【双葉学園怪異目録 第八ノ巻・外典 足もぎ百足】


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 この話は全くの蛇足である事を、まずここに明記しておく。
 何故ならば、これはこの俺、夕凪健司の物語ではないからだ。いや、自分が何かの運命の主人公だとうそぶくつもりは毛頭ないが、しかしそれを差し置いても、これは――少なくともこの時点では――俺とは全く関係のない、ひとつの悲劇の物語だ。
 終わってしまった物語、ただ俺はそこに居合わせただけに過ぎないのだ。
 故に、これは異聞であり外典。
 ただの、蛇足である。




 双葉学園怪異目録

 第八ノ巻・外典 足もぎ百足




 祟られ屋の十也たちと別れ帰宅した俺は、アルバイトへと出かけた。最近は色々と入用になっているから働かねば生きていけない。学生の身分でそういうやりくりをせねばいけないのはつらいことである。
 だが生活費のほかにも、怪王の改造費や、なによりも……そろそろ身を守るアイテムとか色々と用意しておかないとやばいんじゃないかなーと最近思い始めたわけだ。
 異能者でなくても使えるような簡易的な魔術アイテムや、超科学産の防御用インナースーツなど、その手のアイテムは行くところに行けば購入できる。だがやはり先立つものは必要なわけで。
 そんなこんなで俺はアルバイトにいそしむ勤労学生というわけである。
 さて、バイトを終えて岐路に突く途中、俺はふと学園の校庭を見る。そこには、親分の姉、蓮華が走っていた。呪いも解け、本格的に復帰できるのだろう。こんな時間までご苦労なことである。部活動にかける青春というのも悪くないのだろう。まあ今の俺は部活動なんてしているヒマとか無いのだが。しかしないというか、ご苦労様だな、とそう重いながら俺は彼女の太ももを視て……
「……っ!?」
 背筋が、凍りついた。
 ずくん、と響く。
 目が痛い。疼く。何だ、何だあれは!?
 俺の目に写るのは、真っ黒に染まった彼女の足。いや違う。染まっているのではない、巨大な百足が巻きついて、黒く見えるだけだ。でかい。そしてそれはどんどんでかくなっている。足だけじゃない、身体全体を覆うように。彼女はそれに気づいていないのか!?
「……っ」
 目が痛む。これは呪詛だ。夕方のアレとは比較にならないほど濃密な呪いの魂源力。それが集まり、巨大な百足へと変化している。そしてその百足の頭部は……女の子の首。子供か、それとも人形だろうか。金髪に白い肌、そしてその表情は……
 笑っていた。壊れた顔で、笑っていた。
「……!」
 ぞっ、とする。背筋に氷柱をねじ込まれたような感覚。視神経が侵され、全身が焼けるように疼く。熱と冷の二律背反が同時に俺を支配する。
「が、あ……、ぐっ……!」
 汗を噴出しながら震える体を必死に抱きしめるぐらいしか、俺には出来ない。
 蓮華はそのまま校舎へと消える。消えてしまう。
「行く……な……!」
 まずい。このまま行かせたら取り返しの付かないことになる。俺は呪詛に侵されて朦朧とした頭で考える。いや、感じる。それだけは判る。
 それは視ていた。俺を見て笑ったのだ。
 百足の頭についている女の子の、目玉の無い眼窩の奥の赤く光る輝きが、その亀裂のような唇が、笑ったのだ。底なしの悪意と憎悪で、笑ったのだ。あれは人を殺すモノだ、わかる。だから追わないと、取り返しの付かないことに……
 朦朧として魘される中、俺は這いずる様に、彼女を追った。






 校舎の中は、静まり返っていた。
 ……嫌な雰囲気だ。この空気は、澱み軋んでいる、怪異の臭いがする。
 頭が痛い。苦しい。思考が上手く回転しない。そんな中、自分の足音と息の音だけがやたら五月蝿く感じられた。
「どっちだ……」
 俺は汗をかきながら必死に蓮華を追う。追わなきゃいけない。何故追うのか、追ってどうするのか、その因果関係すら壊れたまま、ただ歩く。
 そうやって壁に手をつきながら歩いていくと、廊下の向こうに、探していた人影を、

