【双葉学園怪異目録 番外ノ巻 橋姫】


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 さむしろに衣かたしき今宵もや 我をまつらん宇治の橋姫



 双葉学園怪異目録

 番外ノ巻 橋姫



 双葉大橋。
 本土と双葉島を繋ぐライフラインだ。
 俺こと夕凪建司は今日、本土へと赴く用事があり、双葉大橋を通るバスに乗車している。まあその用事は特にたいしたことではないのでここでは説明を省こう。
 そんなことよりも、いまはもっと大事なことがあるのだ。
「……暇ね」
「本当にねぇ」
 さやとベルフェが愚痴る。それには俺も同意する。暇、というよりも退屈だ。
 一時間ほど、バスは止まっているのだ。どうやら橋のシステムに異常が起きたらしい。
 前には赤壁というラルヴァが現れたり、この橋もいろいろと大変というかいわくつきのようだ。で、俺たちはその何かの異常に巻き込まれ、渋滞の橋で立ち往生……である。
「というか、お前らまで付いてくる必要ないんだぞ」
 俺は二人に言うが、
「家で待ってる方がもっと暇」
「そうよぉ。管理人さんなんか妙に怖いし」
 まああの人は迫力あるからなあ。だがここで彼女への陰口に花を咲かせても意味はない。この渋滞をどうするかだ。さっきから全然動いていないのだ。
 ……そしてなんというか、あれだ。
 そろそろトイレに行きたくなってきた。
「やだ、いくら私がトイレの悪魔だからって、そんなプレイはまだ……」
「そうかすごいな何言ってんだお前」
 本当に何言い出すかなこいつは。
「ほっときなさいよ」
 さやがため息をつき、さやに抱かれている怪王もうんうんと頷く。
 いや俺もほっときたいが、尿意がピンチだとつい声が出てしまうのだ。
 やばい、そろそろまずい。俺は意を決して立ち上がる。
「あの、運転手さん。トイレ行きたいんすけど……」
「ああ、いいですよ。まだ動きそうにないし、橋の……あそこから降りたらトイレあるはずだし」
 運転手さんは橋の横の歩道、そこにあるエレベーターを指す。なるほど、それは助かる。
「あ。ありがとうございます」
 俺は運転手さんに礼を言うと一目散に駆け出した。


「ふぅ」
 用を足す。
 橋の下にある海浜公園のトイレだ。頭上には双葉大橋が見える。双葉学園都市が誇る橋、実に壮観だ。
 しかし……
「なんでなんだろうな」
 赤壁事件の時のように、ラルヴァが出現したならともかく、普通のシステムトラブルには対応できてすぐに復帰するはずだ。なのに一向に回復の兆しは見られない。電光掲示板にはいまだ渋滞情報が点滅している。
「……ちょっとおかしいよね、これ」
 さやが歩いてきて言う。
「どうした? お前もトイレか」
「違うっ!」
 顔を真っ赤にして言うさや。別に生理現象だし恥ずかしがることもあるまいに。
「……私がいるのに、これだよ?」
 その言葉に合点がいく。そうか、さやは座敷童子だ。今は俺の住んでいる寮にとりついているが、彼女は歩く幸運と言ってもいい。そんな彼女がバスに乗るなら、渋滞に巻き込まれたりする「不運」は極力回避されるはずなのだ。
 まあ、といっても彼女の幸運は、ダンボールの秘密基地を巨大迷宮にしたり、セイバーバトルに勝てなかったりといろいろと不安定というか妙ちくりんというか本当にこいつ座敷童子かよと言わんばかりの、
「あ痛っ」
 塵塚怪王を俺に投げつけてくるさや。どうやら考えていることが顔に出ていたらしい。
「……ばか。と、とにかく……なんかおかしいのよね」
 言われてみれば確かに。となると、何らかの怪異現象か、ラルヴァが関わっているか……か?
「主殿。ここはおぬしの眼力の出番だぞ」
「結局そういう流れっすか」
 ため息をつく。最近どうにも色々と遭遇してしまうので、あまり自分から視たくはないのだが。何しろ、自分から視るということはそれだけ相手にも視られやすいということだし。関わらずに節度を守ってスルーするのが一番なんだが……まあいい。
 俺は橋を見上げ、視線に意識を集中する。
 ……確かに橋には異様な気配がある。だが、それは微々たるものだった。橋そのものではなく、橋が影響されている、というような……
 俺は視線をずらす。その根本が何かを見極め、そして判明したら速やかに風紀委員かどこかに電話して処理してもらおう。
 そう思いながら視線をおろしていくと……
 いた。
 和服姿の女の子だった。和服といっても、さやの着るようなものではなく、平安の十二単みたいなかんじの……まさに日本の姫様、といった感じの服だ。そして美少女だった。
「……あ」
 まずい。視すぎた。
 彼女がこちらを向く。そう、視るということは見られることで、彼岸と湖岸の橋渡しにも等しい、縁を繋ぐということだ。
「……」
「……」
 俺と彼女の視線が交錯する。絡み合う。
 遠く離れているのに、不思議と隅々まで顔立ちがわかる。長く黒い髪、小さな鼻、整った眉、大きい瞳、小さい唇。
 その潤んだ瞳に、俺の顔が映る。きっと俺の瞳にも彼女の顔が映っているだろう。
 刹那か、永久か。お互いに相手をただ、見る。
 そして――


