【真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 3-4 前】


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真琴と孝和第三節


――9年前 午後五時 星崎家。
「真琴が傷だらけで帰ってきたよ! ママ!!」
 午後五時の夕刻頃だろうか、インターフォンが鳴ったので見ていたアニメを一時止めて玄関に出てみると、キャミソールにショートパンツの真琴が傷だらけで帰ってきた。
 実際は何時ものことなのだが、今日に限っては身体中に傷と泥で塗れていた。
「……イテテ……喧嘩してきちゃった。泥だらけになっちゃったよ」
「何で喧嘩なんか……こんなに傷をこしらえて……」
 母は真琴の姿を見てこんな事を言いながら風呂場に連れて行き、裸にしてぬるま湯をかけて泥を落としていく。
 美沙はこんな光景を見て決して口には出さなかったが、何故真琴がこんな事になっているのかは知っていた。
(……真琴)
 元々真琴は顔立ちもどことなく女の子寄りで、加えて小学生だからある程度の誤魔化しも効くが真琴は歴とした男であり、クラスの男子は真琴を恰好のからかい甲斐のある奴だと思っていた。
 だがこの真琴も気が強く言葉より圧倒的に早く手が出て、女の子の様な人形が好きだったり化粧をしてみたりする反面、今の外見からは想像が出来ない程にそのような児童達を暴力で駆逐する程の血の気の多い性格だった。ついこの間も、真琴に返り討ちにされた同級生が中学生の兄とその友達を引き連れてきたが、真琴が木刀でその中学生の頭を叩き割った程である。
 電車事故のどさくさに於いて双葉学園に来て女の身体を手に入れて数年経ち、当然化粧をしたりおしゃれをしたりする事に性別的な違和感が無くなってからかわれる事が無くなった事と、それに至る2ヶ月のブランクは名残は残っているものの血の気の多さを大幅に改善させた。
 確かに2010年ともなれば『男の娘』がインターネットを通じて人気を博したり、著名なドラマなどでも取り上げられた『性同一性障害』に関する世間の見る目は良い方向に進んだ。

 しかしながら、それでもそう言った方向はまだ一部に過ぎず、ましてや小学生というものは『自分達とは違う物』には悪い意味で素直である。


――午前1時 双葉学園女子寮・星崎美沙の自室。
「……」
 7月になり、夏も近づきつつあるこの時期は段々と暑くなり、風の良く通るこの双葉区でも寝苦しい。
 美沙は前日結局夜までキャンパスに留まり、解放されたのは午後10時を回っていた。夕食は支給された物をキャンパスで食べた為、美沙は寮に戻ってくると風呂に入って、ショーツにブラジャーだけという、だらしのない格好で臥床した。
 だが、『治癒』と徹夜に於ける疲労に御褒美とばかりの睡眠だったが、ようやく寝に入った刹那に昔の夢を見る。見たくもなく、また思い出したくもない過去の話。
「……昔の真琴の夢を見るなんてな……」
 美沙は酷く脂汗をかいてベッドを蹴り飛ばすように起き上がると、Tシャツを着てホットパンツを履いて、タオルと洗面器を持って部屋から出て行った。