 ミ ツ ケ タ

「――え?」

 不意に、俺の思考を上書きして喋ったかのように、空気が震えた。
 ぞわり、と、さらなる不快な感触が俺を包む。そして、腕に激痛。壁に手を付いていた手に灼熱が走る。
 駄目だ。見てはいけない、そう残された俺の理性が叫ぶ。だが遅かった。俺は右手を見ていた。
 真っ黒に染まっている。いや、覆われている。うぞうぞ、ぎちぎちとわななくそれらによって黒く染まっている。硬い数百数千の棘が俺の肌を這いずり回る。
 百足だ。沢山の百足が、壁についた俺の手に這いずり回っている。
「ひ……!」
 生理的嫌悪感、いやそれ通り越した恐怖が俺を包む。
 なによりも恐ろしかったのは、百足ではない、壁一面を埋め尽くす百足で黒く染まった海、その中から……いくつもの白いものが出てきた、その悪夢めいた光景だ。

 それは、足だった。

 女の子の足だ。それが百足の壁の中からゆっくりと出てくる。
 ところどころ皮膚が破れ、腐り、青白い死蝋の肌を赤黒く、青白く、あるいは黄色く染めている。まるで信号機のように。 
 十何本もの、いや何十本もの、女の子の足が伸びてくる。
 黒く染まる床、壁、天井からそれは出てくる。
 そして百足たちの黒が、雪崩のようにギチギチと音を鳴らしながら、巨大な蛇のように一本に絡み合い、唸る。

「いやあああああああああああああああああああああああ!!」

 先に声をあげたのは、蓮華だった。俺といえば、その恐怖に耐えていたのではなく、ただ声すら出せないほどに恐怖と激痛に凍り付いていただけに過ぎない。
 その声に反応して、彼女のポケットから、いや服から――大量の百足が這い出る。
 床に落ちる携帯電話。明滅するそこからそれは出ていた。
 そうか……! なんとうかつなんだ俺は。あの時、俺は彼女の足を見て、呪いの痕跡が残っていないことを確認した。だが、この怪異はチェーンメールを発端とするモノ。つまり呪われた部位を視るのではなく、携帯電話を視るべきだった……!
 だがそれはもはや後の祭りだ。

「見つけた」

   「やっとみつけた」

 「ずっとひとちがいだった」

       「でも」

  「やっとみつけた」

「よしこちゃん」

 ギチギチと唸る百足たちの音が、響いて声のように響く。圧倒的不快感を伴った不協和音が耳朶に障る。それは女の子の声。子供の声。怨念と憎悪と悲嘆と悲哀と、そして郷愁を込めた――哀しくもおぞましい声だった。
「……ひっ……!」
 蓮華が悲鳴を上げる。
 その巨大な黒い蛇は……その腹から幾つもの、白い女の子の足を生やし、まさに巨大な百足の姿になった。白い女の子の足を生やし、そして頭部は壊れた人形の、そんな滑稽な悪夢めいた百足。その顔が腐汁をたらしながら、蓮華の顔を覗き込む。

「よしこちゃん、あしをかえして」

     「ねえなんでなんですてたの、なんでちょんぎったの」

「ねえ」

 音が響く。百足は、蓮華を「よしこちゃん」と呼び、訴え泣き咽ぶ。
 だが駄目だ。それは違うんだ。俺は知っている、この手の怪異は、もはや現実を正しく認識する能力に欠けている。蓮華は、彼女はその探し求めている「よしこちゃん」ではないんだ。
「違う、私は、違う……!」
 蓮華が必死に否定する。だが百足は聞く耳を持たない。
「やめろ……!」
 思わず俺は声を上げる。
 その声に、百足は反応した。

「なに?」
      「だれ?」
 「じゃまするの」
      「じゃまするんだ」
「うるさいな」
    「だまってよー」
   「だまらせよう!」
 「だまっちゃえ!」

