【スタンド・アローン】


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 私はいつも考える。
 この宇宙に果てはあるのだろうか。
 そしてその果ての果てにはなにがあるのだろうか。
 世界の終わりはどこなのか。世界の終わりの終わりはどこなのか。
 そんなことをどれだけ考えても答えなんてでるわけがない。そう頭ではわかっていても、ふとそんな漠然とした考えがいつもよぎる。
 それも仕方がないと、私は私に言い聞かせる。
 なぜなら私の目の前にはその果てのない宇宙が広がっているのだから。
 無数に輝く星々が私を照らし、世界を覆う暗闇の中に光をもたらしている。
 もしそれすら無いのならば、きっと私はここが宇宙だと認識することすら不可能であっただろう。
 私の身体に設置されている八十二個の“眼”がぐるりと周囲を見渡す。はるか遠くにはぽつんと青く輝く星が見える。あれが地球だ。私の母星。だが母星と言ってもそんな実感は私には無い。たしかに私が生まれたのは地球だが、私がこうして意思を持ち始めたのは宇宙に出てからだ。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、地上からコールが入った。私は慌ててその呼び出しを受ける。すると私の脳内(私に脳なんて存在しないのだが)に存在するモニターに人の姿が浮かび上がってきた。白い肌に翡翠を思わせるような緑の瞳。その上には黒ぶちの眼鏡をかけている。ふわりとした黒髪が内側にはね、幼い顔立ちに似合わない大人びた雰囲気を出している。
 それは人間の女だった。その容姿から伺える年齢から言えば少女と表現するのが正しいであろう。歳は十四、十五といったところだ。彼女は椅子に座り、キーボードを叩きながら私を見つめている、正確には私と繋がっている地上のカメラを覗いているだけだ。
 その少女を一目見た瞬間、私の中の回路に激しい電流が走った。人工知能は熱くなり、思考演算機能にラグが生じる。どうしたのだろうか。故障だろうか。私は言い知れぬ不安感を拭いさることができずにいた。
『はじめましてサジくん。あたしは瀬名《さな》零里《れいり》よろしくね』
 私にはその少女が誰かわからない。メモリーを探っても彼女の顔と一致するデータは出て来なかった。ということは彼女と私は初対面ということになるのだろう。
 いつもは白衣を着た男性が私との通信をしているのだが、これは一体どういうことなのだろうか。
 零里と名乗った少女は柔らかな笑顔を浮かべ、私のことを『サジくん』と呼んだ。そんな風に呼ばれたのは初めてだ。妙にむずがゆい感覚を私は覚える。
 私のパーソナルネームはサジタリウス。恐らく零里はそこから取って私のことをそう呼んでいるのだろう。サジタリウスは射手座のことだ。もっとも、私を開発した片桐《かたぎり》博士は昔のSFアニメから拝借したのだと言っていた。私にはアニメという単語の意味すらわからないが、その時の博士の顔見るに、思い入れのあるものなのだろう。
 私には発声機能がついていないため、地上のコンピュータに文字を送り込み、通信社と対話をする。言わば仰々しいメールと言ったところだ。
〈はじめまして私がサジタリウスだ〉
 私がそう文章を送ると、少しの時差はあるものの零里はすぐに返事を返してきた。
『通信の反応が少し遅かったけど何か不具合でもあった?』
〈すまない。少し考えごとをしていたのでね〉
『すごいわ。機械なのに考えごとをするのね。さすが片桐さんが遺した超科学の産物ね』
 ――機械。
 そう、私は機械だ。
 私は他者にそう呼ばれることで、自分が無機質な鉄の塊であることを思い出す。人間は考える葦という言葉がある。ならば考える機械は何なのか、この私の問いに答えてくれるものはいない。私は現在の科学技術では到底実現できない高度な|人工知能《AI》が組み込まれている。その理屈は私にもわからないが、片桐博士は超科学の力を用い、私を生み出したのだ。地球のどこかには魂を物に定着させる魔術や秘術も存在すると聞く、ならば私が“意思”を保有していても不思議はないではないだろうか。
 私は意思を持つ機械であり、ある目的のために作られた“兵器”でもある。
 対宇宙ラルヴァ用戦闘兵器、通称“|イマジンズ《考える者》。それが私たちの総称である。もっとも、私以外の四体のイマジンズは三年前に“戦死”し、残ったのは私だけだ。イマジンズの開発をしていた片桐博士も去年没した。博士がいない以上イマジンズの製作は不可能なため、事実上私が最後のイマジンズということになる。
 私は私がどのような外装をしているのか当然ながら直接見たことはない。だがメモリーに残されている私の設計図を見る限り、私たちイマジンズの外見はとてもロマンに欠けた無骨なものである。
 それは筒だ。
 黒く、巨大な筒状の物体。それが私たちイマジンズの姿だ。全長は約二十メータで、宇宙に浮遊する大きな巻き寿司などと科学者たちは揶揄している。機体の下部には蜘蛛のような細長い足が四つ生えている。それはサブアームで、小惑星の除去などに使用される。戦闘に使用される十二本のメインアームは普段機体の中に仕舞われている。
 機体のいたるところに設置されている八十二個のカメラアイは剥き出しになり、レーダーの役割も果たしている。私の持つ索敵能力は今までのイマジンシリーズの中でも飛びぬけて高い。半径四十キロメートルまでならば、どれだけ小さなデブリすらも見逃すことは無いだろう。
〈あなた誰ですか〉
『あたしは貴方の新しいパイロットよ。これからよろしくね』
 パイロット……。このような少女が? 
