騒がしい保健室の事件記録
『真贋考察』 後編
■4
「そも、なんでコイツはテスト用紙なんかを金庫から取り出したんだと思う?」
そんな質問を私達に放り投げてから、先生は取り出した二本目の缶コーヒーを開けて喉に流し込む。
「え? いや、そりゃあテストで良い点数を取る為に、盗もうとしたんじゃあ?」
実際に金庫からテスト用紙が取り出されている。テスト用紙を盗むのは、そのテストの為だと考えるのが普通なんじゃないのかな。
記憶がない私だって、そう考えるのだから。
「だったら」
缶を口から放し、能都君の模範的な回答に質問が重ねられる。
「なんでバレないように行動しないんだ?」
ポケットから煙草と電子ライターを取り出す。副流煙の事などお構いなしに火をつけて、美味しそうに一服する。
「ええと……?」
「ソイツが、犯行直後に転んで、机の角で頭を打ち、発見されるまで気絶するなんていうドジを踏んだからバレたと思われてるが──」
紫煙が天井に吹き付けられる。
ニコチンの独特な刺激臭が、私達の嗅覚と味覚を同時に攻め立てた。
「よく考えてみろ。明らかにピッキングと分かる痕跡を残し──」
田邑さんから手渡されたファイルから写真を選んで机の上に放り投げる。職員室の扉を写した一枚。
「金庫に指紋を残し──」
開け放たれた金庫。指紋採取の状況写真。
指紋照合の結果を書いた書類。
「広範囲に撒き散らしたテスト用紙──」
あちこちに散乱したテスト用紙の写真。
「まるで『瑞樹奈央がやった事』だとバレてくれと言わんばかりだ」
それに、と言葉を継ぎ足す。
「テスト用紙を『盗んで』しまったら、痕跡を残してなかろうと即バレだろ。そうなれば当然テストは中止。問題も全て差し替えだ」
私が瑞樹奈央なら、こんな阿呆な事などしないと、先生が擁護してくれた。
「お前達、映画とか見ないのか? スパイはこういう場合、カメラで書類を撮影してから金庫の中に戻すものだ。
つまりこれは『盗み』が目的じゃない」
「しかし先生……逆説的な推測では、証拠になり得ない」
両の拳に力を込めて、田邑さんは歯噛みする。思わぬ人間から反撃を受けて困惑している様だった。
「だろうね」
あっさり認める先生。
も、もうちょっと頑張ってよ先生!?
「じゃあ別のアプローチをしてみようか。
……テスト用紙は、どうしてこんなに散らばってるんだ?」
最後に机の上に放り投げた写真を、先生は田村さんに投げてよこす。
「──え?」
「転んだ拍子にばら撒いた? 違うな。
仮にそうだとしても、紙が散らばっている位置がおかしい。転んだ拍子に床に落としたのなら、なんで少し離れた位置にテスト用紙が散乱するんだ」
写真を見ていた田邑さんが「あっ」と声を上げる。そうだ。私が起きて見たテスト用紙は、私から少しはなれた位置に散乱していた。
「つまり、誤って転ぶ前、既にテスト用紙は床の上にばら撒かれていたんだよ」
堀衛先生は煙草とコーヒーを交互に飲み、順番が逆であることを指摘した。
「あれ?」
何かに気付いたのか、田邑さんとは別の種類の声を能都君も上げた。
「でもそれって瑞樹が犯人である事を否定する材料にはなりませんよね?」
余計な事に気付くなよ四角いのっ!
下手に鋭いと厄介だなあ、もう!
「なるぞ?」
おお、いいぞ先生。その調子だ!
「最初の『盗みが目的じゃない』という推測と、今の推理を踏まえるとだな。犯人の目的はテスト用紙じゃなく、あくまで『瑞樹奈央に罪を被せる』事こそが本当の目的って事に……なるだろう?」
飲み終わったコーヒーの缶で、煙草を揉み消し、缶の中へ吸殻を入れる。そのまま流れるような動作で私達を見渡した。
かっこいいですよ先生!
ハードボイルドっぽいですよ先生!
なんか自分でも私は無実なんだって確証が得られてきましたよっ!