 眠れなかった美沙は、悪夢でかいた脂汗を流すためにもう一度浴場に向かう。流石に深夜2時にもなると、タイルに音が反射する浴室独特の音響が出迎えるだけだった。
「流石に誰も居ないわよね……ふみちゃん!」
 浴場に入ると、ぴょこぴょこと耳を動かしながら尻尾をふりふりと振り、深夜独特の雰囲気と共に湯気で反射する健康的な肢体をくねくねと左右に振りながら、鏡の前で気持ちよさそうに身体を洗っている川又ふみが居た。
「あっ! 美沙♪」
 美沙の姿を見たふみはにっこりと笑いながら彼女の名を呼び、手招きして隣に座るように勧める。
「寮のお風呂に入るのは初めてかも♪ ボクは家から通っているからね。銭湯みたく広くてビックリ♪」
 寮に住んでいない高等部以下の生徒達は、学生食堂に併設されている大浴場付きの合宿所で寝泊まりするのだが、寮住まいではない大学部は各学部の一角で寝ることになる。当然風呂はないので、ふみの様に寮の風呂を間借りすることになる。
「やっぱり美沙っておっぱい大きいよね。高等部の時もずっとそう思っていたよ」
 横に座った美沙の胸を見てふみは呟くようにこう言い置くと、自分の胸を触り始める。
「ふみちゃんったら……でもね、これでもおと…いや、妹に最近抜かれたんだぞ、ぶっちぎりで。如月のちーちゃんが執拗に真琴の胸を揉むからだ」
「真琴ちゃんも大きいよね。姉妹揃って羨ましいよ美沙」
 他愛のない会話をしながら身体を洗う美沙に、本当に羨ましそうにこんな事を言う。
「……ボクも少しくらい大きくなると良いのになぁ」
「ははは……大きくなるよ、ふみちゃん」
 相づちを打つように美沙が答えるが、ふみは美沙の雰囲気を見逃さなかった。
「美沙、なんか心配事でもあるの?」
 行き成りのふみの言葉に、美沙は返す言葉が見つからなかった。
「いや、何でもないんだ。そうだふみちゃん、明日異能研究所に行くの付き合ってくれる? 明日遠藤君と宮子ちゃん、絵理ちゃんと行かなきゃならないんだけれど、気が重くてねぇ」
 美沙がこんな事を言うと、ふみは素直でストレートな質問を彼女に飛ばした。
「どうしたの? 何か呼び出しでもされたの?」
「重傷者がまだ4人残っていてね。本来なら異能研特製治癒機器でも大丈夫な気がするけど、いち早く復帰させてあげないといけない」
 美沙の言葉にふみは頭を傾ける。
「治すのがつらいの?」
「違うわふみちゃん、治癒能力者としてそんなことは断じてないの」
 ふみの言葉を否定した上で、美沙はこう答えた。
「その内の2人は教師と高等部二年の生徒なんだけど、後の2人が『3-Y』の生徒なのよ。未だに彼等になんて言って良いのか分らないしね」
「……『3-Y』」
 『3-Y』と言う単語は何時も明るいふみですら言葉を詰まらせる。それだけ、悪い意味でインパクトが強い。
「何だかんだ言っても、生き残る事が大事なのよね」
 一言だけ言い置くと、ふみはこれ以上この話題には触れられなかった。
「わかったよ美沙。でもボクもお願いがあるんだ、聞いてくれるかな?」
「いいよ」
「今日さ、美沙の部屋に泊めて欲しいなーって思ってね。キャンパスじゃ何か休みづらくて」
 ふみが遠慮がちにこんな事を言うと、思わず肩の力が抜けてずるっと転びそうになる。妙に真剣に言うので、思わずずっこけたのだ。
「あ…あははは……いいよいいよそんな事、遠慮しないで」

――明朝、午前7時 異能研究所前
 美沙とふみは女子寮の朝食を駆込むように食べ終えると、異能研究所に静かに向かう。
「おはようございます、美沙さんに絵理ちゃん、川又さん」
「おはようございます、遠藤君に宮子ちゃん」
 異能研究所前には、既に結城宮子と遠藤雅が佇んでおり、そこに美沙と三浦絵理が合流して挨拶を互いに交わす。7月の朝と言うこともあり寒くはなく、早朝と言うことで暑くもない。建物に入らず待っているのは、『3-Y』の生徒に対する気まずさだろう。
「ま、考えている事は皆同じ、ですよ美沙さん。居づらいんですよ、正直」
「だね……昨日から気が重いのよ」
 合流すると宮子は美沙に話しかけ、美沙は相づちする。
「実際開き直るしかないですよ」
「そうはいかないのが、治癒能力者の宿命なのよ宮子ちゃん」
 治癒能力者達が一斉に負のオーラを発するが、一人遠藤は何時もの表情と口調で胸を張る。
「まぁ、気にしてもいられませんしねぇ。美沙さん、さっさと終わらせましょう」
 遠藤雅がこう言うと、全員が静かに頷いて異能研究所に消えていった。