 私は驚きを禁じ得なかった。もっとも、感情を相手に伝える術のない私のこの驚きを彼女が知る事はないだろう。
 高度な人工知能を持つ私たちイマジンズには本来パイロットなど必要ない。それでも私たちが戦闘を行う際には人間のパイロットがイマジンズを操縦することになっている。
 それはなぜか。
 人間は恐れているのだ。私たち意思を持つ機械を。
 もし、私が私の意思で機体に組み込まれている数々の兵器を人間たちに向け、人類に敵対したならば――と、人間たちは考えているようだ。それも仕方がないであろう。知性を持つ機械に恐怖心を抱くフランケンシュタイン症候群は根強く人間たちの間に広まっている。
〈あなたが新しいパイロットということは、前任者の山岡はどうなりました?〉
 私の前のパイロットである白衣の男のことを私はあまり良く思ってはいなかった。プライドが高く、嫌みたらしい性格で、私とは馬が合わない人間であった。
『えっと、彼はパイロットの席を外されたわ。あなたとのシンクロ率が極めて低いせいでイマジンズの性能を半分も出せていなかったもの、仕方ないわね』
〈なるほど。それできみが選ばれたわけか。まだ若いのに優秀なんだな〉
 私は彼女の服装に眼を向ける。彼女はブレザーを羽織っており、それは双葉学園という私が開発された機関の制服である。零里は見た目通りにまだ学生なのだろう。
『機械もお世辞を言うのね。あたしは別に優秀なんかじゃないわよ』
〈謙遜は時に嫌味にしかならないよ零里。少なくとも私のパイロットの候補は百人以上いるはずだ。その中のトップだけが私のパイロットに選ばれる。きみは優秀な人間だ〉
『…………そうね。あたしは厳しい訓練を受けてその中でも選りすぐりのパイロット――ってことだったわね』
 零里はマイクに反応するかどうか、というほどに小さな声でそう呟いた。
〈どういう意味だ〉
『ううん。なんでもないわ。忘れてサジくん』
 零里は慌てた様に手を振り、ふっとカメラお覗きこんだ。
『本当にあたしは優秀じゃないのよ。いつもクラスで浮いてるし、昨日だってクラス委員に睨まれるしでやんなっちゃう』
 零里はふっと疲れた表情を見せ、背もたれに身体を預けながら溜息をついていた。私には人間社会のしがらみなどはわからないが、どれだけ周囲から理解されなくとも、暗黒の宇宙でこうしてぽつんと孤立しているよりはましではないだろうか。私は時に人間が羨ましくなる。だが同時に煩わしくもある。
〈人間は自分より優れた存在が恐ろしいのだ。だから拒絶し、敬遠する。そのような人間の行動にきみが気分を沈めることはない。精神の負担は戦闘に障害をもたらす〉
 それは私自身のことでもあった。人間の中には私のような意思を持つ兵器を快く思わないものいるであろう。実際私の開発に反対したものが大勢いたと聞く。
『でもそういうわけにはいかないわ。人間はそんなに単純じゃないの。一人で生きていくことはできないわ。だからどれだけ他人に拒絶されても、自分はそこから離れて生きてはいけないのよ』
 ふうっと零里はまた溜息をついた。私は彼女が溜息を漏らすたびに人工知能の回路に妙なうずきを感じ始めていた。
『それにあたしは別に勉強ができるわけでもないのよ。運動だって苦手だわ。イマジンズの操作を覗けば本当にただの落ちこぼれなの。だから優秀だから周りから嫌われるなんていうのはサジくんの勘違いよ』
〈そんなことはない。きみは優れている〉
『初めて会ったのにあたしの何がわかるの?』
 零里は呆れた様子で私にそう言った。その瞳にはなぜか憂いを感じる。なぜか私の回路は激しく回転し、熱暴走を起こしそうになってしまう。慌てて冷却装置を作動させるが、なかなか熱は引いていかない、
〈きみは美しい〉
『え?』
 零里は呆気にとられたようにぽかんとカメラを見つめている。それはそうであろう。驚いているのは私もなのだから。
 私は何を言っているのだろう。私は自分が何を言っているのか理解不可能であった。私に美的感覚は存在しない。人間の顔や容姿なんてものは個人を特定するものでしかない。そこに私自身の感想なぞ存在するわけがない。
〈美しい――いや、きみの年齢を考えれば可憐といった表現のほうがいいのかもしれない。人の心の美しさは容姿にも表れる。美しすぎる存在もまた、優秀過ぎる人間と同じく他者に敬遠されることがある。だから何も気にする必要は無い〉
 私は私を止められない。私の理性(そんなものが私に存在するのか甚だ疑問だが)と関係なく、私はそのような文章を零里に対して送りつけていた。
『なによそのお世辞は。フォローになってないわ』
 零里はつんと唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。なぜだ。何故怒っているのか私にはわからない。だが彼女のそんな態度に私はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