「で、だ。計画が順調に進んで気分が高揚してたんだろうな。踊るなり何なりしたのかもしれんが──そこで足を滑らして転んだ。
そして頭部への衝撃で一時的に記憶を失い──今に至るという、実に間抜けな話だ」
なるほど!
……ん?
あれ?
「あ、あのう、先生?」
思わず被告人であるところの私が、弁護士の主張に意見を挟む。
「なんだ」
「その流れだと、そのう……結局、私が犯人になっちゃうじゃですが?」
「そうだよ」
ですよねー。あー驚いた。
……って、はああああっ!?
私は耳を疑った。
能都君も田邑さんも、二転三転する先生の主張に目を白黒させている。
「だ、だ、だって先生っ! さっき私は犯人じゃないって言ってたじゃないですか!」
私は混乱しながら必死になって主張する。
頭の中がグルグルし始めて、つられて目が回りそうだ。前後左右が不覚に陥る。
煙草の吸殻が入った缶コーヒーを持ち上げ、それを振ってカラカラと音を鳴らす。
何が面白いのか、先生はニヤニヤと笑っていた。煙草を吸ってるくせに、こぼれ見える歯がやけに白い。
「お前が犯人じゃないなんて、私は言ってないぞ? 私は『瑞樹奈央は犯人じゃない』と言ったはずだが」
「だから! 私は犯人じゃないんでしょう!?
真犯人に突き飛ばされて記憶を失った可能性だって」
「いいや、お前が犯人だ」
訳が分からなくなってきた。この人は私を擁護を、弁護をしてくれてたんじゃなかったのか。どうして検察側に立場を逆転させてるのか?
これが本当の逆転裁判とか、うまい事を言ってる場合じゃないぞ私。
「だって瑞樹奈央は──私は、犯人じゃない……そうでしょう……?」
泣きそうな声で最終確認。
「いや、だって」
灰皿になった缶を机に置く。
「お前、瑞樹奈央じゃないだろ」
カルシウムで出来た下弦の月が、保健医の口元を切り裂く様に生まれ出た。
■5
「え? あ? は?」
能都君が間抜けな声を三連発で短く発した。
「先生、どういう事なのか説明を要求したいのだが」
さすがの田邑さんも眉をひそめる。
私は何も、何も言えずにいた。
「別に瑞樹奈央がテスト用紙を盗もうが、誰かを陥れようが──正直、知った事じゃない。
勝手にすればいい」
言いながら二本目の煙草を咥え、火を灯す。吐き出される燻ぶった白い煙が、保健室に停滞していく
「人間、誰だって『魔が差す』瞬間ぐらいはあるだろう。だから『瑞樹奈央は、そんな事をする人間じゃない』等という偏った性善説に基づく思考停止的な感情論を振りかざす気なんて毛頭ないぞ」
妖しいというよりも。
厭らしい笑顔を浮かべて。
保健医が論ずる。
「では、証拠があると?」
田邑さんが身を乗り出す。
「うん。実は決定的なのが二つもある」
それを聞きながら、何故か私の身体は震え始めていた。カタカタと手足が揺れて収まらない。ガタガタと身体が揺れて定まらない。ガチガチと奥歯がぶつかり鳴り止まない。
「実はコイツが保健室に入ってきた時から偽物だとは気付いてたんだ」
「ええええっ!? 先生、それこそ早く言ってくださいよ!」」
能都君が驚きのあまり立ち上がる。
「てっきり私は瑞樹の偽者を捕まえた時に怪我をさせたものだと思ってたんだ」
しれっと、堀衛先生が言う。
物証があると聞き、田邑さんの目が真剣なものに変わる。私も震える身体を抱えながら、弱々しく先生を見た。
「後頭部の治療する時、念のために身体のあちこちをチェックしたんだがな」
私は思い出す。
他に怪我が無いかと、この保健医にセクハラみたいなチェックを受けた事を。
「コイツの身体、女だぞ」
──え?
