【早瀬VSコピー早瀬】


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 ようこそ俺の世界へ。
 なんてかっこつけている場合じゃない。俺は忙しいんだ。
 ぐるりと視線を周囲に向けると、空を飛ぶ小鳥たちは空中に固定されているかのように停止し、周囲にいる街の人々もまるでビデオの停止ボタンを押したみたいにその場で固まっている。向こうでソフトクリームを落としている女の子がいた。ソフトクリームは女の子の手から離れて、今まさに地面に衝突しそうになっている。俺はそこへ行き、ソフトクリームを拾ってやろうと思ったが、手でソフトクリームを掴んだ瞬間、そのソフトクリームのコーン部分は触れただけで激しく壊れてしまう。
 ソフトクリームは空中を亀の歩み寄りも遅い速度で飛散していく。クリームが枝を伸ばしながら、まるで空中に亀裂をいれるかのように伸びていく。
 俺はしまった、と頭を掻いた。今の俺が触れればコンクリートですら豆腐のように崩れ去ってしまうだろう。つい忘れていた。女の子には悪い事をしたな、と思いつつもどうせ落ちたら崩れていたのだから同じことだろうと思った。
 今の俺は普通の人々に触れるだけで傷つけてしまう。ここは俺以外の総てがゆっくりと動く世界だから。
 いや、違う。俺が速く動き過ぎているだけだ。
 周りの人間たちも決して時が止まっているわけではなく、ゆっくりとだが体が動いているのがわかる。
 速度がマッハ5に到達したとき、俺はこの世界へ足を踏み入れる。
 音すら聞こえない孤独な空間。俺だけが自由に動くことができる世界。ここが超音速の世界だ。
 これは俺の持つ最大最速の異能、“加速”による現象で、意識すらも加速している俺には周囲の時が止まっているように見える。
 俺はお気に入りのマフラーを巻きなおし、街を駆けていく。マフラーは耐熱性で、摩擦熱で燃え上がることはないオーダーメイドのものだ。
 走るときに気をつけなければいけないのは、慣性によって急に止まれないことだ。地面を蹴るたびに地面が抉れ、周囲の人間にその石つぶてなどが当たらないように気を配らなきゃいけない。
 それにジェット機でもない俺のの体は空気抵抗が酷く、まるで空気は水のような弾力を持って俺に襲いかかってくる。
 時速八十キロの車から手を出すとおっぱいの感触がする。
 というのはよく聞く話だが、実際にこの超音速の中の空気抵抗は洒落にならない。例えるなら四方八方をおっぱいの壁で囲われているような感覚。いや、もし本当にそうならすごくいいんだけど。残念ながらそれが空気なら苦しいだけだ。
 それに下手にジャンプなんてしようものなら、たとえ客観的にはわずか零点何秒であろうと着地までには主観時間で何分もかかってしまう。俺のこの異能の弱点は持続性がないこと。だ正確には俺の耐久力がないせいなのだが、膨大な魂源力と体力を消費するため、それは仕方ないだろう。だから時間を無駄にはできない。加速能力と言っても案外そこまで便利なものじゃない。もっとも細心の注意が必要とされる異能だ。
 俺はできるだけ体を低くして走る。
 自分に与えられた任務を達成するため、俺はひたすら走る。俺の任務は敵の本拠地を叩くこと。そこにいる悪の幹部たちを叩き潰すことが俺に与えられた任務。
 この先を抜ければ敵のアジトである巨大な施設が見える。俺はそこに向かってまっすぐ走っていく。
 しかし街は人通りが多く、俺が加速して突き抜けてもし体が触れようものなら街の人たちはバラバラに千切れ飛んでしまうだろう。
 仕方なく俺は商店街のとある店に入り、その店から屋上へと駆け昇っていく。おそらく俺が駆け抜けた後は風圧が生じ、店の棚にあるものは零れ落ちていってしまうだろう。お店のおじさんごめん。俺には大事な任務があるんだ。
 俺は屋上に出て、連なっているビルの上を走っていく。
 すると、目の前に立っている電柱の上に奇妙なものを見つけた。
 それは人間だった。
 電柱の上に人が立っていたのだ。まるで漫画やアニメの中のヒーローの登場のようなその姿を見て思わず噴き出してしまう。
 その人物は俺と同じようにマフラーを首に巻いていた。今は真冬だから別段珍しくも無い。しかしなんとなく自分のトレードマークと同じものをつけているというのは少し気分がよくなかった。これ以上俺のキャラを薄くしてどうするんだ。
 その人物は走っている俺のほうをちらりと見た。
 なんだかすかしてやがる。あんな所に立って気取ってるつもりか。
 いや、ちょっとまて。
 俺の方を――見た?