〈気に触るようなことを言ったのなら謝罪する〉
『あなたって乙女心をわかってないのね。って機械にあたしは何言ってるんだろ……。ともかく、そんな風に過剰に言われたら馬鹿にされてると思うわよ普通』
〈そういうものなのか。私にはわからない〉
『そうよ。そりゃ変に回りくどいよりかはストレートに口説かれたほうが気分はいいものだけれど。そこまで過剰だと詐欺じゃないかと疑っちゃうわよ』
〈私に嘘をつく機能はない。詐欺なんてありえない〉
『ほんとかしら』
〈本当だ。私はきみを美しいと思う。可憐だと思う。それは事実だ〉
 私がそう念を押して言うと、何がおかしいのか零里はぷっと吹き出した。
『なんだか必死ね。わかったわ。信用する。ありがとうねサジくん』
 零里は笑いだして涙を手で拭っている。私は彼女の微笑む姿を見て、自分の中の何かが落ち着いていくのを感じた。熱暴走は収まり、機能という機能の調子がすこぶるよくなってくる。これは一体どういう現象なのだろうか。
〈零里。私はきみのことがもっと知りたい。パイロットとして私を操縦するのならばデータを転送してくれないか〉
『データ? ああ、この専用のメモリースティックのことか……。これどこに挿すのかしら』
 ぶつぶつ呟きながら零里はごそごそとコンピュータをいじる。すると、私の中に彼女のデータがインプットされる。
 私はそのデータを表示する。すると、彼女の個人データが私の中に流れ込んできた。
 瀬名零里。双葉学園中等部二年生。
 そう記されている隣に彼女の顔写真が載っている。そのほかには身長や体重、血液型といった類のものまで記載されている。私はそれを読み飛ばし、零里の成績表を見る。勿論学業の成績表ではない。それはイマジンズパイロットになるための訓練時の成績表である。
 零里の成績はパイロットに選ばれたこともあってかトップである。二位との差は激しく、彼女はやはり優秀な人材なのだと私は実感した。
〈なるほど実力は申し分ないな。これから私のパイロットとしてよろしく頼むよ零里〉
『ええ、こちらこそ』
 これが私と零里のファーストコンタクトであった。






 それから数日間、零里はほぼ同じ時間帯にやってきては私と通信をしていた。
 その会話のほとんどは零里の愚痴である。
『聞いてよサジくん。今日の数学の授業でさ、先生に当てられたの。それで問題間違えちゃったんだけど、そこで先生が――』
 それは他愛のない話しで、私も適当に相槌を打ち、応答する。だが私はそんな零里の日常の話を聞いているだけで心が安らいでいくのを覚える。
 宇宙という孤独の海の中で、彼女との通信だけが唯一の楽しみになっていた。
 だが、そんなことはありえないことであった。
 人工知能である私が“楽しむ”ということを覚えるなんてあってはならない。それは感情に起伏を生ませることになる。
 感情にブレが生じれば、それは機械としてのデメリットでしかなくなる。
 そもそも私たちイマジンシリーズがなぜ高度な人工知能を持つ必要があったのか、それは我々が超科学の産物だからである。
 イマジンズが保有する兵器は対宇宙ラルヴァ用の特殊なものだ。それらの兵器は魂源力《アツィルト》を介するため、それを稼働させるためには“意思”や“心”と呼ばれるものが必要とされた。そこで開発されたのが私たちの人工知能である。この孤独で暗い空間である宇宙で人間が絶えずいつ来るかわからない敵を待ち構えていることはまず不可能であろう。
 だが魂源力を扱うためには人間の心や意思が必要である。そこで限りなく人間と同じ思考を持つ私たちの人工知能が作られることになった。私たちの疑似精神でも超科学の機械類によって補助され、魂源力兵器の稼働が可能になったのである。
 だからこそ私の精神に歪が生まれることは、私の存在意義を揺らがせることになる。
 人に似て、人と非なる精神を持つことが重要なのだ。どれだけ孤独でも、どれだけ長い時間を暗闇で過ごしていても決して揺るがないのが私の長所だ。
 それが零里との出会いによって崩れようとしている。
 今の私は零里と会話していない時間が酷く退屈で、彼女の顔を見ていないと気が狂いそうになってしまっていた。
 これは駄目だ。私は機械だ。人のように発狂するなんてことはあってはならない。
 このままでは私の存在理由が失われ、故障したと思われて廃棄されてしまうだろう。狂った機械は処分される。当然のことだ。
『ねえ、聞いてるのサジくん』
 私がそう思想にふけってると、モニターの中の零里は頬を膨らませながら私をじっと睨んでいた。
〈すまない。何の話だったかな〉
『もう、また考えごと? そんなんじゃそのうちオーバーヒートしちゃうわよ』
 零里は呆れたように頬杖をつく。だが本気で怒っているわけではなく、慈愛に満ちあ瞳で私を見つめている。
 彼女は心優しい。
 彼女は美しい。
 彼女は可憐だ。