――異能研究所 治療室
「おはよう、治癒能力者揃っているね。こういった治療にはホント助かるのよねぇ」
 異能研究所所属の医師である『三井つかさ』と合流して五人は無菌服に着替えて治療室に入ると、ベッドに寝ている面々の視線が治癒能力者達に向く。治療室に居るからと言っても意識がないわけではない。
 昨日宮子を除く治癒能力者達に苦のないレベルにまで治療されていた事と、異能研究所特製の治癒機器によって治癒されて居たために、取り敢えず寝ていれば大丈夫なところまで回復はしていたのだ。
「先生と二年生は大丈夫ですね」
「宮子ちゃん、仕上げはお願いね」
 絵理の声を聞いて頷いた美沙と遠藤は、宮子に治癒を任せる。宮子に後ろに行かせるのと同時に悲鳴が上がるが、気にせずに『3-Y』の二人が寝ているベッドに歩を進める。
 美沙と遠藤は一言溜息を付くと、奧で向かい合わせに配置されているベッドの前に立つ。そこには2床ベッドがあるが、そこに臥床している二人の生徒はそっぽを向いて寝ていた。
「おはよう、設楽君と水瀬さん」
 美沙がこう声を掛けると、そっぽ向いて寝ている二人は美沙の方に顔を向けた。
「……ふあぁ~~……美沙先輩に遠藤先輩っすかぁ……先輩達のお陰でよく眠れたっす」
 本来、男前と言っても差し障りのない精悍な顔の造詣を持っているであろう『設楽』と呼ばれた男子は、大きな口を開けて間抜けな表情と共に何とも気の抜けた言葉を吐く。
 フルネームは設楽 順一郎(したら じゅんいちろう)と言い、決して有り難い意味ではない有名な『3-Y』の男子生徒である。
「お…オハヨウゴザイマス」
 もう一人の『水瀬』と呼ばれた女子は、美沙の声にまぶたを擦りながら極めて眠たそうにこう答えた。顔の造詣も悪く無く、それなりに大人びた雰囲気を持っているが、眠気眼とあくび混じりの言葉が全てを台無しにさせている。
 フルネームは水瀬 律(みなせ りつ)と言い、彼女も決して有り難い意味ではない有名な『3-Y』の女子生徒である。
「だらけてやがる」
 思わず遠藤はこう洩らすが、美沙は『まぁまぁ』と遠藤に掌を向けて仕草をする。
「良眠ねぇ二人とも」
 美沙がこう言うと、設楽と呼ばれた男子は気のない口調でこう返す。
「おかげさまで平穏に寝ていられますよ、ええ。そろそろ動けるんじゃないんすか?」
「何言ってるんだか。見た目元気でも死にそうなのよ設楽君、寝ていなさい」
 そして美沙の視線は水瀬にも向けられる。
「美沙先輩、私も痛み有りませんですよ? すよすよ?」
「いや、律ちゃんも絶対安静だ。アンタ達は起きなくても動かなくても異能使って外行けるけど、死にたくなければ止めときな」
 皆まで言わなくとも早く治療室から出たいと言わんばかりの二人を、美沙はじっと宥めていた。
「大丈夫っすよ星崎先輩、俺の自慢の『戦乙女』があれば身代わり出来まっせ」
 そんな美沙の対応に、設楽はこんな風に美沙に言い返す。
「無理だね。試しに出してご覧なさい」
 だが美沙も売り言葉に買い言葉とばかりに挑発するようにこう言い置くと、設楽は呼応するように目を瞑って集中する。

「『戦乙女』」

「おお、設楽が一瞬光った!」
 遠藤の驚く声を発するのを尻目に、分身するかのように横に一人の人間がすっと設楽から出てくる。
「ちょっ!? おっ…女の子! 半裸の!!」
 そこには光沢のある美しい金髪に、女性なら誰しも羨むプロポーションを持ち、目元がぱっちりとしていて多少童顔だが十分に美女といえる女性が現れた。
 だが、設楽が言う『戦乙女』という言葉とは似付かわしくない、艶っぽいレオタード一枚しか身に纏っておらず、遠藤の言う通り宛ら『半裸』の姿だった。
「……やっぱりね」
 『戦乙女』はベッドから立ち上がるが、そのまま尻餅をつくようにぺたりと地面に座り込んでしまった。『戦乙女』の顔が下に向き、おまけに息も荒い。
「何で裸……しかもどうして動かない……」
「それは多分、設楽君の体調の影響。レオタードで出てきちゃって、しかも立っていられない」
 唖然とする遠藤と設楽だが、美沙は何となく理由が分っていた。
「この子は設楽君の体調と肉体的なダメージで成り立っている筈よね。だから、本来だったら凛々しい姿のこの子も、『死にかけ』な『本体』に無理掛けられなくて武装が出来ず、こんな状況で出てきちゃったんだよね」
 息も絶え絶えな『戦乙女』に語りかけるように言うと、美沙はまるで抱きつくように抱えて設楽の寝ているベッドの横に座らせた。
「良く知っていますね……星崎先輩」
「私は中等部からこの学園に居るのよ、設楽君も中等部からの生徒じゃない? 知らないわけ無いよ」
 そして『戦乙女』を眺めながら美沙は言い置いた。
「防護もない、武装もない、体力ないと無い無いづくしの状況で、一発でも貰ったら死ねるわよ? この子がダメージ受けたら設楽君もタダじゃすまないでしょ?」
 美沙の一言にこれ以上設楽は言葉が見つからず、静かに『戦乙女』を引っ込める。
「律ちゃんも同じ様な状況よ。設楽君程危なくないけど、直ぐに集中が切れてしまうわ」
 そう言って水瀬が設楽と同じように行動することを抑えると、静かに美沙はこんな事を言う。
「ま、事故や突発的な死なら諦めもつくけど、生きる余地が有るのにみすみす死なせるのは耐え難いわ」
 はあっと溜息を付き、設楽と水瀬を視界に納めつつ声を出す。
「それに私は大切な人を2人も、守れなかったから余計そう思えるのよ」
 美沙は最後、感情を押し殺すように一言こう締め括った。
「まぁ私と遠藤君、絵理ちゃん宮子ちゃんの治療と異能研の治療器使えば、明日には動けるようになるからゆっくり寝ていなさい」
 それだけ言うと、三井つかさに軽く頭を下げてバトンタッチする。
「何か食べたい物ある? 希望があれば持ってこさせるけど?」
 つかさの好意と取れる提案に、設楽と水瀬はこんな事を言う。
「ロースステーキ300グラム、ミディアムウェルダンで。しかもふみ先輩にアンミラの制服着させて持ってきてくれると嬉しいな」
「大盛りのプリン・ア・ラ・モード!」
「そんなもの持ってこられる訳ねーだろタワケ!」
 思わず遠藤は声を上げて突っ込むと、美沙やふみに宮子は苦笑いをして遠藤を見つめていた。


