は露骨に飼い犬と分かるようだが、野放しの状態では少し不安だ。
「そして、手早く探そうにもこの学園は広すぎる……探した方が、良いでしょうか?」
「そいつが気になるんならな。手数は欲しいところだが、そうは行かないだろうし……それなら、分かれて探すか。それっぽい犬見つけたら、学生証に画《え》を送るから、確認してくれ」

 さて、そうやって二人分かれて始まった捜索だが。
 俺の方はさっぱりうまく行かない。そりゃそうだ、この学園は広すぎる。計算した事はないが、初等部から大学部、それに院生まで加えれば生徒だけで五ケタを下回るっていうのは無いだろう。それに加えて教師や事務、さらには設備目当ての研究員等で相応の人数が居ることを考えれば、それを収容する学園の広さは恐ろしい状態になるのは簡単に想像できるだろう。敷地自体も広ければ、建物も多い。明らかに校舎とは違う研究者棟もあれば、職員棟もそれなりの大きさだ。話の犬は、流石に校舎へ入っていったりはしていないだろう。だが、校舎の間をかき分けて探すのは、一苦労というレベルではない。
「……安請け合いだったな」
 ぼやいてみるが、状況は変わらない。そろそろ捜索を始めて一時間。一度もこの方も聞いてようと思い、(先ほど聞いておいた)彼女の番号へコールを入れた。
 一回……二回……三回……四回目で、彼女が通話に応じる。
『はい、どうかしましたか?』
「適当な時間になったからな。こっちは収穫ナシだけど、そっちは?」
『いえ、こちらも……きゃっ!!』
 通話の向こうから、一瞬だけ甲高い悲鳴が聞こえた。その直後、何かが叩きつけられる音、他にも何か分からない物音が聞こえたが、それが何かはよく分からない。
「おい、もこ! 何があった!?」
 こちらから声をかけてもまったく応答は無く、何かが騒ぐ音のみがうっすらと聞こえる。どうやら学生証を取り落としてしまったのだろう。
「……何か起こってるのは確実、だが……」
 もこは、確か俺とは逆方向を探していた筈だ。不思議と、駆けつけるという前提を変えるつもりはなかった。本当に何かが起こっているなら、俺が行ってもタカが知れてるだろうに。
 走りながらドラに連絡を取ろうとするも、応答無し。多分ロッカーの中か何かに学生証を放っておいてるのだろう。他に頼れる奴はいないかとメモリーを開きながら思案していたその時、脇から声が聞こえた。
「走っている途中に”けーたい”の操作とは、感心せぬな」
「……?」



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 少女は、青年とは逆方向の捜索を行っていた。こちらも、やたらと広い学園敷地に手間取り、捜索ははかどっていない。
「……あの子、どうしてこの学内に留まっているんでしょうか?」
 立ち止まりながら、もこはそんな事を呟く。彼女がその犬と遭遇して一週間ほどだが、その行動はよく分かってない。彼女が昼休みにそこへ行くと、どこからか……出てくる方向は日によってまちまちであり、決まった法則性は見つからない……彼も現れる、といった事ぐらいである。何かしらの用事があって、そのついでに寄っている、といった感じがしていた。
「何か、やること……今の私たちのように、何かを探している、とか、でしょうか……?」
 立ち止まってそんな事を考えていた彼女は、背後に少しずつ迫ってきた何かに、気づくことができない。
 耳をすませば、ひたり、ひたりという冷たい足音が聞こえたかもしれない。建物の影から、その青白い腕を伸ばす。まるでその手は『触ったら精気を吸い尽くすぞ』といわんばかりの湿っぽさ、不気味さを漂わせており……実際、その通りだった。
 まるっきりその気配を掴めていない彼女を救ったのは、スカートのポケットに入れておいた学生証だった。

 ピピピ、という無機質な合成音……彼女が着信音にしているそれに反応して手を伸ばし、驚いた青白い手はそれを下げる。その気配に、もこは気づかない。
「はい、どうかしましたか?」
『適当な時間になったからな。こっちは収穫ナシだけど、そっちは?』
 電話を受けた彼女が、話しながら周囲を見回し……その表情と、目が合ってしまった。
「いえ、こちらも……きゃっ!!」
 青白い髪をおどろに乱し、殺気立った目つきを見せた男の顔は、彼女がそれまで見た事の無い、鬼の形相だった。思わず学生証を取り落とす。
「やはり、宙に自然とある分だけでは不足か……しっかり、奪い取らなければ」
 青白い男が、再び手を……今度は、まるで首を絞めるつもりで、両の手を差し出す。もこは直感した、それに捉まってしまえば、自分に未来は無い。幸いその動きは鈍重で、二三歩たたらを踏んだだけで、一旦はその恐怖から逃れる事ができた。
「な、何者、ですか。貴方……」
「君達の言葉で言うのなら、怪物、かな」
 自称怪物が、一歩一歩近づいてくる。彼女も少しずつ後退していくが……後ろには、校舎の壁。
「痛くするつもりはない。天井のしみの数を数えている間には終わる」
「イヤっ……!!」