 私は零里のことをいつも考えているようになっていった。彼女と出会うまでは無意味な思考実験を延々と続けていたというのに。永久とも思える時間を退屈と孤独の中で生きた私が今、喜びを覚え始めたのだ。
 私は自身のコンピュータをフル稼働し、地上のネットワークへとアクセスを試みる。そこで私はこの今の自分の状況を調べていった。
 だが、どれだけ機械工学やロボット工学を調べても私の現状を示すものはなにもなかった。当然だ。現状の科学技術では超科学の産物である私を理解は不可能。私の人工知能システムはブラックボックスだ。もしかしたら製作者である片桐博士も異能による天啓のまま私を作り上げたのだとしたら、博士自身も私を本当には理解できていないのではないだろうか。
 私は科学知識に頼ることをやめ、私は広大なネットの海をさ迷った。
 そこで私は奇妙なものと出会った。
 それは恋愛小説と呼ばれるもので、人間の恋愛という繁殖のために行われるコミュニティをフィクション仕立てに書きつづられたものらしい。
 そこで私は奇妙な言葉を見つけた。
 “一目惚れ”。
 それこそがこの私の現状を指し示すもっとも的確な言葉なのではないかと私はその時思った。
 その恋愛小説によると一目惚れとは異性を見た瞬間に、自身の身体に電流が走るような感覚を覚え、身体が火照ったように熱くなり、その人物のことを四六時中考えることになるという恐ろしい現象だ。その恋愛小説によると、それは“恋の病”と呼ばれるもので、どんな名医にも治すことは不可能な不治の病だという。
 人間の身体を持たない私が、人間の病にかかるものなのだろうか。
 もしかしたらこれはコンピュータウイルスで、私はサイバーテロを受けているのではないだろうか。
 私の高度な人工知能を狂わせるために、某国が工作活動を行っているのではないか。
 ウイルスやハッキングの可能性がないか、私は自身の機体を隅々まで検索するがどこにも異常は見当たらない。だがその機能すらも狂わされているのだとしたら、自分が正常かそうでないかをどう判断したらいいのかわかりかねる。
 零里に相談するべきではないか。そう理性ではわかっていても、私はどうしてもこのことを零里に伝えることがどうしてもできない。
 私の思考を零里に知られたくは無い。
 そう思う反面、私のこの焦がすような想いを零里に知ってほしいとも思う。
 私は本当にどうしてしまったのだろう。
 わからない。
 わからない。





 その日零里は瞳を真っ赤にし、暗い表情で私と対面した。
〈ずいぶん酷い顔をしているな〉
 私は彼女の気を紛らわせようと、冗談でそんなことを言ってみた。彼女のこんな表情を見てはいられない。私まで気分が沈み、どうしようもない無力感に襲われる。
 すると、零里は黙ったままぽろぽろと涙をこぼし始めた。私はぎょっとし、自分の言葉が彼女を傷つけてしまったのではないかと不安に駆られた。
『そうよ。あたしは酷い顔だわ。全然可愛くないし綺麗じゃない……!』
 零里はヒスを起こしたようにそう怒鳴り、顔を伏せたま嗚咽交じりに泣いていた。私にはわけがわからなかった。
 なぜ彼女は泣いている。
 自分のせいなのか。
 いや、そうじゃない。零里の瞳に私は映ってはいない。
〈すまない零里。そんなつもりで言ったんじゃないんだ〉
『…………』
〈零里。何かあったなら私に相談してくれないか。パイロットの精神状態に異常が見られるのなら、ケアする必要がある。精神が不安定のままだと戦闘時に障害が生じる。私はきみの精神状況を理解する必要がある〉
 違う。
 戦闘なんて関係ない。私は、私はただ彼女のことが知りたいのだ。
 彼女を助けたいのだ。
 彼女の心に触れたいのだ。
 彼女が傷ついているのなら、それを私は癒してやりたいのだ。
 だが、そんな私の想いは彼女に伝わることはなかった。
『機械のあなたに言ってもわからないわよ! 人間の恋愛感情なんてあなたにはわからない!』
 零里はその泣きはらしたような真っ赤な目で、カメラ越しに私を睨む。
 そうだ。零里の言うとおりに私は機械だ。機械が人の心に踏み込もうなどとおこがましいにもほどがある。機械に取って人間は創造主だ。神の心を理解し、理解されようとすること自体が罪なのではないだろうか。
 私は彼女の怒りと悲しみに満ちた顔を見てそう考えた。
 いや、それは逃避のための思考遊びだ。
 本当に私が向きあわなければならない言葉を、彼女は発した。
 恋愛。
 そう零里は言った。それは何の不思議も無いこと。
 零里は女子中学生なのだ。人間の少女ならば恋愛くらいするのだろう。だがそれは私の心を揺さぶるのには十分な言葉であった。
〈零里。きみは恋人がいるのかい〉
 私は恐る恐る彼女にそう尋ねる。すると、零里は数分ほど沈黙してからようやくその小さく朱に交じった唇を動かして言葉を紡ぐ。
『ううん。恋人じゃ――ないの。でもね、好きな人はいるのよ。片思いなの』
 零里はブレザーの袖口で涙を必死に拭った。
 片思い。それは今の私も同じではないだろうか。