3-4 東京買い出し紀行


――午前11時 学園内カフェテラス。
「兄さん、兄さん、『戒厳』明けに一観ちゃんと渋谷に遊びに行きたいんだけど、ついてきてよ」
「何で妹とその友達の遊びに、俺が付いて行かにゃならんのだ」
 日曜と言うことに加えて『戒厳』の所為で学園から出られない事もあり、真琴はカフェテラスで紅茶に口を付けつつ勉強をしていた。そこには三浦と千鶴がおり、二人に勉強を教えながら自分の勉強を進めている。そこに絵理と時坂一観の二人が三浦の隣にやってきて、こんな事をおねだりしたのだ。
 絵理は眉をしかめておねだりするが三浦は何とも乗り気ではないようで、嫌そうな表情を浮かべている。
「ねぇ絵理ちゃんに一観ちゃん、なんでそんな事を三浦に頼むの?」
 当然の疑問を感じた千鶴は、ストレートに聞いてみた。
「違うんですよ御姉様、この騒動になる前に既に許可を得たのですが、今日になって風紀の逢州先輩が『保護者に付いて貰わなければ許可しない』って言ってきたんです」
「私にも兄がいますが……こんな事頼めないし……」
「渋谷で洋服見てきたかったんだよー」
 絵理と一観はこう答えた。真琴も千鶴も一観の兄(時坂祥吾)を知っているが、確かに頼めそうにないと『剣呑、剣呑』と即座に納得した。
「じゃあさ、私と真琴ちゃんも行くって言えば、三浦も来るでしょ?」
「え!?」
「マジデスカ」
 思っても見ない千鶴の提案に、真琴と三浦は思わず声を上げる。
「まぁまぁ真琴ちゃんに三浦。私もさ、フラストレーション溜まっているのよ。たまには遊びに行こうぜ?」
 千鶴のフランクな対応に真琴は何も答えることが出来なかった。
「絵理ちゃんと一観ちゃんが遊んでいる横で、私達はお茶でも飲んでれば楽しめるさ」
 そして一言、
「まぁ、三浦が居れば変な声掛けがないから良いのよ~♪」
 真琴は流石に『それはないんじゃない?』とでも言いたげな表情だったが、千鶴は付随する言葉を続ける。
「それに、三浦は女好きだけど根は良い奴だからね」
「如月、それフォローになってねぇよ……」
 『あはは♪』と無邪気に千鶴は笑うと、テーブルに両腕を突いたまま笑顔を崩さずにこう言った。
「絵理ちゃん、三浦や私に真琴ちゃんが行くからその事を伝えておいで。まぁ、私達も一緒に行くけどさ?」
 楽しそうに言う千鶴だが、絵理と一観はニコニコと笑いながら喜んでいた。
「それよりも何よりも、この警戒が何時解かれるかが疑問だけどね」
「多分、もう間もなく解かれる気がしない訳でもないけどな」
 真琴の言葉に、千鶴は自信満々にこう答えた。
「そんな話でも出たの?」
「いんにゃ。でも、初等部・中等部・高等部の雰囲気が何処となく牧歌的なのがちょっとねー、そんな気がするのよ」
 何とも軽い感じで返す千鶴に真琴は何も言えず、出来たことと言えばそのままカップを手にして紅茶を啜るくらいだった。

 だが、千鶴の言葉はそのまま現実の物になった。


――翌日 午前7時半 女子寮。

『職員・教員・学生・高等部・中等部・初等部、各双葉学園関係者各位に告ぐ。午前7時を以て双葉学園に敷かれていた『戒厳』は解除する。ただし大学部学生と高等部生徒は武装解除をせず、臨戦態勢を維持するように」