そんな意味が分からない事を、頭から黒い滝を流している様な女は口にした。なにを当たり前な。私は女子の制服を着ている。
見なくても触らなくても、自分の身体なのですぐに分かる。
私は女だ。
それがどうした。
「なん……だと……?」
けれど。
能都君も田邑さんも、驚いた目で私をマジマジと見るのだ。
「どうやら服装を含めた外見を変化させるのが、お前の能力みたいだな。
指紋まで再現できるという事は、随分と能力の精度が高いらしい」
ニヤニヤと笑いながら「実に興味深い」と呟く。机に右肘を置き、頬を乗せ、私を舐める様に眺める堀衛先生。
身体の震えが止まらない。ビキビキと、私の頭の中で「誰か」が這い出し始める。
「しかし瑞樹奈央が男だという事までは知らなかったらしいな。つまり『知らない事』までは再現できないのかな? 指紋は自分で採取した物を変身時に組み込んだのか?」
質問を受けるが、私には答えられない。
失われた物が少しずつ復元されていく。
回復し、修繕され、修復し、補完されていく。それは開放と安定を意味するはずなのに不安と恐怖は拭えない。回答なんてできる訳が無い。私は今、ナイフを首筋に当てられている状態なのだ。
「ど、どうして……っ」
「うん?」
「どうして、保健室に入った段階で、そんな段階で偽者だって……っ!?」
私は、震えたままの声を絞り出す様に床へと落とす。
まるで。
あの時のテスト用紙みたいに。
けれど堀衛先生は即答せず、チラッと腕時計を見ただけだった。
「一時間。そろそろか」
そんな事を呟いた。
違う、私が聞きたいのは、そんな言葉じゃなくて──!
「ぷひゅるるる~っ」
すると、不思議なイビキが。
保健室の中から──カーテンで仕切られたベッドの方から聞こえてきた。
「え?」
私が能都君に連れられて保健室に来た時。
先生は目を丸くして驚いていた。
私が治療を受けている時、カーテンで仕切られたベッドを見ると、先生は「アレの事は気にするな。もうお前には関係ない」と言っていた。
何故この先生が、あんなにも驚いたのか。
何故「『もう』関係ない」と言ったのか。
まさか。
まさか。
「瑞樹奈央は能力者でな。能力者は一人一能力が原則。変身能力を有している以上、お前が瑞樹奈央であるはずが無い」
先生が立ち上がる。
カーテンで仕切られたベッドまで歩み寄る。
「瑞樹奈央は『常に女装状態になる』という何の役にも立たん能力の持ち主でな。
しかも私の保健室に何度も寝泊りするという、風紀委員にあるまじき巫山戯た奴だ」
カーテンに手をかける。
「寝始めて一時間後には、今みたいなイビキをかく。役立たずな上に迷惑な奴なんだ」
シャッと、カーテンを開ける。
そこには。
おそらく自分専用の抱き枕を抱きしめながら、幸せそうな寝顔を晒す──瑞樹奈央の姿があった。
「え、じゃ、じゃあ奈央は最初から此処に?」
呆然と、女物のパジャマを着た瑞樹奈央を見下ろす能都君。今なら田邑さんが言っていた事が分かる。
明らかにスケベな目をしていた。
「では、彼女は……いや彼なのか?は、一体誰なんですか」
田邑さんは、私から視線を外さず、先生に尋ねた。やめて。頭が痛い。傷のせいじゃない。ガンガンと内側を叩いてくるような。
私が、私の中から──
「能都、今日の朝から何の連絡も無しに欠席している生徒がいるはずだ。確認を取ってみろ。
何人かいるかもしれんが、たぶん二年生か三年生だ。瑞樹に取り締まりされた記録がある奴なら、かなり絞り込めるはずだ」
「あ、は、はい!」
あわててモバイル学生証の端末を操作し始める四角形。頭を支配する痛みが増していく。
やめて。やめろ。上手く行っていたんだ。
あの時までは上手く行っていたんだ。
畜生。煙草だって一本吸っただけじゃねぇか。それなのにアイツが。それで停学なんて。
今の私が崩壊し始める。
俺の体を維持できなくなる。
やめてくれ。やめてくれ。
頭の中が痛い、痛いんだ!