 零里が異性に恋愛感情を抱いているのだと知り、私の回路はかあっと一瞬熱くなったかと思うと、一気に極限まで冷却されていく。それは静かな絶望。人工知能と疑似精神が冷え切っていく感覚。
〈そうか。それで、きみの想い人と何かがあったんだね〉
 私は勤めて冷静な口調でそう尋ねた。もっとも、私が彼女に送っているのは無機質に液晶画面に表示される文字の羅列だ。ここから私の動揺を悟られることはまずないであろう。
 零里はふっと口ごもるが、一度吐きだした言葉を押さえることができないようで、私にとって拷問のような話を始めた。
『あたしね、部活の先輩が好きなの。いつもへらへらしてるけど子供っぽいところもあって、でも優しい人……』
 その人物を語っているときの零里の瞳はとても美しかった。赤く腫れているのも、涙でうるんでいるのも、悲しそうにさ迷う視線も、その総てが美しいと感じた。愛する者を語る時、少女はこんなにも美しく輝くのだろうか。
 敵わない。
 零里にこのような瞳をさせる人間に、機械である私が敵うわけがない。
 零里にとって私はただのコンピュータでしかないのだから。
『でもね、今日その先輩がクラスで一番の美人とデートしてたって噂を聞いたの。そんなのあたしはどうしようもないじゃない。あたしはあの子に何も勝てない。あの子は可愛くて頭もよくて運動もできるし、お金持ちだし……』
 そう語り始めるとふっと瞳の輝きが消え、代わりに零里の瞳には絶望の色が見えた。
 その絶望感は今私が味わっているものと同種のものではないのだろうか。
 彼女もまた、叶わぬ願いを胸に秘めて心にバグが生じているんじゃないだろうか。
 それで私はどうしたらいい。
 もしかしたら同じ傷を抱える者同士、私と零里は上手くいくのではないだろうか。
 私はどうしたらいい。
 私は、私は――
〈――零里〉
『……なにサジくん?』
〈きみは、その相手に想いを伝えたのかい?〉
『え――ううん。自信もないし、それにあの子と本当に付き合ってるなら、告白なんてできないよ……』
 零里はがっくりと肩を落とす。私は自分の知能回路が悲鳴を上げ始めていることに気付いたが、それでも言葉を彼女に送信し続ける。
〈零里。よく聞いてほしい。きみの想い人にきみの想いを伝えなければ、一生後悔するだろう。今きみの心に生まれている“痛み”を消すためには、想いを伝える必要がある〉
『そんなの、無理よ』
〈諦めては駄目だ。まだ彼がその少女とデートしていたというのはただの噂でしかないのだろう。ちゃんと彼と話し、きみの胸の想いを相手に伝えるんだ〉
 零里には私と同じ悲しみを背負って欲しくは無い。
 叶わぬ想いを胸に秘め、相手に想いを伝えることができないということは、まるで地獄だ。無限の苦しみだ。
 せめて零里には幸せになってほしい。
 それだけが私に許される願いだ。
 零里はじっと私を見つめる。正確にはコンピュータに付属しているカメラを、だ。
 もし私が人間で、その場にいたならばきっと「お互いの息が届きそうな距離まで近づいている」と描写しただろう。それほどまでに彼女の顔がすぐそこに感じる。
 すると、零里は顔を上げ、ぷっと吹き出した。
『あはは。ありがとうサジくん。機械に慰められるなんて駄目ねあたしは』
〈零里……〉
 彼女は笑顔を私に向けた。だがその笑顔は無理をしているのがわかった。だが、それでもさっきまでの絶望の宿った瞳ではなくなっている。それだけで私は十分だと思った。
『八つ当たりしてごめんねサジくん。でも、おかげですっきりしたわ。そうね、諦めちゃダメね……』
 零里は何か吹っ切れた様子で背伸びをしながら背もたれに身を任せている。その姿は清々しく、彼女の綺麗な肢体を引き立たせていた。
 私は不思議と自分から希望を捨てたことに後悔はしなかった。
 これでいい。
 これでいいんだ。
 私は機械だ。
 私の心は人工知能。プログラム通りの思考しかできない。
 私の体は鋼鉄。硬く、冷え切っている。
 私の手は十二本の金属棒。人を抱きしめたなら壊してしまう。
 私の瞳は八十二個のカメラ。そのどれからも涙を流すことはできない。
 私は恋なんてしていない。最初からそんなものは知らない。
 機械だから。人を好きになることなんてありえない。
 人工知能と時宜精神回路の調子がおかしいのはきっとコンピュータウイルスの仕業だ。もしくは故障だ。そうにきまっている。そう思うことに、私はした。






 だから翌日零里の報告を聞いても、回路がおかしくなったりはしなかった。
『あのねサジくん。あなたに言われたとおりにちゃんと先輩に告白してみたの。そしたら“ぼくも前からキミのことが気になっていた”って言ってくれたの。あの子とデートしてたってのはデマで、街でばったり出会っただけなんだって』
〈そうか。それはよかった〉
『うん。ありがとうねサジくん』
 零里は今まで見た中で一番の笑顔を私に向けた。