「彼女連れかコンチクショォオオオオオオオオオオオオ!!」


 少女が絶叫する。彼女の瞳には、俺のとなりにいるさやが映っていた。
「なんでよぉぉお! なんで私の前にはアベックばかり出るのよゴルァ! あてつけか、あてつけなのかゴルァ! 私が彼氏いないおぼこだから笑ってんのね!? そうやって笑いものにして楽しんでんのねどちくしょう! どうせあたしゃ千年以上生きてて彼氏いねぇっつーの! いわばミレニアム処女の新古品だわよ悪かったわね! 笑え! 笑えぇぁあああ!!」
 まくしたてる少女。なんだこれ。俺たちはその絶叫に圧倒される。般若のような羅刹のような悪鬼のような表情で叫ぶ少女。
「毎年毎年この日だけぁ! ドグサレ畜生があああ! 何がバレンタインよ! 憎い! 世の中の恋人どもが憎い! オロロローン!!」
 ……。
 状況に頭がついていけません。
 世界を汚染するかのような怨念の魂源力をだだ漏れに垂れ流して海浜公園で憎悪を歌う少女。なんだろうこれ。
「……もしかして、橋姫?」
「知っておるのか姉君?」
「うん、聞いたことがある」
 そしてさやの薀蓄が始まる。
「橋姫は、橋にまつわる日本の伝承に現れる女性・鬼女・女神よ。
 主に古くからある大きな橋では、橋姫が外的の侵入を防ぐ橋の守護神として祀られているの。古くは水神信仰の一つとされ、橋の袂に男女二神を祀ったことが始まりともいわれているわ。
 橋姫は嫉妬深い神ともいわれ、橋姫の祀られた橋の上で他の橋を褒めたり、または女の嫉妬をテーマとした『葵の上』や『野宮』などの謡曲をうたうと、必ず恐ろしい目に遭うらしくて、これは、土地の神は一般にほかの土地の噂を嫌うという性格や、土地の信者の競争心などが、橋姫が女性であるために嫉妬深いという説に転化したもの、もしくは「愛らしい」を意味する古語の「愛(は)し」が「橋」に通じ、愛人のことを「愛し姫」といったことに由来する、などの説があるわ」
 はい、説明ありがとう。
 なるほど、そういうラルヴァか。ああ、つまりバレンタインだから嫉妬に狂って橋の交通の邪魔してるわけね。うん、はた迷惑この上ねぇな。
「ちくしょぉおおお!! 私も彼氏欲しいんじゃああああああああああああああああああああ!!」
 橋姫、魂の叫びであった。
「なあ、主殿はこういう困っているラルヴァとかに手を差し伸べるのではなかったのか」
 怪王がこっそりととんでもない事を言ってくる。
「無茶言うな。こんなのに手ぇ差し伸べたら人生の墓場一直線だ!」
 次の瞬間婚姻届にサインさせられそうだ。しかも血で。
 ただでさえ、からかわれているだけとしても、ベルフェ結婚がどうのとに言い寄られているというのに。……そういえばアイツはどこにいったんだろうか。
「ねーねー、まだ動かないみたいだけどぉ」
 そう思ったとき、タイミングよくトイレから出てくるベルフェゴール。さすがは便所神。トイレが道のようだ。
「時間かかりそうだし、二人で待ってる間にそこの個室で……」
 うん、状況見て欲しいよこの馬鹿。
 案の定、いつものようにさやが何かを言う……よりも早く、その前に。
「二股かよこの糞があああああああああああああああああ!!」
 橋姫がブチ切れた。はっはっは。なんだこれ。
 もはや美少女の顔が見る影もない、悪鬼夜叉羅刹般若な顔に変貌されております。見てるだけでなんか殺されそう。