 そんなことありえない。
 この超音速の世界で、俺のことを認識して、眼をこっちに向けられる奴なんて存在しない。
 それどころかそいつは腕を組み直し、口を開いて何かを言おうとしていた。だが、そいつはすぐにこの空間で言葉は届かないことに気付き、諦めた様に俺の方へ向かって駆けだした。電柱から跳躍すると時間がかかるので、奴は柱の側面を蹴り、そのままビルの屋上に足をつけ、こっちに向かってくる。
 どうなってるんだ。この時が止まったような空間の中で、俺以外に普通に動けると言うことは、俺とまったく同じ速度で動いているということになる。
 ラルヴァか?
 いや、異能者、か。
 間違いない。俺の方へと迫ってくるそいつは、俺と同じ加速能力者だ。しかも力は拮抗しているようだ。
 だけど、俺は任務のために邪魔をする奴は蹴散らさなければならない。
 俺はひるむことなくその男のほうへ走る。
 距離が縮まってきて、俺はあることに気付いた。
 その向かってくる人物が俺と同じくらいの年齢であること。そいつが俺の向かっている敵のアジトの制服を着ていること、そして何より、そいつが俺と同じ顔をしていることに気付いた。
 もしかして俺の偽者? まじ?
 ヒーローに偽者はつきものだ。
 しかもマフラーは俺と|色違い《・・・》ときたもんだ。
 これは間違いなく俺の偽者に違いない。ようやく俺はヒーロー道を登り始めたようだぜ。
 クローンか、それともコピーロボットか変装かわからないが、本物と偽者が出会ったならば、どちらかが潰れるまで戦うのが世の常だ。
 俺とまったく同じ姿のそいつは、真剣な顔で俺の方へと向かってくる。どうやらやる気のようだ。
 俺は相手が攻撃してくる前に先手を打とうと、近くに落ちていた空き缶を手に取る。それを全力で偽者に向かって投げつける。
 主観的にはごく普通の速度で空き缶は飛んでいくが、実際には今の俺と同じ超音速の状態で空き缶は飛んでいく。圧に耐えられず空き缶はべこべこにへこんでいく。それが当たれば致命傷だ。放たれたスチール缶は砲弾と化し、人間の体を紙屑のように貫通するだろう。
 だが俺と同じ超加速の状態ならば、それを避けることはたやすい。同じ加速能力者である偽者にも、その超音速の空き缶は普通の速度に見えているからだ。偽者は上体を逸らしてそれを避け、スチール缶は後方へと飛んでいく。そのスチール缶は偽者がさっきまで立っていた電柱に当たり、電柱は粉々になって折れていく。破片がゆっくりと飛び散り、あれが倒れてしまったら、街の人たちに被害が及ぶ。
 だけど今はそんな場合じゃない。
 まずこの偽者を倒し、その後にあの電柱をどうにかすればいい。
 そうだ、俺は強い。誰にも負けない。ましてや偽者なんかに負けるわけがない。
 偽者は破壊された電柱のほうを向いていた。俺はその隙に偽者との距離を詰める。そして地面を蹴り、身体を垂直にさせて偽者の方へと足を伸ばす。
 必殺の音速キックだ。慣性を利用して突進し、超音速で発生した衝撃破を敵にぶつける。その威力は戦車の砲撃にも匹敵する。
 偽者は瞬時にそれを察知したのか、大きく跳躍して俺のキックを避けた。だが発生した衝撃破による白い壁が偽者の足に当たり、そいつは足から血を流す。空中をゆっくりと赤い液体が飛び散っていく。それは実に鮮烈で、奇妙な光景だった。
 しかし、それに見惚れている場合ではなく、避けられてしまった俺の体はそのまま真っ直ぐ飛んで行き、手前にあるビルの壁に盛大にぶつかる。壁は脆く崩れ去っていく。俺はそのままビルの中へと転がり込んでしまう。俺はそこにあったデスクにぶつかり、そのデスクには亀裂が入った。恐らくこのあと砕け散るだろう。