 真琴と千鶴は女子寮の食堂で食事を摂りながらこの様な放送を聞くと、思わず放送スピーカーに顔を向ける。
『また本日は休校とするのと同時に、これ以降学園出入りと外出は特に規制はしませんが、初等部と中等部に限っては双葉区から外出する際は許可を取るように』
 そして二人は周囲を見渡すと、その行き成りな状況に戸惑いの声の方が多かった。警戒の解除はするが、その実半分は警戒態勢維持をする。こんな状況に不安と緊張の入り交じった声が上がるのは当然だろう。
「よっし、今日は休みになったぁ♪」
 中にはこの様に緊張感とは無縁の生徒も居るが、意図の見えない指示に戸惑っている生徒の方が遙かに多かった。
「……本当に解けちゃったわね」
「本当だねぇ」
 真琴と千鶴は思わずこんな間抜けな言葉を発していた。それもそうだろう、昨日口から出任せ的な言葉が現実の物になったのだから。
「ま! 休みになってしまったんだ。絵理ちゃんの遊びに便乗して、我々も遊びに行くかねぇ」
 千鶴は実に楽しそうにこんな事を言い置くと、食堂の自動販売機からオレンジジュースを買って戻ってくる。
「真琴ちゃんのテレポートなら、渋谷くらいちょちょいのパッパじゃない?」
「いや千鶴……私渋谷行った事無いから、池袋から渋谷に行くことになるよ」
 真琴の言葉に思わずギョッとする。
「あれ、真琴ちゃん渋谷行ったこと無かったっけ?」
「無いよ。洋服とか男性向けとかBLとか池袋で揃えてしまうし、意外と渋谷は縁遠い」
 真琴は普段行く機会がなかったのか、渋谷には行ったことが無いためにテレポートが使えない。
 一回行った事があり、そのイメージが出来ればテレポートで移動できるが、行った事が無ければ例えテレビで得たイメージがあっても行く事が出来ない。
「ちょっ! 男性向けって!! 私も好きだけどさぁ」
 真琴の突飛の発言に少々狼狽える千鶴だが、直ぐに表情を戻して話を戻す。
「真琴ちゃんのテレポートが使えないのは痛いわよねぇ」
「私は少しでも、もう1秒でも電車には乗りたくないけど、折角のお出掛けなんだし、みんなと一緒に行動するのって良いじゃない?」
 真琴の正論とも言える言葉に、千鶴は『ぐぬぬ』と悩むような声を発する。
(電車に乗るのは嫌なんだよ、出来る事なら飛んでいきたいんだぜ)
 千鶴と話しながら心中ではそんな事を思いつつも、真琴は落ち着いた口調で千鶴と話した。
「おはようございます、御姉様と真琴先輩」
「おはよう、絵理ちゃん」
 そんな雑談をしていると、横にトレイを持った絵理が朝食を持って千鶴の横に座る。
「あれ? お師匠様は居ないんですね」
「ん? ああ、姉さんか。今日は川又ふみさんと食事を済まして、早々と大学部に行っちゃったよ」
 ふと絵理がこんな事を言うと、真琴はこう答えた。
「ふみさんって、かわいらしい犬の耳と尻尾を持っている人ですよね? あの人中等部でも人気ですよ、かわいらしいって」
「私も千鶴もそう思ってるんだけど、それは心の中で思っても本人に言わない方が良いよ? あの人結構気にしているからねー」
 真琴がこう言うと、疑問符が絵理の頭上で飛来する。
「あんなにかわいいのにですか?」
「かわいいのは喜ぶだろうけど、ああ見えて大学生だからね。前に、高等部の生徒がよってたかってもふもふして、ショック受けていたし」
 こんな事を言うと、絵理は苦笑いを浮かべて真琴の言葉を聞き入っていた。
「うんうん、ふみ先輩の前に見た有明でのコスプレは今でも……いやいや、絵理ちゃん?」
 妄想が駄々漏れだった千鶴は一瞬で表情を戻し、絵理に話しかける。
「なんでしょう?」
「さっきの放送で、今日戒厳が解けて急遽休みになったから、昨日言っていたの今日行くかい? どうせ暇だしさ」
 千鶴の言葉に絵理は頷き、にっこりと笑いながら答えた。
「そうですね。運良く今日は休みになってしまいましたし、一観ちゃんに言って今日行くことにしますね」
「そうしなー、三浦には私から連絡しておくから。お姉さん達待っているからねぇ」
 絵理の嬉しそうな反応に、千鶴は思わず笑顔になる。何だかんだ言って一番楽しそうなのは千鶴じゃないのかと思う真琴だったが、微笑みながら千鶴と絵理を見ていた。