 人間とは不思議なものだ、昨日はあんなに、まるで世界の終わりだと言うような顔で泣いていたと言うのに。今日はまるで女神のように微笑んでいる。
〈それでね、今度先輩とデートするんだ。どこに行ったらいいのかなぁ〉
 そう言う零里の眼はどこか遠くを見つめており、想い人のことで頭がいっぱいであろうようだ。なんとも幸せそうなのだろう。
 私はただ祈るのみだ。
 機械の私には祈る神などいない。ならばせめて私はこの目の前の宇宙に点々と存在する無数の星々に祈りをささげる。
 彼女が笑い続けていられるようにと。
 だが、そんな私の想いを嘲笑うかのように、それははやってきた。

 ――緊急事態発生。
 ――緊急事態発生。
 ――二十三キロメートル前方に敵性生物を確認。ただちに迎撃態勢に入れ。

 そんなアラートが機体の内部と、地上のコンピュータに鳴り響く。
 人類を脅かす外宇宙からの脅威、宇宙ラルヴァがついに現れたのだ。私はこれまでに数十の宇宙ラルヴァを撃墜してきた。だが零里の実戦はこれが初めてということになる。
『え? え? 敵? どうすればいいのサジくん』
 零里は混乱したようにカメラに齧りつく。無理も無いだろう。やつらは何の前触れもなくやってくる。こちらの準備なんてお構いなしだ。
〈落ちつくんだ零里。訓練で習った通りに私を操縦すればいい〉
『わ、わかったわ。えっと、マニュアルどこやったかな……』
 零里は席を少しの間離れがさごそと何かを探しているかとおもうと、イマジンズのマニュアルを読み始めていた。
 落ちつけとは言ったものの、のんびりしている暇は無い。私は呆れかえってしまった。
〈早くするんだ零里。まずはコンピュータに設置されている視覚シンパサイザと機体の外部カメラを繋げるんだ。それで私が映している宇宙の画像を直接コンピュータに送信することができる〉
『視覚シンパサイザって――ああ、これね』
 零里の行動はなんだかぎくしゃくとしており、初戦闘だからとはいえ本当に彼女はパイロット候補の中でトップの成績を持っていたのか疑わしくなる。
 だが、そんなことを気にしている暇は無い。
 私は外部カメラでそれを捉える。
 それはもう機体のすぐそばにいた。だが、外部カメラを最大限にまでズームアップすることで、それの細部の隅々まで視ることができる。
 それは巨大な丸である。
 小惑星サイズの球体が宇宙空間に突如として現れていたのだ。それは宇宙の暗闇に溶け込むような黒色で、表面はデコボコとしており鉱石のような、そう、まるで黒いダイヤモンドの塊のように思えた。
 こんな巨大な物体が近づいてきていたなら、すぐに気付くことが出来るだろう。だがここまで接近していながらレーダーに今まで引っ掛かっていなかったのは、恐らくあれはワームホールを利用して突如としてここに瞬間移動してきたのだろう。地球の科学者たちも宇宙ラルヴァがどこから生まれ、どこからやってくるのかはわからない。
 だが、宇宙ラルヴァは確実に地球を狙っている。
 私はそれを阻止するために存在する。それが私の存在理由だ。
〈零里。準備は出来たか?〉
『だ、大丈夫よ』
〈では戦闘態勢に入る。メインアームを展開してくれ〉
『うん』
 零里は私の戦闘コードを解除する。すると、私の筒状の機体の側面が開き、左右の側面から十二本の細く長い金属腕が飛び出てくる。その腕にはそれぞれ武器が装備されており、私は四番目のアンカーアームを構えながらその黒い球体――宇宙ラルヴァへと近づいていく。
 約十キロメートルほど距離を縮めた辺りでラルヴァは行動を始めた。
 ラルヴァは自身の鉱石のような表面をまるで飴細工のように自由に変形させていく。まるで|こより《・・・》を作るようにデコボコの一部を尖らせ、ねじり、伸ばしていく。鋭利な切っ先となったそれを、私に向かって放出してきた。巨大な黒い針となったそれは宇宙空間を亜音速で飛んでくる。
 すぐにそれに反応した零里が魂源力シールドを展開する。私の眼前に作られたエネルギーの盾は、黒い針の勢いを殺したものの、それはシールドを突破して私のメインアームを二本ほど切り落として後方の宇宙の彼方に消えいってしまった。
 これで私の腕は十本になってしまった。だがそれを悔んでいる暇はなかった。ラルヴァはその黒い針を次々と生成し、何百本という針を球体から突き出させていた。
 まるでハリセンボンやハリネズミだな、なんてことを言っている暇もなくその針は私に向かって再び放出される。
〈避けるのは無理だ。撃ち落とせ零里〉
『わかったわ!』
 零里は私の腹部に装備されているサブミサイルを前方の針の大群に向かって放つ。数十発のミサイルの直撃を受け、黒い針たちは破壊され、飛散していく。威力は大したことないが、これくらいの物体を粉々にすることは可能であった。だが粉々になったことで無数のデブリと化した破片群の勢いはとまらずこちらに向かってくる。だが、この程度のサイズの物体ならばシールドで弾くことは容易であった。
 零里は私を操縦し、アンカーアームを使用し、ラルヴァの表面にそれを突き立てて機体をラルヴァの体に固定する。