 堤防が決壊するかのように、百足の一部が弾ける。そして鉄砲水のように、百足が俺になだれ込んだ。
「ひ……っ!」
 全身を押し潰す百足たち。所々で百足の身体が千切れ潰れ、不快な汁が俺にかかる。
「う、うあああああああ!」
 俺は叫ぶ。だが、その叫ぶために開けた俺の口に女の子の足先がねじこまれる。無理やりに突っ込まれ、冷たい皮膚が破れ腐汁と血の味が口の中に充満する。
「う……ごっ……!」
 そしてそれだけでは収まらず、白く小さな足が次々と俺の手足を踏みつける。その憎悪が、呪いが俺に推しかかる。
 俺の近くにも人形の顔が這いずりやってきて、そして俺の目を覗き込む。壊れた落ち窪んだ眼窩が俺を見る。
 視る。
 視られる。

 ――繋がる。

 俺は、視た。見てしまった。視神経を介して、それと繋がる俺の脳髄。
 俺はそこにいた。今よりも新しい双葉学園の校舎。そして俺を持つのは巨大な手。いや違う俺が小さいんだ。笑い声が響く。女の子が笑いながら俺を掴み持ち上げる。その手には巨大な刃物。カッターナイフ。それが俺の太ももにあてられる。女の子は笑う。やめて。やめてくれよしこちゃん。なんで? なんで笑いながらそんなものをわたしに。ぞぶり、と音がする。激痛が走る。刃が肌にめり込む。ごり、ごり、ごりと動かされる。一思いに切り落とされたほうが楽なのに、それは何度も何度も手間取りながらゆっくりとゆっくりと食い込んで千切っていってやがてわたしの足があしがごとりと落ちていたいいたいいたいいたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
「ガ……」
 焼き切れる。脳の神経が焼き切れそうなほどに痛む。だがようしゃなくよしこちゃんはもうひとつののこった足にカッターを押し当てる笑いながらにこにこにやにやにたにたけたけたとわらいながら。やめてなんでこんなことをいたいてすけてぞぶりきちぎちやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてごりごりごっとんぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!
 そして繰り返される。ひたすらに繰り返される、足落とし。よしかちゃんだけじゃない、もう誰かもわからないいろんなよしかちゃんが笑いながら足を切り落とす。
 ……集合怨嗟。心を持ってしまった人形を核として、多くの人形たちの無念怨念、そして疑念が集まり凝り、そして……こうなったしまった。呪いの魂源力の集合体。ただただ哀しくて憎くも愛しい、狂おしいまでの念の塊だった。
「――――――――――――――――あ」
 俺が壊される。溶かされる。もう何も考えられない。視すぎてしまった。踏み入りすぎてしまった。
 おじさんに忠告されたとおりの結末が、その深淵が口を開けて俺を待っている。
 もはや俺は、このまま消え去り、この百足の一部となってしまうだろう。侵されすぎて、それに抗う意思すら、俺にはもはや沸いてこない。
 そうしている間に、残りの、いや大本の百足は蓮華を蹂躙していた。そして、その首たちが、声たちが話し合う。


   「違うの」
 「違うんだ」
      「よしこちゃんじゃない?」
「よしこちゃんでない?」
 「また?」
      「またひとちがい?」
   「ならあっち?」
    「あいつ?」
「あいつなの?」

 俺を見る。人形が俺を見る。

「みつけた」
   「あいたかった」
   「よしこちゃん」
「だいすき」
    「なのになんで」
「ねえなんで?」

 様々な感情が渦を巻く。だがもう俺はそれに答える事も出来ない。俺の意思は溶けている。感情が何も浮かばない。
 百足たちは、蓮華を見て言う。

「どうしようか」
 「コレどうしようか」
  「このにせものどうしようか」
   「ころそうか」
  「きりおとそうか」
「ひきちぎろうか」
    「もぎとろう!」

