【アイスのチョコ】


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アイスのチョコ


「じゃあ皆、あとは頼む」
「はい。お疲れ様でした」
 風紀委員長こと逢洲等華《あいす などか》の言葉を受け、風紀委員詰め所の委員たちが一斉に答える。
 皆の声に片手を上げてから彼女は詰め所を後にした。


「それにしても委員長が早上がりって珍しいですね」
「そう言えばそうだな……ハッ!まさか!? 」
 疑問を口にした一年生に二年生が答えかけてから何かに気づいたかのように声をあげ、それに驚いた者たちが彼に一斉に視線を向ける。
「な、なんです? 」
「俺には縁のないことだからすっかり忘れていたが……今日はバレンタインデー。委員長はひょっとして誰かにチョコを渡しに行ったのでは……? 」
 一年生に促され、彼がつぶやいた言葉に室内の全員が言葉を失う。
 そして
「「「「「な、なんだってー!? 」」」」」
 全員がキレイにハモった驚きの声を上げた。

 *

 詰め所を離れた逢洲等華は、その足を学園から程近い商店街へと向けていた。
 そして彼女のあとを付かず離れず追いかける人影が二つ。
「ほんとにチョコあげる人いるんですかね? 」
「わからん。が、確認しないわけにはいかん……」
 それは風紀委員詰め所で逢洲等華の動向についての推論を交わした一年生と二年生、二人の風紀委員だった。
 逢洲等華はその職責から、一般の生徒には近寄りがたい存在と認識されているが、風紀委員内部では少し違っていた。おいそれと近づくことはできないが、それでも彼女の普段の振る舞いや好き嫌いなどを知る機会は多く、一部のものは彼女に対して強い憧れを抱いている。そして今、彼女のあとをつけている二人もそういったタイプだった。
「あ! 店に入っていきましたよ!」
「ぬう……! あれは<スイーツ&ベーカリー『Tanaka』>……! 」
「知っているのか先輩!? 」
「うむ!! 」
 逢洲等華が店に入って行くのに気づいた一年生の言葉に唸る二年生風紀委員。
 それもそのはず、この店の主人はかつて有名ホテルのパティシエを勤めていたという話で、スイーツにうるさい女生徒ならば一度ならず訪れたことがあるという。知る人ぞ知る名店なのだ。
「という事だ……」
「なんですって……じゃあやっぱり……。あ!なんだかすごい大きな紙袋を受け取ってますよ! 」
「もっと近づいて何を話しているのか聞くぞ! 」
 事態の推移に即座に反応する二人。鍛え上げられた風紀委員の本能が彼らを突き動かしていた。


「では以上ですね」
「はい、確かに。こんなに沢山用意して下さってありがとうございました」
 店主から二つ目の大きな紙袋を受け取って礼を言う逢洲等華。その顔にはいつになく嬉しげな笑顔が浮かんでいた。
「いいえ、こちらこそ。それにしても随分、大勢にあげるんですね」
「ええ、みんな本命なので誰か一人というわけにもいかなくて」

(えええええ!? ちょっ、大勢って!! みんな本命って!!)
(委員長ってビッチだったの!?)
 彼女と店主のやり取りを聞いて激しく取り乱す二人。それも当然、彼女の手に持つ紙袋のサイズからして、チョコを渡すであろう相手の数は数十人はくだらないだろうと簡単に想像がつく量だからだ。
(落ち着けッ!! 風紀委員はうろたえないッ!! こうなったら相手を確認するまで張り付くぞ!!)
(は、はい!)
 小声でやり取りしつつ、決意を新たにする二人。逢洲等華はそんな彼らに気づくこともなく悠然と店を出た。