破片は宙を浮き、砂埃も空中で停止しているせいで前がよく見えない。なんとか穴から顔を出して俺は偽者のほうへと視線をやる。
 そこにはちょうど着地している偽者の姿が見えた。俺は空中に止まっている瓦礫の破片いくつか手に取り、奴に向かって何度も何度も投石する。下手な鉄砲も数を打てば当たる。
 同じ超音速を生きる者同士の戦いはこれが初めてだ。同じスペックの俺たちがまともに戦っても、周りの影響と破壊力を除けばほとんど中坊同士の喧嘩と変わらない。
 石を投げて攻撃するなんてどんな泥仕合だ。みっともないと思ったが、そんなことは言ってられない。卑怯上等。俺はあの偽者を絶対に倒す。倒さなきゃいけない気がする。
 偽者は俺の投石を地面に伏せながらなんとかしのいでいた。
 投げる石が無くなった俺は、再び偽者のほうへと駆けだした。偽物は俺に目もくれずに先ほどに壊れた電柱のほうへ駆け寄る。もしかしてあいつも電柱の破片を飛ばして攻撃するつもりなのか。なんて卑劣な奴だ。
 だがやつは地上に降り、電柱の落下位置にいる人々をどかし始めた。一般人に対して奴は何をしているのか。何故奴みたいな偽者の悪党が一般人の心配をしているのか理解に苦しむ。
 俺も地上に降りる。偽者と同じように壁を伝って素早く地面に着陸する。すると、偽者は俺の反対方向へと走り始める。
 逃がすか。
 俺は奴の息の根をここで止めるため、必死になって追いかける。
 だが俺と奴はまったく同じ速度で動いているため、俺は絶対に奴に追いつくことはできない。だが俺より先にあいつが加速を始めていたなら、先にエネルギー切れになるのは偽者の方だ。そうなれば俺はあいつをボロ雑巾のように殺すことができる。
 俺は自分が笑っていることに気付いた。
 俺は楽しんでいた。この戦いを。
 自分と対等の力を持つ人間を相手にすることがたまらなく嬉しかった。
 この孤独な世界で俺はたった一人だと思っていた。だがそうじゃない。この世界を共有できる存在がいる。
 そいつと全力で競うことができる。
 俺はなんとも言えない高揚感に身体を支配されていくのに気付いた。逃げるな。俺と戦え。戦え、偽者め。
 偽者は俺の方を振り向きもせずに商店街を抜け、人気の少ない公園の方へと入っていった。罠か? 何が目的かわからないが人気が少ないなら周りを気にせず戦える。好都合だ。
 木々が太陽を隠すほどに伸びていて、公園の中心には大きな池がある。
 広く、人気の少ない場所に移動し、偽者はくるりと向きを変え、俺と対峙する。
 どうやらやる気になったらしい。さてどうする。蹴りは大振りになり避けられると隙が大きくなる。慣性が強いため、その反動で大きくバランスを崩してしまうからだ。俺は拳を握りしめ、偽者に向かって突きを放つ。
 偽者はそれをかろうじて避ける。だが俺の拳は偽者の頬をかすめ、そいつの頬は切り裂かれて血がほとばしった。俺たちの戦いは一撃必殺。キックでもパンチでも、当たればどちらかが即死するだろう。主観的にはただの中学生の攻撃でも、俺たちの拳はジェット機の如く威力を持っている。
 俺は間髪をいれず拳を奴に向かって放つ。ワンツー、ワンツー。奴は攻撃を避けるので手いっぱいなのか、手足も出せないでいた。
 どうやら相手は戦い慣れしていないようだ。俺は違う。俺はいくつもの戦いを繰り返してきた。絶対に負けない。敵に情けはかけない。殺してやる。殺してやるんだ!