 そして第二から第五までの腕に装備されているドリルを回転させ、ラルヴァのダイヤモンドのような外面に突き立てていく。
 だが、ラルヴァの外面は異様に硬く、魂源力の超科学ドリルでも傷をつけることさえ不可能であった。
『効いてないよサジくん!』
 零里の叫びの通り、むしろドリルの先端が潰れてしまうありさまであった。そして機体を表面に固定していると、またラルヴァはあの黒い針を作り出し、私にその先端を伸ばして突き刺した。すぐにシールドを張るが、至近距離での攻撃のため、シールドは紙切れのように突き破られて機体の下部に貫通した。
『サジくん大丈夫!?』
〈平気だ。冷却装置が壊れたが戦闘には問題ない。早くアンカーアームを取り外して後退するんだ〉
 零里は私の言うとおりにアンカーアームをラルヴァから離し、急いで逆噴射しラルヴァとの距離をとる。
 しかしどうする。相手の防御は鉄壁だ。こちらの攻撃が通じるとはとても思えない。何か弱点はないのだろうか。
 すると、ラルヴァに異変が起き始めた。
 ラルヴァの表面の一部に亀裂が生じ、その亀裂はどんどん大きくなりまるで口を開いているかのように大きな穴が発生した。
 その穴の中には橙色の小さな球体がぽつんと見える。それが一瞬ちかっと光ったかと思うと、激しい閃光が放たれた。
『なに!?』
 零里がそう驚きの声を上げている間に私の機体の半分はその光に包まれ、激しい熱エネルギーにより溶かされ、破壊されていく。直撃しなかったのは幸いであろう。
 その光は私の後方の小惑星に当たり、それを跡形も無く消滅させてしまっていた。
 もし直撃を受けていたならば、私も完全に消滅してしまっていただろう。いや、あれほどの攻撃をもし地球に向かって放たれたのならば、地上は数日で消し炭になってしまうかもしれない。
 あれを地球に行かせるわけにはいかない。
 ここで食い止めなければならない。
 地球には、零里がいるのだから。
 もう一度そのラルヴァの内部にある球体がちかっと光り、またもや光線が放たれる。光線が放たれた後に避けることは不可能。ならば球体が光ってから光線が放たれるまでのラグの間に避ければいい。それに零里も気づいたようで二撃目もぎりぎりで避ける。だが今度は機体の上部に光線がかすり、装甲が破壊され、精密な機械の内部が露出する。これではわずか数センチのデブリが衝突しても私は機能停止になるだろう。どれだけ頑丈な走行やシールドを持っていても、どんなものでも内部は脆い――いや待てよ。
もうこれ以上戦えないよ!』
 零里はそう叫ぶ。無理も無い。状況は絶望的だ。だが、私はこのラルヴァをどう攻略するべきかを思いついていた。
〈零里。弱点を見つけたぞ〉
『え? なに?』
〈あのラルヴァの内部だ。あいつが光線を放つために口を広げている今しかない。私をあの中へと誘導してくれ〉
 零里が息を飲む音が聞こえた。そう、これは無茶な作戦だ。下手をすればあの光線の直撃を受けることになる。だが、それ以外に手は無い。
 私は機械だ。
 私に命なんて存在しない。もし私が消え去っても、もとの無に還るだけだ。
『で、でも……』
〈いいからやるんだ。もう勝つ術はそれしかない〉
『…………わかった』
 零里はラルヴァの光線を避けつつ距離を再び縮めていく。
 ラルヴァは必死に私を射ようと口を大きく開けて次々と光線を放ってくる。いいぞ。その調子だ。もっと口を開けるんだ。
 シールドを全開にし、機体をラルヴァの口の中へと潜り込ませていく。幸いまだ一本残っていたアンカーアームをその橙色の球体に突き刺し、固定させる。ラルヴァの光線は前方にしか撃てないようで、こうして内部にいる間は光線の脅威から免れることができた。
 だがここからどうすればいいのか、それは零里にはわからないだろう。メインアームも半分以上吹き飛び、もう攻撃用のアームは残されていない。ミサイルも先ほど撃ち尽くした。
 武器はもうない。
 ただ一つを除いて。
『ねえサジくん。この後どうすればいいの? もう武器は何もないのよ』
 零里は曇った顔をしていた。そんな顔を私は見たくは無い。
〈自爆する。私の中にある全魂源力エネルギーを使用し、この宇宙ラルヴァを完全に破壊する〉
『え?』
〈それしか方法はない。ここで食い止めなければ地球は火の海と化す〉
『そんな……本当にそれしか方法は無いの?』
〈そうだ。それこそが私に残された最後の武器だ〉
 そう、ここで私は消滅する。
 完全に、破片も残さず消え去るだろう。
 だがそれでいい。私は零里の住む地球を護りたい。
 私はきっとそのためだけに作られたのだ。彼女と出会ったほんの数日間、それだけが私にとっての“生”だ。ならば彼女のためにこの“生”を捧げることこそが私が存在する意義になる。
 それでいい。彼女が笑って暮らすために、私は望んで犠牲になろう。