 追い詰められた彼女は、またも幸運に恵まれていた。

「バウバウ!!」
 横合いから突撃してきた犬に突き飛ばされ、青い怪物がよろめく。その隙にもこは回り込み、反動で跳んでいった犬の傍へ駆け寄る。
「あなたは……なんでここに来たんですか!?」
「フゥゥゥ……」
 その犬は、彼女が探していたモノであり……目の前の幽鬼にも、覚えがあるようだった。それに対して明確な威嚇を行っている。
「追っ手か……しょうがない、『飼い主』が来る前に始末しないと。鬼ごっこも、もう終わりだ」

 こうして、戦いが始まった。



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 もこが、その耳と尻尾を出して応戦している。あたりに炎……実際に燃えているのではなく、触れたものの精神《こころ》を焼く異形の炎……を撒き散らし、それを掻い潜るように、『幻死《げんし》の遣《つか》い』と呼ばれるラルヴァが彼女に迫る。しかし、それはもこの傍らに居る犬によって、体当たりを喰らい、咬みつかれてしのがれる。激しく動いているせいで、犬の首にかかっている物が何か、そこに何が書かれているかは分からない。
 幾度かそんな事を繰り返し、幻死の遣いが納得したように言葉を発した。
「そうかそうか、お前の戦い方、そこの犬のタフさ……お前達、ラルヴァだな? 人間達が言うところの」

 そいつの言葉に、もこは耳をピクリと動かし、犬は毛を逆立たせる。犬の方は知らないが、少なくとも、もこは自分をそうだと言っていた。
「その毛並みをどこかで見たと思ったら、西の大陸だ。そこにもお前のような毛並みを持ち、人間と肩を並べていたモノが居たな」
「だったら、どうだって言うんですか?」
「グルルルル……」
 青白い姿をしたラルヴァは、気が立っている一人と一匹に、まるで説得をするように話しかけた。もっとも、その内容は相手を唖然とさせるものだったが。
「手を組まないか? 同じ『ラルヴァ』同士」
 一人と一匹は返事をしない。それ幸いにと、そいつはさらに言葉を続けた。
「君が何故ここの人間と共に居るのかは知らないが、バカらしくないのかい? ここは『ラルヴァを殺す技術』を学ぶ機関だと聞いた。同胞を手にかけるのかい? 君が?」
 ハハッ、というせせら笑いをしたそいつは、なおも喋り続ける。一人と一匹を無視して。
「それに、人間は裏切るじゃないか、ヤツラは狡猾で、疑りぶかい。手を組んでても、適当なところで切り捨てられるのがオチだ。お前達はまだ年若いから知らないだろうが」

 まだ何かいい足りないそいつに対して、もこが呟いた。

「お話は、もう、いいです」


 直後、青白いラルヴァの全身が、さらに青白く燃え上がった。


 地面に散らばっていた、もこが操る『鬼火』。それがいつの間にか……というよりは、幻死の遣いが長々と口上を垂れている間に……奴の足元に集まり、一度に燃え移った。それがあのザマだ。
「貴方がどれだけの時を生きているかは知りませんが、私とはまったく考え方が違うのは分かります」
 燃えさかるラルヴァを見つめながら、もこは怒ったように言葉を繋げる。
「私の『同胞』は、この国の人たち。少なくとも、相手を栄養分としか捉えないような、貴方と比べればずっとは信頼できます。ただ『ラルヴァ』と区切られているからと言って、同じにしないでください。私と貴方は、たぶん人間と私より、ずっと離れた存在です」
 怒ったような口調で、もこが続ける。
「あの人たちが裏切るまで、私たち……少なくとも私は、あの人たちを裏切りません」
「バウバウバウ!!」
 燃え盛る炎の中に居るラルヴァに対して、そう返答をした彼女と、それに同調するように吠える犬。
「それに私、まだ恩を返していません……!!」