 そして。
 いっせいに、無数の百足たちが牙を剥く。
 だが俺には、
 どうすることもできなくて、
 結局、
 何も――




「そこまでだ」

 そして、
 幾条もの閃光が、煌いた。

 切り裂かれ、ばらばらと、リノリウムの床に落ちる百足達。
 その怨念を凌駕する凶悪な気配に、百足たちが、潮が引くように遠ざかる。ざわざわ、ざわざわと。
「…………、あ」
 呪いに侵されて一片しか残っていない自我で、俺は考える。覚えている、知っている。俺はこの気配を知っている。

「呪詛に焼かれし哀れな魂……」

 闇の中に立つ姿。

「その呪い、俺が受けてやる」

 その手に収まるのは、一振りの刀。
 ……妖刀、千子村正。呪われた刀。その呪いを抑え、使いこなすのは……
「来栖野……十也……」

「おう」

 俺の吐き出した言葉に、いつもどおりの笑顔でそいつは答える。
 祟られ屋が、そこに居た。


「が……っ、は」
 俺は息を吐き出す。思考がようやく正常に戻ったが、それは全身の激痛と悪寒をまともに感じるということで、正直、もう少しマヒしていたかったと本気で思う。
「大丈夫のようですね、夕凪様」
 桐夜が言う。うん、大丈夫に見えるのねこれが。死にそうなのに俺。
「蓮華様も無事なようです」
 ……それはよかった。いや、俺の状態を考えると、無事なのかどうかは怪しい所だが……少なくとも命に別状はないのだろう。
「どうし、て」
 俺は桐夜に聞く。何故ここに?
「どうにも、呪いが小さかったので、本体は別に居ると踏んで調べていたのです」
「……なるほど」
 どうやらマヌケだったのは俺だけのようだ。
「足もぎ百足、足もぎメリー、百本足メリー……そう称される、集合呪詛。あなたは、ここで終わります」
 桐夜が宣言する。
「その怨鎖、此処で断ち切りなさい、クルス」
「言われずとも」
 十也が村正を構える。その怖気が走るほどに美しい刀身から立ち上るのは禍々しい気配。伝説に名高い村正、極上の呪物である。かつて徳川に破滅をもたらした妖刀。それは持ち主を破滅に導くという。だが、十也はその呪いを力ずくで組み伏せている。

「じゃまするな」
   「うるさい」
  「それいや」
        「それきらい」
 「やめて」
「あああ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 百足たちが絶叫し、十也に向かってなだれ込む。十也はそれに真正面から突っ込む。
 それは、剣術ではなかった、剣道でもなかった。ただの力押しでしかなかった。がむしゃらに剣を振る。防御も回避も考えずに、トウヤは呪いの群れに突っ込む。
 百足の牙が十也の身体を刻む。
 傍から見ていても判る圧倒的呪波が、十也を飲み込もうとする。それは先ほどの俺の時の非ではない。

「憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!」

 だが……
「足りねぇな」
 そう、静かに十也は言う。まっすぐに、百足を……人形たちを見据えて。
「確かに強い恨みだ、強い呪いだ。お前自身の呪詛に、噂話の、人形たちの、そして女の子たちの妬み恨みを上乗せして組みあがったラルヴァ……確かに強い」
 そう、強すぎる呪いだ。だが……
「だがそれでも、今の俺を押し潰す事はできねぇよ」
 十也は言い放つ。
 そして、その言葉の通り……その呪いの奔流は、しかし完璧に止められていた。十也の身体が盾に、堤防になり、俺や蓮華の元には一片の呪いも届いていない。
 その全てを――受け止めていた。
 その光景を、当然のように涼しげに眺めながら桐夜が言う。
「そう、クルスは呪われ体質。ずっと周囲の呪いと悪意を一身に受けて生きてきました。
 何人も何十人もの呪いを、十数年、延々と。
 今や妖刀村正すら抑える程の呪詛をその身体に宿している。
 それに比べればたかだかこの程度の呪詛、クルスの敵じゃない」
 そして、十也は、村正を振りかぶり、そして振りぬく。
 一閃。
 それだけで、巨大な黒い呪詛の波が切り裂かれ、押し潰される。
 壁にたたきつけられる百足たち。それに悠然と対峙しながら、十也は言う。
「俺を呪い殺したければ――この島ひとつ呪い潰すつもりで来い」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 絶叫する。百足たちが、人形たちが絶叫する。自らの呪いが通用しない、それすらも彼女たちは理解していない。理解できない。何かを呪い、その呪いに自ら押し潰されて壊れてしまった怨嗟の成れの果て、それにはもう時間の前後も、因果も何もありはせず、永遠の責め苦という今があるだけだ。
 それを救う事は出来はしない。少なくとも、俺には無理だ。
 だが――
 十也は何を思ったか、村正を鞘に収める。そして、桐夜へと投げよこす。
「おい、何を――」
 その俺の言葉を無言で制し、そして十也は言う。
「いいんだよ」