 俺はすばしっこく逃げる奴のマフラーを手で掴む。そしてそのまま全力で引っ張り、池の方へと向かって放り投げた。
 水しぶきは飴細工のようにくねくねと空中に浮かび、偽者は水中に沈むことなく水面の上をゴロゴロと転がっていく。偽者はすぐに起き上がり、必死に水面を走って俺の方へ駆けてくる。少しでも足を止めたならば水に足は沈み、生コンクリートのような水中へと足をとられてゆっくりと沈んでいくことになる。水の中の圧は空気抵抗の比ではない。下手をすればすぐに体力を奪われ、そのまま池の底に沈んでいくことになるだろう。
 俺はそれを狙っていたが、偽者はバジリスクのように片足が沈む前に反対の足を前に出し、水中を駆けている。
 俺は近くに落ちていた木の棒を拾い上げる。近づいてきたらこれでぐさりとやってやる。同じスペックならば、リーチがある方が勝つ。
 さあ、こい。串刺しにしてやる。
 だが、俺はその時奴の視線が一瞬だけ横に逸れ、“何か”を見つけたこと気付いた。
 俺はそれを不審に思い、その視線の先を辿る。
 すると、道の向こう側に長い黒髪で、着物を着た女が歩いているのが見える。
 俺はそいつに見覚えがあった。
 そいつは俺の敵の幹部の一人だ。こんなところを不用心に歩いているなんてなんて間抜けな奴なんだろう。
 俺は向かってくる偽者を無視し、一先ずあの女を殺すことに決めた。
 距離は俺の方があの女に近い、なら偽者が俺に追いつくことは不可能。奴に邪魔されることなく俺はあの女を倒すことができる。
 あいつは敵の幹部。ここで奴の命を終わらせなければならない。
 悪は滅びろ。そして俺はヒーローになる。
 俺は木の棒を振り上げ、女に脳天に叩きつけてやろうと構える。
 だが、その時、俺は自分の後ろから凄まじい殺気を感じ、思わず振り返ってしまった。
 ありえない。
 俺とまったく同じ速度のはずなのに、なぜだ。
 なぜ偽者は俺に|追いついている《・・・・・・・》んだ!?
 そこには鬼のような形相ですぐそばに迫ってきていた偽者の姿があった。
 そいつは鬼神のような怒気と殺気を放ち、俺よりも何倍も速い速度で俺に向かってきていた。マフラーをなびかせ、俺の認識速度よりも速く動いているせいか、身体がぶれて見えている。
 俺は考えた。この女に攻撃を加えているほんのわずかの間に、そいつは俺に追いつき、俺は奴の攻撃を受けてしまうだろう。
 すぐさま身をひるがえし、攻撃目標を偽者へと切り替える。
 だが、もう遅かった。
 遅すぎた。
 俺は奴よりも遅かったのだ。
 偽者はそのまま空中でキックの構えになり、俺の体目がけて突進してきた。俺にはそれを避けることもできなかった。
 奴の足が俺の腹に当たり、ずんずんとめり込んでいく。やがて俺の腹を貫通してしまった。この時点で俺の異能の調子はおかしくなり、体の加速状態が解け、意識だけが加速されている状態に陥ってしまった。
 ゆえに自分の体が壊れていくのを長い時間見つめ続けなければならなくなった。
 偽者の足がぐんぐんと俺の体に食い込み、ゆっくりと体が千切れていく。
 俺はここで死ぬのか。
 俺が死んだらこの悪の組織はどうなる。
 ヒーローが死に、悪が栄えるなんてあっていいもんか。
 それに、俺には俺の無事を祈っている仲間たちがいる。俺の帰りを待っている仲間がいる。
 そうだ、俺の仲間、仲間――?
 俺はその瞬間、自分の仲間の顔を思い出せないことに気付いた。
 仲間の名前すら思い出せない。
 本当に俺には仲間なんていたのか。
 いや、それどころか俺は自分の名前すら思い出せなかった。
 なんだ、俺はどうなってるんだ。
 俺は、|俺は誰だ《・・・・》――?
 俺はなぜここにいて、なぜ戦っているんだ。悪の組織ってなんだ。こいつらは誰なんだ。わからない。わからない。
 俺は暴走する意識の中、永劫とも思える時間を鼓動が止まるその最後の瞬間まで、自問自答を繰り返した。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆












「あっ、ソフトクリーム落ちちゃった~」
 女の子は地面に落ちてしまったソフトクリームを名残惜しそうに見つめる。そして自分の服にべったりとクリームがついてしまっていることに気付き、泣きだしてしまった。
 そのすぐ近くの店では、まるで台風が通り過ぎた後のように商品が棚から零れ落ちていくのを見て頭を抱えている。
 その隣のビルの側面には巨大な穴が開き、電柱が突然折れ、地面に降ってきたのであった。幸い近くに人がいなかったおかげもあって、怪我人はいないようだ。だが、人々は突然自分が違う場所に移動していることに気付き、首を捻っていた。