 *

「先輩、この道って……」
「ああ、このまま進めば研究棟にたどり着く道だ。……まさか研究員……いや、教師が相手なのか……? だとしたら許せん……!! 教職員ともあろう者が委員長に手を出すなど……!! 」
 楽しげに歩く逢洲等華を追って、風紀委員の二人は川べりの道まで来ていた。遮蔽物のあまりない場所だけに、追跡を気取られぬよう細心の注意を払いながら進む。
 しばらくすると二年生の言葉どおり、研究棟の建物が目に映り始めた。
「やはり、研究棟に相手がいるのか……。ゆ……ゆるさん……。絶対にゆるさんぞ虫ケラども!! 相手を確認したらじわじわとなぶり殺してくれる!! 」
「あれ? 先輩、委員長が土手に降りましたよ? 」
「なに? 」
 両の拳を握り締め、体を震わせながら物騒なことを口走る二年生に一年生がそう声をかける。見ると確かに逢洲等華は土手を降り、川原の小さな空き地に歩を進めていて、そこには彼女を迎える一人の少女の姿があった。
「「ええー!? 一人目は女の子ー!?」」
 目の前の状況に驚きハモる二人。
 逢洲等華は待っていた少女に手を上げて答えると紙袋を地面に下ろし、中から一つの袋を取り出した。スーパーなどで売っている徳用チョコ程度の大きさだ。逢洲等華はそれを開けるとその場にしゃがみこみ、オレンジの髪の少女もそれに倣う。
「……ん? あれ? 」
「……猫? 」
 予想外のことに呆然としていた風紀委員の二人だったが、向かい合ってしゃがんでいる逢洲等華たちの周りにちょこちょこと動く数匹の猫が現れているのに気づき、再び注意の目を向けた。


「それにしても逢洲先輩、よくこんなに沢山の猫用チョコ用意できましたね」
「うん。『Tanaka』のご主人が骨を折って下さったんだ。おかげで主だった猫場は全部回れそうだよ」
 オレンジの髪を小さなポニーテールに結った少女が、逢洲等華から受け取ったチョコを足元に寄ってきた猫たちに差し出しながらそう問いかけ、逢洲等華も同じようにしながら笑顔でそれに答える。
「あー、あの店いいですよね!あたしもたまに水泳部の子達と行くんですよ! 」
 逢洲等華の返事を皮切りに、二人の少女はしばし談笑しつつ猫にチョコをやり続けるのだった。

 *

「……あのチョコ、猫用だったんですね……」
「その様だな……。ホッとしたような、拍子抜けしたような……」
 まばらに植えられた街路樹の影に座り込みながら少女たちの様子を見やり、ボソボソと言葉を交わす風紀委員の二人。その顔は徒労に疲れ、気が抜けきったものだった。
「おい、お前たち。隠れてないでいいかげん出て来い」
「えッ!? 」
 突然、明らかに自分たちに向けて発せられた言葉に驚く男たちが恐る恐る木の陰から顔を出すと、心底あきれたという逢洲等華の顔があった。
「委員長……いつから気づいてたんですか? 」
「最初からだ。まったく、人の後をつけるなんて何を考えているんだか……。ほら、これをもって詰め所に帰れ」
 逢洲等華は二年生の質問にさも面倒げに答えると、右手に持った大きな紙袋を差し出す。
「え? 」
 その行動に驚き何度も紙袋と彼女の顔を見直す二人。
「言っておくが義理だぞ。それに全員は無理だから、いま詰め所にいる者たちの分しかない。さっさと持ってかえって分配しろ」
「「は、はい!! 」」
 逢洲等華の言葉にようよう答え、二人の風紀委員は来た道を全力で駆け戻っていった。

 *

「やったな、おい!! 義理とはいえ、委員長からチョコ貰えたんだぞ!! 」
「ええ!! 十六年生きてきて、今までこんないい事はなかったですよ!! 俺、今日シフト入ってて良かったー!! 」
 全力で走りながら男たちは歓喜の声をあげる。その目には感激の涙すら浮かんでいた。
「……あれ? でも確かあの店で『みんな本命』って言ってませんでしたっけ? 」
「あ!? そ、そういえば…………。もしかして、猫が本命って事か……? 」
 忘れていた事を思い出し、思わず立ち止まって顔を見合わせる二人。
「俺たち猫以下なんですかね……。結構、頑張ってるつもりだったんですけど……」
「……いやぁ、あの人の猫好きはものすごいから仕方ないだろう……。とりあえず詰め所に帰って皆でチョコ食おうぜ……」
「そうですね……どっちにしてもチョコはもらえたんだし……」
 すっかり意気消沈した二人だったが、それぞれなんとか自分を納得させると、背中を丸めてトボトボと歩きだした。
 落ち込んだ身に詰め所までの道のりはやけに長かった。
 それでもモテない男の悲しい習性か、コッソリと一つずつ多く懐にチョコをしまいこむのだった。取り分がなくなる誰かに密かに心中で詫びつつ……。



               おしまい


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