「!?」

 その十也の笑顔に、ムカデたちはわななく。
 十也はゆっくりと、無防備に一歩、また一歩と足を踏み出す。
「俺もそうだった。
 何かを恨み、憎み、呪う事のつらさ、魂を焼く痛み……その地獄、判る。
 だから……」
 笑う十也。その笑顔に、俺は……思い出していた。昔を。彼らと初めて出会った時を。



 燃える街並みに雨が降りしきる。その中で二人は対峙していた。
 呪詛と怨嗟と憎悪をその身体に受け、全てに嫌われ憎まれ疎まれてきた十也。それは鏡のように、全てを憎んでいた。そして今、その憎悪と殺意は眼前の少女に向けられている。
 血を吐くように絶叫する十也。
「――黙れ、貴様に俺が救えるかぁ!!」
 その怨嗟を向けられながら、桐夜は平然と言う。
「いいえ」
 その言葉には、勝者の驕りとか、そういうものは何も無く、ただただ、不思議な暖かみが溢れていたと俺は思った。
 温かみと、そして……喜び。欲しいものを手に入れたという嬉しさがあったように思えた。

「――貴方が私を救うの」

「……!?」
 十也は驚愕に瞳を見開く。その言葉は想像していなかったものだろう。
「私は呪われている。呪詛と悪意を食べなければ生きていけない」
 カースイーターと呼ばれるラルヴァとして生まれてしまった少女。彼女は呪いを食べなければ生きていけない。だがそれは、口で言うほど簡単なものでは、なかった。
「世に災いの種は尽きず、呪いの火種は消える事は無い。だけどそれでも、手の届く所にそれが常に在るわけではないから」
 この世界に、肉も野菜米も麦もお菓子すらも沢山ある。だが、それを口に出来ずに餓えて死ぬ子がいるのと同じように。
「私は、餓えて渇いて、今にも死んでしまいそう」
 呪いは、都合よく彼女のそばに現れるわけでは、ない。
 だが……現れたのだ。呪いを一身に受け、集めてしまう存在が。
 それが、来栖野十也。呪われた忌み子。
 それは運命の出会いだった。
「食べさせて、貴方のその呪いを。私の為に生きて、私を救って。貴方はそう、私の為に生まれてきた」
 桐夜は言う。十也に言う。その祝福と呪いを告げる。
「私を救いなさい。私の為に生きて、死になさい」

 ……それからだった。十也が変わっていったのは。
 存在理由。おそらくあの瞬間、十也はそれを得た。憎まれ嫌われるばかりだった十也は、初めて誰かに必要とされたのだ。
 そして後は、みるみるうちにというか、ころげおちるようにというか。
 誰かの為に存在する、誰かの役に立つという喜びを知った十也は、一転して博愛精神の固まりになった。憎しみと愛は表裏一体、とはよく言ったものだと思う。そして十也が周囲を愛すれば愛するほど、周囲もまた変わっていった。
 元々、その異能による、由縁無き忌避と嫌悪だ。きっかけさえあれば、変えることは容易だったということだろう。
 そして、来栖野十也は、その自身を焼く呪いから開放された。