「……なにこの子」
 そんな橋姫を前に、ベルフェは怪訝な顔をする。
「実はね」
 そしてさやが耳打ち。ふんふん、と頷き、そしてベルフェはにんまり、と底意地の悪い顔をする。
「……モテないオンナのひ・が・み?」
 ブチィ。
 すげぇ音がした。漢字で書くと舞血ィ、とでもあてはまりそうなほど禍々しい、何かの切れる音だった。
「殺ァァアアア! オロロロロロロロロロロロローーーーーーーーーン!!」
 ものすごい絶叫を上げながら、橋姫がベルフェに襲い掛かる。俺とさやと怪王は全力でそこから逃げた。
「きゃー、こわい~」
 そういって、ベルフェが便所に逃げ込む。その直前、彼女は俺にウィンクした。ああ、そういうことか。
「どぉこいっただらああああああああああ!!」
 トイレの個室を覗きながら橋姫は叫ぶ。メキメキと音がしてトイレのドアにヒビが入る。うわ、怖い。
「ええと、あいつは便所を通じて移動できるし、たぶん……あっちに」
 俺が指を指す。一応、ベルフェの気配はなんとなくわかる、どう動いているか。ベルフェは一目散に端から遠ざかっている、つまりはそういうことだ。
「ぅあっちがぁああああああばあああ!!」
 そして橋姫は鬼女の形相で髪を振り回し、一心不乱に走り去っていった。
「……」
「……」
「……」
 そして後には静寂が残される。
 本当に嵐が過ぎ去ったかのようだった。
「……あいつ、囮に?」
 さやが言う。
「ああ」
 橋の下で橋姫が橋に怨念をぶつけている以上、この渋滞は、橋のシステム異常などは決して回復しない。ならば橋姫をどかせばいいということだ。しかし、まさかベルフェゴールが自分から囮を買って出てくれるとは。正直、ありがたかった。あのまま俺たちが橋女の怒りの矛先を向けられていたら絶対に死んでただろう。
「大丈夫かの……?」
「まあ、いざとなれば地獄だか魔界だかに帰ったりできるんじゃない……?」
「だろうなあ」
 そこが本当にあるのか、どういう所かは知らないが、まあ……大丈夫だろう。あのしたたかな悪魔っ娘のことだ、どうとでも逃げ切るだろう。
「あ、上」
 さやが言う。見上げると電光掲示板に、システム復帰の文字が映っている。
「早くバスに戻らないと」
「ああ」
 さやに促され、俺は橋のエレベーターに入る。色々とあったが、これで今日一日は橋は平和だろう。
 とりあえず帰ったらベルフェゴールにはお礼言わないといけないな……なんというか、本当に何だろうなこれ。

 そしてバスが動き出す。
 はるか後ろで、怨嗟の絶叫が聞こえたような気がしたが、俺は何も聞こえない。聞こえないのだ。
 そう、係わり合いになりたくないものには蓋をするに限るのである。
 女の情念、恐るべし。



 なおこの日、双葉学園中をものすごい速度で駆け回る嫉妬少女の都市伝説が生まれ、嫉妬団がスカウトに乗り出したとかいう話を聞いたりもしたが、やはり俺は何も聞かなかった。
 聞かなかったんだってば。




 追記。
 ベルフェゴールからいただいたバレンタインチョコレートの形は、あえてここでは明記しないでおく。
 皆様のご想像にお任せしよう。
 今日のあの借りさえなければ……畜生。
 バレンタインなんか嫌いだ。


 了

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