「それが、コイツだよ」
その言葉が耳に届くよりも早く。
私は痛さに耐え切れず、意識を失った。
■6
「え? ボクが寝てる間に、そんな面白い事があったの?」
何処から見ても女の子にしか見えない奈央が、事件の経緯を聞かされてそんな感想を口にする。
能都が箱、田邑が鈍器、堀衛がナイフなら、奈央は『精巧な人形』であった。身体も心も男だが、見かけは完全な美少女である。
しかしその可憐さには、どこか造り物めいた雰囲気が漂う。実際、奈央が装飾している物のほとんどは、常に発動し続けている能力が創り出している物である。
ストレートロングの髪、女子生徒用のブレザー一式、カチューシャ、薄化粧、さらには下着まで。全てが造り物なのだ。
『常に女装状態にある』能力。
ゆえに漂う人造感と人形感。この姿も奈央本人ではなく、偽者であるとも云えるだろう。
だが奈央自身は、そんな偽者の自分を全て含めて「今の自分」なのだと考えている。
自分の能力に悩んだりもした。友人にからかわれたり、近所から奇異な目で見られたりもした。目に見えない重圧が、このまま奈央を押し潰してしまうものと思われた。
しかし元々ネガティブな性格の持ち主ではなかった。悩んで自分に負けるよりも、開き直った方が勝ちだと。まずは「楽しむ」事にした。女装な自分で堂々と過ごしたのだ。
すると不思議な事に、世界が向こうから開けた感じがしたと、奈央は後に語っている。
自分を認めることで、真の意味での本物を──自分自身を得る事ができたのであった。
双葉学園の高等部に入ってから風紀委員に立候補したのは、自分を認められずにいる人の手助けをしたいと思っての事だった。
清濁真贋を併せ持つ「本物」。
それが瑞樹奈央である。
テスト盗難未遂事件の翌日。
いつもの保健室で、いつもの四人が食事を摂っていた。白衣のポケットから缶コーヒーを取り出しながら、堀衛が迷惑そうに彼らを眺めて口を開く。
「お前達。別に登校拒否生徒って訳じゃないだろう、何で毎日毎日、私の保健室で昼飯を食べるのだ」
学食で販売しているメロンパンをポケットから取り出すと、袋を破ってかぶりついた。
「えー、いいじゃないですか先生。みんなで食べる食事は楽しいですよ」
日の丸弁当を食べながら、能都がそんな事を言う。白米に梅干だけのシンプル過ぎる昼飯をガツガツト食べている。
「麻太郎。いつも日の丸弁当じゃ飽きない?
オカズ分けてあげるよ?」
「本当か奈央。いつもすまんな」
心配そうに友人の弁当を覗き込む奈央に、夏鈴が辛辣な口調で制止する。
「能都の企みは明白だぞ奈央。君からの施しこそが奴の狙い。実に浅ましい奴だ。
そこまでして奈央の手作り弁当が欲しいのか」
「オカズには困ってないクセになあ」
堀衛が夏鈴の言葉に同調しようとして、絶妙な匙加減で同調し切れなかった。
「ふえ?」
「なななななな、何を言うんだ夏鈴に先生!
い。いや、別にいいじゃないか、俺と奈央は結婚の約束をしてるんだから、これぐらいの先物取引は当然だ!」
オカズの意味を探る奈央の思考を遮る様に、立方体人間が大声を張り上げる。
「あ、麻太郎っ!? 幼稚園の約束なんか持ち出すなよぅっ!?」
あわあわと、隣に座る能都に、奈央は猛然と(しかし迫力の欠片も無く)抗議する。
「そうだな。幼稚園の時の約束など、契約の根拠にはならん。まして男同士ではないか。
ならば男女間で正当な結婚の約束をした私が奈央の弁当を先物取引する権利がある」
奈央の抗議を後押ししながら、夏鈴は親友の弁当からエビフライをつまんで食べた。
「ああっ、ボクのエビフライが一口でっ!