「行き成りになっちゃったけど、遊びに行くのは良いものですよね」
 食事から2時間経った午前9時、絵理は時坂一観を連れて学園の敷地よりほど近いバス停留所で真琴と千鶴の二人と合流した。
 まだ朝とは言え7月の日差しと気温はきつく、キャミソールにミニスカート、薄いカーディガンを羽織っている真琴に、ノースリーブのTシャツに脚線美を強調させるカットジーンズを履いている千鶴、薄い水色のワンピースを着ている絵理に、ノースリーブにかわいらしいスカート型のオーバーオールを着た一観と言う夏らしい、涼しげで健康的な出で立ちだったのだが、
「……アンタ……」
「……三浦君」
 一足遅れて合流した三浦は、黒の皮のズボンに黒いTシャツ、飾り気のないシルバーのネックレスに真琴から貰ったサングラスと言う出で立ちでやってきた。
「遅れてすまないです、準備に手間取った」
 胸板や腹筋がTシャツを着ていても分るくらいはっきり見え、太い筋肉質の腕にはち切れんばかりの袖口、黒光りする革製のズボンは居るだけで存在感を主張する。
「それのどこに時間を掛ける要素があるんだよ!」
「……これは最早視角の暴力だね、犯罪レベル」
 激しいツッコミを入れる千鶴に、冷静に嘲笑する真琴。ただ真琴も千鶴も少々赤らめていたのが印象深かった。元々千鶴はこういう肉体派が好きなのだが、男と女の良いところを均等にわかっている真琴は肉体的な、それも現在では異性の男の魅力的な部分に触れると感情的に敏感になる。
「ちょっ! 真琴さんひでぇ!! 犯罪レベルって!!」
「性的な意味でだよ」
(これで女好きじゃなけりゃな……好きだって言って貰えるのは、女になって幸せだなって思える事なんだろうけどなぁ)
 はあっと真琴は小さく溜息をついた。

 遊びには『普通』に、双葉学園から公共交通機関を使って行くことになった。
 双葉区から公的の鉄道が正式に運行されていない今の現状は内地に続く橋をバスで渡り、東京臨海高速鉄道『国際展示場駅』付近で降りて電車に乗り換え、そのまま『渋谷』まで向かう。
「……真琴ちゃん?」
 列車内は平日と言うこともあり大変空いており、男1人に女4人は一列に並ぶように席に座っている。
「何よ」
「ジュース買い過ぎじゃない?」
 中でも真琴は大きなスポーツドリンクのペットボトルをバックに括り付けた上で、有明駅のプラットホームに降り立つと自動販売機の前に歩いて缶コーヒーを買っている姿は絵理や一観、果ては三浦も唖然とした表情で真琴を見つめている。
 そして電車に乗って席に座ると早速、真琴は缶コーヒーを開封させてそのまま飲み始めてしまった。
「気を紛らわせてるんだよ」
 流石に千鶴も真琴にこんな事を言ってみるが、真琴はこんな風に返答する。
「気を紛らわせるって、どうしたんです?」
「単純に電車が嫌い。少しも乗りたくはないんだけど、そう言う訳にも行かないから気を紛らわせているだけ」
 三浦の質問にも、真琴はこんな風に説明する。
「何でそんなに電車嫌いなのです?」
 不思議に思ったのか三浦は真琴にこんな事を聞くと、彼女は苦笑いと共に三浦に静かに教えた。
「双葉学園に入る直前に酷い電車事故に巻き込まれたから、それ以来嫌いなんだよね」
 真琴があっけらかんと話す横で、三浦や絵理、そして一観は一瞬言葉を失うが、千鶴だけは涼しい顔して眺めている。
「子どもみたいな事言っているけど、やっぱり電車だけは今でも苦手だ。風景でも眺めていれば良いのだけど地下鉄だしなぁ……抜けるまでは飲み物飲んで気を紛らわすのが一番よ」
 そう答えながら真琴は缶コーヒーに口を付けた。だが、そんな真琴の様子に千鶴はニコッと笑顔を見せながら真琴の顔を覗きつつ、
「真琴ちゃんは昔から電車嫌いなんだよねぇ。初等部時代は手を繋いで電車に乗ったっけか」
 そっと呟くように言う千鶴の言葉に、カッと表情を赤らめた。三浦はそんな状況を眺めつつ少々嬉しそうに聞いていた。