「んな事気にしなくても、あいつだって好きでやった事だけどな」
「……!? 虎二様、何時の間に!?」
「お前等が話しを始める少し前……ぐらい、かな。気をつけろ、そいつは……」
 炎に包まれたラルヴァは、苦しそうなうめき声をあげながらも、もこの方へ向き直った。
「クソッ、身体さえ万全ならこんな攻撃……まあいいさ、身体を焼かない炎なんて致命傷にならない。お前達を喰らって、とっととこんな所から立ち去ってやる……!!」
「……そいつ、基本的には俺たちの勝てる相手じゃない」
 別の戦いで消耗しているみたいだが、それでも、ドラやもこより格上だろう。今はそれに加えてもこの炎を喰らって切羽詰った精神状態になってるみたいだが、侮れない。というか俺には戦闘能力が無いから、狙われたら速攻アウトだ。
「まずはこの炎を操っているお前だ。犬と別の人間は後回しにしてやる。逃げるなら今のうちだぞ? 逃がす気は無いが」
「そこの女子《をなご》の前に、ワシの相手をしてもらおうかの」

 俺の背後で、年老いた男の声が聞こえた。もことの通話が切れた直後に現れたその人が俺の横を通り過ぎ、ようやく炎が消えかけたラルヴァの姿を睨んでいる。
「不審人物が学園内にもぐりこんでいると聞いてはいたが、物の怪の類とはな。ケンゾー、あまり先走るでないぞ」
「バウバウ!!」
 ケンゾーと呼ばれた犬が、老人の下に駆け寄る。どうやら、犬の飼い主……だった、ようだ。
「金仙狐《きんせんこ》の嬢《じょう》ちゃん、よく頑張ったの。後はワシが引き受けよう」
「グッ……お前、何者だ!?」
 やはり、もこの攻撃が効いているのだろう。追い詰められた表情でラルヴァが問いを発した。
「ふむ、聞かれた以上、答えぬわけにはいくまい」


「聞け、異類異形の人形《ひとかた》の怪よ」
 老人が、静かな怒気をはらんだ言葉を放つ。

「この国の、防人の一人として名乗ろう」
 自分から聞いておいて、ラルヴァは口上を述べている老人の目の前まで一瞬で駆け抜け、その腕を振るう。直撃すれば、その相手の魂源力《アツィルト》を根こそぎ吸い取るだろう一撃だ。

「金剛不壊《こんごうふかい》の鬼の蔵」
 だが、その攻撃が彼に届く事は無い。直後に具現化した手甲が、一撃を受け止める。魂源力が確かな質量を伴い、老人の身体を甲冑で包む。

「鬼瓦《おにがわら》の鉄蔵《てつぞう》たぁワシの事じゃッッツ!!」


 目の前に現れたのは、まさに武士。全身を戦国時代を思わせる甲冑に包んだ、一人の男の姿だった。その雄叫びは、自分に拳をたたき付けたラルヴァを吹き飛ばさんばかりの勢いだ。

 そこからの戦いは、一瞬で終わった。老人……双葉学園の用務員、国守鉄蔵《くにもり てつぞう》と、爺さんのパートナーだという犬、ケンゾーにより、そのラルヴァは断末魔をあげる事すらできずに消滅した。
 ちなみに、国守爺さんが変身している間、もこは目を輝かせて「かっこいい……」と言っていた。


「なぬ!? 最近昼時にどこかへ行っていると思ったら、そんなご馳走を貰っておったのか。ちゃっかりしておるのう」
「ワフ」
 そんな会話をしていた一人プラス一匹と別れ、ちょうどいい時間なのもあり、部活棟へ向かった。そろそろドラが戻ってくる時間だろう。

「そうだ、先ほどのお話ですけど……」
「……えっと、どこだ? 恩返し云々のところか?」
「はい、そうです……恩返し、だけじゃないですから」
 そう言って、もこが顔を伏せた。そう返ってくるのはだいたい予想していた。
 颯爽と助けてくれた事からの憧れも多分に入っているのだろうが、それでも恋は恋だ。
「……初恋は実らない、って言うけど」
 多分、初恋ってのはそういうものが混ざってるせいで、上手く行かないのだろう。
「虎二様、いじわるです」
 そう返されるのも、想像はしていた。
「……しかし、なぁ」
 恋心……それがどんなものなのか、俺にはまだよく分からない。多分経験が無いからなのだろう。男と女で、変わるところはあるんだろうか?

 ……それを少しばかり理解するのは、それから少し後、十二月に入ってからの事だった。

(七冊目があれば)続く




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