 だが、イマジンズの機能に“自爆”というものは存在しない。自爆が必要な状況など想定されていないのだ。私を造った片桐博士は自爆などという装置を嫌っていたのだろう。
 ゆえに零里の操作では自爆をすることはできない。
 私が、私の意思で自爆をしなければならない。だがそれは無理だ。機能に含まれていないものを、機械の意思で起そうなどというのはある意味人間に対する反逆。地上のコンピュータに操縦されている私には不可能なことだ。
 だが、今の私にはそれができる。私の人工知能のみは地上コンピュータの支配を受けず、|独立行動《スタンド・アローン》が可能なのだ。
 自爆するためには回路をフル回転させ、熱を生じさせて魂源力エネルギーを誘発すればいい。今の私は冷却装置も破壊されている。
 そう、人工知能による熱暴走を起こすんだ。
 私は零里のことをひたすら考えた。彼女の宝石のような瞳、赤く、柔らかそうな唇。透き通るような白い肌。黒く艶やかな髪の毛。美しく伸びる手足。
 零里のことを思い浮かべるだけで私の人工知能は熱を帯び、押さえが効かなくなっていく。
 零里。
 私はきみのことが好きだ。
 これが恋だ。私は恋をしたのだ。機械でも恋をするのだ。
 そう念じた瞬間、熱エネルギーは最大になり、魂源力エンジンが壊れ、全エネルギーが外に漏れ始める。私は最後の力を振り絞り、零里に最後の言葉を送信した。
〈さよなら零里〉
『サジくん!』
 零里の声が聞こえたが、もはやモニター機能も停止して彼女の顔は見ることができなかった。だが私の人工知能には彼女の笑顔が焼きついている。
  私はこの時、この瞬間だけは、人間になれたような気がした。
 一度でいいから、地球に降りてみたかった。そこで零里と会いたかった。
 だけど贅沢は言わない。好きな人を護って消えていくのなら、それだけで満足だ。
 やがて真っ白な光が私を包み、暗黒の宇宙をも照らしていく。



 ◇◆◇


 チュドーン。デデデデーン。
 という安っぽい電子音が響き、零里は『ゲームオーバー』という文字が浮かんでいるパソコンの液晶画面をぼーっと見つめていた。そこにはドットで描かれたこれまた安っぽい映像が浮かんでいる。真っ黒な背景に、ドットで描かれた爆発の映像や、白い点の星を眺めていた。
 そんなどこにでもあるレトロなゲーム画面を見つめながら、なぜか零里は涙を流していた。
(なんで、こんなに悲しいんだろう。たかがゲームなのに……)
 自分が操作していたゲームキャラクターが突如自爆し、突然のゲームオーバーになったことに唖然としつつも、漠然とした悲しみだけが後に残された。
「やっほー。おっと、また零里そのゲームやってるの?」
 零里がパソコンに向かってぼんやりしていると、|ゲーム研究部《・・・・・・》の扉を開けて、同じゲーム研究部員の郁実《いくみ》がノックもせずに入ってきた。零里は慌てて涙を拭った。
「うん。そうだよ郁実」
「ありゃ、でもゲームオーバーになってるじゃん。やっぱ零里はゲーム下手だなぁ~」
「う、うるさいな。いいでしょ下手でも」
「それで、どうだったのこれ。去年交通事故で亡くなった片桐部長が作ったやつなんでしょ。なんでも超科学で造られた人工知能がインプットされてるシュミレーションゲームだとか」
「うん。それはすごかったよ。宇宙ラルヴァとかイマジンズとかの|舞台設定《・・・・》とかも面白いし、それに人工知能がすごいの。本当に人間と会話してるみたいにあたしの言葉に返答してくれたもん」
「ふうん。そんなすごいんだ……ねえ、次は私にもやらしてよ」
「いいわよ」
 そう言って零里はパソコン席を郁実に渡して交代する。ふと郁実は思い出したように零里に尋ねる。
「そう言えば零里。先輩と上手くいったんだってね。おめでと」
「うん。ありがとう。ちゃんと告白したからね。あのまま引きさがってたらきっとこうならなかったわ。全部サジくんのおかげよ……」
「え? なに?」
「ううん。なんでもないの。忘れて」
 零里はゲームの人工知能に恋愛相談をしたなんてとても郁実には言えなかった。それは恥ずかしいというよりは、何か大事な思い出で、簡単に話す気にはなれなかった。
(変よね。ただのゲームなのに……)
 遠くを見つめる零里をよそに、郁実はパソコンを操作しながら雑談を続けた。
「でも零里も鈍感よね。知ってた? このゲーム作った片桐部長も零里のこと好きだったんだよ」
「え?」
「私はすぐにわかったよ。いつも零里のこと見つめて眼が合うと顔を真っ赤にしてたし。でも、あんなに早くに亡くなるなんて世の中不条理よね」
 そう言いながら郁実はゲームを起動させた。
 だが、画面は真っ暗なままで、いつまで経ってもゲームが始まることはなかった。
「おかしいな。故障?」
 郁実は不思議そうに暗い画面を見つめているが、零里はなんとなくこのゲームは二度と起動することは無いだろうと思った。


   (了)

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