 電車は粛々と『大崎』に到着すると、真琴達は山手線に乗り換える為にプラットホームに佇んでいた。一つ前の電車に乗れれば何も乗り換える必要もなかったのだが、国際展示場駅の改札をくぐったタイミングに出発して乗れなかったために、こうして乗り換える必要が生じてしまった。
 平日の昼間と言う事もあってか大崎駅の山手線プラットホームに人はまばらだったが、彼女達は他愛のない雑談を交わしながら、邪魔にならないように固まって電車が来るのを待っている。
 少しの間待っていると、直ぐに池袋方面の山手線がプラットホームに入線して滑り込んでくる。真琴は鉄扇を仰ぎながら電車に乗り込むと、席はガラガラで空いていたものの絵理と一観以外は座らずに立っていた。
 池袋方面の山手線とは言え、やはり平日と言うこともあって乗客は疎らだった。先客はシルバーシートに静かに座っている老婆に、乗り合わしているサラリーマンとOLが佇んでいる横で、子どもでも見苦しいと思えるほど制服を着崩した男子高校生の4人が居た。
 高校生達はだらしなく、軽薄な女学生のように騒ぎはしゃいでいる。スナック菓子やペットボトルのジュース等を食い散らかし、包装紙やペットボトルの空容器を床や天網に放り投げたりする様は見苦しさの極みであったが、そんな事を気にする様子もなく、彼等はそこが我らの縄張りであるとでも言わんばかりにふんぞり返って屯している。
 サラリーマンやOLは視認してはいるものの、注意すれば絶対自分に災難が降りかかる事が分りきっているために見て見ぬふりをしている。
 それが堪らなく耐えかねたのだろうか、シルバーシートに座っていた老婆が真琴達が乗り込んで発車した頃に立ち上がり場を離れようとしたが、電車の振動に立位が維持できずによろけてしまい、持っていた杖と足を滑らして学生の一人にぶつけてしまった。
「ああああっ――!! 痛え! 痛ええ!! 折れたよ!!」
 杖と足にぶつかった学生は、はち切れんばかりの大声を上げて喚いた。杖を落とし立位の維持に必死だった老婆は状況に気付くのが遅かったが、頭を下げて謝罪する仕草を見せた。だが、別の学生は老婆が落とした杖を拾い、振りかざすような仕草をする。
「おい婆さん、挨拶も無しか? ツレが折れたって言ってんだろうが!!」
「……え? そんな……あれ位では折れないでしょう……」
「ううう……いっ痛ぇよ!!」
 老婆の抗議を痛がる素振りと声を発し、左脚を抱えながらのたうち回って遮り、怒号と奪った杖を振りかざして老婆を威嚇した。
「ギャアアア!」
「ババァ金置いてけよ金、治療代だよ!」
 もう一人の学生が老婆の腕を掴んで捻り上げて一緒になって老婆に罵声を浴びせかけ、更にもう一人の学生が老婆の持っていたハンドバッグをふんだくって奪い取り、乱暴に物色を始める。
 最早子どもの悪さでは済まない、極めて見苦しく悪辣な光景が繰り広げられていても、車内の大人達は誰1人として老婆を助けようとしなかった。
「さ…サイテー…」
 そんな光景を見て、絵理は思わず呟く。だが、絵理が思うのよりも早く学生達の非道に耐えかねた者がいた。
「お兄さん、いい加減にしなさいよ」
 テレポートは使わず、真琴はさっと学生達の場所に歩み寄る。
「あぁ!? 何だこのアマお前に……」
 真琴の声掛けに振り返り、全てを言い終わる前に真琴の折り畳んだ鉄扇が、杖を持って振りかざしていた学生の顔面を捉えていた。
「グォッ!!」
 真琴に鉄扇で殴られた学生は鼻が折れ、勢い良く鼻血を垂れ流しながら苦悶の表情と共に顔面を押さえて身体を曲げる。一方の真琴は折り畳んだ鉄扇を勢い良く片手で広げ、パタパタと軽く仰いだ。一見繊細に見える鉄扇は、形状の維持に厚さと強度が必要なため折り畳んだ形状で殴りつけられると、鉄棒で殴られるのと大して変らない。ましてや都会で、社会や親の庇護下でぬくぬくと怖いもの無しに不良をやっていた者の面体を潰すには、十分な破壊力があった。
 鉄扇を扇ぎながら真琴は痛みに顔と体勢を歪ませた学生を、さらに後ろから押し出すように蹴り飛ばして出入り口のドアに顔面を叩付け、
「見苦しいもん見せんじゃねぇよ! ゴミが!!」
「グヘッ!!」
 絵理や一観が聞こえないくらいの声でこう言うと、崩れ落ちる学生のタイミングを合わせて後頭部に寺院の鐘突の如く突き立て、列車のドアとサンドするように勢い良く学生の顔面を叩き潰す。学生は後ろから前から頭部より血が噴き出し、のたうち回りながら嗚咽と共に悶絶していた。
「よっ…ヨっちゃん!! このアマ何て事……」
「うーん、コイツの折れた足ってこっちなのかな?」
 学生達の視線が全員真琴に向いている隙に歩み寄った三浦は、先程までのたうち回っていた学生の側まで近寄ると、そのまま左脚の膝にストンピングを勢い付けて落とした。
「ギャアアアアアアアアアッ!!」
「いけねぇなあ、嘘ついちゃな。折れてなかったじゃないか」
 勢い良く叩付けられたストンピングに鈍い音と何かが折れる音が明確に聞こえ、まるでフラミンゴの様に学生の脚が曲がった。学生は痛みに耐えかねて悲鳴と共に膝を抱えてのたうち回っているが、三浦は片手でこの学生を拾い上げそのまま両手で押さえ込み、
「骨が折れるってどういう事か理解できたか? じゃ、ついでにちょっと地獄にも行ってみるか」
 『やめてくれ』と悲鳴を上げている学生の言葉を無視しつつ、三浦はそのままボディスラムの要領で学生を床に叩き付けた。
「グオッ!」
 車内に響く振動と衝撃音、硬質な何かが更に折れる音と共に、床に打ち据えられてぷらんぷらんと右脚が浮いている様にも見える学生は、嗚咽を上げながらピクピクと身体を震わせ悶絶していた。
「ひいっ! ギャッ!!」
 真琴と三浦の直接的な行動に、残った学生達が本能的に腰が引けて後退りするが、後ろに回り込んだ千鶴に退路を断たれた上に掌底気味の平手で顎を殴られ、鈍い衝撃音と共に吹っ飛ばされて手すりに顔面を叩付けられる。学生は鼻血を流しながら恐怖に怯えたのか、内股になって股間を濡らして学生は失禁していた。
「逃げるんじゃないよ! ほら杖とバックをお婆さんに返して、迷惑料をお婆さんに支払いなさい!」
 そう言うと千鶴は学生達から財布を奪い取り、紙幣貨幣全て取り上げて学生達の財布を捨てると老婆に手渡す。老婆は遠慮するが、千鶴は無理矢理老婆のバックに入れて手渡してしまった。
「それと、今時幼稚園児でもやらない位に散らかしたゴミを片付けてね? 勿論このゴミ共も一緒にね!」
 倒れている学生達を指さしながら言う、止めの千鶴の恫喝に学生達は年甲斐もなく泣きじゃくった。電車はそろそろ渋谷に到着し、泣き止まない学生達の声に混じって呑気な車掌の車内アナウンスが流れた。