酷いよ夏鈴ちゃんっ!」
左隣に座る夏鈴の方へ、慌てて振り向く。
常時発動している能力が具現化するロングヘアのウィッグが、ふわりと揺れた。
完全に翻弄されている。
「実に喧しい」
堀衛は溜息をついた。もう諦めている様子である。そして自分の言葉で思い出したのか、話題を再び昨日の事件へと戻す。
「そういえば、瑞樹の偽者だったアイツ。誰なのか分かったのか?」
「ああ、それなら」
半泣きで抗議する親友から視線を外すと、夏鈴は学生証を開いた。
「先生の言われた通り、3-Dに所属していた平野彩人(あやと)でした。
学園側への能力申告に、意図的に記載していない能力があった事も、今回判明した」
学園側には単に『同性限定だが、自由に姿を変えられる』とだけ申告していたらしい。
異性にも姿を変えられるばかりか、データさえあれば服装や指紋、DNAまで再現可能だった事を意図的に隠蔽していたそうだ。
「割と前、奈央に喫煙現場を発見されて騒がれて停学処分くらってました。高等部を卒業したら自動車工場で働く予定だったそうですが、この停学処分のせいで白紙になってます」
夏鈴の説明に、能都が補足した。
「あー。なんかねー、覚えてるよ、その人ー。
煙草吸ってるのを見付けたんで騒いだら、人がたくさん来てもんで、逃げようとしたら通りかかった副会長さんに『お仕置』された人だよねー?」
お返しとばかりに、奈央は夏鈴の弁当からミートボールを略奪する。それをモグモグと食べながら、記憶の糸を手繰り寄せた。
「それで瑞樹を逆恨みして、今回の嫌がらせを計画したわけか。完全に自業自得だな」
なんとまぁ器の小さい、と呆れた声で堀衛が呟いた。副会長に恨みを抱かなかったのは『お仕置』のトラウマが酷すぎたせいもあるのだろう。
「でも、なんで上級生だと分かったんです?」
平野が気絶する前に、堀衛が出した指示を思い出しつつ、能都が尋ねた。
ポケットから二個目のメロンパンを取り出した白衣の保健医は「あれか」と頷いた。
「瑞樹と同級なら、女装能力の事ぐらい耳にしてるだろうからな。という事は、噂も耳に届かないほど関係性が薄い立場にあり、瑞樹を実際に見た上で『女だ』と勘違いした奴が犯人という事になる」
学園外の人間が犯人だった可能性は、考慮してなかったらしい。
単純な消去法だ、と彼女は言う。
「『無能』と『阿呆』が悪魔合体して生まれた様な瑞樹奈央に、あんな馬鹿馬鹿しい嫌がらせをする馬鹿なんて、風紀委員に取り締まられた人間しかいないだろ」
「なるほど」
「……夏鈴ちゃん、その深い納得は、いまの説明の何処の部分に対して? ねぇ?」
大きく頷く夏鈴に 、ジト目の奈央が解説の委細を求めた。
平野は「虚偽申告」と「著しい風紀違反」を理由に、近く退学になるそうである。
一応は行政機関によって保護監察となるが、実質的に醒徒会が預かる形になるという。
風紀委員が彼を処罰しない事について、能都が小声で注釈を入れる。
「噂だと、白虎の二泊三日レンタルで、ウチの委員長が取引に応じたそうです」
おそらく、会長達の下で『更正』させられるのだろう。真人間になるよりも、まず人の形を保った状態で戻ってきて欲しいものだと堀衛などは考える。
「それにしても、ボクも見てみたかったなぁ。
先生の名探偵オンステージ」
目撃できなかったのか、かなり悔しかったようである。奈央は、しきりにそんな事を口にした。
「推理と言っても、お前という答がすぐ隣で寝てただけなんだがな」
御謙遜を、立方体が茶化す。
解剖するぞ、とナイフが脅して黙らせた。
それでも御見事でした、と鈍器が笑う。
いいなーいいなー、と人形が悔しがる。
風紀委員の中でも「騒がしき保健室チーム」と呼ばれる彼等の、これは普通の日常風景。
騒がしいと呼ばれていても、此処は異能が集う双葉学園。事件が起きれば騒ぎも起きる。
彼等が騒がしくない理由など、この学園にはひとつとしてないのだ。
「笑顔で騒げるうちが一番の平和か」
喧騒の一部である保健医が、小さく呟いた。
季節の変わり目を知らせる風の音に混じり溶け、生徒達には届かない。
そうやっていつの間にか、次の季節は到来して来るのであった。
考察終了
最終更新:2010年12月06日 23:10