 そして――



「早瀬《はやせ》くん!」
 双葉学園、その醒徒会副会長である水分《みくまり》理緒《りお》は、突然のことに驚きを隠せなかった。
 お気に入りの着物を来て、静かな公園を散歩していたのだが、突然同じ醒徒会の役員である早瀬《はやせ》速人《はやと》が目の前に現れ、激しい砂埃を起こしながら目の前に現れたのである。
 トレードマークである真っ赤なマフラーをなびかせ、水分に背を向けている早瀬の姿がそこにはあった。
 水分は彼に話しかけようとしたが、その後ろ姿は痛ましく、悲しさをにじませていた。
 早瀬の足元には胴体が真っ二つになった人間の体が転がっていて、思わず水分は息を飲んだ――が、すぐに安堵の表情に変わった。
 人間だと思ったその物体は、機械であった。人間を模したロボットのようなものだった。体は鉄で出来ており、頭に該当する部分には無機質なカメラのついた眼のようなものがあるだけで、他はのっぺらぼうのようにツルツルである。
 そのロボットが首に巻いている|黄色い《・・・》マフラーだけが妙に浮いているように見えた。
 ロボットは完全に破壊されてしまっていて、もはやただの鉄くずになっているようである。
 水分がどうしたものかと黙っていると、
「水分先輩……」
 早瀬はそう後ろを向いたまま話しかけてきた。
「俺……俺さ、ようやく自分と同じ世界を共有できるやつがいるって思って嬉しかったんだ。あの世界は孤独で、俺しかまるで生きていないような世界なんだ。俺はたまに怖くなる。このまま加速した世界が永遠に続いたらって……。だから自分と同じ能力を持ってる奴と出会えて嬉しかった。なのに……なのになんで戦わなきゃいけないんだ……」
 そう語る早瀬の肩は震えていた。
「何が俺のコピーロボットだよ……。まったく似てねえじゃないか……」
 そう無理して毒づく早瀬は俯き、じっとそのロボットを見つめているようである。
 水分には早瀬とこのロボットの間で何が起きたのか、それはわからなかった。
 だから水分はそっと早瀬の手を握りしめ、彼が落ちつくのを待つだけであった。
 早瀬は母のように優しく暖かい水分の手に触れ、はっとする。
 彼はこの時なぜ自分が同スペックのはずのコピーロボットよりも速く動くことが出来たのか悟った。
 誰かを護るため、大切な人を護る時、人は限界を超える。
 それが早瀬とコピーロボットとの勝敗を決した理由であった。





「なるほど。あれはオメガサークルが送り込んできた早瀬くんの偽者だったんですね」
 後日水分は醒徒会室で座っているエヌR・ルールにそう尋ねる。
「そうだ。もっとも、異能をコピーしたわけじゃなく、あいつをモデルにして加速装置を持つロボットを造ったようだな」
「ルールくん。あなたはそのことを知っていたんですか?」
「ああ。ぼくが前に潰したオメガサークルの研究所にそれの設計図が遺されていた。その時にはすでにロボットは完成し、学園に放たれていたのだ。だからぼくは早瀬に任務を与えた。自分のコピーロボットを倒す任務を」
「それは、少し残酷じゃないですか。早瀬くんに自分のコピーを倒させるなんて……」
「超音速の存在を倒せるのは、同じ超音速の者だけだ。コピーロボットを倒せる奴はこの学園では早瀬しかいなかった」
 ルールは相変わらず無表情で、サングラスの奥にある眼から感情を読み取ることはできない。だが、ただ拳を強く握りしめていることに水分は気付く。彼女は自分の言葉に後悔した。オメガサークルは言わば彼の“親”のようなものだ。そこから生まれたロボットもまた、彼の兄弟に近いものだろう。それを破壊しろという命令を下したルールが一番つらいのかもしれない。甘いところがある会長に変わって、ルールは心を鬼にしてそう命令したのだろう。
 誰よりも生命を重んじるルールにとって、人工知能を持つ機械にすら情を覚えているようだ。彼の生命の定義はとても広い。
「ごめんなさい。ルールくん……」
「いや、ぼくもまだ配慮が足らなかったのだろう」
 水分はルールにお茶を入れてやり、彼は黙ってそれを受け取った。
 ふと、水分は窓の外に目を向ける。
 そこには中庭で遊んでいる加賀杜《かがもり》紫隠《しおん》と、早瀬の姿があった。
「はやはやー。お腹すいたからポテチとオロC買ってきてー」
「なんで俺がいかなきゃいけないんだよちくしょー!」
 そう言いながらも売店へ走っていく早瀬の後ろ姿を、水分は微笑ましそうに見送った。


  (了)











※参考資料※
石ノ森章太郎『サイボーグ009』
山本弘『奥歯のスイッチを入れろ』




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