「どうして三浦君が先に行かないんだよ」
「いや、真琴さんが行っちゃったから、一歩遅らせただけですよ」
 渋谷駅で電車を降車してプラットホームを歩きながら、真琴と三浦は言葉を交わしているている横で、千鶴はニヤニヤしながら遣り取りを眺めていた。
「つうか、どう考えても三浦君の見せ場じゃないか」
「だって女の子が魅せた方が格好良いじゃない」
 半ば口を尖らして喋る真琴を、宥めるように反論する三浦。背丈や雰囲気がまるで違う男女が横に並んで喋りながら歩く様は、一見すれば付き合っているようにも見える。
 そんな二人を一歩下がった位置から千鶴は眺め、横にいる絵理や一観にこんな事を言ってみる。
「真琴ちゃん口悪いけど、その実悪くない雰囲気なんだよねぇ」
「そうですよね」
「うんうん、まるで怒った彼女を彼氏が必死で宥めている様に見えて和みますよね」
 どうやら傍から見れば彼氏彼女に見えるらしい。千鶴たちの会話を聞いた真琴は流石にこれ以上は口を閉じたが、千鶴や絵理、一観の表情はニヤニヤしっぱなしだった。
「それにしても真琴先輩って、体術の身のこなし凄いですよね。実戦で扇子使える人って初めて見ました」
 絵理は表情を戻して真琴の横に出ると、こんな事を言ってみる。
「そんな事は無いよ絵理ちゃん。だけど初等部・中等部・高等部と合気道やマーシャルアーツ習っているし、あんなのには負けはしないよ?」
 真琴らしくないにっこりと笑みを見せながら絵理に言う。
「子どもの頃はよく喧嘩したんだけどね、電車事故からしっくりこなくなってね。体術関係は貴女のお兄さんや千鶴の足元にも及ばないよ」
 はははと笑いながら言う真琴の言葉を、絵理は黙って聞いていた。
「さて、こんなお話はお仕舞い! 絵理ちゃんは一観ちゃんと遊ぶことを考えなさいっ♪」
「はいっ」
 そして、真琴は手を叩いて話を打ち切ると、絵理は明るく微笑んで答えた。




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