 そして今――十也は。

「――俺の中に、全ての呪いを吐き出せ」

 両手を広げ、笑顔で、そう言った。
 百本足メリーを、自身を焼く呪いから開放する為に。
 その呪いを、自ら受け入れた。

 爆発する。黒い怨念が、呪詛が、十也へと雪崩れ込む。圧倒的呪詛の奔流が、黒い閃光となって唸る。
 見ているだけで呪詛に当てられそうなほどだが、しかし俺たちへの影響は全く無い。本当に、その全てを受け入れているのだ。
 ぶつけて発散される呪い。それは怨念に縛られた魂の開放を意味する。 
「すごい……」
 これは俺もはじめて見た。こんな戦い方があるのか……
「何故、かつて呪いに押し潰されそうだった彼が今はあれだけの呪詛を受け止められるか判りますか?」
 桐夜が俺に言ってくる。
「……わからない」
 呪われ体質を克服できたのは知っている。だがこれほどとは……
「愛」
 桐夜は、そんなことを言った、
「かつての彼は自分に向けられる呪いを憎んでいました。ですが、何が彼を心変わりさせたのかは知りませんが、今の彼は……その呪い、自らに向かう呪詛怨嗟を受け入れている。博愛の精神で……馬鹿馬鹿しい話ですが」
 ……心変わりさせた理由、か。それは……いや、野暮な話だな。
 なるほど、愛か。あいつらしい。
 俺は十也を見る。そこにはもう、黒い呪いの百足は一匹も残されては居なかった。
 あるのは、足の無い人形がひとつ。それを十也は慈しむ瞳で抱いている。 
 ……これで終わった、ということだろうか。俺はなんとか、残った力でその人形を見鬼する。……悪いモノは、もう残っていなかった。
「終わったな」
「ああ」
 極上の笑顔を返して、十也は、
「……ふぅ」
 その場にぶっ倒れた。
「お、おい?」
「……流石にキツいわコレ」
 青い顔してピクリとも動かずに十也は言う。いや、よく見たら動いていた。
 ていうか、痙攣していた。
 ……ああそうだった、呪いを受けるの、平気じゃなくて痛みや疲労といったダメージを受けるんだった。夕方の、蓮華の足から百足の呪いを移していたときも苦痛にあえいでいたものな。
 都合のいい、無効化系の異能とは違い、普通に食らっていたわけだ。なんというか、身体張ってるなあ本当に。
 それをこんな大質量の呪詛を一片に受けたのだ、そりゃ動けなくもなるというものか。
「救急車、呼ぼうか?」
 黄色い奴だけど、この手の怪異相手には役に立つだろう。呼んだらすぐ来るだろうし。
「おかまいなく、夕凪様」
 桐夜が言ってくる。
「大口叩いて情けない。死ねばいいのに」
 相も変わらず、十也には辛らつだった。
 そして近づいた桐夜は、倒れている十也に向かってしゃがみ、そして……その唇に自分の唇を重ねる。
「ん……っ」
 舌を絡め、吸い上げる。
 ……なんというか、正直目の毒だ。
 だが、それは恋人同士の睦みあいというわけでは……多分無い。
 食事、だ。
 カースイーターの食事。呪われた対象に口をつける事で、その呪詛を吸い取り、文字通りに食べる。
 呪詛を受けすぎてオーバーヒートした十也から吸収することで、十也の体調を戻そうというのだろう。いや単におなかがすいただけというのも考えられるが……まあいいか。
 流石にこれ以上は野暮というものだろう。
 俺の身体もまだ少し後遺症はあるものの、動けないというほどではない。
 俺はぐったりと倒れている蓮華の身体を抱きかかえ、そしてその場を離れ、救急車を呼んだ。







 そう、あの人形霊の悲劇、その経緯と顛末は、もはや俺が語るべきことではなかった。今回は俺は、結局のところ部外者に過ぎず、ここから後のことはもはや俺の知るところでもなかった。
 蓮華を呪いから救ったのも十也と桐夜の二人。俺はその場に居合わせただけにすぎない。
 その全てを語る資格も義務も、俺には無い。
 呪いを背負い、呪いを喰らう、祟られ屋と呪われ姫の、二人の物語だ。

 だから、このお話は――ただの蛇足である。


 了


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